あのブールで。その山の上で。I'll follow you wherever you may go!
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moto_kubo@hotmail.com
立て、立つんだ場〜!ステージ、に。演劇 戸塚先生、故・泉先生の脚本を蘇らせる。
「感動」の罠、罠の可能性 ★ 演劇言語の海



こんばんは、はる先生、スクール・オブ・ロケンローですよ!です。
差出人: はる先生、授業ですよ!はる先生
送信日時: 2009年1月7日 11:53Pm
宛先: うぇ〜ん!久保AB-ST元宏

ドクター!はるちゃんのインフルエンザ、治りましたか?
私は遅ればせながら、
昨日、初アマゾンで、みかさんのパラパラ・・・(もちろん新品)を購入しました。
届くのが楽しみです♪
さて新年早々、お願いがあるのですが、
♪おにぎり、むしゃ&むしゃ。やっぱ、具は明太子〜!米俵って、貸していただけるものでしょうか?
実は、戸塚さんの演劇で使いたいのです。
2009年2月22日(日)1:30Pm 立て、立つんだ場〜!ステージ、に。泉慈恵 追悼演劇公演
終わらない指。
いかにも米俵という米俵を1俵お願いします。
フランス渡航のため、豪農の親戚を頼った高橋が餞別にもらった米俵です。
高橋役の高校生がかつぐため、
中身がぎっしり入っているように見えて重量は半分くらいだといいのです。
米が入っている必要もありません。」

との事です。
米ときいて、久保さんしかいないと思いました。
朝晩のトレーニングに使っている、その俵で構いません。はる
こんばんは、買うたろーです。
差出人: うぇ〜ん!久保AB-ST元宏
送信日時: 2009年1月8日 2:14Am
宛先: はる先生、授業ですよ!はる先生
了解。
実は我が社の社員に、俵を編める者が二人もいる!
なんて、後期高齢化企業だっ!
が、もし、9月ごろに言っていただければ、
ワラが稲刈り時に入手できたんだけど、これから探してみますね。
あと、今日は午後から、沼田町消防団の『出初式』なので、
農家の人にもたくさん逢うから、聞き出してみるよ。
お金がかかってもいいなら、贈答用でもあると思う。
インターネットで調べたら出てくるんじゃないかな?
とにかく、もう少し時間をちょうだいね。
差出人: はる先生、授業ですよ!はる先生
送信日時: 2009年1月8日 10:15Pm
宛先: うぇ〜ん!久保AB-ST元宏
俵を編める!?思ってもいなかった展開であります。

秋にはわらを干している光景を目にして、
何のために干すのかなーと、考えてたんです。
昔ならむしろを作ったり、縄を作ったり、いろいろあるでしょうけど…。
どこかに保管しているのですか?
才能に溺れる者
差出人: うぇ〜ん!久保AB-ST元宏
送信日時: 2009年1月9日 0:46Am
宛先: はる先生、授業ですよ!はる先生
こんばんわ。
睡眠時間1時間で、3Pmから酒を飲むのは、きつい(笑)。
火消し屋ジョニーで、ございます。
ワラを保管している農家を、消防「出初式」中に発見しました(笑)。ほぼ、奇跡。
明日か、週明けに、それを観にいきます。
ワラは我が社の社員に編んでもらいます。
途中報告でした〜。
たわら
差出人: ミズッキー
送信日時: 2009年1月9日 8:42Pm
宛先: うぇ〜ん!久保AB-ST元宏
俵ですが、旭川農家息子で拓大同級生のお家にありそうです。
ちょっとサイズが小さいかもしれないってことなのですが
明日、計って教えてくれるそうなので少々お待ちを。
そういえば、先日俺はギターを鏡に投げ込んだ♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Dieデビッド・ボウイFrom a "tribute to Gram Parsons" concert  !83年バンクーバーのライブ
BSでやってたのですが、みましたか?
めちゃくちゃかっこ良かったですよ!!
もしみてなければDVDコピーして渡します。
写俵
差出人:
うぇ〜ん!久保AB-ST元宏
送信日時: 2009年1月13日 5:39Pm
宛先: はる先生、授業ですよ!はる先生
はる事務局長、久保局部員です。

