さっちゃんも、プールに行きました。I'll follow you wherever you may go!
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moto_kubo@hotmail.com
2013年
5月
映画
た びたび
他にも何か書くことあった気がするのだけれど忘れてしまったからもう出す。
脳内共犯
としての
映画館

脳 味噌共犯 movie days (and movie nights !!)  暗闇の私。≒ 私の暗闇。

図書館
時代

辞書を枕にして
おまえと愛し合ったね
図書館に行くと家を出て
遠い夏のことだっけ
ああ この街で会えるなんて 不思議


最高の自由は社会と共にはじまる――それは決して
分離する自由でなくて
統一する自由である。

ジョルジュ・ギュスドルフ本が残るか、国民が残るか。『言葉』
(原書;1952年、翻訳;1969年9月20日、初版、みすず書房、訳;笹谷 満&入江 和也)

定 価\550→栃木県・城山書房 古 本\295+amazon配送料&手数料\250=\545


2013 年5月15日 水曜日 午前0時 38分ジョリー。気温6.0℃←■石原慎太郎「軍と売春、つきもの」。なるほど。軍がなぜ 違法なのか、よ〜く分かりました♪

2013 年5月15日(水)後ろから指で。6:30Am

お客さんから電話で、「灯油が切れた〜」で、出動♪
8: 03Am
豆腐イマジネーション。
雨だから、学校までサービス送迎?
8: 45Pm
オート・リヴァースな筋肉。
党なんて、簡単に浮き、沈み。
12: 07Pm
けれどもダンスは、止まらない。
日本の昼食。
1972 年に
沖縄が日本に復帰して
今日で
41年目。
12: 08Pm
背骨がある生き物の孤独と希望。
保守の知事が革新に見える時代。
「なぜ沖縄に米軍があるのだ?」
という質問に、
私は
「沖縄は国境だから」
と答える。

つまり、
沖縄問題とは、
国境問題なのだ。
破産した会社の
債権者が裁判所に呼ばれた。

法律とは、
事務処理を
高度にソフィスティケートしたもの
なのか?

債権者とは、集金係であり、
ソフィスティケートから
遠い存在である。

この差異が、
何かの暗喩に思えてならない。
2: 40Pm
メモれ。温め合うマーチ。
2階の奥の部屋へ。
2: 57Pm
カリギュラの好きな缶詰の銘柄。
破産者の弁護士を取り囲む。
3: 01Pm
言葉と、古い仕事のルール。
言葉の傷を、言葉でふさぐ。

重要なことなのに、裁判所はあっけなく機械的に処理し、すぐ終わった。
「質問、ありませんか?」と数十名の債権者に聞かれたが、この雰囲気に慣れている者などおらず、
ひとりが手をあげて質問をしたが、
それも、質問をすることで、債権者も同じここにいるのだ、と宣言したかったような質問だった。

3:15Pm
それで私は、映画館へ〜。
枯葉だけでケーキを作ること。
んー。これからだと、5分後に『図書館戦争』だな。ま、 いっか。

リンガ・フランカのラジオを広島で。
3:20Pm5:40Pm
ディノスシネマ ズ旭川
たまったポイントで \0♪
原作;有川浩『図書館戦争』全4巻(2006年2月10日〜2007年11月10日)
監督;佐藤信介
脚本;野木亜紀子
出演;岡田准一、榮倉奈々、田中圭、栗山千明、石坂浩二、福士蒼汰、西田尚美、橋本じゅん、鈴木一真、相島一之、嶋田久作、児玉清

