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ゴムのベルトから、はみ出してゆく、むちむち。
2011年3月30日、私の水着姿を覚えていてくれた男の子。ミカキチからの3月生まれの、久保元宏。誕生日プ レゼント。
品のいい ノスタルジアを持っ ている
けだものの悲しさが美しい

三原 順
みはら・じゅん、本名:鈴木 順子
1952年10月7日~1995年3月20日
札幌市出身。
42歳で病死。・・・地下鉄サリン事件の日だった。

パラパラ・・・『はみだしっ子』
白泉社『花とゆめ』連載 1975年~1981年

text and photographs
by
うぇ~ん!久保AB-ST元宏
(2012年7月15日 日曜日 10:47Pm)

確かに1970年代後半の少女マンガは奇跡の季節だった。
昭和24年(1949年)前後に生まれた「24年組」と呼ばれた、
青池保子、萩尾望都、竹宮惠子、大島弓子、山岸凉子、樹村みのり
らが牽引し、さらに&そこに、
倉多江美、花郁悠紀子、吉田秋生、猫十字社、柴門ふみ、
など&などが加わり、
それはもう
1870年代のパリの印象派や、
1950年代のニューヨークのジャズ・シーンや、
1960年代のロンドンのロック・シーンに匹敵する
同時多発に大量の天才が登場し、
短期間で急激な進化を果たした奇蹟の季節。
まさにその時、1970年代後半、私は高校 生だった。
つまり、リアル・タイムの読者ターゲットのストライクだった。

少女マンガなんぞ読んだことが無かった私も
同級生の女子が回し読みをしていた、
『別冊マーガレット』や『なかよし』、『りぼん』を読むようになった。
確かに、陸奥A子や岩館真理子になごんだし(がくっ。)、
小椋冬美の絵はかっこいーと、マジ思ってた。
なんせ私は高校3年間から22歳まで毎年、
『りぼん』正月号のフロクの手帳を愛用していたぐらいだから!

それらラブ・コメこそが、ザ・少女マンガである、と思っていた。
が、同時期に読んでいたマンガ批評誌『だっくす』、のちの『ぱふ』には
先に述べた「24年組」とゆー恐ろしい新しく白い泉が湧き出ていたのだ。

それから私は、まさに勉強するかのように、それらを読んだ。
萩尾望都、竹宮惠子、大島弓子、山岸凉子、吉田秋生らの
当時買った本は今でも私の書斎に蔵書されている。

しかし、なぜか、三原順にたどり着く前に
私は違うマンガ世界へスライドしてしまった。
なぜならば同時期に、大友克洋と高野文子が登場してしまい、
さべあのま『ライトブルーペイジ』の登場のショックも忘れられない。
さらに、森脇真末味『緑茶夢』の登場が
私にとっての「少女マンガ」の到達点となってしまった。
それから1980年と言う不思議な分水嶺をまたいで、
雑誌『ガロ』系の作家が暴れ出す。
奥平衣良、蛭子能収、丸尾末広らであり、
私が特に夢中になったのは、ひさうちみちお、だった。

こうなればもうマンガとは表現の実験のフロントだった。
それが当時のニューウェーヴと呼ばれた音楽の
共犯者だったのだから。
高校時代のだらしない私の置き土産。
高校2年の時に買ったまんが 専門誌パラパラ・・・『だっくす』1978 年12月号。
総動員する孤独の地平。
『だっくす』1978年12月号に掲載、村上知彦「少女マンガのゆく え」。
そして私は、ついに三原順『はみだしっ子』を読んだわけだ。
まさか、50歳になってから読むとは思わなかった。
つまり、
トルストイ『戦争と平和』やプルースト『失われた時を求めて』のように
脳味噌の深くでは、まちがいなく読まないまま死ぬと感じながらも
浅いところでは、いつかは読むだろうと、
自分をごまかしていた作品だったから。
この分では私はいつか トルストイ『戦争と平和』を
読んでしまいそうな自分が怖い。

読んでみると、なるほど、
私が体験してきた1970年代の最後の大きな欠落部分を埋められた。
これがここにあるから、あれがあそこに位置するのだ、
と、脳味噌の中の書棚の本の並び替えをして
ようやく落ち着いた感じだ。

つまり、それだけ巨大な作品だった。
特に驚いたのは、
商業マンガ雑誌に連載するというリスキーをあえて選び、
その厳しい「競争」の現場で、
場当たり的な短編を書き散らしたのではなく、
複雑な巨大な物語を書きつづった作者のタフな闘いぶりだ。

