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moto_kubo@hotmail.com

2010年10月9日(土)
相場を閉じ込めるために。
新米の出荷♪神経戦の相場が続く・・・。
うぇ〜ん!仕事の合間を見て、
沼田中学校の『文化祭』へ♪

昨年、廃校になった沼田高校
空いた校舎へ、
沼田中学校が今年中に
移ることになった。
なにしろ沼田中学校は開校以来、
ずっと私の家の目の前にあった
のだから、無くなるとなると、
やはり、さみしくなるだろーな。
再会を閉じ込めるために。
見納め?かな、この校舎も。
物語を閉じ込めるために。
長女が出演中の演劇。

かつては沼田中学校の『文化祭』は2日間(→それ以上、かも。)あったのだが、去年からは1日だけになった。
1970年代、私の時代は学年ごとに4クラスあったから、演劇、合唱など、3学年×4クラス=12あったのだけれど、今や1クラスのみ。
演劇は昨年までは3学年×1クラス=3本で競い合っていたのだけれど、
今年からはついに3学年ぜんぶ合同での1本だけになった。
そりゃー、12本が1本だけの上演になったら、『文化祭』の日数も減るよね〜。
それにともない、授業が無くて、部外者が校舎に自由に出入りできて、学校が生徒の手で自主管理できているような幻想も、
たった1日では祝祭的気分にまで到達できないだろう。

で、演劇が1本になったことで、全学年で力を合わせる楽しみも増えたが、競う面白みや、まかされる自由が減ったのかもしれない。
かつて私は『共犯新聞』で中学校の哺乳類は、幕を切り裂いて生まれてくるのだから。「演劇」力の低下を憂いたが、
今回初めて行われた3学年合同の演劇は、
  • スリムな脚本が、ユーモアとメッセージを明確にしていた。
  • スタイリッシュな舞台装置や大道具が、視覚的にモダンな良い統一感を出していた。
  • セリフの多い数人の女子がカツレツ、演技力に目を見張るものがあった。
  • 場面の転換に暗転を安易に使わない演出が、全体にスピード感を与えた。
などの点で、まずは成功だったと感じた。
直情を表現する女子が上手だった一方で、悩みながら正論を導き出そうとする役の男子や、
たぶん主人公なのだろう女子中学生の役を女装で演じた男子に恥ずかしさが残っていて思い切った演技にまで至っていなかった。
しかしそれは、直情の表現が相対的に簡単だから、でもあるだろう。
女装した男子は校内で人気があるのか、観客の生徒からは演技力が不足の部分も好意的に受け止められていたようだ。
そう考えると今回の最大の成功のポイントは、
  • 文化祭で演劇が唯一になったことによる、観客の集中力の向上。
なのだろう。
しかし、それを克服して、ふたたび複数の演劇が競い合う場になって欲しいと同窓生として想う。
演目が複数になり、ふたたび教師の指導が手薄になったときに、
その間隙を突いて、生徒が自ら脚本を書いたり、演出のアイディアを競い合い出したら楽しいな、と想うのだ。

