投稿者:ねむい初老ヤナイ- 03/01/22 04:20:08
ホームページアドレス:
http://www5b.biglobe.ne.jp/~artnorth
>ヤナイ@ネムイ初老翁のウェッブでチェックしたギャラリー回りをしようかと思っています。
>ヤナイHP、便利だね、やっぱ。あと望蜀を言えば、全てのギャラリーが掲載された札幌地図が欲しいね。ウェッブのページ上でリンクできないものか?札幌って車で移動しやすい街なので、地図さえあれば顧客も増えると思うけどね。まぁ、こんな話題はヤナイHPにカキコすべきか(笑)。
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そのとおりです(^.^) えーと、クボさんのおっしゃりたいのは、
都心部だけじゃなくって、郊外の、車でもっぱら行くようなところもすべて網羅した地図をつくんなさーい、
ってことでしょうか。
ことしから、地図の数はそうとう増やしたんですけど。
そうだ、この返事はヤナイHPにカキコしてください、よかったら(^_^;)
1997年12月6日の北海道新聞(夕刊)の2万冊。
投稿者:久保AB-ST元宏 投稿日: 1月22日(水)23時30分25秒
■ああ。やないさん、あたしゃ、あの書き込みをしてから、もー一度、貴殿HPの「さっぽろギャラリーマップ」のページを見て、自分の注意力の無さにタマゲたよ。これじゃあ共通一次試験で名前を書かずにツルリだわな。
■いや&まったく&これでいいんですよ。
忘れもしない昨夜、実は私は週末の予定を組もうと、貴殿HPギャラリー☆スケジュール(=略して「ギャル女(スケ)」)を開いて、「会場名」横のAとかFとかに気がつき、クリックしてビツクリんこ・ワッショー。そーそー、これですよ、望蜀とは忘れることなり、ですよ。ごめんね。
さて。皆さん、AとかFはギャル女の経験でもサイズでもありません。そう!アレです。
で、私は昨夜、A〜Gカップを全てプリント・アウトしたのだ。もちろん、ミーのカーに常備するために!
そして、次の作業として、札幌に滞在する1月25日(土)以降のギャル女をプリント・アウトしようとした。が、コレが紙の無駄になりそーなので、カーソルでつまんでコピーして、ミーのノート・パソコンのMicrosoft Word for Windows文章に転記して、文字を全て9ポイントにちじめて、必要のない項目を消していったのよ。→すると、A4のペーパー裏&表1枚に、『2003年春陽会道作家展』〜『森の美術散歩』まで26会場がコンパクトに収まったよ。けっこー地味な作業を数十分したけど、出来上がれば便利だよね。コレと、先にプリント・アウトしてあるギャップ(=あ、「ギャラリー・マップ」のことです。すみません、すぐ造語を作っちゃってぇ。)をミーのカーの助手席に置いて、ハンドルをクル&クルすりゃーいいわけじゃんか!なぁ〜んだ、ヤナイさんて、いいやつじゃんか!
■と、昨夜、ちま&ちまとやっていたので、今日の『共犯新聞』のレスにはパブリック・プレッシャー(散開20周年)でした。
でも、初代座頭市のよーに義理堅い私は、今朝、さっそく深川市の図書館へ行って、1997年12月6日の北海道新聞(夕刊)を読んできました。
でもそれは、また別の話・・・。あ!フジテレビ『HR』を観るのを忘れた!
んで、この話の続きは
『共犯新聞』ゲストブックへ続く!! ごほん。
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そんなワケでぇー、
■予告通り、1月25日(土)&26日(日)は、「ギャル女(スケ)」と「ギャップ」をミーのカーに積んで、ガン&ガン、ギャラリー周りをいたしました。
以下は、素人目の感想です。ヤナイさん、ギャラリスト、作家の皆さんにこの場をお借りいたしまして熱烈なお礼を申し上げます。→ペコリ。
1月25日(土)
@エルエテギャラリースペース(札幌市中央区南1西24 リードビル2F 011-644-7953)
『鈴木康 木口木版画展』
『版画芸術』117号で特集された東京在住の新進版画家。1969年生。40号の大作を含む30点の展示。
ギャラリスト渡辺良隆さんは、販売に苦労されているようですが、一貫して自分が気に入った作家のみを中央から探し出して紹介する姿勢の恩恵は貴重。
「多様なモチーフをバロック的に融合している絵は、
しっかりとした観察力と画力を得て魅力的なイメージの広がりを見せてくれますねぇ。
ホッケ好きの種村季弘さんなんか、好きなんじゃあない?こーゆーの。」とゆーのが私の感想。
多くの作品は白黒なんだけれど、『カメレオンX』は彩色されていて、カメレオンの緑の肌と黒の線で細かく書かれたウロコが不思議な非現実感を見るものに与えてくれます。リアルに描けば描くほどに非リアルになってゆく作風は、やはり将来の大家を想像させてくれます。展示会は26日で終了したそうですが、「まだしばらく置いていますのでいつでもどうぞ!!」というギャラリストの声に甘えて、これからでも、皆んな行くべし!
