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アートなオヤジの、文科系★不良日記!


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2004,10,30批評★『富田知子 展』論について その3
2004,10,29批評★『富田知子 展』論について その2
2004,10,28『共犯新聞』★カウンター、30000!
2004,10,27平常心!批評★『富田知子 展』論について その1
2004,10,26若林博士ログ日記2004★ 『第60回 留守中の訪問者』
2004,10,25テレビ★『NHK・小椋佳の世界』(1976年)

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批評★『富田知子 展』論について その3 2004,10,30 晴れた日は、豆をまくか、喰う?
>To: "Kubo Motohiro" <moto_kubo@hotmail.com>
>Subject: Re: ソルマック評論
>Date: Sat, 30 Oct 2004 11:16
>
>お早うございます、珍しくシラフの久保 元宏さま。
>
>こちら数年ぶりに朝帰りのDORAL 竜馬です。
>
> > ■いずれにせよ、作家に読んでもらえるなんて、竜馬社長のご配慮のお陰です。
> > よく考えてみれば、考えられないことです。
> > かの吉本隆明ですら、彼の評論を夏目漱石には読んでもらえなかったんですし(が
> > くっ)。
>↑
>★昨日道展の2名のエライ先生から「あの方はどういう方ですか?」の質問をもらい
>ました。
>許されるなら私の返答を「管理人日記」に書きたいくらいです。
>
>「決して生き残れないロッカーで、腕の悪いギターリスト。仕方なしに“ロック評論
>家”を目指したが、経歴羅列の評論に疑問を持って、ロック評論を捨てようとラン
>ボーのごとくパレスチナをさ迷い、イスラエル軍に拘束され思考回路がショートして
>しまった。美術作品を生み出すことと同じようなクリエイティブな作業と言われなが
>らも、美術評論なんてことは全く意味の無い創造作業に堕している。それは過去の幾
>多の先人のレトリックを棚に仕舞い込んでいて、小出しに使い分けるのが美術評論だ
>と思っている修辞学的評論家が大半(全て?)なのが北海道の現状だけれど、かのご仁
>は思考回路がショートしているので絵とロックを混同している。故に絵を視ないで、
>絵のシャウトを聴いているからあの様な評論になる」
>
>と、説明しました。
>彼らは頭が良すぎるので、小生の説明を理解できなかったようでしたが(ガクッ)、教
>育大特設美術科を出て美術教師になり、道展のセンセイになるが如きルートを志向し
>ている評論家志望でないことだけは理解したようでした。
>えっ?何が言いたいのかって?
>そうです。K画伯さんは“素晴らしいと思った。感謝している”と云ったこと
>と、まだ書かれていないN画伯さんが“かかれてみたい”と思っていることです。
>
>当ギャラリーどらーるが「寒昴展」を通して若手の育成に乗り出すと同時に、ゲンダ
>イビジュツならぬ、現代美術評論がギャラリーどらーる掲示板から世に出るのではな
>いかと胸をときめかせております。
>
> > ■がってんで、ごんす。
> > あ、明日は消防団の飲み会だ。
> > 日曜日は空夢のバレエの発表会が午後2時から深川で。
> > やっぱり、お通夜のあとに、ギャラリーどらーるに行って正解でした。
> > 畠山さんの最後のプレゼントですね。
> ↑
>★多分、礼状は届いたでしょう・・・。
羽有、にゃぁ〜♪


批評★『富田知子 展』論について その2 2004,10,29
こんばんわ、ギャラリーDORAL 竜馬さま。
こちら、シラフの久保 元宏です。

>「美術評論」評論家として一言。→『中盤少し長い』
>しかし、総じてgooです。
>富田 知子さんは喜んでおりました。


■私の文章はいつも、一気に書くんです。
ですから、長さを気にしないし、全体のバランスも気にしない。
そこが、シロートですねぇ。

>「引っかき傷云々」の辺りは全くその通りと言っていたそうです。


■二日酔い(というか、つい3時間前までは呑んでいたので、ほとんど、飲み屋から直行・笑)のまま、絵の前に立って、あの茶色く、か細い線を見ると、神経質そうな富田さんが絵の前で、やや猫背になって、厳しい目で、ここに必要だ!と思いつつ描きはじめ、しかし途中で長時間、そこを見つめたまま作業を中断した。・・・そんな風景がワイン漬けの脳味噌に浮かんだのです。

>矢元 政行さんの受け取り方と良く似ていたそうです。(矢元:富田 は大の仲良しで
す。)


■いずれにせよ、作家に読んでもらえるなんて、竜馬社長のご配慮のお陰です。
よく考えてみれば、考えられないことです。
かの吉本隆明ですら、彼の評論を夏目漱石には読んでもらえなかったんですし(がくっ)。


>今晩これから道展の懇親会に出てきます。明後日は「国際美術展2004」のオープニン
グパーティー、その翌日はギャラリーどらーるのオープニングパーティー。


■今ごろ、3次会?

>3年後にはこんな生活改めます。←引退(ガクッ)


■ほたる館の支配人になりませんか?
今なら、先着1名様、オッケーです。


>家内が記念すべき30,000番のキリ番をゲットしたようですよ。
>証拠写真も撮影しておりました。記念品としてクズ米1トンとか言っておりました
(笑)。


■クズ米もランクが色々有りまして・・・。
それにしても古いアドレスのカウンターばかりが回る『旧版新聞』です。


>あまりのみ過ぎないように!


■がってんで、ごんす。
あ、明日は消防団の飲み会だ。
日曜日は空夢のバレエの発表会が午後2時から深川で。
やっぱり、畠山さんのお通夜のあとに、大雨の中、無理して、ギャラリーどらーるに行って正解でした。
畠山さんの最後のプレゼントですね。


『共犯新聞』★カウンター、30000! 2004,10,28
>To: moto_kubo@hotmail.com
>Subject: 富田知子評・拝読したよん。
>
>どらーる掲示板『富田知子 展』評論について読みました。早速、富田さんに電話でお知らせしました。彼女は「こんなきちんと観てくれて嬉しい!」と言って、とても喜んでおりましたよ。彼女はこの一ヶ月殆ど私と同じ体調が悪く、めまいに悩まされていたようです。いつも電話で「寝てた?どおぉ?」が合い言葉。赤文字が読みにくいのでご主人にプリントアウトして貰ってじっくり読んだそうです。_(._.)_今日と最終日の明日は午後位から夕方4時頃までギャラリーに在廊の予定です。でもそれも体調次第のようですが。
>夫は夕方から道展の懇親会に出席する予定でシックに見えるけれど派手な(?)ネクタイで出かけて行きました。(*^_^*)
>あっ!30000キリ番ゲットしたのは私です。!(^^)! ラッキー! 新米がいいなぁ〜(^_-)-☆ ←と言うのは冗談です。そろそろ水深の従姉妹から贈られた新米も底をつきそうなので、お米の注文をお願いします。今は新米の時期ですよね。甘味のある精米していないお米を久保さんにお任せしますので選んで送って欲しいのですが…家に精米機があるので。無理であれば連絡下さいね。又、
>考えます。精米したての美味しさを味わいたい!と思い出しましたので〜。順子


批評★『富田知子 展』論について その1 2004,10,27 あなたは、山に来ない。
こんばんわ、ギャラリーどらーる管理人、竜馬 さま。

久保 元宏でごんす。
『共犯新聞』のアドレス、変わってますから、ざんねん!



