さっちゃんも、プールを観たの。I'll follow you wherever you may go!
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moto_kubo@hotmail.com
49
2014 年7月13日(日)

父 の一周忌 (更新日;2015年5月26日)
最後の手紙。の「四十九日(しじゅうくにち)」。

異教徒の君のために、かんたんに教えると、
仏教の場合、
亡くなってから49日間を「中陰(ちゅういん)」という。
この間は7日ごとに閻魔大王による裁きが行なわれ、
49日目には 極楽浄土に行けるかどうかの判定が下される。
49日目は別名「満中陰(まんちゅういん)」と呼ばれ、
この日が服喪の期間が終わる忌明け(きあけ)。
遺族は、この間、7 日ごとの裁きの日に合わせて法事・ 法要を行なって、
故人が成仏できるように祈る。
とくに、49日目は「四十九日(しじゅうくにち)」と呼ばれ、重要な日。
葬儀で骨になった死者を自宅に置いておくのは、この日まで。
この日、骨を墓や納骨堂に収めることで、ついに父は自宅からいなくなる。
8: 4 0Am
さようなら。
父の骨が自宅にある生活が今日で終わる。
9: 32Am
曼荼羅は言葉。
共犯書斎で、最後の微調整。
10: 41Am
分かれる準備。
お寺での法要に必要な写真と位牌。
10: 45Am
出発。
父を持ち出す。
10: 51Am
こちらです。
会席の幌新温泉 ほたる館のバスで。
11: 10Am
わかれのダンス。
青龍山高臺寺で、法要。
11: 11Am
仏典?読経?
始まる前に仏典を熟読。
11: 13Am
お経は、言葉。
お参り。
12: 15Pm
スライドしてゆく夏。
納骨堂に、父を収める。
12: 17Pm
君の知らない棚の奥にしまってある。
私の弟が、中を整理。
12: 19Pm
はじめまして、おにいさん。
すると、父の弟(5歳で亡くなった)と、私の兄の骨が出てきた。
12: 20Pm
ランダム連鎖の過渡期。
この2つは、散骨することにした。
12: 24Pm
さようなら、おにいさん。
私が、兄の骨をお堂の底へ散骨。私は、この時、初めて自分の兄に会った。
12: 25Pm
順番。
納骨堂はスペースが限られているので、トコロテン式に、こうなるが、つらい母。
12: 28Pm
マンション住まい。
改めて私の弟が納骨堂を整理。
12: 31Pm
言葉が許すもの。
住職が、納骨のお祈りをする。
12: 42Pm
音を消した言葉としての文字。
参列者が、記帳。
12: 45Pm
しまった。
納骨、終了。父は、ここに入った。
1: 00Pm
戦争はどうして、なくならないんだろう。
バスは、ほたる館へ。
1: 11Pm
長い続き。
参列者19名による会食。
1: 13Pm
どうも!ぼくです。
私の司会でおごそかに始まった。
1: 14Pm
言葉に言葉を重ねる。
まず、父の弟が想い出を語る。
1: 20Pm
お皿に言葉を重ねる。
スピーチと、シャンパン「ヴーヴ・クリコ」に よる献杯後、会食。
数十日前に私が、ほたる館に「フランス料理のコースで。」と頼むと、
フランス料理のシェフが退職したため、断られたが、