透明な赤い目は、森に置き忘れてはいない。久 保の眼
(読んでナイけど、たぶん)原作が優れているんだろ う。で、映画 は監督のモノだから、監督の咀嚼、解釈、そして付加が表現のカナメ。
ア イディアの手法の基本に、意外な組み合わせ、ってのがある。たとえば、戦艦大和が宇宙を飛ぶ、とか(笑)。この映画は、ほとんど自衛隊な図書隊(笑)が図 書館を 守るために闘う。図書館好きなリベラル(笑)なお方は、この設定に嫌悪感を感じるようだ。しかも作者の有川浩(ひろし、じゃナクて、ひろ。女。1972年 生 まれ。)はデビュー作から3作続けて、自衛隊三部作を書いた小説家だから、まずは自衛隊ありき、か?とも短絡的に感じちゃうが、ちょいと考えれば、小説を 書 くのは小説家。著者は、自衛隊より先に図書館に興味を持っていたと考える方が自然だ。
で は、なぜ「図書館好きなリベラル(笑)なお方は、この設定に嫌悪感を感じる」のだろうか。なぜならば、彼らの既成概念には「ペンは剣より強し」がすり込ま れているた めに、ペン(=図書館)と剣(=軍隊)は対立するものであって、ペンが剣に守られるなんてぇーこたぁー思い付きもしないのであ〜る。で、「思い付きもしな い」からこその、「意外な組み合わせ」なのだ。
こ の 観る側の既成概念を不安にさせる設定が、うまい。さらに「意外な組み合わせ」の整合性として原作者が持ち込んだヘリクツは、「自由」だ。つまり、書 物は自由の象徴であり、だから自由のために戦争をする。・・・そりゃぁーヘリクツだ!と、言ってみたところで、実は全ての戦争は、自由のためだった。ベ トナム戦争からイラク戦争まで、アメリカは自由のために戦った。もちろん、敵のベトコンもフセインも自由のために戦った。大日本帝国軍も、アジアの自由の ため に鬼畜欧米と戦争をした。この事実に気が付く時、リベラルな観客の既成概念は、ゆらぐのだ。
で、 私が有川浩の著作をブック・オフで軽く立ち読みしたところ、 ほとんどがセリフだけで書かれている。中学生向けの物語だ。で、この映画は、名セリフがテンコ盛りなのだ。たとえば、「本を燃やす国は、いつか人も燃やす 国になるだろう。」と か、「正論は正しい。しかし、正論を武器にするのは正しくない。」、「個人の思想が犯罪の証拠として取り扱われるべきではありません。」など&など。ま た、主人公が正義を主張すると、 上司が正義感で突っ走る新人をいさめるために、「我々がやっていることは、正義を守るためではない。」と言うが、観客がこのセリフの続きを、じゃテメーラ のやってるコトは「正義ではなく、ルールを守るため。」なのかよ!?とツッコムスペースを原作者は用意している。さらに、「正義」対「ルール」の戦争が、 この作品のテーマなのではないのか?もしかして、そのカリカチュアとして、原作者は「自衛隊」対「警察」みたいな物語を構築してみたのか?とまで観ながら 感じさせる。これらのセリフには、中学生向けの物語だけにしておくにはもったいない密度がある。そして映画は、これらのセリフを効果的に「咀嚼、解釈、そ して付加」している。
映画の終盤に、終わった戦争を報じる号外のに「この 記事は転載自 由」と明記されているのがアップになる。これなんぞは、『共犯新聞』の社是「当『共犯新聞』サイト内の画像や文章などの、再配布や無断転載を奨励しま す。」と同じ思想だ(笑)。つまり、検閲への最も根源的な 批判とは、表現の共有化なのだ。まぁ、こんな風に抜け目なく鋭角な視点が数多く刺し込まれている映画だ。私は観る前には(観てナイけど、た ぶん)『セーラー服 と機関 銃』や、(観てナイけど、たぶん)『戦国自衛隊』みたいな映画だろーなー、と思っていたが、そうでは無かったようだ(笑)。
で、この作品の全体のトーンは、かなぁ〜りベタなラ ブコメなのだ。意外な組み合わせの設定、密度の濃いセリフ群、ベタなラブコメ。なんだか教科書のような方程式だ。現在、日本の新人作家は豊饒の季節なのか もしれない。

シュワ知事の『ラスト・スタンド』や、バトル・ゲームのよーな『アイアンマン3』よか、この映画で良かった、かも。
『図書館戦争』は、これらの中で最も非現実的な設定だが、テーマは最も現実的だと思う。
物語の力とは、そーゆーことだ。

5: 43Pm
私の拳銃ホルダーは、いつも。
ぼよよん。
このころ大阪では、
橋下徹・大阪市長が米軍司令官に
「風俗業の活用を」と進言したことが
さらに波紋を広げていた。

より現実的な言葉を使おうとした者が、
もっとも非現実的に見える
SFの世界。
6: 15Pm
頭の上に。
逆立った陰毛のような、雨の雑木林。
帰宅すりゃあー、
すげー早めに
パジャマに着替え、
夕食。

夕食が焼きそばだったので、
ビールでも呑もう♪
と、思ったら
我が家にビールの買い置きが無く、
赤ワインなら10本以上あるので、
選ぶ。

このビールと赤ワインのバランスって、
ふつーの家なら
非現実的、か。
7: 01Pm
台本の最近。
ボルドーの赤。ただし、250円の。
7: 02Pm
ガラスは青。瓶は赤。ジョン・フォガティは黄色。
チーズは、シェイブルとミモレット。


裁判所の清潔で正確な設計の無機質な構内が、なんだか映画のセットのようだったなぁーって思っているうちに、ワイン1本ぺろり。
裁判官の言葉も、まるで映画のセリフのようだった。

映画のような裁判所の建物と言葉。
リアルな映画のセットとセリフ。

この差異が、
何かの暗喩に思えてならない。

text by うぇ〜ん!久保AB-ST 元宏 (2013年5月17日 金曜日 2:46Am)




みどり
心の歌
You may be young
but
you got so much more


ゴールデン・ウィーク、だった。
4月28日
29日
昭和の日

30日

5 月1日

2 日

3日
憲法記念日
4 日
みどりの日
5日
こどもの日
6日
振替

移り気な感じが一枚の中にひしめき合っていてつらい。
「ジョリー」みたいな跳び抜けた名曲と、
なんの変哲もないブルースが同居している『赤心の心』とか最たるものだ。
でもその
とっ散らかり感っていうのは、
実は振り返るとおれたち
♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Dieカーネションもそうだなって(笑)。
両方ないと気がすまないB型気質(笑)。
鏡の中の自分を見ているようで嫌だな。


