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アートなオヤジの、文科系★不良日記!


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若林博士ログ日記2004★ 『第35回 博士の影響でワイルド・ライフ伝染病!』 2004,8,31
■夜高あんどん祭りが終れば、雨!
祭りの最中でなくて良かったネェ〜。っーのが、今日の沼田町民の挨拶言葉。
ところでこの雨は、台風16号のもの。
今年は本当に台風が多い。夏は猛暑だし、なんだか今年観た映画『ディ・アフター・トゥモロー』みたいだなぁー。来るぞ、南極の氷溶け!・・・ってか?

■そんな中、札幌の某エレガント美人画伯から、Eメールに下の添付写真。
なんと、近所のガソリンスタンドが閉鎖して撤去工事をしている最中に爆発したそうだ!
あわてて今朝の新聞を見ると社会面のトップにデカデカと報道されている。
でも、メールで送られてきたこの写真のほうが事故の衝撃を伝えてくれている。

美人画伯は若林博士も共通の知人なので、さっそく報告に行く。
「いやぁー、札幌の某エレガント美人画伯さんのすぐ近所でガソリンスタンドが爆発したそーですよ!」
「えっ?ああ、ほらっ、例の新聞に載っていたやつ?」
「ええ、そうですよ。すごい音だったようですよー。」
「ガソリンは満タンの状態よりも希薄になったほうが、酸素と化合して爆発の・・・(と、以下、化学記号を交えての講義)。」
「なるほど!(と、答えているが半分は理解できていない・がくっ)」

■こんな時は話題を変えるのに限る(笑)。
「あ、博士、ほらっ例の、すずめの学校のミス夜高あんどん祭り。」
「ああ、祭りではりきっていたねぇ!」
「あの人、来月に今住んでいる公営住宅を出て、一軒家を借りるそうですよ!」
「ええ!?あの公営住宅って、新築だしオール電化で若い人には最高の場所ではないですか!?」
「そーなんですが、なんだかワイルドな生活をしたいそーで。」
「へっ?ワイルド?」
「なぁーんだかなぁーっ。」

■ミス夜高嬢は、若林さんのログハウス生活に感化されたのではないか?
というのが私の見方だ。
早朝から博士のログハウスのベランダでパスタを食ったり、ほらっ例の毛蟹パーティとか、かなりエンジョイしていたからだ。

まぁ、私の会社が配管工事もできるので「シャワーをつけてください。」との要望を彼女からいただき、カギを借りていた。

「博士も彼女の引越し先の家の中見てみますか?」
「そうだね。簡単な棚ぐらいなら作ってあげてもいいよ。ほら、材料も工具もあるし(笑)。」
こりゃもー、大工との会話である(笑)。
博士の奥さんも、ニコニコと声をかける。
「そうですよぉー。腕は分りませんが、とにかく材料ならここに沢山転がっていますし。うちの主人が何でも作って差し上げますよ。」
ああ、これまた、大工の妻の発言である(笑)。

■さっそく、ミス夜高嬢から借りていたカギで博士と一緒に、引越し先の一軒家を見に行く。
築30年のモルタルで、どー考えても23歳の女性が積極的に住みたくなる場所ではない。
シャワーの取付を頼まれていた私は、中古のガスFF湯沸し器が会社にあったのでそれを無料で進呈することにした。
見ると、風呂場のエントツの穴が外に向かって出ているところに空間があって、冬は寒そうだ。
「ここ、博士にお願いしていいですか?」
「はい。ここに私のログハウスで余ったグラスウールを詰め込んで、内側に耐火ボードを貼って、外からセメントで埋めましょう。」
さすが、大工との打ち合わせ(?)は話が早い(がくっ)。

帰り際、博士はこの古い家をしみじみ見ていた。
「博士、ここは以前、沼田町役場の職員が交互に住んでいたようですよ。けっこー広いですから、かつては3〜4人家族の職員住宅だったんでしょうね。」
「ここには、ほらっ、例の名古屋から来ていた陶芸作家の女性も住んでいましたよね。」
「あっ!そっか。」
私はうっかり忘れていたけれど、ほろしん温泉ほたる館に併設していた陶芸館で働いていた美人陶芸作家が住んでいたところだ。
彼女の最後の引越しの時に博士は旭川空港まで自家用車で送ってあげていたのだ。
「彼女から最近メールが来て、ザ・フーのコンサートに行ってきたそうですよ。」
「ふー?」
それはまぁ、『共犯新聞』に載せた記事でもあったわけで。
今度、ここに住むミス夜高嬢もロック好きで、広い茶の間を改造してダンス・ホールにするとか。
引越しの準備にギター・ケースがすでに3つほど置いてあった。
一軒家でロケンロー生活なんて、まるで60年代のウッドストックのビッグ・ピンクじゃんか!
ってゆーか、引越し前から「引越しパーティは9月19日の夜ですから!」と決まっているのも、なんだかワイルド・ライフである(笑)。

若林博士の無言の大工仕事は、ひそかにワイルド・ライフを伝染させているようだ。


テレビドラマ★『おりんさん』 2004,8,30
■夜高あんどんも終わり、「ホゲーッ!」と、のんびり昼メシを喰っていた。
いつもであれば昼メシはNHK『お昼のニュース』を見ながらで、その後はNHK教育の語学講座(=昼休みは英語が多い。)を見てチョンなんだけれど、気分転換に12時30分にテレビのリモコンをガチャ&ガチャやってみた。
すると、いきなり「志ん生一代」のタイトルが目に入った!
なにぃい〜!?
そのタイトルの左には大きく『おりんさん』。どうやら、こちらがこの番組のタイトルらしい。

長めのコマーシャルにイラつくと、テーマ・ソングが流れてきた。
ヘンテコリンな演歌だ。
この声は、美川憲一?
かと思いきや、なんと、1950年代のロカビリー3人男(←つーても、今や誰も分らないか。でも、今日の話題はそんなコトばっかが、これから続く・笑。)の、山下敬二郎ではないかっ!
ちなみに、彼のパパは「元祖お笑い王」のキャッチフレーズでお茶の間でも人気者だった柳家金語楼なワケだ。
うむむ。憎いっ!このキャスティング、落語ファンの心をくすぐるなぁ〜。
でも、かつてNHK『紅白歌合戦』でロックに合わせて羽織&袴でツイストを激しく踊るパフォーマンスを見せた柳家金語楼の息子のロカビリー歌手だから、私としてはロケンロールでこの番組のタイトル曲をキメてほしかったゼェ。
んなコトを思いながら昼飯をかきこんでいたら、歌詞の中に「♪今日も朝帰り〜」なんてフレーズもあったりして、意味も無く☆ドキリ。

これが、TVHのお昼12時30分から再放送されている『おりんさん』であった。
最初に放送されたのは、1983年というから私が東京でモヒカン・パンクスだったころだ。
全45話だと言うのだが、私には記憶は無い。
放送時間が23分なので、昼メロだったのかもしれない。

原作は結城昌治の『志ん生一代』。古本屋でもよく見かける落語コーナーの定番本だ。
それがテレビ・ドラマ『おりんさん』のサブ・タイトルにもなっているので、私は「なにぃい〜!?」であったワケだ。
志ん生、つまり落語家・古今亭志ん生は超名人として昭和落語界の最大の存在である。
言動、生活そのものも魅力的であったらしく、貧乏時代の苦労話も伝説になっている。
その貧乏時代をささえた妻「りん」を描いたのがこのテレビ・ドラマ『おりんさん』だ。
たしか、当時はNHKテレビ小説『おしん』が放送していたので、タイトルも似ている(笑)が、「貧乏」というキーワードが視聴率を稼げた時代であったのだ。

出演は、主人公おりんさんに、池波志乃。
これが泣ける(笑)。りん役を演じる池波志乃は志ん生の孫娘にあたるからだ。
志ん生には二人の息子がいて、両方とも優秀な落語家になったが、兄は若死。
弟の古今亭志ん朝師匠も、2001年10月1日(月曜日)午前10時50分に、肝臓がんで死んだ。享年63歳。
老いてからの志ん生の芸が素晴らしかっただけに、63歳の死は「若死」だ。

肝心の志ん生の約は、中村嘉葎雄。
インターネットの悪名高き2チャンネルでは、「スカパーのおりんさん、第1話見たけど、中村嘉葎雄はどうも志ん生っぽくないね。」なぁ〜んて意見も出ていた。
ふむ。確かに、マンガっぽすぎる。ビートたけしの父親役に合うんじゃあーねぇか(笑)?

他の出演は、池波志乃の実の夫(笑)の中尾彬とか、古い日本映画の常連の大坂志郎など。
ナレーションが、古今亭志ん朝っーのも泣ける(←泣いてばっかりじゃん・笑!)。

■あと、実は私がこの再放送を知って狂喜した別の理由は、近所の飲み屋のダンナから、『志ん生全集』と『志ん朝全集』とゆー全部で100本ほどのカセットテープを借りていて、聞き込んでいる最中だったもんで。
「落語とは音楽の一ジャンルである」とは、私の名言(笑)だが、志ん生のカセットテープは意味を追わずにダラ&ダラと流しているだけでも、耳に心地よい。

う〜む。
落語って、やっぱイイですなぁ。

■下記は、私の書斎に転がっている落語テープ&本です。


若林博士ログ日記2004★ 『第34回 祭りの後片付け』 2004,8,29
■昨夜は、最後の最後で、あんどんが根本からボッキリと折れるとゆー前代未聞の事件があったが、その後は何事も無かったように、ナオライ。
2ヶ月間、あんどんを作ってきた製作倉庫が最終日には打ち上げ宴会の会場になるのだ。
青いビニール・シートをひいた上に、あんどんを格納した老若男女がゾロ&ゾロとやってきては、ドカッとあぐらをかいてビールや日本酒を飲みだす。
若林博士も私もモチロン、それにも参加(笑)。
話題の中心は、やはりさきほどの破壊された神木。
本当にケガ人がゼロであったという奇蹟に、みんなが驚き、感謝していた。
特に、あんどんの上に乗っていた二人は、今さらながらにゾッとしていた。

沼田商工会あんどんチームの「ナオライ」は例年のごとく、深夜まで続いたが、深夜12時を回って日が変わった頃、商工会青年部の若手がなにやら怪しい動きをし始める。
「始まるぞ!」と、思った私はそれまでアグラをかいていた会場の中心からいち早くコッソリと席を移動する。
博士が倉庫の入り口に座っていたので、隣りに座る。
「博士、始まりそうですよ。」
「ああ、例のヤツね。」

