6月末サービス終了のお知らせ



こんな久保にぼくがした。

アートなオヤジの、文科系★不良日記!


ホームページ一言メッセージ他の日記を読む

更新履歴

2004,10,30にこにこ♪批評★『富田知子 展』論について その3
2004,10,29批評★『富田知子 展』論について その2
2004,10,28心だ!『共犯新聞』★カウンター、30000!
2004,10,27いつも(?)平常心〜。批評★『富田知子 展』論について その1
2004,10,26若林博士ログ日記2004★ 『第60回 留守中の訪問者』
2004,10,25テレビ★『NHK・小椋佳の世界』(1976年)

前の月

9月の日記

次の月

sun

mon

tue

wed

thu

fri

sat

   

1

2

3

4

5

6

7

8

9

10

11

12

13

14

15

16

17

18

19

20

21

22

23

24

25

26

27

28

29

30

  
       

マンガ★月見猫『ペンギンの日々 第1回』 2004,9,30 ぴかぴか真新しい太陽!
■商売は最盛期だ。
稲刈りが進み、どん&どんコメの売り買いをしている。

■忙中間あり、ってことか、『共犯新聞』で連載マンガが始まった。
なんと、『ペンギンの日々』!
これは1983年のアナログ版『共犯新聞』で、連載されていたマンガの復活である。
作者は、もちろん当時と同じ女性。
・・・不思議やねぇ。
なんでも、彼女はインターネットの検索で、デジタル版『共犯新聞』を知ったらしい。
これから、連載が始まるのである。

・・・「始まる」なんて、久し振りに使った言葉のような気すらする。


個展★『島津 明美 展』 2004,9,29
■今日の北海道新聞と、北空知新聞に、先日の26日(日曜日)に、「あゆみ会事件50周忌」の慰霊祭があったと写真入りで報道されている。
なんだか、しみじみしてしまう。
もちろん、50年前には私はいないのだが、なんだか他人事ではないような気になる。

「あゆみ会事件」とは私が卒業した深川西高校で起こった事件だ。
今月16日に開かれた深川議会での北名照美議員の発言から引用して、紹介に変えたい。

● 次、深川西高あゆみ会事件について。50年前の1954年、ことしが2004年ですから、ちょうど50年前、昭和29年9月26日夜半、台風15号が北海道全土で荒れ狂いました。青函連絡船洞爺丸が沈没し、岩内大火があり、多くの被害や犠牲者が出ました。当時小学4年生だった私も一晩じゅうごうごうと物すごい音を立てて風が鳴り、家全体がぎしぎしと揺れていたことを鮮明に覚えています。あの晩深川西高2年生であゆみ会のリーダーだった森田科二さんがマスコミや世間の偏向に死をもって抗議するという遺書をしたため、真実と平和の世界を求めてと墨で大書した遺筆を残し、自宅で自殺しました。高校生の自主的なサークル活動を偏見の目で報道したマスコミや社会が純真な若者を死に追いやったものでした。深川地域はもちろん、全道的にも大きく報道され、北大や旭川学芸大学から調査団が来る、町民大会が開かれるなどの中で、1カ月後の10月29日付北海道新聞が社説でえんきょくながらこれまでの報道の誤りを認め、続く11月4日、道教委が深川西高に偏向教育のないことを確認したとの見解を発表し、一応の終止符が打たれました。この事件の詳細は、1969年発刊の、この本ですが、「学園自治の旗」に書かれています。事件の章は、当時この学校の教師だった森谷長能、並木孝両氏によって書かれたものです。また、「はたらくものの北海道百年史」には戦後道内に起きた二つの教育事件の一つとして取り上げられています。さらに、1996年刊の「北海道の歴史60話」、この本には北海道の歴史的出来事60話のうちの一つとして、また現代編の10話のうちの一つとして取り上げ、次のように書いています。あゆみ会事件は、単に新聞の虚報に対する純真な高校生の痛ましい死の抗議という事件にとどまらず、当時全国的に多発した三鷹事件、松川事件、白鳥事件、芦別事件などの謀略的な権力犯罪事件の教育版という性格を持ち、閑静な農村地帯を舞台に戦後民主主義の成否をかけて闘われる注目の事件となったと、このように書かれています。この地域で起きた、この深川で起きた民主教育へのターニングポイントともなったこの出来事をちょうど50年の節目の、そして9月というこの月に認識を新たにすることは意義があることではないかと思います。今日の民主主義は、こうしたとうとい犠牲と数々の闘いの上に築かれたということを再確認し、先達の労苦に思いをはせるものです。あゆみ会事件の歴史的な役割、意義について現段階、現時点でどう評価、認識するかお伺いいたします。
 もう一点、この生きた歴史が深川市史、この分厚い深川市史なのでありますが、ただの一行も全く記述がありません。画竜点睛を欠くと思うのであります。いつかこの次に市史を出すときにはこうした歴史の記述を望むものですが、いかがですか。


■私も高校を卒業してから30年近くになる。
今、計算して「ゾッ」とした(笑)。
最近、深川の小さなギャラリーに時々、通っては絵を見ているが、なんだか深川の文化のつながりに触れているようで、少し、甘酸っぱい気持ちも私のどこかにあったことに気がついた。



深川
mini galleryうなかがめーゆの美術館

個展『島津 明美 展』
▲ダンボールを切り貼りして、平面と立体の
中間のような作品を色を塗らないで仕上げて
いる。ダンボール自体がマチエールを持って
いるのでリズミカル。マンネリ化の甘い罠あり!


若林博士ログ日記2004★ 『第53回 もうすぐ、奥様が横浜に帰省。』 2004,9,28
■いよいよ、若林夫人、一時、横浜に帰る。
早朝に顔を見におじゃまする。


■さて、帰る人もいれば、来る人もいる若林博士のログハウス。
夏に来たばっかりの、姫路のライダーが、どーやら、又来るらしい(笑)。
今度は、博士のログハウスに泊まるようだ。


>From: "Keiichi Harada"
>To: 久保元宏
>Subject: えっ、何で巨人の試合はツマラナイかって?そんなの今更分かり切っているやん!「驕る平家は久しからず」や♪
>Date: Tue, 28 Sep 2004 22:19
>
>こんばんわー!久保さん!
>発熱ライダーの原田です。だるいでぇー!
>
> > 久保ですよー、よみがえれぇ〜〜〜!!
>↑
>★何とか、毎日頑張って仕事はしています。
>気合と根性で体調を建て直し、1週間後に迫った沼田行きに備えます。
>
> > ■ライブドア社長もそーですが、勉強のできる人って、マーケティングの最大公約
>数
> > で物事を考えるんですネェ。
>↑
>☆過去の実績を照らし合わせながら、先の予測を多角的にシミュレーションする。
>ロジック的な思考で人間的な感覚からは距離を置いた冷たい机上の計算。
>スポーツに対し、ファンの心理も含めて、マーケティングの最大公約数で物事を
>弾き出す彼らは「成功者」と成り得るのだろうか?それとも・・・・。
>
> > >ただ、流石に私も「衣笠」は思い付きませんでした(笑)。
> > >恐るべし、久保元宏殿。貴方も、頭のネジが相当飛んでますね♪(笑)。
> > ↑
> > ■では、ラモスはどうでしょう(がくっ)?
>↑
>★彼は先に「バンテリン」CMキャラと言う尊い使命を帯びていますから(笑)。



