あのブールで。その山の上で。I'll follow you wherever you may go!
top page⇒うぇ〜ん!『共犯新聞』♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To DieROCK★ロック パラパラ・・・偏愛書物★Book Oh ! うめぇ〜♪ジューシーな豚肉ソティ!好物★Gourmet やっぱ、映画館で観たい♪映画★Movie Artとは、ニューヨークのホイットニー美術館から、大阪の乙画廊まで、どこでもドアの奥で、今夜、パーティが2時から開かれる!美術★Art
moto_kubo@hotmail.com
2010 年9月29日(水)
完全ドキュメント 目玉の旅のつづき・・・ 沼田町ロック元年!
♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Die高石とも や
♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Die高田渡
♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Die友部さん 芦別DYLAN訪問記念(?)「乾杯」
♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Die友部正人 2008 ファンキーってなんだい。
♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Die友部正人 2009
♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Die加藤和彦 の自殺 (更新日; 2009年10月19日)
♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Die佐渡山豊 沼田町ライブ2011 (更新日;2011年8月26日)

Have you ever seen the アニーよ、ギターをとれ! ?

♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Die三宅伸治♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To DieJIMONO
Live in
カフェ☆コーヒーの湯気。昭和プラス
前回ま でのあらすじ

2010年6月4日
♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Dieニトベイビー
沼田町にやってきて、
そうだ、東京の兄に、コメを送ろう♪
☆コーヒーの湯気。ライブの夕べ。昭和プラス
で、♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Die三宅伸治
ライブをやろうぜ」
と、提案されちゃったー♪
8月17日
ライブのポスター、
チラシ、チケットを
作った♪
→そんなこと、覚えているんだね(笑)
文雄ちゃんと
久保の
コラボ・ポスター
だぞ〜。
8月18日
深川市へ、
ライブの
営業まわり〜♪
で、そういうのが得意な訳じゃなくても、なんだかんだと言って出来てしまうんだろうな、と。
元スター・
ファッカーズの
松井さんに
お願い〜。
8月25日
新聞に
大きな広告を
掲載♪
チラシ寿司なぁらぁ〜、永谷園〜っ、てかっ!
夜高あんどん祭り
特集ページに
まぎれて(笑)
どデカく♪
9月20日
留萌市の
FMもえるに、
出演♪
ちゃんと、ライブの宣伝しましたよーん♪
1時間の
番組で、
ライブの宣伝
しまくり!
9月27日
フロント・アクトの
jimonoも
準備OK♪
みんな、おいでよ。
カフェを
休業して、
ライブ・ハウスに
改造!
9月28日
いよ&いよ前日!
じゃらじゃらと、遠から耳飾の音が近づいてくる。
明日、ここで・・・。
9月29日
ついに沼田町に
ロックの夜明け!
Hey, hey, まさ、チャンスは今夜だぜ。
残されたしるしは、
消えない。
「三宅伸治のライブを沼田町でやらないか?」と提案されたとき、
私はズー&ズーしくも、即答でふたつの条件を出した。
それは、
1.こちらが提示する前座をつけること。
2.その前座と、三宅伸治が何曲か一緒に演奏すること。

なんだけれど、
このイナカ町に三宅伸冶が来てくれることだけでホントーは、大こーふん♪なんだか ら、
今から考えても私の提案のズー&ズーしさに我ながら恐縮&アキレてしてしまう。
だって、別にそんな「提案」を呑んでまで三宅伸冶は沼田町に来る義務など無いんだ から。

でも、どうだろう。
ロックの歴史は、アジテーションの歴史であったのだと私は思うのだ。
ジョン・レノンも、ミック・ジャガーも、ジム・モリソンも、ジミ・ヘンドリュック スも、デヴィッド・ボウイも、ジョニー・ロットンも、
どんな政治家や革命家よりも優れたアジテーターだった。優れている以上に、永遠に 魅力的な。
それはひるがえって、この日本の早川義夫も、PANTAも、忌野清志郎も同じだ。

