さっちゃんも、プールに行きました。I'll follow you wherever you may go!
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moto_kubo@hotmail.com
2014年
11月

映画
た びたび
他にも何か書くことあった気がするのだけれど忘れてしまったからもう出す。
脳内共犯
としての
映画館

脳味噌共犯 movie days (and movie nights !!)  暗闇の私。≒ 私の暗闇。

2014 年11月9日(日)
汚れた巡礼
美しく て遠い横顔
Dirty Pilgrimage

その初対面の紳士は
「あなたの
書くものの中にあなたの罪がチラチラしているのを
いとおしく
思って読んでいる。」というお便りを下さった方であっ た。

岡部伊都子もう、どうでもいい。『古 都ひとり』
(1963年2月25日、初版、新潮社)
定価400円→amazon古本1円+送料\257=\258

0: 00Am
流れない川。
ライオンズ・クラブから、酔って帰宅。
6: 45Am
三角帽子の哲学者たちのブルトーザーの目的地。
ベルリンの壁は、政治であると同時に高度に抽象的な概念 でもある。
だからこそ、「政治」的なのだが。
一方、ここ数年の村上春樹の国際舞台でのスピーチは一貫している。
2009 年の卵をとりに、長靴をはいた子。にぶつかって砕けるスピーチ
有名だが、壁つながり(?)で、また魅力的なスピーチをした。
7: 05Am
伝達の原点。
比喩だからこそ、普遍。
0: 24Am
ギターの中は、空っぽだから、音が出る。
ギターって、何だろう。
8: 03Am
未完成の教会。
朝風呂を出て、ヒゲそる。


連想が趣味の共犯主義者にとって、ぽっかり空いた日曜日を埋めるものは、映画館の暗闇。がくっ。


8: 30Am
本棚のタバコ、ワン・カートン。
それらをギター・ケースに詰め込み。
8: 51Am
両手で。
私は、「出かける」。
8: 57Am
年下のフィドルのフィールド。
とっくの間に稲刈りが終わった地球。


草と言えば、草枕でも書きますか♪文豪っ!夏目漱石(1867 年2月9日〜1916年12月9日)の『三四郎』(1908年)に、「低徊家(ていかいか)」とゆー、今では聴きなれない言葉が出てく る。
「低徊」とは、疑問は、論理の親だす。物思いにふけりながらてく&てく歩いた、他人の宇宙☆ブラブラすること」
つまり、信じられるものが、あまりにも少なすぎるから。リルケ(1875 年12月4日〜1926年12月29日)の『マルタの手記』(1910年)の主人公の世界であり、
パリの夜の自由者たちよ。ヴァルター・ベンヤミン(1892 年7月15日〜1940年9月26日)が『パッサージュ論』(1927年〜1935年)で言うところの「遊歩者」だ。
注目すべきは、これらは、ほぼ同時期に書かれた、ってーこと。
まぁ、もちろん、私は、そーんな高級な(?)人種ではないが、手法は、たま&たま、同じ・かも。


札幌に、到着。
11: 08Am
チョコレート、1本。
ざらり。
いつもの黒い車のひと。ミーのカーは、
まだ夏タイヤ。
雪が降らなくて、良かったー。


私にとって、1日に切れたり、つないだり、おんぼろフィルム。映 画を6本観ることぐらい、ふつー☆だけど、この日は、なんと、6本全部を同じひとつの映画館で観る〜。


11:45Pm1:40Pm
シ アター・キノ
KINOスタンダード会員 \1000
フランス語原題;『un plan parfait』(完璧なプラン)
英語タイトル(オーストラリア);『fly me to the moon』(私を月に連れていって)
監督;パスカル・ショメイユ
脚本;ローラン・ゼイトゥン
出演;ダイアン・クルーガー、ダニー・ブーン、アリス・ポル、ロベール・プラニョル

