あのブールで。その山の上で。I'll follow you wherever you may go!
top page⇒うぇ〜ん!『共犯新聞』♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To DieROCK★ロック パラパラ・・・偏愛書物★Book Oh ! うめぇ〜♪肉体の共犯としての食犯。好物★Gourmet やっぱ、映画館で観たい♪映画★Movie Artとは、ニューヨークのホイットニー美術館から、大阪の乙画廊まで、どこでもドアの奥で、今夜、パーティが2時から開かれる!美術★Art
moto_kubo@hotmail.com

2009年
10月

映画
た びたび
他にも何か書くことあった気がするのだけれど忘れてしまったからもう出す。
脳内共犯
としての
映画館

脳味噌共犯 movie days (and movie nights !!)  暗闇の私。≒ 私の暗闇。

2009年10月31日 土曜日 午前1時47分山羊も大好き、おはぎ♪気温3.4℃←■今日はねー、映画観て、ずるいでしょ(笑)。
ステレオ・タイプ罠。
オートマチック自覚。
全てキャッチ
単純で ごめんよ
巨大なクエスチョンマーク
「あたしは、うたわない。ただ、話すだけけよ。」
ゲドはうなずいて、待った。その顔つきは厳しかった。子どもはそらで話しはじめた。
パラパラ・・・ル=グウィン 『ゲド戦記』
「帰還」(1990年) 訳;清水真砂子

text by うぇ〜ん!久保AB-ST元宏 (2009年11月4日 水曜日 2:57Am)

2009年10月30日 ()
うぇ〜ん!映画館で年間4〜50本の映画を観ちゃう私でも、さすがに本業の(?)ヤミ米屋がちょー忙しい時期には、映画を観ることができない。
そんなわけで10月は1本も観ないで終わるんだろーなー・と、思っていたら、ぎりぎりの月末に札幌で時間が作れた〜♪
ここぞとばかりに、ちょー長い、3時間22分の映画を観たー♪
ユナイテッドシネマ札幌
メンバーズ・カードで、\1500♪

やっぱ、映画館で観たい♪『沈まぬ太陽』
監督;若松節朗
原作;山崎豊子『沈まぬ太陽』(新潮文庫刊)
出演;渡辺 謙、三浦友和、松雪泰子、鈴木京香、石坂浩二
飛行機には、もうずいぶん乗っていないなぁー。
★火星大接近の日に、眼球に乗り移った火星♪赤い惑星が眼球に焼き付いた!?久保の眼
JAL=日本航空の暴露映画である。実在の人物が多くモデルになっている。それを映画
化した「勇気」にはまず敬意を払いたい。しかし、だからこそ、そこに異論が渦巻くのも事実。
「検索バカ」と呼ばれようが、たとえば下記のページなどをチェックしておくことは重要だ。
もちろん、史実に対してどの意見が正しいかは、映画にとっては、どーでもイイことである。
そこから自由になるためにも、上記などの多様な視点を押さえておくことは無駄ではない。
と、まず「史実」から自由になって純粋に作品に向かうニュートラルな感覚を取り戻すと、こ
の手の映画が陥り易いステレオ・タイプの罠にどっぷり漬かっていることがよく分かる。つー
か、主人公を渡辺謙にした瞬間から、この映画はステレオ・タイプになる運命だったのだ。と
にかく渡辺謙以外でも、同様の傾向の俳優ばかりをわざわざ揃えたようにしか感じられない
キャスティングだ。だから、映画を観る前からそんなこたぁ分かってはいたのだが、やっぱし
である。
また、タイトルの「沈まぬ太陽」の意味がきちんと描かれていない。だから、本質的な深み
のレベルでの説得力が無い。監督は2千ページを超える原作を分かりやすくまとめることに
だけ関心があったかのようだ。パンフレットその他に原作者の山崎豊子が「完成が今から待
たれます。」との好意的なコメントを寄せているが、完成後のこの映画で満足しているのだろ
うか?完成させることだけで満足してしまうのは原作者の役割ではないはずだ。
確かに組合が勝利を祝い、主人公の名前を連呼するシーンなど、胸が熱くなる(笑)が、
それも問題の本質をえぐり出す説得力の無さとステレオ・タイプな演出では、安っぽい教条
主義の再生産にしか感じられない。
そう考えると、この監督の実力の限界かもしれないが、「怒り」を描くのはとても難しいこと
だと気がつく。昨今は、『ラスト、コーション 色|戒』『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程
(みち)』のような近現代史の掘り起こしものや、『アメリカン・ギャングスター』のような告発も
のがあるが、そのどれもが「怒り」を描こうとして企画されても最終的には違うテーマにずれて
しまったことで怪我の功名のように収まりよく仕上がった印象だ。「勝負」や「(恋人や敗者の)
悲しみ」を描くことはわりと簡単だが、「怒り」を描くのは難しく、どうしても陳腐な直情だけにな
ってしまう。最近の映画で「怒り」を正確に描いて成功したのは、『フィクサー』ぐらいだと思う。
ところで「怒り」と「告発」の最近の映画と言えば、警察を告発した『ポチの告白』がある。そ
の主演の菅田俊(54歳)が『沈まぬ太陽』にも出演している。また、1980年に石井聰亙監督
『狂い咲きサンダーロード』で、絶望の底から暴走族や右翼を粉砕するアナーキーな主役で
デビューして、2009年7月26日に胃がんのため53歳で死んだ山田辰夫の遺作にもなってし
まった。この2人の役者とこの映画のつながりは、書き留めておきたい。彼らこそが出演陣の
中ではもっとも「怒り」が表現できる役者であったはずなのだが、監督は両者とも本筋にはか
らまないエキセントリックなはみ出し者程度の役しかあたえなかった。しかも、両者の跳ね上
がりを「正義漢」の主人公=渡辺謙が押さえる展開が待っている。そのエピソードが、観客の
主人公へのイメージを「正義漢」から「常識人」に代えてゆく作用を準備している。なぜな
らば、現代の日本では「正義漢」よりも「常識人」のほうが、「正しい」のだ。その感覚が
日本をつまらない市民相互監視民主主義(がくっ。)の国にしてしまったのだ。この作為を
意図的に行ったのであれば、監督はせっかくの原作を殺してしまったことになる。しかし、私
にはこの監督はそこまで優秀だとは思えない。ただいつもの習慣でそうしてしまっただけなの
だと思うのだ。つまり、この構図から自由になれない体質が日本映画の限界の本質なのだ。
では、タイトルの「沈まぬ太陽」の意味は何だろうか?映画ではアフリカ大陸に沈んでゆく
夕陽が印象深く何度も繰り返して挿入されるが、説得力が無いばかりにむしろ「浮いた太陽」
になってしまっている(がくっ。)。あえて私が努力してコジツケれば、これは巨大企業=JAL
の比喩であり、さらにJALが比喩してしまう日本そのものなのだろう。敗戦後の痛手から全国
民が努力を重ね、高度成長期を経て、大国の仲間入りをしようとしていた日本が、目の前で
沈んでゆく。しかし、沈んでゆくのを止めようとするシジフォスが存在する。シジフォスとは、ギ
リシア神話に登場する、巨岩を山頂まで運んでは落とされるがあきらめない象徴として語ら
れる人物だ。確かにこの映画自体も、ひとつの巨岩かもしれない。しかし、映画は完成させる
ことが目的なのではなくて、伝えたいことが伝わったときにこそ、完成するのだ。

