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久保兄だよ。

アートなオヤジの、文科系★不良日記!


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ギャラリー★『札幌の最新ギャラリー事情!』 2003,1,26
26日(日)
いよいよ、本格的にギャラリー周り!
まずは、ヤナイ@ネムイさんのリストから、最初の時計台ギャラリーだ!と、思って車で乗りつけ、入り口のドアを引くと開かない。日曜は休み。ぎゃふん。これ、ヤナイ「ギャル女」にも書いてあった。優れた資料でも、読解力が私のよーにマヌケであると、こーなるのよねぇ。やれやれ。
まぁ、ここまで来たついでに札幌グランド・ホテルのスタバでフレンチ・コーヒー豆500gを買って、仕切り直しっ。

@さいとうギャラリー(南1西3)『金沢一彦 銅版画展』
「イマジネーションあふれる夢の世界を彫り続ける金沢さんは札幌在住、日本版画協会と道展会員。」(ヤナイ評)
ほいほい。おしゃれなビルに忍び込み、けっこーボリュームのある作品群を鑑賞。
いわゆるメルヘンの世界。『象にひかれて』という作品ではデブ専キャバクラ嬢のような(?)奇怪な象が印象的。
メルヘンは、このように奇怪であるものと、カワイイもの交差点である。んで、メルヘンの危うさは、このカワイイにある。どーしてもカワイイ顔は、俗っぽくなる危険があるのだよ。換言すれば、「マンガ的」と言ってもいい。これは1954年生まれというマンガ絵の影響を否定できない世代の宿命でもあると思う。
ただし、色の組み合わせは銅版画ならではの雰囲気を出しており、素晴らしい。


Aコンチネンタルギャラリー 水彩画『岡林茂 旅のスケッチ展』
主催;画遊房ノジュール
いかにもギャラリー!というリッチな雰囲気。作品も新築の家にお似合いの淡いタッチの風景画。コンサバな雰囲気ではあるが、新鮮な爽やかさをあわせ持っている。いくつか気になった作品を紹介しよう。

「十和田湖畔の茶屋」=影を青く描いているのが印象的。もちろん風景画なのだが、空間の広がりよりも、水彩画ならではの青い影がイメージを膨らませてくれる。この作品は茶屋の前の一瞬なのだが、前景の振り向く男性が少ないタッチなのに、生きているようでドキリとさせられる。きっと人物画も達者な方なのであろう。それにしても、この一瞬、写真から転写したのだろーか?

「奥入瀬渓流」=作品の上部が紅葉の初期の林、下部が川。まだ緑が多い林の木々の表現が素晴らしい。緑、黄、赤の3色を淡くにじませて重ねることで、光あふれる木の「印象」を見事に表現している。ただし、下部の川は水が流れているように見えない。運河や湖であればオッケーだろーが、やはり厳しくも美しい川の流れも同様に表現してほしかった。

「小樽運河」=そこで、流れない川、運河の風景。まるで絵葉書。モチーフの有名さに頼りすぎてはいないかな?

「富良野とみたファーム」=他の風景画と違い、ラベンダー畑をほとんど紫一色でベターッと描いている。実際、作家はこの一面の紫に感動したのであろう。しかし、「十和田湖畔の茶屋」の林のような表現力は利用されていない。これを稚拙と見るか?いや。私は、このあまりにも平面的過ぎる紫の広がりを、作者にとっての「実験」ではないかと想像する。確かにこの実験はまだ終わってはいない。しかし、こうしてモチーフから手法を悩ませられる作者には作家性があると思うのだ。

「ねぶた祭」=まるで子供のように、ねぶた祭りの原色のみごとさに感動した作者の感情が伝わってくる。ただし、ここでもまだ決定打ではない。岡林茂という人は、可能性の人である。だから、ギャラリーでの個展に意味がある。

いかにも、民間経営のギャラリーという雰囲気のコンチネンタルギャラリーの近くにあるのが、札幌市資料館。
ここの資料館は隠れたデート・コースにピッタシではないかな?かつて大通りに三岸好太郎美術館があった時、重厚な古い建造物が美術館に改造されて無料開放されていて私も通ったものだが、現在ではここが代替になる。
ここの札幌市資料館も古い建物。しかも、他のギャラリーと違って民間の施設ではないので、不思議な原始共産主義的雰囲気(?)がある。マイノリティーもメジャーも過激に同じ舞台で紹介しますという選択の権利を放棄したかのような施設側のスタンスが妙にすがすがしい。なんだか、NHK−FMラジオの午前中の番組みたいに、邦楽も民俗音楽もバロックもあるよー、でも何人が聴いているの〜?という自由さがある。
今日も不思議な3つの組み合わせだった。