透明な赤い目は、森に置き忘れてはいない。久 保の眼
邦題がすぐれたキャッチ・コピーのよーなので、軽い ミーハー映画 のようだが、まぁ、そーなんだけど、実はけっこー映画知能指数が高い作品。
ポイントは、現在が暗い画面で描かれ、過去が明るい 画面で描かれ ている対比だ。舞台となるのは、現在が室内の食卓で、過去が主に屋外なので、明暗に分かれるのは、とーぜんっぽいけど、後半に向かうにしたがい、この差異 は監督のメッセー ジであることに気が付かされる。
また、現在の暗い食卓の映像から私はフィルムが切れた。どーしよ、どーしよう。『バベットの晩餐会』を想い出した。お そらく監督は、過去の多くの映画のオマージュを忍び込ませているのだと思う。
結婚とは、異文化と異文化の結合だ。だから、未来の 違和感を先回 りで回避するために、「幸せ度」=文化が限りなく異なって いない結婚、を目指す。たとえば、職場結婚、同じ趣味、似たレベルのルックス、学歴が同程度、音楽仲間が共通、など&などを目指す。しか し、その「幸せ度」が「おもしろ度」を犠牲にしている。犠牲にしているからこそ、「幸せ度」の結論である現在の画面が暗く、異文化が整理されていない過去 が明るい画面で描かれているのだ。
その整理されていない異文化ぶりは、ドタバタ手法で 演出されてい るが、ていねいに観れば、そこでも豊かな映画知能指数が高い演出がされている。つまり、エンターティメントと深みを両立させた佳作だ♪
いつか、靴を贈りたかった。


お次の映画との空き時間は、0秒。


と なりの上映室へ、
11: 40Am
理由というトリガー。
この映画の行列が長い。面白いの?
早 歩き(←がくっ。)。


客席が、すでに暗くなっている中、なんとか、はじっこのかけらの席にすべり込む。


家族の彼岸。年に2回の「家族」を優先し、断られる。
1:40Pm3:25Pm
シ アター・キノ
KINOスタンダード会員 \1000
原題;『Bloody Daughter』
監督&脚本;ステファニー・アルゲリッチ
出演;マルタ・アルゲリッチ、スティーヴン・コヴァセヴィッチ、シャルル・デュトワ、リダ・チェン、アニー・デュトワ、ステファニー・アルゲリッチ

透明な赤い目は、森に置き忘れてはいない。久 保の眼
1984年、パンクスだった私は渋谷のライブ・ハウ ス『ラ・マ マ』で成城大学に通う美少女と出会い、その時たまたまお互いに持っていた読みかけの本が同じボリス・ヴィアンパラパラ・・・『うたかたの日々』だっ たものだから意気投合した。その娘がクラッシック・ピアノを勉強していたので、私は「是非、君の大好きなクラッシックのレコードのベスト3を私に貸してく れ。実は私はクラッシックを、ちゃんと聴いたことが無いんだ。」とお願いした。今から考えれば、再会を約束したい下心だったのかもしれないが(が くっ。)、おかげで私はこの時に彼女から借りた3枚のLPレコードによってクラッシック好きに一瞬で調教された。
借りたのは、サンソン・フランソワのくらくらクラッシック♪無器っちょな俺は まるでリュリ♪モーツアルト (←これだけは 未だに曲名が思い出せず、持っていない。)、グレン・グールドのつんぼの俺は まるでベートーベン♪ベートーベン『悲愴、月光、熱情』(録音;1967年)、そしてマルタ・アルゲリッチ 『ショパン・リサイタル第2集』(録音;1974年)。どれもがピアノ・ソロだった。
この3枚は完ぺきな組合せで、クラッシック・リテラ シー・ゼロの 私を変えてくれた。今、私がクラッシックが好きなのは、この3枚(と、貸してくれた美少女)のおかげだ。
そんな重要な3人のピアニストのなかで現在も生きて いて現役で活 躍しているのは、マルタ・アルゲリッチ(1941年6月5日生まれ)だけだ。そのドキュメンタリー。しかも、撮影したのは娘!長い黒髪の美女が激しく鍵盤 を叩く姿は、彼女がアルゼンチンのブエノスアイレス生まれだと知る前から、まるでタンゴのダンサーのようだと感じて来たリスナーは多いだろう。その激しさ は私生活でもそうだったのだろう。だから、原題の『Bloody Daughter』=「血まみれの娘」は言い過ぎのように感じてしまうが、血まみれを経験した後に迎えた現在を記録した、と観れば、また奇跡のドキュメン タリーが産まれた奇跡に感謝してしまう。
たとえば、アルゲリッチが自然に語り始めるシューマ ン論。ああ、ずっと聞いていたい。また、元・夫たちが高名な音楽家たちであることによる、音楽史への貴重な補助線。これらは、娘でなければ切り取って見せ ていただけなかった財産だ。血まみれに感謝したい。