では、アジテーションとは何だろう。
私は、それは思想の肉体化だと思う。
ご存知のように、それは極めて危険なことでもある。なぜならば、宗教やファシズム になる可能性を含んでいるからだ。
それでもロック・スターが我々の前で説得力を持つのは、彼らがその危険性に誰より もデリケートだからだとも思う。
だからジョン・レノンは「God is a concept by which we measure our pain.」と歌い、
デビッド・ボウイはアドルフ・ヒトラーのパロディをステージで演じた。
日本の自称ロック・ミュージシャンがつまんないのは、彼らが安易に「カリスマにな りたい。」と思い込んでいるからでもある。
ロックとは、含羞の表現でもあるのだ。

さて、オーディエンスにとって「アジテーション」、「思想の肉体化」とは何だろ う。
あまりにも単純すぎる言い方だが、私は、それは参加性だと思う。
より過激に参加してゆくことを、ロックは観客にアジテーションしているのだ。
私はかつて「思想の肉体化」のことを裏返して、脳味噌の解放と言って いた。
そこに優れたロックがあり、それに魅力的なグルーヴが内包されている時に、
立ち上がって踊りださない客を私は信用しない。それこそが、思想(=ロック)の肉 体化(=ダンス)なのだから。
もちろんそれは昨今の既成事実のような最初からの総立ちや、儀式のような同一方向 への腕の振り上げとは別物だ。

そこに三宅伸治がいるとき、試されているのは私たちだ。
「三宅伸冶のライブをやらないか?」と提案された時に、私の中のロックの反射神経が前座の提案を 即答させたのだ。
それが私からプロモーターへのアジテーションであり、思想の肉体化であり、参加性 なのだ。

しかし、予想通り、三宅伸冶サイドからの回答は、
1.前座はダメ
2.なによりも、プロの三宅伸治がアマチュアと一緒に演奏することなど、もってのほか!

だった。
それでも、私はパンクスあがりのヤミ米屋。カンタンに引き下がりはしない。
「それは、三宅さん本人の考えですか?」
確かに、ほぼ一年中、ギターを持って全国を回っている三宅伸冶にとっては、
ある程度決まったパッケージで回ることこそが負担にならない。
そのためには、できるだけイレギュラーを避けるのが三宅を愛するスタッフの心づか いなのだろう。それは、よ〜く分かる。
が、イレギュラーにこそ、アジテーションと参加性の種があるのだから。
なによりも、
三宅伸冶がこだわっている「旅」とは、イレギュラー、アジテーション、参加性の単なる別名なのではないのか?
私は、そう想う。
そう想うから、私のアイディアに三宅伸冶はのってくれると、私はなにもかもが始ま る前から確信していたのだ。

ここで議論をしてプロモーターを論破しても、それは私の勝ちではない。
私がしたいのはただ、三宅伸冶が気持ちよく前座を受け入れ、そして、気持ちよく前 座と一緒に演奏してもらうことだけだ。
そのために私がやったことは、ただひとつ。すべての人を納得させる「前座」を探し 出すこと、だけ。
そして私はすでに♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Diejimonoを発見していたのだ。
私の確信は、jimonoをすでに発見している、とゆーことが担保していたのだ。

前座を付けることは、どうにか了承を得たが、
jimonoと三宅伸冶が一緒に演奏することは、当日までの持ち越しとなった。

ついに、その日が来た。・・・どうなることやら。
1Pm
キャラバン、到着!
沼田町に jimonoが到着。まずは、機材のセッティングだ。
慎重に準備して、大胆にライブをする!
これもまた、秋の収穫!
blue.tree くん、3枚お買い上げ♪
で、私はいったん会社に戻って、お仕事。
すると、ちょーど待っていた♪おにぎり、むしゃ&むしゃ。北海道米、食ってるかー?blue.treeくんが
ライブの前売り券を買ってくれた♪







そーこーしていると、
カフェ「昭和プラス」のオーナー文雄ちゃんから電話。
「あ。もとひろさん?三宅さん、到着したよ!来てよ♪」

で、ふたたびカフェ「昭和プラス」に戻ると、
ソファに座ってサウンド・チェックをしていた三宅さんと、あくしゅ。
さらに、コーディネーターの木下ゆきおさんとも、がっちり、あくしゅ。
と、テンション高く挨拶をした私だったが、
私の声が無くなると店 内には不思議な緊張感が濃密に漂っていた。
世界一かたいイス。
ガチ &ガチに緊張しながら、
三宅さんのリハーサルを見つめる
jimonoのメンバー。
チェック、ワン、ツー、ぱんつー。
PA 担当でもある、
カルロス古屋ゴーンは、
三宅さんの音をデリケートにチェック。