B札幌市資料館(大通西13)  展覧会『アイヌ工芸作品展』貝澤竹子
「写真撮影お断りいたします。」という張り紙の理由がよく分からない。もしかしたら、工芸デザインの産業スパイが客に混じっているからか?
という心配も取り越し苦労のような気もするが、アイヌ模様のカバンや衣服だ。作者の貝澤という名もアイヌ文献ではよく見かける。やはり、独特の文化を持っている強みか、さすがに着物などは素晴らしい。ダイナミックであり、繊細であり、なによりもオリジナリティがある。しかし、「工芸」と自ら名乗るのであれば、日常用品として普及する作品にもっと挑戦してもらいたい。いままでのアイヌ土産は木彫りにしてもムックリにしても「芸術」というプライドの末裔であった。でも、これからは日常に潜り込む方向でアイヌの魅力をアピールしてほしいなぁ〜。だって、ネィティブ・カナディアンやケルトなんて、日常品にデザイン化されたものが沢山あるんだし。


C札幌市資料館(大通西13)  展覧会野越さゆり写真展『自己愛という病・2−紅綺譚』
ほぼ正方形の部屋の床に赤い布が十字にひかれている。周りの壁を飾るのは若い女性の妖しい写真。着物を着てレトロな薬壜を唇に近づけたり、太ももを着物から露に剥き出して目隠しをする・とか。
タイトルが「自己愛」なんてゆーから、セルフ・ポートレイトか?と、思いきや、正面の壁にさりげなく「私をさがさないで。私は架空の存在なのだから。」と書かれた紙が張ってあったり。
エロスを演出する方法は、あまりにも常套手段なのだが、常套手段すらも楽しんでいる作者の素顔が見える。写真は綺麗にとれているのだから、確かな技術の上で遊んでいる・とゆーことか。きっと、こんなホームページは無数にあるんだろーなぁ。つまり、ITじゃあないところが新しいという今日的逆説。


D札幌市資料館(大通西13)  展覧会柴田木石『硬筆書展 百人一首展』
「ITじゃあないところが新しいという今日的逆説。」と思いながら次の部屋に行くと、これぞ究極のアナクロ・アート。
硬筆書、つまりペン字。これで、色紙に百人一首を書く。なんだかよーワカランが、「先生」と呼ばれる老人が会場にいる。スクエアな中年が数人、うろうろ。今日回ったギャラリーで一番、客がいた。つまり、教室の先生の発表は客を呼ぶ。


E古書ザリガニヤ GALLERIA ZARIGANIA展覧会『ザリガニヤ 余暇暦』
コンチネンタルギャラリーと札幌市資料館の間にある古い木造モルタルの建物の二階にある古本屋。
私は偶然、去年の1月にここを発見して喜んだ。玄関には良書ハードカバー初版が100円。ここで私は去年の後半大変に参考になった関川夏央『退屈な迷宮 「北朝鮮」とは何だったのか』(1992.12)も100円で買った。店内には、かなり私の趣味をリサーチしたよーな品揃え。そして、元々狭い店内なのに、奥に4mほどの壁を利用した北海道一狭い(?)ギャラリーがある。初めて行った時にそこで『森雅之まんが原画展』を見れた私は、とても得をした気分を味わえられた。
今回も、ヤナイ氏の「ギャル女」には紹介されていいなかったが、入り口に小さな紙が掲示されていた。おお。やっているのだ、展覧会を!
そこで入ってみると、『ザリガニヤ 余暇暦』というのがやっていた。私は余暇暦という名の作家がいるのかと思ったが、帰りにこの店の会報『ザリガニツリ』を手にすると分かった。会報の別紙『ザリガニツリextra』のタイトルの下に「余暇暦」と題した短い詩が各月ごとに掲載されている。今回の展示は、その1年、12ヶ月ごとの詩と絵葉書の組合せだ。
薄い紙に詩を印刷し、それをオリジナルの絵葉書の前に置きバック・ライトで照らし出す。う〜む。少ないスペースを生かし、かつ文学と美術の結合。経費よりも、アイディア。作品の質以前に、姿勢に圧倒される。

で、古本屋なんだから、古本も二冊買った。

洋書 Sam Shepard『Rolling Thunder Logbook』(1977)定$12.50→古\2000
これは、ロック史上もっともユニークなツアーと言われる「ローリング・サンダー・レヴュー」に同行した著者による記録。
1974年にザ・バンドと共にツアーをし、大絶賛を得たボブ・ディランが、実はその高い評価とは裏腹に「苦痛だった」と後に告白するのだが、システィマチックなツアーとは違い、気心の知れた仲間とサーカス団のように自由気ままにツアーに出た。それが1975〜76年の「ローリング・サンダー・レヴュー」だ。長い間このシークレット・ツアーの全貌は謎であったので、この本が少ない手がかりの一つであった。それが、2002年暮れに突然、ライブ・アルバムとして発表され、当然のように大絶賛されている。

椹木野衣『原子心母 芸術における「心霊」の研究』(96)\2500→古\1300
私と同じ1962年生まれの著者は美術評論家。おお。『原子心母』!昨夜、エルエテの渡辺ギャラリストと話題にしていたピンク・フロイドの名盤のタイトルではないか!
それでも私はこの本が出版された当時、『原子水母(げんしクラゲ)』とゆーパロディのタイトルかと思った。つまり、レベルの低いパロディかと思っていたのだ。読まず嫌い・だね。それにしても、美術評論のタイトルをロックのアルバムから持ってくるのは、いかにも〜とゆー確信犯である。それに、椹木野衣という名前は読めない。サワラギ・ノイとゆーんだけどさ。
えーと、内容は意外に(?)まじめ。正攻法の美術本では新人は目立たないとゆー作戦がタイトルなのか・いな?