さっき、ミズッキーちゃんが、学友の実家から俵を貸してくれました。
添付写真が、それです。
元ミスあんどんで、ございます。 ミズッキーちゃんと俵の写真では、
どちらが俵かわかりませんので、
私も持ってみました。
これなら、
どちらが俵か分かることでしょう。

現役ヤミ米屋で、ございます。

中身は米ではありませんが、そこそこ重いでごんす。

寸法(直径×幅・重量):34cm×54cm・7kg

です。
が、いわゆる、1俵(=いっぴょう)=60kgのサイズは、

47cm×75cm

ですので、小さいかな?
添付写真の私の実物大サイズは、178cmですので、参考(?)にしてください。

どーします?
差出人: はる先生、授業ですよ!はる先生
送信日時: 2009年1月13日 5:55Pm
宛先: うぇ〜ん!久保AB-ST元宏
すげー!ミズッキーも可愛いぞ!ありがとうございます。
昨日、稽古を見に行って来たんですが、俵を使うのは、たったの5秒くらいです。
しかし、重要な場面なんですよね〜、時代を象徴するような。
俵の写真、戸塚さんにも送ります♪


うぇ〜ん!久保AB-ST元宏  はる先生、授業ですよ!はる先生  ローラに午前4時のみっつを!ミカキチ@ろーら嬢  エミリーの自由な旅の空。エミリー
ハ〜レム大聖堂
Cathedral of Harlem
Play ? Play ! Pray .
私が芝居の稽古に行くときいつも
「いいなあ、遊んでばかりいて」と
送り出してくれました。
Prayer don't be played out !
Player don't be prayed out !
演劇とは、遊びと祈りとの共犯


text by うぇ〜ん!久保AB-ST元宏(更新日;2008年11月29日 土曜日 5:11Am)

うぇ〜ん!私は戸塚センセイとは、1回しか会っていない。
今年6月、エミリーの個展のオープニング・パーティの時だけだ。
久保が真ん中かよっ! ジェフ&エミリー♪そして・・・、久保が真ん中かよっ!
いつものように、はしゃぐ私。
そのパーティ会場に、深い瞳で淡く微笑んでいたのが、戸塚センセイだった。
ねぇ、やり残したこと・・・って。

社会の先生でーす♪
このゆれている方、はる先生の同僚の社会科の戸塚センセイ。
『共犯新聞』を愛読してくれているそうだ。
戸塚センセイの背後にある青い絵が、はる先生がメールで語っている絵、だと思う。

絵は、永遠。
Re: And party is on. If you want it.

差出人: はる先生、授業ですよ!はる先生
送信日時: 2008年6月13日 11:27Pm
宛先: うぇ〜ん!久保AB-ST元宏

こんばんは!
パーティー楽しかったですね。
ホームページ見ました。
たくさん写真を載せて下さってありがとうございました!
みんなで楽しく見せていただきました。

それと、ギャラリーの入口のすぐ左側にあった
妊婦さんの絵、見ましたか?
あの絵は二月に亡くなった、
戸塚さんの奥様とお腹の娘さんの絵です。
戸塚さんにはよく久保さんの話しをしていて、
いつか一緒に飲みたいな、と思っていたのです。
今は元気も無くて、なかなか誘えませんが、
色んな方面で久保さんとは話しが合うと思うので、
機会を作ってみたいです。

それでは、また!

はる

久保と、エミリーの夜の入り口だ。

うぇ〜ん!共犯美人組のみなさん、こんにちは。
久保元宏です。

2008年11月1日(土)、北海道新聞の夕刊に、はる先生の友人&同僚である戸塚先生の記事を見つけました。
終わらない指。
ローラに花束を!久保さま、新聞もろくに見ない私のために(?!)毎度情報をありがとうございます。
その日、冬囲いに来た父に指摘されて、うちのテレビのアンテナが傍の白樺の木の枝によって折れてることが判明。
「テレビ映りは大丈夫か?」と訊かれ、「ずっとテレビのスイッチ入れてないから判らない・・・」と答えた有様。香聡庵は山の上の人外魔境です。


うぇ〜ん!演劇をされていた奥さんの追悼公演についての記事でした。
公演の日程などが決まれば、はる先生から教えていただけると幸いです。
私も時間が合えば、ぜひ、観に行きたいと思っています。

また、奥さんの葬儀委員長も務めた公演の呼びかけ人の、舞台演出家、鈴木喜三夫(すずき・きみお、77歳)さんも戸塚先生と一緒に記事になっていますが、
演劇界にも知人がいるケーコちゃんは、鈴木氏のことをご存知かな?


