さっちゃんも、プールに行きました。I'll follow you wherever you may go!
top page⇒うぇ〜ん!『共犯新聞』♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To DieROCK★ロック パラパラ・・・偏 愛書物★Book Oh ! うめぇ〜♪ジューシーな豚肉ソティ!好物 ★Gourmet やっぱ、映画館で観たい♪映画★Movie Artとは、ニューヨークのホイットニー美術館から、大阪の乙画廊まで、どこでもドアの奥で、今夜、パーティが2時から開かれる!美術★Art
moto_kubo@hotmail.com
2012年
9 月
映画
た びたび
他にも何か書くことあった気がするのだけれど忘れてしまったからもう出す。
脳内共犯
としての
映画館

脳味噌共犯 movie days (and movie nights !!)  暗闇の私。≒ 私の暗闇。
やっぱ、映画館で観たい♪『共犯新聞』映画館
Oh ! うめぇ〜♪肉体の共犯としての食犯。『美食狂時代2009』 『2010』 ヴードゥー・ドクターの脳内診察!久保AB-ST元宏の体重
ざらっとした森で見たブライアンのプール。久保元宏 ★ 2009年に買ったモノ! 2010年に買ったモノ! 2011年に買ったモノ! 2014年に買ったモノ!
共犯者からの年賀 状2010年

2012 年9月20日(木)
11:22Am
物語とは、リレー。 入り口から、出ろ。 一緒に歩いて愛して。






Just a boy and a little girl
Trying to change the whole wide world
うぇ〜ん!Isolation
私は音楽は嫌いだった。
音楽は、苦心して凝集した思考の厚みを切りくずすゆえに、
美しいものほど私は嫌いだった。

高橋和巳
パラパラ・・・『悲の器』
  河出書房新社 1962年11月


血が黒くなるまでに。


6:15Pm8:30Pm
ディノスシネマズ旭川
木曜日はメンズ・ディ割引き、\1000♪
やっぱ、映画館で観たい♪『莫逆家族 バクギャクファミーリア』
原作;田中宏(『週刊ヤングマガジン』講談社、1999年〜2004年連載)
監督;熊切和嘉
脚本;宇治田隆史
撮影;近藤龍人
音楽;遠藤浩二
出演;徳井義実(チュートリアル)、中村達也(元BLANKEY JET CITY)、林遣都、阿部サダヲ、大悟(千鳥)、玉山鉄二、新井浩文、大森南朋