直枝政広
勘違いでもいい、おれはいつかそれを見抜きたい。 『宇宙の柳、たましいの下着』
(2007年11月26日、初版、 boid)


2013 年5月4日(土)後ろから指で。4:50Am

札幌へ予定盛りだくさん&日帰りなので、ちょい早起き。
真夜中に更新した『共犯新聞』
こいのボリサルトルの夢は夜ひらく。ス・ヴィアン
をチェック。

で、その資料のボリス・ヴィアン関係の書物を共犯本棚に戻していると、
共犯書斎いっぱいに広がっていたフランス文学の下から、

あ、そうそう。今日は、
石川啄木が赤心館に引っ越してから、
ちょうど105年目
だ。
下宿するオデコ。
23歳で無名の啄木の才能を与謝野夫婦や金 田一は見抜い ていた。
泣き濡れて女郎と戯れる。
1933年、赤心館に訪れ、
窓辺に立つ国語学者の
土岐”哀果”善麿(左)と、金田一京助(右側)。

弱さという武器。石川啄木は1986年に岩手県で生まれ、
北海道の函館、小樽、釧路を点々とする生活を切り上げ、
妻子を函館に残したまま、
1908年4月28日から東京・千駄ヶ谷に住む当時の超有名歌人の
与謝野鉄幹&きみ、しみったれ。晶子夫妻の新詩社に暫く滞在。

この間、いきなり5月2日、鉄幹に連れられて
森鴎外宅での参会者は8名の観潮楼歌会に参加するなど、
北海道の田舎の詩人が一気に中央の文壇に接するようになる。

5月4日、中学で一学年上の金田一京助に誘われて、赤心館に下宿。
啄木は赤心館に住んだ4ヶ月の間に、
小説を「菊地君」「母」など300枚もの原稿を書いたが、作品は売れず、
収入は途絶え下宿代も払えず大家から何度も怒られる。

金田一は才能のある啄木が大家から怒られているのが、がまんならず、
長年かけてためた
膨大な文学書を神田の古本屋「松村書店」に売り、
その金で啄木を連れて9月6日、近くの蓋平館(がいへいかん)に移った。

啄木が目指していた小説家には赤心館では、なれなかったが、
ここで、のちに歌集「一握の砂」に収録された


東海の小島の磯の白砂に
われ泣きぬれて
蟹とたはむる


たはむれに母を背負ひて
そのあまり軽きに泣きて
三歩あゆまず


などの現在も愛唱されている優れた短歌を250首近くを作った。
一握の借金。
啄木が貧乏でなければ、日本のアイヌ研究は 100年遅れ た、か?


超☆名作、原作;関川夏央&作画; 谷口ジローパラパラ・・・『「坊ちゃん」の時代』の第三部「【啄木日録】かの蒼空に」の主人公 は、石川啄木。
下宿という難破船。
金田一が蔵書を売って、啄木を助けて下宿を、赤心館から 蓋平館へ引っ 越した場面。
もちろん関川は啄木の日記も読んでいるだろうが、明らかに伊藤 整『日本文壇史』からもインスパイアされていると思う。


そんな105年目の朝日新聞に、こんな記事が。日本が韓 国を併合した のは、1910年8月29日。啄木は前年3月から朝日新聞の校正係になっていた。
活字の雨漏りを、活字でふさぎましょう。
新聞の切り抜きの下の本は、
パラパラ・・・『文芸読本 石川啄木』(1962年7月25日、初版、河出書房新社)の巻頭の荒正人による評伝。
荒が指摘しているのは、啄木の歌集としては韓国併合の1910年12月刊行の『一握の砂』と没後1912年6月刊行の『悲しき玩具』が有名だが、
「補遺」と呼ばれる歌集に収録されなかった短歌の重要性だ。
特に1910年は、国家による言論弾圧の5月25日の大 逆事件、8月22日の韓国併合に代表される、日本の近代 史にとって重要な年であった。
それまで、下宿の借金も払わず、書くべき小説も書けず、女郎屋通いばかりしていた啄木も、
上記の 「補遺」のように時代を打つ鋭敏な短歌を連発し、さらに短歌に加え、国家の暗部を憂う論文も執筆する。
啄木の論文「時代閉塞の現状」を荒正人は、「この文章ひとつでも、啄木の名前は、文学史上に残った」と断言してい る。
・ 啄木自身も、いよいよ自分の筆に磨きがかかってきたことを自覚し、文学者として時代に発言し、芸術家として小説を書こうとしていたこ・だろう。
しかし、この2年後、啄木は26歳で死ぬ。


