さっちゃんも、プールに行きました。I'll follow you wherever you may go!
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moto_kubo@hotmail.com
2011年
12月
映画
た びたび
他にも何か書くことあった気がするのだけれど忘れてしまったからもう出す。
脳内共犯
としての
映画館

脳 味噌共犯 movie days (and movie nights !!)  暗闇の私。≒ 私の暗闇。

夏の階段。
ぼくら のしたぼく
と、
ぼくのしいぼくら。
冬の道理。

2011年12月2日 (金) 8AmいつでもツアーのスタンバイOK。−10.4℃

師走の札幌、日帰り。

すり抜けられないゲーム。
11:50Am1:50Pm
ディノスシネマズ札幌劇場
会員割引き、\1500♪
あの映画館のシートは、まだあるのかな。『忌野清志郎 ナニワ・サリバン・ショー 〜感度サイコー!!!〜』
監督;鈴木剛
脚本;金森直哉
出演;忌野清志郎、石田長生、内田勘太郎、木村充揮、宮藤官九郎、斉藤和義、清水ミチコ、竹中直人、Chara、トータス松本、仲井戸麗市、中村獅童、間 寛平、間慎太郎、ハナレグミ、HIS、藤井裕、布袋寅泰、松たか子、矢野顕子、山崎まさよし、ゆず、Leyona

巴里の赤い目。久保の眼
上 記の出演の中で、私は「中村獅童、布袋寅泰」が好きじゃなくって、「竹中直人、トータス松本、間寛平」には積極的な評価を与えられない。むしろ私は、この 映画に「エ ディ藩、ルイズルイス加部、南正人、山口富士夫」あたりを全面的に登場させてほしかった。さらに、できれば「早川義夫、PANTA、坂本慎太郎、浅井健 一、ジャック・ホワイト、 キース・リチャーズ」が必要だった。が、死んじまった男の、たま&たま残っていたフィルムを再編集する、って企画だから、 まぁ、しょーがナイのか。
確かにキヨシローは自らを愛すべき道化に演じる才能 があったし、 MCの巧みさや、いじられキャラを演出し観客のハートを鷲づかみにする タレント性もあった。しかし、それら全てはフォーク・ソングという方法論の中での素養であったと私はずっと思ってきた。学校帰りの少年が自転車に乗って同 級生の家に行きギターを弾くことがキヨシローの始まりなのだから、その素養は才能を培養した。しかし、トモダチや恋人やテレビ局のプロデューサーたちに裏 切られ て、もしくは裏切られた・と過剰に反応して、その不和の連鎖で自分をどんどん狭く深い箱に追い込んだとき、フォーク・ソングの方法論では表現が不可能な過 剰な想像力がキヨシ ローの中に芽生えていたのだ。だからキヨシローが地団駄を踏むR&B経由でロックの方法論に乗り換えたのは必然であり、ロックの彼岸で待っていた私には当 然の約束の地だった。
そ れなのに、いばることだけが得意なスカ&スカな「中村獅童、布袋寅泰」の前で道化を演じたり、いじられキャラを「竹中直人、トータス松本、間寛平」と共有 することで平和なあいそ笑いを力なく吐き出すキヨシローは観たくなかったし、これこそ悪しきフォーク・ソングへの回帰だった。この手法で私がギリギリかっ くいー♪と思えたのは、「後ろの奴等の ために」ぐらいだな。
それでも『ナニワ・サリバン・ショー』とか『マジカデミルスターツアー』て な脱力ギャグを思いついたら、やってしまわないと気が済まないサガは、ほとんどオヤジ・ギャグを吐き出さないとストレスがたまるオヤジだ。だから、キヨシ ローはオヤジに なるまで生きていて欲しかった。高座で寝てしまっても誰も起こさなかった古今亭志ん生のように。キヨシローは最後まで正しかったが、早く死に過ぎたことだ けは許されない大罪だ。どうしてくれる。


クリスマス・ソングが週末の夕暮れを待ちわび、2011年の「今年の漢字」は『絆』になるだろーと誰もが思ういやらしい時間帯。


2: 23Pm
次の映画まで、約1時間。
そして、映画館と映画館の間に、ブック・オフ札幌南1条店。
がくっ。

「体系」=「系譜」好きの私には、たまらんっ3冊。
美術史の監修を、この2人にしたのは反則なぐらいビンゴ。

監修;高階秀爾パラパラ・・・『増補新装 【カラー版】 西洋美術史』
(1990年5月20日、増補新装;2002年12月10日、初版、美術出版社)
定価\1995→古本\1050
美術史もまた、点描のグデーション。

監修;辻惟雄パラパラ・・・『増補新装 【カラー版】 日本美術史』
(1991年10月15日、増補新装;2003年1月10日、初版、美術出版社)
定価\1995→古本\1050
遠近法無視の絵画と、デフォルメ上等な立 体。
西洋美術と違って、日本美術は進化しないフラットな永遠。

小田久郎パラパラ・・・『戦後詩壇私史』
(1995年2月25日、初版、新潮社)
定価\1995→古本\1050
自分史が、そのまま詩壇史になる。
それは私小説ではなく、それが文学。
90年代に出版された全ての文学史の最重要書物。
たとえば私が長年、読んできた吉本隆明の立ち位置や思索の流れが
小田の視点によって初めて理解できたことが多い。
個別に少しずつ知っていた詩人たちの巨大な星図。
螺旋形の時間を、螺旋形の腕で抱きしめるために。
歴史の串刺し、3本。

返本と広がる言葉の海の彼岸を準備するタフさ。小田久郎(1931年生まれ)『戦後詩壇私史』のタイトルは、
伊藤整(1905年1月16日〜1969年11月15日)パラパラ・・・『日本文壇史』から来ているんだろーな。
で、小説に対する詩のプライドと、比較すればややマイナーであるとゆーユーモアをにじませた自虐が似たタイトルにすることで、さらに詩の立脚を祈ってい る。
そして、『私』を加えることで、ひかえめなユーモアをさらに上塗りしながら、実は著者自身も詩壇の重要な主人公のひとりであることを知る者には敬虔が襲 う。

なによりも、この装幀がかっこいいではないか。詩の本とは、こうでなくてはならぬ。装画は、瀧口修造。奥付でそれを知る時、著者の勝利の笑顔が浮かぶ。

『戦後』であるから、もちろん1945年から始まる物語なのだが、どのジャンルでも同じように、ここでも先人へのリスペクトと同時に否定を次に来た者たち が語る。
このチキン・レースのようなドミノ倒しがボレロのように歌われる折り重なり方が、すこぶる面白い。
たとえば、1950年代の詩は、われわれ」から 「」へ、だとする論考が面白い。
この時期、「おおやけ」の詩から、極度に「私」の生活というものにこだわるような詩が出てきた。
そのさきがけが1952年、18歳(!)の詩人、森へ行く。谷川俊太郎の『二十億光年の孤独』であり、
ここに先駆的に「わたくし」「ぼく」が出てくる。
それ以前の詩が「われわれ」の視点で書かれていたのは、戦時下という体制や、プロレタリア文学という組織への志向などがあっただろうが、
ようやく日本にも健康的な、そして不健康だが魅力的な個人主義が優れた表現者を獲得していた、とゆーことだろう。

また、「われわれ」の視点の詩は、「語りかけ」の話法と親和性がある。
「語りかけ」とは、「よりそう」ことであり、それは私にオルグをも感じさせ、戦時下&プロレタリアの枠との親和性と解釈できるのだ。

この長い『私史』を読むと、谷川に他の詩人には無い圧倒的な風通しの良さがあることは否定できない。
しかし、私は『共犯新聞』で何度も書いてきたように、谷川俊太郎の詩を積極的に評価していない。
確かに1952年の谷川の詩は風通しはいいが、それは当時の詩人たちと比べた相対評価を絶対評価に勘違いしたまま、今日まで続いているからではないか?
たとえば『戦後詩壇私史』が対象にしている時代のはるか前に、メェ、メェ。お手紙、むしゃ&むしゃ。八木 重吉(やぎ・じゅうきち、1898年2月9日〜1927年10月26日)がいた。
八木の詩「草むしる」は、こうだ。

