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moto_kubo@hotmail.com

渡 辺 淳一
図書館で本を枕に。

1933年10月24日、北海道上砂川町、生まれ。
物語という共犯医学
うぇ~ん!共犯図書館

パラパラ・・・やっぱ、映画館で観たい♪12月31日
古本1冊&映画2本
やっぱ、映画館で観たい♪Oh ! うめぇ~♪ジューシーな豚肉ソティ!1 月1日
映画1本&フレンチ
やっぱ、映画館で観たい♪パラパラ・・・2日
映画1本&古本6冊
2012年1月4日(水)
せっかくの正月休み なのに家でボケーッとしてるのも、なんだから、と。

4:20Pm6:20Pm
ディノスシネマズ旭川
「早朝」割引き、\1200♪
やっぱ、映画館で観たい♪『ワイルド7』
監督;羽住英一郎
脚本;深沢正樹
原作;望月三起也
撮影;江崎朋生
音楽;川井憲次
出演;瑛太、椎名桔平、要潤、深田恭子、中井貴一

赤い目が山から追い出されるまで。久保の眼
1970年 代の少年に とって限られたオコヅカイで、どの週刊マンガ雑誌を買うかは宗教の選択に等しい真剣勝負だった。その中で常に選ばれなかったのが『少年キング』だった。何 し ろ花が無い。絵が暗い。B級(以下)マンガ家だらけ。なによりも他の雑誌よか本の厚みが半分!つまり、お買い得感ゼロ。とにかく、ド・マイナーなイメージ しかなかった。しかし、それでも毎週、全国の書店に並んでいた のだから、今から考えればマイナーどころか、すげーメジャーな闘いをしていたんだろーなぁ。
その無頼ぶり(?)が気になる少年たちは、こっそりと『少年キング』を立ち読みしたわけだ。すると、毎号、最終ページの作品 に登場するマンガがあった。そこ には当時の他のマンガ家には絶対に描けない魅力的な線があった。特にマンガのフレームからはみ出すように疾走するメタリックな輝きのバイクに全国の立 ち読み少年たちのハートは持っていかれた。が、オコヅカイは『少年ジャンプ』や『少年チャンピオン』に持っていかれた。がくっ。
それが望 月三起也の『ワイルド7』だった。この作品が映画化される!ってことを知った当時の立ち読み少年たちは支払われなかったオコヅカイを 映画館という賽銭箱に投資することで、よ~やく身を清めることができた・の・か?
私は俳優陣 の面構えのク サさを予告で観ただけで一気に期待値が上がった。ただ監督が『海猿』の、ってのが心配だったが・・・。それでもワイルド7のメンバーで一番頭が悪そうな赤 毛のB・B・Qを演じた松本実の発掘は、映画界 への大貢献になると思う。次にイイのが、平山祐介だな。そ の他も、よし。もはや日本映画界は石原プロ(笑)系を使わずと も、こ んな映画が作れるのだ。
クライマッ クスのバトル の舞台となる組織の建物などは、さすがに日本映画の予算と美術の限界を感じるが、登場人物が多い原作をタイトにまとめあげた脚本と編集は褒めたい。マンガ を映画化するのは世界中のブームだが、その理由はマンガのほうが映画よりも優れたコンテンツを抱えている、とゆーこと。つまりマンガのほうが現代を鷲づか みする能力がある、とゆーこと。それはかつては、マンガのパターン化された物語を、「子供っぽい」とバカにしていた側の敗北でもある。つまり、”パターン 化”とは何か?が物語に問われているのだ。
PCも春にはXPから、7へ。。。


105円コーナーという暴力。
渡辺淳一と、朝 吹真理子。文 学の幅 の広さ、か(笑)。
7: 01Pm
映画館を出た私は、ブック・オフ旭川豊岡店に行った。
実は、この日、
渡辺 淳一の『愛の 流刑地』が初版で105円だったら買おう、
と ゆー自分だけの (がくっ。)ゲームをしに、行った。
もし、この日、無かったり、もっと高い値段だったら、買わない。
たとえ後日、初版&105円で売られていても、
この日でなかったら、買わない、
とゆーゲーム(笑)。

それが、なんと、売っていた。

渡辺淳一『愛の流刑地』上、下
(2006.5.20、初版、幻冬社) 定価\1680→古本\105

さすがに、この本だけを買うのは恥ずかしいので、
(ほとんど、高校生がエロ本の上に参考書を重ねて買う状態。)
これも(笑)。

朝吹真理子『きことわ』
(2011.1.25、初版、新潮社) 定価\1260→古本\650
で、なぜに私はそんなゲームをしたかとゆーと、
実は、私の書斎の隅には、こ~んな新聞の山がある。
そう、ここ。本棚が交差するカド →
この新聞の山は、
日本経 済新聞の2006年 1月分全部、だ。
なぜ、こんなのがとってあるのか、ってーと、
日本経済新聞の有名連載
「私の履歴書」の北杜生の 月だったのだ。
ふつーなら、私は毎日楽しみに切り抜きながら読むんだけど、
なぜか、この年の、この月だけは、まったく読まずに、
切り抜きもせず、新聞紙を積み上げていた。