連載当時は、そのつどタイトルを変えた短編や中編だったらしい。
それら独立したエピソードが全体像が見えてくる後半になると、
複雑かつ有機的に結びついていることに読者は気が付く。
それは「種明かし」ではなく、
読者自身の人生の理不尽さであり、
むしろこの世に「種明かし」など存在しない証明を
丁寧に、かつ残酷に、そして美しく描く。
村上春樹『1Q84』 Book2<7月ー9月>99ページに
「泣きたいことがあれば、むしろ腹をたてる」殺人者が登場するが、
「腹を立てたいことがあれば、むしろ泣く」、
それが少年の「はみだし」だろう。

そしてこの作品が特異なのは主人公が4人おり、
それぞれがお互いの「観察者」として優秀であるばかりに
誤解もまた知性から生じ、
その知性が愛の深さを増すほどに自身を孤独に閉じ込める。
それが社会性が苦手な少年の「はみだし」だ。

どんなに激しく激情しようとも、
やがてやってくる憂いの時間を誰もが知っている。
早川 芳子 『女のコ 現在進行形―みんなヒロインね!? 』(単行本 - 1983/1)
『だっくす』1978年12月号に掲載、早川芳子「女・子供の声」。
ボクの居場所。
2012年4月29日、ようやく読み始める。
1巻160ページ。過剰すぎる感情は、いかにも70年代的、か。
「欠落」と「過剰」は対 立せず、むしろ同居する。
いや、心理の場合は、同じ概念ですらある。
つまり、
「心が欠落している。」と、「心が過剰だ。」は、同じ意味だ。

そして一番始末に負えないのは、傷つきやすい器用。
つまり、ナイーブなタフ。

2012年4月の一カ月間、日本経済新聞に連載された
演出家の蜷川幸雄「私の履歴書」に、
「演劇とは
人と人がぶつかる、コミュニケーションから生まれてくる表現だ。
自意識過剰で、引きこもりがちだったぼくが
生きてこられたのも、
この演劇の力のおかげかもしれない」(4 月29日、掲載)
と告白されている。

欠落と過剰というアンバランスを救うのがコミュニケーション、なのか。
いや、むしろコミュニケーションこそが
心のアンバランスを誘因するのではないのか。

・・・またしても、「効く薬は毒薬にもなる」理論である。

それでも我々は薬に頼りたくなるように、
コミュニケーションに希望を持ってしまう。
そしてまた、苦い後悔がやってくる。
残酷なのは、それをしてもしなくても、
苦い後悔が待っている先回りの罰。

薬を呑むことも、呑まないことも、
コミュニケーションをすることも、しないことも、
同じなのだ。

だから我々には、「物語」が必要。
では、コミュニケーションって何?

うぇ~ん!「遊ぶことができる」=「冗談が通じる」は
恋のバリエーションで、恋は何かのバリエーションなのでしょう。

私の水着姿を覚えていてくれた男の子。「恋は何かのバリエーション」。

うぇ~ん!なら、アメリカとゆー国家の歴史&背景と関係があるのかな。

私の水着姿を覚えていてくれた男の子。タフ、ということが価値ではないんだろうね。
その国の「勝ち組」にとって・・・ ということかな~と感じました。
タフ、ということを否定することで
守られてる「価値」が既に存在してる、と言い換えた方がいいかな。
昨年春に、
ハンター・S・トンプソンのやっぱ、映画館で観たい♪伝記映画を観たんだけれど、

うぇ~ん!アメリカ(映画&文学)における「タフ」の語用は、
私の印象では、勝っても、負けて も、使われる、ってこと。
つまり、勝敗という大きな価値観のコンプレックスとしての新興国
であるアメリカが、パラレルに用意した
まったく別の価値基準値がタフ、ということ。
 ハンフリー・ボガードやジョン・ウェインの中にも、
それが表現されていたけれど、
それが恥ずかしくなるぐらいにあからさまに剥き出しになったのが、
ジェームス・ディーンだと 思う。
ナイーブでかつタフの同居、もしくはそのせめぎあい、
科学的に(?)言えば、そのふたつの占有率から導かれる表層。
そして現在において、それが見えにくくなっているのは、
負けを知 らないタフと、勝利を知らないナイーブに
階級区分されてしまっているツマラナサが時代を覆っている
から・かも、でしょうね。
→じゃあ、今度さすってね。
2012年4月30日、私のマンガ・リテラシー能力はえらく低く、激遅読。
1巻303ページ。ギャグ・マンガのような絵に、残酷な言葉をかぶせる。
言葉は、けだもの。血を流しながら、どこまでも森を行く。
2012年5月8日、連載当時の1970年代ロックが聴こえてくる。
2巻206ページ。ポスト赤軍派の時代、反抗の概念も相対化される。
つくづく『はみだしっ子』とは、幼稚なネーミングだと思う。
しかし、「最初の習作が高校1年生の時の小説もどきで、
小さなノートに11冊で完結。」という作者の語録を読めば、
アンチ・キャッチーな不器用さが、むしろ生々しい。