草をむしれば
あたりが かるくなってくる
わたしが
草をむしっているだけになってくる

ブン、ブン。君の耳が飼っている、文、聞。蜂飼耳(はちかい・みみ、1974年6月3日生まれ)は、2010年8月2日の北海道新聞・夕刊「時評・詩」で、
八木の詩を「あまりにも清明な調子に、愕然 となった。」と書き、
「これは詩だ、という感想と、はたして詩はこれだけのもの でいいのかと いう感想と、両方を同時に呼び出すところにもこの詩の力がある。」と評価する。
私が谷川に感じた「風通しの良さ」と、蜂飼が八木に感じた「清明な調子」は、ほぼ同じだろう。
もちろん表象の語法は似ていても、モチーフは違う。
日本が戦争に負けた1945年、そして6・15の流血事件の1960年安保。この間の、たった15年間、日本人の誰もが真面目で、誰もが伏し目がちだっ た。
そんな15年間に、『荒地』グループに代表される敗戦革命の挫折を古典主義で倫理的な思想として詩に導いていった詩人が数多く登場した。
そんな中、その思想を八木の語法で表現できたのが、唯一、谷川だけだった。と、解釈するのはあまりにも雑すぎるだろうか。

こうして谷川は、暗さに価値がある時代に、ただ一人だけ「風通しの良さ」&「清明な調子」で個性を輝かせたのだが、
他の詩人たちがつまらなかったワケではないからこそ、詩壇に可能性はあったのだし、読んでいてスゲー面白い♪
かと言って、460ページ2段組みのに登場する約700名もの戦後の詩人たちを1%も紹介できないので、こんな逸話を紹介しよう。

著者の小田久郎は戦後、1930年代の有名詩人たちを愛読しつつも限界を感じながら、
編集者としての人生を『文章倶楽部』という詩の入門雑誌からスタートさせたのにも、敗戦直後の若者らしい啓蒙への純粋な信頼としての未来があるし、
そこで立ち止まらずに1959年、28歳で創刊した現在も続いている 詩誌『現代詩手帖』とゆー最前線の牙城に向かったのも、正しい。
小田は創刊の意図を「編集後記」で、「根本可能性を結びつけて追求してゆきたい」と宣言してい て、これまた、すげー正しい。
つまり、先端啓蒙、である。
雑誌が雑誌でなければならない存在理由は、そこにあるし、同時にそこにしかない、と私は思う。
で、その創刊号から小田が連載を企画したのが、そのものずばりの「現代詩入門」だ。
小田の意図をくんだかのように、担当した詩人の黒田三郎は第一回目のタイトルを「詩の入門書は役立つか」と し、
世の中の全ての詩の入門書は「詩を書くことはいいことだ」「みんなで詩を書こう」「誰でも詩が書ける」のワパターンを繰り返しているが、
黒田は結論を「詩を書くことはいいことではありません」とし、 小田は「やったな」と喜ぶ。

まさに、ここに谷川は谷川ひとりだけで十分である、とゆー詩とは「風通しの良さ」&「清明な調子」から遠く、かつドス黒いものである宣言がある。

この流れは啓蒙と対となる先端として、 詩誌『現代詩手帖』などにおいて展開された自立とは、「私」。吉本隆明の厳しくも正確な詩論=「自立」に鍛えられ、
1960年の安保闘争を経て(←ここが「乗り超えて」では無いところが弱点&課題なのだが。)、詩は「われわれ」から「私」の時代=現代を迎えるわけだ。

では、60年安保において詩は有効だったのか?
この問いは、詩を考える時に本質的なテーマともなりうるし、下世話な意味でも興味深いが、扱いを間違えると、傍観者側が大ヤケドをする危険もある。
小田も『戦後詩壇私史』の紙面の多くをそこに費やしているし、この大著のほぼ中間地点がそれであり、これが時代のカナメであると書物の肉体が示してくれて いる。

60年国会は、ダレのもの?安保闘争には、全ての詩人や詩の愛読者たちも熱く語り合い、 デモなどに参加した。
有名なのは、吉本隆明が国会前でデモ隊に演説した後、警察に追われて逃げまどい、逮捕されたことだろう。
しかし、これほど詩にふさわしい季節もなかったのに、鮎川信夫は「この時期は不作である。」と断言し、小田の論旨も同様 だ。
茨木のりこは、「詩人は、その持っているであろう詩的技術 を、活用し、協力するということもなかった」と嘆く。
山田正弘は、その理由を「戦後現代詩が伝統的抒情を超える ことができなかった結果にすぎない」と喝破した。
抒情、つまり、50年前の弱さという武器。石川啄木を超えることができなかった、と言うのだ。
1910年、啄木は言論弾圧&抹殺事件である回るけれど、どこに立てばいいの?『大逆事件』に対して、コミットメントし、優れた文学を残した。
1960年、詩は残らず、詩人は60年安保に二重に敗北した。

では、ひるがえって2011年。
3・11大震災 原発爆発に詩人は、どんな言葉を吐いただろうか。
残った言葉が、「絆」であれば、詩と詩人の連敗記録はどこまで続くのだろうか。

2011年の「絆」のように、1960年にも次の現代詩人の言葉が多くの国民の口から吐かれた。
女王陛下の青い薬びんを、一番うしろの君に。
1960年6月15日 5:35Pm、国会の前。
たちあ がれ

作詞;関根弘
作曲;ことぶき、ではなく。林光

たちあがるときだ
たいせつなときは、いま
こどもたちの未来のために
憎しみの火
燃えあがらないうちに
ひと足早く
絶やしてしまうのだ
たて たて たちあがれ!
寒冷前線は時間を固有のものにしたのか。
市民は、負けた。

戦後15年間、「詩を書くことはいいことではありません」と、 暗く重い言葉を追求してきた現代詩が最も国民に愛されたのがこの詩なのだ。
では、これは「風通しの良さ」&「清明な調子」な詩なのか?

詩を書いた関根自身も、60年安保6・15の巨大なデモ隊の中でもまれながら、国会を通って、警察庁の横を抜けて、「たちあがれ」の大合唱を何度も歌っ た。
そして、
「私は共に歌いながら、ひどく幸福な気分であった。そしてこんな重大な時に、自分が幸福だなんて思っていいのだろうか、と反省もしていた」
と、正直に書いている。
それを小田は「デモ隊が呼び起こすヒロイックな陶酔」 と、クールに突き離し、
この『戦後詩壇私史』を執筆中の1994年の冬に関根と大衆酒場で会ったところ、彼がそのときの高揚感を昨日のことのように話したのをまた、
過去はこのように底上げして語られやすい。」 と、どこまでも冷静に私史をつづる。

私の分析は単純だ。
戦後詩が血まみれになって、われわれ」から 「」へ、の移行を行ったのに、
「たちあがれ」は明らかにわれわれの 詩だったからだ。

政治にとっては自立した「私」よりも、単純な「われわれ」のほうが明らかに都合がよい。

60年安保に唯一、さめてていた詩人は鮎川信夫だが、そんな彼の1951年の歴史的なマニフェスト「Xへの献辞」ですら、
「語りかけ」であり、一人称は「僕等」である。
私にはこれは優しいオルグにすら見えてしまう。
そして、詩は感動させるから、さらにタチが悪い。
つまり、我々は常にニヒリズムの甘い誘いに囲まれているのと同じように、単純な情熱の罠にも常にさらされている、とゆーことなのだ。
だからこそ、われわれは「私」でなければならないのだ。
自分で考えなくてはならないのだ。

60年安保の代償で学んでやってきた時代が、ようやく「現代」であり、戦後詩は現代詩と呼ばれるようになる。


私のようにロックを聴いてきた者には、1962年のビートルズのデビュー以降こそが「現代」であるのだが、詩の世界もどうやらそうだったようだ。
その無防備な触角のような前衛が、日本(語)のロックの黎明期にあった。
私は今さらながらに小田久郎の指摘によって、日本(語)のロックもわれわれ」から 「」へ、の訓練をしていたことに気付いた。