と、古書ザリガニヤの用事を済ませ、店を出ると、入り口にフライヤーのコーナー。
おっ、さっき観た野越さゆり写真展『自己愛という病・2−紅綺譚』のポスト・カードもあるぞ。例の着物の太ももがはだけた目隠しモノクロ写真だ。エロい。2枚欲しいところだが、後続の客のために1枚だけちょうだいする倫理観。
もち、会報『ザリガニツリ』もマストだねぇ。ドイツ・プログレロックであるタンジェリン・ドリームの創設メンバー、コンラッド・シュニッツラーのインタビューも掲載。あ・あなどれないーっ!
と、フライヤー漁りをしていると、なんと美術批評紙『elan』2002年12月号もあるではないかっ。正月に北海道近代美術館のフライヤー・コーナーには無かったので、もう配布終了かと悔しがっていたところだったので、こりゃ幸いだわい。
だいたいにして、『elan』編集長の浦澤貴雅さん→「エルエテ」の渡辺ギャラリスト→ネムイ@ヤナイさんと紹介の輪があったワケで、ここでグルリとヤナイさんがらみの「ギャル女」ツアーで『elan』をゲットできたのも、不思議な縁。
で、この『elan』最新号には、「針生一郎/椹木野衣トークライブ」なんてのも掲載!おお、今まさにゲットしたばかりの椹木野衣ちゃん!しかも、このライブを要約して文章化したのは、ヤナイさんじゃんか!しかも、裏表紙の広告には「エルエテ」がっ!おお。うう、つながってんねー。
ついでに、「生活する地域の空間の質を考える」という文を寄稿している坂巻正美という彫刻家は1961年生まれで、栗沢町在住。昨日会った、北海道商工青年部連合会の会長、栗沢町の早田くん(1962年生まれ) とは知り合いだろーか?

さて、ミーのカーは西へスライドし、「ギャップ」はCからDへ。



F北方圏学術情報センター ポルトギャラリー 展覧会『北海道浅井学園大学 北方圏アートプロジェクト <美術展2002>−北方(きた)からのメッセージ−』
阿部典英、佐々木けいし、永野光一、野崎嘉男、林亨の5氏の作品に、会期後半、奥岡茂雄、佐藤友哉、中村聖司、古川俊英の4氏がテキストを付け、一般の感想なども追加していく、コラボレーションと交信の試み。
ここの会場「北方圏学術情報センター」はポスト・モダン風の建築物で以前から入ってみたかったのだが、まさかこんな機会で入ることができるとはね!入り口で子連れの長髪の男とすれ違う。ほー、自由に出入りできるのね。私も長髪オヤジだけど。
えー、もう会期後半らしくて、作品の横にはやや長めのテキストがすでに付けられている。でも、その文章はなんだか提灯ぽいなぁ。・・・あ、ごめん。
アート作品の作家ごとに私の感想を書いてみようか。

・阿部典英=2mほどの木彫。ツルンとした人物の抽象化。「ネェ、ダンナサンあるいは否、非、悲」というタイトルだが、私は「聖母」というタイトルにすべきであると思う。

・佐々木けいし=鉄の彫刻。床に置かれた大きな作品「蠱」が、かっこいい。それを囲むように壁にかけられた十ほどある自動車のホイールのような作品「郭」の不毛さ。

・永野光一=「眼の時」と題した鉄のオブジェ。スタイリッシュさに欠ける。モチーフの整理が内面で必要ではないかな?

・野崎嘉男=本気なのか?キース・ヘリングの記号論?記憶には残る作品だが、それと芸術的個性は別。

・林亨=美しい。ジャック・ポロックの末裔なのだろーが、月面にペイントしたようなクールさ。メタルによる額処理もセンスが良い。ただ、やはり「眼を閉じて」というタイトルは変えるべき。



さて、次はさらに西のギャラリーへ。円山公園駅をケンフラで右折。ヤナイHPから印刷した「ギャップ」では、次の目標の「ギャラリー愛海詩(えみし)」へ行く途中で細い仲通りを抜けると、CAIというギャラリーの前も通れるようなので、大雪で狭い通りを抜けてみる。おお、あったよん。コンクリート打ちっぱなしの、それ風なヤツ。でも、ヤナイHPに紹介されていないだけあって、休み。ヤナイHPの正確さを確認した気分。