と、書きながら「間隙」と「観劇」と「感激」が、ぜんぶ「かんげき」と読む偶然が、なぜかうれしい(笑)。

しかしそれらすべても「余裕」のなせる技なのだろう、とも、余裕無く、すぐに仕事に駆け足で戻った私は想いもしたのだ、が。

2010年10月
映画
たびたび
他にも何か書くことあった気がするのだけれど忘れてしまったからもう出す。
脳内共犯
としての
映画館

脳味噌共犯 movie days (and movie nights !!) 暗闇の私。≒ 私の暗闇。

10年10月10日(日)
 ↑
うぇ〜ん!おお、今日は「10,10,10」。10が3つで、「とーさん」。100年に1度の(?)「父さんの日」だ。
と、ゆーのは今、これを書きながら気が付いたのだが、だからなのか、この日の私は娘2人と過ごし、娘にとっては「とーさん」の日となった(がくっ。)。
なにしろヤミ米屋の「秋」は、忙しい。稲刈り直後から、もう1ヶ月以上、休日が無い。子供たちを連れて外出することも無かった一ヶ月以上だ。
とくに長女は昨日の『文化祭』の興奮がまだ体に残っているのだろう。
やはり、学校を解放する『文化祭』は1日だけではもの足りないんだろーな。
生徒が減って日数を埋める行事も減っても、ひとり&ひとりの生徒が抱えている「熱量」は同じなのだから、ね。
なもんだからか、珍しく長女から、「旭川へ動物園か、映画に行こう!」と、提案された。う〜ん、さすがに少し仕事にも余裕が出来てきたし、いいか。
「でも雨だから、動物園は無いんじゃない?」「でも、旭山動物園にオオカミの森ができてから、まだ行ってないしー。」
「じゃ、それは晴れた日に。」と、約束にならない約束をして、「映画は6:30Pmからだから、その前に展覧会に寄ってから♪」と、
娘の要求をちゃっかり自分のペースにコンバートして夕方になってから、よーやくお出かけ。
4Pm
アートホール東洲館
北海道深川市1条9番19号 (深川市経済センター2階)
JR深川駅の並び。駐車場、完備。
電話;0164-26-0026
開館時間;10Am〜6Pm
休館日;月曜日(祝日の時は翌日)、年末年始

Artとは、ニューヨークのホイットニー美術館から、大阪の乙画廊まで、どこでもドアの奥で、今夜、パーティが2時から開かれる!『林 佑磨 展』
2010年10月1日(金)〜15日(金)
赤い目が山から追い出されるまで。久保の眼
同じサイズの画用紙に描かれた水彩画が、L字型に伸びる
廊下に等間隔に並べられている。まるでタイルよのうな(?)、
その連続性と永遠性は、瞬間のめまいを呼び込むインスタレー
ションになっているが、作者はそこまでは考えていないだろう。
近くに寄ってきた若者がいたので、「もしや?」と聞くと作者だ
った。描かれている絵が「アウシュビッツ収容所」であったりと世
界中なので、「現地で描かれたのですか?」と聞くと、「いえ。本
を観て描きました。」・・・がくっ。しかし、その策略の無さ加減と、
この展示方法と、あまりにもノーブルな水彩画の手法と、それで
いながらのこの多作ぶり。こりゃ、無意識のインスタレーション。
ノーブルの森へ。
神社の絵画展ではない。シャイな若者による一種の祈祷のよーな情熱、だと思う。