ジャックス 「ラブ・ジェネレーション」

作詞&作曲;早川義夫

ぼくらは なにかをしは じめようと
生きてる ふりをしたくないために
時には 死んだふりをしてみせる
時には 死んだふりをしてみせるのだ

しようと思えば 空だって飛べる
そう思えるとき うれしさのあまり
泣きながら飲めない 酒をかわす
泣きながら飲めない 酒をかわすのだ

信じたいために 親を恋人をも
すべて あらゆる大きなものを 疑うのだ

大人っていうのは もっと素敵なんだ
子どもの中に 大人は生きてるんだ

実はひとりになりた いゆえに
バカみたいに たく さんの人と話すのだ

ぼくらの言葉の 奥には愛が
ぼくらの言葉の 奥 には愛が いっぱいある
  



ジャックス 「からっぽの世界」

作詞&作曲;早川義夫

おしになっちゃった
なんにも話すこと出来ない僕
寒くなんかないよ
君は空をとんでるんだもの
僕 死にたくなんかない
ちっともぬれてないもの
静かだな 海の底静かだな 何もない

僕 涙かれちゃった
頭の中が からっぽだよ僕
甘えてるのかな
なんだかうそをついてるみたいだ
僕 死んじゃったのかな
誰が殺してくれたんだろうね
静かだな 海の底静かだな 何もない

1968 年、日本(語)の最初のロック・バンド、
ジャツクスの代表曲「ラブ・ジェネレーション」は、
「ぼくら」と「呼びかける」。

当時の
受験勉強などで夜の世界を生きる若者にとって、
トランジスタ・ラジオから流れてくる曲が
最も自分の孤独を代弁してくれる仲間であって
欲しかったのだろう。

同世代のジャックスが「ぼくら」と飛び込んでくれるのは
キャッチーだった。

しかし、詩を慎重に読むと、

実はひとりになりたいゆえに

バカみたいに たく さんの人と話すのだ

という展開に進むことが分かる。

そして結論である
ぼくらの言葉の 奥には愛が いっぱいある

の「奥」の「愛」とは、
われわれに 対する
なのではないだろうか?





さらに、最も印象的な曲「からっぽの世界」では、
究極のの世界としての死を描 いている。

ここには、われわれは存在すら していない。
ジャッ クスを解散させた早川義夫が
フォークの岡林信康をプロデュースし、
はっぴいえんどをバック・バンドにして
ボブ・ディランのロック化の日本版を演出した曲。

この曲は、典型的なわれわれソ ングのように、
まるで作詞;関根弘「たちあがれ」のように、
歌い出される。
しかし、長い展開の果ては、

私たちの望むものは
決して私たちではな く
私たちの望むものは
私でありつづけるこ となのだ

であり、
これはジャックスの「ラブ・ジェネレーション」と同じ
曲中にわれわれ」から 「」へ
準備されている構造だということが分かる。



岡林信康 「私たちの望むものは」
 
作詞&作曲;岡林信康

私たちの望むものは
生きる苦しみではなく
私たちの望むものは
生きる喜びなのだ

私たちの望むものは
社会のための私ではなく
私たちの望むものは
私たちのための社会なのだ

私たちの望むものは
与えられたことではなく
私たちの望むものは
奪いとることなのだ

私たちの望むものは
あなたを殺すことではなく
私たちの望むものは
あなたと生きることなのだ

今ある不幸にとどまってはならない
まだ見ぬ幸せに今跳び立つのだ!

私たちの望むものは
くりかえすことではなく
私たちの望むものは
たえず変ってゆくことなのだ

私たちの望むものは
決して私たちではな く
私たちの望むものは
私でありつづけるこ となのだ

今ある不幸にとどまってはならない
まだ見ぬ幸せに今跳び立つのだ!

私たちの望むものは
生きる喜びではなく
私たちの望むものは
生きる苦しみなのだ

私たちの望むものは
あなたと生きることではなく
私たちの望むものは
あなたを殺すことなのだ

今ある不幸にとどまってはならない
まだ見ぬ幸せに今跳び立つのだ!

私たちの望むものは


頭脳警察 「世界革命戦争宣言」

作詞;共産主義者同盟赤軍派日本委員会
作曲;PANTA

プルジョワジー諸君

我々は世界中で君達を
革命戦争の場に叩き込んで一掃する為に
ここに公然と宣戦を布告するものである

君達の歴史はもはやわかりすぎている
君達の歴史は血塗られた歴史じゃないか
君達の間での世界強盗戦争の為に我々をだまし
互いに殺しあわせてきた
嘘だとは言わせない
我々はもうそそのかされ だまされはしない
君達にベトナムの民を好き勝手に殺す権利があるなら
我々にも君達を好き勝手に殺す権利がある
さらに日本の最重要ロック・バンドのひとつ、頭 脳警察が
ファースト・アルバムの1曲目で歌った曲。

この曲は徹底して我々と繰り返される。
ただし、この曲はバンドのメンバーが書いた詩ではなく、
共産主義者同盟赤軍派日本委員会のアジビラに書かれた
アジ演説を曲にしたものだ。

つまり、ここではわれわれの相 対化が
行われているわけだ。
それは詩だけには無い、音楽の力だ。
そして、キヨシローだ。

キヨシローがぼくらと歌うとき、世界は泣く。
なぜならば、
われわれと は
幻想にしか過ぎない・と、
キヨシローには分かっているから、哀しいのだ。




キヨシローのほぼ最後の曲、「激しい雨」では、
キヨシローがファンに無断で解散させてしまった
偉大なロック・バンドRCサクセション
突然、歌詞の中に登場してくる。

しかも作詞&作曲は、
キヨシローというひとりだけではなく、
かつてのRCサクセションの相棒、
仲井戸ボウイのセーターで東京大学へ通学したあの頃から。麗市”チャボ”
一緒のわれわれだ。

この究極のわれわれの世界が
RCサクセションと 固有名詞化される時、
われわれ」 と 「」は一体化する

「トモダチや恋人やテレビ局のプロデューサーたちに
裏切られて、
もしくは裏切られた・と過剰に反応して、
その不和の連鎖で自分を
どんどん狭く深い箱に追い込んだ」キヨシローが
また再び、
「学校帰りの少年が
自転車に乗って
同級生の家に行きギターを弾く」のだ。
それがこの歌のRCサクセションだ。


RCサクセション 「スローバラード」

作詞&作曲;忌野清志郎&みかん

昨日はクルマの中で寝た
あの娘と手をつないで
市営グランドの駐車場
二人で毛布にくるまって

カーラジオから スローバラード
夜露が窓をつつんで、
悪い予感のかけらもないさ

あの娘のねごとを聞いたよ
ほんとさ 確かに聞いたんだ

カーラジオから スローバラード
夜露が窓をつつんで、
悪い予感のかけらもないさ

ぼくら夢を見たのさ
とってもよく似た夢を




忌野清志郎 「激しい雨」

 作詞&作曲;忌野清志郎&仲井戸麗市

季節はずれの 激しい雨が降ってる
たたきつける風が 泣き叫んでる
お前を忘れられず
世界はこのありさま

海は街を飲み込んで ますます荒れ狂ってる
築きあげた文明が 音を立てて崩れてる
お前を忘れられず
世界はこのありさま

Oh 何度でも 夢を見せてやる
Oh この世界が 平和だったころの事

RCサクセションがきこ える
RCサクセションが流れてる

時は遙か遠く 誰かを置き去りにして
駅のロータリーで 道に迷ってしまった
お前は覚えてるかい
世界がここにあるのを

Oh 何度でも 夢を見せてやる
Oh あの夏の 陽焼けしたままの夢

RCサクセションがきこえる
RCサクセションが流れてる

季節はずれの 激しい雨が降ってる
歩き出した未来は 冷たく濡れたままでも
誰もが見守ってる
世界は愛し合うのか

Oh 何度でも 夢を見せてやる
Oh ダイヤモンドが 輝いてる夜の夢

RCサクセションがきこえる
RCサクセションが流れてる

RCサクセションがきこえる
RCサクセションが流れてる




さて、共犯書斎における「詩のコーナー」は、意外と、せまい(笑)。下記の写真の上段のみだ。
もちろん、詩の本は他の棚にも分散されているし、これらの中に「え?これも詩の本?」と思われる本もあるが、私の中では、これらが「詩」なのだ。
で、そーゆー意味でも&またしても、本が並んでいる順番が、本以上に(笑)重要〜。
共犯書斎の特徴は、「詩のコーナー」が詩人では無くて、哲学者の座禅のお彼岸。西田幾多郎から始まっていることだろう。
西田幾多郎→鈴木大拙→高橋新吉→ビートニクス→北原白秋→萩原朔太郎→金子光晴→草野心平→伊藤信吉→『荒地』派→清岡卓行→現代詩・・・って感じ。
分かる人には、分かりすぎるぐらい、よ〜く分かる順番だと思う(笑)。
で、読み終えた小田九郎『戦後詩壇私史』は、どこに刺しこもうか(笑)。