マルタ・アルゲリッチが10数年前に札幌のキタラにコンサートで来ることが決まった時には、私は即、チケットを買った。
しかし、彼女の不調でコンサートはキャンセル。
残念だったなぁ〜。でも、映画を観る限り、また来てくれそうだ〜。


映 画の待ち時間、読みかけの
青木昌彦氏の21世紀!続けられる越境ゲーム。青木昌彦さんの
新書
『青木昌彦の経済学入門:
制度論の地平を拡げる』
 (ちくま新書)

読む。
3: 38Pm
キャロル・キングの1STアルバムの頃。
具体策の手前。
私 がこの本を読み終えたのは、
この日から17日後、
議会で原爆ふたつ、みかんひとつ。長崎〜私は、25歳の厄年の時に来て以来〜♪福岡に行った
帰りのJRの中で、
だった。

・・・ずいぶん読むのに時間がかかったよーだけど、
青木さんの本は、たとえ新書であっても、
きちんと集中して読まねばならず、
そんな時間が旅行の移動時間
として、よーやく確保できた
ってことだ。


さて、次も音楽がカナメな映画。


3:30Pm5:05Pm
シ アター・キノ
KINOスタンダード会員 \1000
原題;『Frances Ha』
監督;ノア・バームバック
脚本;ノア・バームバック、グレタ・ガーウィグ
出演;グレタ・ガーウィグ、ミッキー・サムナー、アダム・ドライバー

透明な赤い目は、森に置き忘れてはいない。久 保の眼
ニューヨークが舞台の若者の生態を描いたチル・アウ トした白黒映 画、ってーと、ジム・ジャームッシュ監督の『ストレンジャー・ザン・パラダイス』(1984年)を連想しちゃう。が、決定的に違うのは、こっちは登場人物 たちがセクシー(=魅力的=かっこいい)じゃない、ってこと。唯一、やや(?)セクシーなアダム・ドライバーが『ストレンジャー・ザン・パラダイス』のよ うな帽子をかぶっていて、顔もややジョン・ルーリーに似ているのも、さらに連想をうながす。が、その「やや」ぶりが、観ていて、つらい。
さらに、『ストレンジャー・ザン・パラダイス』で印 象的に使われ た曲は、最強のスクリーミング・J・ホーキンス「I Put Spell On You」だが、こっちはデビッド・ボウイの「モダン・ラブ」。がくっ。ボウイの最悪時の曲じゃんか。どうも監督のセンスを疑うディテール満載。
が、「モダン・ラブ」が最悪アルバム『レッツ・ダン ス』の1曲目 としてリリースされたのは1983年で、シングル・カットされたのは、1983年9月。ノア・バームバック監督が産まれたのは、1969年9月3日、 ニューヨークのブルックリン。高校生のノアが最初に受けたサブカル洗礼が、『ストレンジャー・ザン・パラダイス』と「モダン・ラブ」であったのだろう。 そー ゆー意味では、この映画は1969年生まれにとってのニューヨークだ。しかし、1990年代以降に生まれたニューヨークっ子には、♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Dieディアフーフぐらいを出さないと、センスを疑われるだろう。
と、ここまで読むと、散々な映画っぽいが、ノア・ バームバック監 督の前作映画館の、ベンチ・シート。『イカとクジラ』は、 なんと監督自身の『ストレンジャー・ザン・ パラダイス』と「モダン・ラブ」の時代の自伝映画なのだ!当時、高校生のノアの両親が離婚し、父と母の家へ交互に通う悩める青春話。実はノアの父親ジョナ サ ン・バームバックは売れない前衛小説家で映画評論家、母親ジョージア・ブラウンは雑誌『ヴィレッジ・ヴォイス』の高名な映画評論家。とーぜん父親はバカお やじ丸出しで高校生のノアも精神が不安定になってゆく、って物語。て、コトは本作は、そのトラウマをいったん抽象化して、現代劇に再構成した、と考えるの がふつーだろう。なら、かなり興味深い。が、しかーーーーし。映画は1本づつ独立して考えるべきだから、本作だけでは魅力は薄い。じゃ、次回作はどんな手 で来るのかな?って興味は沸くけれどね〜。
一緒に暮らす、ということの方へ。


