さっちゃんも、プールに行きました。I'll follow you wherever you may go!
top page⇒うぇ〜ん!『共犯新聞』♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To DieROCK★ロック パラパラ・・・偏愛書物★Book Oh ! うめぇ〜♪ジューシーな豚肉ソティ!好物★Gourmet やっぱ、映画館で観たい♪映画★Movie Artとは、ニューヨークのホイットニー美術館から、大阪の乙画廊まで、どこでもドアの奥で、今夜、パーティが2時から開かれる!美術★Art
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立て、立つんだ場〜!ステージ、に。演劇
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リレー2009

「運ぶ」とは、架空と肉体との共犯。
戸塚先生、故・泉先生の脚本を蘇らせる。
「感動」の罠、罠の可能性 ★ 演劇言語の海



コメ

はどこへいったの
シュープリームスの『愛はどこへ行ったの』Where Did Our Love Go?

差出人: ローラに花束を!ミカキチ@ろーら
送信日時: 2009年1月23日(木) 9:51Pm
宛先: うぇ〜ん!久保AB-ST元宏、はる先生、授乳ですよ! はる先生、だからぁ、元ミスあんどんだってばぁー!ねばだぁー!みづっきー
うぇ〜ん!共犯ドリーム・ガールズのみなさん、おはようございます。
ローラにボイラー修理を!タイトルを、お寿司が回って、ぽにょを知りたくて。シュープリームスにしてみました。
うぇ〜ん!調教師(=超☆教師?)の久保元宏です。
ローラに、"950円以上のCDは一律300円引き"を!邪蛇うさぎのろーら=ミカキチ@香聡庵です。
うぇ〜ん!しばらくは、おとなしく舌をひっこめて読んでください(?)。
はる先生、授業ですよ!こんにちは、はるです。
昨日、ろーら嬢@ミカキチさんと、に会いに行ってきました。
うぃー・あー・ざ・ちゃらんぽらぁ〜ん♪ 思わず、フレディーっぽく
’it's a beautiful day!!'
叫びたくなるような
いい天気の日でした。
コーヒーの湯気を手で裂いて、貴方、明日が観えますか?☆本と音楽の湯気。
うぇ〜ん!バーチャルの城塞のよーな『共犯新聞』ですが、むしろ、世界有数の(がくっ。)リアルなホーム・ページであることが、
元ミスあんどんで、ございます。みずっきー → ローラにボイラー修理を!ろーら@ミカキチ → はる先生、俵かついでねーん。戸塚先生、待ってろよ〜。はる先生
の、ハーレム・シャッフルリレーで証明されましたね〜♪
ローラに、体力を!でも、ここでの意味の「バーチャル」も、、もともとリアルな地平を出発した抽象化だからなんじゃないのかな。
私の妹が、フェイクファーをすごく嫌いなんだけれど、でも私(姉)はフェイクの見た目をかわいいと思ってる。という話を姉妹でしたことがあって、
妹「でも、フェイクなんだったら、別に毛皮を真似する必要ないと思うんだけど。あ、そうか。結局、全て現実の真似でしかないってことか。」
って対話をしたことを思い出しました(笑)。
初っ端から話飛ぶようですが、以前、友人や妹と一時期、
「頭がいいってどういうことか」について、それぞれが表現してみる。というのをやってたことがあって、
その頃私が言っていたのが、
現実を解釈するのに抽象化して捉えることが出来て、
しかもその抽象化して分析した後にまた具象に落とすことが出来る」だったんですが、
4つめ。 共犯メール多頻使用語彙をそこに挟みこむと
「現実をより正確に理解(認識)するために
情報を吸い上げる方法として
抽象概念を上手に取り入れることが出来、
しかもその抽象概念に足元を取られることなく
有機的に息づき続ける現実に含まれている
未だカテゴライズ不能で
名付けされ得ない部分までも感受し続け、
しかも名付けるというカタチで愛する=肯定したい
という欲求を抱き続ける能力」って感じかな。
一言で言うと、なんか「愛情が強くて、タフ。」って感じで、
何故かくるっと廻って最も頭悪そうな人を指す表現になる辺りが可笑しい(笑)。
久保が初めて見た時の駒岡の山の上。☆Wow! 雪! はる先生、授乳ですよ!香聡庵は札幌とは思えないところにあり、
車のナビにもだまされて、予定より遅く着いてしまいました。
しかし、その道のりの景色の美しかったこと!!
生き生きした絵のようでしたよ。
コーヒーの湯気を手で裂いて、貴方、明日が観えますか?☆本と音楽の湯気。 ミカミチに、ブルーズの意味を!気温が高くて湿度のある雪が降った午前って、
一番美しい景色なんですよね。
雪景色の影の色が、
くっきりとすみれ色で・・・・。
コーヒーの湯気を手で裂いて、貴方、明日が観えますか?☆本と音楽の湯気。
うぇ〜ん!私が香聡庵に初めて行ったのも、
はる先生と同じ1月の下旬、2007年1月28日でした。
あー、たったの2年前だー(笑)。
そうか、☆コーヒーの湯気。1月28日は私の香聡庵記念日だ(笑)。
この時の私は、
はる先生&エミリー一家にも観ていただいた
くらくらクラッシック♪無器っちょな俺は まるでリュリ♪『スロバキア国立オペラ』沼田公演
直後だったんですよね。
私は中華鶏粥\700を食べました(笑)。
私は、それからしばらく香聡庵には行かなかったので、
冬の雪の中のイメージしかなかったのですが(がくっ。)、
次に行った2007年夏は、
畑を中心としたロケーションで、
冬とはまったく違う光景でしたよ。
ミカキチ☆コーヒー&田原さん〜。再会はあるけど、再開も?