高層マンションの構想と抗争。
2段目が中野翠から始まるのは、『生意気時代』にパラパラ・・・柴田翔 論が載ってい るから(笑)。

もちろん私は詩なんぞついに分からないままに死んでゆくのだろうが、
それまでは、口を開けば全てが詩になってしまう不治の病が続く(笑)。


2:55Pm4:45Pm
あの映画館のシートは、まだあるのかな。『あしたのパスタはアルデンテ』
原題;『Mine Vaganti』
監督;フェルザン・オズペテク
脚本;フェルザン・オズペテク、イヴァン・コトロネーオ
出演;リッカルド・スカマルチョ、ニコール・グリマウド、アレッサンドロ・プレツィオージ、エンニオ・ファンタスティキーニ、ルネッタ・サヴィーノ、イラ リア・オッキーニ

巴里の赤い目。久保の眼
老 舗のバスタ工場の次男坊がゲイであることを家族にカミング・アウトしよーとしたら、先に兄貴がしてしまった・・・って、あるよーで今まで無かった設定。な るほど、タイトルの『あしたのパスタはアルデンテ』って、ゲイ的シモネタなのね、って思ったら、原題の「MINE VAGANTI」は「浮遊する地雷(歩く危険人物)」って意味で、またしても邦題、飛ばし過ぎー。
ほ とんど真木よう子ニコール・グリマウドが、かわいい♪また、兄が先にカミング・アウトしてしまったばかりにカミング・アウト できずに親の大企業の跡取り になっちまって、志望だった作家への道が遠のいた次男坊の友人たち(=もちろん、み〜んな、ゲイ♪)の、ほとんどザ・ドリフターズなベタ&ベタなドタバタ も、ほどよいボリューム。てな具合に、かなり無理な設定を、細かい技が交互に連打され、退屈させずに観ていられる。そーゆー意味では、物語のわりには密度 の濃い演出がされていて、あなどれない。そうそう、ニコール・グリマウドが演じる幼なじみが極端な靴フェチでスピード狂であるなど、ストーリーとは直接関 係の無いディテールが多いのも、いいなぁ。
日本も家 族って重い伝統だけど、イタリアも『ゴッド・ファーザー』の地元だから家族や一族が重たい。だからこそ、それをおちょくる作品を作ろうとしたのだろう。 で、一族を守るためにゲイの息子を追い出した父に対して、終盤に一族を守るためにゲイの孫を救うために暴走する祖母。同じ目的に、まったく逆の手法で取組 み、しかも伝統を重んじるのだから父よりも祖母のほうが原点に近い、とゆー家族重視の文化圏ならではのヒエラルキー・オチ。
イタリアの地方都市が味わえるが、けっして固有を普 遍に高めようとする高尚さを、この映画は求めない。『私史』は正史に劣るのではない。それもまた、ひとつの自立した歴史であるからこそ、文化であり、何よ りも存在証明なのだ。
君のスープ、ぼくのアルデンテ。


4: 56Pm
ウィンクの皮。
ススキノ〜。
コメ業界の今年最後の商談会

忘年会(笑)。

コメ業界の2011年は、
大暴落で始まり、
3・11以降、
異常な高騰に裏返った。

「フクシマの不幸を
ありがたがるワケでは
ありませんが・・・」
が、
何度もスピーチのマクラに使われる。

前年の忘年会では、
自殺した同業者への黙とうまで
したのに、今年は大違いだ。

しかしまた来年のコトは不透明で
国家も消費者も保障してくれないのが、
われわれコ メ業界。
6: 00Pm
7つ数えろ。
日帰りの私は、酒、呑めず。
6: 01Pm
調べてる愛。
ひとり&ひとりの、スローバラード。
7: 42Pm
通じるからこその、合図。
また、来年!


くるり、と私は自宅へ。

text by うぇ〜ん!久保AB-ST元宏 (2013年5月31日 金曜日 3:29Am)





Do Animation
Dream of Electric Paper Story Show?

アニメーションは電気紙芝居の夢を観るか?
2011年12 月17日(土)
自殺された川端さんの 仕事部屋の机 の廻りに散乱していたのは、
源氏の訳の原稿ではなく、
岡本かの子の全集に寄せる川端さんのかの子文学への解説文の
書き損じの原稿ばかりであった。

瀬戸内寂聴パラパラ・・・『奇縁まんだら』(2008年4月15日、日本経済新聞)

凝視していたのは、何色の意志?
11:35Am

2時間の葬儀だった。
その通常の倍の時間が、
故人との別れがたさの数値化のようでもあった。

故人は沼田町商工会の会長でもあったので、
私が1月に作った沼田町商工会
開けインク壺。『90周年記念誌』のための
数時間にわたるロング・インタビューをしたばかりだった。

故人は私にとっても、よく知ってはいるお方ではあったが、
インタビューとゆー改まった形式でなければ
聞くことができないことも多かったし、いろんなことが整理できた。
私はその機会を生かすことができ、
同時に、次の機会を永遠に失った。
12:05Pm

2時間の葬儀を終え、帰社すると、
ちょーど、我が社の社員が
茨木のスーパー・カーで煉瓦の夢をストローク♪タ テワキさんの会社の4トン・トラックを借りて
コメを買ってきたところ。

そうして手に入れたコメを元手に、
ばた&ばたと、
仕事を進める。



5:30Pm

嫁&娘2人を乗せて、札幌へ。
手に持っているのは、明日、観る映画のチラシ。

久しぶりに家族と映画。

棒付き。
8:30Pm10:27Pm
ユナイテッド・シ ネマ札幌
レイト・ショー料金、\1200♪
アニメうなぎの電気寝床♪『タンタンの冒険 ユニ コーン号の秘密』
原題;『The Adventures of Tintin: The Secret of the Unicorn』
原作;エルジェ『タンタンの冒険旅行』
監督;スティーヴン・スピルバーグ
出演;ジェイミー・ベル、アンディ・サーキス
ダニエル・クレイグ、サイモン・ペッグ、ニック・フロスト