赤い目が山から追い出されるまで。久保の眼
またしても私は旭川市で 映画を観た。 夕日と川の街、旭川はかつて軍隊やパルプで繁栄した残っているのは思い出だけの疲弊したノスタルジアの地方都市の典型であり、札幌と比較すれば都市のイミ テーショ ンにすぎない。が、もはや北海道では札幌以外の他のすべての地域は、都市のイミテーションだ。つまり、北海道の札幌以外は、すべて旭川だ。
熊切監督は前作やっぱ、映画館で観たい♪『海炭市叙景』で 函館の斜陽と日本(人の心)の斜陽を重ねたが、思えば函館も「旭川」なのだ。いや、日本は東京以外はすべて「旭川」だ。てか、世界はニューヨーク以外はす べて「旭川」だ。しかしまたニューヨークを知り尽くした男、パラパラ・・・ピート・ハミルは 著書『マンハッタンを歩く』で「ここはノスタルジアの首都で ある」と書き、その書評で旭川生まれの永江朗は「マンハッタンは常に変わり続ける街である。変わり続けるので、思い出ばかりが残る。」と書いた。 なんだ、それじゃ、世界はニューヨークという都市のイミテーションである以上に、都市とはイミテーションのことか。しかも、イミテーションとは「思い出」 のことか!?
この映画の主人公は、革命家だ。敗北が約束されてい ることとと、 方法論の進化を次世代に引き継ぐことから、正統な革命家だ。
ただし、めんどくさいのは、テーマを「家族」にした こと。倍賞美 津子の凡庸な演技が、このテーマに説得力を着けようとするが、むしろ無理を暴露しちまった。『海炭市叙景』が市民参加型映画であったから躊躇しただろーバ イオレンスを爆裂させたのだろうが、バイオレンスの理由を「家族」に押し付けるのは、バイオレンスにも家族にも失礼だ。
ピート・ハミルの原作で『幸福の黄色いハンカチ』を大ヒットさせた山田洋次の渾身の新作のタイトルは『東京家族』(がくっ。)。誰も異論 を挟めないテーゼで先手を打とーとする卑しさもどーかと思うが、 「家族」を「誰も異論を挟めないテーゼ」だと感じるセンスも卑しい。もちろん先手するには、相手の弱点を狙うのがもっとも効果的だ。しかし、議論から逃げ るための先手は、表現として魅力は無い。むしろ「 ぬるい議論への燃料投下」(by.May_Roma)こそが表現の本質だ。火に油を注いでいるフリをし て、先手で相手の弱点を攻撃しておく。これでは整合性は破たんする。
では、どうすれば良かったのか?さびれた都市とは、 うつ病の比喩 である。夕日は終わりの哀愁であり、焼き尽くす蕩尽であり、浄化の火だ。監督&脚本は、安易な既成概念に頼る必要は無かったのだ。
ところで劇中に突然、早川義夫「サルビアの花」や遠 藤ミチロウ「お母さん いい加減あなたの顔は忘れてしまいました」が 流れてびっくりしたが、監督が私と同じカルチャーで育っていることが確認できた(笑)。さらに同じカルチャーはそれだけではなく、暴走族の総長がカッ ター・ナイフで口を裂くのはやっぱ、映画館で観たい♪『ダー ク・ナイト』のパロディを超えた狂気を創造し得たし、クライマックスで狂人と 化した五十嵐が闘いに来る主人公を待ちながら頭から白いペンキをかぶるのはゴダールやっぱ、映画館で観たい♪『気狂い ピエロ』(1965年) のジャン・ポール・ベルモンドやボブ・ディランの『ローリング・サン ダー・レヴュー・ツアー』(1975〜1976年)のメイクを想い出させ、主人公がそこに乗り込んだ時の雰囲気はコッポラ(1979年)のカーツ大佐の王国を連想させられる。全体的な触感は、石井 聰亙の『狂い咲きサンダーロード』(1980年)か。こ うして「方法論の進化」を引き継いだ次世代として、この監督もまた、正統な革命家、なのかもしれない。

そのまま、同じ映画館で、もう1本。

9:15Pm11:20Pm
ディノスシネマズ旭川
木曜日はメンズ・ディ割引き、\1000♪
やっぱ、映画館で観たい♪『デンジャラス・ラン』
原題;Safe House
監督;ダニエル・エスピノーサ
脚本;デヴィッド・グッゲンハイム
撮影;オリヴァー・ウッド
出演;デンゼル・ワシントン、ライアン・レイノルズ、ヴェラ・ファーミガ、ブレンダン・グリーソン、サム・シェパード、ルーベン・ブラデス