なんでだ?
忙しかったからか?
自分のアナログ日記によれば、
2006 年1月の 私は、
父 が足を骨折して入院叔 父が突然死ス トーンズ来道決定
・・・う~む。確かに「忙しそう」だが、私の日常はこんなもんだし。

自分でも、いまだに、謎。
「まぁ、いつか読むし、いつか切り抜くだろう。」と思っていた。

その「いつか」が、この前日、2012年1月3日だった。
北杜生が前年の2011年10月24日に死に、
いよいよ読まねば、と思っていたが、きっかけが無いままだったが、
2012年1月2日に札幌の古本市で
北杜生『神々の消えた土地』を買い、
翌日一日で、一気に全部読んだ。
もうそうなれば私に北杜生 スィッチが入り、
積み上げていた6年前(!)の古新聞を読み、切り抜いた。

ゴミために、新聞紙。
久保の脳味噌の ように、整理 不可能な書斎の片隅に。
ゴミために、新聞紙。
ここに、 2006年1月の日 本経済新聞が、ぜんぶ、ある。
そして北杜 生の「私の履 歴書」を切り抜いたあとの
ただの古新聞は、すてよう♪と、思っていたのだが、
その同じページの下に一緒に連 載されていた のが、
渡辺淳一『愛の流刑地』だっ たのだ。
しかも、1月31日が最終回。そこにいたるクライマックスの月だった。

・・・なんと。
そー ゆー、どーで もいーコトが無視できないのが私なのだ。

確かに渡辺淳一の小説を私は、パラパラ・・・『冬の花 火も読んだし、
パラパラ・・・『阿寒に果つ』も 『共犯新聞』で大きく取り上げた。
が、それらは渡辺文学(?)を読みたかったから・ではなく、
それぞれの小説がモチーフとした歌人と画家への興味からだった。

しかし今度ばかりは、そんなイイワケ(?)も無しでの
渡辺ブンガク、しかも6年も前の映画化されたベストセラーを
このうぇ~ん!久保AB-ST 元宏が読むのか?
とも思ったが、
そこで、
この翌日、たった1件だけのブック・オフで、
渡辺淳一の『愛の流刑地』が初版で105円だったら買おう、
とゆー自分だけの (がくっ。)ゲームをしに、旭川へ行ったのだ。

う~む。
なんて、メンドクサイ男だ。我ながら。

2012年4月15日(日)11:26Am
で、それから4カ月。
『愛の流刑地』は、とっくの間に読み終えた。
いよいよ、2006年1月の連載当時の小説を切り抜くのだ。
ところで『愛の流刑地』 は、どんな小説なのか?
小 説の中の文章を抜書きしてみよう。



手許から白い兎が逃げ出 すように、自由を得た冬香は、
まわりに散った下着をかき集めると、
前屈みにベッドの足元のほうに移る。
(上 75ページ)


その意味では、軽率なことをしたと思うが、
気持はむしろ爽やかだった。
 一人で心に秘めていたものを、親しい友人に告げて、
なにか恋の許可証をもらったような感じである。
(上 90ページ)


「初めてだから、いままでと違うことをする」
(上 137ページ)


生殖は本能だが、エクスタシーは文化である。
(上 146ページ)


もしかすると、男はその歓びのために生きて、働いて、
他の男たちと戦っているのかもしれない。
他のどんな男たちよりも好きな女性に強いマーキングをして、
自分を忘れ難くさせるために頑張っているともいえる。
(上 180ページ)
紙の重さは、言葉の重さか?
がばっ。けっ こー重い。
ゴミために、新聞紙。
これが2006 年1月の日本 経済新聞、全紙だっ(笑)!
動物といわれるとなんと なく納得できる。
菊治がうなずくと冬香が抱きついてくる。
(下 11ページ)


「この形で、いいんだね」
(下 11ページ)


彼は量刑のことをいっているようだが、
菊治は自分たちの愛の形にこだわっているのである。
(下 182ページ)


愛だけは、いかな国家権力も介入することはできない。
いいかえると、自慰こそ身柄を拘束された男の、
唯一の反抗の手段でもある
(下 197ページ)


菊治は一瞬戸惑い、「作家です」と答えると、裁判長がきき返す。
(下 216ページ)