三宅さんのリハーサル中、私は小声でjimonoのフロント・マン=渋谷くんに聞 いた。
「ね、三宅さんと一緒に演奏する提案、もうした?」
「いや、まだ。実は我々がリハーサルをしている最中に三宅さんが到着したら、
そこで一発、jimonoで三宅さんの曲 を演奏して、その気になってもらう計画だったんだけど・・・。」
「で?」
「実際に三宅さんがやってきたら、
jimonoのメンバー、緊張して、すか さず店のすみっこに行って丸くなっちゃったんだよ〜。」
「あは。ネズミみたい(笑)。」
「でも、これから、ちゃんと三宅さんに声をかけるよ。そのタイミング今、待ってい るんだ。」
「OK。ダメでも、トライしないで後悔するよか、いいからね♪」
ロックなお願い。
渋谷 くんの提案に、考え中の三宅さん。
私がバックヤードで前売り券の販売状況をチェックしていた ら、
そこから見えるすきまに立っていた三宅さんのところへ、
jimonoの渋谷くんが、すすすすっと歩いてきた。

おっ、いよいよ三宅さんに声をかけるんだな。

その決定的瞬間、私は幸運にも盗み聞きすることができた。

「実は・・・・。三宅さんの曲、3曲、練習してきたんですけれど。
もしよかったら、ぼくらと一緒に本番で演奏してくれませんか?」

三宅さんは、あの笑顔でニコッと笑ってから、
ややしばらく、立ったまま渋谷くんから目をそらして考えていた。

「何を練習してきたの?」

で、決まり!

そして、ロックンロールの誰にも解けないはずの五次元方程式が、目の前で解かれ た!
キャラバン、合体!
まさかさっきまで のPAがキーボードだとは知らなくて驚いた三宅さんは、なんだか、うれしそう。

6:30Pm
開場。客が、どん&どん入ってくる。沼田町ばかりか、旭川市、深川市、秩父別町、留萌市、増毛町などなどから。
私は仕事を終わらせて、6:50Pmに昭和プラスに戻ったのだけれど、もう店内はロック元年を待つ人々であふれかえっていた。
客席に、芦別市のROCK HOUSE『DYLAN』のマスター夫婦も。彼らが、わざわざこんな遠方までライブを観に来てくれるなんて、もうそれだけで私には、花束だ。
7Pm
♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Diejimonoの演奏が始まった。曲数は、ひかえめに(?)3曲。
渋谷くんは、
「みなさんが払ったチケット代には、jimonoの分は入っていません。」
と、客を笑わせながら、ちゃんと1曲=千円分以上の演奏を聴かせてくれた。
夜明けを見ようぜ。
初めて聴いた曲でも、歌詞が聴き取れる稀有な声の持ち主。
はじまった・・・
いつもの飾り棚越しに観るライブ♪
言葉だぜ。ほら。
混乱とイベントを、ふたたび!
もうけようぜ、HEY!ドラマァ〜!
言葉の背後にはアニミズムがある。
透明な石をここまで転がして。
どこまでも伸びてゆくギター・ソロ。

jimonoの大きな魅力のひとつが、オリジナル曲だ。
曲調はロックの方法論ど真ん中ながらも、ひねくれたリフや、ユニークな歌詞で味付けられ、
砂漠を行く重厚な戦車のイメージだ。
いや、彼らの曲にそって言えば、砂漠を行くキャラバン、か。
戦車は国家のしもべだが、キャラバンは国家から自由な存在なのだから、それがロックなのだろう。

今回の『沼田町ロック元年』を10歳代のバンドをやっているガキどもに観てもらうことに私がこだわったのは、
バンド少年たちがコピー&カバーからオリジナルの曲作りへと飛翔してもらいたかったからだ。
そうは言ってもjimonoのオリジナル曲は、
エレクトリック・マイルス時代のような知的なキーボードが野蛮なリズム隊にからみつき、かんたんに作れそうとゆーよりか、むしろ複雑だが、
優れたオリジナル曲は、陳腐な駄作よりも表現を目指すものにとって自分もオリジナルを作ってみようという気持ちにさせるのだから。
それがjimonoからバンド少年たちへのアジテーションなのだ。