Gギャラリー愛海詩(えみし) 展覧会『三州鬼瓦 若鬼士展』
愛知県の鬼瓦の伝統をしっかり守る若手4人の作品展。鬼面やランプシェード等。
ギャラリーの入り口のドアに「お気軽にお入りください」と書いた札がぶらさがっている。つまり、お気軽に入れる雰囲気じゃあないとゆーコト。
それでも、中に入ると優しそうなオバサンが二人で世間話をしている。「こんにちはぁー」と入ると、優しく迎え入れてくれた。狭い店内に所狭しと陶器が陳列してある。そう。ここは、セトモノ屋さん。
あ、元朝日新聞社のカメラマン石井一弘さんの自費出版の写真集『納沙布』も売ってあるぞ。彼と私は雑誌『しゃりばり』と、ばんけいワイン研究会つながりなので、こんなところで出会うと嬉しい。やっぱ、どこかでつながっているんだねぇ。
えーと。鬼瓦が無いぞぉーと思うと、二階だった。オバサンに許可をもらって二階へ。
おお。ここは一階と違ってギャラリー風に空間がゆったりと取られている。
今日はズーツと現代美術ばかりを見てきたので、こうして伝統的な造形物を見ると新鮮な感覚が蘇る。
しかし、その感覚はただ単に私の中だけのモードにすぎないので、その知覚を解放して評価しなくてはいけない。
さすがに、「伝統をしっかり守る」と言うだけあって、重厚な作品群だ。手塚治虫『火の鳥』「鳳凰編」での、鬼瓦職人を思い出す。え?あー、やっぱ、そーだ。マンガだ。今日一番最初に見た『金沢一彦 銅版画展』と同じように、ここでもマンガっぽい造形に流れてしまう危うさが漂っている。4人の生まれは昭和26〜46年。ここでも、この世代が背負ってしまうマンガ・タッチの宿命があるのだ。それは、『金沢一彦 銅版画展』と同様に「顔」、特に「表情」に危険が準備されている。
だから、ランプシェードのような人物と関係のない作品は、マンガとも無縁で、スタイルが確立されている。

このギャラリーの左となりは、あんみつ屋。きっと経営者は同じなんだろうな。きっと素敵な和モノの陶器に入って料理が出てくるんだろーな。それもゲージュツなんだろーな。かわいこちゃんと来たいな。などと。


HTEMPORARY SPACE 展覧会『「凹みstudy」Kenichiro Taniguchi Solo Exhibition』
札幌の若手、谷口顕一郎の個展。
掘っ立て小屋のようなギャラリー。入ると、何もない。えっ!?あった。5cm角ほどの黄色く折りたたまれたオブジェ。
部屋の片隅にある作品紹介には国旗が作品ごとに書かれているだけ。あー、そーか。国の形をアクリル板に切って、チョウツガイを付けて折りたたんでいるのか。
それにしても、この作品群に意味を考えるべきなのか?と、意味を考える以前の考えを考えてしまった。
考え込んでいると、白いカーテンが開いて、50〜60歳ぐらいのオヤジが建物の奥からのぞきだした。ギョッとしたが、とりあえず「こんにちは。」と言ってみたら、「こんにちは。」と言って彼はまた奥に消えた。こんなヘンテコな作品を見にきたヘンテコな男の顔を見にきただけ、っー感じだった。

次は、ミーのカーは、東へ戻ってゆく。
「ギャラリーどらーる」?どこだ?おお、「ギャル女」によれば、HOTEL DORAL内か!なるへそ。こーゆーギャラリーもアリだよな。でも、駐車場はナイよな。あ、トナリが札幌食料事務所だ。「関係者以外の駐車をお断りします。」と書いてある。ここに駐車しちゃえ。だって、私は、お米屋さん。関係者ですもの。うふっ。


Iギャラリーどらーる(北4西17  HOTEL DORAL)展覧会『美の小回廊(プロムナード)』
http://www.doral.co.jp/gallery/index.html
▲今年の3月以降、同ギャラリーで月替りの個展を開く10人の画家による小品展。つまり、予告編か。

・3月 東誠=フランスパンが宙に浮く空間に女がたたずむ。シュールなイメージの油絵。完成度が高い。シュールな作品にありがちなイヤミさもない。この作家の作品はもっと見てみたいなぁ。予告編、大成功・か。

・4月 平向功一=この作家も力もオリジナリティもある。大きな正方形のキャンバスにスィフトのラピュタのような空中建築物があって、そこに多くのパーツが複雑に絡みつく。見るものに豊かなイメージを喚起させる。ストーリー性すら感じさせる。

・5月 佐藤潤子=ものたりない。ごめんね。

・6月 矢元政行=すごい。「生き物たちのパレード」と題した作品は群集が出てくるモップ・シーンだが、今日ずっと見て感じてきたような“マンガっぽさ”がまったくなく、豊かな神話性も、魅力的な非現実感も感じさせる。