ミカーだ。
はる先生、授業ですよ!ちょっとそれるかもしれませんが、最近、飲酒運転の罰金がとてつもなく上がりましたよね。
それについて、江別近郊の情報誌を編集してる人が、
「そのおかげで、野幌駅周辺の飲み屋街は閑古鳥がないている。」と書いたところ、批判が殺到したそうです。
そう、飲酒運転は悪いことです。
でも、飲酒運転を擁護したわけではなく、
ちょっとしたことで、どれだけの人が苦しむか、そういうことを言いたかったと思うのですよね。
その編集者は江別に住むアイヌ人が行った、イチャルパに出席されていたので、
一度だけお会いしたことがあったので、何がいいたかったのかが、よくわかったのかもしれませんが。


ローラに花束を!ルールって、本来は、対等な者同士が、効率的に助け合っていく為につくるものなんだと思う。


うぇ〜ん!それがつい、過剰になる。
 交差点の信号機は許せるが、無人のアスファルトが時速40km制限なんて、奴隷のキブンになっちゃう。

ローラに花束を!「ルール」を盾にとってひとに「何かを言える」ことは、
自分が強い立場にいること(ゴミではないこと)の確認になるし
強い立場の方への切符を手にしてることの確認と、
仲間に入れてもらう為の通過儀礼だったりもして
(あーーー私はほんっとにこういうのがイヤだ)、
それにひとは溺れて中毒してしまうし、
あっという間に麻痺して当然だと思い込むようになってしまう。


うぇ〜ん!結局、私たち3人、同じ感情を持っているんだな。


ローラに花束を!私の場合、
親が暮らしてる現実や、付き合ってる友人や、新しい体験や知人などが
私にとっても、そのまま今の現実や興味の対象と何のズレもないので
付き合うのが楽しい。ということが、素晴らしいことだな、と思っています。
年齢差が、生きる地平や抱える現実の差になる、
ということは、本来おかしなことですよね。
こんな、ラーメン屋に入ったら友達に会うくらいの小さな地球に暮らしているのに(笑)。
美人共犯?★ここでも、はる先生&ミカキチ。

もう文芸春秋は、読まない?
はる先生、ロケンローですよ!これは、本当にうらやましいことです。
親とそのような関係にいられるのは、すばらしいことだと思います。
ご両親にとっても。
歳を取って厄介になってきた、なんて思うのは恥ずべきことですから・・・。
10年前くらいになりますが、
とても尊敬している先輩教員がいて、理科の教員だったのですが、
こんなことを言っておられました。
「地球が生まれてからの時間を考えると、
人間の誕生から現在までの時間など、瞬きの時間より短い。
それが、今、あなたと、生徒たちと、一緒の時間を生きているんだ。
年の差なんて意味があると思うかい?」
その方は数年前に亡くなられました。
奥様からそのことを告げるはがきが来たときは、何時間も泣きました。
理由は言わずもがなだと思いますが。

うぇ〜ん!私は、どうも余裕が無くなると他人に厳しくなります。
その「厳しさ」は、いつも、「正しいこと」の押し付けなのです。
「正しいこと」だから、相手も誰も文句が言えない。
自分自身、いやなことなんですがー。
それを自分でやっちゃうんですね。
その直後に、そんな自分に気がついて、ハッとして、
軽く反省(笑)するのですが、
まぁ、みなさんと比べてレベルが低いハナシですが、
幼稚なんですな、つまり。がくっ。
そこらへんを
ゆるやかに鍛える場が、「家庭」かな、
と思うことがあるんでした〜。
空夢と羽有のベッド物語。この空間が雨のシェルター。