>久保さん。ありがとうございます。『富田知子 展』の批評文頂きました。


■なんでも&かんでも、畠山さんを思い出すのはもう止めようとは思いますが、
彼が最後に『共犯新聞』ゲストブックに書き込んだのも、私のどらーる川畑批評に対するコメントでしたね。
あわてて、坂本さんに直リンクの方法をメールでうかがったのも、つい最近のことでした。

>もう既に掲載されておりました(?)ので、後追いになりますが、副題をいただけます
か?


■それもそうですが、最後から3行目の日本語がヘンでしたので、修正していただきたいのですが。

そう思いで会場を出て、遠くを歩く人の輪郭がぼやけて、繭が歩いているように見えたのは私が二日酔いのせいか?

そう思いながら私はギャラリーどらーるから屋外に出た。すると、遠くを歩いている人たちの輪郭がぼやけて見え、まるで繭があるいているように見えたのは、私が二日酔いのせいか?

■お分かりのように、あの「2004年GOT」の小論(長いけど・がくっ)は、20行づつで改行するように書いています。それはそれで、無駄な労力なんですが、スペースが狭いので、そうしています。すると、文章がへんになることがあるんですよねぇ。文才が無いのを棚にあげていますが(がくりんこ)。

■同じ理由で、下記の文章にも「点」を一箇所、入れていただきたいのです。

やや目の吊りあがった硬質な印象の少女は繭から出てきて十字架とバツが共存する社会に立たされた存在なのだろうか。

やや目の吊りあがった硬質な印象の少女は、繭から出てきて十字架とバツが共存する社会に立たされた存在なのだろうか。

■それと、「それは個展に飾られないことによって、最大の役割を果たす作品『羽がある』だ。」と、触れているタイトルは「羽がある」ではないですよね(笑)。
正確なタイトルに書き換えていただければ、富田さんも私も浮かばれます。

■それと、どらーるHPの月刊個展作品のページの写真から、また元のように、絵のタイトルとサイズの書き込みがされなくなりましたね。
私のような横着な地方者のためにも、どらーるアーカイブスのためにも、是非、絵のタイトルとサイズを毎回、書き込んでいただきたいと、おもいまゆ(?)。



>前回の  〜〜表情の彼岸 風景の告白〜〜  の様な。

>  〜〜表情の睾丸 卵形の告白 或いはギョロメの眼球〜〜  とか?(ガクッ)


■こんなの、どーでしょ?


〜〜 豊潤な未完成の重層の中へ 〜〜
びっくり。


若林博士ログ日記2004★ 『第60回 留守中の訪問者』 2004,10,26
■横浜に帰省中の若林博士。
その主人が留守中のログハウスへ、札幌で花屋を経営している「花・永易」さんが来訪。
実は、去年から、私の紹介で沼田町の農家から「稲穂」をもらっているのだ。
その乾燥した「稲穂」で、フラワー・アーティスト(?)の永易さんが、なかなかハイ・センスな、お正月用のオリジナル「しめ飾り」を作って販売しているのだ。
けっこーな人気だ・そうだ。

■去年は博士がいる時に来た永易さんは、「すごい!こんなに大きい家になったんですねぇー!」と、びっくり。
そうそう、去年はまだまだ、基礎建築でしたもんね。
びっくり。


テレビ★『NHK・小椋佳の世界』(1976年) 2004,10,25
■0:10Am、NHKテレビ『NHKアーカイブ”NHK特集・小椋佳の世界”(1976年、小椋佳32歳)、”夢であいましょう”(1965年、中村八大34歳がニューヨークから帰国してきたことを特集)』を観る。

ああ、あの時、まだ小椋佳は32歳だった、とゆー驚き!
この前年、彼は大ブレイクしている。
しかし、まだ第一勧銀銀行のサラリーマン。
中途半端な長髪(?)も似合わない、小太りの男。
幅広の襟やネクタイは時代なんだろーが、どー見ても「若さがない」32歳(がくっ)。
番組の後半に、現在の小椋佳のインタビューもあった。
サングラスに、白髪のヒゲ。・・・もう、どー見ても銀行マンには見えない(笑)。

● 1975(昭和50)
布施明に「シクラメンのかほり」を贈る。7月、東京キッドブラザーズに作品提供。 8月、布施のアルバム『シクラメンのかほりから』全曲を作詞・作曲。また、竹久夢二の遺作に作曲した作品集『あけくれ』を発表(曲は竹久普士)。10月アルバム『夢追い人』発表。始めて海外録音。10月からの新番組の主題歌を数曲担当〔『遠きにありて』(NHK)−「遠きにありて」、『黄色い涙』(NHK)−「海辺の恋」、『娘たちの四季』(フジテレビ)−「めまい」、『俺たちの旅』(日本テレビ)−「俺たちの旅」(唄は中村雅俊)〕。 『シクラメンのかほり』レコード大賞受賞。 メリルリンチのニューヨーク本社とパリの欧州本部にトレーニーとして派遣される。帰国後、証券部に。社債の受託業務に従事。

● 1976(昭和51)
3月、詩集『思いこみ』(新書館)、詩集『青春の落書』(新書館)刊行。 5月、シングル「道草」発表(日産CMソング)。 7月、シングル「揺れるまなざし」発表(資生堂CMソング)。 10月、NHKホールで初めてのリサイタルを開く。超満員、大好評であった。このコンサートの模様はNHKより放映され、31.2%の高視聴率を得た。 11月、NHK特集「小椋佳の世界」放映、『おくればせの自己紹介』(日本放送出版協会)を刊行。

■テレビで、当時の小椋佳は「もうボクは、コンサートをしません。ボクにとって、最初で最後のコンサートです。」と、語っているのが印象的。

■それにしても、小椋佳、32歳。中村八大、34歳。
畠山祐二、42歳。




>To: moto_kubo@hotmail.com
>Subject: Re:お参り、ありがとうございました。
>Date: Mon, 25 Oct 2004 19:07
>
>久保さま
>夫は、今朝6時半に会議の為、日帰り予定で上京しました。
>昨夜は時間がなく…やり残した事を「きちんと書きたい事がある」と言いながら。  
>先日の日曜日には夫と、ギャラリーで久保さんの二日酔いの飾り文字を見つけてなんだか二人で嬉しく思いましたよ。でも、まさかとんぼ帰りとは…そうでしたね。告別式がありましたものね。
>昨夜、次男が久しぶりに帰宅。夫は言葉少なですが大切な話をしていたようです。
>私には「世間で言う、親の死に目に会えない」とは「本当の意味は、時間が間に合わないとかではなく、親より先に死に行く事」と夫が無知な私に説明。畠山さんのご両親と残されたご家族の心中を慮ったのでしょう。
>今月末は長男の誕生日。デパートでネクタイなど買い揃えていたら「手紙を入れてあげなさい」といつもより細やかなアドバイス。手紙とついでに内緒で少々の現金も同封してやりました…過保護?な母親ですね。いつもの事ですが(笑)  これから犬の散歩に行って参ります。寒くなると、まだまだ傷が痛みます。風邪ひかないでね!(^^)!  若林さんも新潟で一日違いで無事で何よりでしたね。
若林さんも新潟で、びっくり。