賑やかな飲み会に、青年部若手の声が響く。
「小西さん、新築おめでとーございます!」
会場内の約100人の人間が一斉に小西の方を向く。
手拍子が始まり、それがじょじょに大きくなってゆく。
「しょーがねぇーなぁー。」という風の小西が背中を丸めながら裸になり、会場中央の壁際に座る。
そこでもう一度、「小西さん、新築おめでとーございます!」の声。
それにあわせて4人ほどが持ってきていたバケツに入っていた冷水をブッかける。
・・・これが、あんどん祭りの最後の行事(がくっ)。
そんなワケで、「出産おめでとーございます!」とか「新車納車おめでとーございます!」とか「フラレたけれど、ヨリを戻しておめでとーございます!」とか20人ほどが、お祝い(?)の水をかけられる。
添付の写真のように、なんだか理不尽な拷問(?)のよーだ(笑)。

「博士も新築祝いをしてもらったら?」
「いえいえ、私のログハウスはまだ完成していませんから。」
・・・なるほど。だから、完成させないのか(?)。


■と、12時過ぎまでガン&ガン飲んでも翌朝9時からは、祭りの後片付け。
特に今年はあんどんが破壊したので、クレーンを2台用意しての分解作業。
さらに、バッテリーはずし、製作作業場の掃除。
最後に野外用の投光機を高い位置からリフトで博士がはずして、かたづけ終了!

かつては、作業場にあまったビールや日本酒をすべて飲むまでが後片付けであったが(笑)、最近はサスガに、そんなバカなことはせずに、場所を変えてラーメン屋の2階でラーメンとチャーハンをサカナにビールで、打ち上げ。
(結局、飲むんじゃンカ!)
私は、よく分らないが役員だったので、大きな器でビールの一気をさせられた。

で、日曜だし、三々五々とヒトはバラけて帰る。
最後まで数人残っていた。
その中に、博士もいたのは言うまでも無い(笑)。
それから博士は、奥さんと一緒に幌新温泉ほたる館に汗を流しにいったとさ。
それにしても、博士の奥さんはせっかく横浜から来たのに、ほとんど博士と一緒にいなかったみたい(笑)。
祭りも終ったし、これからお二人でゆっくりしてくださいね。


若林博士ログ日記2004★ 『第33回 商工会あんどん、破壊する!』 2004,8,28
■2日間に渡って繰り広げられる沼田町「夜高あんどん祭り」も今日が最終日。
観客のミナサマにとっては、2日間ある中の後半ですが、6月から毎晩集まって製作をしてきた者たちにとっては、なんだか夏が終ってしまう悲しさと合わさって、不思議な昂揚感があります。
まぁー、今年の場合はアテネ・オリンピックの最終日とも重なって、なにも&かにもが終ってしまうような寂寥感(←おおげさ?)があります。
特に私のよーな、ヤミ米屋にとっては田んぼの稲がもう早、黄金色になってしまい、稲刈りが9月の4〜5日からスタートしそうなので、「おいおい、もう遊べないのかよ〜」ってな感じです(笑)。

■まぁ、そんなコトはなんのその、とりあえずは今日を遊びましょう〜ってコトで、午前9時には、あんどんが置いてある町内の中心部に集合。
昨夜の大型あんどんぶつけ合いで、壊れた部分の修理を行うのだ。
若林博士は、お得意のロープを中心に修繕。
私は担当している、あんどん後部の縄の修理。
・・・をしようと思ったら、昨夜も参加していた旭川自衛隊の15人がゾロ&ゾロやってきて、手伝ってくれた。
つーか、「これを、こーゆーふーに・しておいて。」と言っておくと、「分りました!」と一斉に声があがり、私は路肩に腰掛けて缶ビールを、プシューッ(笑)!

「博士、昨日は真っ直ぐに帰ったんですか?奥さんもいますしー。」
「あはは。さすがに疲れました。」
「私はあれから、焼き鳥屋に行きましたよ。」
「ぐふぇっ。」
「ほらっ、例の28歳の北海道開発道路建設部の事務官を連れて行ったんですよ。」
「あー、しまった!手造りブドウ液を彼に届ける約束だった!」
と、博士は手造りブドウ液をとりに愛妻の待つログハウスへ戻った。
私は、缶ビールをゴク&ゴク。
「昼間の酒は美味いなぁ〜。」

手造りブドウ液を手渡してから戻ってきた博士を待っていたのは、あんどん正面のぶつかりで大きく破けた紙を貼る作業だった。高い部分なので、リフトにパレットを付けてそこに座っての高所作業。
私は、缶ビールをゴク&ゴク。
時々、自衛隊の諸君の作業を点検に行っては、「あー、そうそう。あ、ここは、こうね。」。

昼には、沼田町を見下ろす五カ山牧場にて、ここの牧場で育った黒毛和牛を炭火で食べる「牛肉祭り」。
博士と奥方は、日差しの強い中、美味しい黒毛和牛をモグ&モグ。

その間、私を含む沼田町商工会青年部と、旭川自衛隊15人は、牛肉祭りから買ってきた肉を、あんどん修理作業場で、ペロリ。
また&また、ビールをプシューッ。

午後からは、バッテリー係りが搭載作業。
その他は、パチンコ屋で運試し(笑)。
私は帰宅してEメールのチェック。
ギャラリーどらーるHP掲示板に、竜馬氏が沼田町あんどんのことを書いていたので、ちょいとレス。
それから、「午後3時に起こしてくれ〜」と言って、ベッドに、にゅるり。

■午後5時、太鼓の披露や餅まきなどのイヴェント後、あんどんは最終日の出発。
いつもの掛け声の「よいやさー!」「よいやさー!」が響き渡る。
博士も昼寝をしたのか、スッキリした顔で登場。
例の28歳の北海道開発道路建設部の事務官も登場。
「あれっ?札幌に戻るんじゃあーなかったの?」
「いやぁーっ。アレをもらったからには、出ますよ(笑)。」

照明がともり、各地で大型あんどん同士の激しいぶつけ合い。

前夜祭でガイジンに混じってから連日会っている小樽商科大学の学生も来ている。
途中、行進が止まっているときにあんどんの下でアグラをかいて日本酒を飲んでいたら、彼がやって来た。
「久保さん、カンロクありますねー。」
「がはは。」←実は少し疲れているだけ(がくっ)。
「楽しいっスよー。」
「ところで、お前、なんで清水のハンテンなんか着ているの?」
清水とは、富山県小矢部市清水地区のこと。
沼田町の夜高あんどん祭りは彼らから伝授されたのだ。
「この清水のあんどんは、オレのオジサンからもらったんスよ。」
「へ?だってお前、札幌から来たんだろ?」
「ええ。でも、オジサンは沼田の人なんですよ。」
「ああ、なるへそー。で、どこの人?」
「えっと、沼田町役場の西側の道路を挟んだとこのー。」
「ええ!?あーそう、知ってるよー。」
「あの家がオジサンで、その裏にジイチャンが住んでいたんですよ。」
「ゲッ。」
「知ってますか?体のデカイ、ジイチャンですよー。」
「知ってる、知ってる。もう死んで数年経つよな。」
「はい。」
「オレ、沼田にUターンしてきてから、14年経つけど、最初の頃、毎年、8月の中ごろに会っていたよ。」
「本当っースか?」
「うんうん。ほら、お盆休みになってウチの会社の社員が全員休むと、しょーがなくオレが店番をしてるワケだよ。そん時に、毎年、来ては豆の小さい袋を1つ買ってってくれたんだよ。」
「へぇー。」
「そんでさ、毎年、店番をしている時に来るから、たまたま会うだけかと思ったらさー、そーじゃあなかったんだ。」
「え?」
「実はオレのジイサンが石川県金沢市の高校を卒業してから、北海道に裸一貫で渡ってきて、最初は帯広の方に住んでいたらしーんだけど、色々とヒッピーのように転々として、当時の国鉄駅の石狩沼田駅に汽車で降りてきたわけさ。そこの駅前に豆を扱う雑穀屋があって、オレのジイサンは高校でソロバンや習字が得意だったから、すぐに番頭になったわけなんだよ。」
「はぁ。」
「んで、そこにお前のジイサンが就職してくるワケだ。すっげー昔だから、働いている人はみんな、その店に住み込みしているんだから、兄弟みたいなもんだよな。」
「ええー!そんなことがあったんですか!ひょえ〜。」
「そーそー。で、お前のジイチャンは体がデカくてさ、力があったんで豆をかつぐ仕事には大活躍したそーなんだよ。」
「確かに体の大きいジイチャンでした。」
「まぁ、それからオレのジイチャンは昭和8年に独立して、久保商店を起こすわけだ。」
「ふーん。今も元気なんですか?」
「んなワケないじゃん。明治のヒトだよ。20年前に死んだよ。」
「ふーん。」
「で、だよ。お前のジイチャンは、毎年、お盆になると久保商店まで来てくれていたんだよ。」
「あっ!」
「本当は仏壇で線香をあげたかったんだろーが、照れ屋なので、店先にまで来て昔の絆の豆を買っていったんだよ。」
「・・・。」
「それに気が付くのにオレも数年かかったけどな。」
「はぁ。」
「ある年、お盆になってもお前のジイチャンが来なかった時に知ったのさ。」

「奇遇」とは気が付くかどうかの差にしかすぎない。


■あんどん祭りはいよいよ、午後9時に近づきクライマックスを迎えた!
激しいぶつけ合い!
博士は舗道からはみ出している観客が危険であると心配する。
祭り本部から「危険ですので、車道に座っている方は舗道に上がってください!」と何度もアナウンス。
「そんなコト言っても無駄だよー、今さら。身動きできないよ。最初ッから車道に座っているのを許していた本部の責任だよ。」と、博士。
金曜日に少なかった客は、どうやら土曜日に集中したようで、すごい数の客だ。

■そんな危険な状態で、祭りのクライマックスには、本当に危険なことが起こってしまった。
ここで、3つのEメールを紹介しよう。

ドクター中神より
>this summer we had a homestay student from Romania.
>Numat cho had seven homestay students.
>In Andon Festival, we broke an axis of Andon.