・7月 夏山亞貴王(故人)=この展覧会はバロック的な作品に囲まれているために、初見は、ものたりなく感じたが、消え入る平面の美しさが個性的な風景画である。フランス的、と言い切るのは抽象的すぎる感想かなぁ。ボナール的快楽すら感じる。

・8月 北浦晃=イメージが希薄であると思いました。すみません。

・9月 高橋佳乃子=すみません。私のタイプではありませんでした。

・10月 徳丸滋=「洞爺湖」という風景画は素晴らしい。モネ「睡蓮」のような淡い幻想の世界。音楽的美。

・11月 谷口一芳=えーと、どーも計算が見え見え・と感じてしまいました。どーも、すみません。

・12月 鵜沼人士=がんばるべきです。



J道立文学館 森雅之まんが原画展『散歩しながらうたう唄』
鼻血が出そーなぐらいギャラリーを見てきた本日の最終コース。ここは中島公園に面しているし、駐車場も無料だし。いいねぇ。入ると、ロビーで教師兼美術評論家の柴橋伴夫が3人の老人と打ち合わせをしていた。
今日、最初から「マンガっぽい」絵の不憫な影響について考えてきたんだけれど、最後にモロ、まんが原画を見るなんて、いかれた偶然。
森雅之は1970年代中旬に登場した時から好きだった。彼の最初の単行本『夜と薔薇』は私の宝物だ。だから、今回の原画展でもそこからのものに出会うのに一番の期待があった。しかし、なかった。読売新聞でのカラー原画とか、メジャーになってからの作品が中心だ。
で、私は思う&感じる。
『夜と薔薇』における、森雅之の詩人性はエロスからきていたのではないのかな?少年が持つエロス。恋もエロスのうち。キスも、ナイフ投げも、アラスカさえも。
でも、中年の峠を越えた作者はエロスが希薄になったんじゃあーないのか?
その代わりに、ベテランになった時間が彼の画力を上げた。
画力と引き換えにエロスを失った。
ここには、今日見てきた美術画家がマンガ的になる危うさとは違う危うさがある。
マンガ家も、つらいのヨ。
帰り際、柱の影で一生懸命腰をかかげて著書にサインしている作者がいた。


■この後、私は本業の米屋の仕事をして、夜を迎える。


■中古CDを2枚買う。
レコーズ&レコーズ南2条店にて。

Lou Reed/ルー・リード『Metal Machine Music/メタル・マシーン・ミュージック』
(1975発表,再発)定価\2000→古\1180
これは発表当時、アナログLP2枚組みに、電子音ノイズのみの内容で、売れずに長い間、世界中で廃盤になっていた作品。
町田康の小説「けものがれ、俺らの猿と」(単行本『屈辱ポンチ』収録)の中に、こーゆー一文がある。

それでもなお我慢をして目を閉じてると今度は、とてつもない音量でルー・リードの「メタル・マシーン・ミュージック」と藤圭子が同時に聴こえてくる、また、それに混じって、ガラスの割れる音、どすどす壁を殴るような音、さらに、とても奇妙な、あああ、と女が喜悦しているような、しかし間違いなく男の嗚咽が聴こえてきて、ついにたまらなくなって自分は目を開いた。

つまり、そーゆー音だ。

Bill Bruford's Earthworks/ビル・ブラッフォード=アースワークス『Footloose and Fancy Free/フットルース・アンド・ファンシーフリー』日本ボーナス1曲
パトリック・クラハー(テナー・サックス)
スティーヴ・ハミルトン(ピアノ)
マーク・ホジソン(ベース)
2001年6月23,24日ロンドン・ソーホーPizzaExpress Jazz Clubでのライブ。(02.4.17)2枚組 定価\3360→古\2380
日本では発売されないが、同時発売のDVDは、ニューヨークのボトム・ラインでのライブ映像だ。
実は私はそのライブを見ている。NY911から4ヶ月前のことだ。だから、このCDを聴くと、あのライブを思い出すよん。


Kパラマウント・ユニバ-サル シネマ11 映画『マイノリティー・リポート』監督;スピルバーグ、主演;トム・クルーズ
と、最後に映画を観て沼田町に帰宅すれば翌朝2時でした。こんな40歳の私です。ごめんね。
ところで、この映画のキーワードのひとつが、眼球。松岡正剛に『眼の劇場』っー本があったね。私の食いしん坊の眼球は、どこまで転がってゆくのか?
と、ゆーことで私のマイノリティー・リポートを終えます。ご清聴、ありがとうございました。


クラッシック音楽★『北海道交響楽団 第45回定期演奏会 「マーラー:交響曲第1番、 ニ長調『巨人』」』 2003,1,25
投稿者:ねむい初老ヤナイ- 03/01/22 04:20:08
ホームページアドレス:http://www5b.biglobe.ne.jp/~artnorth