また、ヤミ米屋の繁忙期で行けないのですが、
秋の香聡庵は、赤く色づいた蔦の葉が建物をセクシーなブラジャーのように覆い、
それは&それは、美しいらしいです。
赤の広場で別れを告げて。コカ・コーラーを叩き割った朝。
そんな香聡庵が、
1年間の放電期間
(がくっ。たぶん、ミカキチのことだから、充電ではないよな。)を終え、
ミカミチに、ブルーズの意味を!あはは。大正解。さすが調教師。よく解ってる(笑)。
とほほ。

うぇ〜ん!いよ&いよ、2月21日にロケット発射です。
2009年2月21日(土)
開場l5Pm 開演;6Pm
♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Dieロケット姉妹 "Rocket sisters"
タテヤマユキ vo, acc
扇柳トール vo, g, etc)
ローラに花束を!香聡庵(かそうあん)
札幌市南区真駒内165-201
(駒岡団地内)
\2000 ワンドリンク付き
軽食のオーダーも出来ます♪
【問合せ・予約】香聡庵 011-584-2767
発射オーライ。
Yeah ! はる先生もかつては、女子高校生だったのだ〜。 はる先生、授乳ですよ!香聡庵は、とても居心地のいい空間で、
みかさんも私も大好きな、トルココーヒーを御馳走になりながら、
のんびりさせていただきました。
ミカミチに、ブルーズの意味を!あの淹れ方のコーヒーで
「トルコ珈琲」を連想する人とは、
だいたい、最初から他人じゃないですね(笑)。
珈琲について書いた私のブログの記事は、ミカミチに、ブルーズの意味を!「スプーンおばさんのコーヒー」
まずは、大吉コーヒー、だいすきっ!
うぇ〜ん!ああ。そう言えば、はる先生、すずめの学校時代にトルココーヒーってましたねー。
沼田高校の授業でも生徒たちに飲ませたんでしたよね?
その当時の生徒が、多田あゆみちゃんたちかな(笑)。
はる先生、授乳ですよ!(トルココーヒーにまつわる話題の中で、ミカミチのケーキの割れ目を!「歴史は文化。文化は生活、なんだよね。」というみかさんの言葉に、
今までの教科指導の基本姿勢は間違っていなかったと、自信がもてました。
私の中で言語化されてなかった事だったのです。嬉しかったです。)
ミカミチに、じろうずのライブを!そう言ってもらえたらなんだかすごく嬉しいな。
何の気なしだったんですが(笑)。
考えたら、私が学生時代、まともな成績をとれた教科って、
歴史・地理・生物・地学・化学・家庭科(笑)・保険・美術・現代国語だったんですが、
見事に「生活学科」ばっかりだ(笑)。
月曜日くらい baby cry move overture (笑)
うぇ〜ん!そして、「生活は金」・・・と書くと引かれちゃいますねー。
ミカミチに、じろうずのライブを!ここが重要な点ですね。
上記で例えにあげた教科に準えると、それこそ久保さんが「体系的な学習」と呼ぶ、学校でのおべんきょー。
つまり語学や数学にもっとも端的にその特徴が見出されるタイプの数値化や記号化を伴う訓練を、
生活学科と組み合わせて学んでいくことで、
価値の置き換え=貨幣経済 への体力や筋力も身に付くものなんだと思うんですよ。
それは勿論、それをうまく運用できる、ということ以上に、それに「使われてしまわない」そして、
「必要に応じていつでも解体・再構築出来る」という為の
はる先生、授乳ですよ!エミが暴れなければ、堀こたつに入ってまだいてしまったでしょう。
そう、寝起きのエミは、結構、感じ悪かったです。すみません(笑)。
お嬢さんも知る、汁、シール。
ミカミチに、無期延期を!全然、ご機嫌だったと思ってましたよ(笑)。
ちょっと店内が寒いままで申し訳なかったのと、
私の方も、どれだけ引き止めて構わないかが判断つかなくて中途半端な対応になっちゃって申し訳なかったです。
夏だったらえみちゃんも、外で散々遊べて楽しかったと思うのだけれど。
大人たちの勝手につき合わせちゃって、彼女には申し訳なかったですね。
うぇ〜ん!『共犯新聞』にもエミちゃんのグラビアを載せましたが、エミリーのオープニング・パーティ当時の写真も偶然、すぐ下に再度の掲載をしたので、
比べるとその成長が分かりますねー♪
もっとも、エミちゃんは、利尻島野蛮日記から、『共犯新聞』では生まれる前から画像記録されていますがー(笑)♪
よろ昆布♪
2007年8月3日(金) 利尻島
こっちへおいでよ。はる先生の楽しい家族なんでしたのだ〜。
2008年6月11日(水) 大通美術館