この日のライブの直前に私が読んでいた本に、印象的な内容が下記のように書かれていた。

地域をいかに活性化させてゆくか。
その大きなヒントは、やはり「文化」という2文字にあるような気がしてならない。
そんなふうに考えるのは、
僕が今、東京で仕事をしていて、そこから発信される「文化」があまりにも貧相だからという実感を日々持っているからでもある。
地域にはポテンシャルがある。
消費する文化ではなく、生産する文化
いや、文化は本来、生産する場所でしかホンモノは現れないも のだと思うのだ。

金平茂紀パラパラ・・・『報道局長 業 務外日誌』(2009年6月23日、初版、青林工藝舎)より
指が切れて血が流れるままにページをめくれ。

残念ながら(?)これは芸術について書かれた文章ではなくて、(なんと!)山形県上山市でワインを製造しているタケダワイナリーへ取材しての日記だ。
それがワインでも、ロックでもいい。
ここに書かれていることが本質だから、すべてに通用する、とゆーだけのことだ。

ちなみに
金平茂紀(かねひら・しげ のり)は、北海道旭川市で1953年に生まれ、高校まで過ごし、東京大文学部を卒業後、1977年TBSテレビに入社。
夜の報道番組『筑紫哲也ニュース23』のデスクだった。
上記に引用した『報道局長 業務外日誌』には、”あとがき”として「謝辞」が2つ書かれている。
ひとつは、2009年春にニューヨークで書かれた、故・筑 紫哲也への「謝辞」。
もうひとつは、2009年5月3日に書かれた、♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Die忌野清志郎へ の「謝辞」。
前日の2009年5月2日に死んだキヨシローへの「謝辞」を書くために、6月23日に発行予定の校了直前に書き加えたのだ。
だから報道記者の日記なのに、この本には何度もキヨシローとの交流やライブが書かれている。
そして、もちろん、
三宅伸冶のことも。
クロスロードで、よろしく。
2008年2月18日(月)の日記。
筑紫哲也はキヨシローよりも半年お先に、2008年11月7日に癌で亡くなった。


・・・・・・そして、生き延びた三宅がもうすぐ目の前に。

7:30Pm
ふわり。と、♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Die三宅伸治が 私の横を通り過ぎて行った。
店内の一番奥の暗いところにいた私にそれは、なんだか世界一ダンディな幽霊の通過のように感じた。
この瞬間をずっと待っていたはずなのに、この瞬間の私は三宅伸冶のライブのことを忘れてたような錯覚すらしていた。
前へ歩く三宅のステップは、無音のダンス・ミュージックのようで私はそれに見とれていることにすら気が付かなかった。
一本の筋を描きながら三宅の後姿が店内を切り裂いてゆくと、歓声が沸きあがり、私は錯覚から引き戻された。
三宅がまっすぐ歩いた先には、客席とフラットなままのステージ。沼田町に初めて登場したロック・ステージ。
リラックスした雰囲気でギターの音が店内に広がり、そこに待ち合わせをしていた友人のように歌がやってくる。
しだいにギターと歌に熱が加わり、
左足で踏み込むことで繰り出されるペダル・ドラムや、リズム・ボックスなども使いつつ、巨大な世界観が登場する。
客席の一番奥でじっと観ていたjimonoの渋谷くんが、数曲終わったときに、
「すげえ。ひとりなのに、おれたち4人よりも爆発している。」と、つぶやいた。

もちろん、ハーモニカ・ホルダーを首からぶら下げて、ブルーズ・ハープも吹く。
その全部ひとりでやってます的なインパクトは、観ている者に「大道芸人」とゆー言葉を思い出させる。
そう、世界中の街角に立っている彼らだ。
そして大道芸人は、シビアな客を満足させなければ今夜のネグラも食事もワインもあたらない。
なぜなら、大道芸人は旅芸人でもあるのだから。
誰も気が付かない風のように、それは始まった。
そっと差し出されるカードのように。

朝日のあたる家で。
観客は赤ちゃんから、おばぁさんまで。全ての世代に三宅伸冶。用意した席は全 て埋まり、立ち見客が後部で踊りだす。
悪いことなんか、しちゃいないぜ。
さぁ来いよ。来いよ、フェニックス。
そう、おれは、いつだって
セカンド・ステージまで、また旅だぜ。
旅をしてるだけさ。
ここで、赤ちゃんに笑いかける。
架空の星座を透明な指でなぞるだけさ。
パイプいすで、プカプカ。