個展★『富田知子 展』 2004,10,24
■札幌のマンションで目覚める。
いったい何時まで呑んだのだろう。タクシーに乗った時はもう明るかったのは確かだ。


ミッチーの運転で、スペイン料理屋に行き、また明るいうちから赤ワインを一人で1本空ける。

「ギャラリーどらーる」へ行く。
ヤミ米屋の私にとって、10月は忙しいので観れるはずはなかった個展会場に私は立っている。
これが畠山からの、最後のプレゼントか。

http://www.doral.co.jp/gallery/kako/2004/10/index.html


個展『富田 知子 展』
▲もはや私(たち)は「成熟」に魅力を感じる
ほど若くは無い。退屈な答えよりも、野蛮な
質問に可能性のヒントを求めようとする。そん
な時、優れた絵画は私の前に野蛮な質問と
して立ちはだかる。記憶の重層が小説である
とすれば、情の重層が絵画なのだろうか。
しかし残念ながら私には、「記憶」とは何かを
説明することはできるが、「感情」とは何かを
説明する能力は持ち合わせていない。例え
ば『否んだ祈り』(F130)の画面上を右上から
左下に向けて不安定なドロッピング・ラインの
ように引かれた厚みのある細い線。その線は
当然のように漆喰のような絵具で塗り消され、
線の厚みのみが遠い記憶のように印象的に
残されている。ここまでは現代絵画の常套句
なのだろう。ところが、その消された線の右上
のほんの少しの部分のみに、ためらい傷のよ
うな茶色い線がかすかに慎重に引かれつつ
途中でその作業が止められている。いわゆる
「ストロークの快感」があるとすれば、これは
「末端過敏症の病歴」であろう。画家の持つ
野蛮は衝動的に見える大胆な筆さばきだけ
ではなく、どうしようもなく細部にこだわる習性
にも宿っているのだ。このように野蛮は、相反
する方向の力学にも宿っている。画家の孤独
な作業の途中で自らの野蛮に気が付いた時
に、それに対峙する理性を置こうとすれば、
絵画が持つことができる唯一の言葉の場所
は絵の題ということになる。しかしそれは危険
な場所でもある。必要以上に画家の弱味を
見せてしまう場合もあるからだ。富田の場合
は、その危険に無防備に乗る。そもそも先に
あげた『否んだ祈り』という題などは、過剰な
説明をしてしまっている。直線を垂直と水平
に重ねれば十字架になり、それを45度傾斜
させれば否定を意味するバツになる。その
発見こそが富田のパテント(?)である。本来
は相反する概念である「祈り」と「否定」とは、
たったの45度傾斜の差しかない、と言う発見
は強烈に現代的なメッセージを持つのだが
それを題=言葉にしてしまわなければ気が
すまない過剰さが富田の身の上である。だが
こうして弱点になる危険性を犯してでも成熟
よりその手前の偉大なる未完成のまま路上の
店開きを繰り返す作者の意志を感じる。この
ように今回の個展の絵の題は形容詞や副詞
で名詞を説明するパターンが繰り返されてい
る。たとえば、『渇いた領域』(F100)、『渇い
た伝言(翼)』(F100)のように。ポジティヴな
名詞をネガティヴな装飾で別の意味にする
のは初級詩人の好む作業だが、富田の作品
の前で重要なのは、あえて説明に近い題を
選んでいる作者の切なる触媒への強い意思
であろう。そうであるならば、富田は観る者に
何を伝えたいのであろうかという方向へ興味
は動く。富田の作品に登場する魅力的な形
状として、十字架の他に楕円がある。それは
雲なのか、卵なのか、繭なのか。十字架や
×がどんなにそれぞれ固有の方向性で主張
しようとも重力の中での相対に過ぎないという
男性的な社会的存在に対峙するかのように
その楕円は重力にも方向性にも自由に描か
れている。そう気が付いてから『渇いた領域』
を見直すと、画面いっぱいに大きく描かれた
十字架と背景との間にあるいびつな隙間に
ドキリとさせられる。十字も円も外へ向かおう
とする運動が生む形状である。しかし何故、
十字架やバツは死の匂いがするのに、円は
生の可能性を感じさせてくれるのだろうか。
円には外に向かう運動と同時に内側に向かう
運動も内包されているからではないだろうか
と思う。そう考えれば十字架が隙間(=渇い
た領域?)を背負う構図が、富田の選ぶ独特
の色で描かれた時の凄みが理解できるような
気がする。論旨がいきなり図式的になって恐
縮だが、十字架と×が男性社会及び男的な
ものの象徴であるのに対して、楕円が女性的
なものの象徴であると考えてしまいたい。この
楕円は、繭なのだ。繭、つまり生命が育まれ
る場所。または豊潤なスタート・ライン。富田
が少女を描こうと模索していることと同じ作業
である。やや目の吊りあがった硬質な印象の
少女は繭から出てきて十字架とバツが共存
する社会に立たされた存在なのだろうか。絵
に登場するモチーフは、こうして次から次へ
前出のイメージを相対化してゆく。『渇いた
伝言』(F150)ではもはや人間そのものが繭
となり、人間とは卵から生まれた卵なのだと
言う入れ子状態の「希望」が厳しく描かれる。
そこでは十字架すらも繭化しようとしている。
浮かぶ繭は天使なのか?確かに少女と天使
のイメージは、いくつかの既成概念で重ねる
ことができる。しかし富田は微笑む少女を描
かないように、『渇いた伝言(翼)』では脆弱
しきった翼を、死のイメージで描く。こんなに
厳しい画風で翼を描いた画家は、かつてい
ただろうか。つまり、確かに少女も天使も象徴
として描かれてはいるのだが、既成概念の
それではなく富田の独自の象徴であるのだ。
視点を変えて言えば、既成概念をなぞるよう
な誤解を生む絵は排除する必要があったの
かもしれない。ここに至って今回の富田個展
の最重要作品を、私たちは脳裏で反芻する
権利を獲得する。それは個展に飾られない
ことによって、最大の役割を果たす作品『羽
がある』だ。同じギャラリーどらーるの1〜2月
に本展の予告として飾られながら、今回には
合わないと最終段階で展示されなかった絵
だ。春をイメージさせる暖色を背景に繭のよう
な豊潤な腰を持った女性が大きな羽を掲げ
る作品である。とても魅力的な絵なのだが、
観客の期待を先回りした象徴の羅列と見える
かもしれない。今回の『渇いた伝言(翼)』が
その絵と対になって冬をイメージさせると感じ
るのは私の妄想だろうか。展示されなかった
絵がポリフォニーを演出しているのだ。こうし
て偉大なるゆらぎが作家の中から螺旋状に
放出されてゆくのを、「感情の重層」であると
説明するのは薄っぺらであろうか。そのような
ことなど延々と思いつつ、そろそろいつもの
ように私は個展の最後に最も気に入った絵の
前に立ってから会場を去った。それは『作品
No.1』(25×30)。中央の白いしたたりが、繭
のように見えながら、さらに全体が繭の部分
のようにも見える。この絵の記憶を深く自分に
刻み込んで歩き出すのは幸福なことだ。きっ
と作者自身もこれからの自分の目標は完璧
な曲線の繭を描くこと、と感じているのではな
いだろうか。そう思い会場を出て、遠くを歩く
人の輪郭がぼやけて、繭が歩いているように
見えたのは私が二日酔いのせいか?それと
も全ての人が十字架とバツを背負っているの
と同じ理由で、全ての人は再び生まれてゆく
繭であるからなのか?何度でも生まれてゆく
繭には、もはや成熟する必要は無い。
畠山の死を知らせたメールへの返事が、いくつか届く。