彼のメールに添付されていたのが、下に添付してある写真だ。
役場の大型あんどんとのぶつけ合いの時に、中央で支えている太い丸太が折れたのだ!
昨日の日記の写真と比べてみると、よく分るだろう。
あんどんの上部が全て後部に倒れてきた!

大坂の井内正樹さんからのEメール。

>「中神さんのthis summer」について返信します。
>>井内さん、久保です。
>>中神さんから写真が送られてきたので紹介いたします。
>>あんどんの写真は、かなり衝撃的ですが、最終日のぶつけ合いの時に、中心にある木
>>が折れました!あんどんが破壊したのです。
>>これは、吊りあんどんを潰す程度の話ではなくて、本当にあんどん自体がつぶれました。
>>奇跡的にけが人はいませんでした。
>>ヒデンコの頭を頂上の鉄パイプがかすったようです。
>>あと3cmずれていたら、彼は頭蓋骨陥没で死んでいます。
>⇒刺激的な壊れ方ですね。
>  観てる方は、面白かったでしょうが、遊んでいる方は背筋が寒くなりますよね。
>  よもや、このような事は予期していなかったでしょう。
>  もしもケガ人が出たら、祭りの継続が困難になるかも知れません。
>  色々な危機を想定し直す事が必要でしょう。安全に遊ぶ事が一番大事です。
>  幸運にも、来年からの教訓になって良かったですね。

平取町から観客として来ていたヤマダくんからのEメール

>土曜日にお邪魔しました。
>とても良いお祭りでした。街中が楽しんでいるし、
>町のみんなで作っている感じがしました。
>みんなのはっぴの背中の「沼田」の文字がまぶしかったです。
>また何故か『共犯新聞』ゲストブックにカキコみできなかったのでメールしました。
>・・・商工会のあんどんは復活したかな?目の前でバックリ折れてました(笑)

■折れた時、私はあんどんの後の右角で、前の情況を見ながら後部に支持を送っていた。
あんどん後の責任者としては、想像できない惨事が起こった可能性まで思いをめぐらせた。
後で押していた約100人にとっては、自分の方に向かってあんどんが倒れてくるのだから、恐怖はかなりのものであっただろう。
しかも、押しているものは後ろからも他者に押されているので、逃げる場所も余裕も時間も無い。

実際、後ろから見ていた仲間は、「あんどんの上の二人は即死だと思った」と震えながら語っていた。

自衛隊、北海道開発局、郵便局、それぞれがお互いの無事を確認していた。


■今年で沼田町の夜高あんどん祭りは28年目。
この丸太が折れたのは初めて。
しかし、私は一度、これを体験している。
数年前に富山県小矢部市清水地区の祭りに参加して、ぶつけ合いの時に後から一生懸命に押している時に、急に前方が明るくなったのだ。
それまであった相手のあんどんが急に無くなり、向こう側のネオン街の風景になっていたのだ。
一瞬、何のことか分からなかった。
あっ!あんどんが中央から折れたのだ!と、気が付いた時には相手の人間が真っ赤な顔をして走ってきて、こちらの清水の人間と激しい殴り合いが始まった。
幸い(?)私は沼田のハンテンを着ていたので、ケンカにはまぎれこまなかった。
あんどんの上に乗っていた若者が救急車で運ばれていった。


■今回折れた中央でささえている丸太を、「シンギ」と呼ぶ。
普通は、中心の「心木」か、芯の「芯木」と書くと思われるだろうが、実際は「神木」と書く。
つまり、それぞれのあんどんのチームを守る神の木なのだ。
それを折られる。ケンカになるわけだ。

沼田町の場合はケンカにはならなかった。
あんどんの上に乗っていた二人が無事であったことが確認された後は、安堵と笑いが多かった印象だ。
しかし、なんとなく私は虚無的になってしまった。
理由は分からない。

ああー。また、来年は5月ぐらいから製作を始めないといけないかもー。
若林博士は力学的に折れた原因を分析していた。
祭りの最終クライマックスに商工会あんどんは参加しないで、格納に帰っていった。
途中、崩れそうになったあんどんを支えるべく、博士のロープ技術が活躍した。


若林博士ログ日記2004★ 『第32回 夜高あんどん祭り、初日♪』 2004,8,27
■若林博士は昨夜も、私にノセられて午前2時ごろのログハウス帰宅であったが、今日が祭りの本番(笑)。
午前10時に、昨夜の「開基110周年記念ビール・パーティ」会場に展示していた商工会あんどんのところへ行き、商工会青年部の若者に混じって博士も最終調整作業。

博士の主な仕事は、ロープしばり。
なんせ、あんどんはクギや金具が見えると粋じゃあーナイので、色んなパーツをロープでしばっている。
昨日の「共犯☆日記」の写真を見てもらうと良く分るが、あんどんは、上から、屋根、本体、四角い胴体、前後に”吊りあんどん”と呼ばれるロープでしばられて揺れる部分がある。

それら全てが丸太の太い木材を縄で組んだ土台に乗せている。
その土台には、夜に照明用に使う大型のバッテリーが約30個乗っている。
車輪は中央に鋼鉄の2輪のものがある。
これら全てを人力だけで動かすのだから、かなり重い。
誰も重さを量ったわけではないが、公称5トンと言われている。
それも、20年程前に取材で「重さは?」と聞かれた者が、「ゴトン、ゴトンと動くから5トン。」とシャレで答えたのが公称になってしまっているんだけどぉ。

この巨大なあんどんのパーツで、特に大事なのは、屋根、本体、四角い胴体を中央から串刺し状態に刺している太い丸太の木。
これは、「神木(しんぎ)」と呼ばれ全体のカナメとなっている。
この神木を、あんどんの前後に太いロープでしばり、バランスをとる。
そんなロープをはずれないように、かつ、前後の吊りあんどんを交換する時にはスグにはずれるように結ぶのが博士の重要な仕事。
もちろん結び方も難しいのだケド、実は祭りのクライマックスに、巨大な大型あんどん同志がぶつけ合いをする時に、壊れたあんどんのパーツを瞬時に交換するといののが観客も驚く見せ場の一つである。その時の素早いロープさばきこそが、博士の独壇場なのであ〜る。


■午後5時、沼田神社の神主による出陣式により、安全を祈願して祭りは始まった!

あんどんは、商工会、役場、農協、自衛隊の大型あんどんが4台。
高校、中学校、小学校、幼稚園、保育園の中型あんどんが5台。
そして、それぞれに小型のあんどんが付いて回る。それぞれなので、9台。
以上、合計18台のあんどんが出陣する。

小型あんどんは、それぞれのあんどんの事務局的な役割をしている。
主な仕事は、
1.祭りの最中に沿道からもらう”ご祝儀”を回収し、そのお礼をする。
2.酒を積んでおいて、あんどんに参加している者に供給する。
3.酔っ払ってきたら、騒ぐ。
・・・である。
特に金を集めるのが重要なので上記の1から「ご祝儀車(ごしゅうぎしゃ)」と呼ばれている。
これに対して、メインのあんどんは「本あんどん(ほんあんどん)」と呼ぶ。
ふつー、60歳以上は激しい本あんどんではなくて、集金係(?)のご祝儀車の担当になるんだけれど、博士は本あんどんのエキスパートなのであった。

■安全祈願祭の後、全てのあんどんは久保商店前に集合する。
実は我が久保商店前の道路が、祭り行列のスタート場所なのだ。
久保の家族は、家の裏でドラム缶を縦に二つに切ったものに炭を入れて、焼肉をしながら、家の前に並ぶあんどんを見学するっーのが恒例なのよ。

行列行進が始まるまで、各あんどんは、酒を飲んで、歌い、太鼓&笛を鳴らし、踊り、テンションを上げてゆく。
午後6時30分、花火の合図で、並んだあんどんに一斉に明かりがともる。
6月から2ヶ月間、毎晩集まっては造ってきたあんどんに命が吹き込まれるような瞬間で、バカども(笑)のテンションは一気に最高潮へ!

博士は私のところに来て小声で言う。
「やっぱり、客が少ないね。」
そう、去年までの土曜&日曜の開催を今年から、金曜&土曜にしたのだ。
「う〜ん。土曜と日曜じゃあー、どちらに行こうか悩むけれど、金曜と土曜じゃあ、絶対に土曜日に行きたくなるよね!」

それでも午後7時に行列行進は、ジグザグ・デモのように始まった。
私の担当は、あんどんの後の部分の責任者。これは同時に、「外人部隊」の管理人のよーな役割だ。
なんせ、人口の減っている町の、しかも不況業界の商工会。
この重いあんどんを押す頭数をそろえるのが、けっこー大変。
そこで、沼田町商工会以外の人間の参加が求められるワケだ。
お陰さまで、この祭りも有名になって、全道各地の祭り好きがバラ&バラの衣装を着てやってくる。
で、あんどんの前の部分は商工会の連中が担当して、後の部分はまったく関係ない連中があんどんを押しているのだ。
しかも、沼田の他のあんどんには、こんな外人部隊はつかない。
だって、役場あんどんには行政マンばかりが着くし、農協あんどんには農家や農協職員が着く、しかも沼田の農協は近隣の町の農協と合併したばかりなので、人数には困らないし、自衛隊あんどんには自衛隊以外のものがさわれる雰囲気ではない(笑)。
そこで、なんとなく風通しが良いとゆーか自由な雰囲気の商工会あんどんに、各地から来る寄せ集めの祭り好きがくっつくのだ。
しかし、この祭りはかなり危険な祭りでもある。
毎年、骨折や出血はアタリマエだ。
このあんどんの原型がある富山県小矢部市の「夜高(よたか)あんどん」では、時々、ぶつけ合いの時に両方のあんどんの丸太に頭が挟まり、頭蓋骨が潰れて死ぬこともあるぐらいだ。
そんな雑多な人間がテンションをあげている部分の責任者が私である(がくっ)。

雑多な集まりではあるが、ある程度、毎年来てくれる集団もいる。
これがあるから、ある程度、安心して祭りができるのだ。
だって動かなきゃ、意味ナイ祭りだもんね。
今年は、こんなグループが来てくれていた。