>ヤナイ@ネムイ初老翁のウェッブでチェックしたギャラリー回りをしようかと思っています。
>ヤナイHP、便利だね、やっぱ。あと望蜀を言えば、全てのギャラリーが掲載された札幌地図が欲しいね。ウェッブのページ上でリンクできないものか?札幌って車で移動しやすい街なので、地図さえあれば顧客も増えると思うけどね。まぁ、こんな話題はヤナイHPにカキコすべきか(笑)。  

そのとおりです(^.^)  えーと、クボさんのおっしゃりたいのは、
都心部だけじゃなくって、郊外の、車でもっぱら行くようなところもすべて網羅した地図をつくんなさーい、
ってことでしょうか。
 ことしから、地図の数はそうとう増やしたんですけど。
そうだ、この返事はヤナイHPにカキコしてください、よかったら(^_^;)




1997年12月6日の北海道新聞(夕刊)の2万冊。 
投稿者:久保AB-ST元宏  投稿日: 1月22日(水)23時30分25秒

■ああ。やないさん、あたしゃ、あの書き込みをしてから、もー一度、貴殿HPの「さっぽろギャラリーマップ」のページを見て、自分の注意力の無さにタマゲたよ。これじゃあ共通一次試験で名前を書かずにツルリだわな。

■いや&まったく&これでいいんですよ。
忘れもしない昨夜、実は私は週末の予定を組もうと、貴殿HPギャラリー☆スケジュール(=略して「ギャル女(スケ)」)を開いて、「会場名」横のAとかFとかに気がつき、クリックしてビツクリんこ・ワッショー。そーそー、これですよ、望蜀とは忘れることなり、ですよ。ごめんね。
さて。皆さん、AとかFはギャル女の経験でもサイズでもありません。そう!アレです。
で、私は昨夜、A〜Gカップを全てプリント・アウトしたのだ。もちろん、ミーのカーに常備するために!
そして、次の作業として、札幌に滞在する1月25日(土)以降のギャル女をプリント・アウトしようとした。が、コレが紙の無駄になりそーなので、カーソルでつまんでコピーして、ミーのノート・パソコンのMicrosoft Word for Windows文章に転記して、文字を全て9ポイントにちじめて、必要のない項目を消していったのよ。→すると、A4のペーパー裏&表1枚に、『2003年春陽会道作家展』〜『森の美術散歩』まで26会場がコンパクトに収まったよ。けっこー地味な作業を数十分したけど、出来上がれば便利だよね。コレと、先にプリント・アウトしてあるギャップ(=あ、「ギャラリー・マップ」のことです。すみません、すぐ造語を作っちゃってぇ。)をミーのカーの助手席に置いて、ハンドルをクル&クルすりゃーいいわけじゃんか!なぁ〜んだ、ヤナイさんて、いいやつじゃんか!

■と、昨夜、ちま&ちまとやっていたので、今日の『共犯新聞』のレスにはパブリック・プレッシャー(散開20周年)でした。
でも、初代座頭市のよーに義理堅い私は、今朝、さっそく深川市の図書館へ行って、1997年12月6日の北海道新聞(夕刊)を読んできました。
でもそれは、また別の話・・・。あ!フジテレビ『HR』を観るのを忘れた!
んで、この話の続きは『共犯新聞』ゲストブックへ続く!!      ごほん。







そんなワケでぇー、

■予告通り、1月25日(土)&26日(日)は、「ギャル女(スケ)」と「ギャップ」をミーのカーに積んで、ガン&ガン、ギャラリー周りをいたしました。
以下は、素人目の感想です。ヤナイさん、ギャラリスト、作家の皆さんにこの場をお借りいたしまして熱烈なお礼を申し上げます。→ペコリ。

1月25日(土)
@エルエテギャラリースペース(札幌市中央区南1西24 リードビル2F 011-644-7953)
『鈴木康 木口木版画展』
『版画芸術』117号で特集された東京在住の新進版画家。1969年生。40号の大作を含む30点の展示。
ギャラリスト渡辺良隆さんは、販売に苦労されているようですが、一貫して自分が気に入った作家のみを中央から探し出して紹介する姿勢の恩恵は貴重。
「多様なモチーフをバロック的に融合している絵は、
しっかりとした観察力と画力を得て魅力的なイメージの広がりを見せてくれますねぇ。
ホッケ好きの種村季弘さんなんか、好きなんじゃあない?こーゆーの。」とゆーのが私の感想。
多くの作品は白黒なんだけれど、『カメレオンX』は彩色されていて、カメレオンの緑の肌と黒の線で細かく書かれたウロコが不思議な非現実感を見るものに与えてくれます。リアルに描けば描くほどに非リアルになってゆく作風は、やはり将来の大家を想像させてくれます。展示会は26日で終了したそうですが、「まだしばらく置いていますのでいつでもどうぞ!!」というギャラリストの声に甘えて、これからでも、皆んな行くべし!