Artとは、ニューヨークのホイットニー美術館から、大阪の乙画廊まで、どこでもドアの奥で、今夜、パーティが2時から開かれる!野本 醇 (のもと・じゅん) 〜光と再生の季節〜 展』
2010年10月1日(金)〜15日(金)
赤い目が山から追い出されるまで。久保の眼
『ギャラリーどらーる』坂本公雄オーナーが私に野本画伯を紹介してくれたのは、
美術評論家の柴橋伴夫『聖なるルネサンス 安田侃』の出版記念パーティだったから、
2003年の春のことだった。あの頃の私は、まるで「かけだしの美術評論家」のようにす
ごい勢いで北海道画壇の全体像を吸収しながら、すごい勢いで美術評論を書き散らし
ていた。そんな野蛮な行為がまかり通ったのも、坂本公雄とその妻、坂本順子のサポ
ートがあったからこそなのだろう。もちろん、それはアタリマエすぎるぐらい当然のことだ
が、今や伝説と化した『ギャラリーどらーる』も坂本順子もこの世から亡くなって、その時
間の距離が開くほどに強く感じてゆく。それは私個人にとっての美術環境の不幸にすぎ
ないのだが、同時に(私をも含む)北海道画壇の不幸でもあると思うのは思い上がりだ
ろうか。
それでも確実に思うのは、あの出版記念パーティには無数の画家や美術評論家、マ
スコミ記者、さらには政治家や大手企業の財界人までもが集っていたはずなのに、あの
場でもっとも(物理的にも)顔が広い坂本公雄が、なぜか、わざわざ私を呼び出して、わ
ざわざ紹介してくれたのが、ただ野本画伯ひとりだった事実の意味と、重さ、だ。私の思
い上がりを重ねて書くことを許していただければ、その時の坂本公雄は、「今、私が読み
たいのは久保元宏の野本醇論だ。」という気持ちと、「今の北海道画壇で久保くんが書く
にふさわしい画家は今夜のパーティでは野本さんだけだよ。」とゆー彼なりのアジテー
ションであったのではないだろうか。
蛇足ながら加えれば、この札幌グランド・ホテルで開かれた巨大なパーティは、すで
に世界的スーパースターとなっていた彫刻家の安田侃本人も参加していることで大い
に盛り上がった(たぶん)のだが、誰よりも声をかけられていた坂本公雄はまるで主役
のようだった。それなのに、坂本はむらがる各種の二次会への誘いをやんわりと断り、
私を連れ出して隠れ家のような小料理屋で酒宴をごちそうしてくれた。その時に一緒に
いたのが、坂本の妻の順子と、のちに純々喫茶『昭和プラス』を経営することになる
当時はスーパーマーケットの経営者であった上林文雄だった。すっかりご馳走になった
のに、私はこの夜のことも、いただいた食事のことも『共犯新聞』に書かなかった。後日、
それが坂本には不満であったと順子から聞いたのだが。坂本は私の料理への感想を
文章として読みたかったようなのだ。また、どんなにご馳走になっても味に厳しかった文
雄ちゃんもまた、今から思えば、かっこよかったのだけれど(笑)。文雄ちゃんはこの日、
坂本夫婦とはほとんど初対面だったから、なおさらだ〜。
結論から言えば、私は野本画伯の作品に関しては簡単な個展報告や新作への印象
を書いてはきたが、まとまった作家論は書かずじまいだった。その最大の「いいわけ」は、
画歴の長い野本画伯であるのに、私は2003年以降の彼の作品しか観ておらず、しかも
それらは長い画歴の果てにたどりついた完璧な抽象化のように、毎年の新作が同系統
のパターンであったから。であるから、今回の「回顧展」は私にとっては、待ってました!
あまりにも長く(笑)。
十字架を閉じ込めるために。
伊藤整が画家になるきっかけだった、なんて他にいないよね(笑)。
いつもすぐに終わるレコードを閉じ込めるために。
この絵のパターンが私が知っている野本画伯。
ここ約10年は、このバリエーションだ。
もっとも、この作品では下方に置かれた卵の存在が目新しい。




私はこの垂直と水平に伸びるイメージと、
その奥から手前に広がる光から、十字架を連想し、
一度、それを坂本公雄にEメールで書いたことがある。
坂本からはすぐに、「それは違う。」と、
参考にと美術評論家の吉田豪介が書いた野本論が郵送されてきた。
吉田の論法はさすがだったが、
私は野本がまるでパラパラ・・・三浦綾子のように
キリスト教に傾向していたと想像したから
十字架と書いたのではないので、
それは十字架をめぐる私の言葉が足らなかったのだな、
という程度までにしか踏み込めないで終わった。
やはり、その時点では私はまだ坂本や吉田のように、
野本画伯の過去の膨大な作品群をまったく観ていなかったのだから、
反駁するよりは、吸収することに目的を置いたのだ。




そして、今回、
私が初めてまとめて観ることができた野本画伯の初期の作品は、
圧倒的に新鮮に私に迫ってきたのだった。

右の一枚は
中期の代表的な作品群である
動物を重ねた作品。
具象なのだが、
明らかに描いている脳味噌は
すでに抽象である。
大好きなレコードを閉じ込めるために。
エントランスの一枚からして、私の知る野本スタイルとはまったく違う。

二階のぬいぐるみたちのための椅子たちを閉じ込めるために。
まるでジョルジュ・ルオーのような裸婦画まである。
時系列に作品が並ぶ壁。
初期の作品は具象画だ。

徐々に、抽象画になってゆく。
左の大作からは、
現在の作品にも見られる球体は、
実は惑星だったのか、と思わせる。
十字架を閉じ込めるために。
私にとっては、長年の謎の種明かしのような時系列の作品群!