■かと言えば、姉妹都市交流にカナダのポートハーディに行った植村美月以下の一行の情況を聞こうと、現地のロレッタさんにメールを送れば、こんな返事。

>From: "Loretta Orrey"
>To: 久保元宏
>Subject: from Loretta
>Date: Tue, 28 Sep 2004 08:44
>
>Leaves
>
>Hello again my friend;
>
>Many plans to make for visitors coming.
>Weather is nice and we pray to our gods it will be good weather for visitors as we have plans for golfing and for watching whales.
>
>I am hoping everyone is in good health at your home. Lovely photograph of your daughter? Thank you


若林博士ログ日記2004★ 『第52回 稲刈りもほぼ終了。』 2004,9,27
■若林博士のログハウスがある高台から見える風景には田園が広がっている。
そこも、ほぼ稲刈りが終了したようだ。

「早いですねぇ〜。」
と、博士。
「機械化ですからね。それに、農家の人も稲刈りを早く終えて、建設会社にアルバイトに行きたがっているのが最近の傾向なんです。」
「へぇーっ。今年は台風の被害がひどいようだけど、コメの相場はどうなの?」
「やっぱり、安いんですよね。」
「そうか。台風の被害があって、ふんだりけったりの年ですねぇ。」
と、オデコを振る博士であった。


若林博士ログ日記2004★ 『第51回 もうすぐ、奥様が横浜に帰省。』 2004,9,26
■世間は日曜日だが、ヤミ米や久保商店はお仕事。
連日、仕事がらみで多くの人が出入りしている。
コメもどんどん、我が社の倉庫に入庫してきた。

■若林博士の奥様は明後日に飛行機で一旦、横浜に帰省されるという。
それでも、特に北海道の観光をする風でもなく、たんたんと日々を過ごされている。
もう、北海道人なんですねぇ。


若林博士ログ日記2004★ 『第50回 トイレの扉のすきまでも造ろうか。』 2004,9,25
■博士、再び、ログハウス建築を始める。
まずは、ぐるりと茶の間を見渡し、
「あ、トイレのドアは造ったけれど、ここにスキマがあったね。」


若林博士ログ日記2004★ 『第49回 茶の間。』 2004,9,24
■各地の農協からコメの売り物がまとまって出始めた。
とにかく、彼らの要求は「すぐ、出荷してくれ。」。
もちろん、値段も良くしなければリピートの買いができない。
電話が農協、農家、本州の商社、同業者から、がんがんかかってくる。
あ、明日から土曜日か。相場が止まる前の激戦中なのだ。

■と、言いつつ、ふらりと若林博士のお宅へ。
ブドウ関係の作業が終わったらしく、のんびりしている夫婦の茶の間に、お邪魔。
なんとなく、家庭っぽい雰囲気だけど、まだこの家、未完成なんだよね(笑)。
急ごしらえの、ちゃぶ台(?)に、お茶が出される。


若林博士ログ日記2004★ 『第48回 白いブドウ・ジュース。』 2004,9,23
■昨日に続いて、今日は白いブドウをジュースにする。
ブドウの品種は、セイベル。
去年は、これに亜硫酸ナトリウムを入れすぎて失敗したので、慎重に(笑)。

白ブドウは、赤ブドウと違って、皮や種をすぐに取り出すので、写真のように赤よりも、より見た目はジュースに近い。

■さて、私のところに、一軒家への引越しを終えた役場OLからメールが届く。
彼女、月末にはカナダのポート・ハーディに沼田町の交流代表として行く。
充実してますなぁ〜。

>From: 植村 美月
>To: 久保元宏
>Subject: グーとチョコとランとタンの4人グループではない
>Date: Thu, 23 Sep 2004 06:05
>
>おはよ〜ございます!!やっとパソコンがつながりました!!
>ってこの時間にこんなメール送ると、夜から今の今までかっかた感が
>ありますが、もちろん昨日の夜に第2回引越しパーチーに呼んだ先輩に
>繋げてもらいました。私はノータッチで(汗)
>
> 一軒家生活はかなり楽しんでエンジョイしてますよ(長嶋風)。
>今しがた久保さんの『共犯新聞』の日記をみて、
>「あ〜、若林さんの影響かなり受けたんだな〜、私。」と、人事のように
>実感していました(笑)でもそれはホントに一因ですよ。
>ギターを先に運んだのは、それがあると引越しの準備がはかどらないからでした。
> でもこれは色んな人に言っているのですが、今でこそ立派な(?)実家も、
>私が中学1年生まではめちゃくちゃ古かったのです。お風呂は石炭で沸かすし、
>もちろんシャワーないし、トイレはボットンだし、冬は布団に息がかかったところ
>シャリシャリ凍ったり、
>誰かが歩くと家が揺れるし、ねずみの走る音が常にカサカサ聴こえるし。
>に、比べるとこの家はかわいいモンです。
> こないだの台風18号時、私が役場で災害電話の受付をしていた時、
>実家の様子が気になってお兄ちゃんにメールをしたら、めちゃくちゃ古い前の家(今も現実家の裏にあり)の屋根がはがれるところががムービー映像でメールに添付して送られてきました。
>
>カナダでの私のホストファミリーが、34歳の高校教師(一人暮らし)に決まりました。
>一昨日までは夫婦の家だったのに急遽変更になりました。
>思いがけない高校教師との2人生活、それもまたエキサイティングです。
>名前が“ステーシー”だから女性ですよね〜。男性だったら大変だ(カナダ国籍get?)