A札幌プリンスホテル国際館パミール6F「日高」
『地域づくり人全道交流会』
北海道ツーリズムを軸に自然・食・文化といった視点からの地域の総合マーケティングに係る交流会。道庁主催。第二部には話題の(?)堀知事も参加。
こーゆー「町おこし」とか「元気になる〜」とゆーのによく招待されたり、意見を求められたりする私ですが、正直、”違和感”を感じます。ただ、その違和感の理由が自分で分からない。違和感の理由&原因を言葉にしたいがために、懲りずに、こーゆー会議に参加する私なのです。
基調講演をした元たくぎん総研のヒトは、「会場の中で、全国のモスバーガーの”お汁粉”のモチをどこで作っているかご存知の人はいますか?」と、自慢げに聞いていたけれど、私としては「会場の中で、今日、エルエテで『鈴木康 木口木版画展』、キタラで『北海道交響楽団 第45回定期演奏会』をやっているのをご存知の人はいますか?」と聞いてみたいものだ。
この「交流会」は、講演もそーだが、交流も興味深く、休憩時間にボケッと「ギャル女」をチェケしていたら、何人かに声をかけられた。その中の一人が栗沢町の早田くん(1962年生まれ)。彼は、北海道商工青年部連合会の会長だ。私も6年前に沼田長商工会青年部部長を2年間務めたが、イナカの青年部長は体力&金力&精神力&行動力&酒力&少しの知力が求められるトライアスロンのよーな役職。それを早田くんは6年間もやった!最初の2年間は地元=栗沢町の青年部長、次の2年間は栗沢町青年部長+空知管内連合会長、最後の2年間は栗沢町青年部長+空知管内連合会長+北海道商工青年部連合会会長。こりゃ、自分の仕事をしているヒマは無いわいな。もーすぐの3月で役職から解放されたら、とりあえず家族へのお礼に旅行に行くそーだ。でも、そんな彼をほっておく世間ではなくて、すでに地元道議会議員の選挙対策本部の幹事長にされているそーで。ごくろーさま。
そんな彼をホテルまで、ミーのカーで送ってあげて、私はキタラへ。


BKitara”キタラ”『北海道交響楽団 第45回定期演奏会』 指揮/川越 守
メシアン:交響的瞑想『忘れられた捧物』

この10分ほどの曲は、今回の演奏会のネタばらしになっている。つまり、ウィーンで活躍した作曲家の100年を隔てた作品の並列。ここらは、軽妙ながら新鮮な考察に優れている当日配られたパンフレットに詳しい。このパンフレットでは、「アマチュア楽団ならではの演奏技術のバラツキ」と自らを謙遜してもいるが、ダリの溶けた時計のような暗黒に浮かぶ緑色の時計のポスターも含めて、このオーケストラが北海道民の優れた「交流」によって運営&成長しているのが分かり、私のようなヘソマガリにも力ずく(笑)で好感を持たせる。
おそらく、キタラが作られたことを最も喜んだのは、この1980年創立の彼らなのではないのかな?

ハイドン:交響曲第101番、ニ長調『時計』

さすがに第一楽章の出だしのピアニッシモを長くひっぱるバイオリンたちのアンサンブルは震えていた。その楽団員の過度の緊張は聴衆にも伝わっていたが、それを批判や否定はせずに、「がんばれ!」と思って見てしまうトコロに、市民楽団の良さもあるのか。
それでも、時計のチクタクを表現する部分などは鮮烈かつ優れたアンサンブルを聴かせてくれた。印象的なメロディの部分では大きなグルーブも生み、いよいよ次はマーラーだ!と、ここまではまだリハーサルみたいなもんよ、とゆー彼らの余裕にすら感じてしまった。そう。意外や、実力のある彼らなのだ。
おお、そーだ。そーだ。今日のメインディッシュのマーラー第1番のイントロも『時計』以上に長いピアニッシモから始まるのだ!