そうそう、はる先生の今回のメールを読んで気がついたのですが、
エミリー = エミ〜はる先生 = 羽有〜久保
と、名前輪廻転生してます!?
はる先生の声。聞きたいこと、話したいことがあまりにもたくさんあって、
整理できずに時間が過ぎてしまったので、
もう少しゆっくりとお話したかったなあ、と思いました。
(実際には話したことのないことも知っていたりするから、頭でっかちになってたのかも(笑)。)
はる先生も今は、高校教師だ〜。
ミカミチ、無期延期なの?なんのおもてなしも出来なかったですが、
次が絶対にあると思える相手を迎えることが出来るのは、
そこで焦らないで済むのが幸せですね。
本来の人間関係って、そういうものなんだと思います。
べつに「勝負」を挑んでいるわけではなく、
生きてるうちに、一回余分に顔見れて、嬉しかったな。というだけのこと、というか。
うぇ〜ん!はる先生の『共犯新聞』にも引用した言葉で、
「俵も感謝ですが、香聡庵に訪問できる機会にも感謝でございます!」
とゆーのが、泣けます♪
リアルとか、「生活」を楽しむことと、「人生」を楽しむことが同じコトで、
それがちゃんと、「文化」を楽しむことにも無理なくなっていて、それが織らさったのが、「歴史」なんざんす。って、ね。
はる先生も立つだろうソウル・キッチン♪途中、ご近所の方が、パンとコーヒーを買いに来ました。
あの方はきっと、みかさんと香聡庵の、押し付けがましくない包容力を求めて来るんだろうと思います。
香聡庵はそういう場所なんだろうな、と思いました。
うぇ〜ん!そうですね。
山の中、という素人の私には謎な立地条件にも、きちんと、意味のようなものがあるんですね。
先日、ミカキチとの、ライブについてのメールで、



ミカミチの川。そうしたら、この間の♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Dieリンカのライブでも、
操さんに、彼らのことについて話しかけられて
「あ、私行こうと思ってたんです」って言ったら喜んでくれてたんだけれど、

うぇ〜ん!そんな短い会話のために、
多くのいじわるとか、めんどくささとか、寒い冬の外出とかがあるのかもね。
それが人生のささやかな「ごほうび」、か?

ミカミチの猫背を夜汽車が登る。うん。本当に、ものすごく強く、私はそう思っているんだ。
私が、毎月通ってたリンカのライブを聞いていて、
「あの曲がすごく良かった」と掲示板に書いたら、
「今回はあの曲にすごく気持ちが乗ったので、
そこを聞き取ってくれてすごく嬉しい」ってレスが来たりとか・・・・
なんか本当に、たったそれだけのことの為に、全てがあって、
それだけが全てを帳消しにしてくれる感じ。

うぇ〜ん!ライブも重要だけど、「でかける」ことのほうが意味を含んでいるかもな。
屋上からの、Drifter(ドリフター)。  また身体に蘇ってきた
 あの呼び声が
 振り返ると
 伸ばした腕の向こうに道が見える
 あなたも来る?
 私と一緒に

 日が落ちていく先に
 私を呼んでる見知らぬ土地がある
 沢山は出来ないだろうけれど
 このうねりに乗っていく
 私はドリフター

  ・・・共犯音楽祭★TERAのROCK名盤100枚!★Music〜音という抽象芸術♪ロジャー・ニコルス
&the small circle of friends
『ドリフター』

ミカミチに、ブルーズの意味を!うん。「でかける」っていうのは、私自身のキーワードなんだ。

うぇ〜ん!キーワードの多いお嬢さん(笑)。



■と、やりとりをしたんだけど、
「でかける」というコミットメントの先回りの”仕掛け”みたいなのが、
「山の中」でのレストランという、いたずら(笑)なんだと思う。
ミカミチを写して、照らして。話はもしかしたら少しずれるのかも
知れないけれど。
私は、人間が、
努力さえすれば誰でも向上するとか、
そういう言い方があまり好きではないんですよ。
話し合えば必ず分かり合える、とかね。
それって、持ちかける側がよほど覚悟をしてないと、
ただの脅迫でしかないから。
確かに、それこそ
「森羅万象は数値化できる」と思っているのと
同じロジックで、
その理屈そのものは真実だと思いますが、
現実にそれを持ち込んだ時には、
調整が必ず必要になってくる。
そしてその調整は、
各自に合わせたやり方を取らないと、
潰されてしまうものが
出て来てしまうんだと思うんです。
指をちょうだい。

その調整の一つの方法が、「距離を取ること」だと私は考えているんです。

「距離をとる」って、時間的・空間的(他にもきっとあるでしょう)両方で
絶対に必要かつ有効な手法なんだけれど、
「距離をとられた」と感じる側にとっては、
「逃げられた」とか「自分が否定された」と見做してしまうことなので、
そこで攻撃を誘ってしまうため、すごく慎重にとらなくてはならない選択なんですよね。

私が「自給的生活」なんていう面倒な物語を創りあげているのは、
その辺の攻撃を丸ごとかわすのが、実は、もっとも大きな目的なんですよ。あはは。
屋上で待ってる。
言葉は、ここで今夜は夜警番。

そして&もちろん、それは仕掛けた側にとってのほうが厳しい選択でもあるんだよね。
命がけのいたずら、みたいな(笑)。
ミカミチに、無期延期を!→あのパンの奥さん、以前も東出さんがみえてた時とぶつかったことがあって、
その時のことを書いたブログが、たまには、ふたりでひとりごとを。「対話」

はる先生、ありがとう。
実は、再開すると決めたものの、全然先、というか、方向性が定まらないままで、
自信も全くないままの見切り発車なので、不安で(笑)、
最近では口を開くとグチをこぼして久保さんにいなされてる有様なので、
こう言ってもらえたことを、何か具体的な指針に出来たらと思います。
「店って、学校でいうと保健室みたいなもの」って話をしましたが、
まあ、確かに私も、保健室に逃げ込んでる生徒だったので、
そういう場を作ろうとすることには、無理がないのかも知れない。
でも、保健室って、本当に「逃げ場」だから(笑)。
それこそ、はる先生が今の学校について以前述べていたように、「ふきだまり」にもなり得る。