赤い目が山から追い出されるまで。久保の眼
邦 題と原題の違いに驚くが、確かに邦題のほうがアピールするし内容をストレートに伝える。しかし、「セイフ・ハウス」と名付けた理由の深さを無視すれば本作 の中心テーマをつかみそこねるだろう。巨大な組織が世界各地に持ってる「隠れ家」、つまり「安全な家」の「安全」を剥奪することで組織の弱点を刺す。さら には、安全なところで傍観している者を不安に陥れることで見えてくる真実。「安全」とは、特権=権力の比喩のなのか?
通常は「安全な家」に住む者は、「家族」だ。そして 「家族」を必 要条件に組織は巨大化する。それは国家や宗教の歴史でもある。ならば「家族」というシステムを更新(≒革命?)するためには、家族から距 離を置いた孤独な闘いが必要となるのか。この映画が「安全な家」の境界線で「デンジャラス・ラン」しているのは、その姿だ。
そしてふたりの主人公は、それぞれが「家族」以外で あっても成立 しうる関係を発見する。信じないことが生き延びる術であった者が信じる時とは、どんな時なのか?映画はそれを孤独な闘いをしている者が「心を開く」程度の 生 易しいものとしては描いていない。それがこの映画の中心テーマなのだから。
さらに映画は、美しい恋人とのパリでの「和解」の予 感を暗示させ るシーンで終わっている。それはハリウッド的営業サービスなのか?いや、むしろここはCIA職員の恋は長続きしないとゆー職業的慣例のシステムを更新(≒ 革命?)する闘いだ、と温かく見守ってあげたい(笑)。
ところで途中でデンゼル・ワシントンが髪の毛とヒゲ をそるシーン があるが、まるでマイ・フェイヴァリット・ガール。アルバート・ア イラーからマイ・フェイヴァリット・ガール。ジョン・コルトレーンに 変わったようだった。両者とも、1960年代後半のフリー・ジャズを代表する若死にしたサックス・プレイヤーだが、アイラーの狂気から、コルトレーンの思 慮深さに主人公のキャラも変わったよう感じられ、監督がそこを意識していたのなら、すごい〜、とゆーか、おもしろい〜。
どこへ。

観終わると、2本とも、
組織のアウトローが「志(こころざし)」を持って組織に対抗することで、
組織をも含む巨大なシステム(=つまり、「組織」だけを変えても限界があるから。)を変えようと「闘い」敗北するが、
思わぬ「後継者」を身近(≒「家族」?「説得力」?)に発見することで、希望のリレーが始まる、
とゆーバイオレンス映画だった(笑)。

私には2本とも楽しめたのだから、その共通点に私の趣味が含まれている、とゆーことだろう。

さて、『デンジャラス・ラン』の主人公が対抗する組織とは、CIAだが、こんな名著があることを想い出した。

人類の歴史は、共犯の歴史である。
2011年7月24日(日)、北海道新聞
早稲田大 学社会科学部・社会科学総合学術院教授の
有馬哲夫(1953年生まれ)が
2006年10月16日に出版したパラパラ・・・『日本テレビとCIA』だ。

一見、トンデモ本っぽいが、
厳密な調査のもとに書かれていて、
しかも著者は自身のホーム・ページで今も続 報と考察を続けている

つまり、現実は映画よりも、トンデモなのである。
だからトンデモ度数(?)だけで映画同士が勝負するのは滑稽なだけだ。

ただ、映画には現実が持っていない手法がある。
それが、比喩だ。
暴走族もCIAも、映画の中では比喩だ。
しかし、家族は比喩ではなく、思考の停止、表現の敗北だ。
比喩の透視図の向こう側にある現実をどう撃ち抜くかが重要なのだ。

その撃ち抜き方で、
『莫逆家族 バクギャクファミーリア』と『デンジャラス・ラン』の最大の差異は、
「痛み」の表現の仕方だった。
2作とも、バイオレンス映画だが、
バイオレンス・シーンでは『莫逆家族 バクギャクファミーリア』の方が
圧倒的に「痛さ」が伝わってくる。
『デンジャラス・ラン』のバイオレンスは「やる側」の壮快感だが、
『莫逆家族 バクギャクファミーリア』のバイオレンスは「やられる側」の「痛み」だ。

この差異は、リアルさではない。
これもまた、比喩なのだ。

さびれた都市の反逆の日は、意外と近いのかもしれない。


ボーリングと、映画の分かれ道。 巨人がやってくる。 音と光を切り裂く列車。 無人のボー リング場。
一両だけの電車。

真夜中のラーメンどころか、
昼飯後は
水分もとらないで一日が終わった。

photography, edit and text by うぇ〜ん!久保AB-ST 元宏 (更新日;2012年9月22日 秋分の日 土曜日 10:47Pm)