1.宮脇建設グループ=約15人
  沼田町発足の企業だが、すでに仕事は札幌中心の中堅ゼネコン。
2.沼田郵便局=5人
  樺戸郡の月形町に転勤になったヤツまで来た。
3.北海道開発道路建設部=約15人
  2年前まで沼田町に事務所があり、高速道路を造っていた。高速道路が出来たから、今は深川市に移動した。
4.旭川自衛隊=15人
  実は沼田自衛隊とは別に旭川自衛隊として、大型あんどんを出していたのだが、今年はイラク戦争のためにサマワに行ったので人数不足で、商工会あんどんに参加。
5.車イス・グループ=5人
  何故か、車椅子で後から着いてくる。後の責任者としては、実はウザッタイ。でもまぁ、いいか。

そんなまとまったグループ以外にも単独で参加してくる者も多い。
「久保さん、来ましたよ〜。昨日はご馳走様でした。」つーのが、昨夜、ホンモノのガイジン(笑)に混じって一緒に飲んだ、小樽商科大学の学生。
一緒にいた明治大学の学生もいる。
彼らは出身は札幌なのだが、こうして参加している(笑)。
「あ、昨日の居酒屋の飲み代、ドクター中神からもらわなきゃ。」
と、彼がいたまでの分の2千円をもらう。

町内の各地で大型あんどんが激しいぶつかり合いを披露した。

午後9時には今日の分は終了し、私と博士とドクター中神で減った腹を満足させに出店に買い食いに行った。ドクター中神から返してもらった昨夜の2千円で、私がおごってあげた。
で、生ビール3つとツマミのカニを立ちながら食べていると、商工会あんどんに参加していた北海道開発道路建設部の事務官が私たちの近くに寄ってきた。
「今日はありがとうございました。」
「いえいえ、楽しめましたか?」
「ええーっ、もぉ、ほんと。」
彼が以前、沼田の事務所にいる時は私は納入業者だったので、実は仕事上でよく知っているのだ。
「ところで久保さん、ススキノのスクラッチってゆー店、知ってますか?」
・・・実は今年の夏もテラダヤと一緒に行った店だった(がくっ)。
「そこのマスターにオレ、沼田にいたと言ったら、久保さんのこと知っていましたよ。」
「ええー?」
悪いことはできないものだ。・・・もちろん、していないケド。

それから博士、ドクターと4人で、商工会あんどんのナオライに行き、さらに飲む。
「ところで君は何歳?」
「自分は28歳っス。」
「ゲゲー。オレなんかもう42だよん。腰ギコギコ・パワーだよん。」
「えー?てゆーコトは飯田さん知っています?」
「ああ。同級生だよ。」
飯田とは、昨日の「共犯☆日記」の写真に写っている元”肥満児”だ。
「いやー、あーそーっスか。」
「なんで、あのデブのこと知っているの?」
「いや、実は自分、バスケットが好きで沼田にいる時に一人で体育館でバスケで遊んでいたんですよ、時々。」
「ほーほー。」
「で、ある日、太った・・・っーかデブのオヤジが娘を連れて遊びに来て、ズーッと自分のことを見ているんスよ。」
「あはは。あいつ、娘ばかり4人いるからな。」
「そしたら、しばらくしたら、そのデブ・オヤジが自分のところに来て、”一対一で勝負をしませんか?”って言うんですよ。」
「ふん、ふん。」
「自分的には、なんだこのデブ、ボール持てるのか?っー気分でしたよ。」
「あはは。」
「で、でね。そして実際にやってみたらー、自分、ボロ負けっすよー。」
「げははは。あいつ、デブだけどバスケは上手いからな。」
「てゆーか、終ってから名前を聞いたら、飯田さんじゃあーありませんか!」
「え?君、飯田のこと知っていたの?」
「もちろんですよ。自分が中学生の頃に飯田さんは全国の実業団チームでかなり有名なスター・プレイヤーだったんスよ。」
「あらら。」
「いや、マジ。終ってから自分はなんてスゲー人と一緒にプレイしたんかと、ガクガクになりましたよ。」
「ああ。あいつ、小学校までは肥満児でマラソン大会はオレと毎度、最下位を争っていた(笑)んだけれど、高校生からバケて、すごい選手だったそーだよな。確か。」
「いやいや、本当に有名だったんですよ。」
飯田と私は、友人達が野球少年になってゆくのを横目に、「少年マンガ倶楽部」とゆーのを作って遊んでいたぐらいの仲であったが、別々の高校に行ってから彼はバスケットの有名な選手になったようだ。そして10年前に沼田町にUターンしてきた。その時はすでに、かつての肥満児に戻っていたのだ。
だから、私はちょうど彼のスター時代を知らない。

話題はさらに、酒の話題に。
28歳の北海道開発道路建設部の事務官は、ジンの種類に詳しかった。
博士は「それでは、自家製のブドウ液を明日の朝、プレゼントしましょう。」と約束して帰宅。

そこで酒が無くなったので、28歳と42歳と、博士のかつての会社の部下38歳(現在は苫小牧在住。そこから祭りに参加しに来た!)とで、焼き鳥屋「のらくろ」へ。
さらに、その向かいの私の部屋に28歳の北海道開発道路建設部の事務官を迎え入れて、トム・ウェイツの話題で盛り上がって・・・・午前2時半に帰っていった(と、思う)。


若林博士ログ日記2004★ 『第31回 夜高あんどん祭り、前祝い♪』 2004,8,26
■いよいよ、明日から「夜高(ようたか)あんどん祭り」!
今年は我が町が開基110周年記念とかで、この町が開拓された当時の移民してきた富山県小矢部市から市長以下、大勢の人が来町している。
そこで、沼田町役場前で「開基110周年記念ビール・パーティ」をしようというのだ(笑)!
とにかく、なんでもイイから飲もうと言うのがこの町のコンセンサスのよーだ(がくっ)。

で、ビール・パーティの賑やかしに、明日からの祭りのあんどんを飾ろうー・っーコトになって、今朝からあんどんの組み立て。
若林博士も組み立てに参加した。
博士以外は、青年部の若者ばかりなんだけどね(笑)。

■写真は、完成した2004年の沼田町商工会「夜高あんどん」。
あんどんの一番上にいる二人は”電線マン”と呼ばれていて、
あんどんが電信柱の電線より大きいので、
移動中に彼らが電線を手でよけるのだ。

あんどんの左下にいるのが若林博士。
博士との比較で、あんどんの大きさが良く分かるでしょう?
博士の横の大きな男は、久保の同級生のかつての肥満児。
博士との比較で、この男の大きさも良く分かるでしょう(笑)?

■ビール・パーティは午後6時から始まり、大盛り上がり!
終了後、この祭りの期間の数日間、町内にホームスティしている東京外語大学のガイジンがウロ&ウロしていたので、博士+久保+ドクター中神+オーボエ菊池の「英会話教室すずめの学校」カルテットで誘って、居酒屋に〜。

酒を頼んでから自己紹介。
タイの学生は、一人で焼酎のボトルを瞬時に開けちゃう酒豪!
ルーマニアからの2人の美人学生は日本酒がお好き。
オーストラリアから来た18歳の色男は、ビール・パーティでも日本のオバチャンから人気者。
そんな中に・・・
「エー、ワタシ、ニホンジンデス。」
「えっ?」
なんと、ドサクサに混じって小樽商科大学と明治大学からの日本人学生が混じっていた!
・・・なんのこっちゃ?

でも、その日本人は帰り際、
「あのー。久保さん、商工会のあんどんですよね。おれ、明日、商工会のあんどんに出ていいすか?」
とゆーことで、祭りリクルート。

ホームスティ先の家庭に帰宅せねばならないガイジン+日本人学生2人、ベロ&ベロに酔って寝てしまったドクター中神、酒の弱いオーボエ菊池は帰り、博士と久保と、途中参加の博士の友人65歳が、さらにもう一件!

■次に行ったそこのスナックには、なんだか態度のでかい男がカラオケをがなっている。
「しまった!ギョロメ支配人だ!」
それからワケも分らず、支配人が一緒に飲んでいた30歳代の隣町の主婦グループと合流し、しかもそこに博士の友人の、サックス奏者とギタリストが参加・・・。
その1950年生れのギタリストは、グループサウンズのズーニーブーの付き人だったとかで、何故か久保とジャックスやらサンタナやらで盛り上がる。
たしか、午前2時半頃には帰宅していたかも。
がくっ。
祭りの本番は明日だぞー!!
でも、もう声が出ない・・・。とほほほほ・・・。


メディア★『日本経済新聞「私の履歴書・山口淑子(李香蘭)」』 2004,8,25
■ニューヨークで、日本の女優・山口淑子(李香蘭)と恋に落ち、1951年に結婚。

これは誰でしょう?
イサム・ノグチだ。

■日本経済新聞の今月の「私の履歴書」は、山口淑子(李香蘭)。
誰もが読みたかった彼女の自伝が毎日読める。

中国に生まれ、日本人でありながら、中国人女優−−「李香蘭」としてスターとなる。
そしてその背景には、「満州国」という名の国家の欲望と策謀があった。
戦後、国会議員まで経験している。


日本経済新聞のこの連載は基本的には、その新聞の性格上、経済人が多いのだが、8月は違う。
去年は、確かマンガ家の水木しげるだった。
彼は、戦争中、下級兵士としてラバウル島で片腕を失っている。
片腕の無い画家。

そして、山口淑子(李香蘭)。

日本経済新聞は8月の連載の人選により、ささやかなメッセージを送っている。

8月15日は、大日本帝国の敗戦記念日。
Hey! 美しいから?


若林博士ログ日記2004★ 『第30回 奥様がやって来た♪』 2004,8,24
■若林博士は午前5時に千歳空港へ自家用車で向かった。
そう。
横浜からいらっしゃる博士の奥様を迎えに行ったのだ。

午後2時ごろには奥様と仲良くお二人で沼田町に戻ってきました。
午後3時、久保がふらりと行ってみると、いつもの建設現場(笑)ではなくて、なんとなく”家庭の匂い”がする(笑)。
きちんと片付けられたリヴィング。
床貼りはちゃんと間に合ったようだ(笑)。
中央には、ログ壁用の板で作った簡易テーブル(笑)。
じゅうたんの代わりに、梱包用のプチプチつぶすビニール(←名前が分らない・笑)。

そそくさと新聞紙を片付ける博士。
今までなら、そんなのは気にせずに雑然としていたのにね(笑)!