う〜む。
じゃ、両方の映画が、曲をどう使ったか、を観てみよう。




やっぱ、今、観ても&聴いても、かっこいい。
11: 38Pm
いつか、また一緒に。
これも上映されたら、観たいなー。


だめじゃん。


さらに、『フランシス・ハ』をより楽しむためは、現代ご立派ね。ニューヨーク住宅事情、ってのも重要なポイントだ。
倫理と世界。早稲田マスコミ塾の私の同期生で、
『日本経済新聞』ニューヨーク支局の記者をしているパラパラ・・・伴百江ちゃんが書いた、2013年12月29日(日)に掲載された記事から抜粋して紹介しよう。

パラパラ・・・NY版ワンルーム 売り出し中
人口増と高い家賃 解決策はマイクロ
独身者ら注目、工夫で快適

●米国最大の都市ニューヨークで「マイクロアパート」 と呼ばれる狭小賃貸アパートが脚光を浴びている。
●ニューヨーク市の世帯の約3分の1が独身者マンハッタン地区ではその比率が50%に上る。
●実は親戚ではない3人以上の大人が住居を共有するのは違 法だ。
●「小さな空間に住むこつは必要なものを見極めるこ と」
●面積は約20平方メートルで家賃は月1100ドル(約 11万円)。ニューヨークにしては安い部屋だ。
●「20人を招いたパーティーを開いたら8 時間たっても誰も帰らなかった。窮屈さは感じない」とムーアさん。
●マンハッタン地区では1LDK(ドアマンなし)の家賃が 平均3000ドル(約31万円)台。この1 年で5%上昇した。
●市民の期待に応えるかどうかは来年1月に就任する新市長に 委ねられることになりそうだ。


さ て、
その結果、
2014年1月1日、
ニューヨークの
新市長に
選ばれたのは、
外観は、
ちょい
キャラが
薄そーな 男。
ド派手なアフロヘアの高校生の息子、サンキュー♪
2013年9月11日、絶賛☆選挙中、アフ ロの息子と、黒人の妻と訴え中〜。
が、 しか鹿と一緒に、シカトすんな!し!
この新市長、内面は、かなりキャラが濃い。
ビル・デ・ブラシオ
(Bill de Blasio、1961年5月8日生まれ)

おおお。うぇ〜ん!私と同級生だ〜。

大学院修了後、ニカラグアの
サンディニスタ民 族解放戦線を支援するボランティア。
たぶん、彼は私と同じように当時、
俺はギターを鏡に投げ込んだ♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Dieクラッシュ『サンディニスタ!』を 聴いたのだろう。

黒人の妻と の新婚旅行は、キューバへ。
妻は、それまでは同性愛を公言していた、詩人
アフロの息子が 選挙CMに出演したのが勝因だとか!


ギミ・サム・ラヴィング。
5:20Pm6:50Pm
シ アター・キノ
KINOスタンダード会員 \1000
原題;『Les garcons et Guillaume, a table !』(意味;「男の子たちとギヨーム、ご飯ですよ」)
監督&脚本&主演(母と息子の1人2役!);ギヨーム・ガリエンヌ
共同脚本;クロード・マチュー
撮影;グリン・スペーカールト
出演;アンドレ・マルコン、フランソワーズ・ファビアン、ダイアン・クルーガー、レダ・カテブ