赤い目は、森に置き忘れてはいない。久保の眼
あっ ☆とゆー間に、映画は3D時代になった。そして、予想通り、嫌な既成概念のすり込み作業がひそかに進んでいる。2Dは、3Dよりも劣っている、とゆーすり 込みだ。3Dは2Dより進んでいる、とゆーのには、しぶしぶ賛成してもいいが、だからと言って、逆も真なりではナイのだ。てか、美意識に進化論はナンセン スだ。ミケランジェロよりもゴッホが進んでいる、なんて誰も言わないし、言ったら笑われる。が、そんなコトが今、私が愛すべき映画館で行われている。
この映画は、そんな3D最高イデオロギーのプロパガ ンダ映画だ が、逆に愚かな市民を目覚めさせることとなった。なんせ、この主人公の顔。誰も”裸の王様”スピルバーグには進言しなかっただろーが、『タンタン』 は、あの2Dだからこそ、『タンタン』なのだ。「映 画のタンタンは人間もどきの作り物感いっぱいで好きになれなかった」とゆーのが、市民のマジョリティの声だ。
し かし、そんな私の正論も、一種の反動的なノスタルジーにしかすぎないのではないのか、な。と、思っちゃったのは、砂漠をさまようタンタンとハドック船長の シーンが予想外に(?)詩的であった驚きから。もちろん、”着衣の王様”スピルバーグがアクション・シーンの演出が上手なのはアタリマなんだろーが、後半 のバクバル市街の追っかけっこや、クレーン車バトルはお見事。これらの情報量の多さと、その処理の巧みさを観てしまうと、スピルバーグは原作から自由にな るために、あえてタンタンの顔を、あーしちゃったのではないのか?と勘ぐっちゃう。そー言えば、スピルバーグが1981年に『レイダース』シリーズを始め た時に、タンタンに似ている!っー批評をされたことがトラウマになっていたらしーが、生きているうちにそのオトシマエを付けようとして作ったから、過剰に 違う顔、過剰にマンガ的なアクションとゆー原作への無言の対抗意識むんむんだったんじゃねーのか?
そう考えれば、作風の意図も解釈できる。同時に王様 スピルバーグ がいまだにフレッシュを保っているのは、こんなコダワリが彼をいつまでも幼いままにしてくれているから♪ではないのか、と私は思っちゃった。
ならば、批判すべきはタンタンの顔ではなく、無垢すぎるタンタンの漂白されたツマラナサ、だろう。原作がマンガだから、そーなんだ、と ゆー言い訳ができないのは、原作にただよう、シニカルなニヒリズムの香りをスピルバーグが読み取り切れなかったのか、それを描く映画的文法が欠けている か、のどちらかだ。そして、それこそがスピルバーグの欠点の本質だと私は思うのだ。


子供たちの感想は、微妙だった。
それを解消したのは、翌日観た『ミッション:イ ンポッシブル・ ゴーストプロトコル』だったのだが、
映画の消費者のカタルシスって、そーゆーもんなんだろーな。



8:46Am
バランスは、自由の必要条件か?
札幌にも雪が、さらっ・と。
18日 (日)
週末の忘年会の喧騒後の(?)、眠たげな札幌の朝。
9:00Am
紅旗征戎我が事に非ず?
ジングル・ジャングル前の狸小路。

ひとりで、映画館へ。

9:50Am11:59Am
シ アター・キノ
モーニング・ショー \1200
あの映画館のシートは、まだあるのかな。『ペーパーバード 幸せは翼にのって』
原題;『Pajaros de papel』
監督&脚本&音楽;エミリオ・アラゴン(映画初監督)
出演;イマノル・アリアス、ルイス・オマール、ロジェール・プリンセプ、カルメン・マチ、ミリキ・アラゴン

巴里の赤い目。久保の眼
サー カスや舞台は、映画に似ている。・・・てゆーか、映画がそれらをマネたんだけど(笑)。それでも、フェリーニの『道』や、テオ・アンゲロプロスの『旅芸人 の記録』、エミール・クストリッツァ『アンダーグラウンド』とゆー大道芸などをモチーフにしている超☆名作を思い返せば、ただ単に演じている&見せ物だか ら似ている、ってダケじゃなくって、なにか人生のようなところが似ている。この映画も、そんな3本の名画の系譜として記憶されるだろう。
日 本でも明治の文学が基盤をなしたころ、文学者の多くが演劇に関 心を示した。それは、文学が書斎から路上へ解放された新メディアとしての演劇に可能性を見出したからだったのだろう。そこでは痛烈な権力批判がたくみに芸 能に忍び込まされ、同時に女優と言う職業が発明された。 この両者は、エロスであり、権力はエロスを恐れる。なぜならば、エロスとは自由のことだからだ。また、官憲が演劇を取り締まりの対象にしたのは、それだけ 演劇に効力があったからだ。のちに演劇は映画やテレビに 「進化」したが、エロスは「退化」し、自主規制が慣例化され、もはや権力にとって怖いメディアではなくなった。しかし、エロス≒自由の拡大は歴史の必然で あり、その代償となる新メディアとしてインターネットなどが登場することとなる。そして、『共犯新聞』がその先端で闘っているのは言うまでもない(笑)。
だ からこそ、映画は先にあげた3作品のように、かつて権力が恐れた見せ物のパワーを忘れないように記録する。本作も、監督の実父であるスペインの国民的サー カス・アーティストであり、この作品のモデルとされるミリキ・アラゴン本人を出演させることで、その意思を明らかにしている。
道 化師は笑いと悲しみを同時に体現するが、その落差が激しいほど観客は揺さぶられる。だから、この映画には明るい部分が多い。しかし、明るすぎるほどに、準 備されている悲しみを観客がストーリー展開を先回りして気が付いてしまうのは、ちょっと残念。我らの敵は、権力のようなケチなゴミなんかじゃなくて、「慣 用句」や「感動&美談」=「いい話」の誘惑なのだ。
架空のジョン・レノンと、幻想の夜鳴き鳥。


映画館から、家族との待ち合わせ場所への通り道に、中古レコード屋があれば、素通りするわけにはいかない(笑)。


上野の山の戦闘の記憶が、ステージ上のスカイ・ラブ。
この自由なジャケ・デザインは、BECKに 影響を与えた のかな?
12: 09Pm
レコーズ・レコーズ南2条店

私も、この店には、もっちろ〜ん1980〜90年代に
鼻血が出るぐらいお世話になった。
んが、徐々に中古CDそのものを、あんまり買わなくなった私。
・・・その理由は、愛車にテレビが付いたから、か。がくっ。

しかし、店頭でコレ見ちゃって&1000円以下なら、買うよなぁ♪

ボアダムス浮かんで消えた。あれ、みたい。『チョコレート・シンセサイザー』
(1994.7.25、ワーナー・ミュージック・ジャパン)
山塚EYE;vo,noise,sampler,sevena
山本精一;g
YOSHIMMY P-We;ds,percussion,vo,djembe,key,trumpet
HILAH;b
E-DA;ds, electronic drums, djembe
吉川豊人;ds,vo
定価\2900→中古\960

耳は目ほどに匂うなりけり。グレース・ケリー。久保の耳
実験段階のシュールレアリスムの詩や、幼稚な美術評 論(笑)が そーであるよーに、この手の音楽も、修辞学である。それらが修辞学に頼らざるを得ない理由は、抽象を抽象で説明しなければならないからだ。
なのに、このアルバムが新しいのは、通常は音源が あって、それを 聴いている側があるのだが、このアルバムには、その中間が存在しているのだ。たとえば、熱い演奏が始まりそうになり、聴き手がノろうとすると、中間の存在 がノイズで邪魔をしたり、狂った笑いで冷やしてまったく他の場所へ持って行ってしまうのだが、その先にまた「音楽」があるとゆーアクロバット。つまり、ア バンギャルドさえも定型になってしまった時代の相対化。これもまた高度情報化社会における、「慣用句」や「感動&美談」=「いい話」の誘惑との闘いだ。
そして彼らがさらにスゴイのは、ふつーこーゆーの は、インディー ズに甘んじて「メジャーは腐ってる。」などと定型の正義を吐く幸福な自閉症に落ち着くのだが、メジャー会社を渡り歩き、海外ツアーを成功させ、海外のアー ティストから高い評価を得ている、とゆー芸術のインターナショナルぶりだ。






家族と、合流〜。


12: 22Pm
怠けるためなら、なんでもする!
軽く、そば〜。

つるつるのつぼ。酒とそば まるき

〒060-0062
札幌市中央区南2条西2-8
きりあきビル1F
TEL 011-221-4328
FAX 011-211-0314

営業時間
ランチ;11:30Am〜3:30Pm(L.O.3Pm)
ディナー;5Pm〜10:30Pm(L.O. 10Pm)
12: 23Pm
台本が変われば、照明も変わる。
ひらり。
この「マルキ」のマー クは、
かつての我が社のマークと同じ。
だから、親近感があった(笑)。
我が社は、初代が私の祖父の
久保久作で、久作の「キ」から、そーした。
で、私は毎年12月に、
おっ、ねーさん、元気♪「マルキ・ド・佐渡」
と、佐渡のコシヒカリを詰めた
お歳暮を作って配っている。
が、
我が社のユーザーは、
フランスの文学者、
マルキ・ド・サド侯爵は知るめぇ(笑)。
で、ここはなぜ「マルキ」かと言うと、
おそらく、親会社が「きりあき」だから。