そうしない為の方法をいろいろ探っていたんですが、なんとなく、もう打つ手がなくなってしまってるのを感じているので、
それなのにまた再開しようとする自分を、もしかしたら、すごく大きな間違いを犯してるのか、とか、
もう、正常な判断力をとうに失ってるのかも知れない、とか、思うんですよ(笑)。
まあ、新に大きな借金をするわけではないし、これでダメならいよいよ閉じるだけだからと思ってはいるんですが。
もういちど、エプロン。

茶、茶、茶。 自営業についても、農業についても、私が思っているのは一つのことで、
誰しも、特に優秀だったり、ひとと違った能力などなくても、
それなりに生きていく方法があるはずだ。ということなんです。
そして、自営業と農業は、その調整がすごくしやすいはずだ、と。

それを自分でやってみよう、と思ってここ10年ほど生きてきたけれど、
何となく、ちょっとまた疲れてる感じ(笑)。

そうそう。はる先生と、「疲れ切る」ことについて話をしましたが、
あの話だけに限りませんが、はる先生と話していて私が感じたことは、
ものすごくたくさんの実例を知ってる人と話してる安心感、でした。
現在進行形で多様な実例と対峙してる人の、感受能力と、判断せずに受け止める力を感じたんです。
すごく話しやすかったです。
何度か、共犯一斉メールで
「弱点について話すときは誤解を恐れずに話すことが求められる」というようなことを書いてますが、
まさしくそういうことを話す上で、すごく安心して話すことが出来る、ということです。
はる先生が、日常的に、一番仕事として重要に行ってることそのものなんだと思いますが、
私自身がそれを必要としてる人間であることも大きいんだと思いますが、
はる先生はその能力が極めて高いと感じました。
出逢った必要を改めて強く感じたんですよ。
私の存在もはる先生にとって、そんな必然があるものだといいなと思います。
また話したいです(笑)。
機会、つくりましょう。
はる先生、ここから。本当の孤独を知っていて(一人でいることでは、決してなく)、その上での包容力は、宇宙規模なんだと感じました。
うぇ〜ん!ミカキチが私に指摘して気がついたんだけど、ここ1年ほどの私が『共犯新聞』に書いている映画評には、「孤独」とゆー単語が頻繁に登場するらしい(笑)。
で、それを私なりに分析(?)してまとめると、
「情報を多く持っている」と、「処理能力が高い」の組み合わせが、
「孤独」と「社会」の関係のバリエーションかも。
それらで、公式が作れるかも。
と、ゆーことで、
You never give me your money. アナキストの「イジワル」は『愛の表現』だと思って。 ミカミチの畳の上で。上記で私自身が書いたこととすごく密接に繋がるんですが、
「情報を多く持つ」と「処理能力が高い」の
両方を併せ持つ人は、やはり「孤独」だと思う。
でも、「情報を多く持つ」つまり、「感受&分析・認識能力が高い」ことと、
「処理能力がある」ことが必ずしも並列に存在するわけではない。
その場合は、「孤独」とはまた別の感情、
っていう表現もなんか違うなあ。。。状況、の方がまだいいかな。が、
強い影響力をそこにもたらすと思うんですよね。
私が思うには、恐怖とか、不安とか、身体的・生理的な痛みとかです。

この「情報を多く持っている」は、世間的に分かりやすく(笑)換言すれば、「頭がいい」でもいいんだけど、誤解の罠が大きい言葉だからねー。
ミカキチのレトリックも少し借用すれば、
「自分よりも情報が少ないやつらに、支配されたくない。」で、
私の言い方では、
うぇ〜ん!「私は、いばる人が苦手」
なんだけど(笑)。
そこで、めんどくさくなると(笑)、ニヒリズム一直線で、簡単に人間って自ら自分を「弱い」物語に閉じ込めて、安心しちゃうんだよね。
ミカミチに、笛を。確かに、中途半端に頭のいい人って、そういう感じなんでしょうね。
つまり、それまで行ってた物語構築の作業自体が、現実への対処という切実さから離れて、
自分を社会的に影響力を持つ強いものとして位置づけたり、
ギャラリーである周囲に対してそういった「無視出来ない存在である」という印象を与えるためであることが目的になってしまった為に、
(同時に、そういう存在になることが、社会的に「安全」でいられると思っているために)
それが上手くいかなくなると、別の「自分を安全にしておける」物語を創ってそこに乗り換えようとする、ということですよね。

ちょうど、つい最近、私、自分の10月分のラジオの番組の内容をブログにまとめるのに、
自分の放送の録音を聞き返して、本当はブログにも書くつもりで、長くなり過ぎると思って省略したんですが、
物語をつくることで、認識できることは多いし、また、それは「整理」にもなるからそこから自由になれるきっかけも掴める。
というように、「物語」という枠組み=足場を持つことは、生き延びるのに本当に有効な手段なんですが、
なんでもそうですが、有効で力を持つものは、それ自体が大きな罠にもなりえるからやっかいなんですよね。
物語を構築する技術と同時に、それを解体も出来る技術を鍛えること。
もっと言うと、それを「必要としても、囚われないでいる」強さが必要なのだということだと思う。
これって、愛について語ってるみたい(笑)。