透明な赤い目は、森に置き忘れてはいない。久 保の眼
こ の映画は、古今東西のどの映画にも似ていない。 ポップな邦題とポスターにダマされて爆笑を期待したら、メドゥー サに見られたように冷たく固まってしまうだろう。
しかし、この内容で2014年のセザール賞5部門 (作品・主演男優・脚色・編集・第1回作品)を制し、300万人を動員して大ヒットしたいつか、ド・ゴール空港で待ち合わせを。フランスって、つくづくすげぇ国だ。そも&そも大衆はエンターティメントに共感を期待する。しかし、フランス人だけは芸術に違和感を期待し、そこにこそ新鮮さを見出すので はないだろうか?私はここで、つい巨人ごちゃまぜの夢。ゴダールを連想する欲望にとらわれてしまったが、この映画は、まだ「第1回作品」なのだ。ただ、 ゴダールのモノマネではないのに、ゴダールを引き合いに出したくなる魅力と可能性を持つ映画は、なかなか、ない。
「ポッ プな邦題とポスターにダマされて」期待する爆笑のイケニエとは、へんたいヲタクの失敗談だが、この映画は失敗談で笑わせるギリギリの手前で、へんたいヲタ クの孤独を見せつける。その瞬間、笑いで解放感を味わおうとした観ている者が、観られている者に逆転する。この視点の移動は、暗闇で安心してスクリーンを 観ている王様=映画の観客にはなじみのない恐怖だ。かと言って、この映画は安易な共感や同情を観客に期待しない。さらに、映画の話法&文体がどん&どん変 わってゆく。ふつーこの展開ならば観客は置いてけぼりになるのだが、ギヨーム監督&主演1人2役は観客を怪力で抱え込んだまま終点にまで運び込む。しかも 物語は監督の高校時代の実話(!)であるし、映画は監督のデビュー作(!)だ。この「どの映画にも似ていない」映画を楽しめるか、どうかで観客の映画リテ ラシーが試 されている。そーゆー意味では、なんだかエラソーな映画かもしれないが、驚くべき才能が映画業界にやってきたことを歓迎しない手は無い。


そー言えば、私も高校時代にイヤリングをして学校に行き、長髪だからバレないだろーと思ったら、
体育の授業がバスケットで、たま&たま、玉&玉をドリブルして運んでいたら、イヤリングがバレて大騒ぎになったことがあった。
・・・まぁ、そーゆーこと、誰にでもあるよね。(ねーよ。)


さ て、1日で映画6本計画も、
6: 52Pm
エンド・ロールから、エンドロールへの人生。
5分間のインターバルに、トイレへ。
あ と2本〜。


さすがに4本観ると、今日、最初に観た映画って、何だっけ?と、チラリと考えたり。


6:55Pm8:55Pm
シ アター・キノ
KINOスタンダード会員 \1000
原題;『A nagy fuzet』
フランス語原題;『Le Grand Cahier』(意味;「大きなノート」)
原作;アゴタ・クリストフ『悪童日記』(早川書房、翻訳;堀茂樹
監督;ヤーノシュ・サース
脚本: アンドラーシュ・セケール、ヤーノシュ・サース
出演;アンドラーシュ・ジェーマント、ラースロー・ジェーマント、ピロシュカ・モルナール、ウルリッヒ・トムセン、ウルリッヒ・マテス

透明な赤い目は、森に置き忘れてはいない。久 保の眼
も ちろん私は、1991年1月から立て続けに邦訳された小説『悪童日記』『ふたりの証拠』『第三の嘘』の3部作ぜんぶを出版当時に読んだし、今でも3冊を初 版本で持っている。この小説には、たとえば、こんなフレーズがある。→「ぼくらは、お母さんの骸骨を屋根裏部屋の梁に吊るし、その首に、赤ん坊の骸骨を 引っ掛 けた。」・・・世界の辺境ハンガリーの亡 命者である無名のおばさんが51歳になって書いた突然の小説デビュー作に世界が驚いた。当時、ポスト・モダン思想が「物語」を批判し否定した情況 への「物語」からの逆襲だった。それだけ、この小説は異様であったし、文学の希望でもあった。
な、もんだから、映画人であれば誰もが映画化欲を持 つ作品なのに、誰もが過剰に注意深くあつかったために手を付けなかったのだろう。原作が最初にフランスで刊行されたのが1986年だから、映画化にまで 28年もかかったことになる。
そんな映画化が「許された」のは、1958年にハン ガリー・ブダペストで生まれたヤーノシュ・サース監督。その生地ゆえ、サースは原作者アゴタ・クリストフと何度も打ち合わせをすることができた。脚本を見 せた直後の2011年7月27日にクリストフは75歳で死ぬ。
小説が発表された当時から、「映画化=映像化は不可 能だ。」と、何度も言われてきたが、こうして本作を観終えると、なんてこの小説は映画的&映像的なのだ!とゆー真逆の感想を持った。
テーマは、法の支配を疑わない現代人には危険な、 「自分で考える」生き方。その情況が、たま&たま、戦争であった、のだろう。なぜならば戦争とは物理的な破壊のみならず、文化(=アイデンティティ)の再 構築を目指すための既成概念の破壊なのだから。
もう一つ、「書く」=「記録する」=「見る」ことも 本作の重要なテーマだ。日記を書く、とは、少年たちが世界 を翻訳する、とゆーことだ。それは、優れて映画的でもある。
私は、なんと呼ばれていたのだろう。