A札幌プリンスホテル国際館パミール6F「日高」
『地域づくり人全道交流会』
北海道ツーリズムを軸に自然・食・文化といった視点からの地域の総合マーケティングに係る交流会。道庁主催。第二部には話題の(?)堀知事も参加。
こーゆー「町おこし」とか「元気になる〜」とゆーのによく招待されたり、意見を求められたりする私ですが、正直、”違和感”を感じます。ただ、その違和感の理由が自分で分からない。違和感の理由&原因を言葉にしたいがために、懲りずに、こーゆー会議に参加する私なのです。
基調講演をした元たくぎん総研のヒトは、「会場の中で、全国のモスバーガーの”お汁粉”のモチをどこで作っているかご存知の人はいますか?」と、自慢げに聞いていたけれど、私としては「会場の中で、今日、エルエテで『鈴木康 木口木版画展』、キタラで『北海道交響楽団 第45回定期演奏会』をやっているのをご存知の人はいますか?」と聞いてみたいものだ。
この「交流会」は、講演もそーだが、交流も興味深く、休憩時間にボケッと「ギャル女」をチェケしていたら、何人かに声をかけられた。その中の一人が栗沢町の早田くん(1962年生まれ)。彼は、北海道商工青年部連合会の会長だ。私も6年前に沼田長商工会青年部部長を2年間務めたが、イナカの青年部長は体力&金力&精神力&行動力&酒力&少しの知力が求められるトライアスロンのよーな役職。それを早田くんは6年間もやった!最初の2年間は地元=栗沢町の青年部長、次の2年間は栗沢町青年部長+空知管内連合会長、最後の2年間は栗沢町青年部長+空知管内連合会長+北海道商工青年部連合会会長。こりゃ、自分の仕事をしているヒマは無いわいな。もーすぐの3月で役職から解放されたら、とりあえず家族へのお礼に旅行に行くそーだ。でも、そんな彼をほっておく世間ではなくて、すでに地元道議会議員の選挙対策本部の幹事長にされているそーで。ごくろーさま。
そんな彼をホテルまで、ミーのカーで送ってあげて、私はキタラへ。
BKitara”キタラ”『北海道交響楽団 第45回定期演奏会』 指揮/川越 守
メシアン:交響的瞑想『忘れられた捧物』
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この10分ほどの曲は、今回の演奏会のネタばらしになっている。つまり、ウィーンで活躍した作曲家の100年を隔てた作品の並列。ここらは、軽妙ながら新鮮な考察に優れている当日配られたパンフレットに詳しい。このパンフレットでは、「アマチュア楽団ならではの演奏技術のバラツキ」と自らを謙遜してもいるが、ダリの溶けた時計のような暗黒に浮かぶ緑色の時計のポスターも含めて、このオーケストラが北海道民の優れた「交流」によって運営&成長しているのが分かり、私のようなヘソマガリにも力ずく(笑)で好感を持たせる。
おそらく、キタラが作られたことを最も喜んだのは、この1980年創立の彼らなのではないのかな?
ハイドン:交響曲第101番、ニ長調『時計』
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さすがに第一楽章の出だしのピアニッシモを長くひっぱるバイオリンたちのアンサンブルは震えていた。その楽団員の過度の緊張は聴衆にも伝わっていたが、それを批判や否定はせずに、「がんばれ!」と思って見てしまうトコロに、市民楽団の良さもあるのか。
それでも、時計のチクタクを表現する部分などは鮮烈かつ優れたアンサンブルを聴かせてくれた。印象的なメロディの部分では大きなグルーブも生み、いよいよ次はマーラーだ!と、ここまではまだリハーサルみたいなもんよ、とゆー彼らの余裕にすら感じてしまった。そう。意外や、実力のある彼らなのだ。
おお、そーだ。そーだ。今日のメインディッシュのマーラー第1番のイントロも『時計』以上に長いピアニッシモから始まるのだ!