「孤独」とは、その底での「闘い」なのかもしれないけれど、「闘い」よりももっと厳しいもののような気がするね♪
ミカミチは、闘兎?重ねて話をずらして語ってしまうのかも知れませんが、
私は「闘う」って言葉、よく使ってしまっているんですけれど(と、久保兄に指摘されて気付いた笑)、
それって(「闘う」と見做されることって)、重層的なものだと思うんです。
一番大きな相手とは、それこそ、「闘い」というより、「負けないで(潰されないで)いること」が重要、というか、
それ以外に打つ手はなかったりする存在なんですが、
えーと。
又もや、私の番組で話したことを例に引きますが(笑)、
私がよく「闘う」と呼んで指していることって、ミカミチに、両手同じ手袋を!「物語とB級ホラー 」の文章中に出てくる、
ミカミチに、重ね着を!何かすごく大きな敵と戦わなければ生き延びられないような
危機的状況に置かれたとき、
実は、闘わなくてはならないのは
その大きな敵だけではない。
周囲に存在する、多くのズルさや卑怯さや弱さや
いわば本質的でない利害がからんで生じる
瑣末な、でも夫々が致命的に障害となる
数多くの困難全てに
向き合って、そこをくぐりぬけ、振り払いつつ
守るべきものを守って、生き延びなくてはならない。

「本質的ではない邪魔」みたいなことなんですよね。
でもまあ、邪魔?してる側からいったら、切実なんでしょうけれど・・・・

なんていうか、情報量に差がある場合、
情報が少ない人にとっては、自分が関われない、感受できないものに向かい合ってる人をみつけると、
自分が無視された気がして、悔しかったり、寂しかったりするんだと思うんです。
だから全身全霊をかけて、自分の土俵に相手を引き摺り込もうとする(笑)。
でも、それって、もっと大きな、と言って悪ければ、「別の」危険と取り組んでる最中の人間にとっては、すごく危ない邪魔なんですよね。
だからといって、無視することも出来ないわけで、ちゃんと対処しなくてはならない。
まあ、そういうことを私は「闘い」と呼んでるんです。

私が、情報量の少ない人に
自分の人生の主導権を握られるのはいやだ、と思っているのは、
「情報量が少ない」かどうかはさておき、
一流の人間のカタチだけを真似してみたい
2流以下の人間に、
自分が「やってみたらいい気分になれるかも」
というスタイルをやってみるための、
おもちゃにされるのがすごくイヤだ、ということなんですよ。
「一流の」とかって、これまた誤解を招く表現ですが(笑)、
能力差のある人間たちが生き延びようとする場合、
それぞれ能力を出し合って、一つのものを運営することによって、
出来るだけ多くの可能性を残そうとするわけで、
だから実は全員が対等な訳ですが、
そのことを理解できない人にとっては、
「いい気分になれる地位」や「場所」がどこかに存在していて、
その地位さえ手に入れることが出来れば、
一緒に「いい気分」もくっついてくる、と考えるんだと思うんです。
月曜日のミカ。

だから、自分がその位置に配置される箱庭みたいなステージを創ろうとする。
そこに配置される生贄に選ばれちゃうのはごめんだー、って感じです(笑)。
そして勿論、自分さえ逃げられればいいとはやっぱり思えないしね。
抵抗出来ない人は何をされても仕方がない、とは、私は思わないのです。
殴り合いを暴力とは思わないけれど、
騙して両手両足を縛っておいてから殴りつけるのは、やっぱり許せない暴力だと思う。
(ちょっと説明が雑になってしまって意味不明になっちゃいましたね。すみません)

私たちの「生活」はそれはそれで魅力的なんだけど、
それでも、遠い海の向こうの音楽に耳をかたむけたり、暗闇でじっと映画をみたりするのは、底でのつながりだしね。
ミカミチに、蠍の目玉を!身近な現実には、振り回されないように、でも頑なにならないようにと高度の緊張を持って対応して生きてるわけだけれど、
そういうことを恒常的に続けていると、
自分が確かに感じてる「現実」が、実は「幻想」だったり「虚構」だったりするんじゃないかと、
つまり「自分の正気」に自信がなくなってきちゃうんですよね(笑)。

そう云う時、映画を見ると、自分がまさしく日常に感じてることそのものがそこにあって、
ああ私はまだ狂ってはいない。壊れていないんだ・・・・と思えるので、
映画を見に行ったり本を読むのをやめられないんですよね。