2012年9月17日 月曜日 午後3時37分エロスとは、届けたい切迫。 気温24.3℃←■旭川で『海炭市叙景』の 熊切和嘉・監督の新作『莫逆 家族 バクギャクファミーリア』が上映中かー。どうなんだろ?
2012年9月5日 水曜日 午後11時19分天国と、ふるさと。・・・どっちが欲しい?温20.9℃←■私の書斎に ある福田恒存に関する蔵書を、手当たり次第に再読。言葉で考える人の地獄を感じるなぁ。
2012 年9月4日 火曜日 午前9時46分天国と、ふるさと。・・・どっちが欲しい? 気温25.6℃←■そろ&そろ、全員が正面を向いてパイプ・イスに座り始める頃だろう。



Baby,Don't Worry
「うまい。もう一杯。」
気合のように云われ、ふっとそれが働くこつだ、
手伝うという のは役に立つ 場処を見つけだすこと
だと合点して、
少しずつ気の働きが活発になった。

幸田文
パラパラ・・・『黒い 裾』
  中央公論社 1955年
2012 年9月2日(日)
2:15Pm

♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Die2010年の村越さんのライブ以来、
どうも♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Dieストリート・スライダース
積極的に聴く気にならなくなっていた(笑)のだが、
35度を超える共犯書斎で仕事をしていたら、
突然、聴きたくなったのは
■「ナイーブなセンサー」だから、「作品」で説明せにゃならんのかー。月見猫が海に沈んだか ら、か。

お見 舞いに間に合いませんでした。
メ〜ル差出人:うぇ〜ん! 久保AB-ST元宏
送信日時: 2012年9月2日(日) 2:23Pm

ご不幸、お悔やみ申し上げます。
とても男らしい一生であったと思います。

>通夜は明日・告別式は明後日に札幌でとりおこないます。

■是非、参列させてください。
時間などが決まれば、お知らせください。

お母様を大切にしてあげてください。
お忙しい中のお伝えに感謝いたします。 

またしても、おなじみの不幸。
速度は目的地を持つのではなく、その暴力性によって運命となる。
放り出された夜。
9 月3日(月)
6:16Pm

通夜は午後6時からだったが、私は遅れた。

「皮肉なこと云うなあ、昔からあなたはそういう癖があった。
ぼくのこと、金平糖の才子だなんて 云ったこともあるしね。」
それは千代にも云った覚えのあることばだった。
劫はひとの欠点を掴むことが上手で、
それを芥子粒くらいに圧縮して、
厚い砂糖の衣を着せ、
鈍角の角角をつけ、
口あたりのいいお菓子にしたてて、
みんなに賑やかにたべさせてしまう
と云ったのだった。
「何しろあなたは、紋服の用意が――という人だから、
かなわない。」

幸田文
パラパラ・・・『黒い裾』

故人の交流と業績からすれば、極端に少ない参列だ。
しかし、この節度が故人の人生への家族の祝福のようだ。
: 51Pm

故人の死を知ってから、
私は幸田文の短編小説「黒い裾」を読み返し、
私の蔵書の中から福田恒存の関連書物を読み返した。
それは、なぜだろう。

あのころは、葬式もなんとなく
おもしろい他人事だなんて思っていたっけ

幸田文
パラパラ・・・『黒い裾』

幸田 文(こうだ・あや、1904年9月1日〜1990年10月31日)
福田 恆存(ふくだ・つねあり、1912年8月25日〜1994年11月20日)

故人の次男が勤めている書店が出版している本を
若い時の私は愛読していて、
その中の一冊が福田が翻訳した
コリン・ウィルソン26歳の処女作『アウトサイダー』(1957年)だ。

この本の「訳者あとがき」で福田恆存はこんなふうに書いている。
 「自分の病気に苦しむのと、それを苦しまずに冷静に語れるのと、
そのどちらが病的か。
誤解されるのと、誤解が消滅するのと、
そのどちらにより強い人間的紐帯を信じること ができるか。
一口にいってしまえば、
アウトサイダーの真実は敗北することによって しか、
残らぬのではないか」