香聡庵のミカキチさんのハーブだ。
ローラに花束を!ちょっと別の話になるんですが、
私、自分が「有機農業」と呼ばれてることに関わることになった時、
すごく「自分らしくないことを、初めてやってみるんだ」と思ったんです。だから怖かった。
「自分らしくないこと」というのは、「正論」だとすぐ人に見做されてしまうだろうことに関わる、ということです。
私はずっと、そういうことを避けていた。誤解されるのが怖かったんですよね。
「正論」を掲げるのに、躊躇しない、
「正論」が暴力になりやすいことに鈍感な人間だと、見做されてしまうことが怖かった。
まあ、私の20代というのは、
そうしてそれまで自分が「怖がって避けていたこと」を、この際片端から全部やってみよう。
としてやってみた時代だったんですが。


はる先生、授業ですよ!教育と農業の共通点のひとつは、「正論」が暴力になりやすい、ということだと思います。
先生になるっていうのと「有機農業をやる」っていうのが似ている・・・なんて言ったら、失礼かな?


うぇ〜ん!まったく違うでしょうが、
私が20代の時に初めて保険に入ったり、マンションを買ったり、車を買った時に同じような気持ちになりました。
と、書きながら、やっぱ、ろーらさんとはまるで違うことを書いていると思いつつも筆は止まらない(がくっ。)のですが、
それって、「投資にたいする罪悪感。」なのではないか?と、20年後の今、たった今、整理できたきぶん。
「若さ」とは、「現在」の中で「未来」も生きているのですから、投資に手を染めることは、罪のようなキモチになるのではないでしょうか?
キリスト教の中で、ユダヤ人が象徴的に物語りに組み込まれているのは、その「罪としての投資(のようなもの)」、なのではないでしょうか。
と、今、気がつき(=思いつき〜・がくっ。)ながら、自動筆記しました(笑)。

はまった!花粉っ!
ローラに花束を!やってみてわかることは、それほど実は誤解されない、ということと、
まああえて言えば、当時はまだ「有機農業」そのものが認知されていなかったので、
どちらかというと「正しい」ことをしてる人たちとしてひとくくりに「遠巻きに」されてる、
ということの方が多かったかも知れない、と 今振り返ってみると思います。
なぜそんなことを思うかと言うと、
今は、「有機農業」という言葉が持つエネルギーが全然当時と変わってしまったように感じるから。
何故これを書いてるかというと、久保さんの上の文章を読んでいて、
自分がその「正論」の重荷を今でもやはり「重い」と思ってることに、改めて気づいたからです。
今は、それによって
「誤解(という言葉にも語弊はありますが)される」という恐怖よりも、
「尊敬」されてしまったり、「興味を持たれて」しまったりすることの方が、
しんどいと自分が思っているんだなー。 ということに、やっと思い当たった(笑)。
「正論」と見做されることをする時は、ものすごく慎重でなくてはならないし、
それは、自分だけの問題では済まないことだという責任感を忘れたくない。
ということの遂行が、本当に難しくて・・・・。
フィリップ・マーロウの気障な台詞に
「神様、私の味方から私をお守り下さい。敵は自分でやっつけますから」というのがあって、
それを若い頃から好きだったんですが、
10代のころとは全く違った意味で、30代に入ってからは思い返すありさま。
贅沢な悩みですよね(笑)。
自分では、自分に厳しいというつもりではないのですが、自分に課していることは、
一緒に何かをしようとしてる人たちに対して、
その姿勢を「理解してもらう」ことがどうしても必要になる。
私は、言葉を使って、共犯レスでよく判るように、ひたすら「説明」してしまう。
しかも、一見すごく「論理的」に話してしまう。
でも、それをすると、相手をまるで「説得」してるようなことになってしまったりする。
それが私には、すごくいやなんです。