『共犯新聞』は、底が抜けて(笑)、上から降ってくるもの。
はる先生、底から先は映画の海。だからこそ、パラパラ・・・『栗鼠と魚の恋物語』で宇宙(仏教的な意味での)の光も闇もあんなに
美しく描けるのではないかと思うのです。
森弥生先生も読みました。
うぇ〜ん!おお。読みましたね(笑)。
はる先生、青木昌彦さん共犯の1955年問題。この本から、始めよう!から、ミカキチ文学知らない兄さんの話。☆読んで。まで共犯読書ちゃく&ちゃく、ですね(笑)。
ケーキの血。 ミカミチに、焼き塩を!うーん。
はる先生が、ラストのところの哀しさと、あのぐぐっとカメラが引いて遠景になっていく感じ・・・・と表現してくれましたが、
まさにそういう風に書いたつもりなので、すごく嬉しかったんですが、
若いころ、それこそあれを書いた当時よく使っていた表現なんですが、
この世って、間に合った現実と間に合わなかった現実で出来ていて(笑)、
「間に合った現実」っていうのは、共有したり、伝えることが出来たもので、
「間に合わなかった」っていうのは、確かにそれは起こって、起こったことは自分にとってはゆるぎないことなんだけれど、
そのことを誰とも分かち合うことは出来ないままなために、
「なかったこと」としてしか存在してないままの、でも自分には「あったこと」みたいな・・・・。
自分はそれを知ってしまって、出逢ってしまって、そしてもう、それを知らなかった頃には帰れない。
それこそ、それって「孤独」を知る、ってことですよね。
なんだか、子供時代から、そのことについてずっと考えてて、
その、「間に合わなかった」現実の方が、この世には圧倒的に多くて、
それらの持つ寂しさみたいなものが宇宙空間を満たしていて、
でもそれ(その圧倒的な哀しさ)を照らし出すのは実は「間に合った」現実。
つまり、互いを認識しあえてる、存在してる我々であって、
それら全てが、要するに、「愛」なんだなって。
存在することが、全てで、それは痛みでもあるけれど、「重さ」でもある。
「孤独」や「闇」や「哀しみ」や「痛み」みたいなものを、
美しい誤魔化しの物語をくっつけたりしないで、ただそのままで、肯定したかったんだと思います。
「生と死」みたいなもので、この世の一面に常に存在してるダークサイドの部分というか。
なんか、尤もらしい書き方にしかならなくて、いやだなあ(笑)
はる先生、黒板の文字が!みかさんの人間的な魅力はたくさんあると思いますが、その一部を垣間見たような気がしてます。
私はせめて、花火は無理でも「鰻の蒲焼」くらいになりたいな。
うぇ〜ん!なんだそれ(笑)。
ミカミチに、うな重を!これは、あれだ(笑)。
私が以前のメールで長々と引用した、吉本ばななの『白河夜船』の後書きの、原マスミの文章にある「花火」と「うなぎの蒲焼」ですね(笑)。
はる先生が私に言ってくれた、「本当の意味での孤独を知る」も、そうですね。
で、上記の私の文章の、「圧倒的に多い、間に合わなかった現実」って、そのまま、原マスミの文章の中での「夜」だし、
「間に合った現実」は、「ちょっと日当たりがいいだけの、やっぱり夜」って感じで、見事に呼応してますねーー。
なんちゃって。自己満足(笑)。
でも、はる先生に言われなかったら、原増マスミが書いたことと、私が童話にしたテーマが重なってることに気付きませんでした。
うれしい。ありがとうございます。カタチにした甲斐って、こういうことですね(笑)
はる先生も高校でベースから、便所の床までオールマイティ♪だぞー。はる先生、授乳ですよ!あ、香聡庵の由来、わかりましたよ。妹さんのアルバムを見て。
香聡庵の由来は、そう、多分はる先生が読み取ったとおりです。
うちって、私が高校くらいの頃から、10年で5回くらい引越しを繰り返してて。私は私でやっぱり5回くらい引越ししてるし(笑)。
それこそ、はる先生がいらした日に丁度その話もしましたが、
今の子供たちって、実家があまりに動くので、どこにも「帰る場所」とか「故郷」をもてなくなっていて、
その分確実に精神が不安定になっても、仕方ない気がするんですよね。
旅人であることを楽しむには、天才でもない限り、幻想でもいいから「故郷」を持つことが肝心なんじゃないかな。って、
私は思うんですよ。甘いかも知れませんが。
そのくらいの弱さというかを、許されても、いいんじゃないかなって(笑)。
うちの両親は、それぞれがすごく大きな「実家」を持っていたので、そこから逃げたくて逃げたくての人たちだったので、
風来坊をやってる親としての自分が、子供たちに不安を与えてるという自覚が全然なかったんですが、
二十歳くらいの頃かな?私がそのことについて指摘したことがあるんですよね。
親としては、私が、臆病で、海外などに出て行かないことや野心を持たないことをすごくナサケナイと感じていたようなんですが、
いつも借金抱えてひっこしばかり繰り返してる親みてたら、子供は不安だろう!みたいな(笑)。
親としては、そんなこと考えたこともなかったので、青天の霹靂だったらしいのですが、
だから、今のこの駒岡に家を建てるとき、
まず、「自分たちが住むための家を建てる
(それまでは、家はそのうち売ることを前提に考えて、間取りそのほかもそれを前提に設計して暮らしていたんです)」と、
子供たちの故郷になれる場所をつくる。というのがテーマだったので、
そういう屋号をつけることにした。
という物語があるんですよ(笑)。
私は、こういうタイミングで美談になりそうなことをうまくやる両親たちに、
「さすが、何をやっても得点になるタイミングで物事を運べるあたり、天才かも。」と、
呆れ半分、唸ってしまいましたが(笑)。
しかも、結局すぐここの土地には飽きて、引っ越してしまったうちの両親なんですが・・・がくっ。
ダンゴも花嫁。花嫁ダンゴ。
はる先生、坂道ですよ!やっぱり、「現夢境窓」の彼女、妹さんの同級生でした。
今度、みんなで会いたいですね、ほんとに。
うぇ〜ん!その「みんな」に私は入っていないと思いますが(笑)、すごいなぁー。
ミカミチに、やぶれない網戸を!いや、この「みんな」の中心は久保さんなの(笑)。
あの、共犯記事にもなってる、幻夢境窓の彼女について、
久保さんが「会う機会があったら」って書いてたでしょ。
それをぜひ、実現させたいね、の話なんですってば。

2008年12月31日の朝7時30分に、ひまわりコーラスの団長・佐光陽子さんが往生の素懐を遂げられました。本人の遺言で、お通夜の時に、合唱団に『川の流れのように』、山本さんには『千の風になって』を歌ってほしいとの依頼です。 私が
くらくらクラッシック♪無器っちょな俺は まるでリュリ♪『スロバキア国立オペラ』
沼田公演でお世話になり
先日は北竜町で『第九』をやった、
秩父別町の
くらくらクラッシック♪無器っちょな俺は まるでリュリ♪山本徹浄和尚も、
ミカキチ
中学時代の
音楽教師だった
ですしねー。
ミカキチ妹の卒業アルバムの確認!