追悼★畠山祐二(42歳)、自殺。 2004,10,23
■畠山の死を知らせたメールへの返事が、いくつか届く。



件名 : ギョロメ★視線は残った

>冗談だと嬉しいのだが・・

■そーゆーキャラクターではなかったのに。
私の忙しい時期であり、話す機会が無かったのが悔やまれます。
『共犯新聞』は、反畠山派(?)のヤツラがチェックして足をひっぱる理由を捜しているようなので、今朝は1面にデモストレーションをしておきました。
私も(&竜馬社長も?)毀誉褒貶がつきまとう人間なので、彼が孤独ではなかったことを希望したい気持ちです。
■竜馬氏と触れ合ったことは、彼の最後の人生に良い刺激になったことは、こんな私でも断言できます。
彼に代わって言うわけではありませんが、ありがとうございます。
■生きている人間のほうが大切です。もちろん、これからがあります。



>To: うぇ〜ん!久保AB-ST元宏
>Subject: 知りませんでした…
>Date: Sat, 23 Oct 2004 9:35Am
>
>夫から今、聞きました。共犯新聞を二人とも言葉なく読みました。夫は昨日、久保さんからのメールで知りとてもショックを受けたようで…心の中で何かが渦巻いているように見えます。昨日は私には何も言わず道展会場に足を運び、帰宅後は私を助手に夜中まで黙々と画像の編集をしました。寝たのは2時頃。久保さんへの私からのメールは結局3日に跨ったものでしたね。21日の夕食は若林さんとは和食の創作料理店でした(ホテルに着いてからの携帯で私からお誘いしました)話題の中には畠山支配人の話も私から(何も知らずに)振りましたが…もしかしたら若林さんはご存知だったのでしょうか? あれこれ詮索するのも故人に失礼になると思いますが…悔しく残念に思います。夫も思いがけない訃報に…「久保くんにもまだ返事してない…なんとも…」と。
>
>一昨日は80歳の鬼丸吉弘氏に芸術賞の祝電したばかりなのに…。
>
>今は何故か心身ともに参っている夫が心配です。 坂本 順子



>To: うぇ〜ん!久保AB-ST元宏
>Subject: 哀悼・・・・・
>Date: Sat, 23 Oct 2004 17:15
>
>寺沢です。
>いつもメールをありがとうございます。
>全然お返しできず、失礼してばかりでごめんなさい!
>
>訃報のお知らせ、受け取りました。
>しかし、お久しぶりのメールがこんな形になるとは、残念でなりません…。
>
>畠山支配人さんとはたった半年弱のお付き合いでしたが、お世話になりっぱなしで、多大なる迷惑・心配をお掛けし続けてました。
>それこそ最初の2ヶ月くらいは、「今日も一日、支配人さんとしかお話ししてない!!」という日々が続いていた訳で、今回の事はショックを受けると同時にそんな濃密な期間(?)が思い出され、心が震えます。
>
>久保さんとは同世代で親しく、飲み友達でもあったご様子、動揺の大きさはいかばかりか……
>…心中お察し致します。
>
>いつも自信に満ち溢れ、自慢話が好きな(笑)完璧主義者というイメージ。
>私たちが陶芸館に持ち込んだアンプスピーカーを見て、眼を輝かせながら音響や前のお仕事について語り、お茶を飲みがてら相談に乗ってくれつつ細かいチェックをして慌てさせる。
>仕事の中だから、と毎日の様に訪ねて下さった姿が浮かんできます。
>勝手な思い込みで誤解があるかもしれません。
>でも、細やかな神経の持ち主である印象がこういう現れ方をするとは淋しすぎます。   
>
>多感な時期に入った娘さんをはじめ、残されたご家族のこれからも気に掛かりますが、先ずは畠山支配人さんのご冥福をお祈りして――
>
>
>あと、訃報に驚いて若林さんに連絡を取ってしまい、変な形でお知らせしてしまいました。
>昨日はフェリーに乗っていた為電話が繋がらず、今日のお昼頃通じたのでもう若林さんから連絡があったかもしれませんが、不用意な事をしてしまってすみませんでした。
>
>また近況は改めてご報告いたします。
>家を空ける事が多く、なかなかネットに繋げないのでケータイの方に送って頂けることに感謝しています。
>
>・・今伊賀の山で窯のお手伝いをしてるんですよ〜。
>春鼎先生のお友達の作家さんの所です。
>日中はケータイの電波も怪しい、山の中。
>台風のせいで予定がずれまくり…泣ける。



■そして、そんなメールに混じって、こんなメールまでが「死」を慣らして行く。

>To: "マスコミ塾メーリングリスト"
>Subject: [mas-com] 訃報
>Date: Sat, 23 Oct 2004 19:50
>
>マスコミ塾1期生のみなさまへ
>
>突然ですが、悲しいお知らせがあります。
>本日の深夜1時頃、具島くんの奥様の敏子さんが薬による心臓発作で急逝されまし
>た。
>奥様は実家で病気療養中だったそうですが、深夜の出来事でご家族の方も気が付かれ
>なかったそうです。
>私が具島君より連絡を受けましたので、みなさんにお知らせ致します。
>お通夜と告別式は以下の通りだそうです。
>
>通夜   : 2004年10月25日(月) 18:00〜  
>     
>告別式 : 2004年10月26日(火) 12:00〜   
>
>場所   : 西光寺にて
>
>喪主   : ・・・・・・
>
>なお、お通夜と告別式が平日なので、明日の日曜日は奥様自家にて弔問を受付される
>ようです。
>奥様の自家(町田家)は
>埼玉県・・・・
>
>私は明日池袋発15:00か15:25発の東武東上線にて弔問に伺おうと思ってい
>ます。
>町田家の最寄り駅は東武東上線坂戸駅乗り換えで越生線、西大家下車とのこと。
>連絡すれば道案内をして下さるそうです。
>とり急ぎご連絡まで。
>具島君は気丈にご葬儀の準備をされています。



■大徳寺で、畠山の通夜。
役場や、ほたる館の職員。ひとり娘の同級生の、セーラー服の波。
座るところが無い。
通路に座る。
狭い通路に、厳しい顔の大男が肩をすぼめて歩いてくる。
ギャラリーどらーるの坂本夫妻だ。


外は冷たい雨。
雨で、良かった。
もっと降れ。
もっと、冷たく降れ。


ミッチーの車に乗り込み、ススキノへ。

助手席に座りながら、車に備え付けのテレビを観る。
臨時ニュースばかりだ。
何があったのか?
「久保さん、新潟で大きな地震があったそうっスよ。」
テレビ・カメラは、暗闇の新潟を写しているが、テレビ画面が小さいのと、高速道路を走っているためのノイズで分かりにくい。
しかし、その分かりにくさを上回る視聴者の好奇心が、画像の悪さをしのいでいる。
また誰かが死んだのだろう。
「死者は何人?」
「いやー。まだ真っ暗っスからねぇ。」
明るくなるまで、呑む。
追悼★畠山祐二(42歳)、自殺。


追悼★畠山祐二(42歳)、自殺。 2004,10,22
>To: うぇ〜ん!久保AB-ST元宏
>Subject: ご無沙汰しております。
>Date: Sat, 23 Oct 2004 6:09Am
>
>…久保さま。…
>
>竜馬の愛妻(悪妻?)順子です。 昨夕、若林さんと円山で夕食をご一緒しました。予約する段階で軽い夕食のつもりで値段設定を下げたのがプライドを傷つけたのか(?)こだわりの割には愛想の悪い店主でしたが…味は良かった!と思います。若林さんは車でしたのでお酒抜き。帰りは夫の食事療法が時間に合うように送って頂きました。お元気な様子で長旅に向かわれた事でしょう。えっ!もう横浜でしょうか?
>
>実は昨日は朝から甲状腺の検査結果を聞きに病院へ。 結果は肝数値が少し高い(数種類の薬を飲み続けたから肝臓に負担がかかった)だけで今の所は心配はありませんでした。ホッ(^^;) どらーるのOPの頃は手足や顔がむくみ心配していたら夫に「他の病気が隠れているかもしれないから」と言われ検査へ。結果を報告したら「ダラダラと寝たり起きたりしているからだったんだね〜」と言われてしまいました。(/_;)犬の朝晩の散歩は最初だけの夫に(・_・)エッ......?
>
>その後、道展と時計台と三越を周り若林さんと会いました。久保さんも多忙な時期とのお話で富田知子さんの展覧会も好評の内にクローズが近づいて参りました。観て頂けないないのが残念!