と、松岡正剛も引用していたっ け。
最後の通路。
前って、どっち?
: 52Pm

故人は、1950年代に青春を過ごした。

「欲しいだけやる、
婆さん定めのほかにいくら欲しい?」

幸田文
パラパラ・・・『黒い裾』

1950 年代の日本において、優秀な若者である、とは
どういうことか。
: 15Pm

葬儀を終え、駐車場から車をすべらす。

ぱっと蝙蝠が飛んだように
着物が両袖を浮かせて畳へ這った。

幸田文
パラパラ・・・『黒い裾』

まるい月が低く、でかい。
まるいまるいまるい月。
きらきら、こぼれるものたち。
: 16Pm

1945年の敗戦まで、
日本の優秀な若者は、
外付けサーバーとの距離に生き延びさせられてきた。

優秀な若者にとっての1950年代の日本とは、
すべてが終わったあとのようなもの、
だったのではないのか。

腸を出した黒い蛇を手繰ってばあやはいじくる。
「あてなしに喪服を作るなんて縁起でもありませんが、
・・・・・・その縁起は私が頂いて行くことになるん だろうと、
そんな気あたりがしたもんで、
なんだか涙がこぼれました。
・・・・・・奥さま、ご厄介をお願いします。」

幸田文
パラパラ・・・『黒い裾』

そして、
若者にとって、
すべてが終わったあとのようなもの、
とは
どういう状況なのか。
: 17Pm

もちろん、
すべてが終わった

始まる
は、
似ている。

・・・・・・他人は?
他人は大勢いる、しかし・・・・・・。
こう数えてくると、もう私には送る人がいなくなった。

幸田文
パラパラ・・・『黒い裾』

しかし、同じではない。

とくに、「優秀な若者」にとっては。
真夜中と、ちいさなけんかと。

そいつの前では。 8: 15Pm10: 15Pm
ユナイテッド・シネマ札幌
月曜日は男性割引 \1000
やっぱ、映画館で観たい♪『映画 ひみつのアッコ ちゃん』
原昨;赤塚不二夫
監督;川村奏祐
脚本;山口雅俊、大森美香、福間正浩
美術;岩城南海子
出演;綾瀬はる か、岡田将生、谷原章介、吹石一恵、塚地武雅、大杉漣、肘井美佳、内田春菊、もたいまさこ、鹿賀丈史、香川照之

赤い目は、森に置き忘れてはいない。久保の眼
昨年の私の選挙の遊 説は色んなところで、毎回違う話をしたけれど、最終日の最後の遊説地では、「私は選挙期間中、具体的な政策の必要性を訴えてきましたが、ここ最後 の遊説では、抽象的なことを訴えたいと思います。それは、いばることはやめま しょう、です。」と、雨の中、語った。選挙で、「いばることはやめましょう」!?小学校の児童会の選挙じゃあるまいし、それが久保候補の最後の メッセージか!?
まぁ、その私の歴史的(?)演説を雨に 濡れながら聞いてくれた人々には説明は不要だが、小学生の 視点、発想、倫理観、行動力、突破力、つまりイノセントこそが動脈硬化を救うテイストなのだ。
本作には有名な原作があるが、オリジナ ル脚本。主人公を変身する小学生ではなく、変身したOLにしたところが、ミソ。『共犯新聞』では何度も書いてきたが、もう一度、ここに明記しておこう。→異物が起こす、イベントと混 乱とは、情況の鏡である。
しかも、もちろんこの映画は有名なアニメが元ネタ。エンド・ロールに流れる往年のアニメ主題歌には、泣ける(笑)。映画やっぱ、映画館で観たい♪『あしたのジョー』の 詰めの甘さは、アニメ主題歌をきちんと引用しなかったからではないのか?とすら思っちゃう。つまり、原作のアニメを夢中になって観ていた自分が小学生だっ たことを想い出すことで、小学生テイストの現実社会への効果を描いた主張が二重に観客に刷り込まれるのだ。
とは言っても、この映画、ちゃんと国際基準かも。ってーのは、テイストがやっぱ、映画館で観たい♪『リトル・ミス・サン シャイン』に近いからだ。物語や美術が似ているだけでは限界はあるが、テイストが近いのなら、マーケティングの可能性がある。世界中に、このテイ ストを求めている観客がいるからだ。