一杯のおいしい水を閉じ込めるために。
「風土の中のうま」(1966年)
国松登の影響か?最初から斬新だったことの証し。
テレビの音を閉じ込めるために。
「北の部屋」(1968年)
中央の指は、ミケランジェロ「アダムの創造」からのコラージュ。
永遠に見れないあの夏のワンピースを閉じ込めるために。
「聖なる形」(1989年)
時代なのか、フランシス・ベーコンのテイスト。しかし、まだ未完成か。
息を閉じ込めるために。
対が1枚になった作品を観て、
「どっちが好き?」と会話している対になった娘。

4:45Pm
映画を観る前に、腹ごしらえ♪
今、久保兄は。カフェルーム 今保羅 (こんぽら)
北海道深川市2-9-13
電話,;0164-22-5794
交通アクセス;JR深川駅から徒歩2分
営業時間;11Am〜10Pm
休日;第1&3の水曜日
土を閉じ込めるために。
信楽焼(しがらきやき)の作家、工藤和彦個展&即売をやっていた。
「栗原はるみ」大賞をとっただけあって、欲しくなっちゃう危険な作家(笑)。
粉を閉じ込めるために。
いつも美味しいパスタ♪
左から、私の「生ハムとブロッコリーのホワイトクリーム」、
長女の「モッツエラチーズとバジルのトマトソース」、
次女の「岩のりとタラコ」。
それぞれ、840円。
ただ、ここって、ワイン、とゆーか酒が無いんだよね(笑)。
まぁこの日はクルマだったから、それでいいんだけどー。
6:30Pm8:29Pm
ディノスシネマズ旭川
「ゲオ会員」割引き、\1500
やっぱ、映画館で観たい♪『ナイト&デイ』
原題;Knight and Day
監督;ジェームズ・マンゴールド
出演;トム・クルーズ、キャメロン・ディアス、
ピーター・サースガード

赤い目が山から追い出されるまで。久保の眼
ハリウッド映画の方程式の見本のような作品。
『ルパン3世』的と言おうか、魅力的な主人公が
笑いながら&笑わせながら、とんでもない危険な
行為を、いとも簡単にやり抜けちゃうハナシ。
こーゆーハナシが万人に求められる、とゆー
ことは、万人は「自由」が好き、とゆーことでもあ
り、現実は「自由」ではない、とゆーことなんだろ
うなぁ。
十字路で閉じ込めるために。
家族で観るなら、ちょうどいいレベル?
8:45Pm
映画館の近くのブックオフ旭川永山店で、古本チラ見。
だって、つい先月、大量に買い込んだ未読の本がけっこーあるからね〜。
しかも、ここのブックオフは、買い込んだパラパラ・・・BOOKBIGBOX永山店がかつてあった建物!
だからねぇ〜、なんだか気が引けるんだけどさぁ・・・。
が、
「チラ見」のはずが、やっぱ、一冊買っちゃった。・・・がくっ。
だって、店内のあち&こちに貼られていた、「本日セール!500円以上の単行本、500円均一」にやられた〜。

なんせ、
片岡義男 『絵本についての、僕の本』(1993.9.10、初版、研究社)が売っていたものだから。
これ、定価は3,200円。
ブックオフの通常販売価格は、1,650円。
これが今日だけ(?)500円なら、あーた、買うでしょ?

この本は画集のように良質な紙にオール・カラーで印刷されている。
1993年という、最後のバブル時代のぜーたくな製本。
そこに、海外の新旧の絵本がずらり、と紹介されている♪観ているだけで、もー楽しい♪
しかも出版社が英語の教科書や辞書で有名な研究社だから、学術的にも満足のいく内容。

この条件で片岡義夫が自由に書きまくっているんだから、
もう書物オタク(?)には、たまりませんっ。

工夫に対する純粋な驚きにリスペクトが溶け込んだとき、「うれしい」という感動が生まれる。
書架を閉じ込めるために。
嗚呼、今夜も眠れない〜。

text by
うぇ〜ん!久保AB-ST元宏 (2010年10月12日 火曜日 3:58Am)