既成の器があるから、はみだすこともできるわけだから、
タイトルは社会学を帯びている。
ただし、60年代の「はみだし」よりも70年代の「はみだし」は、
はるかに複雑骨折をしている。
60年代までは本能のままに生きることが自由であり、
社会から「はみだす」ことはメッセージとして有効だった。

しかし、『はみだしっ子』で描かれるのは、
家庭や学校や友情や社会などからの「はみだし」だけではなく、
はみだされた仲間同士からの「はみだし」であったり、
はみだしっ子である自分自身からの「はみだし」であったりする。

その居心地の悪さだけが、自身の存在であるかのように。

まるで、それが何であれ、そこに器が生まれた時には、
はみだすことが必然であるかのように。
しかし、けだものには、最初から器の概念すら無いのだ。
それでありながら、ここに描かれているけだものたちは、
ノスタルジアという器の幻想だけは手放さない。
それが下品なノスタルジアを持つ敵への唯一の武器であるように、
彼らのノスタルジアは感情的に純粋で上品だ。
それが彼らの悲しさの本質であろうとも、
それが彼らを美しくしている。
4人の主人公たちが、どんどん「はみだし」続けるように、
物語も脱線するかのように新鮮な曲線を描いてゆく。

その「はみだし」方が、あまりにも少年的すぎるので、
ときに「すねている」だけではないのか?
と、思うと、
今度は物語側が、「すねる」という概念を「はみだし」てゆく。

そして最終章に向かって多くの複雑な伏線が
どんどん回収されてゆくのだが、
今度は物語自身が物語から「はみだし」てゆく。

それはよくある破綻ではなく、自然への回帰のような終焉。

物語もまた、けだもの。

幼い手の、拗言。
2012年6月4日、作家の画力の向上と比例してか、少年は成長する。
4巻161ページ。リーダー格のグレアムは、ジミー・ペイジ?
光のスクリーンは血の通った人間を造形できるか?
2012年6月10日、映画館でもパラリ。
5巻116ページ。少女マンガのコマ割りは世界に誇れるオリジナル表現。
ビーチ・ボーイズの名盤はみだすために、まわる。『ペット・サウンズ』の終盤の曲
♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Die「I Just Wasn't Made For These Times」の歌い始めは、こうだ。

I keep looking for a place to fit in
いつだって僕はずっと自分にぴったりの場所を探しっぱなし
Where I can speak my mind
僕の言葉が通じる場所を
I've been trying hard to find the people
ぜったい離れたくないと思える人々をずっと探している
That I won't leave behind
なかなか、そーゆー人っていないけどね

They say I got brains
世間では僕は頭が切れるやつと評判だけどさ
But they ain't doing me no good
どう僕を扱っていいか持て余しているだけなのさ
I wish they could
やれやれ

Each time things start to happen again
いつも何かが起ころうとするとき
I think I got something good goin' for myself
いよいよだって期待しちゃうんだけど
But what goes wrong
やっぱりいつものようにしくじっちゃう

Sometimes I feel very sad
なんか悲しい
Sometimes I feel very sad
やりきれない
(Can't find nothin' I can put my heart and soul into)
全身全霊で命をかけてやるに値することってあるんだか無いんだか
Sometimes I feel very sad
さすがの僕でも時々へこむよ
(Can't find nothin' I can put my heart and soul into)
気が付けば、ずいぶんとつまらないやつらの仲間に入っちまったもんだ

I guess I just wasn't made for these times
こんな時代になんか生まれてこなきゃよかったんだ
三原順『はみだしっ子』 共犯者はいつも、はみだしている。 けだものの法は、守るため?排除するため?
2012年6月18日、ようやく全巻、読み終える。
1巻160ページ。「国内法を守るか?国際法を守るか?」について。