ほらね、共犯書斎に3冊あります。
3つ数えろ。
1990年に私は沼田町にUターンし、
過酷な肉体労働の果てに、ガリガリくんが、マッチョな体になった頃、読んだ。


私 は、ずっと同じ映画館の暗闇にいたので、
8: 56Pm
メリークリスマス、ひとつ。
窓の外は、日曜の夜のニヒリズム。
外 は見ていなかったが、いつのまにか外も暗闇。


さて、今日、最後の1本へ。


嵐だからこその、現場。
9:00Pm10:30Pm
シ アター・キノ
KINOスタンダード会員 \1000
原題;『Leviathan』
監督&撮影&編集&製作;ルーシャン・キャスティーヌ=テイラー、ヴェレナ・パラヴェル

透明な赤い目は、森に置き忘れてはいない。久 保の眼
私 の席の前に座っていた若いカップルの女の子が、映画が始まってから何度も男に向かって、「なんのこっちゃ(笑)!?」的な笑いの同意を取ろうとするが、男 は自分がデートに選んだ映画だから否定することは自らを彼女に対して否定するよーなもんだから、意地でも最後まで見届けるっ!的なムードなんでした〜。
確かに、貴重な日曜日を、52歳のオヤジが一人だけ で、まるっと映画館で過ごして6本も観た最後にコレっーのは、かなり、キツイ。が、むしろ、ふさわしい映画。
私はまったくこの映画を情報ゼロで観始めたから、最 初の数分は解読に忙しかった。そも&そも私は、これがドキュメンタリー映画であることすら知らないで観始めたのだし。
この映画は、アメリカ沖の遠洋を爆走する巨大な80 フィート(=24メートル)商業用漁船の仕事っぷりを、1台のデジタル一眼レフカメラと、小型防水のアクションカメラ「GoPro(ゴー・ プロ)」約10台でテープレス収録されている。映像の美しさのクォリティは、その最新機材によるのだが、この映画のすごさは、ナレーション無し&セリフ無 し&文字 解説無し&BGM無し、つまり説明がまったく無いまま、超☆長回しで、延々とハード・コアな夜の荒海とタトゥーをしたプロレスラーのような巨漢が巨大ク レーンを使って 遠洋漁業を黙々と続ける作業や、食堂で疲れ果ててただただぐっすりと居眠りをする姿すらをも観客に有無も言わさず87分間も見せつける、その圧倒的な威圧 感だ。
そー ゆー意味では、「働くおじさん」映画なのだが、どー考えても、むしろトリップ映画に近い。漁船が巨大な網を引き揚げる時のクレーンのきしむ音や、膨大な数 のカモメの鳴き声、赤い血をまき散らしながら魚をさばく音。それらの音を爆音にしてBGVにすれば、最新型のパーティーが演出できるだろう。つまりそこで 観客が得る情報は、「労働の尊さ」とか「偉大なる大自然」ではなく、脳味噌に直接、充電される「体験」だ。この映画を観て しまった者は、食卓に出される魚を観た瞬間、脳味噌に仕組まれたスィッチが自動的に作動してしまうだろう。なぜならば、魚 の向こう側を「体験」してしまったのだから。