その博士の背中には、日本を代表する大女優「吉永小百合」のサインが・・・!
あー、これ、この春に手伝った映画『北の零年』のロケでもらったものでしたぁ〜。
博士、パーティ、しましょうよー!


若林博士ログ日記2004★ 『第29回 札幌から41人の客にソバを振舞う♪』 2004,8,23
■午前中、札幌から沼田町の農家へ見学に41人来た。
若林博士は、そば同好会の立場で、そばを打って振舞った。

午後から久保商店に来て、お米を買う。
写真はその時。
札幌で会って来た東京のテラダヤが、A重油の流通の仕事をしているので、話題はA重油について。
博士のとなりに座っているのは、たまたま来社していた石油卸会社の営業マン。
博士の化学記号を交えての「A重油とC重油の違い」のお話がヒート・アップしている最中の写真です(笑)。営業マンも、なぜか真剣に博士の科学理論に聞き入っています。
博士の化学理論の講演を久し振りに聞きました(笑)。
博士、パーティ、しましょうよー!


グルメ★『熊っ子ラーメン錦町店』 2004,8,22
■久し振りに午前中はダラダラな日曜日。
それと言うのも、午後1時開始の甲子園での高校野球の決勝戦を見るように生活が合わせてあるから(笑)。
いつものように、午前8時にNHK-BS2『週間ブックレビュー』で目覚める。
翻訳家の柴田さんの真摯な表情が印象的。

■試合は、北海道の高校が初優勝!
アテネ・オリンピックの最中に、よくぞ、NHKの視聴率に貢献してくれた(笑)!
北海道の視聴率は40%は軽く超えたんじゃあーないかな?

終れば、安心して外出(笑)。
昼飯も食べずに、応援していたのでまずはラーメン屋!

■熊っ子ラーメン錦町店
北海道旭川市 錦町14丁目
(出光GS裏、2丁先)
рO166−51−4903
11Am-8:30Pm

・チンジャオロース麺 850円
・ライス         150円

牛肉の甘味に、紅ショウガが合う!
やや細身の麺は肉の汁で甘くなっていて、子供にも喜ばれそう。
オトナは、コショウを大目に
かけたら、より楽しめるかも。
ネギをかみながら、
肉汁の出たスープを飲むと、口の中で複雑な味が湧き出る。
中華料理を知っている者でも楽しめる一品!
若いシェフの真摯な料理姿も好感が持てる!

■帰宅して、NHK『新選組!』。
山南総長の切腹。
なんだか、ドロ&ドロしたお話。
出演者がさわやかキャラでなければ、かなりツライんじゃあーないかなぁ?

■深夜、またまたNHK観戦。
アテネの女子マラソン。
かなりきついコース。
記録保持者のイギリス女が、途中でリタイア!
金メダルの野口、頭もいいんだろーなぁ。

と、結局、深夜3時までテレビを見ていたのよ。
ぎゃふん。
関西の井内正樹さんの季節だぁー!


若林博士ログ日記2004★ 『第28回 3種類のハーブが育っています♪』 2004,8,21
■リヴィング・ルームの床がようやく完成した若林博士のログハウスだが、まだ玄関にいたる階段が手付かずで、板が斜めに立てかけられているだけ。
初めて訪れる人には、この板を昇るのが少々怖い(笑)。

その入り口の関所のような昇り板の横に、ひかえめに3種類のハーブが植えられている。
博士は、昇り板に腰掛、ハーブの説明をしてくれた。

1.バジル
近くに寄ると、いい香り!
8月2日に、昼間に一緒に某一軒家にシステムキッチン取り付け工事アルバイトを行った暑い日の夜に、博士の家でパスタをご馳走になった時、博士がちょいと外に行って、このバジルを2〜3枚ちぎってきて、チーズと一緒に食べたら、超☆うまかった!
博士は冬になる前に、バジルとオリーブ・オイルでイタリア風ドレッシングを作って、作り溜めする予定とか。

2.ローズマリー
これが一番、成長が遅かったけれど、かなり伸びてきた。
私がカナダのバンクーバーで食べたギリシャ料理の肉にローズマリーが入っていて、それから私もこれのファンです。博士、作ってくれ〜(笑)。

3.カモミール
ちょっと目には、小さなマーガレットのよう。
そんな小さな白い花を博士は指でつまんでこすり、できた粉を鼻に近づけて「いい香り〜」。
はやく、これでハーブ・ティーを作ってくれ〜(笑)。

■参考;ハーブ図鑑
博士、パーティ、しましょうよー!


若林博士ログ日記2004★ 『第27回 眠気をガマンして、夜高あんどん製作!』 2004,8,20
■午後3時、若林博士のログハウスにおじゃますると、大きいガラス窓から見えるリヴィング・ルームで博士が布団もかけないで、大の字になってグー&グーと寝ている。
こりゃあー珍しい。
写真を撮るか?とも思ったが、けっこーこの「日記」を見ている人も多いようなので、やめた(笑)。

よく考えてみると、日中に私が博士のログハウスにお邪魔した時に、博士が寝ているのを見たのは今日が始めて!
きっと私なら、数日置きに・・・いや、毎日、昼寝をしていることだろう。
だって今年の暑さだし、別に会社で仕事をしているワケじゃあーないので、昼寝をしてもサボっても、誰にも文句は言われないんだし。
しかし、そうではないところに、私が初めて見た博士の昼寝姿に、博士の偉大なるストイックさを改めて感じてしまった。

それにしても、できあがったフローリングの床の上で直接に大の字になって昼寝をするのって、本当に気持ちが良さそう!
ひんやりしたフローリングと、凛とした堅さが、暑い日には、いい感じなんでしょーね。

■夜になって夜高あんどん作業場に行くと、博士がせっせと色塗りをしていた。
「こんばんわー、博士。今日、昼寝していたでしょ?」
「あ〜。あははは、見られたか〜。」
なんでも今日は午前中、大工道具を買うついでに深川市の画廊「うなかがめ〜ゆの美術館」に行ってきて、そこで若い画家と充実した会話をしてきたそーで。
いつの間にか、博士も画壇の謎の紳士になったよーだ(?)。

■それにしても、連日の甲子園での北海道の活躍や、真夜中のアテネ・オリンピックでの日本の活躍。そして昼の大工、夜の絵師(?)、眠くなるよね。それがフツーだよん。
博士、パーティ、しましょうよー!


若林博士ログ日記2004★ 『第26回 地下室のおかたづけ♪』 2004,8,19
■若林博士のログハウスに行くと、今日はみょうにソワ&ソワ、忙しそう。
3階建ての1階の部分は、地下室のようになっているんだけれど、そこでウロ&ウロ。

もうすぐ博士の奥様が横浜からやってくるので、2〜3階部分にある建設作業用の大工道具や木材などを地下に移動しているのだ。
なんせ、今まで全階とも、建設現場であるワケで、私としても家中がゴチャ&ゴチャしているのがアタリマエと思っていたけど、やっぱ、奥様がいらっしゃるとなると、フツーの家庭の空間にしておかねばならないっーコトだわね(笑)。

ちなみに写真の手前の機械が、木材を切断するチェーンです。
これで切った木材で床を作っていったのです。
んで、床ができちまったもんだから、大工道具を置いておくと床が傷つくので、そーゆーモノを地下に移動しているっーワケだわな。

それにしても、あんまりキレイになっちゃうと、もう床にワインをこぼしたりできないなぁ〜、と、完成途中のほうがイゴゴチが良かったかなぁ?と、感じるブショー者の久保であった(がくっ)。
博士、大工さんなの?!


若林博士ログ日記2004★ 『第25回 夜高あんどん、製作も順調!』 2004,8,18
■いよいよ、夜高あんどん祭りも10日後!
若林博士も、昼間はログハウス建設、夜間は、あんどん製作と、丸一日フル活動!

あんどんは、おおむね下記の製作過程で進む。
1.たる木で、基礎を作る。
2.竹を編んで、形状を作る。
3.電球を内部に配線する。
4.紙を貼る。
5.ロウを溶かして筆で、絵を描く。
6.ロウで描かれた線の間に色を塗ってゆく。

博士の特技は上記「4」の紙貼りだが、だんだん紙を貼る作業も後半に入り、今夜はお絵かき(笑)。

博士いわく、
「私は、”え”の付くものが苦手でして〜。」
「え?」
「ほらっ、例の、絵とか、英語とか。」
「あはは。他には?」
「え〜と。・・・それだけ。」
「ぎゃふん。」

午後10時には作業も終え、生ビール(笑)。
これを6月から続けているのだから、こんな町、他にはナイよなぁーっ。
博士、大工さんなの?!


若林博士ログ日記2004★ 『第24回 リヴィング・ルームの床、もうすぐ貼り終わり!』 2004,8,17
■お盆休み、久保が札幌で映画&アート三昧、ススキノでベロ&ベロ状態の時、若林博士はストイックにリヴィング・ルームのフローリングの床貼りを行っていた。

床に合わせて長い木材をチェーンで切断し、木のハンマーで叩きながら床をはめ込んでゆくのだが、単純作業ながら、腕が痛くなる作業でもある。
これを最低でも二人で作業すれば、わりと、サク&サクと進むのだろうが、お一人でやるとなると、木の位置を合わせるだけでも無駄な労力が何倍もかかる。
・・・だったら、久保が手伝えよ!とゆー意見も聞こえてくるが、それは、まぁ、あーえー、まぁーそのぉ〜、まぁーいいじゃんか。
しかし、少しづつとは言え、仕事の進み具合が目に見えて分るので、なんとなくやりがいもある。
とにかく、来週の24日には奥様が横浜から来るので、リヴィングの床が無くて地下室がベロリ丸見え〜状態だけは、避けたい!

てなことで、よーやく床貼りもあと1メートルとなりました!
博士、大工さんなの?!