さらにお願いすると、受けていただいた。
それが、この料理。
和食の料理人が中心であっても、アイディアがあれば、ここまでできる♪
1: 21Pm
3つの誓い。
前菜には、アワビの握り寿司も。
1: 23Pm
内側に入れば。
ジュレの中から、牡蠣が出てきた。
1: 24Pm
和風かっ。
フォアグラと蕪のコンソメ仕立て。
1: 25Pm
交差点では、君の知らない鳥が。
ヴーヴ・クリコは、フォアグラに合う。
1: 32Pm
あなたのいない世界で私は。
住職は、「ここで、こんな料理が!」
1: 33Pm
季節のうつろいを、あなたに伝えたくて。
ビシソワーズ豆乳入り。
1: 35Pm
オルガンが風を吸い込む夕暮れに。
海の幸サラダ仕立てセロリソース。
1: 37Pm
短くて美しい夢を観ていたエビ。
アワビなどの魚介類が出てくる。
1: 38Pm
送り込むならピアノ・カクテルを。
パンは3種類。これも、うまかった。
1: 53Pm
ずこん。
私の弟は、焼酎をオーダー。
1: 54Pm
手紙。
キンキとタラバ蟹のグリル。バジルで。
1: 56Pm
やっぱ、歌うかっ!
フランス料理なのに、カラオケ(笑)。
1: 58Pm
おやくそく。
喪中なのに、拍手♪
1: 59Pm
手助けは、我が身のピストル。
アメリカから来た従弟も料理に満足。
2: 03Pm
アジアの映画みたい。
カラオケは、父が好きだった曲ばかりを選んだ。母は泣きながら聴いていた。
2: 06Pm
王様の耳。
トマトのジェラート。上にドライ・トマト。
2: 07Pm
路地裏のツイン・タワー。
母は参列者にお礼。
2: 17Pm
うまそげ。
沼田牛の石焼き。最高ランク「A5」!
2: 18Pm
ぎゅーっ、と・して。
霜降りで、とろける美味さ!
2: 20Pm
レッスンの成果。
父の姉も、歌が上手い~。
2: 30Pm
坂道のリフレイン。
シャンパンの次は、シャブリ。
2: 49Pm
カウント・ダウンじゃぽん。
メロン、マンゴープリン、白桃ケーキ。
2: 53Pm
イギリス回りアメリカ経由。
弟から、発表。
2: 58Pm
コーヒー・ブルーズを、ひとつ。
弟の発表を聴く母と、コーヒー。
3: 00Pm
おなかにくるベースの音が。
母の謝辞。
3: 03Pm
フル・ボリュームで。
ひとりづつ、父の想い出を語りだす。
3: 30Pm
それぞれの音楽に戻ってゆく。Wow,Wow。
すべてが終わった。
3: 52Pm
スィート・サレンジャー。
父がいなくなった自宅へ戻る。
3: 54Pm
90度、回転。
今日からは、からっぽの仏壇。
4: 16Pm
窓を開ければ、世界は動き出す。
今から45年前、1969 年の写真。
たぶん、9月10日の沼田神社の祭りだろう。
まさか、これから43年後に
私 が神社のいろいろ、ありすぎ(?)人生。祭典委員長をするなんて
思ってもいなかった頃。
左から私の弟、東京から来ていた従弟、私の妹、私(がくっ。)。
前日、従弟と酒を呑んでいる時に母が見せたこの写真と同じポーズで
従弟は撮りたかったようで、
それが左。
4: 14Pm
フラクタルな交差点。
アメリカから来た従弟の希望で、こんな写真 を撮る。
5: 10Pm
スイカ糖の日々。
新しい日常が始まった。