はる先生、授業ですよ!私はそれを読むことを、本当に楽しんでます。
本人は大変だと思いますが、一生懸命、美しい言葉で、できるだけわかりやすく書いてくれてるのがわかります。
それにレスする能力と時間が限られていることが、残念ですけど。
私は私のペースでやるしかないですが、鍛えてもらってると思います。うふ。


ローラに花束を!私はただ、理解して欲しい、互いにわかりあいたいだけで、
ちゃんと話せば、大抵の人は大抵のことを判ってくれるものだと諦めないでいようとしてるだけだから。
だからものすごく気をつけて、そうならないように(説得して納得してもらった、という感じになってしまわないように)、
話を出すタイミングや展開のスピードや、使用する言葉や文体や文法にも気をつける・・・んですが、
そっちで消耗してると、やってる仕事の精度が下がってしまいそうになる。それは私の実力が足りないだけなんだけれど、
でも、仕事にしわ寄せか行くのは私はいや(笑)というより、それが「正論」に関わることだと。
私は、一体何を犠牲にするべきなのかを、見失いそうになってしまう。
正確に言うと、何をしたかったのかが判らなくなりそうになる、が近いかも(笑)。
と、いう辺りが、私のここ数年来の悩みなのだな〜と
久保兄の文章を読んで思ったので、なんとなくメモ代わりに書いてしまいました。
しかしこう書くと、自分のアホさと甘さが丸見えだな。


うぇ〜ん!あはは。


ローラに花束を!そして、贖罪の為に生きるのでは、それまた意味が無い。
罪、というけれど、それはそのまま、「生きてる証」であり「実感」でもある訳だし・・・・。
罪は、抱えきれない分を持ちつ持たれつで人と支えあうからこそ、そこで生まれる軋轢や関係を
愛に昇華させようという心の動きが生まれるわけだし、そこが人間の複雑で予測不可能で美しいところなんだとも思います。
生きるとはその巡り全体を指すんでしょうね。
トルストイも、罪を出来るだけ犯したくないから農業を、ということを言ってるのではないんだと思うんです。
自分の罪を自覚し続けること、でも、それに潰されない為に、
常に自分の「生」に主体性を持ち続けるために、
ほどよい「罪を重ねる」程度の生産活動が、まあ、農業だ。っていう程度のことなんだと思います。
で、私もそんな感じです(笑)
婦美の宴〜♪


アミカでの昼飯。この空間が雨のシェルター。お弁当する姿勢。
はる先生、授業ですよ!「罪」について、考えているところでした。
ろーら嬢的「罪」についての考え方、優しいです。
罪深き職業も、やりがいあるなって思いました(笑)。
多分、贖罪のために生きるのは、
生きている実感がない、のですよね。
戸塚さんが、今、生きている実感がないだろうと思うと、ゾッとして・・・。
奥さんとお子さんの死を、自分の罪だと思っているはずです。
太宰の「斜陽」に手を出してしまった、
というはがきが来て、心が痛いです。


うぇ〜ん!夕刊の戸塚さんの表情もまだ硬いですよね。
「農業」と「教育」は似ていると感じるのは私が両方に疎いからかな。
ケーコちゃんや、ノンちゃん、ミカキチが
レストランを経営しているから書くわけじゃないけど、
「農業」と「教育」と「食堂」も似ていると思う。
戸塚先生がなぜ罪を感じていらっしゃるかは私には分りませんが、
私が一度しか逢っていない印象で勝手に言うことが許されれば、
戸塚先生には罪が似合うとは思えないのです。


るっちょんの宴〜♪みかきち@香聡庵
はる先生、授業ですよ!慈恵さんのお通夜で、喪主である戸塚さんの第一声が、
「みなさん、申し訳ありません」、だったんです。
もちろん、普通に考えて、慈恵さんの死は誰のせいでもなく、
なぜ戸塚さんが唐突に謝罪の言葉を述べたのか、そのときはまったく理解できませんでした。
そのあと続けて「自分が側にいながら、助けられなかった」というようなことを言ったのですが、
その後の様子では、さらに深い罪悪感と喪失感に苛まれていたように思えるのです。