マーラー:交響曲第1番、 ニ長調『巨人』
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サントリーが「今はマーラーばかり聴いている」とゆーCMを流したり、戸川純がモーニングショーTV生放送で自宅からの朝食シーンを紹介した時に床に直接おかれたレコード・プレイヤーでマーラーを大ボリュームでかけていたり。それらは、1980年代中盤のバブル萌芽期。その両方の曲がマーラーの最後の交響曲『大地の歌』であった。まだその頃は、サントリーは「クマソ発言」はしていなかったし、戸川京子は離婚も自殺もしていなかった。
この日聴いたマーラー:交響曲第1番、 ニ長調『巨人』は第2番が先に完成したとは言え、マーラー本人があえてこちらを第1番と名付けただけあって、他の作品とは違った意味がある・と私は思うワケだよ。『大地の歌』で中国の詩と音階をモチーフに使ったように、この曲でも時折、ジプシー(=ラマ)やアラブなどの東方音楽の旋律を利用している。これはライブであるからこそ、ホルンやパーカッションを多用したマーラーの手法の特殊性がよく理解できるよ。
マーラーの交響曲はモーツアルトやハイドンと違って、BGMにならない。だってさ、最も小さい音と最も大きい音の差が極端に激しくあるから。この第1番も出だしは超ピアニッシモで、蚊の羽音よりも小さい。楽団が用意したパンフレットには、「まだチューニング中?」なぁ〜んておどけて表現していたけれど、まったく&そのとーり。んで、途中で鐘やトランペットのドンチャン騒ぎになる。最初の美しいピアニッシモをもっと聴きたいと、CDプレイヤーのボリュームを上げて聴いていると、途中のフォルテッシモで近所迷惑になり、ボリュームをあわてて下げるなぁ〜んて体験はマーラーのCDを聴いてきた人には誰でも持っている嬉し&恥ずかし体験であろう。
おそらくはマーラーの曲の中で唯一ピークを作らないのは、交響曲『第5番』第4楽章だろーね。このルキノ・ヴィスコンテイの映画『ベニスに死す』でも使われた美しい楽章は、マーラーの常套手段と違う故に、相対的に特殊な存在になっている。
マーラーはレコードやCDを想定して作曲はしていない。後に「フランス的」と形容付けられるドビッシーや武満徹は、ある意味、マーラーの交響曲『第5番』第4楽章を引き伸ばした作家と乱暴に言っては怒られるか?ソニーと共にCD開発を進めたカラヤンの最後のヒット作品が『アダージョ集』であるのも、作曲家とピアニッシモと流通媒体の関係性があるのではなないかいな?
で、マーラーはコンサートで聴衆にインパクトを与えるためか、音の大きさの格差のある作曲を多くした。音の大小、東方のメロディー、これらがオペラ指揮者でもあったマーラーが頼った人工的な「物語」であったと思う。それは、今回のようなライブであるからこそ、再確認できた。
さて、この『第1番』は極端なピアニッシモから、ついにラストの第4楽章では壮大な歓喜のファンファーレで終わる。問題は、その「歓喜」だ。ベートーベンの歓喜は、コンサート会場の人々全てを巻き込んで大きな喜びの歌に昇華してフィナーレを迎える。しかし、マーラーのそれは、マーラーたった一人が歓喜の頂点に立って、それを観客&オーケストラ団員ら多くの他者がシラケた目で見てフィナーレを迎える。よく言われるように、神経症的な拡散する興味が楽曲の中で何度も大きく揺れて、観客は着いてゆけなくなる。モーツアルトのように大きなうねりで、観客の求める音を先取りして捜し出して提示するのではなくて、びっくり箱のように観客が準備していない音を与えては喜ぶマーラー。さんざん驚かされたあげくに、勝手に一人で歓喜の陶酔をして終了する曲。
『第1番』が発表された19世紀末のウィーンでは、不評であったという。そりゃそーだろう。近代以前の社会は全市民が共通感覚を持つことに快楽があったワケだし。それが、1980年代バブル直前にマーラーがファッションになったという事は、すでに社会は市民一人一人が、マーラーのように他者から浮いている感覚を得ていた・とゆーコトか。まるで、バラバラの個室がコンサート会場にあるよーに。
また、私はスゴイ妄想も持った。それは、こーだ。
マーラーは、自分の最初の交響曲『第1番』を、ベートーベンの『第10番』として作曲したのではないのか?
だいたいにして、ベートーベンが『第9番”歓喜の歌”』を最後の交響曲にしたという理由でマーラーは、自分の『第10番』を10とせずに、『大地の歌』とした。そんなベートーベン・フリークのマーラーが、イタコのよーに、ベートーベンの『第10番』を自分で作曲したのだと思い込むのって、アリかとも思う。
今日聴いた2曲目のハイドンは交響曲第101番だった。しかし、人生で100曲以上の交響曲を作曲するって、どーゆーコト?
Cビストロ『ル・プラ』
コンサート終了後、エルエテの渡辺さんを自宅から引きずり出して、午後9時→朝5時まで飲む。
ワイン=ブルゴーニュ白シャルドネ、アルザス赤 など
料理=アンチョビー・トースト、厚岸の牡蠣、鴨肉、キノコのサラダ、など
渡辺さんが来店するまで、一人でブルゴーニュを飲んでいたら、隣にオーケストラ指揮者の松本さんが美人の奥様と映画『イナフ』を観た帰りにきて、3月に行われるキタラでのチケットを入手。
まずは音楽の話と、「久保さんはピンク・フロイドとか聴かないでしょ?」と言われた。
私はピンク・フロイドの初期のリーダー、シド・バレットが大好きだが、どーも彼が脱退した後の大仰なピンク・フロイドのサウンドは時代錯誤っぽくて好きになれなかったのよ。でも、お勉強であると思って、デビュー・アルバムから順番に買って次は名作『原子心母』だ!とゆートコまで辿り着いていた。
エルエテの渡辺さんとは今日が二度目ましてなのだが、最後はオーナー・シェフ夫婦も巻き込んでの文学談義になり、あきれたオーナー夫人の合図でお開きになった。
帰りのタクシーで蟹澤という画数の多い運転手をゲラゲラ笑わせたりして、午前5時。