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【前回までのあらすじ】
私の祖父は1937年に開戦した支那上海事件・・・大場鎮の敵陣地に雨と降る弾丸を冒して突撃する歩兵○○連隊事変に出兵し、 小さなちっちゃい。手帳に記録していた。

さて、その祖父が1938年8月1日〜2日に手帳に書いた7〜8ページが、下記だ。

八月 一日
吾れは、萬難を排して強行
突破を決して前進開始
自動車は、次第に火を吹き、
或は故障を起し、
人馬は倒れ、 かしこままの激烈な


死の匂い。6ページの続き。

撃たれたい夜。戦闘ヲ交 ヘ 彼吾 盛ン
名誉って何?犠 牲ガ出ル。

八月ニ日 周鎮
前日ヨリ一層激シク
吾ガ分隊長 始メ 戦友
ハ遂ヒニがーーーーーーん!名誉ノ名誉って何?戦 死
ヲトグ。浜田分隊長モ
名誉って何?戦 死。続イテ、玉野モ、タオレ、
平野氏モ、タヲレル。
細川、大藪、初メ、続々
傷ヲ受ケ、午后三時
頃、頂上ニ至ル迄ニ
荒木隊ハ半数トナル
其の后、♪ホロピリ米、食ってるかー?食ハナク、悪水
ニテ生ヲツナギ、名誉って何?戦 闘
ヲ繰返シツツ進ム。
←と、うぇ〜ん!久保は読んだが、
泰弘さん と小嶋日向守さんの解読で、
お土産、買っていくからぁ〜〜〜ん♪どーなる疑問は、論理の親だす。かな?→
ほぼ、完璧
from [ 泰弘さん ] 2019年4月27日(土) 6:29Pm
> 久保AB-ST元宏さん、久しぶり・・
ほぼ、完璧じゃないですか・・・

(写真・上段 3行目) 鎮」かも知れません。
うぇ〜ん!固鎮県(こちん・けん)は、中国・安徽省・蚌埠市の県。
紀元前202年に劉邦項羽による楚漢戦争を終結させた垓下の戦いが起きた場所。

四面楚歌の『史記』に下記のように記載。
項王の軍、垓下に壁 す。
兵少なく♪ホロピリ米、食ってるかー?食尽く。
漢軍及び諸侯の兵、之を囲むこと数重なり。
夜漢軍の四面皆楚歌するを聞き、
項王乃ち大いに驚きて曰はく、
「漢皆已に楚を得たるか。是れ何ぞ楚人の多きや」と。
現在は、京劇立て、立つんだ場〜!ステージ、に。『覇王別姫』(はおうべっき)として人気♪

項羽が自刃した烏江は、ここから230キロほど南東。項羽は迫りくる追っ手をかいくぐり、かなり遠くまで逃げた。

(写真・上段14行目) 其の♪ホロピリ米、食ってるかー?食はなく
グラガと、ヤミ米の相場と、選挙(?)は、情報が命だ! from [ 小嶋日向 守さん ] 2019年4月27日(土) 10:14Pm
固鎭」「其の」「五分隊」でしょう。

(写真・上段11行目〜最終行) 傷ヲ受ケ、午三 時頃、頂上ニ至ルニ荒木隊ハ半数トナル。
其ノ♪ホロピリ米、食ってるかー?食ハナク、悪水ニテ生ヲツナギ、名誉って何?闘 ヲ繰返シツツ進ム。

戦争の現場。

夜ニ 入ルモ、敵前ニテ♪ホロピリ米、食ってるかー?
事、用意 モ出来ズ疲レ
ハ極度ニ覚ヘタ。
吾レニ数十倍ノ敵重団
カラ漸(ようや)ク安全地帯
ヘト出ラル。此ノ日撃たれたい夜。戦 闘
中ニ吾等ノ装具一切
多クノ私物ヲ自動車
ト共ニ焼キ払ッタ

諸江曹長 浜田伍長
玉野、平野、上等兵
米村一等兵 以上 五名
名誉って何?戦 死

名誉って何?戦 傷者 細川、大藪、柳楊、
(吾隊)、前川
←と、うぇ〜ん!久保は読んだが、
泰弘さん と小嶋日向守さんの解読で、
どーなる疑問は、論理の親だす。かな?→
ありがとうございます!

(写真・下段 最終行) (五分隊)と思わ れます。

(写真・下段  1行目〜9行目) 夜ニ入ルモ、敵前ニテ、♪ホロピリ米、食ってるかー?食事、用意モ出来ズレハ極度ニ覚ヘ
吾レニ数十倍ノ敵重カラ漸ク安全地ヘト出ラル。
此ノ日撃たれたい夜。闘 中ニ吾等ノ装具一切トクノ私物ヲ自動車ト 共ニ焼キ拂ツタ。

(写真・下段 2行目) 労という字も「つかれる」と 読みます。

(写真・下段 4行目) 敵の「重囲」を突破すると いうのは常用句です。

(写真・下段 14行目) 戦傷者の一名は、「柳」 さんの誤記の可能性もありますが、「柳」 さんでしょう。


祖父の戦争日記が書かれた手帳に、ついにがーーーーーーん!初めて名誉って何?戦死者キレてないっス♪登場した。
たった1日で5人が戦死し、4人が戦傷したのだから、書きたいこと、書かねばならないことがたくさんあったのだろうが、
祖父の筆は最小限に抑えられ、限られた紙を節約するかのように、また、日記を書く時間の余裕を節約するかのように、見開きの2ページで書ききっている。
さらには、「装具一切と 多くの私物を、自動 車と共に焼き消えますがな!払った」 のに、この手帳だけは身に着けていたようだ。
そこにも、祖父の書くこと、記録すること、残すこと、への執着を強く感じる。