若林博士ログ日記2004★ 『第47回 赤いブドウ・ジュース。』 2004,9,22
■雨の日は、農作業も休み。

ブドウ摘みが終われば、それを絞ってみましょう。
作業は、若林博士の地下室で行います。

写真をごらんあれ。
これは、赤。
ブドウの品種は、ツバイゲルトレーベです。

皮のまま手で、ざくざく潰しながら樽に入れるのです。


若林博士ログ日記2004★ 『第46回 洗濯物こそが労働者の旗?』 2004,9,21
■博士の畑仕事は続き、奥さんは昔、会社に出勤する夫との生活を思い出したんじゃあーないかな(笑)?
ログハウスでは、帰宅する夫を待って、労働の勲章の汚れ物を洗濯する日々のよう。

まだまだ未完成のログハウスも、こうして洗濯物が乾かされると、さすがに「生活の匂い」がしますねー(笑)。


若林博士ログ日記2004★ 『第45回 葡萄摘み。』 2004,9,20
■「葡萄摘み」である。
「ブドウ罪」ではない(がくっ)。

昨日に引き続いて、博士は家にいなかった。
出てきた奥さんに聞くと、近所のブドウ畑にブドウ摘みに行っているとのこと。
あっ、そーか。昨日見た、汚れたクツは、その作業で畑で濡らしたのを乾かしていたんだね。
今日は世間では敬老の日なのに、がんばるねぇ〜(笑)。

■さっそく、ブドウ畑に行くと、腰をかがめて博士がブドウの房を収穫していた。
「博士、どうですか?」
「おっ、来たな。まずは食べてみなよ。」
ほい、と手渡されたたわわに稔ったブドウを口にほおばると、甘い!
「博士、甘いじゃぁー、ないですか!これなら、期待できますね!」
「うん、うん。」
と、博士も嬉しそう。
「それにしても、あのひどい台風から見事に復帰させましたね。」
「ああ。このブドウ棚、全てが倒れたんだからねぇ。建設会社に頼んで、起こしてもらったんだよ。」
「今年は、ソバも全滅みたいでしたよ。ソバは軽いから。」
すると、博士と一緒に作業をしていた手伝いの女性が私の方を向いて、無表情でブドウ畑の隣りの空き地を指差した。
「ほら、久保さん。」
「ん?」
「わがんねぇ、かい?あれさ、芽が出てんべ。」
「あっ!」
そこは空き地のはずなのに、まるで春の畑のように何かの芽が出ていた。
「久保さん、去年、ここにソバを植えていたんだ。今年は植えなかったんだっぺ。でも、今ごろになってから、ソバの芽が出てきたんだよ。」
「うわー!」
「ソバ、今、高いんだべ?」
「うん。台風の前は一俵が1万円だったけれど、今は2万円、倍ですよ。」
そのオバサンは、ニヤリと笑った。


若林博士ログ日記2004★ 『第44回 ホウズキ。』 2004,9,19
■私が若林博士のログハウスを訪問すると、珍しく留守。
日曜日だから?
あはは、日曜日は博士には関係ないよねぇ。

玄関のベランダには、濡れたクツと、ホウズキが干してあった。
労働と、余暇が仲良く日向ぼっこをしているようだ。
私が若林博士のログハウスを訪問すると、珍しく留守。


若林博士ログ日記2004★ 『第43回 若林夫人、沼田の生活を満喫(?)。』 2004,9,18
■横浜生れの、横浜育ち。
若林博士の奥さんは、生粋の都会っ子だ。
トカイ・・・と、言っても「トカイ・ワイン」を思い出す(がくっ)若林博士とは違って、沼田のイナカ生活はキツイのでは?

と、(ほんのちょっと、だけ)心配していた私ですが、ログハウスの外で薪を燃やしての朝食とか、時々は日本海に行って仕入れてきたサンマや帆立貝を貝のまま、野外で焼いて食べたり、楽しんでいらっしゃるご様子。
まだ出来上がっていないログハウスの玄関の足場板も、どうやらスムーズに昇り&降りされていらっしゃるご様子。

あとは、お友だちですなぁ〜。
私が訪問すると、色々とお話をしてくださる。
いつもは話の止まらない博士でも、奥さんの前では寡黙だ(笑)。
男=夫って、そーゆーもんかも。
奥さん、博士のようにサークルにでも、入られたらいかがでしょう?
簡単に、沼田町での世界が広がりますよ!
私が若林博士のログハウスを訪問。


若林博士ログ日記2004★ 『第42回 今年最初のブドウ液を飲んでみる。』 2004,9,17
■台風18号で、ボロボロと地上に落ちてしまったブドウを、我が社の社員がもらってきて、さっそくブドウ液にしたようだ。
もちろん、ワインではない(笑)。

来社した若林博士にもティスティング(?)してもらった。
「ほぉーっ。いい色してますね!うん、うん。味も濃い。早めに落ちちゃったから心配していたんですが、ちゃんと糖度ものっていますし、今年も期待できますよ〜!」

■夕方、各地に新米の視察に回っていた社員が帰社。
「ホクレン価格、予想以上に安いようですよ。」
今年のコメの相場も難しそうだなぁ〜。
私が若林博士のログハウスを訪問。


展覧会★『第3回 具象の新世紀展』 2004,9,16
■車で20分ほどで行ける場所で、札幌と同じ展覧会を観ることができるのは嬉しい。
これも、館長の渡辺貞之氏の功績だ。


深川 アートホール東洲館
企画展『第3回 具象の新世紀展』
▲さすがに、それぞれの世界を構築されて
いる方々ばかりで圧倒された。無理に共通
項を探せば、「物語性」か?全体的な印象を
ひと言で言えば、「ドイツ的=種村季弘的」。

矢元政行
▲幽玄なパノラマは大胆なほどドキリ効果。
吉川聡子
▲籐椅子に寝た女性の曲線と鳥が魅力的。
伊藤光悦
▲静謐な空間が目を無口にさせる技術力。
森山誠
▲いつもの激しい部分より平板部分に狂気。
川畑盛邦
▲どらーるGでの作品よりも有機的な人物。
平向功一
▲アングルの冒険にどんどんハマルと良い。


個展『幸田尚子展』
▲大きな作品に魅力は無い。その理由とは?


個展★『「坂本 順子 展」』の余波 2004,9,15
■Eメールで、多くの方に「『坂本順子展』を見れ!」とアピールしたけど、ハルさんもどうやら行ってきたようだ。
その報告メールが来た。