Tomorrow Never Knows
by ♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To DieThe Beatles

Turn off your mind, relax
And float down-stream
It is not dying
It is not dying

Lay down all thought
Surrender to the void
It is shining
It is shining

That you may see
The meaning of within
It is being
It is being


text by うぇ~ん!久保AB-ST元宏 (2014年7月14日 月曜日 2:26Am)



after 49
7 月16日(水)

朝、出社したら東京の叔父が昨夜、私へ送ってくれたFAXが届いていた。
叔父の長男、ってーのが、四十九日に出席してくれたアメリカに住んでいる従弟で、
従弟が希望していた43年目の同じ位置のいつの間にか、背の高さの順番が変わっている(笑)。写真をメールで送って欲しい、
と、従弟のメール・アドレスを伝えるFAX(笑)。しかも、超☆達筆な筆で、さら&さら&さらり。
まったく、デジタルなんだか、アナログなんだか(笑&がくっ。)。

で、さっそく従弟にメールした。四十九日の写真をたっぷり26枚、添付して♪



息の根は、ひとつだけ。たか ちゃん、久保元宏です♪‏
 
メ~ル差出人: うぇ~ん!久保AB-ST 元宏
送信日時: 2014年7月16日(水) 10:17Am
宛先: イ トコの交差点では、君の知らない鳥が。たかちゃん@ロサンゼルス

たかちゃん。
沼田町の久保元宏です。

先日は、わざわざアメリカから、貴重な時間を割いて、父、久保寛の席に参加していただき、ありがとう♪
ともすれば、死は終わりを連鎖させるので、たかちゃんの参加は、「つづき」を力強く印象づけてくれました。
感謝しています。

ご希望されていた写真をピックアップして、添付いたしました。
写真が確認できますか?
もし、できないのであれば、再度、私に申してください。何か他の方法もやってみますので。

また、私のホームページさっちゃんも、プーの森のプールに行きました。『共犯新聞』でも、四十九日の想い 出を少し書きました。

上記が更新されましたら、コブタも、いた?『父の四十九日』に保存してあります。

さて、たかちゃんの会社と沼田町の関係も、まだまだ整理すべき点が多いことも再確認できました。
沼田町の前に、たかちゃんが登場するのは、沼田町側で、もう少し準備が整ってからのほうが良いでしょうね。
しかし、それまでの準備をきちんとやっておく責任と必要も強く感じました。
 
また、楽しい呑んだらシャトルに乗るな、んで、『共犯新聞』に載るな。酒を呑みましょう!
体に注意して、お互い、長生きしましょうね!!


Re: 息の根は、ひとつだけ。たかちゃん、久保元宏です♪‏
メ~ル差出人: イ トコの交差点では、君の知らない鳥が。たかちゃん@ロサンゼルス
送信日時: 2014年7月16日(水) 11:29Am
宛先: うぇ~ん!久保AB-ST 元宏

元宏さん

忙しい中、早速のMail有難う御座います。相変わらず仕事が早い、流石です!!
 
叔父さんも、49日を過ぎ 親戚一同との再会も終わり、
今頃、ぼく等の知らない素晴らしい天国と言う世界でゆっくりと楽しんでる事でしょう。

写真の中に隠された歌のような詩を一つずつ楽しみながら拝見しました。
そして、『共犯新聞』、楽しく拝見させて頂きました、
共感出来るパラパラ・・・記事や俺はギターを鏡に投げ込んだ♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Dieミュージシャン、Artとは、ニューヨークのホイットニー美術館から、大阪の乙画廊まで、どこでもドアの奥で、今夜、パーティが2時から開かれる!アーティスト 同じ血が流れてる事を再確認した次第です。

ぼくの今の会社の会長、三年前まで4代目社長をしてた金井は、大戦中ビルマで終戦を向かえ、
92歳の今 でも毎日、自分で自動車を運転をして通勤し、
会議では当時の戦争の時に使用した作戦とダブらせる様な策略を立てる素晴らしい方です、
『日本食を世界に』をモットーに日本、アジアから食材を全米、ヨーロッパ、南米、ロシアへと紹介、輸出してる日々です。

これを機に沼 田の金、赤、白と、3種類の缶がありまーす♪トマトジュースや、台中の空の下、リゾットの匂いは流れる。雪中米など、素晴らしい商材 を、
何時かタイミング良く足元に転がる地球をけとばし、ひとりになって考えてみな。世 界中に紹介出来る日の為にその「今」って、いつよ?から 充分準備しましょう。

数週間前まで、会長のやっぱ、映画館で観たい♪ドキュメンタリー製 作の為、社内、社外にて撮影が行われていました。
作品が出来たらお知らせします。

これは、数年前に撮影されたローカル日系番組です。

 

それでは又Mailします。 

合掌

たかゆき。



before 49
7 月12日(土)