まぁ、そんなことは、どんどん、つなげていけば、どこかでつながるのは当たり前なんだけど、
なんか、自分の「正しさ」みたいのを証明してもらったような美しい錯覚をしてしまう(がくっ。)。
もちろん、それは錯覚以下の、でたらめな勘違いにすぎないんだけどね。
ミカミチに、新しい靴を!それって、こないだ私が、戸塚先生が人形劇やってる友人のkyo さんと繋がった時に書いたことと同じですが、
その時も書きましたが、
「勘違い」を求めるほど、
ぎりぎりの場所に互いに(それぞれが)いるってことなんだと思う。
確かにそういうことって、間違いも呼ぶけれど、
でも、現場を張ってる人は、どっちにしても持ち場を離れることなんて出来ないわけだし、
「勘違い」でも構わないから、
その程度の救い(輝き)くらいは素直に受け取ったほうがいいんでしょうね。
人生は、短いのだから、そういった小さなご褒美を受け取ることに躊躇していたら、
あっと言う間に何も感じないままきっと終わってしまうのだから。
お出かけは、いつも雨ふり。
灰から、灰へ。それが生き物。 はる先生、ライブですよ!ベースを忘れずに〜。そういえば、
やっぱ、映画館で観たい♪『angela's ash』
映画化されてましたね。
私は見てないのです。
ロバート・カーライルも
ああいうダメ親父役に
ぴったりですが、
アンジェラ役の人の
陰鬱な表情が、
イメージどおりで驚きました。

ミカミチに映画代を!アンジェラ役って、
エミリー・ワトソンですよね。
私、彼女もすごい好きで(笑)。

インターネットでの感想を読む限り、
あまり原作の意図が
伝わっていない気がします
が、映画も見たいです。
今年はなんだか順調に雨が降ってる気がします。雫を含んだ花や草が私の服の裾に触れて、歩いているとどんどんしっとり濡れてしまいます。灰から、灰へ。それが生き物。そうやって、濡れるのが、好きなのです。

ミカミチに早起きの秘訣を!原作読んでいませんが、
たぶん、そう、
原作の意図まで
辿り着いてないような気がします。
前のメールにも書いたように、
大叙事詩の第一部のみの映画化、
みたいだったんですよ。
原作読みたくなりますね。
映画、ぜひ見てみてください。
でも、フィルムで見ないと
画面暗すぎるかな(笑)。
ここもまた、どうしようもなくここでしかないここ。

音楽はどんなのだったのでしょう?
ミカミチに、ブルーズと、グラスを!音楽は、はっきり覚えてないんですが(笑)、
監督アラン・パーカーなので、あざとさのない映画らしい音をベースに、
でもロックをはじめとしたポピュラー音楽を時代として経過する受信機を肉体として持ってる人間には
はっきり応えてくれるタイプのものになってたと思います。アラン・パーカーホントに好きなのだ私(笑)。

音楽といえば、ロケット姉妹の女の方が載せていた、You tubeの画像はご本人なんですか?
あのムーンリバーは絶品でしたね。
みかさんのこの上なく美しい訳とともに、あのサウンドが聞けるなら、21日は是非、聴きに行きたいです。
女の人のボーカルは矢野顕子か戸川純?うーん、ますます聞きたい。
ちなみに私、カラオケ苦手なんですが、どうしても歌わなきゃならないときは、戸川純です。
もちろん、まわりはドン引きです。
エミを実家に預けられたら、聴きに行きます♪
ミカミチの頭に、蜘蛛の巣を!おおー!追悼イベントのある当日のことなので、
はる先生にいらしてもらうのは、全く諦めていたんですよ。
無理はしないで欲しいですが、都合ついたらぜひいらして下さい。
うぇ〜ん!はる先生カラオケ、とゆーか、
それで思い出すのは、前世紀に(笑)、すずめの学校で北見枝幸へ、かにキャンプに行った時、みんなでゲームをしている時の罰ゲームで、
はる先生が、マドンナの「ライク・ア・バージン」を歌ったのを思い出す〜(笑)。
ミカミチに、ミミズの卵を!それ、見たいです・・・・。
「ライク・ア・バージン」の日本語訳作ったら面白そうだな(笑)。
うぇ〜ん!さて、ごちゃ&ごちゃ書いておいて、ここで業務連絡ですが、みなさん、読み取れないで、見逃しそうだな(笑)。
みずっきーちゃんも、2月21日の香聡庵ロケット姉妹ライブに行くんだけど、
実は私は今はまだ未定なのだ〜。理由=でぶしょうだから。
もし、エミ実家作戦などがOKならば、現地集合ででも、途中合流車乗り合わせででも、はる+みずっきー新妻コンビでの香聡庵乗り込み、いかがでしょうか?