うぇ〜ん!罪は他者が与えるものです。
そこに宗教の源泉もあるのでしょう。
法律ではなく、神(のようなもの)が与える罪を戸塚先生が受けようとしているのならば、
戸塚先生は罪とは違うものを受けるべきである、と考えます。
すでに、「罰」として、孤独を背負っているのですから、
それに等価するものとして、「罪」の存在を許しているのかもしれません。
しかし、罪と罰の既製品のルールから逸脱するようにしなければならないと思います。
それを教える、感じさせるのが、「農業」と「教育」と「食堂」だとも私は思うのです。
教師である戸塚先生には残酷すぎる日々でしょうが、
追悼公演をはさんで、罪以外のもので罰に対峙できるものを発見してもらいたいと思います。


ローラに花束を!私が番組やってる三角山放送局って、音楽やってる人がパーソナリティーに多いんですが
私の番組を聞いてた私の笛の師匠が、
「農業ってすごく音楽に似てるね。」と言ったことがあるんです。
きっと、久保兄がここで書いてることと似てることじゃないかな。と読んで思った。ので書いておきます(笑)。
トールさんの宴〜♪みかきち@香聡庵


婦美の宴〜♪みかきち@香聡庵 うぇ〜ん!「家庭」とか、「家族」。
それが絶対なものだとは思いません。
そう前提してから書くのですが、
<「農業」と「教育」と「食堂」も似ている>・・・
「農業」と「教育」と「食堂」を総合しているものが、「家族」で(も)あるのですね。
そして、美しい「家族」は、美しい「音楽」に似ている。
きっと、ろーらさんの笛の師匠さんは、そんな風を音に昇華しているのではないでしょうか。
で、醜い「家庭」は、醜い「音楽」に似ている。
「似ている」は、「煮ている」で、家庭は、鍋。
鍋の無い家庭は、おおむね崩壊に向かう。
■分りやすい装置としての「家庭(=英語で言う、ファミリー)」の起源はそんなところにあるのだと私は思います。
■では、「家庭」の無いところでは、<「農業」と「教育」と「食堂」>をどのように「音楽」にするのか?
社会は、福祉を準備するでしょう。
資本は、コンビニを営業するでしょう。
「若さ」は、トモダチを求めるでしょう。
恋愛、も、それかな。
■戸塚先生の「家庭」は、向こうから来たものを拒みはしないけれど、こちらから組み立てようと築いてきたものだと思います。
だから、能動的なぶん、喪失感は大きいのだと思います。


はる先生、授業ですよ!ええ、喪失感とそれに伴う、罪悪感なのではないかと。能動的・・・科学の力と科学の力によらない慈しみの心。
私と慈恵さんの関係は、「わきの下から乳汁が出た!その乳で一人、育て上げます。」(また、乳汁、でも本当)なんていうメールを出したりするくらいだったんですけど。
それでも、今回の一周忌公演には何か役に立ちたいと、心から思っています。


うぇ〜ん!戸塚先生の奥さんを追悼する準備で開かれている「実行委員会」は、「家族」でも「福祉」でも「コンビニ」でも無いのでしょう。
そして、「トモダチ」でも無いと思います。
しかし、それは確実に<「農業」と「教育」と「食堂」>に含まれるものであり、
なによりも、「音楽」であると思います。
だれも見たことがないものは、厳しいけれど(=孤独?)、強いものだと思います。
そうして我々は生きてきたのだから。


パラパラ・・・『メコンに死す』を読んでます。
はる先生、授業ですよ!うーん、久保さん、さすがとしか言いようがないです。
私、実行委員会の席で、そのような透明なつながりを感じました。
その誰も見たことのないものに向かって、
我等、違う場所で各々動いてます。
私は具体的なものより、精神的な参加かな。今日は戸塚氏ご推薦のパラパラ・・・『メコンに死す』を読んでます。
そんなことです。

ローラに花束を!いつも、大きなもののほんの一部分を生きてる訳ですが
自分が目の当たりに出来る現場はとても少ない。
だから、他の切実な現場を生きてる信用できる感性を持った友人が、必要なんです。
私は高校の先生をやってるはる先生と知り合えて良かったなーといつも思います。
もちろん、ヤミ米屋さんもね。