マーラー:交響曲第1番、 ニ長調『巨人』

サントリーが「今はマーラーばかり聴いている」とゆーCMを流したり、戸川純がモーニングショーTV生放送で自宅からの朝食シーンを紹介した時に床に直接おかれたレコード・プレイヤーでマーラーを大ボリュームでかけていたり。それらは、1980年代中盤のバブル萌芽期。その両方の曲がマーラーの最後の交響曲『大地の歌』であった。まだその頃は、サントリーは「クマソ発言」はしていなかったし、戸川京子は離婚も自殺もしていなかった。
この日聴いたマーラー:交響曲第1番、 ニ長調『巨人』は第2番が先に完成したとは言え、マーラー本人があえてこちらを第1番と名付けただけあって、他の作品とは違った意味がある・と私は思うワケだよ。『大地の歌』で中国の詩と音階をモチーフに使ったように、この曲でも時折、ジプシー(=ラマ)やアラブなどの東方音楽の旋律を利用している。これはライブであるからこそ、ホルンやパーカッションを多用したマーラーの手法の特殊性がよく理解できるよ。
マーラーの交響曲はモーツアルトやハイドンと違って、BGMにならない。だってさ、最も小さい音と最も大きい音の差が極端に激しくあるから。この第1番も出だしは超ピアニッシモで、蚊の羽音よりも小さい。楽団が用意したパンフレットには、「まだチューニング中?」なぁ〜んておどけて表現していたけれど、まったく&そのとーり。んで、途中で鐘やトランペットのドンチャン騒ぎになる。最初の美しいピアニッシモをもっと聴きたいと、CDプレイヤーのボリュームを上げて聴いていると、途中のフォルテッシモで近所迷惑になり、ボリュームをあわてて下げるなぁ〜んて体験はマーラーのCDを聴いてきた人には誰でも持っている嬉し&恥ずかし体験であろう。
おそらくはマーラーの曲の中で唯一ピークを作らないのは、交響曲『第5番』第4楽章だろーね。このルキノ・ヴィスコンテイの映画『ベニスに死す』でも使われた美しい楽章は、マーラーの常套手段と違う故に、相対的に特殊な存在になっている。
マーラーはレコードやCDを想定して作曲はしていない。後に「フランス的」と形容付けられるドビッシーや武満徹は、ある意味、マーラーの交響曲『第5番』第4楽章を引き伸ばした作家と乱暴に言っては怒られるか?ソニーと共にCD開発を進めたカラヤンの最後のヒット作品が『アダージョ集』であるのも、作曲家とピアニッシモと流通媒体の関係性があるのではなないかいな?
で、マーラーはコンサートで聴衆にインパクトを与えるためか、音の大きさの格差のある作曲を多くした。音の大小、東方のメロディー、これらがオペラ指揮者でもあったマーラーが頼った人工的な「物語」であったと思う。それは、今回のようなライブであるからこそ、再確認できた。
さて、この『第1番』は極端なピアニッシモから、ついにラストの第4楽章では壮大な歓喜のファンファーレで終わる。問題は、その「歓喜」だ。ベートーベンの歓喜は、コンサート会場の人々全てを巻き込んで大きな喜びの歌に昇華してフィナーレを迎える。しかし、マーラーのそれは、マーラーたった一人が歓喜の頂点に立って、それを観客&オーケストラ団員ら多くの他者がシラケた目で見てフィナーレを迎える。よく言われるように、神経症的な拡散する興味が楽曲の中で何度も大きく揺れて、観客は着いてゆけなくなる。モーツアルトのように大きなうねりで、観客の求める音を先取りして捜し出して提示するのではなくて、びっくり箱のように観客が準備していない音を与えては喜ぶマーラー。さんざん驚かされたあげくに、勝手に一人で歓喜の陶酔をして終了する曲。
『第1番』が発表された19世紀末のウィーンでは、不評であったという。そりゃそーだろう。近代以前の社会は全市民が共通感覚を持つことに快楽があったワケだし。それが、1980年代バブル直前にマーラーがファッションになったという事は、すでに社会は市民一人一人が、マーラーのように他者から浮いている感覚を得ていた・とゆーコトか。まるで、バラバラの個室がコンサート会場にあるよーに。
また、私はスゴイ妄想も持った。それは、こーだ。
マーラーは、自分の最初の交響曲『第1番』を、ベートーベンの『第10番』として作曲したのではないのか?
だいたいにして、ベートーベンが『第9番”歓喜の歌”』を最後の交響曲にしたという理由でマーラーは、自分の『第10番』を10とせずに、『大地の歌』とした。そんなベートーベン・フリークのマーラーが、イタコのよーに、ベートーベンの『第10番』を自分で作曲したのだと思い込むのって、アリかとも思う。
今日聴いた2曲目のハイドンは交響曲第101番だった。しかし、人生で100曲以上の交響曲を作曲するって、どーゆーコト?

Cビストロ『ル・プラ』
コンサート終了後、エルエテの渡辺さんを自宅から引きずり出して、午後9時→朝5時まで飲む。
ワイン=ブルゴーニュ白シャルドネ、アルザス赤 など
料理=アンチョビー・トースト、厚岸の牡蠣、鴨肉、キノコのサラダ、など

渡辺さんが来店するまで、一人でブルゴーニュを飲んでいたら、隣にオーケストラ指揮者の松本さんが美人の奥様と映画『イナフ』を観た帰りにきて、3月に行われるキタラでのチケットを入手。
まずは音楽の話と、「久保さんはピンク・フロイドとか聴かないでしょ?」と言われた。
私はピンク・フロイドの初期のリーダー、シド・バレットが大好きだが、どーも彼が脱退した後の大仰なピンク・フロイドのサウンドは時代錯誤っぽくて好きになれなかったのよ。でも、お勉強であると思って、デビュー・アルバムから順番に買って次は名作『原子心母』だ!とゆートコまで辿り着いていた。
エルエテの渡辺さんとは今日が二度目ましてなのだが、最後はオーナー・シェフ夫婦も巻き込んでの文学談義になり、あきれたオーナー夫人の合図でお開きになった。
帰りのタクシーで蟹澤という画数の多い運転手をゲラゲラ笑わせたりして、午前5時。



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