(株)きりあきは、婦人服・紳士服の
販売会社。
私の世代には、おしゃれなDCブランドの
あこがれの企業だった。
札幌・旭川・釧路などのデパートなどに
出店し、2009年度には21店舗もあった。
ピーク時は、70億円以上も売り上げ。

が、ユニクロ・ショックなどで、
ブランド品や高級品が売れなくなり、
2010年期には、売上が15億円台に。
さらに、債務超過に転落・・・
2011年3月には残っていた17店舗のうち
14店舗を他社に譲り、
事業を停止していた。
そして、11月16日午後3時10分、
破産手続き。負債は約6億円。
私たちがソバを食べに来たのは、
その翌月のこと〜。
12: 33Pm
年末のアルヴィーヌ。
そば屋で日本酒が呑めない辛さ。
本業の洋服屋が破産し、
そば屋が残った?
ってコトなのかなぁー?
12: 34Pm
垂直の歴史を、螺旋形に呑みこめ!
牡蠣そば!冬っぽいセレクト〜。

ちょいと近所の、ブックオフ札幌南2条店へ。

1: 11Pm
で、私はこれを買った。

瀬戸内寂聴パラパラ・・・『奇縁まんだら』
(2008年4月15日、初版、日本経済新聞出版社)
画;横尾忠則
定価\2000→古本\1050

私はコレが日本経済新聞で連載している時から
チラ&チラ読んではいたが、
新聞では白黒の横尾忠則の絵が、
単行本になると 毒々しいカラーになるだろーなー・と思っていたら、
なった。
まさに本フェチを狙い撃ちしたかのよーな編集=営業テクだ。

内容は寂聴(1922年5月15日生まれ)が
交友した小説家たちの想い出話。つまり、
伊藤整(1905年1月16日〜1969年11月15日)パラパラ・・・『日本文壇史』
小 田久郎(1931年生まれ)パラパラ・・・『戦 後詩壇私史』の視点で
連作短編エッセイ化した、『日本文壇史』?

また各作家ごとの扉には、その作家の墓の写真がある。
おお。寂聴は坊主でもあった〜。
小説家とは、ある意味、イタコだが、これはイタコ本、か。

それでも、取り上げられている21人の作家は、
今ではもう忘れ去られているヤツラばかり。
今でも、もっとも有名なのは、岡本太郎。←小説家じゃナイじゃん。
平野謙なんて、クイズに出たら超難問あつかい、間違いなし。
んが、1960年代までは、こーゆー小説家が
たとえば「文士劇」をして客がキャーキャー言った時代があった。
それを知っている最後の世代の証言、か。
将来、この本から引用される文学論文とか評論が多く出るんだろーな。
が、その資料となるこの本が、読んで面白いんだから、
これは小説家と言う芸人の恐ろしさ、だな。
グローバル化の問題に、ナショナリズムは解決策を持たない。
21人を紹介した、それ&ぞれの最後の1行 が、うまい。

娘たちは、マンガを立ち読み〜。
嫁は、ブックオフの匂いが苦手で、長時間いられないから、他をうろ&ちょろ。

札幌の12月は、乾燥した氷の宮殿。
1: 28Pm
重要なのは、問題設定。
雪は路肩で主張を始める。
「私もここの連中についてはひとつの説を立てたんだ。
連中は氷結されているってね」

「なんですって?」

「連中はまるで
スウェーデン人のような育ち方をしている。
イプセン風
とでもいうかな、
知らず知らずのうちに心が暗くなり、
メランコリックになっていくんだ。
長い冬のせいさ。
イプセンを読んだことは?」

彼女は首を横に振った。

「読めばわかるが、
イプセンの小説の登場人物には
陰惨厳格さが見受けられる。
彼らは
実直で、狭量で、快活さに欠ける
そして
深い悲しみや大きな喜びなど
彼らには無縁
のものなのさ」

フィッツジェラルド 訳;村 上春樹パラパラ・・・『マイ・ロスト・シティー』
(1981年5月10日、初版、中央公論社)収録の
短編「氷の宮殿」(原題「Ice Palace」、1920年)より。

お次は、娘たちと、昨夜の『タンタンの冒険 ユニ コーン号の秘密』のリベンジをしに(?)、映画館へ〜。

ちょいと、あの時に帰ろう。
2:15Pm4:39Pm
ユナイテッド・シ ネマ札幌
会員割引き、\1500♪
やっぱ、映画館で観たい♪『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』
原題;『Mission: Impossible – Ghost Protocol』
監督;ブラッド・バード
脚本;アンドレ・ネメック、ジョシュ・アッペルバウム
出演;トム・クルーズ、ポーラ・パットン、サイモン・ペグ、ジェレミー・レナー、ジョシュ・ホロウェイ、アニル・カプール

赤い目は、森に置き忘れてはいない。久保の眼
CGや3Dの急激な進化は、実写とアニメーションの 差異を狭めた。特に編集や加工の室内作業は、どちらもコンピューターで同じ技術によって仕上げているんだろーな。ならば、コンピューター処理の側から見れ ば実写とアニメの違いは単純に素材の問題にしかすぎない。だから、やっぱ、映画館で観たい♪『Mr.インクレディブル』やっぱ、映画館で観たい♪『レミーのおいしいレストラン』な どのアニメーション映画監督であるブラッド・バードが本作を担当したのは、かなり正しい。アクションやユーモアがアニメの得意技であることは言うまでもな いし、世界中の観客がアメリカ映画に求めているのは、それ(だけ?)だし、本作ではマンガのように想像力が豊かなアクションやクールな緊張感のド真ん中に 『Mr.インクレエィブル』的ゆるい笑いが隠されているからだ。そーゆー意味では、ブラッド・バードの起用は大成功だった。
さらに、この成功が教えてくれるのは、アニメの優れ た技法とは、省略とデフォルメであり、実 写サイドがアニメを蔑んでいたこの2点が、実はとても映画的なサムシングであることを証明してくれた。今後、センスのいいプロデューサーはアニメ業界から 才能を実写へ引き抜きにかかるだろう。
また、アメリ カ映画界は急激に進化する技術とは裏腹に、ソフトは枯渇状態に入っている。その典型が強まる一方の原作のアメコミ依存だ。いつの間にかハリウッド映画は 『スパイダーマン』のバリエーション大会になってしまっている。原作不足とゆーコトでは、外国語映画からのリメイクも多いし、過去の映画やテレビ・シリー ズの焼き直しも多い。で、この『ミッション:インポッシブル』も1966年から1973年までテレビ放送された『スパイ大作戦』の焼き直しなのだ。懐かし のテレビ・ドラマの焼き直 しを、アニメの監督が上質なエンターティメントにする。・・・実は、これはアメリカの病の現場であり、そこに貼られたバンソーコなのだ。
年末クルーズ
写メ〜ル差出人: ♪おにぎり、むしゃ&むしゃ。北海道米、食ってるかー?blue.tree@農業49
送信日時: 2011年12月21日(水) 11:23Pm
宛先: うぇ〜ん!久保AB-ST 元宏

師走、何かと忙しい日々が続きます。
体調はいかがですか?
先日、隙間を見つけて夫婦で映画鑑賞へ。
トム・クルーズやっぱ、映画館で観たい♪『ミッション:イ ンポッシブル・ ゴーストプロトコル』
観て来ました!
なかよく、ケンカしな♪・・・トムだけに。
50ク ルーズ、顔も体つきもあぁ年齢を重ねたなぁ…って感じですが、
演技はバリバリ現役でした。
内容・迫力も充実していて、娯楽の殿堂映画でした。
正月系映画ですかね…!?