そう。従弟のたかちゃんは、アメリカで日本食の輸入と販売を行っている。
アメリカ国内でのシェアは同業の3社で競い合い、今ではアメリカを基地にして、世界中に日本食を売っている。
特に今、もっとも注目している市場は、南米のぺろぺろ、ぺるぅ~♪ペルー、だと言う。
ペルーを中心に、北のコロンビア、東のブラジル、南のチリやアルゼンチンに日本食をスプレー状に広める計画中、だとか~。
そんな従弟は会社の輸入バイヤーと販売企画をしていて、特に日本酒はアメリカで一番売る男、らしい。

私は昨年、一昨年と、2年続けて緊張感とスピードを試しに海を渡ろう。台湾♪おにぎり、むしゃ&むしゃ。やっぱ、具は明太子~!米などをインパール作戦リプリーズ?売ってきたが、従弟と比べれば、おままごと以下、だ。

まぁ、それでも、従弟がアメリカから来たんだから、
と、
我が沼田町の名物、『雪中米(せっちゅうまい)』の施設を見せに行った。
ここは、その名前の通り、冬に降った自然の雪を大量に貯蔵しておいて、
夏の高温時期などに、雪からの冷風で米を劣化させないようにする施設だ。

従弟は、雪中米の味には驚かなかったが、
さすがに、この施設には興味を持っていた。

とにかく、世界で戦うためには、
極端でなければ、ダメ、
なのだ。

たとえば、アメ リカで女性画家、では、ありませーん。レ ディ・ガガと一緒に仕事をした私の弟のように?
がくっ。
従弟と、叔父と、暗闇。
扉の向こうに見えるのが、雪。

実は私が従弟をここに連れて行ったのは、「ついで」だった。
最初の目的は、沼田神社にある我らの共通の祖父の記録を従弟に見せたかったのだ。

ここに刻まれている意味と、血。
沼田神社の西にひっそりある灯篭。
沼田神社に着くなり、叔父が懐かし そうに言った。
「おれは、子供のころ、獅子舞の踊り子だったんだよ。剣で獅子と戦ったね~。」
あ、今も続く私は、ダサかったから、誘われなかった。がくっ。アレを叔父もやっていたんだ。

そして、その境内にある対になった2つの灯篭が、『支那事変(しなじへん)』の記念。
現在、パソコンで「しな」と打っても、「支那」と変換されない。
たぶん、中国を差別する単語であると自主規制をしているのだろう。
でも、「支那」と同じ由来を持つ「チャイナ」は使われているのにね~。

さて、この灯篭には、
『支那事変(しなじへん)』
『参加帰還者有志』

と、刻まれている。
透明では無い石。
たぶん、今の沼田町民は、ほとんどが、これの存在を 知らないだろうな。

まだ私は、知っている人が多いけど~・ね。
「庶務会計」の久保久作が私と従弟の祖父。チャーボ や克典、 ミカキチの祖父の名前もある。

建てられた昭和16年とは、1941年
そして、その年の6月は、
ナチス・ドイツとソ連が開戦した月。いわゆる、独ソ戦争だ。
6月30日、ナチス・ドイツは日本に対して、
対ソ参戦を申入れるが日本は拒否している。

この年の12月8日、日本軍による真珠湾攻撃で太平洋戦争が始まる。
その半年前、日本は不思議な平和の時期を過ごしていたのだろうか。
その「しるし」 が、この灯篭なのか。

私の祖父は1901年11月生まれなので、この時、39歳。
当時の39歳は、今よりも10~20歳はオトナだっただろう(笑)。
また、支那事変に出兵したことは世間では尊敬の「しるし」であり、
当時、祖父が家の前に立っていると青年たちが敬礼をして過ぎていった、
と、私は祖母から聞いたことがある。