ロック・バー★『デリンジャー』 2004,8,16
■午前4時にススキノ地下のロック・バー「デリンジャー」を出ると、世界は夜明けを迎えていた・・・。

夜明けに至るまでに、ケータイを持っていない私は、テラダヤのケータイでドクター中神を呼び出してディープな世界を垣間見たり、デリンジャーのマスターかもんちゃんが電話でエルエテ@鍋ブルトン夫婦を呼び出したり・・・。
ワケの分らんカウンターの5人、横並びであった。

途中、「滝川豆腐」とかゆー、ただのソーメン状態の豆腐を食わせる居酒屋でアテネ・オリンピックの水泳を見たり、ドクター中神はその肉体に似合わない趣味が水泳なので、居酒屋のカウンターでテレビの生放送に合わせて腕をクロールしていたのを生ビールを飲みながらボケーッと見てから、待たせていたエルエテ@鍋ブルトン夫妻に再会すべく午前3時に「デリンジャー」に戻ってみりゃあー、かもんちゃん曰く「さすがに、もー帰ったよー。」。
ついに、『共犯新聞』のテラのROCK100名盤ライブ・バトル「テラダヤVSエルエテ@鍋ブルトン」は実現しなかった!
っーか、シラフで呼び出されたエルエテ@鍋ブルトン夫妻がアキレテ帰っただけ・か?

そんなわけでディープなオヤジの長い夜の締めくくりは、デリンジャーのカウンター奥にある昭和中期の古いテレビで今年の夏の風物詩(?)の大雨が降るかのような最悪の画像で、アテネ・オリンピックの男子サッカーの敗退を生放送で確認したのであった。

やっぱし、がくっ。


映画★『茶の味』 2004,8,15
昨夜も深夜映画を映画館で楽しんで、今朝も早朝から映画館へ。
もし私が札幌に住んでいたら、仕事してただろーか(笑)?

札幌にかつて私が住んでいて今は空家のマンションから地下鉄、5分で映画館のある大通り駅に到着。
映画は午前10時30分から。

札幌 スガイシネプレックス 映画『茶の味』 モーニング料金\1200
原作・監督・脚本・編集;石井克人
出演;坂野真弥、佐藤貴広、浅野忠信
▲「お涙頂戴」までも含めたゴッタ煮の真実。
全作までセックス&バイオレンスであった監督の変身か?
いやいや、これも同じ手法なのであーる。

映画終了後、午後2時に東京から来ているテラダヤと再会。

これから翌朝、午前4時32分にマンションへ帰宅するまで、延々と酒びたりの時間が続く。
しかし、それはスペースの都合上、省略(がくっ)。
やま〜よ!


アート★個展『草間彌生 展』 2004,8,14
■お盆休みっーコトで、昨夜11時に札幌に持っているマンションに来た。
短い休みを有効に使おう!と、昨夜もあれから深夜映画を観に出かけたが、映画館は終了していた!
金曜の夜だぜ!
しかも、お盆休みだぜ!
オール・ナイトとは言わないが、せめて午前0時スタートぐらいの映画は上映してくれよーぉ。

んで、昨夜は深夜営業の古本屋と中古CD屋をミーのカーで捜して、ちょい買いしたわけだ。
結果的に、1980年のXTC『ブラック・シー』と、トーキング・ヘッズの米英ニュー・ウェーヴ中古CD、
1990年のウィルソン・フィリップと、たま『さんだる』とゆー日米(ある意味)へんてこりん第二世代の中古CDを買った。
1990年っーたって、もはや前世紀の14年前。
そんな時間のパースペクティヴで聴くと、1990年のCDよりも1980年のCDのほうが新しく聞える(笑)。
とにかく&がむしゃらに進歩主義であった1980年の音楽シーンが今さらながらに眩しく見える=聴こえる。


■んで、今日は昨夜の深夜映画のカタキ(?)をとろうと、朝から精力的に札幌市内をグル&グル。

ギャラリーたぴお
個展『會田千夏 展』
▲技術に定評があるが、本人は安住しない
という才能の方をアピール。長生きしてネ。

札幌芸術の森美術館
個展『草間彌生展 KUSAMATRIX』 \900
▲夏休みの子供向け「ビックリ・ハウス」か?
岡本太郎がそうであったように前衛こそ大衆!
それにしても、最近の草間彌生ブームは、彼女が死ぬのを待っての「先物買い」のよーな気もするが。どうよ、ソレ?

■私が愛読しているメルマガ『JAZZ通信』に、下記のような文章があった。

「 ホロヴィッツはヒステリック且つダイナミックに心情を
歌い、ルービンシュタインは簡潔に、シンプルに、音楽の
語る所を表現しています。前者は飽くまでも芸術的に、
後者は哲学的に、前者は感性で、後者は理性で、ともに
人間の苦悩や人間の歴史、運命、滅亡、感情を見事に
表現し、僕らを驚愕させ、神の力を見せつけてくれます。」

草間は、ホロヴィッツでもルービンシュタインでも無く、まったく違う方法と感性で「芸術」と「哲学」の両方を手に入れた。
ただし、そこには彼女の長いキャリアへのエスクキューズがあるだろうし、早い時期からニューヨークへ単身で行ったということへの無反省なリスペクトもあることだろう。
だからこそ、「先物買い」のいやらしさが気になってしまう・の・だ・が。

■古本屋+中古CD屋の「セコンズ澄川店」で、下記をGET。

洋書(仏語)Arthur Rimbaud『Poesies,
Une saison en enfer, Illuminations』
(1989.10.23 Gallimard) 古本\210
▲フランス語は分らないけどランボー!

山下洋輔『ピアニストを笑え!』
初版(1976.5.30 晶文社)
編集;高平哲郎、津野海太郎
ブック・デザイン;平野甲賀
カヴァー写真;浅井慎平
定価\1200→古本\315
▲最初にコレを読んだのは1981年だっ
た。サカタから「面白い」と言われて借り
た文庫本であった。30年前の文章だが
この時期に、現在の日本語と日本人の
センスが造られたことが読み返すと良く
分る。言葉を使わないミュージシャンが、
こんなにも文章が上手いのは驚きだが、
「センスを造った」という視点で判断する
と、なるほどミュージシャンだからこそ。
リズムと推敲の妙こそ天性のモノなのね!

保田與重郎『わが万葉集』
初版(1982.10.4 新潮社) 題字;著者
定価\3500→古本\840
▲保守陣営の大御所が、人生最後の
仕事とした本。日本文学の原点に返ろう
としたか?読みにくい文章が懐かしい。

安原顕『ファイナル・カウントダウン』
初版(2003.1.26 清流出版)
定価\1680→古本\840
▲本当に、こんなに読んでいたのか?と
思わず疑うほどの本とCDの購入日記。
死ぬ直前の出版であったが、まだ死ぬと
思っていない後書に悲しい希望充満。

大江慎也+ONES『WILL POWER』
(1990.5.25 徳間ジャパン)
大江慎也(vo)
ONES are
Tamotsu Tominaga(g,cho)
Toshiki Sano(g)
Kazuhiko Sakuyama(b)
Kazunori Sasaki(dr)
定価\3000→中古\500
▲悲惨ナリ、大江慎也!ルースターズの
優れた解散アルバムの直後にこのザマ!

■大江のCDも昨夜買ったウィルソン・フィリップや、たまと同じ1990年の作品だ。
1980年にロンドン・ニューウェーブの洗礼を受けた財産は今やどこに(泣)?

■で、一日のしめは昨夜のカタキの深夜映画・・・。

シネマ11
映画『誰も知らない』 深夜料金\1200
▲1960年代の羽仁進や大島渚などの映画でよく観られた、ドキュメンタリーっぽいフィクションのスタイルを古い手法を新しいセンスで展開した作品。
羽仁や大島の作品にある種の「湿り気」があるのに対して、こちらはカラッと乾いている。
その乾燥した環境を作っているのに貢献しているのが、母親役のYOUだ。
彼女はまるで「水とりゾウさん」のように湿りそうになるテーマから水分を吸収してゆく。
彼女を「女優(→ましてや、カンヌ女優・笑)」と呼ぶのに抵抗のある向きも多いだろう。
そうだ、彼女は女優とゆーよりは、コメディアンヌだ。
現代のテレビのバラエティ番組が持つ刹那主義に近いほどの乾いた笑いこそがYOUを育てた現場であり、結果的にこの映画が創造し得た映像空間の源泉なのであろう。
また、この映画がドキュメンタリーっぽい演出を成功させている手法には、カメラの長回しと、編集段階によるフィルムの微妙な延長だ。
普通ならば終ってもいい場面でも、少しそのシーンを長めに残すことにより、出演者の演技と素の部分が絶妙に交差する。
それを「演出」ととるか、「演技」ととるかは議論のあるところだろう。
ただ、カンヌ映画祭で最年少の主演男優賞を贈呈したタランティーノ監督は、「演技」ととったのであろう。


若林博士ログ日記2004★ 『第23回 換気扇を取り付ける(今度は自分の・笑)。』 2004,8,13
■8月4日に私と若林博士は、某お宅のシステムキッチンのリフォーム工事をしたわけだけど、
某リフォーム会社の社長にリフォーム前後の写真をメールで見せると、下記のメールが届いた。

「久保 元宏様
よ〜く取り付けましたね。私の会社なら設置・施工だけで5万円はもらいたい現場でした。
今度沼田町訪問時にみせて頂きたいと思います。」

■わっはっは〜。
さすが博士、プロもビックリ!
んが、自宅のシステムキッチンの換気扇すら今まで取り付けていなかった(笑)。
理由=忙しかったから(?)。

で、ほら写真をごらん。
よーやく換気扇も付いたよ〜!

換気扇の手前には、なんともこじゃれた照明も取り付けしました。

んが、天井はまだ、ごらんのように板を貼っていないのよ(がくっ)。

■沼田町は4年ぶりの猛暑で、博士は作業ズボンを自分でハサミで切って半ズボンにして、手には汗ふき用のタオルが必需品!
写真では口も半開きで、ちょいグロッキーっぽいケド、
さて、とにかく床だけは仕上げるぞー!
・・・とゆーコトらしーです(笑)。
博士は作業ズボンを自分でハサミで切って半ズボンにして、手には汗ふき用のタオルが必需品!


