★TKBキーボードの”とりのでんすけ”さんに、
「久保さんはニューヨークでは芸術三昧でしたね」と、言われつつも、
強欲な我が「脳味噌」は、今宵も札幌で「芸術三昧」。
・中古CDを、「レコーズ&レコーズ」で。
@スヴャトスラフ・リヒテル『リスト/超絶技巧練習曲、ため息』(1988録音)
↑
硬質なピアノの音に、殺気を感じるよ。
Aフジ子・ヘミング『奇蹟のカンパネラ』(1999)
↑
ニューヨークで、真夜中散歩していたら、
カーネギー・ホールにこの人の巨大なポスターが暗闇に浮かんでいた。
最近、オバサンたちのアイドルだけど、私も応援してるゼ。フジ子ちゃん。
Bチボ・マット『ステレオ☆タイプA』(1999.5.26)
↑
これ、780円だったんだけど、もうINじゃあないのかな?私、好きよ。
その後、かでる2・7ホールで、PM7から、演劇。
■黒テント+松本大洋『メザス・ヒカリノ・サキニ・アルモノ・若しくは・パラダイス』
↑
これは、雑誌『しゃりばり』の大沼編集長からの、おさそい。
大沼さんの奥さんが企画したみたい。黒テント、私、これで3回目。
さらに、その後、PM9、サッポロ・ファクトリー、シネマ11にて、
■映画『ロスト・ソウルズ』
ウィノナ・ライダーの美しさばかりが記憶にのこる、中途半端なB級映画。
それぞれ、後日、「日記」などに私の「感想文」を掲載します。
と、こんなお気軽な遊民生活です。
★で、まずは演劇、黒テント+松本大洋『メザス・ヒカリノ・サキニ・アルモノ・若しくは・パラダイス』!
黒テントは11年前にもブレヒト作『三文オペラ』で、北海道に来ている。
私も行った。札幌駅前の広場に、黒テントを張っての公演だった。
その時は、過剰な「言葉」「替え歌」が空回りしているように感じた。
その前に、1982年1月24日(日)に東京調布市グリーンホールで見た。
それは「三里塚」集会、主催が三里塚闘争連帯労農合宿所とゆーヤツで、
黒テントは、三里塚での権力と農民の闘いを劇化していた。
この集会には、白竜、中山ラビのライブもあった。
司会が「***して下さい」とか言うと、
客席から「今の発言は、権力的だ!」「ナンセンス!」「意義なし!」「よし!」と言う雰囲気。
当時19歳の私にとっても、甘えた左翼過激派の孤立した集会に思えた。
それでも、私服警察がウヨウヨしていて、「対決」の時代では、まだ・あった。
そんなワケで、黒テントは、
「三里塚」「ブレヒト」のキーワードからも分かるよーに、そーいった劇団。
ただ、代表&演出の斎藤晴彦サンが、テレビでお馴染みのヒトになっているので、風通しは良い。
劇後、斎藤さんも言ってたが、
「前回の11年前には、松本大洋なぁーんて、私もダレも知らなかった」。
劇団は団員を使い捨て(←それは、決して悪いコトでは無い)しながら生き延びる自転車操業。
ならば、こうして松本大洋という才能との邂逅も、すんばらしーコトだ。
私は(君も?)、松本大洋とは、その名と絵が、
大友克洋に似ているので、二番煎じと思い敬遠していた。
が、今年2001年3月下旬に朝日新聞で数日連載した「時のかたち」というコラムに、びっくり!
短い文章で、自然に「感じた」ことをスケッチしている、が、
それをそのまま固定しないで、書いた瞬間に自分の文章を「客観視」して、
まるで冷たいオブジェ(=死体?)のように、そこにクールな「まなざし」を供える。
それは、けっして「技法」ではなく、松本氏、本来の備わった個性であると・思う。
そう。それって、恐いほど「才能」。
その「才能」が「演劇」に適している・とは嬉しい感動だ。
まず、「演劇」は「時間」&「空間」から逃げられない。
つまり、「映画」や「小説(=マンガ)」では容易な「編集」が無い。
喫茶店が、そのままウサギ狩りの山道になったりする。
そして、それは不便なことではなく、
我々の地平は、常にあらゆる「時間」&「空間」と地続きである・コトを指し示してくれる、
親切な装置なのだ。
その「親切な装置」=演劇を優れた装置にするかどーかが、
「想像力」にかかっている。
作者、舞台装置、演出、役者、衣装、それらの「想像力」を楽しみたい。
で、今回の黒テント。
最初は、とまどった。
まず、役者の発音が悪い。声が小さい。
どーせランダムにイメージを発するのだから、せめて道しるべとしてのセリフは聞きたい。
で、慣れてきた。おっ、聞こえるゾ。
しだいに、「作品」の世界と自分の懐のチューニングが合ってくる。
後半、どんどん展開してゆくイメージの広がり。
「地続き」に差し出されたランダム・イメージは、そのまま現代のコラージュだ。
意外と落としどころは、古典的だが、その羅列が新鮮。
古い役者の古い感性(ex.阪神は今年も〜)、
新しい役者の古い感性(ex.過剰な肉体表現)。
そのどちらも、スデにイデオロギーであり、
「感性」を「肉体」によって「言語化」する仕事の果てしない痛々しさも・感じた。
松本大洋だって、悩んでいる途中の報告として、このホンを書いたのであると思う。
そして、星の数ほどある劇団の中で、黒テントと結びついたのは正解だ。
黒テントは「演劇センター68」と名乗っていた時から、
本当の意味で、「ジャーナルティック」であったのだから。
「一言で言えない」「癒えない」時代であるからこそ、
「地続き」にイメージを舞台にばら撒ける彼らに期待したい。
■
黒テントのホームページ