結果的に啄木の赤心館での生活は、1908年5 月4日〜9月 6日の4か月間だった。
啄木は生涯、貧乏だったが、この時期が最も厳しかった。
まるで赤心館ではなくて、赤貧館だ。

ところで、「赤心(せきしん)」とゆー言葉は今では死語だ。
意味は、「嘘いつわりのない、ありのままの心。まごころ。」。
こんな言葉は現代の若者は使わないし、知らないだろう。

が、かつて若者のアイドルを売り出す時に、「赤心」が使われた時代があった。
1972年、ロック・ミュージシャンのアル・クーパーのアルバムの邦題に使われたのだ。

アル・クーパーは、ボブ・ディランやジミ・ヘンドリュッΗスたちとのセッションで
印象的なオルガンを弾きまくった60年代の重要人物だ。
特に啄木が赤心館に住んだのはG2歳の時だが、アルが22歳の時に
セッションしたのが伝説のディラン君の鍵盤。僕の弓。「ライク・ア・ローリグ・ストーン」だ。

アルは70年代になってからソロ活動を展開し、特に人気のあったアルバムが、『赤心の歌』だ。
原題は『Naked Songs』だから、まぁ、そーなんだけど、ちょっと深読みし過ぎな邦題かも(笑)。
ちなみにアルが1969年に出したアルバム『You Never Know Who Your Friends Are』の邦題は、『孤独な世界』!
これって、英語の意味、っーよか、原題の解釈だよね(笑)
さて、実は私はこのゴールデン・ウィーク中にFM跚ジオで偶然、
『赤心の歌』の中の曲「ジョリー」を聴いて、ぶちのめされた(笑)。
イントロだけでは、
♪Too Old To Rock And Ro'l , Too Young To Dieカーネーションの 曲かな?と思っていたのだが、
すごいグルーヴと印象的なヲフとテンションの高い歌い方、どれもが素晴らしい。
聴いたことがある、よく知っている曲なのだが、想い出せない〜状態だっ・ので、
FM曲のホーム・ページで調べたら、アル・クーパーの「ジョリー」だった!
あ。そーか。知ってました〜》なのだが、敬意を表して、amazon中古で即買いしました(笑)。
明治人としての70年代ロッカー。
90年代には、渋谷系のクラブでサンプリン グに使われてもいた〜。

前置きが長すぎた(笑)が、啄木が赤心館に引っ越ししてから105年目の朝、私は札幌日帰りの旅へ。

6: 18Am
山菜取りでも、釣りでも、ゴルフでも無く〜。
よーやく、空から降るのが雪から雨。
8: 24Am
今日は、平らだね。
札幌へ、到着〜。
いつも利用する、
1時間=100円の激安☆駐車場の
向かいに、
12時間以内=650円を発見!

むむむ。
最大900円の巨大駐車場もあるが、
今日の私の映画逍遥は、
9:40Am〜7:30Pmなので、
正味11時間・・・。
駐車場から映画館までの
歩く時間を含めても12時間以内。
おお。

なら、ここの駐車場にしよう(笑)。
8: 3 1Am
経済ゲーム。
すきまを狙うのが商売の秘訣かー。


ちなみに啄木が札幌を訪れたのは、赤心館に下宿する1年前の1907年 9月14日。
函館大火で職を失い、新たな職場である新聞社の「北門新報社」で働くために来札した。
しかし、すぐに小樽に創設される条件の良い新聞社に誘われ、わずか2週間で札幌を去った。
赤心館で啄木は、小説パラパラ・・・『札幌』(未完)を書く。
書いたのは1908年8月だから、たまった下宿代を大家から言われ続けて、いよいよ赤心館を出てゆく直前だ。
小説は、

半生を放浪の間に送つて来た私には、折にふれてしみじみ思出される土地(ところ)の多い中に、
札幌の二週間ほど、慌しい様な懐しい記憶を私の心に残した土地(ところ)は無い。

と、書き出されており、啄木はどの街に住んでも貧乏しケンカばかりしてきたが、どうやら札幌だけは良い想い出ばかりのようだ。


駐車場か ら映画館までは1kmほど。
映画が始まるまで、ぶら&ぶら。

まだ街中に、ほとんど人はいない。
ただ、パチンコ屋の前だけには、
各店それぞれ10人ほどが
開店前から並んでる。
まったくパチンコをしない私は
「物好きだな〜。」と思うが、
到着した映画館はまだ開店前で、
店頭にパイプイスが並んでいて、
そこに座る私をパチンコ・ファンは、
「物好きだな〜。」と思うべな〜。
8: 34Am
オセロゲーム。
連休の早朝は、都会も眠っている。
さようなら、オレンジたち。
後ろから5行目から読んでみると、
トンでもないことが書いてある(笑)。
8: 53Am
ハンカチ落としゲーム。
シアター・キノも、まだオープン前。
映画が始まるまで、
パイプイスに坐り、
また
 伊藤 整
『日本文壇史13 頽唐派の人たち』を
読書♪


