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Do You Want to Know a Secret
密約
共犯意訳; 久保AB-ST元宏 (2009年12月3日 3:17Am)
You'll never know how much I really love you.
ぼくが真実を口にすると
You'll never know how much I really care.
ほとんど全世界を凍らせるだろうという妄想によって
ぼくは廢人であるそうだ
Listen,
2009年12月1日 【沖縄返還をめぐる「密約」訴訟】 吉野文六(91歳)元外務省アメリカ局長の尋問
Do you want to know a secret?
裁判官「原告側証人、吉野文六。」
Do you promise not to tell? whoa oh, oh.
吉野氏「私は、偽証をしないと宣誓します。」
Closer,
【米軍用地の原状回復補償費400万ドルを肩代わりしたとする密約】
Let me whisper in your ear,
原告側代理人「合意文書の左下にある『BY』のイニシャルは誰のものか?」
Say the words you long to hear,
吉野氏「これは私のイニシャルだ。」
I'm in love with you.
吉野氏「右下にあるイニシャルは、リチャード・スナイダー米駐日公使のもので、沖縄返還交渉の私の相手。」
Listen,
代理人「返還決定後に、なぜ米側は負担しなかったのか?」
Do you want to know a secret?
吉野氏「想像だが、ベトナム戦争で米国の財政事情が非常に悪くなり、
沖縄返還のために日本、沖縄に金銭を支払うことは困難になった。」
Do you promise not to tell? whoa oh, oh.
吉野氏「米議会でも『ぼろもうけをしている日本に金を出す必要があるのか。
日本に沖縄を返還しなくてもいい』と、われわれにも漏れつつあった。」
Closer,
代理人「沖縄返還協定には、原状回復費用は米側が自発的に支払うと書いている。」
Let me whisper in your ear,
吉野氏「そうだ。」
Say the words you long to hear,
代理人「返還協定と実際は違うということか?」
I'm in love with you.
吉野氏「そういうことだ。」
I've known the secret for a week or two,
代理人「愛知揆一外相(当時)も署名を承知していたか?」
Nobody knows, just we two.
吉野氏「当然そうだと思う。」
Listen,
代理人「本当のことを話そうと気持ちが変わった理由は?」
Do you want to know a secret?
吉野氏「米側の公文書館が英文で公表したから、
それ以後については、いつまでも秘匿することはできないという心境になったからだ。」
Do you promise not to tell? whoa oh, oh.
吉野氏「米国では一定の時間がたつと、協定も公表して誰でも研究などに使うことができる。
日本の外交についても、採用することは非常にいいことだと思う。」
Closer,
【証言後の記者会見】
Let me whisper in your ear,
吉野氏「過去を忘却したり、歴史を歪曲することは、国民にとってマイナスの方が大きい。」
Say the words you long to hear,
澤地久枝(作家)「国家犯罪がスキャンダルにすり替えられたとき、たかが男と女のことで主権者は何だと思った。」
I'm in love with you.
西山太吉(元・毎日新聞記者)「メディアのエネルギーがない。権力の情報操作。情報犯罪。」 |
1971年に外務省アメリカ局長の吉野文六が
対米交渉にあたった「沖縄返還協定」にからみ、
取材上知り得た機密情報を国会議員に漏洩した
毎日新聞社政治部の西山太吉記者と外務省の女性職員が
国家公務員法違反で有罪となった。
西山は毎日新聞を退社し、北九州で家業の青果会社を継いだ。
年老いた二人の37年ぶりの再会は、法廷だった。
西山が、
「お疲れさま。ありがとうございます。」と声をかけ、
吉野が、
「元気でいらっしゃいますか。」と返した。
かつてのライバルは、老いるほどに脳味噌で共犯者になっていたのか。 |
| ジョン・レノン(享年40歳)と、ジョージ・ハリスン(享年58歳) |
1950年代中盤、リバプールで一番めだっていた不良、ジョン・レノンが
やっていたバンド「クオリーメン」に3歳年下のジョージ・ハリスンが入った。
派手好きのジョンと、寡黙なジョージは対照的だったが、
それが幸いしたのか、生涯、良い兄弟のような関係を保った。
それは、ジョンとポール・マッカートニーのライバル関係とはまったく違うものだった。
やがてクオリーメンはビートルズとなり、1962年にデビュー。
ファーストアルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』は、ジョンとポールの共作でほぼ占められた。
その中で、ジョンが作った曲「ドゥ・ユー・ウォント・トゥ・ノウ・ア・シークレット」を
ジョージが歌うというイレギュラーなポジションでの録音が行われた。
それは、少年たちの秘密の約束だったのかもしれない。
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