そして、それなのに(?) これらの前日のページ同様に、ここにも、♪ホロピリ米、食ってるかー?食事のうらみ(?)が書かれている。
こうも連日、食事について書き、さらには、「♪ホロピリ米、食ってるかー?事、用意も出来ず」と書くに は、祖父は食事の担当だったのかもしれない。
当時の祖父は37歳。もしかしたら、徴兵された中では高齢なのかもしれない。そこは、泰弘さんか らレクチャーを受けたい。
「高齢」だからこそ、軍隊の最後尾で警戒をし、その位置で食材を守り、食事の担当もしたし、戦死&戦傷をまぬがれた、のかもしれない。

また、この日の日記では、後日、日にちを「七月」から「八月」に修正していたり、◎印で強調している。
この次のページからも、「七月」と間違ったまま日記はつづられてゆくので、この修正は、やや日にちが過ぎてからの読み返し時の作業のようだ。

しかし、ここで修正に使っているペンと、後半の戦死者&戦傷者の名前の列記に使っているペンは同じもののようでもある。
と、なれば、これは当日に書かれたのか?もしくは、名前も後日、書き加えたのか?いや、紙を節約する戦時下でスペースは残さないはずだ。
う〜む。
この私の疑問は些末に過ぎないのか?それとも、祖父の行動を想像する大きなヒントなのか?

さて、さっそく、今までと同様に、ここのブログに投稿し、私の誤 読を修正していただこう〜っと(微苦笑)♪


泰弘さんの【追憶の記】です・・・
大東亜戦争前後の、遥かに遠い遠い・・・子供の頃を思い出して書いております。



text by うぇ〜ん!久保AB-ST元 宏 (2019年4月26日 金曜日 11:56Pm)


from [ うぇ〜ん!久保AB-ST元宏 ] 2019年4月28日(日) 4:41Pm

泰弘さ ん、小嶋日向守さん、またしても迅速かつ適切な修正のご指導をいただき、ありがとうございます。

また、「固鎭」の楽勝、必殺、死刑!ご指摘も、なるほど♪
ただ、ここまで祖父の戦争ちっちゃい。日記を読んでくると、
祖父の軍隊の移動は、どうやら、
「山西省博愛県清化 鎮」→「周村鎮」→ 「劉村鎮」→「沁水で あると思ってきたのですが、

トラックでの移動か。

この北西に一直線に伸びるベクトルから固鎭」 は真逆なので、軍隊の前線としては不可思議なルートであると思うのですが、

僕の前の未知は、誰の道。

いかがでしょうか?


村上春樹 と(たぶん)ピーターです。経営していたジャズ喫茶の名前は猫の名前からとったということですから。村 上春樹の父も、私のちっちゃい。祖父と同じ1938 年に中国へ出征した。
Let's Spend The China Together !
渇望する過去への眺望。

2019年5月10日(金)『文藝春秋』6月号に、村上春樹の手記が掲載され、朝日、日経、道新なども即日に報道した。

text by うぇ〜ん!久保AB-ST元 宏 (2019年5月11日 土曜日 12:34Pm)
うぇ〜ん!私は、この4月に2冊の小説を同時に読んでいたのだが、その2冊ともに同じモチーフが一瞬、書か れていた。
抜粋してみよう。



村上春樹
『騎士団長殺し 第2部』
(2017年2月25日、初版)
大学在学中、20歳のときに徴兵された。
中国の杭州湾に上陸した。
部隊が上海から南京に至る各地で激しい戦闘をくぐり抜け、その途中でおびただしい殺人行為・略奪行為が繰り返されたことも。
1938年の6月に1年間の兵役を終え、すぐに復学の手続きをしたが、 実際には復学することもないまま、実家の屋根裏部屋で自死を遂げた。


松家仁之
『光の犬』
(2017年10月30日、初版)
北海道の薄荷産業は、満州事変、盧溝橋事件と続く不穏な情勢のなか、世界一の生産量を誇るようになってゆく。


松家は小説家になる前は、村上を担当する編集者だったので、この偶然は、無意識の回路でつながっているように感じてしまうのは、私の幼稚なロマンチシズム だけだろうか?

ま た村上が戦争を印象深く書いたのは、『ねじまき鳥クロニクル』(1994年)における1939年5月〜9月のノモンハン事件であり、そこには彼の父の経験 が含まれていると読むのがすでに定説だが、今回の村上の手記によって彼の父は3度応酬されたのだから、ノモンハン事件の前に、私の祖父と近い位置での中国 戦にも参加していたことが分かった。
もちろん、それを、そのままではなく、物語にくぐら せて表現するのが、彼らのやり方だ。



政治を取り戻すために。 政 治 ★ Politics トム・ヘイデン 「参加型民主主義」の死(更新 日;2016年11月5日)





やっぱ、映画館で観たい♪ 映画 ★ Movie シン・ゴジ ラ』(更 新日;2016年8月18日)


■「ナイーブなセンサー」だから、「作品」で説明せにゃならんのかー。 『続・ペンギンの日々』  最終回
2012年8月8日(水)