ジョニー・サンダースを観た。 フロアで逢おう。
PAはもちろん、カルロス・古屋・ゴーン!「この日のために、ロ ケット姉妹の時のギャラは全部、つっこみました。」、だって(笑)。おかげで、すげーいい音!
蝶が、飛んだ。
あの曲も、さりげなく。
芦別から、ずっと。
芦別『DYLAN』のマスター夫婦 も!
うしろ、で。
背中で、チャック・ベリー!
いつもの。
じょじょにみんな立って踊り始めた〜♪

沼田町でも、やっちゃった!
ほら、ほら、派手にやろうぜ。
きっと、うまくいくさ。 おれがギターなら、あの娘がアンプ。
こ、ここは沼田町か?ロンドンじゃねーのか!?
どんどん、つづく。
三宅さんも、この笑顔 ♪
海を渡って来たんだから。
店内にもどって、エン ディングだ。でも、誰も終わったとは思っていない。

しかし、こうして振り返ってみると、これはたったギター1本だけのライブだったんだよねぇ・・・・・・。信じられない。
アンコールの声と拍手に、もう一度、飛び出してくる三宅伸冶。

この日は、RCサクセションの「雨上がりの夜空に」や、
文雄ちゃんのリクエストで、タイマーズの「ディ・ドリーム・ビリーヴァー」までやってくれた。

MCで、「今年、ボスはデビュー40周年です。」と言うと、
客席から私が(がくっ。)「おめでとー!」。
三宅は、「そう。こうして日本中を旅して、みんなで、おめでとう、って言ってるんだ。」。
そして、キヨシローの新しいアルバム(そう、また出るのだ。)から
三宅とふたりで作った曲を歌った。
キヨシローの新曲が、沼田町で聴けるなんてね。

そして、
私たちは知る。
キヨシローは、現実だったんだ。
RCサクセションは、夢の中のできごとじゃなかったんだ。



ロックは、あるのだ。
もっと。
太い弦からゴリゴリのリフが、客席にばらまかれてゆく。

そしてついに、私たちは世界で一番あたらしいバンドを目撃した。
それは、朝日のようにフレッシュで、夕日のようにやけどしそうだった。
紹介するぜ。
「じゃ、 jimono、一緒にやろうぜ。」
はじまった!もう、もどれない。
そう、この感じ。 jimonoの集中力と、三宅さんの浮遊感が交差する。これが、バンドだ。



キャラバンは、終わらない。
ギター・ソロは三宅さんじゃなく、渋谷くんがとった。みんな、ロビー・ロバー トソンを観ただろ?


もっと、もっと、もっと・ざ・ふーぷる。
ロックンロールは少年の夢だから。
鮭と梅とスモークド・サーモンとチーズ。
体が熱くなってくると、蝶が浮かび上がってくるのさ。
影は声を抱いたまま、スローモーションで海へ。
バンドだから、ひとりの時よりもストロークが激しくなってゆく。
透明な石が見えた日。
ここでシンバルが叫び、鍵盤がからみつき、ベースが引っ張ってゆ く。

三宅さんとjimonoの共演のアイディアは私が出したのだけれど、
私は曲は、ローリング・ストーンズやボブ・ディランのスタンダードだな、と思っていた。
ところがjimonoのやつらが練習してきたのは三宅伸冶のオリジナル曲、3曲だった。
やるな(笑)。
jimonoの練習ではMOJO CLUBから三宅の大ファンだったベーシストの上 原子 護仁 (カミハラコ・モリヨシ)くんが歌っていたそうだ。
そう言えば、この日、リハーサルからずっと一番きんちょーしていたのは、上原子くんだったな。
なんだよ、君のために企画したような一日だったじゃないか(笑)。

それにしても、三宅さんもまさか自分の曲を沼田町でバンドでできるとは思っていなかっただろうね〜。
それは上原子くんのおかげ、だな。

二度目のアンコールは、ふたたびソロの三宅伸冶。
三宅の声は、ロック・シンガーにしては細いかもしれない。
しかし、永遠に不完全な世界に針のような三宅の声が伸びてゆくとき、それは祈りになる。
もう、子守唄の時間かい?
なぜ、旅をしているのかの種明かしをするかのように歌う。
スプーンをくわえたまま。
詩を読むように、弦をきざんでいるのさ。