「リヴァイアサン」とは、ヘブライ語の「ねじれた」「渦を巻いた」。
それが転じて、『旧約聖書』に登場する海中に住む巨大な怪物、怪獣、悪魔の名となった。
ダンテの『神曲』などの挿絵で有名なポール・ギュスターヴ・ドレ(1832年1月6日〜1888年1月23日)も、
「リヴァイアサン」を描いている。
物語を喰い、巨大化する怪物よ。
まさに映画のイメージかもしれない。


10: 34Pm
すべて逆回転に、なればいい。
逆回転の観覧車。
10: 57Pm
静かな奥。
「ねじれた」道。
10: 58Pm
無機質の地と、有機質の天。
「渦を巻いた」道。
11: 00Pm
なにが透明なんだ。
郵便受けが無くなってる。
11: 11Pm
不透明な意志。
雨?
11: 12Pm
同じ道、でも違う。
焦点が合わない。


今日は、まだ何も食べていなかった。


11: 17Pm
鷲尾家のホープ?
札幌は深夜ラーメンの選択肢あり♪
11: 27Pm
飛び込み台のジェームス・ディーン。
『三代目「てつや正油」〜匠〜』 \918

和風とんこつ正油
チャーシュー2枚
香味油
メンマ
白髪ネギ
揚げネギ
万能ネギ
こ の時間に、
背脂や味噌を喰うと、
翌朝に響きそう〜なので、
和風をオーダーしたんだけど、
パンチが弱い。

てつやの特徴なんだけど、
パーツはがんばっているけれど、
トータルで
世界観が組み立てられていない。

この作品(?)の場合は、
麺がスープに馴染んでいない。
そのために、麺の小麦粉・感が残る。
もっと麺がスープを吸い上げる
ストローの役目を果たすべきだ。

また、魚粉系の和風味はいいのだが、
香辛料に工夫をして、
もっと味を調えて欲しい。
鬼のよーに、がっつり!「らーめん てつや美園店」
住所;札幌市豊平区美園3条6丁目1-11
(36号線沿い)
電話;011-814-0003
営業時間;11APm〜3Am
定休日;水曜日
駐車場;あり♪
11: 39Pm
あの角度。
でも、この時間に、このクオリティ♪


今日、観た6本の映画のテーマを整理すれば、こんな感じだ。

やっぱ、映画館で観たい♪『バツイチは恋のはじまり』整理されていない異文化の魅力と、可能性。
やっぱ、映画館で観たい♪『アルゲリッチ 私こそ、音楽!』 = 「(過去の比喩としての)血まみれ」家族の彼岸。
あの映画館のシートは、今は誰が座っているのだろう。『フランシス・ハ』 = トラウマを抽象化して、再構成。
やっぱ、君と観たい♪『不機嫌なママにメルシィ!』芸術に違和感を期待
やっぱ、映画館で観たい♪『悪童日記』 = 「自分で考える」≒「世界を翻訳する」。
やっぱ、映画館で観たい♪『リヴァイアサン』 = 脳味噌に直接、充電される「体験」。


それら6つの共通項を、
「勉強家」、「行動力」、「派手」、「大衆性」、つまり、タレント(=才能)というメディアを通じて「届ける」、
たとえば、♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Die沢田研二、という闘い。



すべての「闘い」の最初の敵は、自らの孤独癖だ。

text by うぇ〜ん!久 保AB-ST元宏 (足元に転がる地球をけとばし、ひとりになって考えてみな。2014年11月29日 土曜日 5:10Pm)
















青木昌彦氏の21世紀!続けられる越境ゲーム。青木昌彦
さんが新書を出したことに驚いた。
しかし、「越境」がキーワードの彼は、
時代フレンドリーであり続けて来た。

そして、なんと!
amazon 書評欄での批判に対して、
青木さん本人が反論
したのだ!
その議論は、やり取りが続いた。
かつて青木さんが『共犯新聞』を読んで
私にメールをくれたことを想い出した。

自由を得た知性は、
なによりも魅力的だ。




 おおお!


田中千博の世界