>To: 久保元宏
>Subject: Re:アートおやじ再来
>Date: Wed, 15 Sep 2004 00:48Am
>
>今晩は!今日のBGMは久々にブラーを引っ張り出して聞いてます。75位。
>■前後しましたが、転送した写真、届きましたか?
>←容量オーバーで、写真は見られませんでした。携帯は無理でしょうか?それにしても、自分達の写真を撮ってもらえるとは思っていなかったので、照れました〜。
>■私なんかしょっちゅうですよー。「米屋です。」「へっ?」てな感じ(笑)。←やっぱり同業者が集まる傾向が強いもんですよね。でも、こういう交流は楽しいものですね。
>■行ってくれてよかったです。妹さんもお母様も楽しめたでしょうか?←すごく喜んでいました。久保さんのコミュニケーション能力のおすそ分けをいただきました。感謝してますっ!
>■でも、アレを開いただけでも、凄いことですよ!
>マルセル・デュシャンの限定作品ですもん!←八千何番とか番号がついてましたものね。開くの緊張しましたよー。違いの分かる人たちは、みんなこれに反応するそうです。図書館で探して、手垢をつけてきたことに感動したいと思います。マルセイバターサンド?
>■不思議ですよねぇ。すずめの学校のみなさんともそうですが、私はめぐり合いに恵まれています。←人生、究極的には出会いがすべてなのかも…と今回思いました。
>■オープニング・パーティに、乙丸聡史(元・沼田中学美術教師)がきていました!
>興味深く生きていると、どこかでつながるものですね〜。
>←「興味深く生きる」深い…座右の銘にします。
>乙丸先生については、カラオケのとき豹変したことしか覚えていなくて、何となく申し訳ない気持ちです。たしか…歌は、「ギャランドゥ」でした。
>☆それと、今回もHPのオープニングの曲、最高ですね。何と言う曲ですか?教えてください!
>☆坂本順子さんに、「ドラールのHPにも書き込みしてくださいねー」と言われたのですが、恥ずかしながら、書き込みってしたことがなくて、わからないのです。掲示板に書くものなんでしょうか? 坂本さんより若い世代なのに、アナログな私。とにかく、坂本さんの作品はとんがっててかっこよかった。率直な感想を伝えた方がいいかなあ、と思ったのです。


若林博士ログ日記2004★ 『第41回 若き女性の家に棚を造ってさしあげる。』 2004,9,14
■先日から、ボロの一軒家を修復して住もうとしている若き女性のために、若林博士は無償で台所に棚を造って差し上げた。

■添付写真で博士が見ているのが、改装前の台所。
「う〜む。私のログハウスであまった木材で、ここのスキマに棚を作りましょう。」


若林博士ログ日記2004★ 『第40回 愛妻と札幌へ「坂本順子展」を観に行く』 2004,9,13
■若林博士が、奥さんと一緒に札幌の『坂本順子展』を観に行ってきたようだ。
ご夫婦にとっては、久々の「都会」であっただろうが、他には寄らずにとんぼ返りだったようす。
■坂本順子画伯からEメールで、その報告がきた。
どうやら、雨の中、坂本画伯の知人を車で駅まで送ってあげたり、さすがにお優しい行動をされた一日だったようだ。
以下は、画伯からの私への返事メールの添付。
「>」で始まる部分が、坂本画伯のコメント。





>今回、初めて周りに帯状疱疹経験者が多い事を知りました。
>本当は入院したいところですが…入院設備のない病院ばかりにかかってしまいました。

>すっかりこじらせてしまったようで、回復に向かっているようには感じられません。
>明後日まで様子をみて、北大病院に替えようかとも考えております。やれやれです。

■若林さんの奥さんも本当に喜んでいました。 帰りには、ふくろうやでラーメンの定番コース(?)も楽しまれたようです。 ただ、天気が悪かったので、他にはよらず、せっかく札幌まで行っ たのに、それだで戻ってきたそうです。

>やはりそうでしたか… おまけに帰路の車に、会場に来ていた実家の母を地下鉄まで送る為、親子で便乗させて頂きました。雨が降っていたので本当に助かりました。


■門馬ギャラリーの、あのオーナーのかたのお名前はなんというのでしょうか?
優しそうな方でしたね。

>全道展会員の門馬よ宇子さんです。先月、退会届を提出したそうです。
>気配りや志など…なかなかの方でしたよ。
>亡夫は北大の工学部の教授をされていたそうです。

■それと、2階に飾ってあった、本をアルコール漬け(?)にしている作家の名前はなんというのですか?

>フリーの1963生まれの坂東史樹さんです。
>一気にブレイクした作家です。経歴など詳しいことは不明。
>私も以前どこかで観て、ひと目惚れ。(人形サイズの生成り服のアルコール浸けの作品)


個展★『富田知子 展』 2004,9,12
mini gallery うなかがめーゆの美術館
深川市9条17番(ホーマック深川店の裏)

『富田知子 展』2004年9月1日〜15日(水) 月・金は休館
▲浮遊するイメージの仮象を求めて自己に問いかける心のドキュメント。

2Pm
■上記のギャラリーに行ってきた。
今年の正月にギャラリーどらーるで彼女の作品を見た時には、
私は「言葉に頼るならば徹すべし。絵は魅力。」という感想を持った。
それは絵のタイトルが短い詩のようだったから。
実際、その時に見た絵もロマンの香りのする羽のある人物画だった。
■ところが、今回の個展では一転して反(アンチ)ロマンのモノクロを
使った抽象画の方に力点が移動している印象である。
■「少女」はそんな中、かつてのロマンの匂いが残っている作品。
硬質な季節でもある少女期をとらえた作品である。

■また、作品に小さな機械の部品のようなものがコラージュされてもいた。
その作業に、同じく今月、札幌で個展を開いた川畑盛邦や坂本順子との
同時代性を感じさせられた。コラージュとはマチエールへの歪んだ欲望か?

■ここのギャラリーも手造りの建物であり、庭も素晴らしい。
絵を見た後で、庭に置かれたテーブルとイスでコーヒーを飲むのも楽しい。
冬はクローズするので、ぜひ、この機会に行ってみよう!


若林博士ログ日記2004★ 『第39回 台風でワイン用ブドウ、全滅か!?』 2004,9,11
■若林博士が、あわてて我が家にやってきた。
「昨日の午後4時、ブドウ農家の前川満志さんから電話があって、どうやら8日の台風18号で、ワイン用のブドウの棚が全て倒れたらしいよ。」
「えっ!?じゃあー、ブドウも落ちたんですか?」
「かなりねぇ。とにかく、枝から離れて土の上に落ちているブドウを早く処理しなきゃ、死んでしまうんで、中神さんから亜硫酸ナトリウムをもらうように手配してほしいんです。」


若林博士ログ日記2004★ 『第38回 沼田神社のお祭りに、何故か飛び入り参加?』 2004,9,10
■毎年、稲刈り前のこの時期、沼田神社のお祭りがある。
町内会ごとに、やってくる「おみこし」を迎える準備をするのだ。
私は東一町内の会計なので、なにかと準備にてんてこまい。
「会計」とはいいつつ、実質、全部準備せにゃならん裏方なのだ。

近所の空き地に神棚を作り、そこに鯛や野菜を飾りつけ。
奉納される日本酒を持ってくる近所の人から受付る。

で、いよいよ本番。
神社の一行が、笛の音とともに、「ワッショイ、ワッショイ」と、みこしをかついでやってくる。
あっ!雨だ!
しかも、すごい豪雨!
2日前の台風の印象が残っている皆はあわてて、準備していたテントを神棚にかける。
「おい、こっちが前だ!」
「どーやって、やるんだ?」
などど、雨の中、慣れていないオヤジどもがテントを組み立てるが、どーもうまく行かない。