うぇ〜ん!映画はサッポロ・ファクトリーで観たんだけど、映画が始まるまでの時間、
館内をぶら&ぶらしていたら、中古じゃなくて、新品CDのアウトレット催事店があった。
なんと、3月28日の、共犯音楽祭★TERAのROCK名盤100枚!★Music〜音という抽象芸術♪三宅伸治『つづく』やら、ボブ・ディランやらザ・バーズやらの新品CDが半額なのである。

かつてザ・ビートルズを担当していた元・東芝EMIディレクターの石坂敬一へのインタビュー記事が2009年10月8日の朝日新聞に掲載されていて、
そこで、「パッケージ・ソフト(=つまり、CDやレコード♪)と、デジタル(=音楽配信!)」とゆー使い分けをしていて、ギクリとしてはいたんだけど、
いよ&いよ、CDを含むパッケージの時代の終焉が近いのかっ!?
そう考えれば、新品CDの半額催事が、CDの墓場に見えてきた・・・・・・。

その石坂のインタビューでは、
「今の40代以上は、パッケージを所有する喜びや音質のよさを含めて、音楽に対する充足感を求めています。
彼らの心をどうつかむか、それにはやはり、魅力ある質の高い作品を送り出す努力がもっと必要だと思います。」
と締めくくられていたんだけど、
そんなの読んじゃうと先日のビートルズCDリマスター盤一斉発売なんか、まんまと、その戦略だよねぇ〜(笑)。
でも&まぁ、それで遊ばせてもらってるんだから、それも、よし(?)なんだけどね。

そんな催事の中に、あらま、なつかしー名前を発見。
・・・・・・中野テルヲ。
ストリート・スライダース、浦沢直樹、AB−ST(がくっ。)と続く、某大学軽音楽部の私の後輩である。
魚屋の息子なので配達用のバンと運転免許証を持っていたから、よくライブのたびにドラムやアンプを運んでもらった(笑)。
中野は後輩時代(?)、『共犯新聞』ゲストブックなどにも登場するcocamellowとバンドを組んでいて、のちにP−modelに加入してメジャー・デビュー。
一時期、過去の反芻の価値って、私には、「自分への客観性の保持」の為、って思っていたー。P−modelには中野に加えて私の弟も同時に在籍していた時期があるから、なんとも不思議ちゃん。
有頂天のケラとのバンド「ロング・バケーション」を経て、今は、中島美嘉とかのバックをまだやってんのかな?
まぁ、半額だし(がくっ。)、買った。