映画館の扉が開く。パチンコ屋の扉も開いたのだろう。


現役って何?
9:40Am11:27Am
シ アター・キノ
モーニング・ショー料金 \1200
原題;『Quartet』
監督;ダスティン・ホフマン
脚本;ロナルド・ハーウッド
出演;マギー・スミス、トム・コートネイ、ビリー・コノリー、ポーリーン・コリンズ、マイケル・ガンボン

透明な赤い目は、森に置き忘れてはいない。久 保の眼
設 定のアイディアが秀逸。引退したクラッシックの音楽家たち専用の老人ホームの住民を、本物の伝説のミュージシャンたちが豪華に演じ、クライマックスの学芸 会で次から次へと登場してきては、ただの老人に見えた彼らが 往年の名演を再現してくれる、ってんだから♪エンドロールでは映画で演じた老人スナップと現役ミュージシャン当時のゴージャスな写真が種明かしのように並 べられ、最高の高揚感を誘い出すカーテン・コールのオマケまで付いていて心憎い。私はこの脚本のロック版を夢想しちまったぞ。ロック・ミュージシャン専門 の老人ホームに、キース・リチャーズ やピート・タウンゼントらが入居していて、そこにミック・ジャガーが新入居してきて、キースとケンカしながらも最後にはホーム内ライブでかつてのアル・ クーパーのようにスーパー・セッション・バンドを結成して最高のコラボをす る・・・ってーの。やっぱ、映画館で観たい♪ジャック・ブラックがこの映画を観たら、そーゆーの企画してくれそーだが (笑)。ほんとはジョンとジョージが生きていたら、ビートルズ版で作ってくれたら、マジびびるんだけど。
て な具合に、映画全体に祝福感があるし、それだけではなくオトナ向けのドス黒いユーモアや挿入話のスパイスもあるし、会話もしゃれているし、もちろん俳優陣 も個性的でチャーミングだ。が、それらを欲張りすぎたために、全体にタイト感が無く、弛緩した幸福感は観客に眠気を誘う(笑)。それはダスティン・ホフマ ンとゆー名優の監督デビュー作であるための、アンバランスな幸福感の過剰さのためだろう。それは、ふだん3千円の宴会料理を、ふんぱつして5千円にしても らったところで、品数は増えたけれどインパクトが薄まったことに似ている、かな(笑)?
か つて1987年に往年の名女優リリアン・ギッシュ91歳、ベティ・ディヴィス79歳、アン・サザーン78歳を同居する老姉妹に設定した名画『八月の鯨』が あったが、あの美しい静謐さを望蜀してしまった私だが、その対比で分かることは、『カルテット!』には映画的な瞬間のカットが無い。映画とは「活動写真」 なのだ。奇蹟的な画面が必要なのだ。それが無いから残念ながら、この映画はテレビ・ドラマ以上、映画未満になってしまっている。つまり、物語にこだわ りすぎた結果、映像美の追求が手薄になっていた。そこが決定的な欠点だ。
しかし、世界的に進む高齢化社会に、『八月の鯨』か ら続く老人映 画とゆージャンルの確立(?)に貢献した作品であることは間違いない。すでにロックが中年の娯楽であるように、映画や文学は老人の娯楽なのかもしれないし 〜。


そう&そう、映画とは「活動写真」。パラパラ・・・『「坊ちゃん」の時代』には、こんな場面もある。
映画館という難破船。
赤心館に下宿していた啄木は、金にならぬ短歌ばかりが続 々と脳味噌か らこぼれ出て、借金をしては、映画館に通う。
ああ啄木。同時代人なり(がくっ。)。

さて、もう1本。
こちらは、『カルテット!』が「物語にこだわりすぎた結果、映像美の追求が手薄」であったのと真逆。
映像美の追求のみで、物語を抱きしめようとすがり付いても、巨大なクエスチョン・マークがふくらむばかりな感覚が味わえるのが、『ホーリー・モーターズ』 だった。

11:50Am1:53Pm
シ アター・キノ
モーニング・ショー料金 \1200
原題;『Holy Motors』
監督&脚本&出演;レオス・カラックス
出演;ドニ・ラヴァン、エディト・スコブ、エヴァ・メンデス、カイリー・ミノー
グ、ミシェル・ピコリ