そこへ、なぜか、若林博士がひょこっ、と、やってきて、皆を指示してテントを組み立てる。

テントが建った瞬間、ちょうど、おみこしも到着。
ほっ、としたねぇ〜、会計としては(笑)。

お参りも終わり、神社の一行は去っていった。
で、若林博士もいつの間にか、いなくなっていた。

■夜、神棚にあがった鯛を刺身にして、私と町内会長と、近所のお菓子屋の川嶋さんとで日本酒(笑)。
町内会長の中山さんは、そば屋を経営しているので料理はさすが、お上手。
日本酒が美味い〜。

「ところで、今日、若林さんがいたよね?」
と、中山会長が言い出す。
「あ、丁度、雨が降っていた時に・・・」
と、川嶋さんも思い出す。
「ふふふ。」
と、私は鯛の刺身に箸をつけた。


若林博士ログ日記2004★ 『第37回 台風は去ったが、博士のログハウスはビクともせず。』 2004,9,9
■町中に、昨日の台風が散らかしたトタン屋根や壁の破片などが散乱している。

久保商店も、店舗電飾看板(22万円)や、米選工事集塵ボックス(23万円)などの被害が出た。

聞くところによると、幌加内のソバは8割がダメになったとか。
残酷な情況はこれからも私の耳に入ってくるだろう。

■心配になっていた若林博士のログハウスを訪問してみると、さすが、ビクともしていなかった!


災害★『台風18号』 2004,9,8
■稲刈り直前の北海道に台風18号が直撃した!
始まりは午前7時50分。突然、「ガッシャーン!」という大きな音。
久保商店の2階に住んでいる私は、書斎の窓から道路を見ると、
遠くから車庫が飛んできているではないか!
「車庫が飛ぶ」って、どーゆーコト?
車庫は久保商店前に止めてあった2台のトラックにガードされて、止まった。
もしトラックが無ければ、久保商店の正面入り口の大きなウィンドウに直撃したであろう。

■午前10時。にわかに消防自動車や、パトカーが走り出した。
札幌方面から自動車でやってきた来客が、真っ青な顔で入ってきた。
「途中で私の車の前の大型トレーラーに、車庫が横から飛んできてぶつかり、
トレーラーは一瞬で、道路から横の田んぼに落ちてしまいましたよ。」
数秒違えば、被害に会ったのは彼だったかもしれない。

■昼休み、町の商店街から「今すぐ、ガスボンベをはずしてくれ。」との電話。
行ってみると、そこの通りが警察により封鎖されていて、左右の商店が破壊されていた。
トタン屋根がめくりあがり、手裏剣のようにバラバラと通りを抜けて飛んでゆく。
バラバラにならないトタン屋根は、巨大な凶器になり屋根のまま、電柱を襲う。
モルタルの壁は、ズルッとはがれ落ち、窓ガラスはバットで割ったように無くなっている。

■しかしそれらは、ほんの一部にしかすぎなかった。午後1時。消防団の出動要請がかかる。
それから私は、さらに破壊されてゆく町を目にすることになる。


若林博士ログ日記2004★ 『第36回 雑木林の草刈り』 2004,9,7
■若林博士のログハウスに行く。
今日も、暑い。
雑木林から、ガーガー、ザーザーと、機械と植物が格闘している音が聞こえている。

大きく伸びた笹ヤブから、博士がひょこっと顔を出す。
頭にタオルでほっかむり、目をガードするゴーグルもして、草刈の真っ最中だった。

なんだか、見ているだけで私もかゆくなる(笑)。

■私の顔を見つけると博士は、照れながらニッコリ笑い、作業を中断してお茶を入れてくれた。
札幌での『坂本順子展』を観るべきだと、推薦。
会期中に行きたいと、博士も言っていた。


病気★『先天性脳動静脈奇形』 2004,9,6
■昨日、札幌で観てきた『坂本順子展』が良かったので、何人かの知人にメールで紹介した。
その中に、2ヶ月前の7月に脳溢血で倒れて退院したばかりのakillerさんもいた。

彼が言うには、「7月2日のこの時が、先天性脳動静脈奇形による、今も後遺症が続く、長い失語症の日々の始まりだった。」ということらしい。

さっそく、彼からも返事がきた。
病状も回復に向っているみたい。
いいねぇ〜♪


>To: 久保元宏
>Subject: Re: メール、届いていますか?
>Date: Mon, 6 Sep 2004 20:50
>
>ども、斉藤 彰です。
>このたびは、いろいろご心配かけて恐縮です。
>酒解禁になったら、自家製ワインでも飲みましょう。
>
>>斎藤さん、久保元宏です。
>>メール、チェックされていらっしゃるとのことですが、よく考えてみると、アキラさ
>>んのアドレス、5個ぐらい記録されていて、どれがいいのか、分りません(笑)。
>
>メールは、どれも一応見られます。
>
>
>>とにかく、昨日行ったギャラリー、◆「坂本
>>順子展」 ギャラリー門馬ANNEX
>>すばらしいです。
>>13日までですので、是非、観てきてください。
>
>話しかけられることが(身内・友人は別ですが)、
>今のところ苦手なので、里香をさそって行こうかな。
>退院後は、やたらにCDやら本やら片づけしています。
>何せひまなもので。(笑)
>
>斉藤 彰


個展★『「坂本 順子 展」』 2004,9,5
ギャラリー門馬 ANEX
札幌市中央区旭ヶ丘2丁目3-8 電話;011-562-1055
『坂本 順子展 −彼女の領域−』
2004年9月4日(土)〜13日(月) 11Am-5:30Pm
▲竜馬(カミキリムシ男爵)「長く新道展会員で
ありましたが、2003年に退会し
フリーになってからの初めての個展です。
アッサンブラージュと言うジャンルだそうですが、
「廃材アート」とも呼ばれたりしている様です。
幅1.4m、奥行き14mの細長い展示室なので、
大きな作品は1枚だけ展示してありましたが、
他は25cm×50cmのBOXが4点と
鉛筆で黒く塗りつぶした紙と
廃材を組み合わせた作品が3点の展示です。」


■んで、さっそく上記の個展に行ってきました。
高台にある高級住宅街。そんな路地に、ギャラリー門馬 ANEXはありました。

写真のように細長いローカのような空間に廃材を漆喰に塗りこんだ作品が並ぶ。
なんだか、映画『2001年宇宙の旅』の宇宙船内のような異次元のようです。

■このギャラリーは、企画個展のスペースも魅力的ですが、
画家でもあるギャラリーのオーナーの所蔵作品コーナーも素晴らしい!
橋本三郎、難波田龍起、そしてマルセル・デュシャンなど&など!
▲マルセル・デュシャンの限定作品の中に隠されているメガネ。
ふつーは、このメガネをかけることどころか、作品に触るのもダメ(笑)。