中野テルヲ 3月28日の、共犯音楽祭★TERAのROCK名盤100枚!★Music〜音という抽象芸術♪『Dump Request99-05』
(2005.12.16 シールズフロア)
定価\2500→新品特価\1250

★火星大接近の日に、眼球に乗り移った火星♪赤い惑星が眼球に焼き付いた!?久保の眼
いきなり1曲目がジョン・レノンの「イマジン」のカバー
なので、びっくり。まったく私が感じていた彼のイメージ
と違ったから。が、その選曲も含めて、ギミックがテクノ
のキーワード、だから。
そう、テクノなのである。「イマジン」の歌詞も日本語
で歌われ(?)ているんだけど、その訳者はなんと・・・
The Translator-Mini。え?外人?・・・ちゃいまんがな
コンピュータの翻訳ソフトでおます。がくっ。amazonの
カスタマーレビューには、「変な日本語が味になってい
ます。」って書いてあったけど、そりゃそーだよな(笑)。
テクノって、オートマチックに対する自覚のことだ
と思う。その究極の表現の代表のひとつが、プラスチッ
クスがやったドラム・マシーンのドラム・ソロだ。つまり、
それまでの音楽が絵画だとすれば、テクノはコンセプ
チュアル・アートなのだ。そもそも、ピアノだってドの音
を押せばドが鳴る。それだってオートマチックなのだ。
その「演奏している。」から「演奏させられている。」へ
の自覚が、テクノなのだ。
そーゆー意味で、これはみごとにテクノな作品集に
なっている。ただし、やっぱ、もう古臭いな(笑)。でも、
もう私たちには、「新しい」−「古い」への興味は無くな
り、全てがフラットでオートマチックの中にいる。それは
実は強烈な悪意を含んだ反オートマチックのメッセー
ジでもあるんだけど。だから、それさえにも自覚しなが
ら聴くには、なんて心地よくて恐ろしい音楽なんだろう
ね、これ。
中野テルヲには、もうずいぶん逢っていないなぁー。


映画とお買い物のあとには、米の商談会。
ベテランが、「みなさん、この商談会で情報を交流していってください。」と冒頭に挨拶。
なるほど。いろいろと、わかったことがある。・・・秘密だけど(笑)。
大野明男さんって、まだご健在かな?
左から、ベストセラーになった
大野明男『全学連 その行動と理論』(1968年5月30日、講談社)。
朝日新聞(1985年11月19日)に紹介された55歳当時の大野明男。
この記事のタイトル「はみ出し派」は、早稲田マスコミ塾で私が入った
グループの名称としてかつて1983年に使われたもの。その当時に、
大野明男からもらった自伝『異議あり』(1982年5月10日、講談社)。
さて、『沈まぬ太陽』の主人公、恩地元(おんち・はじめ)のモデルは、
小倉寛太郎(おぐら・ひろたろう、1930年〜2002年10月)だ。作品と
同様に小倉も、元・日本航空労働組合の委員長だった。

小倉が『沈まぬ太陽』の主人公とどこまで相違点があるのかとか、ど
こまで人格者だったのかは、『共犯新聞』の興味の外である。

ただ、たまたま私が深く交流した人物と小倉がつながっているので、
それを書いたおきたい。

1945年の敗戦後、学制改革が行われ、1949年5月31日に国立学校
設置法が公布され、東京帝国大学は東京大学となった。その時の、
初代の学友会議長が小倉で、初代の自治会委員長が大野明男だっ
た。その大野がリクルート社から依頼されて1983年に事務局長として
創設したのが『早稲田マスコミ塾』で、私はその一期生だった。

大野の自伝『異議あり』にはこう書かれている。
戦後の日本学生運動は、1950年=反レッドパージ闘争と、
1960年=日米安保条約闘争、さらには1968〜9年=安保・
沖縄・学園闘争と、ほぼ10年おきに3つのヤマ場を持ち、それ以
後は党派間の激しい「内ゲバ」を残して、長い沈滞期に入ってい
る。

大野は1950年の闘争を自治会委員長として指導したと退学処分を
受ける。このとき13人が処分され、その多くが復学したが大野は復学
を拒否して、フリー・ジャーナリストの道を進むことになる。ちなみに彼
の2歳上の兄、大野力は経済畑の評論家として有名だ。

一方、小倉も闘争に参加はしたものの処分は受けず、卒業し、損保
会社を経て、日本航空へ中途入社して組合委員長になった。映画は
このJAL入社の1962年から、1985年の日航機墜落事故までを扱って
いる。私にとっても1962年は生れた年だし、1985年は東京から去った
年なのでなにかと重要な年だ。みんなにはカンケーないが(がくっ。)。

小倉寛太郎は2002年に亡くなり、「お別れの会」が10月21日(月)夜、
東京都市ヶ谷のグランドヒル市ヶ谷で開かれた。大野明男も、田崎透、
俵孝太郎、田村勝夫(元・東大職組書記、サイマル出版会会長)、
高木教典、古賀正則ら東大の学生運動仲間とともに参列している。