10: 49Pm

ららら・らーめん♪らー めん五丈原のすぐ近くにあって、
毎度、超長ぁ〜い行列で横目で見るだけだった
ずるりんこ♪えびそば一幻の行列 に、
ついに!並んでみることにした。

息子は両手を腰にあてがうと、
上半身を反らせて一ツ深い息をした。
「僕はじめて葬儀の手伝いをしたんだけど、
葬儀ってね、間に合わせることだらけでしょ。
いや、なんでも間に合わせちゃうんだ。
いや、そう云っても違うな。
間に合わせないことだらけなんだ。
そうだ、間にあわないことだらけ
そんなもんじゃない?叔母さん。」
ああこの子はなんて若いんだろう、と口に出かかった。

幸田文
パラパラ・・・『黒い裾』

とにかく真夜中なのに長い行列なので、
私の前に並んでいた男性に話しかけ、
仲良くなって(?)一緒に1時間(!)ほど並んだ。

初対面なのに仲良くなりすぎて、
しまいには、
「ラーメン食べたら、一緒にキャバクラに行きませんか?」と
言われちゃったぐらいに。

・・・もちろん、断りました、が。
1966年生まれの男と、1962年生まれの私。がくっ。
大胆に見えて安易なマンネリズムが適量に調合された伝統。
11: 42Pm

よーやく、行列が終わり、ラーメンと面会♪
お店の人から、「何名様ですか?」と聞かれたら、
即、「2名です。」と言っちゃうほど、仲良くなった男と並んで喰う。

種類は、
えびみそ、えびしお、えびしょうゆ
に、スープの濃さによって、
そのまま、ほどほど、あじわい
が、あり、それぞれ750円。

千代の俄かづくろいの黒い裾へ爽かさが通って行った。
葬式の、――人が死んだということの、
――おちつきがここの屋の根に
おとずれはじめているなと感じた。

幸田文
パラパラ・・・『黒い裾』

初めて喰う私は、「えびしお」の「そのまま」で。
ちじれていない、丸い太麺がスープに上手にからみ、
器の中のバランスは完璧。
なるほど。

これは、しばらく「どろ系」が解答であると勘違いしていた業界への
角度を変えた返答だ。

もちろん、えびの風味に個性があるのだが、
あとは、それにハマっちゃうか、どーかの嗜好の問題。

喰い終ると、仲良くなった男の名前も聞かずに、
「じゃ、またいつか、この店の前の行列で♪」と、言うと、
「うわ。すげー確率。」
と、その男は言いつつ自転車で暗闇に消えた。

photography, edit and text by うぇ〜ん!久保AB-ST 元宏 (2012年9月7日 金曜日 3:41Am)

2012年9月3日 月曜日 午前0時10分天国と、ふるさと。・・・どっちが欲しい? 気温20.6℃←■ふらりと久しぶりに幸田文の短編小説「黒い裾」を読んだ。素人の50歳の オバさんが書いたとは思えない。すげー。

俳句は、パンク。今日の一句
砂の女。
十七歳
夏天(かてん)に裸体
甘い砂

(久保元宏 2002年7月)

★日付をクリックすると、♪好きな時代に行けるわっ♪あん♪アン♪歴 史から飛び出せ!
た とえば→9月18日の歴史
恋のメラメラ。
Mr. 俺はギターを鏡に投げ込んだ♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To DieJimi Hendrix
has been dead
!