『共犯新聞』社からも、個展のお祝いのお花が届いていました。

ギャラリー自体の建築もユニークです。
斜面に立地している建物ですので、ある意味、不利なんでしょーが、
それを逆手にとって、崖ギリギリにテラスがあったり、
屋内の間取りも複合的に2階が配置されていて、センスがうかがえます。

▲幅1.4m、奥行き14mの細長い展示室が、
彼女の領域なの?四角い箱に閉じ込めると
彼女の領域は「芸術」になるの?自分自身を
「彼女」と三人称で呼ぶ行為が生む多面性。


札幌彫刻美術館 企画展『北の彫刻展2004−新しい具象−』
伊藤三千代「私と石と意志」(2004、大理石)
▲神話になる手前のメルヘン。作家の人柄?
岡部亮「丘(歯)」「姉妹(乳歯)」(2004、木)
▲高村光太郎と比べれば彫刻でなく模型。
笠原昌子「蛹U」(2004、石膏)
▲本展は男より若い女性が素晴らしかった。
川上加奈「交響曲第5番」(2004、乾漆)
▲過去の名作を連想させるが独自の境地。
椎名澄子「輪生」(2004、テラコッタ)
▲女性作家に共通する文学性の最高峰。
野又圭司「ポストモダン スラム」(2004、木)
▲気持ちは分るが古臭い。咀嚼が必要だ。
野村裕之「幸福の背中−死霊」(2002、岩)
▲埴谷雄高の題だがウンコに見えた。失礼。
伴翼「あかり−@」(2003、大理石、真鍮)
▲意識の余裕がありすぎるのではないか?


常設展『本郷新記念館』彫刻651点絵762点
▲いつか同じ作品が新しくなって再会する。



■車を、JR札幌駅の駐車場に入れ、大丸札幌店でお買い物。

旭屋書店 札幌店
ちくま日本文学全集『長谷川四郎』
初版 (1992.12.18 筑摩書房)
装丁;安野光雅、解説;鶴見俊輔
新刊本\1000
▲古本でも入手が難しい作家。文学に
世界観や同時代性が必要な今、必要。

<目次>
小さな礼拝堂

模範兵隊小説集より(分遣隊
炊事兵
駐屯軍演芸大会)
▲香月泰男の絵を連想させるシベリア
での戦争記録文学。説得力のある小説
の見本のようだ。つまり、リアルに書いて
いるのに、それが比喩として成立する。
阿久正の話
随筆丹下左膳
『デルスウ・ウザーラ』解説
新人発言
詩より(花火の歌
未確認戦死者の歌
病人の歌
とうとうたらりの歌
兵隊の歌
兵隊女房の歌
原住民の歌
おかし男の歌)
九つの物語より(ききみみハンチング
白鳥湖
ぼくの伯父さん)
戯曲(守るも攻めるも―墨子)


■エルエテ@鍋ブルトン男爵からいただいた、チケットで下記の写真展も見る。

大丸札幌店7階ホール
写真展『GEOマガジン 動物写真展』
▲動物が好きな人は多い。ただし動物を見
て「かわいい」と思うのは、彼らが擬人的行為
をした時ではないだろうか。動物本来でなく。


■久し振りに、中古CDも買った。

札幌 レコーズ&レコーズ 南2条店

ツイ・ジェン『一無所有/ 俺には何もない』
(1993.11.17 東芝EMI、1987年に中国で
発売された『新長征路上的搖滾』を基に
1989年に香港EMIから発売されたCD。)
定価\2500→中古\500
▲私より、1歳年上。北京に初めてロック・
バンドが生れたのは1985年らしい。忘れ
てはいけない天安門事件が1989年6月で
あるから、このアルバムはツイが希望しなく
ても歴史上重要な作品になる。そーゆー
人工的な古典主義が私はイヤであったが
今年の正月に映画『再見』を観ちゃった。

AIR『WEAR Off』(1996.11.11 ポリスター)
定価\3000→中古\680
▲「ナマイキさ」って何だろう。よく考えると
自信だって相対的なもの。この硬質であり
自閉気味でもある音が必要な「年頃」って
絶対的にあるハズ。ナマイキな年頃に。

Third eye blind / サード・アイ・ブラインド
『Blue / ブルー』(1999.11 Elektra)
スティーヴン・ジェンキンス(vo,g,percus)
ケヴィン・キャドガン(g,vo,electric sitar)
アライオン・サラザー(b,vo,g,prophet t8)
ブラッド・ハーグリーヴス(d,vo)
定価\2520→中古\780
▲期待してたんだけど、普通(笑)。破綻
って、ある意味、才能なんだなーと想う。


訃報★『種村季弘』 2004,9,4
■8月31日の『共犯★日記』にも書いた、「若林博士の影響でワイルド・ライフ伝染病!」の、うら若き沼田町役場OLの植村美月@ミス夜高2004が、いよいよ完全設備のマンションから一軒家に引越しをすることになり、ガス屋の私として、配管工事をさせていただいた。
かなり古〜い住宅だ。築25年ぐらいだろうか?モルタルの壁も、崩れてきている。
かつては子供が2〜3人居る役場の中堅家族が住んでいたのだろうが、もはや古すぎる。
FFガス湯沸し器、シャワー、ストーブのエントツなどなど、いちいち工事した。
引越しが終われば、ヤング・ヒッピー(?)の溜まり場になるんだろーね。
たまには、オジサンも呼んでね(がくっ)。

■午後3時から、東一町内のパークゴルフ大会。
午後5時からは、その打ち上げ。野外ジンギスカン・パーティ、子供花火大会。
50人ぐらいの参加か。ノンベエ数人は、酒が無くなり、沼田大門でさらに焼肉&ビール(笑)。
会計の私は裏方の準備で、ひーこら。
飲みすぎだよ、オジサンたち(笑)。予算オーバーかも。

■夜、『共犯新聞』1面に種村季弘の追悼記事をUP。

訃報:種村季弘(たねむら・すえひろ、ドイツ文学者)、71歳
 ヨーロッパ文化の裏面史に光を当て、
文芸から美術まで多彩な評論活動で知られたドイツ文学者。
2004年8月29日午後8時25分、胃がんのため静岡県内の病院で亡くなった。
葬儀は近親者で済ませた。喪主は妻、薫(かおる)さん。
自宅は神奈川県足柄下郡湯河原町吉浜1953の6。

 1933年、東京生まれ。東大独文科卒。
出版社勤務の後、東京都立大教授、国学院大教授を歴任。
ヨーロッパの精霊や妖魔を論じた著書『怪物の解剖学』など、
該博な知識に基づき周辺的なものや異端に新たな視点を与えた。