透明な赤い目は、森に置き忘れてはいない。久 保の眼
この映画を観て、「シュールだ。」と、うっとりする 権利を観客は持てる。しかし、これほど隅々まで説明可能な映画も珍しい。その説明に追いつけない観客が、うっとりすることを監督は喜ばないだろう。
なぜ物語が必要なのか。日常=現実には遠ざかること によってこそ よく見える全体があるからであり、さらに哲学やリアリズムの言葉ではすくい切れない部分を提出ために、である。そして日常=現実は、そんなコトだらけだ。 映画が100年以上私たちをとりこにしているのは、そんな生い立ちがあるからだ。そのベクトルを、ぐるりと180度、反対に向けてみたのがこの映画だ。つ まり、日常=現実にはみだしてくる映画。
それは、映 画の冒頭で真夜中に寝室でパジャマを着て寝ていたら、突然むっくりと起きて、雑木林が描かれた部屋の壁紙に中指と一体化したカギを差し込むと壁が開き、そ の向こう側にある上映中の映画館に迷い込む男が、監督のレオス・カラックス本人であることから、この映画の説明過剰ぶりは暴走しまくってる。
そ してラスト・シーンは、まだ分からない観客に、わざわざ最後の大きなヒントを与えるかのように、主人公が乗る車の運転手の老婆が車庫入れ後に白い仮面を着 ける。これは、老婆を演じたエディト・スコブが1959年に主演した映画『顔のない眼』と同じ仮面なのだ。この映画は澁澤龍彦が大絶賛した。また私の想像 だが、日本映画の『他人の顔』は『顔のない眼』にインスパイアされて制作されたのではないだろうか?1966年のこちらの映画は、監督が勅使河原宏、原作 &脚本が壁の中の天使たちよ。安部公房、音楽は武満徹、撮影が瀬川浩、さらに美術に磯崎新(!)&山崎正夫とゆー当時の最も鋭敏な若い 芸術家が集結して作られた。
顔がすべて。 無人格の顔の方へ。
この2つの映画を並べたら、さらに私は『犬神家の一族』ややっぱ、映画館で観たい♪『私が、生きる肌』などを、どん&どん連想してゆく。この私の愚かな連想はすで に「物語」であり、しかも行われているのは「日常=現実」のド真ん中においてなのだ。もはや誰もこれを、「シュールだ。」とは言わないだろう。そんな映画 だ。
すべての愛しき幽霊たちよ、順番に出ておいで。
主人公が乗る車の運転手の老婆を演じるのは、やっぱ、映画館で観たい♪エディト・ スコブ
1959年のモノクロ映画やっぱ、映画館で観たい♪『顔のない眼』の少女役が唯一の主演作。

2: 20Pm
城春にして草木深し
方眼グラフの街。
最初の映画館で2本観て、バック・ストリートを 抜けて、次の映画館でまた2本。

君にあてた白いもの。
2:50Pm4:40Pm
ディノスシネマズ札幌劇場
会員割引き、\1500♪
あの映画館のシートは、まだあるのかな。『ヒステリア』
原題;『Hysteria』
監督;ターニャ・ウェクスラー
脚本;スティーブン・ダイヤー、ジョナー・リサ・ダイヤー
出演;マギー・ギレンホール、ヒュー・ダンシー、ジョナサン・プライス、フェリシティ・ジョーンズ

巴里の赤い目。久保の眼
珍品。まさか、このネタで映画を作るとは。さすが監 督は、各国のゲイ&レズビアン映画祭の常連の1970年生まれの女性だけは、ある。なんと、女性用”大人のおもちゃ”の誕生秘話を映画化したのである!
かと言って、ひわいな映画かと言うと、なんとラブコ メなのだ。ぎゃふん。まったくもー、ラブコメにすりゃぁー、あの映画館のシートは、まだあるのかな。図書館で戦争をしよーが、 バイブでイッてしまおーが許されるのかっ。
だ が、そんなラブコメのヒロインが、日本人が美人とは思わない3大ハリウッド美女の一人、マギー・ギレンホールなのだ。ちなみに、あとの2人は、キャメロ ン・ディアスと、キルスティン・ダンスト。・・・もちろん、これは私の主観です。従軍慰安婦は必要ありません。日米間の問題にしないでくださいな。
で、 男の主人公が必死に女性を指でイかせたり、バイブを開発したりしているのと同時進行で、女の主人公ギレンホールは慈善運動を通じて女性の地位向上を主張す る。19世紀後半のイギリスにおいて、この双子の「革命」が同じ方向を向いていた、とゆーのが、この映画の主張したいトコだろう。もちろん、そりゃ、そー なんでしょーが、あまりにも図式的すぎ〜。
それと、 元祖ウーマン・リヴ運動をしているギレンホールが、バイブを求めないのは、この二つの「革命」に整合性がある、ってゆー主張と矛盾すっだろー。が、そこに 気が付かなくても、ほんわかと観れる映画でもある。だからこそ、ギレンホールがバイブを使いまくることで、男という旧社会の因習から解放され、独力で近代 を超克した、と描くべきだったんじゃないかな〜?違うべか?