ステージに、わざと忘れ物をしておこうか。
私たちは三宅伸冶を今、こ こで観ている。
その事実に気が付いた時、もう終わりは近づいていた。
ロバート・ジョンソンがいて、
チャック・ベリーがいて、
ザ・ローリング・ストーンズがいて、
オーティス・レディングがいて、
そして、
忌野清志郎がいて、
三宅伸冶がいて、
jimonoがいて。



長い長い、ロックの一本線が、今夜、沼田町に届いた。

スローモーションで指の間からこぼれてゆく時間。 声とギターと、あれを。
最後の声は、まっすぐ 届けられた。確実に。

蝶が、ふわり。
ギターをかき鳴らすんだ。
蜜と秘密と染み。
ハウリングのような拍手。
ぼくも連れていって。
今度はみんなの拍手を聴かせるのさ。
レコードの針が踊る永遠のスケーターズ・ワルツ。
ありがとう。三宅伸冶。

終わった。
ほら肩に、蝶が。
松井さんも席を立 つ。
俺のブルーズを、みせびらかすんだ。
ティーンエイ ジャーは背中にしるしを。
消えるものと、消えないもの。
次はお前の番だ ぜ。
引きづり回せ!
線は一本じゃなく てもいい。
蝶が、また。
CD、かなり売れ ました♪
観ちまった人も、観れなかった人にも。
まさ&はる先生一 家も、明日も仕事!
イン・マイ・ハンド。
三宅さんのスー ツ・ケース、ひとつ。
さぁ、ここに。
じゃ、打ち上げ♪

三宅さんが近くに来ると、
固まってしまう上原子くん→
奥座席は、深川市のロックンロール・ゴッド・ファーザーたちが・・・。
ステージに、わざと忘れた忘れ物に気がついたやつらと。
次回は、三宅さんの好物の鍋にしようか?
←今日はカルロス、
出っ放しだったね(笑)。

これがおれのフェラーリ。
三宅伸冶、ニトベイビー、上林文雄、木下ゆきお。
この4人がいたから、今夜があった。
ありがとう。
傷を、一筋。
「3曲目、良かったよ。」と、
jimonoの感想を言う三宅さん。
ちゃんとjimonoのライブも聴いていたんだ!

静かな夜。
なんだか今夜は顔がパン&パンな久保元宏(がくっ。)。しかし、松井さんとまたこうして・・・・。
このままでいると。
いいなぁ、この笑顔。

キャラバンのテント。
ひとり、浮いてる?

バック・ドアのキャラバンども。 見えたかい?
今夜の主役たち♪
1961−1962のできごと。
「もう帰るんです か?」「あはは。」
上原子くんは、
色紙まで用意していたのに、
サインをお願いするどころか、
ついに三宅さんに話しかけることすら
できなかった。
ほんとーに、ファンなんだね。

で、最後の最後に
私が、
「ほら、三宅さんと並びなよ。」
「えっ!?いいんですか?」→
すべては言えないよ。
と、パチ リ。・・・よかったね♪
すべりだしたキャラバン。
木下ゆきおさんの 運転で次の旅へ・・・。

三宅さん、木下ゆきおさん、ありがとう。

Rock'n'roll gypsies are ridin' tonight

11Pm
そう&そう、ライブの途中で三宅さんがギターを弾きながら、ステージから前進してきて、壁を見 つめていたシーンがあった。
最初、私はそこに貼られていたこの日のライブのポスターを三宅さんがチェックし直して、MCで 何度も「昭和・・・」と、言えなかった店名を確認しに来たのかと思った。
言葉が、貼りだされているぜ。
そうしたら、違っ たのだ。
そこには、文雄ちゃんが貼った三宅さんの詩があったのだ。
そこを、ノックせよ。
三宅さんは、ライ ブの真っ最中に、ギターを弾きながら、
「マスターがこれを貼ってくれたんだよね。ありがとう。」、って。