1960〜70年代はフランス文学を故・渋澤龍彦が紹介し、
彼がドイツ文学を紹介するという文学愛好家にとってゼイタクな時代であった。

その時期、澁澤邸に集まった加藤郁乎(俳人)、唐十郎(劇作家)、李礼仙、
土方巽(暗黒舞踏家)、石井恭二(現代思潮社)、金子国義(画家)、
四谷シモン(人形作家)、砂澤ビッキ(彫刻家)らとの交流は今や伝説だ。

文芸評論に、精神分析の手法を取り入れた『壺中天奇聞』『夢の舌』がある。
ユーモアに富んだ『書物漫遊記』などのエッセーでも人気を集めた。
他の著書に『ビンデンのヒルデガルトの世界』『種村季弘のラビリントス』など。

 体調を崩し、1カ月ほど前から入院していた。


ロック★『ブラー「blur / ブラー」』 2004,9,3
■夕方、沼田町役場の財政課の辻山課長のところへ、灯油&A重油の値上げのお願いの見積書を持っていく。
わりとスンナリ、受け入れてくれて、「ほっ」。
今シーズンの油相場は、波乱含みのようだ。
メーカーは在庫を押さえようとしているし、ニューヨークの投機筋は高騰を演出しようとしているし、ブッシュは戦争を止めようとしていないし。

■若林ログハウスへ、羽有と一緒に行って、お茶をごちそうになる。
9月1日の札幌でのディープな夜を、二人でニヤニヤと回想する(笑)。
「畠山さんのキャラクターが面白い」と合意し、これから、こーゆー文化的夜遊びができるメンバーが増えたことを喜ぶ。


■昨夜、植村美月嬢から借りたブラーのCD『ブラー』をじっくり聴いて、『共犯新聞』「テラのRock名盤100」にUP。

★TERAのROCK名盤100枚!
2004年9月3日

第75位
ブラー『ブラー』 1996年

さて今回はBLUR。このアルバムからの
シングル曲をはじめてラジオで聞いた時、
お!デビッド・ボウイの新曲か?
メチャかっこいいじゃん!と、叫んでしまった。
ブラーはハンサムなデーモンのポップな曲と
ギターの人(昨年脱退した)の変態な曲とが
うまく混ざったところが魅力だ。そして本盤の2曲目の
「Song2」はクールなエイトビートで始まり、
抑え気味のヒラ歌部分から「フーフー」の掛け声と共に
いきなり怒涛のパンクビート、ディストーションギター!
ライブでは観客はもうダイビングの嵐よ。この曲、
サッカーのイングランド代表のテーマ曲だったけ?!
90年代はイギリスのバンドはほとんどアメリカでは
成功しなかった。それよりもっと地域的な個性が
取りざたされるようになったのではないか。
マンチェスターとか、シアトルとか、
シリコンバレー(ロックと関係ないか)とか。

久保の眼
■もうすぐ稲刈りだ。「稲刈り」っーコトは、もーすぐ
2005年だっちゅーコト。つまり、'00年代ももう早、
半分を過ぎようとしているっちゅーコト。そーすりゃ
商売っ気の濃いマーケティング・ゴロ(笑)などは、
色めきだってさっそく、「回想の'00年代」をデッチ
あげるだろう。そして今、語られているのは1996年
のブリット・ポップだ。このアルバムは確かに彼らの
心機一転となった画期的な作品であった。しかし、
たとえば1974年の段階で、1966年のビートルズの
画期的なアルバム『リボルバー』を想う時、もしくは
1984年の段階で、1976年のセックス・ピストルズ
の超衝撃的な「アナキー・イン・ザ・UK」を想うホド
の衝撃は1996〜2004年間には無い。
■我々は、「衝撃」を「進歩」と誤解しているのか?
1990年代のイギリス・ロック界において、最も成功
したブラーが5作目にして、それまでとまったく違う
方法論を散りばめた作品を作ったのも、ロック史の
至上命令(?)である「衝撃」を演出しなければな
らないサガがあったからなのか?陳腐な言葉だが
その呪われた自動律を、「勇気」と呼んでみたい。
だって、ロックの優れたイノベーターたちはみんな
「勇気」を持っていたのではないか。ヒット曲作りの
ノウハウを誰よりも持っていたブラーの自己否定が
こんなにも魅力的な作品になったのだからブリット
ポップがテラのROCK100に入った事件の衝撃を
今は楽しみたい。それに値するアルバムである。


バー★『デリンジャー』 その2 2004,9,2
■真夜中12時過ぎ、
「おお!俺はススキノに居る!」
と、ワケの分らないハイ・テンションになっている畠山さんをデジカメでパチリ。

ススキノ夜遊びは午前3時まで続き、ラストは恒例になってしまった地下のロック・バー「derringer」。
相変わらず、入り口のチェーン。ワケの分らん、韓国ハード・ロック(笑)。
不思議な世界に上林&畠山、きょろ&きょろ。

畠山氏の「おもしれぇーよー。」という、ほたる館経営の不思議さ(?)を、グチというよりは、その第3セクターならではの苦労を楽しんでいる彼のたくましさとして、興味深く聞かされた。
ただし、話し足りないのは畠山さんだけらしく、若林さんはカウンターで、こっくり、上林さんは店の隅に自分でイスを集めてベッドを作って、こっくり。君は、野鳥か?

んで、しょーがなく(?)沼田町へ、私が運転して帰宅。
着けば午前5時。
「また、さそってくれぇー!」
という畠山さんの声が脳味噌に残る。

■午前5時30分に寝て、午前7時に起床。
今日も、ふつーに仕事だ。

本州から、新ソバのオーダー。
稲刈りはまだでも、新物の相場は動き出しているのだ。

■7:30Pm
英会話教室「すずめの学校」の後期授業開始。
夏休み中のロンドンなど、ほぼ世界一周をしたメリッサ先生(1981年生れ)の話を聞く。
隣町の秩父別のAET(アシスタント・イングリッシュ・ティーチャー)が、変わったようだ。
マンチェスターの人から、スコットランドのリンダ嬢になったらしい。
秩父別はUK好きですなぁ〜。

■帰宅後、第四次『新思潮』メンバーの成瀬正一に興味を持ち、調べてみる。
んが、
眠いので、早々に寝る(笑)。


展覧会★『「川畑 盛邦 展」』 2004,9,1
■我が社の数少ない社員の、好川君が手のひらのケガで入院後、しばらくリハビリで通院していたが、本日、よーやく全治療が終了。
たかが、手のひらでも、車の運転も、コメかつぎもできない。
もうすぐ、稲刈り後のヤミ米屋の最盛期が始まる。
それまでに、戦線(?)復帰に間に合ったことに、感謝。
おそらく稲刈りはあと2週間後だから、仕事を好川君にまかせせて、御気楽な私が遊べるのも、あと2週間。