■ああ。ギャラリーどらーる『富田知子 展』、米の忙しい時期だから、観ることはできないだろうなぁ。観たかったなぁ。

■若林博士が横浜市に帰省するため、私の家に挨拶に来てくれて、そして、畠山の自宅の前を通過した昨日の午前10時。
ちょうどその時が、死亡時間。


追悼★畠山祐二(42歳)、自殺。 2004,10,21
■予定通り、午前10時に若林博士は愛車に乗って横浜市へと長旅による帰省へ向かった。
今夜は、先日、博士に東京の展覧会の招待状を3種、贈呈してくれた坂本順子画伯と和食を食べるそうだ。

■私は、相変わらずのヤミ米稼業。
バタバタと仕事をしていたら、私の同級生の小林カッコがやってきた。
「久保、大三島の母さんが自殺したみたいだぞ。」
「へっ?」
「厚生病院の前で、大三島がワンワン、泣いていたのをオレ、観た。」
「はぁー。大三島?」

■と、その時はそれだけだった。
確かに沼田町に大三島という家はある。
農家だ。

■しばらくして、畠山の奥さんの旧姓が「大三島」であることに気が付いた。
「あっ!」

■救急車で病院に運ばれたのだから、消防署に行けば、分かる。
ワカル?
いったい、何が「分かる」と言うのだ!












■畠山は自宅で首つり自殺をしていたらしい。
第一発見者は、奥さんだった。
老人介護のベテラン看護婦である奥さんは、多くの「死」に立ち会ってきただろう。
それてまた、これも、その中の「死」の一つだ・と・言う・のか・・。

■幌新温泉ほたる館で総責任者である支配人をしている畠山。
職場のナンバー2は、これまた私の同級生。
そいつも、厚生病院の前で泣きじゃくっていたという。
なんでも、早朝に、職場で仕事をしていたそいつのところへかかってきた電話が畠山の最後の「声」らしい。



■それから、私は仕事をした。
仕事の客も多いが、色んなヤツが来た。
幌新温泉ほたる館は、大赤字だ。
第三セクターであるから、行政から赤字減らしの大きなプレッシャーがかかってきていたのは当然である。
そして、その支配人の自殺というのは、「自殺に追い込んだ」という政治的責任追及の格好のネタになる。
私と畠山の仲を知っている、数人の「オトナ」が、私に会いに来て自殺の「政治的責任者」を糾弾してゆく。ああ。彼らはまるで正義の使者だ。

自殺の「政治的責任者」?
正義の使者?

自殺はメッセージか?

「大三島」は泣き止まないという。
言葉も、発していないという。

私は、仕事をした。
午後7時30分。英会話教室「すずめの学校」。ウガンダの貧しい子供を救おうというメリッサ先生の提案。

救う?


博士を含めて、畠山の死を知らずに遠くで生きている方々にメールで知らせてみた。
メールを書いていて、すごい趣味の悪いイタズラ・メールを書いているような気になった。


ヤミ米屋★繁忙期『ウワサの新品種、おぼろづき』 2004,10,20
■STVテレビで、米の新品種「おぼろづき」が紹介され、コシヒカリよりも食味計で高得点を取ったらしい。
で、農家の人たちからが、「久保さん、おぼろづきの種籾、手に入らんか?」と問い合わせが殺到。

■で、あるルート(笑)から、STVテレビに出演した本人の電話番号を入手。
直接、その68歳の農民に電話をかけてみる。
まったくの初めてなのに、親しげに色々と教えてくれたありがたい。
なんでも、「おぼろづき」は国の試験場が開発したので、北海道の試験場ではないために、北海道の役所が普及に良い顔をしていないそうだ。
まったく分かりやすい、縦割り行政である。



■昨日の火事騒ぎ、明日は横浜に帰省の若林博士宅へ表敬訪問(笑)。
冬の間、ログハウスを空けるので、色々と冬支度に忙しそうだ。
丁度、庭に植えたばかりの桃の木が、雪に倒されないように添え木をしていた。
「桃栗、8年ですからねぇ〜。食べられるまで生きていられるかなぁ〜(笑)。」


若林博士ログ日記2004★ 『第59回 ログハウス、火事さわぎ!』 2004,10,19
■ヤミ米、入荷が忙しい。
そんな日中、若林博士から電話。
「く・く・久保さん、火事ですぅ〜!」
「はぁ?どこが?・・・ま、ま、まさか、博士のログハウスが〜?」
「はいっ!」

■で、すぐに駆け込んでみれば、博士は、よゆうの顔で笑ってる。
「あれ?」
「いやいや、無事に解決しましたぁ〜。あはははは。」
なんでも、博士のログハウスのそばの田んぼで、草を野焼きをしていたのが大きくなり、たいへんなコトになったらしい。

■あはは。
まぁ、こんなコトだろーとは思っていたが、ここまで手造りで作ってきたログハウスが火事で一瞬にして消えてしまう可能性の存在に気が付き、少々、ゾッとした。
博士の気持ちは、それ以上であっただろう。

■でも、まぁ、よかった!
「さぁさ、とりあえず家に入ってお茶でも入れましょう」
で、私は札幌の坂本順子画伯から届いたばかりの封筒を持ってきていたので、博士に提示。
この封筒の一番のプレゼントは、坂本画伯の夫が尊敬する美術評論家、鬼丸吉弘の美術評論『児童画のロゴス』。
彼が尊敬すると、メールで書いてあったのでどんな文章を書くのかが気になっていたのだ。さっそく送っていただき、ありがたし!
■さらに、今月末に横浜に帰省される博士にと、東京での展覧会の招待状も3つ。
『独立展』、『二紀展』、『自由美術展』。
うーむ。私も行きたい(笑)。


アニメ★『ザ・ビートルズ』 2004,10,18
■すずめの学校の22歳の女性から、ビートルズの初期の頃にテレビ放送されていたアニメの海賊版ビデオ・テープを借りた。
曲は「アンナ」とか「チェイン」とか、けっこーマイナーで(笑)、面白い。
この絵、好きだな〜♪
ちゃんとジョンは、ガニマタでリッケンバッカーを弾いてんのよ(笑)。
それにしても、22歳の女が持っているビデオかよ(笑)。


沼田小学校★学芸会『エチゴヤ・マート1号店』 2004,10,17
小学生の作った椅子が並んでいた。
ひとつだけ、バカでかいのがあった。
がくっ。


追悼★ジャック・デリダ(哲学者) 2004,10,16
♪ガッチャマンの歌

The song for Mr.Derrida
替え歌;久保AB-ST元宏(制作日;2004年10月16日)
オリジナル作詞;竜の子プロダクション文芸部
作曲;小林亜星