若林博士ログ日記2004★ 『第22回 ドアの取っ手を木彫りで造る。』 2004,8,12
■若林博士のログハウス建設現場に行くと、連日の暑さで博士にしては珍しく椅子にペタリと座っていた。
「4年ぶりかなぁ〜。今年は北海道も暑いネェ!」
福島県生まれ、横浜育ち、北海道に住んだ経験を持ってから10年の博士。そんな博士でも今年の夏は暑いようだ。
しかし、休んでいる暇はない(がくっ)。
まだまだ床も貼っていない状態で、月末には博士の奥さんが横浜からやって来るそーで、実はまだ&まだ建設作業はいっぱーい・ある(笑)んだが。

ふと、私が風呂場に行くドアを見ると、木で作られた小さな枝にフクロウが3匹。
かわいい!
と、20年前の女子高校生みたいな感想がよぎる。

「ふふふ。これ、木で彫ったんだよ。」
「え?博士がご自身で?」
「そーです。この木は外が黒くて内側が白いので、こうして工夫するとツートン・カラーになって、面白い効果がでるんですよ。」
「むむむ。」
「それに、ここのドアは押して開くようにしなくちゃならないので、既製品のノブではなくて、こーゆー取っ手が必要だったんです。」

さすが、器用な博士。
しかし、こーゆー細かいところもいいが、大きな大工仕事もたっぷり残っているのであーる(笑)。
博士は作業ズボンを自分でハサミで切って半ズボンにして、手には汗ふき用のタオルが必需品!



若林博士ログ日記2004★ 『第21回 姫路からの珍客、そして例の男まで登場!』 2004,8,11
■4日前に兵庫県姫路市のバイク乗りから、こんなメールが届いた。


>To: "Motohiro Kubo"
>Subject: 姫路より、更に一献込めて!(笑)
>Date: Sat, 7 Aug 2004 13:05:
>
>お疲れ様です、久保のアニキィ!
>姫路の風のライダーですけど、御報告したい事が御座います。
>
>会社の昼休みに近所の無花果畑へカミキリムシを探し
>に出かけ、何と昨日捕まえたのと同じカミキリムシを4匹
>ゲットしましたぜ♪これで合計5匹や!如何ですか?!
>
> > ■9日の午後2〜4は少し近所に出かけるので、すれちがうかも〜。
> > でも、メインは11日ですよね。
> > 昨夜は勝ったし、環境はととのいはじめているぜーーーーー。
>↑
>☆8月9日(月)の午前中は久保商店に居られると言う事ですね。
>それなら大丈夫です。多分、久保商店に立ち寄る時間は午前9時
>半から午前10時半の間になると思われますから・・・・。
>そう、環境は整いつつ有ります。何より、巨人に2年連続勝ち越しを
>決めたのが嬉しかった♪嬉しくって、私、旅の荷物の中に「2003
>阪神V扇子」を忍ばせちゃった!(笑)。
>何故か?旅先で出会う巨人ファンに優雅に扇いで見せる為っす!
>それから、貴方と二人して扇ぎ合うパフォーマンスも実現可能や!
>
> > >沼田町で飲み歩き「5件」のノルマは次の日のバイク・ツーリングに支障が・・・・(笑)。
> > >お手柔らかに御願い致しますよ!久保の若旦那様♪
> > ↑
> > ■いえいえ、1件、5分ですよ。
> > ・・・んなバカな?
>↑
>★コラァー!どんな店やねん?!
>沼田町のお店って、ゆっくり落ち着いては居れないのかしら・・・(笑)。
>
> > ■おーいえー。
> >
> > では、体を鍛えておいてねー。
>↑
>★あのぅ、「体を鍛えておいてねー」と言うより、
>「臓器を鍛えておいてねー、酒宴でフォアグラ状態になるから」の
>方が正解なのではないかと私は思うのだけれど・・・・。
>如何どすぇ?久保商店の若旦那はん!



■んで、2日前の9日午前10時、風のライダー親子は沼田町に上陸した(笑)。
1,500の巨大なバイク、ハーレーダビッドソン父+カワサキ息子が登場!
風のライダー息子のバイク後部には、巨大なコブが3個。
なんでもバージョン・アップしてクーラー・ボックスを取り付けたそーじゃ。
姫路から来る時は、ここに「みやげ」を、北海道から帰る時も、ここに「みやげ」を入れるそーじゃ。
で、土産は約束のカミキリムシ5匹・・・!
ん?
6匹いるではないかぁあ!?
(再び)ん?
なんと、2カップルが交尾しているではないかぁ!
あー、だから増えたのか。
「んなワケないでしょ、久保はん。メールを送ってから、もう1匹、近所のアンズ畑に忍び込んでゲットしたんや!」
「あ、そーっすかぁ。そやな(と、ついつい関西弁がうつる・笑)。ほな、アンズ泥棒と間違えられなかったかや?」と、久保流デタラメ関西弁。
「見つかると、アカンから、そこは慎重にやったでぇ(笑)。でも、アンズにとってカミキリムシは害虫だから、捕まえると感謝されるんやで。」
「ふーん。」
「それに、セミやカタツムリと違ごうて、姫路じゃあ、だぁ〜れもカミキリムシなど、欲しくもないわ。久保はん、なんで、あんさんカミキリムシが欲しいのや?」
「まぁーそのー、えー田中角栄です(古っ!)。某企業の社長がコレクターなんすよ。」
「へぇー。」
「まぁ、彼は大企業も、私営ホテルも、高級美術品も、美人妻(←当社比・がくっ)も手に入れたので、後は金で買うことができないものが欲しくなったんじゃあーないっスか?」
「へぇ〜。金持ちの考えることは分らへんなぁー。」
「せや、せや。」
・・・我々は、その後、もっと「金持ちの考えることは分らへん」ことを体験するのじゃー。


■んで、2日後の沼田町での酒宴を約束して、彼らは帯広へのバイク旅行へ向かった。
彼らのバイクを止めていたアスファルトが、バイクの重みで溶けてくぼんでいた。
もう数分、バイクに乗らずに会話をしていたら、アスファルトにのめりこんだ部分からバイクがぶっ倒れて、北海道上陸初日に彼らはバイクを失うことになるところだった!
それほど暑い日であった。

■関西から彼らが来たので、大阪に住む井内@甲子園マニアさんにメールを送ってみると、甲子園球場から即レスが届いた。

>>■さきほど、姫路の客が来社しました。「避暑に来たのに、暑い〜!」と嘆いていました
(がくっ)。
>→確か4年前に帰った時も暑い夏でしたね。ですが、問題は夜なんです。関西は寝る時の
温度がうまくいっても25℃、大体が27〜28℃+風ナシなもんで。



■さて、いよいよ今日!
ラップ・トップにはすでに下記のメールが届いていた。

>To: moto_kubo@hotmail.com
>Subject: 沼田町で明日、虎キチの宴開催!
>Date: Tue, 10 Aug 2004 19:02:09
>
>久保さん、こんばんわ。網走ロイヤルホテルより風のライダーがお伝えします。今日の道東、全行程の2/3が「雨」でした…。もう、ウンザリですわ。まぁ、それ以外に昨夜遅くまで帯広で飲み過ぎて、親子共々「爆睡(笑」」して今日目が覚めたのが午前8時過ぎ…。経てた予定では、同時刻に宿泊先を出発…。しかし、現実は目覚めて未だベットか起きたばかり…(笑)。その後、大急ぎで朝食を食べて出立準備をするも…。結局2時間押しの午前10時に帯広を離れました。大幅に時間が過ぎてしまった事と不順な天候のお陰で知床半島には行けませんでした(泣)。明日は、出来るだけ早めに沼田町入りして、ホクレンスタンドでドロドロに汚れたバイクを洗車する予定です。では、また!


■ラップ・トップを開いていたついでに、カミキリムシ男爵=どらーる竜馬社長からメールが届いていたのを読む。

>久保さん。
>めちゃくちゃ忙しいです。
>これから夏休み4連休ですので、仕事がいっぱいー。
>連休中も愛妻の美人画伯が個展の準備の、ガクッ縁を造るとかで私の相手をしてくれません。
>どうやって過ごしましょうか?


■私のレス。

竜馬社長、こんにちは久保です。
只今、我が社に姫路から冷蔵保存で届いたカミキリムシが6匹、生きた状態でいます。
欲しいですか(笑)?
今夜、その姫路ライダー親子と若林博士と、沼田町の焼肉屋「大門」で酒盛りをします。
そこで、お盆の計画をたてましょか?
いらっしゃったら、カミキリムシを贈呈いたします(笑)。

・・・と、メールを送ったものの、竜馬社長の札幌から沼田町まで120km。
ちょっと、イジワルな内容だったかなーっと、思っていたら、また&また即レス。

>>只今、我が社に姫路から冷蔵保存で届いたカミキリムシが6匹、生きた状態でいます。
欲しいですか(笑)?
>↑
>絶対、生かしておいてください。
>>沼田町の焼肉屋「大門」で酒盛りをします。
>↑
>ど・どーしよーかなぁー。


■姫路ライダー親子は、今夜は幌新温泉ほたる館にお泊り。
昨夜、ほたる館のギョロメ支配人に「明日、君のトコに泊まるお客と呑まないかい?」と電話で伝えていたのだが、「うーん。お盆前の超いそがしー時に支配人が外で酒を飲んでいるのはいかがなものか?」と、クレープのように甘い誘いにもつれないそぶり。

■ほたる館に向かう途中にある若林博士のログハウス建設現場に寄ると、にこにこ笑顔で博士が登場!
「どもーっ!おひさしぶりー。」
実は去年も姫路ライダー親子は来ていたのだ。
その時は屋根すらできていない状態で、これから全て、たった一人で作るのか〜と、ゲッと思っていたライダー親子だが、中身はともかく(笑)、外観の立派な完成具合にビックリ!
「へぇー!すごい、お一人でここまで・・・!」
口数の少なかったライダー父が、思わず驚嘆の声をあげた。
実は彼も姫路で、鋳造の仕事をしていて、ユーザーは自動車メーカーなど。
”モノつくり”の目は、博士の確かな仕事を深く受け止めたようだ。

■二人にお土産にと、博士の地下室から「すずめブドウ液2001」と「すずめブドウ液2002」を贈呈。
「これも、手造りなんですよ。」
姫路ライダー息子の姉は神戸の高級フレンチ・レストランでソムリエをしている。
「お姉さんに、自慢できるものをお見せしましょう(笑)。」
と、今度は博士の家の近くに広がるワイン用ぶどう畑にご招待。
「おお!」と、思わずカメラを取り出すライダー親子。
「これ、姉貴、見たかっただろ-なぁ。」
実は、先月、母と姉で北海道旅行をしているのだ。
レンタカーを借りて沼田町の久保まで会いに来る予定であったが、会ったことも無いのにズーズーしいか?と、ためらって来なかったのだ。・・・んじゃ、ライダー親子は?・・・まっ、いいか(笑)。