0Am
そして残っていた客もみんな帰った頃、我々、バカどもは 真夜中のロックンロール・キャラバンにと、焼き鳥屋『のらくろ』へ・・・。
ここは、スロバキア国立オペラも歩いた同じ夜道。
だらだら行くの さ。夜のピクニック。
アバンチュールなおやじども。
「ここが『共犯新 聞』で有名な!」
ボトル・ネックで、アンコール。・・・いや、アルコール。
「で、リンゴ・ス ターは・・・。」
さぁ、今夜はここでキャラバン。
「水玉消防団 は・・・。」とか、なんとか。

ディランさん、いないね。 ニトベイビーはまた今日、AZUMI!
「ほんとうにスゴイことは、そ の時じゃなくて、後から、じわっと来るんだよな。」「そうだよなぁ。」「俺たち、すげえことやったなぁ。」「このカンカイ、うめぇーなぁ。」
2010年のできごと。
あら、空いちゃっ た。
吐くのは靴だけ。
焼酎ボトル1本 半。残りは次回!
2Am
おひらき。

文雄ちゃんから声をかけられる。
「もとひろさん、次、昭和プラスに誰、呼ぶ?」
「そうだなぁ。デビッド・ボウイ。」
「は?」
「あはは。なんだか、何でもできちゃうよーな気分になっちゃったよ〜。」


完璧な嘘が存在し得ないように、完璧な人生や、完璧な一日などありえない。
しかし、完璧なライブは存在したのだ。

text by うぇ〜ん!久保AB-ST元宏 (2010年10月7日 木曜日 1:21Am)


返信とお礼 遅くなりました)^o^( どうも
メ〜ル差出人: 上林文雄@☆コーヒーの湯気。ライブの夕べ。昭和プラス
送信日時: 2010年10月7日(木) 2:07Pm
宛先: 渋谷@♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Diejimonoダイナミックは繊細から生ず。カルロス古屋ゴーン

古屋さん、渋谷さん

私自身あまりロックに対する思いのない中、
久保さんに勧められ
今回三宅さんのライブを催しましたが、
自分の店でやったという思い入れもあますが、
今回、また前回のロケット姉妹と、
PAをお願いした中で、細かい調整をして
いただき大変良いライブになりました。
次回なにかやる時はよろしくお願いします
その時は、2階泊まれれますよ(^_^)/~

渋谷さん、貝津さん、上原子さん
お仕事等、忙しい中当店でのライブを
もりあっげていただきありがとうございます。

今後もなにかありましたらよろしくお願いします。
RE: 返信と お礼 遅くなりました)^o^( どうも
メ〜ル差出人: ダイナミックは繊細から生ず。カルロス古屋ゴーン
送信日時: 2010年10月10日(日) 11:12Am
宛先: 上林文雄@☆コーヒーの湯気。ライブの夕べ。昭和プラス

カフェ昭和プラス
上林様


カルロスゴーン古屋です。
ライブが終わり少々時間がたちましたが、改めて大きなことを
やったな〜、という感じがしますね。

PAについては、私は専門業者とは立場が違いますが、
同じような小さな場所でのライブに出演者として参加したり、
スタッフなど色々な形でかかわって来た経験が割と長いので、
どういう音づくりをすると良いかという部分は、少しは分かります。

三宅さんライブでいただいたお金も、すでに機材に化けました(笑)。
まあ、だから結果的に毎回のライブで
ちょっとずつ昭和プラスが機材を買い足しているのと同じことで すね。

来年に向けては、今度は演奏者用のモニター環境に少し投資し、
演奏者も観客もどちらにも喜んでもらえる音作りをしようと思っています。
ただ、プロを今後も呼ぶことを考えると、
モニターにはいわゆる「業界の定番品」が必要となり、ちょっと値が張りますね。
実はメインの機材よりも、モニターに倍くらい金がかかるという・・・。
まあ、中古とかヤフオクも駆使しつつなんとかします(笑)。


ではまた。



ジョージのパパは、バスの運転手だった。

襤褸(ぼろ)靴を
気にして見過ごす
冬夕焼

(久保元宏 2002年2月)

★日付をクリックすると、♪好きな時代に行けるわっ♪あん♪アン♪歴史から飛び出せ!
たとえば→2月16日の歴史

ロックへの扉。

A Happy Birthday to
Mr.俺はギターを鏡に投げ込んだ♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To DieRock House DYLAN !




行きてぇー!