翌日の2月22日、演劇ディーは、
11:30Amから、南郷通り7丁目「りとるわん」で、グループ森
1:30Pmから、大通り22丁目「ポルトホール」で、戸塚さん追悼俵公演。
よくばりんこな私は、このハシゴを、たくらんでいる・・・。
2009年2月22日(日) 11:30Amと、2Pmの2回上演♪
うぇ〜ん!『泉慈恵 追悼演劇公演』(1:30Pm)と同じ日か。両方、観たい♪

立て、立つんだ場〜!ステージ、に。グループ森 ● ミステリー・カチカチ山ものがたり 
原作;太宰治『お伽草紙』より 脚本;小川道子 演出;瀬田石和実
高校生まで\300 大人\700
信じていたものに 裏切られたとき
許すか? 復讐か?
それとも?
たぬきが最後に心に描くものは?
太宰治の作品を、小川道子が脚色!
「本当の正義はどこにある?」を問う、ミステリー仕立ての作品!
お楽しみに!

「アンタの舟はそれでつくりなヨ。アンタに似合いのイイ舟ができるよ」
  ―満面に親切そうな笑みを浮かべ、ウサギがタヌキに言いました。
「そうかい、こんなものでもカッコイイ舟になるのかい」
―ウサギの笑みに釣られ、タヌキは言われるままに、泥で舟を作りました。
「アタシはこれでガマンする」
―ウサギはしおらしい顔をして、木で舟を作りました。
そして、ウサギとタヌキは、
できあがったそれぞれの舟で、山の中の湖へ漕ぎ出しました。
さて、この顛末(てんまつ)は? なぜこんなことに?

※駐車場はありませんが、会場で近くの有料駐車場をご案内しています♪演劇 Spaceで!サンタクロースの靴下みたくなれるか?!
りとるわんコミュニティホール
札幌市白石区本郷通6丁目南2−1−101
クリスマスは、まだか!?
2008年12月『クリスマス・キャロル』。 左は、名優、瀬田石和美
2009年2月22日(日)1:30Pm 立て、立つんだ場〜!ステージ、に。泉慈恵 追悼演劇公演
終わらない指。

みずっきー計画の、演劇後の酒宴は、翌日、沼田町で仕事だしなー。だけど、まぁ、午前5時まで寝てから沼田町に帰ればいいのか?
なんて、ね。
ミカミチに、草刈中に見つけた妖精みたいなきのこを!まだ日数があることだし、出来るだけ楽しめるように(笑)計画練ってくださいね〜。
はる先生、楽譜ですよ!俵は日曜日に、劇団にお披露目です♪
うぇ〜ん!写真レポ、はる先生、たのんますー♪
はる先生、授乳ですよ! さっき、戸塚さんから、エミリーにあの絵についての文章を書いてほしいと伝えて、
と、メールが来ました。
うぇ〜ん!ん?日本語がバラバラだ(笑)。
どの絵?なんのために?
ミカミチに、ブルーズの意味を!エミリーが泉さんを描いた絵についての、文章、ということですね?
私も読みたいです。お芝居のパンフレットに絵と共に使われるのかな。
自分の能力を超えたことばかり目の前に山積みで、気持ちがこっぱみじんな感じで(笑) はる先生、授乳ですよ!戸塚さんの喪中はがきは
エミリーの絵が使われていて、
とても美しかったのです。
(携帯で撮ったのでピンぼけですが、
写真を添付しました。)
本当の孤独を知っていて(一人でいることでは、決してなく)、その上での包容力を求めて来るんだろうと思います。
戸塚センセイの背後にある絵が、
喪中はがきに使われた。
うぇ〜ん!すてきですね。
文章も読みたいな。
はる先生、授乳ですよ!久保さんの喪中はがきと同様、久保さんのいう喪中はがきの”○周年記念誌”化を避けたところも、実に戸塚さんらしいです。
ミカミチに、ブルーズの意味を!妹の卒業アルバムを出してきたときにはる先生に話したのですが、
うちの高校の学生って、みんな、水面下の活動が活発なタイプが多くて(笑)、
卒業アルバムを見て、初めて互いに「あいつこんなことやってたのかー!」な発見があまりに多かった為、
卒業のころよく、「卒業アルバムは入学の時に配って欲しい(笑)」と言いあったものです笑笑
うぇ〜ん!沼田町商工会青年部の『50周年記念誌』を編集したときも、そうだったし、まぁ、『共犯新聞』もそうだけど、
伝えたいことが有る、
伝える技術を持つ、
それが「孤独」者の「生活」です(笑)。
はる先生、授乳ですよ!では、また!写真はみかさんにお任せします!
うぇ〜ん!UP済み!
ミカミチに、ブルーズの意味を!お土産の
チーズケーキの写真も
送りました(笑)。
はる先生ごちそうさま!
美味しかったです。
はる先生、ダイエット。(→Nonちゃん風。)。
はる先生、授乳ですよ!PS. せんべい布団って持ってないですよね?
演出家の鈴木三喜男さんも、「誰も持ってない」と言い切っていたんですが…。一応、きいてみました。
うぇ〜ん!なんでも、「ホンモノ」にこだわりすぎじゃないかな〜?
演劇って、抽象芸術だからねー。
たとえば、ふつーの布団カバーをひっくり返した裏地を表にした中に、薄い毛布をペラッと1枚入れれば、もう、客席からは、せんべい布団に見えるよー♪

ローラに花束を!では次回、俵とせんべい布団と月の河を一緒に味わう日を楽しみに。