■夕方、6時30分、予定の酒宴が始まった!
「久保はん、久保はんのメールに今夜は5件飲み屋を回ろうって、書いてあったけど、本気?」
「あはは、まず、沼田のソバ屋が美味いので食べてもらいたいんだけれど。若林博士もソバを打つし。ソバに日本酒、合うでぇ〜!」
「あ、あかん。うちのオヤジ、そばアレルギーなんや!」
「ほな、今夜は4件にしとこ(笑)。」
そんなワケで、まずは焼肉に生ビール!
沼田町が世界に誇る(?)焼肉屋「沼田大門」で、焼肉ジュー&ジューやっていると、「ごめんよー。」と、ギョロメほたる館支配人がやってきた!
「げっ!支配人、お仕事は・・・!」
「終りましたよ、ご安心あれ。なにより、姫路の遠方よりいらっしゃって、しかも、我がほたる館にお泊りになっていただけるお二人を接待せねば、と、思いまして。」
「これは&これは、支配人、あっぱれじゃ。」と、日記には書いておこう。


■生ビールをガン&ガンやっていると、姫路ライダー親子が姫路から持ってきた日本酒のお土産を取り出した。
古酒。しかも、1983年もの!
日本酒なのに色は琥珀色。香りは紅茶のよう。飲みごこちは甘く、複雑。
「う〜む!こりゃ、美味い!」
焼肉屋の看板娘も、「なんですかーそれ?」と言いつつ、飲んでは「ひょえー!こんなの呑んだの初めて!」


■酒が回り、ギョロメも回り、支配人恒例の自慢話が炸裂しそうになった頃・・・。
ブブブブハーリーーーーンン!!
暑い中、火の側で焼肉を食べているので、窓を開けていたらそこに暴走族まがいの爆音をたてて駐車するためにゆっくりバックしてくる乗用車が・・・。
「ん?」
「あれはなんだ?」と、姫路ライダー父。
「鳥だ!」と、姫路ライダー息子。
「飛行機だ!」と、久保。
「・・・カミキリ男爵だぁ!」と、若林博士。
「おいおい、そこのキミィ、近所迷惑だよー!」と、ギョロメ支配人。

■時間は午後7時30分ごろだったか?
メールでは連休前の仕事で超☆忙しいハズのカミキリムシ男爵=竜馬社長であったが、仕事の就業時間から何分たったのだろう?
だって、札幌から120kmだぜ?


■上着を脱いで汗をぬぐいながら、「どーも、どーも。」と竜馬社長は日本酒をぶら下げて入ってきた。
千歳鶴の古酒だ。
北海道と関西の古酒比べとあいなり、
席を替え、北海道と姫路のカラオケ比べとあいなり、
さらに席を替え、久保の自宅前の焼き鳥屋に到着。
「久保くん、は、は、は、はやー、はやくぅー、私にカミキリムシを見せてくれたまえ。」
酒を飲まない竜馬男爵は、「なんでオレがウーロン茶を飲みながら、東西カラオケ合戦を聴かなきゃならんのじゃ!オレの目的は・・・カ・ミ・キ・リ・ム・ッシーだ!」と、思っていたかどーか。
「まぁ、まぁ、社長。まずは、生ビール4つ。えー、私は焼酎ね。あ、社長は?」
「ううう。あー、カミキリムシ〜。」
「はい、またウーロン茶ね。」
「カミキリ茶〜。」
どうやら禁断症状が出てきたようなので、場の空気を読める私は(笑)、焼き鳥屋の向かいの我が家から姫路バイク便直送のカミキリムシ6匹を持ってきた。

■100円ショップで買った緑色の虫篭に入っている、6匹のカミキリムシ。
しばし、竜馬社長は無言。
メガネをオデコの上にあげ、じーっ。
「どうです?これ、北海道にいます?」
「いない。」・・・ようやく、しゃべったぞ、竜馬社長。
そこで、久保が一緒に自宅から持ってきた学研の図鑑『昆虫』を開く。
「社長、私はこのページのゴマダラカミキリだと思うんですけどー。」
「いや違う。」きっぱり(笑)。「2つトナリに写真の載っているキボシカミキリだよ。」
なるほど。確かに良く見ると、首の部分がやや長くて、竜馬社長の言うとおりだ。

「・・・えー、ゴホン。」
「え?何、ギョロメ支配人?」
「あのぉーう、オレも1匹つかまえて久保んとこにあずけていたんだけどー。」
「あ、これね、ヒゲナガカミキリ。あんがと。」
「がくっ。」

■カミキリムシをゲットしたら、もーソワ&ソワすだした竜馬社長。
「わしゃ、もー帰る。」
「え?」
「明日は仕事じゃ。」
「そんなの、久保も畠山もそーですよ。まだまだ、呑みましょうよ、ウーロン茶(がくっ)。」
「わしゃ、札幌じゃー!もー帰る。」


■で、ブロロロロー・・・と、竜馬社長とキボシカミキリ6匹+ヒゲナガカミキリ1匹は札幌へ帰り、姫路ライダー親子と、若林博士はハイヤーに乗り込む。
ハイヤーの窓を開けて、ライダー父が「久保さん、もう1件、4件行く約束やでぇ〜!」
「あはは、また来年〜。」

4人を見送って久保は向かいの自宅へ、
「じゃあ、ギョロメ支配人、またねー。おやすみー。」
「おお。おやすみー。」
と、ギョロメ支配人は再び、焼き鳥屋に入っていった。・・・恐ろしい男だ。
博士は作業ズボンを自分でハサミで切って半ズボンにして、手には汗ふき用のタオルが必需品!


若林博士ログ日記2004★ 『第20回 システム・キッチン完成!ただし、他人の家のお手伝い工事(がくっ)』 2004,8,4
■工事を始めた2日前ほどではないにせよ、今日も暑い!
おでこから、横浜じこみの汗を流し、若林博士のアルバイト工事は続く・・・。
ようやく、今日の午前中に台所のリフォームが完成!

施工主の奥さんも大喜び。
「まぁー!すてき、キレイになったわねぇ〜!」

自分の家の台所もまだ出来上がっていない博士は複雑な喜びを感じた・・・(笑)。
博士は作業ズボンを自分でハサミで切って半ズボンにして、手には汗ふき用のタオルが必需品!


若林博士ログ日記2004★ 『第19回 よく働き、よく遊べ!』 2004,8,2
■さて、皆さん。
横にある写真をご覧になって、
「おお、若林博士、自分のログハウス建設、がっばっておるなぁー。」と、思われるでしょう。
ところが、がくっ、である。
コレ、私に頼まれたシステム・キッチン入れ替えのアルバイト(?)である。
私の会社のガスのお客さんが、
「ガス屋さん、ガス・コンロ、新しいのに取り替えてくんなさいまし。」
と、電話がかかってきて、話をしているうちに、
「ついでに、システム・キッチンも全部入れ替えるわ〜。」
「ついでに、壁も張り替えて〜。」
「ついでに、天井も張り替えて〜。」
「ついでに、水道とお湯の配管もやり直して〜。」
「ついでに、照明も新しいのに替えて〜。」
と、どん&どん要求が増えていったのであーる。

まぁ、ガス配管工事なら私も配管設備士の資格もあるし、ちょろいのだが、こうも大工仕事が重なれば、がくっ、である。

そこで、化学博士とゆーよりは、大工さんと化学変化した若林棟梁にお願いしたしだい。
→くわしくは、7月13日の「共犯☆日記」を見よ!
http://diary.cgiboy.com/1962/index.cgi?mode=out#13

■そんなワケで今日は若林博士も午前8時に久保商店にご出勤(笑)。
私が土曜日の「白波四人男」のEメールをチェックしていると、そこへ千葉県から引っ越してきて博士と同じように自分で家を建設しようとしている定年の方が我が社にガス料金を支払にきた。
「おっ、若林さん、お早いですなぁ!何か、あったのですか?」
「えへへ。いやー、ちょっと(大工の仕事に・・・とは言えない・笑)。」
「ところで、ログハウスは完成いたしましたか?」
「えへへ。いやー、ちょっと(悪友が多すぎるので・・・とは言えない・がくっ)。」
「私の家の建設のことですが・・・。」
「おや、いよいよ始めますか?」
「それが、どうも息子に反対されましてぇ。」
「ほーっ。」
そうなのである。
博士のお見事なシロウト大工を見ているから、これがアタリマエと錯覚しているのだが、実は博士のやっていることは、かなり&超スゴイのである。簡単に誰でもできるわけではないのだ。

■で、メールをチェックした私は、竜馬社長の素早いギャラリーどらーるオープニング・パーティの画像UPを驚嘆し、世の中のオヤジどもはスゲエわなぁ、と朝からシミジミ。
それを博士に見せると、同じ昭和17年生まれ同士、ニコ&ニコ。

「あ、博士、昨日、海の帰りに幌新温泉ほたる館に寄ったら、畠山支配人が竜馬社長からフランス・ワインをもらったから一緒に呑もうってーコトになって、今夜6時30分に、博士のログハウスで飲もうと思うんですが・・・。」
「いいですよ。」

■と、ここまではニコニコだったのだが、いざ、システム・キッチンのリフォーム工事に入ると、かなり古い家らしく、水道管がいじると、腐って割れてしまいそうなのだ。特に、止水栓がヤバイのである!
床下にもぐり、高さ1mほどの空間に頭をぶつけながら泥を掘っても、掘ってもヤバイ水道管ばかりである。
こればっかりは、ガス屋の仕事ではなくて、行政の指定水道業者でなきゃ、手におえない。
「やっべぇー。今日のものにならんぞー!」と、私は真っ青。
とりあえず、知り合いの水道会社の社長に電話。すると、すぐに職人を一人配置してくれた。
おお!
んで、気温が見る見る30度を超える中での、汗だくの工事が続いた・・・。

■夜6時を過ぎて、お湯の配管に手間取り、畠山支配人との約束の時間が近づく・・。
フツーの人なら、飲み会を延期するのだが、私たちは畠山支配人に7時30分集合と変更し、仕事を無理やり終らせた。
それから、深夜まで3人の飲み会は博士のログハウスで続いたのであーる。
博士は作業ズボンを自分でハサミで切って半ズボンにして、手には汗ふき用のタオルが必需品!



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