はる先生、授業ですよ!私も本当にそう思います!!これからも、よろしくお願いします〜☆


うぇ〜ん!そこらへんが、
「罪以外のもので罰に対峙できるもの」のヒント、ですね。
追悼公演には是非、行きたいです。


ローラに花束を!私も行きたいです。
はる先生、よろしくお願いします。


うぇ〜ん!11月3日から
戸塚先生の奥さんの追悼演劇公演の実行委員会の
活動が始まっているんですよね。
はる先生も実行委員なのかな。
おおお!すずめの学校、健在♪

はる先生、授業ですよ!はい、そうです、一応。あまり役には立っていませんが。
ぜひ、足を運んでください。戸塚氏も喜ぶと思います。
追悼集会は二日日程ではありますが、演劇公演は22日のみだそうです。
場所は、札幌市大通り22丁目にある、「ポルトホール」に決定しました。北翔大学の所有する建物の中にあります。
以下は当日の日程です。
2009年2月
21日
13:00 追悼の集い
15:00 稽古
17:00 仕込み、リハ

22日
9:00 リハ
13:00 追悼の集い
13:30 本番









と、なっています。

先日、出演者による、台本の読みがあったんですが、それだけでも、優れた台本だということが、再確認できました
追悼する会の通信に戸塚直人さんから慈恵さんへのメッセージがあったので、転記します。


 私が芝居の稽古に行くときいつも「いいなあ、遊んでばかりいて」と送り出してくれました。
私は「遊びではなく仕事です」と返すのですが、「遊び遊び」とゆずりませんでした。
だからいっしょに遊べないかと「台本テーマくれたら書いてあげるよ」と早書きの私が言うと「いやだ」と返事するのでした。
自分のテーマは自分で書きたかったのです。
 もういっしょに出来ることはないのだと思うと、今まで感じたことがない心持ちになります。これが絶望、と愚かな私は今さら思い知りました。
今度、皆様のお力添えで追悼する会が発足し、演劇公演などさまざまな企画が始まります。
 泉慈恵と出会った人、出会わなかった人、そんないろんな人々と泉慈恵作品を通じてあらためて出会えることを本当にうれしく思います。

これからの日々は、彼女の、または彼女への「心残り」と折り合っていかなければならないのだと考えてしまいます。
そしてどんどん変な深みにはまってしまいます。
でも、泉を通じて皆さんといっしょに仕事ができるのだと思うと、ちょっとは頑張らないと、とも思うのです。
だから今度の企画でも私は泉をうらやましがらせようと思います。「いいなあ、遊んでばかり」と。

戸塚直人


どこまで行くか?テキサス2008!! エミリーの自由な旅の空。Hi Kubo San!! I hope you are having a nice day. We miss you.
I am on a computer that can't read Japanese.
Can you tell me what this is about?
Is Totsuka sensei ok?

Jeff and I are camping for 1 week around Texas.
It is very beautiful. We can see desert and coastline.

ジェフも元気さ。

I will email again soon!
Much love
Emily

うぇ〜ん!Hi, Emily.
This is a BaracKUBObama.

I got a great feeling because you send me e-mail.
And I got your song remain the same life.

So I want to tell you about Mr.Totsuka's story of continuation.
On this month's 3rd,
his friends made the planning committee's conference.
They perform the play on the 21st and February 22, 2009.

The wife of Mr. Totsuka wrote the scenario of this play.
And, February 21 is an anniversary of his wife's death.
You understand this meaning.
This became a newspaper article, and I wanted to tell it to you.
Of course, Ms.Haru is this planning committee's beautiful stuff.

And, it is those days that Emily's picture is exhibited
in Artとは、ニューヨークのホイットニー美術館から、大阪の乙画廊まで、どこでもドアの奥で、今夜、パーティが2時から開かれる!Mr.Tokumaru's museum in Niseko town.
Please let me hear it if Mr. Totsuka has the message etc.
from you aiming at February 21.
It is still connected us and is stout true to be glad.

Moreover endless from each rock'n roll, now and next wine.
うぇ〜ん!