また、この灯篭は対になっていて、東側の方には寄付金の額が刻まれている。
ちなみに、私の祖父は「弐圓五拾銭」。つまり、2円50銭。
上から5人目なので、まぁ、それなりの金額なのだろう。
白洲次郎は1902年2 月17日生まれだから、祖父と同級生だが、
兵庫県芦屋の超☆大金持ちの息子だからか、
1919年~1928年=17歳~26歳をイギリス留学で過ごしている。
私の祖父は同時期に、ロシア革命に干渉するためのシベリア出兵
徴兵されるが国内で終戦を迎え、そのまま故郷の石川県金沢市には戻らずに、
一人で北海道に渡った。そこで沼田町に住むことになり、今日に続いている。
久保久作に孫=私&従弟がいるように、白洲次郎の孫=白洲信哉の著書
読書は、スパイラルか、ルーレットか。『白洲次郎の青春』には、「当時祖父は、
英国の貴族も驚くほど法外な仕送りを、父・文平(ぶんぺい)から受けていた。
一説には一度に一万円、現在のお金に換算するとざっと三千万にもなる。」と
書かれているが、ならば1円は3千円なので、時代はやや違うが、
我らが祖父の2円50銭は、現在ではざっと(?)7千5百円?
歴史は、終わらないから歴史。
昭和16年6月建立、と裏側に刻まれて いる。

さて、今日、私は従弟の会社の 92歳の会長が太平洋戦争中にビルマで従軍し、苦労したYouTubeを観た。
92歳、とゆーことは、1922年生まれだから、私の祖父よりも21歳、若い。私の祖父に路上で敬礼をした世代だろう。

私は沼田町に帰省して働き出したのが1990年からなのだが、それから10数年間、毎月のようにビルマ戦線の話を聞く機 会があった。
私の会社の顧客が、入金をしに来社した時に、必ずお茶を呑みながら、その話をしてくれたのだ。
その方は、1919年12月28日生まれだから、従弟の会社の会長とほぼ同世代だ。
太平洋戦争中は、ビルマからインドにかけて無数の日本軍兵が投入された。
ビルマで命を落とした日本軍将兵の数は16万人であり、そのほとんどが戦わずしての餓死だった。
従弟の会長のYouTubeでは、それが日本食を世界中に伝えるトリガーになったと語られている。
その悲惨な話が当事者から聞けるほとんど最後の機会を私は毎月、味わえたわけだ。
従弟の会長もインテリ兵士だっただろうが、私が話を聞いた方もインテリ兵士だったようで、担当は電文をモールス通信する特殊な任務だった。
だから、生きて帰国できたのだろうか。帰国後、その方は教師になり、校長先生まで務め退職される。残念ながら、ずいぶん前に、お亡くなりになられた。
勝ち、負けを超えて。
ちなみに、私に毎月、語ってくれたビルマ戦線から帰 国した兵士は、写真の左の方の父親。

そして、ビルマと言えば、『共犯新聞』無料愛読者なら思い出すのは、
ビ ルマ&ミャンマー問題研究家のつい数年前までテレビには、こんな知性もあったのに!!根本敬教授と久保の共犯Give me your Mail !文 通記事だろう。

もし、従弟の会長が、ミャンマーの民主化に協力をしたいのであれば、
『共犯新聞』は、会長と根本教授を接触させるセッティングをしたい

さて、話は大幅に変わるが、従弟は私の ステージを観ている数少ない親戚の一人でもある。がくっ。
従弟は1984年ごろの、渋谷センター街のキャバレー『ロンドン』の上にあったライブ・ハウス『屋根裏』で、私のライブを観ている。
たぶん、その時も私のバンドは、観客に手作りコピーのチラシ『共犯新聞』を配ったハズだ。
それから月日は流れ、世紀は変わり、私は自分で考えるからこその、コンプライアンス。ヤミ米屋になり(がくっ。)、従弟は自分で考えるからこその、自由の国。アメリカで国際商社マンをしているが、
今も、こうして『共犯新聞』は続いているのだよ(笑)。

text by うぇ~ん!久保AB-ST元宏 (2014年7月16日 水曜日 11:58Pm)










父の泡。