この映画の舞台は、1892年。啄木は6歳で、岩手県の渋民小学校で神童として1学年早く入学 してからの 2年目だった。
この頃、イギリスなどで起こり始めた市民革命の意識が、海を渡って日本にまで伝播して来た時には、啄木はちょうど成人を迎えていた。

この時期におけるイギリスの特殊性について、
浅田彰は、雑誌パラパラ・・・『批評空間』創刊号(1991年4月1日)の、5人による共同討議「明治批評の諸問題」で、次のように語っている。

浅田彰「イギリス型というのは、経済史の言 葉で言えば自由貿易で強いものが勝つという帝国主義ですね。
それはイギリスが近代化のアーリー・スターターとして圧倒的な優位をもっていたことから来ている。
だけど、その次の段階で、イギリスをドイツその他がどんどん追い上げていく場合は、
ある種のナショナリスティックな心情に裏打ちされた国家装置による上からの統一が あり、
その延長上で文字通りの帝国主義的支配が出てくるわけです。」

この共同討議は、このように話題を拡散させながら延々と続き、最後に啄木に至る。

柄谷行人「法的な形式よりも、明治の末期ご ろには、むしろシステムが働いていたんじゃないかと思うな。」

浅田彰「というか、日露戦争後はそうでしょ う。しかも啄木は、「国家」や「強権」に対立するだけではなく、
そういう対立をぼかしてしまうシステムのほうをむしろ問題にしている んですからね。」

野口武彦「啄木は、理屈から引っ張りだして ないんですよ。「国家」という言葉を。」

三浦雅士「実感しているわけでしょう。」


5: 12Pm
詩人とシスターの落下する卵。
詩人と、シャンソン歌手と、歌人。歌をうた うのは、だれ?
次の映画まで少々、時間があったので近くのブッ クオフ札幌南1条店へ。

買うつもりがなく、時間つぶしで入店したのだが、
「本は全品、2割引き!」セール中・・・。
う〜む。しかたがない、買おう(がくっ。)。

荒川洋治『ラブシーンの言葉』
(2005年10月20日、初版、木魂社)
定価\1995→古本\840
荒川の文章を私は長年読んできたが、彼の本を買ったのは初め て。
それが、古今東西の文学の中のエロ・シーン批評だっつーから〜。
しかし、これ、誰もがやりたがってきただろーし、読みたがっただろーが、
なかなか誰にでもできる芸&知識ではない。
その打ち返しの巧みさは、ラブシーンのそれと同じ・なの・か?

石井好子『バタをひとさじ、玉子を3コ』
(2011年12月20日、初版、新潮社)
定価\1470→古本\640
下品な幸福は、ただの自慢だが、
上品な幸福は、こちらも幸福になる。
佐々木美穂と 佐々木暁による装幀もすばらしい。
字体や、ひともじづつの文字の位置まですべて幸福。
それって、料理だと思う。

岡井隆『わが告白』
(2011年3月20日、初版、河出書房新社)
定価\1995→古本\840
めんどくさい男(もしくは、女。)だから、文学なのだろう。
それにしても私はいまだに岡井隆の短歌で
深く気に入ったのが、ない。

3冊で、2,320円。


そうそう、歌人の岡井隆は医者でもあるのだが、雑誌パラパラ・・・『國文學』 1986年10月号「特集;正岡子規・日本的近代の水路」で、子規と啄木の死期を比較している。


岡井隆 「1890年代における結核 ――正岡子規。明治33年12月24日。東京上野上根岸の家(根岸庵)にて♪子規の 病状 ――」
子規の発症22歳。死亡36歳。
啄木の発症17歳。死亡26歳。
子規に許されたのは15年の歳月。
啄木に可能だったのは10年の文学
たかだか15年、あるいは10年。そういうべきにちがいない。
これを現代の――とくに結核が死因の第一位をすべりはじめた1940年以後の――文学者の営為と比べてかんがえると、おそろしいまでの短期間である。
しかも、この期間は、まさに青春のまっただ中の10年であり15年なのであった。


さっきと同じ映画館に戻って、もう1本。
今度は、ずっと死の匂いがする映画。


5:30Pm7:30Pm
ディノスシネマズ札幌劇場
会員割引き 、\1500♪
あの映画館のシートは、まだあるのかな。『コズモポリス』
原題;『Cosmopolis』
原作;ドン・デリーロ『Cosmopolis』
監督&脚本;デヴィッド・クローネンバーグ
出演;ロバート・パティンソン、ジェイ・バルチェル、ポール・ジアマッティ、ケヴィン・デュランド、ジュリエット・ビノシュ、サマンサ・モートン、サラ・ ガドン、マチュー・アマルリック、K'Naan、エミリー・ハンプシャー、パトリシア・マッケンジー