我々幼少期にテレビ、漫画でやっていたやっぱ、映画館で観たい♪『ワイルド7』
本日から上映となり、観てみたい感じがします♪
その向こうのジャーナリズム。

ミッションインポッ シブル
写メ〜ル差出人: ♪米ラブ、うぉうお、うおぅおう〜。名前は伏せときます
送信日時: 2012年2月2日(木) 0:46Am
宛先: うぇ〜ん!久保AB-ST 元宏

『ミッションインポッシブル/ゴーストプロトコル』を、観てきました。

♪山の奥の米、食ってるかー?blue.treeさんは観たと書 いていましたが、うぇ〜ん! 久保さんは?
観たと仮定して、レポート書いてみました。

トム・クルーズ演じるコンコン、飯島さん?・・・ちゃうわい!「イーサン」は、凄腕諜報 員。
いつもほ〜ら、またダメだった!難題に立ち向かって悪者を板野友美の引退が、終焉の始まりだべな。退治するという単純明快なストーリーだか、
結局、最後には悪者を退治してミッションをやり遂げるという事は、観る前からわかっているにもかかわらず
手に汗握るや、やめよーかなぁ・・・。展開には、いつもテレビ局に棲むエレクトリック・クィーンとして。感心させられる。

「チーム」を組んでミッションを遂行するわけだが、
例えば農繁期に考えることかっ!?「サッカー」は日本が、2014W杯の出場を決めた瞬間!チー ムプレイだろうか?
答えは腹が減っては、いい草ができん!イエスだろうが、自分は違うと思う。相手チームからめざせストライク!ゴー ルを奪うのは容易ではない。
相手の攻撃からなんとかキープしたボールを絶好の位置へて、こと?ボールを送り込むパス、
そしてこれは、「ドカン」でしょ。相手ゴールへのしっかりとボールを抱きかかえた本田選手シュート、
各々が一定の個人技を身につけていてこその、はじめて動きがひとつの線となって点を奪う。
個人競技のオ〜レ、オレ、オレ、おら、しんのすけ〜だど。団 体戦と言った方がいいのではないか。

話は戻ってイーサンというチームリーダーは、
各々のメンバーを9人合わせて、ウノレンジャー!信頼し、
個々の能力をフルに発揮させ、不可能に近いラジコン同好会?ミッションも、ことごとく遂行してしまう。
元々の本人の「身体能力」はもちろん、「統率力」「実行力」「魅力」す べてを兼ね備えている
このリーダーの様になりたいと、いつも思わせてくれる。

自分はこの映画を通じて、いつも自分も博士、うしろから、ツンツンしないで下さい!かくありたいと思いながら
身体から力が馬場っ場・バンバンババババ、ババババ・バン♪湧き出る思いをしながら、映画館を後にするのである。
必ずグラグラしてちゃ、血圧が上ガ〜ル!美女にも慕われている点も、はずせませんが (がくっ)。唯一、このシリーズだけ映画館で全て観てます。
もう上映期間も終盤ですので、観客も段々畑に、日が落ちて。4人
しか・・・・・・・・・死?い ませんでしたが、
映画館で観ることができてグー無しジャンケンじゃ!よかったです。



毎日、毎日、可能性がせばまってゆ〜く。

前夜の『タンタンの冒険 ユニ コーン号の秘密』では消化不良だった娘たちの映画カタルシスも、トム・クルーズが満足させてくれた。
しかし&だからこそ、『タンタンの冒険 ユニ コーン号の秘密』でのスピルバーグの孤独な冒険を想像する私であった〜。


実写のスピルバーグがアニメを撮り、
アニメのブラッド・バードが実写を撮る。

つまり、これでお互いイーヴンになった、ってことだろう。
ようやく、ここから本質論が始まる。

5: 02Pm
がちゃりんぽん。
クレーン・ゲームは、予定通り全滅。
な んかのキャンペーンで、
映画館がくれたゲーム・センター の無料券で
夕食の前後に、ちらりと遊ぶ。

・・・安上がりな家族・・・。
7: 51Pm
宮城県キック!
次女は、仮面ライダー・ブーム中。

10:38Pm
雪明りのブルー。
帰宅したら沼田町は、もう白い冬。

text by うぇ〜ん!久保AB-ST元宏 (2013年6月9日 日曜日 10:33Pm)





捕まった兎と、長靴を履いた猫。ジョルジュ・ギュスドルフ (Georges Gusdorf、1912年フランス、ボルドー地方生れ。2000年10月16日、没。)
の『La parole』を引用した中村雄二郎『感性の覚醒』の注には、

「人間が政治的動物である」と言うことは、「人間活動が言語に依存している」からである。

と書かれていて、コピーとして分かりやすい(笑)。
へそまがりと名付けられる理由は、相手を言葉でまげておかねば、自分の立ち居地がゆらぐからでしょう。恐怖は攻撃の母、とゆーことですね(笑)。
今、amazonで検索したら、『La Parole』は英訳『Speaking』があり、邦訳も『言葉』(1969年、「み」すず書房、訳;笹谷 満&入江 和也)で出ていて、
『言葉』は送料込みで500円ほどだったので、今、買った(笑)。
ギュスドルフは教育学の著作パラパラ・・・『何のための教師』も あるので、パリ5月革命では、どのようなポジションにいたのだろう?フーコーやジャン・ジュネとは共闘しなかったのかな?
・・・いつのまにか、私のメモをここに書いていました(笑)。

2011年12月28日(水) 3:01Am 件名;実。

Comm'dit si bien Verlaine
ぜんぶヴェルレーヌのせい。
2011年12月31日 (土)
言葉の出現は人間の最高権を表示す る。
人間は、世界と自己との間に、言葉の網をはりめぐらし、このことによって世界の支 配者となる。
動物は記号(signe)を知らず信号(signal)を知るだけである。

ジョルジュ・ギュスドルフパラパラ・・・『言葉』(1969年、「み」すず書房、訳;笹谷 満&入江 和也)

キーワード?というか、数字も含めて、全部、極私的に
amazonの古本は
古本屋ごとに包装が違って、
それぞれの「親切」観コスト意識バランスが面白い。
10Am
よーやく、年内の仕事がぜんぶ終わったので、
家族が待つ札幌へ行こうとすると、
最後のお客さん=郵便配達さんが来て、
3日前にamazon古本でワンクリック・オーダーしていた
ギュスドルフ『言葉』が届いた。
これをむんずと持って、
新年のラインを超えにミーのカーに乗る。


1:50Pm3:42Pm
シアター・キノ
めずらしく正規の値段で、\1800
やっぱ、映画館で観たい♪『サルトルとボーヴォ ワール 哲学と愛』
原題;『Les Amants du Flore』 (フロールの恋人)
監督;イラン・デュラン=コーエン
出演;アナ・ムグラリス、ロラン・ドイチェ

赤い目は、森に置き忘れてはいない。久保の 眼
有名人は、有名人であるというだけで、道化だ。なぜなら、本人で あると同時に
メタ本人になるから。つまり、記号になるのだ。では、なぜ記号は滑稽なんだろう。
それは、手も足ももぎ取られているくせに、矛盾が無いからだ。
昨今、優秀なノン・フィクション映画=ドキュメンタリー映画 が 次々と公開されて
いる中、本作のように硬質な素材ながらエンターティメントとしても及第点を得られ
伝記を観せられると、映画の題材は無限にあることを実感させられる。たとえば日
本では寺山修司の伝記を劇映画にすれば、面白くなることは間違いない。
このように情報量の多い実在人物の映画化は魅力的だが、その一方 で、情報
量が多いがゆえに脚本や編集のセンスが厳しく問われることになる。本作で言え
ばポール・ニザンの死を悲しむサルトルが唐突に表現されてしまう印象だが、この
失敗は伏線でニザンの魅力をはぶいてしまい観客の共感をつかみそこねたことが
原因だ。同様に、カミュの素顔ももっと表現して欲しかったし、なぜボリス・ヴィアン
やマイルス・ディヴィスが登場しないのか?と、のがした機会を悔やむ。
そんな悔やみをつい持ってしまうのは、サルトルその人が、すぐれ てメディアそ
のものであったからだ。あのボリス・ヴィアンの奇跡の小説パラパラ・・・『うたかたの 日々』
にでさえ、パルトルとパロディー化(?)されて登場する彼は明らかにポップ・スター
でもあった。時代を「言葉」にたとえれば、サルトルはまさにその言葉で内で使われ
る単語であり、つまり記号であった。言うまでも無く言葉は、愛を語ろうとしても暴
力になってしまったりするように、常に発話者の欲望が二重性のまま運ばれるや
っかいなけだものだ。サルトルの時代にサルトルが最も頭が良かったのは、彼の
みが言葉の二重性を見抜きながら、あえて言葉にこだわり続けたからだと思う。
そしてサルトルが新しかったのは、いつか消えて感情になるまでのうたかたの存
在であった言葉の重力を最後まで維持することで、言葉によって言葉を考える闘
いの手をゆるめなかった姿勢にある。それは、生き方と呼んでもいい。
そんな厳しい闘いの人生を1980年4月15日に74歳で死ぬま で軽やかに続けら
れた理由とは、彼の天真爛漫さにあった。とは、事実かどうかは今は検証不可能
だが、少なくともこの映画はそう表現した。そのためにボーヴォワールを美人に描
き、この説に説得力を与えた。この映画の成功はそこであり、それ以外の全ては
サルトルの著書の言葉の中にしかないのだ。
この場合、私の誕生年も関係あるのでした笑笑