1番
デリダ デリダ デリダ ジャック・デリダの響く声
誰だ 誰だ 誰だ〜  空のかなたに踊る影

脱構築の  エクリチュール
白い翼の  ガッチャマン

ロゴスにたよる同一性  形而上学 血祭りだ
命をかけて飛び出せば 科学忍法 火の鳥だ

差異 差異 差異 さいでガス
飛べ 飛べ 飛べ ガッチャマン 

言葉 理性 論理 フッサール
行け 行け 行け ガッチャマン

意識は同一 主観も同一  ヘーゲル批判  絶対知
地球は一つ 地球は一つ おーガッチャマン ガッチャマン

2番
デリダ デリダ デリダ 「意味」の地獄に潜む影
誰だ 誰だ 誰だ〜  海の地獄に潜む影 

「言葉」というものの 侵食
強い勇気の ガッチャマン

「表象」つまり 現前を 再現前に 依存する
嵐をさいて 雲きれば 科学忍法 火の鳥だ

差延 差延 差延 グラマトロジー
飛べ 飛べ 飛べ ガッチャマン 

有形 無形 唯物 ドゥルーズ
行け 行け 行け ガッチャマン

世界も欠如  私も欠如   ゲーデル定理  不完全性
地球は一つ 地球は一つ おーガッチャマン ガッチャマン

3番
デリダ デリダ デリダ ビルの谷間の同時テロ
誰だ 誰だ 誰だ〜  ビルの谷間に忍ぶ影 

ホワイト・ハウスの スローガン
赤い血潮の    ガッチャマン

「限りない正義」とは    NY911に とどまらない
夕日を浴びて駆け出せば 科学忍法 火の鳥だ

過失 失策 免責 ガロセントリズム
飛べ 飛べ 飛べ ガッチャマン 

論争 共同 追求 ハーバーマス
行け 行け 行け ガッチャマン

要約は暴力 答えより設問 デ・コンストラクション 脱構築
地球は一つ 地球は一つ おーガッチャマン ガッチャマン




■訃報:哲学者ジャック・デリダ氏、死去

フランスの哲学者ジャック・デリダ氏が、
2004年10月8日深夜に膵臓(すいぞう)ガンのためパリ市内の病院で死去。74歳。

デリダ氏はポスト構造主義の代表的哲学者として、
1960年代後半から80年代のの思想界に大きな影響を与えた。
中でも「脱構築(デ・コンストラクション)」と呼ばれる分析法では、
文学などの表面的な「テキスト」をいったん言語学的に解体し、
作者自身も気づいていない多重な意味を読みとる解読法を提唱した。

デリダ氏は1930年7月、アルジェリア生まれのユダヤ人。
高等師範学校の哲学科出身で、1960〜64年にかけてソルボンヌ大学で哲学を教えた。
70年代以降は米国での活動を増やし、ジョンズホンプキンス大やエール大学などで教鞭をとった。

著作は『グラマトロジーについて』、『エクリチュールと差異』、
『たった一つの、私のものではない言葉―他者の単一言語使用』など多数。
デリダ氏は1930年7月、アルジェリア生まれのユダヤ人。


若林博士ログ日記2004★ 『第58回 ボジョレー・ヌーボーのお誘い!』 2004,10,15
>久保 元宏 社長様。
>
>「パリ直輸入ボジョレヌーボー飲み放題5000円」だそうです。
>一人2本飲まなきゃ元取れないか?
>そんな人いますかね?
>
>しばらくは米の持込に備えて、現ナマ胴巻きに入れて土日出勤なんですか?
>札幌ではいい展覧会やっているのですがね。
>
>それでは、沼田町の枯れススキをしのびつつ。



■なぁ〜んてEメールが、札幌の画廊主から届いたので、若林博士に見せて笑ってもらう。がくっ。
ついでに、ヤミ米を運ぶ「ヤマ買い」からもらったカリン、
月見猫から届いた「これに、手作りブドウ・ジュースを入れてね。」っー瓶を届ける。
「パリ直輸入ボジョレヌーボー飲み放題5000円」だそうです。


若林博士ログ日記2004★ 『第57回 すずめの学校・カナダ料理教室!』 2004,10,14
7Pm 沼田町健康福祉会館にて『カナダ料理』
●出席者;多田、久保、川嶋、中神、池内、菊池、植村、谷口、メリッサ、キース

メニュー
1)Salad dressing,
=若林博士は、これを作った。
2)Shepherd's Pie,
=久保は、これを作った。
3)Chocolate lava cake

<料理用語>
dissolved = melt (例;角砂糖を溶かす)
whisk(泡立て器で混ぜる) = blend(混ぜる)
sift(flour) = 例;つぶあん
smooth = 例;こしあん

bake at 375F for 15minutes. 375F=190℃

1cup = 200ml = 日本style
1cup = 240ml = アメリカstyle

teaspoon = 大さじ
tablespoon = 小さじ

cream of tartar = 重曹


若林博士ログ日記2004★ 『第56回 玄関の囲いを造る!』 2004,10,13
■二日前に若林博士の家におじゃました時、いつのまにか玄関に階段が出来ていてビックリしたんだけど、今日はもう、階段は完成したかなぁ〜?

と、行ってみると、なんと!
もう階段どころのハナシじゃぁーなくって、玄関の広いスペースのベランダにグルリと、格子で作られた囲いができています!
おお、ここは来るたびに「成長」する家なんだなぁ〜。

・・・ってゆーか、この家、まだ未完成なんだよな(がくっ)。

玄関のベランダに伸びる影が、秋の雰囲気を盛り上げています。


個展★『北島 裕子 展』 2004,10,12
■そろそろ、ヤミ米稼業も「買い」から「売り」に重点が移ってきた。
そーなると、常連客からの「クレーム」という日常業務がやってくる(笑)。

■そんなコトをしながらも、深川の画廊に顔を出す余裕もあったりして(笑)。
そろそろ私も「常連客」となった深川市の「うなかがめーゆ美術館」へ行く。
オーナーの渡辺通子さんから今日は読書の話題を振られ、本についても造詣の深い(笑)私の読書論を語ると、画家の森山誠さんの奥さんの小説『七月のぼく』や、松井さんの演劇評論集を貸してくれる。
「来年まで、ここも閉館しますので、冬の間、貸してあげますので、久保さん、是非、読んでー。」とのこと。
ありがたい!

10/12深川 mini gallery うなかがめーゆの美術館
個展『北島 裕子 展』
▲鑑賞者参加型のインスタレーションもあり、意欲的。
パステルカラーの淡い色の組合わせは音楽で言えばドヴィッシーか?
しかし、物足りない。色の快楽が色の力に頼りすぎ。


若林博士ログ日記2004★ 『第55回 玄関の階段を造る!』 2004,10,11
■ぶらりと、若林博士のログ・ハウスに行ってみれば玄関に階段ができていた!
今までは、高い入り口に板をおいて、そこを、ソロリ&ソロリと昇っていたのだよねん。