■そこで、さっそく今日は仕事を午後4時に終わらせる。
札幌の「ギャラリーどらーる」のオープニング・パーティに向うのだ。
私の愛車に、若林博士、上林文雄@元スーパーマーケット経営者、畠山裕二@幌新温泉ほたる館支配人が乗り込み、久し振りの高速道路でカッ飛ばす。

■それにしても、不思議なメンバーだ。
結果的に私が一番若いが、仕事もバラバラ。
後部座席で会話する上林さんと畠山さんなどは、同じ町に住む「有名人」(?)なのでお互いは知っていても会話をするのは初めてだという。

■午後6時からのオープニング・パーティにギリギリに間に合い、会場に入れば、オーナーの坂本夫妻が驚いて私たちを迎える。
「あっ!久保さん・・・。し、しかも若林さんも。あらら、・・・畠山さん。え!上林さんまでも。」
アポ無しだったわけで、どーも乱入、すみません。
そんなワケで、田舎者の珍道中が始まったわけです。


■まずは、6Pm〜8Pm ギャラリーどらーる
ハイソなギャラリーのオープニング・パーティにまぎれ込んで来ました(笑)。
■このパーティには、北海道画壇を代表する偉大なる約50名の方々が参加。
その中に沼田町から、自称「史上最強の部外者(がくっ)」として侵入しました。
ついでに、若林博士、ギョロメ支配人、無職フーミンも連れてのタダ喰い集団!
■ローカル・パワー丸出しの天然イナカ者の我々は、しっかりと浮いていました。
それでもハイソな中にもシニカルなユーモアを交えつつ、有意義な時間でした。
美術館には死体が飾ってありますが、ギャラリーには生肉がぶらさがっています。
ただし、生よりも美味しい乾物の方が有名ですが(笑)。


個展『川畑 盛邦 展』オープニング・パーティ
▲人物画である。しかし普通の人物画を描く
画家とは、まったく違う興味で描かれている。
じっと絵を見ているとまるで騙し絵に隠されて
いる人物を探し出すかのように、画面から人
の存在がいくつも浮かび上がってくる。まるで
日常の風景に潜んでいる幽霊の姿が見え出
すかのようだ。または、目の前の人間が霞み
だして、風景に溶け込んでゆくかのようだ。
その境目のバニシング・ポイントを描き留めた
作品群なのだが、そのあわいの世界に漂う
半透明の存在が人物でなければならなかっ
た点に作者の興味の中心が潜んでいるので
あろう。たとえば、人物ではなくて、静物でも
建築物でも動物であっても良かったはずであ
る。人物とそれらとの最も大きな差異は表情
を持っているかどうかである。しかし、川畑は
人物の最大の特徴である表情を描かない。
また、普通の場合に画家が人物画を描きた
くなる衝動を準備するのは、魅力的な顔や
ポーズである。それらをまとめて、「表情」と
呼んでも良い。しかしやはり川畑の描く人物
からはストイックなまでに表情が削り取られ
ている。私の言う意味は具象の人物画が、
茫洋とした曲線の抽象化や図形化によって
表情が無くなるというのではない。たとえば油
の上に鉛筆の線で描かれる顔や手の指には
高水準の描写技術が披露されている。その
描写でさえ表情が目的なのではなく、ガスに
なって消え行く幽霊の存在証明として必然
のために選ばれた技法としか思えない。人
物でなければならなかった理由を探るヒント
が絵の題。作品はほとんどが「風景03-2」の
ように、「風景」と日付の組み合わせである。
人物画の題を「風景」とすることにこだわった
点に、作者の強烈なメッセージがある。だれ
もが倦怠期の中年夫婦のイイワケのように、
人間を「(アタリマエの)空気のような存在」に
感じることがあるだろう。満員電車から吐き
出される群集に表情を捜す趣味を持つ者は
いないだろう。しかし、川畑が立ち上るガスの
ような人物を愉楽を持った配置で描き並べた
時、そこに彼が小さな円を描けば求道的に
見えるし、そこに彼が三角形を描けば人類の
愚かさと知恵と希望を同時に、複雑に象徴し
ているピラミッドに見えてくる。人物の表情を
削り去った時に見えてくる「風景」が、大きな
表情を持って私たちに音楽を差し出すのだ。


■パーティ終了後は、4人でススキノに繰り出した。

9Pm 文化食堂
・テーブル・チャージ   320円
・さんま竜田揚げ     680円
・さんま刺身       680円
・さんま塩焼き      680円
・豚しゃぶ根野菜のサラダ 620円

元々、魚のプロの上林さんの魚への視線は厳しい。が、「うまい、うまい。」
現役ホテル支配人の畠山さんは、せっかくのチャンスのマーケット・リサーチと、デジカメを取り出して研究熱心に料理の盛り付けを撮影。
なかなかサービスの良い店であった。

10Pm スペイン居酒屋「Toro(トロ)」
北海道札幌市中央区南3条西2丁目 HBC三条ビル地下1階 
 TEL 011(232)4522
営業時間 5:30Pm〜11Pm(不定休)
※豪華フラメンコショー開催中!(毎月 第3土曜日)

<ワイン>リオハ・レゼルヴァ---- 2800円 ←価格が良心的。期待通り濃い。
オリーブの実---- 300円 ←これを美味しいと思えるかどーかで洋食度チェック。
ソバ・デ・アホ(ニンニクのスープ)---- 520円 ←簡単な料理だけど美味い!
牛の胃袋の煮込み---- 840円 ←トマト味。内臓料理のお国柄って面白い。
イカスミのパスタ---- 840円 ←もちっとした食感。意外とあっさりした後味。

■和風居酒屋で、さんざん飲み食いしたあとなので多くは食べなかったが、
私が選んで4人で食べたメニューが上記。なかなかセンスいい選択でしょ(笑)?
特に評判が良かったのはソバ・デ・アホ。ニンニクとオリーブ・オイルの魅力だね。
■ここは以前から入りたかった店なのだが、なんとなくハイソなイメージがあった。
しかし、15年間営業を続けてきたスペイン料理店「Oh!Pie(オーパイ)」が、
リーズナブルな価格になってリニューアル・オープンしたので来てみた。
本当に安い!まるでスペイン並だ(って言っても行ったこと無いんだケド・がくっ)。
■オーナー・シェフは、過去に客を連れて何度かスペイン旅行も実施したらしい。
メンドーくさい(笑)ので今は一人で行っているそうだが、スペインを超愛している。
■食事をした4人は料理に詳しいので色々と質問をしたら料理法を教えてくれた。
酔っぱらいは「若林博士、今度、同じの作ってネェ〜」と、にこにこ満足。



 6月末サービス終了のお知らせ

タレントプロフィールラッキーBINGO楽天イーグルスツールバーフリーメールニューストピックス