巴里の赤い目。久保の眼
これほど次の展開が分からない映画も珍しい。脚本家 はペンやパソコンではなくて、サイコロで脚本を書いたのではないのか?っーぐらい。
そ んな具合だから、こんな主人公も初めて見た、と感じながら中盤にさしかかる頃には、「あれ?なんだか似た感覚が、どっかにあったなー。」と脳味噌内で探し ていると、分かった。この主人公の感覚って、サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』の主人公ホールデン少年の精神の追い詰められ方と似ている。もちろん、 それ以外はずいぶん違う。しかし、自尊心を傷つけられながら、周囲が自分に押し付けるイメージを否定するためには全てを捨ててしまう破壊的な方法でしか自 己の存在証明ができないところは同じではないか。つまり、この映画はこの精神状態を表現するために、クローネンバーグ流かつ最先端の詩情を使ったのだ。
1 日に満たない短い時間を、たった3キロほどの短い距離を、純白の超高級ロング・リムジンがニュー・ヨークをスライドしてゆく。どうやら大金持ちらしい主人 公は、このリムジンの中で、すべてを行う。セックス、仕事、しょんべん。つまり、リムジンは主人公のモビルスーツであり、白い繭である。この過剰なマイナ スの熱量が内側に向かうストレスこそは、まさしく現代の比喩だろう。
こんなコンセプチュアルな作品の主人公に現代のドラ キュラ俳優を選んだのには、クローネンバーグの意図と観客へのメッセージがある。だから、純白のロング・リムジンがドラキュラの棺桶に似ているのは偶然で はない。
さ て、我々は純白のロング・リムジンの車内にいるのだろうか?車外にいるのだろうか?それとも、世界は純白のロング・リムジンなのだろうか?いや。ニュー・ ヨークという世界をスライドする純白のロング・リムジンという棺桶に住む勝ち組の階級が存在するが、その住民は現代のホールデンにしかすぎない、とゆーこ となのだろう。
これじゃ、山に登れない。


偶然なのだろうが、『コズモポリス』も『ホーリー・モーターズ』も、同じ車種の同じ純白のロング・リムジンの車内が(!)舞台。
さらに、レオス・カラックスの作品のミューズ、ジュリエット・ビノシュが『コズモポリス』に乗り換えている・・・。
いや、コレ、偶然なのか?うそー。
映画から純白のロング・リムジンとジュリエット・ビノシュが抜け出して、バック・ストリートを抜けて、他の映画に入っていくところを誰か、見なかったか?


7: 37Pm
時に感じては花にも涙をそそぎ。
光の種類のカタログ。
駐車場に入れていた時間は、11時間6分。
「12時間以内なら、650円」
を有効利用できた(笑)♪
帰路、カー・テレビで
パラパラ・・・井上ひさしが生前残していた
未完の脚本立て、立つんだ場〜!ステージ、に。『木の上の軍隊』
後輩たちが完成させ、
上演した、
ってドキュメンタリーを観る。
9: 48Pm
樹木は別離を知っているのだろうか。
顔の無い眼、としての樹木。
9:54Pm
テーマを失う自由。
自宅に、到着〜。
9: 49Pm
言葉が終わる時、物語は歩き出すんだろうか。
たぶん、「ラスト」では無い。
樹木、か。
今日は、「みどりの日」だったな。
9:57Pm
山羊頭のスープとケーキの記憶。
札幌で買ってきたミモレットとシェイブルを 喰うかな。
Artとは、ニューヨークのホイットニー美術館から、大阪の乙画廊まで、どこでもドアの奥で、今夜、パーティが2時から開かれる!徳丸滋画伯から、個展のDMが届いていた。



1908年、赤心館から蓋平館へ引っ越してきて23日目の啄木の日記。

九月二十九日
 早く起きた。パラパラ・・・(鴎外)先生から歌会の案内のハガキ。
その返事と男気の旅芸人?吉井(勇)君とへ葉書を出した。
 杜甫を少し読む。字々皆躍つてる様で言々皆深い味が ある。
無論(白)楽天などと同日に論ずべきものではない。
これに比べると、(楽天)は第三流だ。
 小説をかき初めようと思つたがかけなかつ た。
 夜、碧海(康温、あおみ・や すはる)君が来て詩談。
 明日は晦日(=月末;下宿代 の心配)だと思ふと、
心は何かしら安から ぬ。此日は一日
ヴェルレーヌとカフェで燃やそう。雨。
10: 04Pm
垂直に、こんにちは。
で、赤ワイン、1本(笑)。

パラパラ・・・乾元中、寓居同谷県作歌、七首(其一)
作;杜甫 (盛唐、760年初冬、48歳)
共犯意訳;うぇ〜ん!久保AB-ST 元宏 (2013年初夏、51歳)

友客友客字子美
旅人の名前は、久保元宏
 白頭乱髪垂過耳
ぼさぼさの白髪は、耳より長く
 歳拾橡栗随狙公
今日もモンキー・ビジネスの、おこぼ れを追って、あちこち、ふらふら
 天寒日暮山谷裏
為政者はお寒いばかりで、田舎町の太 陽は沈みっぱなし
 中原無書帰不得
ふるさと沼田町から手紙も来ず、この ままじゃー旅から帰れない
 手脚凍皴皮肉死
手足はガタガタ、皮膚も肉もボロボロ
 嗚呼一歌兮歌已哀
これから7曲、歌おうとしているの に、最初の曲から、このアリサマ
 悲風為我従天来
為政者から吹いてくる風が答えなら ば、悲し過ぎる
とほほ。


105年目の赤心は、こうして終わった。

text by うぇ〜ん!久保AB-ST 元宏 (2013年5月21日 火曜日 3:46Am)