■帰宅すれば、月見猫からメールが届いていた。
長い間、音信不通であっても、ネット社会ではこうしてマメに「考え」&「気持ち」がやりとりできるんだねぇ〜。



>Subject: Re: 共犯新聞のゲストブック、あらら!
>Date: Mon, 11 Oct 2004 17:45
>
>
>こんばんはー久保君、月見猫です。
>
>
>久保でありたい。あるべき。そういう書き出しだったんか。
>
>あたしからは、あなたは今もとっても久保元宏らしい道をひた進んでいるみたいに見えるよ。
>
>むしろ以前は、情熱ややるせなさが年齢のサイズに入りきらなくてあなた自身がそのことにいらだっているように見えたりしたこともあったけど、時を重ねて、人間だって熟成しているんだよねー。
>
>もっとも、あたしたちが相変わらず学生気分でいる時から、ひとり不動産買ってみたり、あなたはやることが大人っぽかったけど。なんか最近ますますいい感じに、楽しみながら、久保元宏を生きているんじゃないですか?そんなふうに見えますよ。
>
> >「ペンギンの日々」連載再開直後に、『共犯新聞』のアドレスも変わったりして、へんてこりん。
>
>
>↑んだねえ!あたしが、自分でも知らずに何か毒でも持ちこんだかと、一瞬青かったよ。
>
>
> >■いえいえ、米屋もけっこー楽しんでいますよ。
>数億円を現金で使う商売って、イマドキ他に無いでしょ。
>
>↑おおーっすげえ。あたしは持ってる金の額とファッションだけはいつまでたっても大人っぽくなれないのよ。くすん。
>
> >9月5日から休日無しの、書き入れ時の久保商店でしたー。
>ほな!
>
>↑そっか。もう新米の季節だもんにゃ。えらい時にずうずうしいお願いをしてマコトに反省しとりやす。でも住所書きます。(笑)


ヤミ米屋★繁忙期『今年でやめる農家へ行く』 2004,10,10
毎年、コメを買っている農家へトラックで行く。
典型的な農村といった、山の中。
こんなところをトラックでドライブ(?)するのも悪くは無い。

「わし、もー何十年も久保さんにお世話になってきたケンド、もう、今年で農家やめんねん。」
「えっ!?」

以前からウワサは聞いていたし、確かに後継者の息子さんは都会で就職されている。
とてもマジメなご夫婦で、一年振りに訪れた納屋も、とてもきれいに整備されている。
もう今年でこの機械類も必要なくなるなんて、ちょっと想像できない。

さびしい。


■帰宅すれば、同じ北空知管内の新進画家からメール。
別れてゆく人もいれば、こうして新しくお付き合いが始まりそうな予感を感じさせてくれる人もいる。



>From: bokemi
>To: Kubo Motohiro
>Subject: Re: 共犯新聞★a notification ofchange of address.
>Date: Sun, 10 Oct 2004 08:41
>
>共犯新聞お引っ越しおめでとうございます(?)
>2004年に買ったもの、のほうは、そのまま見てもよいのでしょうか?
>それにしても、広いジャンルが深く網羅されていて、
>私は美術を中心にみてますが、人の見方って面白いなあ、と思います。
>
>先日大麻に住む渋谷さんのおうちに行きました。
>私が13年前に勤めた阿寒高校で、司書室で過ごしたときの
>英語の先生が渋谷圭氏の妻で、
>そのたった一年のつきあいが今に至っています。
>
>渋谷さんは、エルエテで久保さんとやっと会えたと言っていました。
>私はまだお会いしたことはありませんが、
>久保さんの話しは、たまにうなかがめーゆで会う
>若林さんや、どらーるの方としたりしています。
>札幌でギャラリーを回ってたら2カ所で
>久保さんのサインが自分の前だったことがありましたよ。
>ふしぎですねえ。
>
>私はというと第2子出産のため、しばらく冬ごもりです。
>ついこの間まではちょろちょろ出歩いていましたが・・・。
>富田さんの個展もとてもよかったという話しを
>通子さんにも聞きました。行きたかったなあ、
>お話もしましたが、けっこう辛くて、病んでいるけど乾いてる絵と
>つながって、刺激を受けました。
>
>これからは自分がまわれない分、
>また久保さんのページをのぞかせてもらおうと思います。



HP『共犯新聞』のアドレス、変わる! 2004,10,9
★『共犯新聞』のアドレスが変わりました!
http://www.geocities.jp/kyouhanshinbun/

Hi, Everyone,
This is a Motohiro Kubo in Numata Hokkaido Japan.

I'm sorry that I do'nt care your time so long.

Today I want say about my home page. It's address is changing this month.
Please check it.

http://www.geocities.jp/kyouhanshinbun/

I want talk about our brain world. Can you see my glance? Here is me.


■そんなワケで、北海道の久保元宏です。
インターネット、ホームページ『共犯新聞』のアドレスが変わりました。
理由は、サーバー元のジオシティの理由です。
今までのアドレスでもチェックできますが、やはり、ここは新アドレスで、ミナサマ
に開いていただきたいところです。

■思えば(←何を?笑)、2001年の私の誕生日にスタートしたホームページ『共
犯新聞』も、
いつの間にかカウンターも回り、多くの人に観て&読んで&聴いてもらってきまし
た。
ほとんどが、直接逢っていない方々ばかりですが、
日本一長い(?)ゲストブックの記録(=当社比・がくっ)を更新中であったり、
参加してくれている方の語彙の豊富さが私の稚拙さをおぎなって、あまりあります。


途中報告として、ミナサマにひと言、申し上げておきます。

「ありがとうございます。」

さて、これからも続く『共犯新聞』、コンピューターに無知の私がここまでできたこ
とにテクノロジーの進歩に驚く以上に、もはや、ホームページはコンピューターを前
提に語るのではなくて(=それは、書物を語る時に、誰も印刷技術を語らないよう
に。)、真にコンテンツの時代を迎えたと思います。

ミナサマの参加と、愛読と、ご指導を改めてお願いするしだいです。

下記に、今回のアドレス変更をめぐる、私の古い知人、
サカタ知久くんとのメールのやりとりを添付し、お茶を濁させていただきます
(?)。

それでは、みなさん、また『共犯新聞』でお会いしましょう!
http://www.geocities.jp/kyouhanshinbun/

>// "Kubo Motohiro"-san wrote (on 10/07) //
> > レノンのアポロシアターのアコギのライブで今朝は、びっくり。
> > 「イマジン」を演奏しているのを、テレビで放送していました。CDも出るみた
い。
>
>  ジョンのライブは、あの声が出なくてさんざんだったやつが記憶に痛
> 々しくて、あんまりいい映像は残ってないのかなと思ってました。
>
> > に、変えたのでした。
> > 自分で忘れていた。
> > 今やったら、両方とも変わっていたよ。
>
>  ちゅーことは、トップページやゲストブックに「親方 geocities の
> 方針でアドレスが変わりました、今後は http://www.geocities.jp/
> kyouhanshinbun/ からアクセスしてくだされ」って書いておけば、次第
> にみんな Akiko の方からは入らなくなっていくんじゃない? 同じ内
> 容で URL が2つあるのはなんだかすっきりしないが、まあ親方のせい
> だから仕方がない。私がアブスト音楽ファイルを置いといたとこなんて、
> 切り替え時に無視してたから更新できなくなっちゃったよ。あのまま捨
> てとくしかないみたい。なんだかファイルたちがかわいそうだ。
>
> > ところで、セコイ話ですが、カウンターを今までの流れにできないのもかな?
> >
> > 10月4日で、
> > 29659と私は記録しているんですが、今は63ですもんねぇ。
> > 29722+63=29722からのスタートとかできないのでしょーか?
>
>  これはもう「〜kyouhannsinnbunn」の方しかいじる方法はないので、
> そっちのカウンターを直しておきました(※)。しかし直しても「〜
> Akiko」のカウンターが連動しなかった。どっちも同じデータにならな
> いのは geocities のバグ(プログラムミス)だと思うんだけど、まあ
> 親方には逆らえない。できるだけ「〜kyouhannsinnbunn」の方にアクセ
> スしてもらうよう読者を督励し、ときどき「〜Akiko」のカウンター分
> だけ下記設定ページから手動で足すしかないね。簡単ですから必要なら
> 自分でやりなさい。
>
>(※)http://geocities.yahoo.co.jp/にカウンタの設定ページがあった。
>ここにアクセス数解析とかもあるので、興味があったら見てみればいいかも。
>
> > つートコの、更新日時のツールも、もうダメみたいー。
> > 何かいいツール、ありませんか?
>
>  これはなにを使ってなにをしていたのか不明なので(index.html の
> 日付自動更新?)、自分で頑張りなさい。
>
> > あ、あと、ゲストブックの分割、お願いいたします。
>
>  あー、はいはい。Abst の元マネージャが出てくるとは、というか日
> 本に住んでいたとは驚いたと伝えておいてくれ。そのうちゲストブック
> にも登場します。
> ┌───┐
> │サカタ│
> └───┘