左岸は、お好き?
共犯書斎のサン=ジェルマン=デ=プレのコーナー。
左から、ポール・ニザン、カミュ、サルトル、ボーボワール、サガン、朝吹登水子、ボリス・ヴィアン、セルジュ・ゲンスブール。
これは、この順番じゃなきゃ、ダメ(笑)。
そして私は10歳代でカミュに夢中になり、20歳代でサルトルから学び、30歳代でゲンスブールにあこがれ、
そしていつの時代にもボリス・ヴィアンは欠かせなかった。
もちろん、ポー ル・ニザンを読んだのは、二十歳のとき(笑)。

ギュスドルフも
サルトルやメルロー=ポンティらと
若い頃から友人で、
実存主義的な現象学を中心に
自らの哲学を形成した。

言語活動が実存なのである。
サルトル氏が生き生きと述べているように、「心の奥底から、人間はチーズの ごときものをにじみ出す」。
この「単調な出血」を止めるために、人間は決心、自己限定を、
すなわち、一定数の名称を身に引きうけることを承諾しなければならない。

ジョルジュ・ギュスドルフパラパラ・・・『言葉』(1969年、「み」すず書房、訳;笹谷 満&入江 和也)


で、その8分後。
サルトルの次は、フロイトとユングの映画である(笑)。

でも、判らないと思う。誰にも。
3:50Pm5:44Pm
シアター・キノ
年の最後ぐらい正規の値段で、\1800
やっぱ、映画館で観たい♪『サヴァイヴィング ライフ ― 夢は第二の人生 ―』
原題;『Prezit svuj zivot (teorie a praxe)』
英題;『Surviving Life (Theory and Practice)』
監督&脚本;ヤン・シュヴァンクマイエル
出演;ヴァーツラフ・ヘルシュス、クラーラ・イソヴァー、スザナ・クロネロヴァー

赤い目は、森に置き忘れてはいない。久保の眼
映画の前置きではなくて、本編が始まってしばらくしてから「いい わけ」が語られる。
いわく、「この映画は実験映画でも、ましてやゲージュツ映画でもない。ただの遊び、
おフザケだ。」、と。こりゃー、ズルイ。こう言われてしまっては、ホメても、ケナシても、
評論家はマヌケだ。しかし、そう言ってしまうところにヤン・シュヴァンクマイエルという
ゆがんだ映画「作家」の隠しきれない本質がある。
確かに、ゆるい映画だ。なんせ、ハサミで雑に切り抜いた写真を ゆっくり動かすア
ニメーション(?)なのだから。しかし、その「やっつけ仕事」が植草甚一のコラージュ
やフランク・ザッパの名盤『アンクル・ミート』のレコード・ジャケットを思い出させる。な
ら、センスがいいのか?・・・う〜む。・・・そーではナイ(笑)。が、そーではナイところ
が、この屈折した映画「作家」の領域なのだ。
ならば、判りにくいのか?ってーと、違う。むしろ、判りやす・す ぎる。その秘密こそ
が彼の才能の中心だろう。後半に進むにしたがってフロイトやユングが、そのまんま
濃く登場するのも、ふつーの映画監督なら青臭くって避けるだろーが、あえてやっちゃ
う。なぜならば、やりたいから。
で、へんてこりんな物語(=世界?)をわざと軽薄に(←「高尚 に」ではなく。)説明
するかのように、無意識の表象としての夢がモチーフとなっている。なら、私の大好き
な『カリガリ博士』からやっぱ、映画館で観たい♪『恋愛睡眠のすすめ』へ の系譜じゃん。そー言えば、絵ヅ
ラも、それらに似てる〜。
上記で私はあえて、ザッパや『カリガリ博士』など私の「好き」な ものをあげてみた。
「好き」は一見、結論のように見え、思考の停止を誘う。しかし、それは置き換えにし
かすぎず、説明ではない。心理学と芸術の関係も同様だ。心理学は、どこまでも整理
しようとする。芸術は、その整理をどこで止めるかでセンスが試される。この映画は説
明をするフリをすることで観客の興味をエンド・マークまでひっぱる。その探偵映画臭
が「判りやすさ」をでっちあげるのだが、実は整理をするフリをしながらたくみに整理を
放棄している荒野が広がっている。そこがこの映画「作家」の悪意という才能なのだ。

心理学だけではなく、
言葉と無意識の問題は、哲学でも定番だが、
ギュスドルフ『言葉』にも、右のページがある。

私にとってこのページがスリリングなのは、
その議論に
ノヴァーリスと魚の濃い物語。ドイツ・ロマン主 義
通過させ、
カリガリ博士は伝記映画の夢を観るか?ナチズムを も
貫いて説明している点だ。

時系列ついでに、もうひとつ並べれば、
ドイツでのナチズムと同じ1930年代に
ソ連で社会主義リアリズムが始まり、
「ナチズムの敗北」後の1960年代まで
その理論もあいまいなまま
政治と芸術の現場で吹き荒れた。

そのナチズムと社会主義リアリズムの
全ての歴史を呑み込む同時代に
パリには、サルトルがいたのだ。
ドイツの夢を、パリのコーヒーに、ひとつ。
「国際連合の困難」は、2011年の欧州連合(EU)の挫折によ り、
超国家共同体を目指す理想主義と、
グローバル化された社会が善である、とゆー楽観主義を
さらに宙ぶらりんのまま悩ませ続けている。

挟んだ場所も、意味があるんだけれど、いっぱい挟み過ぎてもうわかんなくなっちゃった。
この本で、年越し。
7Pm
親戚からいただいた毛ガニと、
小平英彦さんからいただいた長野県の生そばと、
千歳の福原商店からいただいた新潟の日本酒『緑川』で、年越し。
続きはまた書きます。
カズノコを持ってくるの忘れた(笑)。


text by
うぇ〜ん!久保AB-ST元宏 (2012年1月27日 金曜日 0:11Am)


2011年12月18日 日曜日 午後11時59分太陽と林檎と蛇と。気温-9.2℃←■札幌は、カラカラカラリンで夏靴&大またで歩いてきたのに、沼田町に帰れば、ぎょぎょぎょの超大 雪!札幌開拓の秘密を体感した気分。がくっ。
2011年12月12日 月曜日 午後11時17分それは海の水をひとつまみ、雪に「組み替えてみた」だけで、総量が変わる訳ではないから気温-3.2℃←■BSテレビで『居酒屋放浪記』を観た流れで、ちょいと映画『二百三高地』を観たけど、これ1980 年のなんだねー。悲しいほどレベル低すぎ。
2011年12月11日 日曜日 午後3時21分それは海の水をひとつまみ、雪に「組み替えてみた」だけで、総量が変わる訳ではないから気温-3.3℃←■映画とライブに行こうと、マークXで2kmほど走ったけど、超☆大雪で前が見えん!で、Uターン帰 宅して、今日はロシア文学を読もうっと。
2011年12月5日 月曜日 午前2時31分好きなことを好きなだけやってみると、きっとあなたの魔法がみつかるわ。気温- 3.8℃←■テレビ・ドラマ『坂の上の雲』と、映画『タンタンの冒険』は、勇ましい場面を描かねばならぬテレビと映画の宿命の誤解。原作は、たぶんぜんぜ ん違う。