-△-
風の旅人、帰る! 2004,10,8
午前8時、昨夜は若林博士のログハウスに泊まった風の旅人、早朝から我が社にバイクで登場!
ガソリン・スタンドを紹介して、ほたる館の畠山祐二支配人の自宅の前で午前9時に別れる。

「ほら、ここが夏に一緒に飲んだ畠山さんの自宅だよ。」
「ほーっ。今頃は仕事やね。」
「ああ、きっと。」
「こっから、旭川は右に曲がるんやね。」
「そ、じゃーね。」

ブロロロロロ・・・・


姫路から、風の旅人、来る! 2004,10,7
■コメの仕事で疲れた体をいやしていたら、午後10時、電話が鳴る。
「なんだべ?」
「はいっ、若林です。姫路の風の旅人さんが着きましたよ〜♪」

おお!
そーだった。
今日は、はるばる姫路からバイクに乗って彼がやって来る日だったのだ。

若林博士のログハウスに行くと、ジーンズ・ルックで、どかっと座って、いる&いる。

「どもー、お久しぶり〜」
「って、8月に会ったばっかヤンケ(笑)。」

姫路からわざわざ持ってきてくれた日本酒や、博士のワイン・コレクション。
で、博士が作ってくれたケンチン汁などで、舌鼓〜♪

忙しい日々に、こーゆー夜は心が温まりますわ。
ほんま。


画廊★『赤川文進堂』 2004,10,6
ヘンテコな怪しい「ヤマ買い」が初来社。
う〜む。私が言うのもヘンだが、うさんくさい(笑)。

気分転換に若林博士と、深川市の「ミニ・ギャラリー うなかがめーゆ美術館」へ行くが、留守。
がくっ。せっかく来たのに〜。

で、ウワサの「文進堂」へ行く。
ここ、ギャラリーどらーる社長や、エルエテなべ男爵などからウワサで聞いていた個人コレクションの画廊。
まだ朝、9時だったのか赤川社長がいた。
初老、という外見。
しかし、絵の話題になると、ハナシが止まらない。
私が少しだけ(笑)絵の知識があると知ると、もう帰してくれない(笑)。
ヤミ米繁忙期なので、もったいないが話をさえぎり、帰社。

う〜む。
びっくり。
日本人の現代画家の名品がいっぺんに、こんなに観れちゃう。
スゴイ。
いつか、赤川社長からももっとお話を、じっくり聞きたい。

-△-
終わりだ。 『共犯新聞』のカウンターが・・・!? 2004,10,5
■『共犯新聞』を開いてみると、カウンターが「5」でびっくり!
昨日までは「29659」だったハズなのに!?
ど・ど、どーしちゃったの?

■調べてみると、無料サーバーのジオシティが今日から2つが合併してアドレスが変わったのだそうだ。
コンピュータ・オンチの私はチンプン&カンプン。
なになに、今までのアドレスはもう使えない・だってぇー?
とりあえず、新アドレスを「〜kyouhanshinbun」としておく。

■夕焼けがサミシイーぜ。
ちくしょーーー!

-△-
事故★我が社の向かいで! 2004,10,4
会社の前に、つぶれた車が停まっている。
昨日の午後1時に、苫小牧から走ってきていた男の車に、地元の主婦が運転する車がぶつかったのだ。

その男、かなりアイソが良くて、昨夜は遅くまで我が社の事務所に座り込んで、ベラ&ベラと語っていた。
迎えに来た奥さんと、彼は帰ったけれど、まだ停まっている事故車を見ていると、あの声がよみがえってきそうだ(笑)。

-△-
若林博士ログ日記2004★ 『第54回 久保商店の顧客が訪問。』 2004,10,3
■我が社にヤミ米を持ってくる不特定多数の農民は、もちろん千差万別。
今日は、日曜日なので普通の企業は休み。
んで、サラリーマンなのだが母親が一人で作っている田んぼの米を運んできたという中年男性が来社。

米の金を払い終わってから、世間話。
60歳前後かな?
インターネットや、電気関係に詳しい。

ふと思い立ち、若林博士のログハウスに連れて行ってみる。
博士は家に居た。農作業の手伝いも終わり、奥様も横浜に帰省し、久保も仕事をマジメにやっているので、なんだかヒマそうだった(笑)。

そこに、ほぼ同世代の男性がやってきたものだから、ハナシがはずみましたよ〜。
特に電気に詳しい中年サリーマンと、電気の内線工事中の博士の電気談義は盛り上がっておりました(笑)。

-△-
ヤミ米屋★繁忙期『安いコメばかりが売れる』 2004,10,2
■コメには、こんな種類がある。

1.粒の大きさで分ける。
1.95mm〜2.00mm以上 = 普通のコメ。
1.85mm〜1.95mm   = 中米(ちゅうまい)。つまり、中間のサイズ。
1.85mm以下     = くず米(くずまい)。お菓子や、酒の原料などになる。

2.色で分ける。
普通の米。
色選下(しきせんした) = コンピュータで米を一粒づつ分けて、悪い色の米だけを抽出する。


まぁ、これだけ考えれば、もちろん、「普通の米」が一番イイんだから、それが人気あって売れると、思われるでしょーが、なんと、安い米ばかりが売れる。
つまり、中米と色選下ばかりが売れてゆく。

で、いい米ばかりが倉庫に残っている(がくっ)。
事務所で、ソレを悩んでいたら、背後に不気味な予感が・・・・・・。
振り向くと、「ギョッ!」
3歳の末娘が、両手の指にマニキュアを塗って立っていた。
おネェちゃんの部屋に忍び込んで、マニキュアを、こっそり塗ってみたそーだ。

がくっ。
急に脱力して、夕食を焼肉「沼田大門」に家族で行き、脳味噌をリセット。
3歳児は、最後まで帰らず、大食いをする。
どんぶり茶碗を持つ手の指は、まっ黄色。
少女のいたずら。

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うへぇー! ヤミ米屋★繁忙期『コメ、集まってる?』 2004,10,1
■本州に向けて出荷しつつ、今シーズン初めてコメを持ち込んでくる「ヤマ買い」(=農家からコメを買って、米屋に売り歩く特殊な職業・笑)が来社したり、けっこー、バタ&バタと仕事をしている。

■すると、同業者から「コメがまったく集まらない」との電話。
「在庫は悪」と言われている現在でも、在庫を持たないと不安になるのが、因果なヤミ米業界。
まぁ、「集めて」も、売れるか・売れないか、は、別のハナシなんだけどね。
あら、ど〜も〜♪

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