冬香と知り合い、次第に親しくなっていく。
その過程がいまは
すべて犯罪にいたる経過として取り上げられているようである。
(下 220ページ)
そのまま手をつないでマ ンションの屋上に上がり、
立て続けに打ち上げられる花火の下で、密かに接吻をした。
(下 220ページ)


「その女性が、たとえ女性の性的感覚について語ったとしても、
それはあくまでも個人的な感覚で、客観性はありません」
(下 264ページ)


「これからおこなう録音の再生は、
善良な風俗を害するおそれがあるので、
公開を禁止します。 傍聴人は退廷してください」
(下 285ページ)


それにしても他人の情事を聴いて、速記するとは、
裁判のためとはいえ、するほうもするほうである。
(下 286ページ)
ゴミために、新聞紙。
日本経済新聞の 最終ページに は、『愛の流刑 地』が毎日、連載~。
ゴミために、新聞紙。
で、もひとつ驚 いたのは単行 本の表紙の絵が香月泰男なのだ!
そろそろ囚われて百五十 日近くなるが、
世間は今日から三連休に入るのか。
暦を見ながらなに気なく考えていると、
「一〇九号」と番号で呼ばれて朝食を渡されるが、
横に蜜柑が二個添えられている。
今日にかぎって何故、と思ってきくと、「天皇誕生日だ」という。
(下 295ページ)


八年の刑は、冬香が菊治に与えた刑だという。
冬香が、自分のことを忘れさせないために、
菊治に殺させたのだという。
(下 331ページ)


「もう一度、記しますが、
冬香さんは、あなたを離したくなかった。
好きで好きで、誰にも渡したくなかった。
だからあなたに殺させた。
いわばあなたは選ばれた殺人者なのです。
だから拘置所に、流刑地に押しこめられたのです」
(下 332ページ)
どうだろう。
小説の「部分」を抜書きしただけで、大筋が分かったのではないか?
実は私も新聞での連載当時に、ちら&ちら読んではいたが、
まともに読んだつもりはなかったのに、
今回、単行本で通して読むと、
なんと、ほぼ全部、読んでいた既視感におそわれた。
少なくとも、ストーリーがほぼ完ぺきに私の記憶にあった。

・・・むむむ。渡辺ブンガク、恐るべし、である。

連載当時も、サラリーマンが密かに会社で読み漁ったらしいが、
いつの間にか物語が脳に刷り込まれる新聞小説なぞ、
夏目漱石以来ではないか?
・・・なんの確証も無いが、そー思っちゃう。
それぐらいの物語の力がある。

ただし、老婆心ながら言うが、
たとえブック・オフで105円だろーが、
わざわざ読む小説では、ない。
残念ながら。
もし、あなたが小説を読む時間があって、
まだドストエフスキーの『罪と罰』や、
トルストイの『アンナ・カレーリナ』を読んでいなかったら、
そちらを読むべきだ。
ゴミために、新聞紙。
毎朝、日本中の 社長と専務が 「今日もスゴいぞ」と話していたとか。
ゴミために、新聞紙。
さて、天気のい い日曜日だけ ど、切り抜きすっかー。
ポルノグラフィーには、 パターンがある。

きれいな女性を、
経験豊富&テクニシャンの男性 が
”教育”し、
身も心も私物化する。

・・・これは17世紀に書かれたポルノグラフィーの古典、
M・ミオー&J・ランジュパラパラ・・・『娘 たちの学校』か ら、
現在のメイド・カフェまで一貫しているパターンだ。
すばらしい女性、それを上回り支配する男。
つまりは、男の夢ってことなのだろう。

それは血が屹立することだが、
その血の塔を一気に崩壊させるのが、「死」だ。
「死」を登場させることによって、男は萎え、
ポルノグラフィーの機能は終焉する。

だから、
渡辺淳一がポルノグラフィーから「文学」へ逃走するために、
「死」を利用したのも、パターンなのだ。

実は、「パターンがある」のは
全てのエンターティメント表現の共通項だ。
渡辺淳一が
優れてエンターティメント文学者である所以がそこにある。
だから、
おそらく多くの批評家&読書通から無視&批判されるであろー
単行本の表紙に、
まるで先回りの落とし穴のよーに、
20世紀の日本画家で最も純文学的な香月泰男の絵を採用したり、
そこんとこは、
どこまでも、どこまでも、
さすがなのである。
ゴミために、新聞紙。
しかし俺、何 やってんだ?
ゴミために、新聞紙。
こんな感じで す。
せっかく新 聞連載中の切 り抜きをしたのだから、
それと単行本化した内容の差を比べてみた。

そのほとんどは、細かな言い回しの違いで、
たまに加えられている文章も
大筋への説明の追加程度だ。
反対に削られている文章も少しあるが、
それも些細な彫刻刀の仕上げ程度だ。

私が比較したのは連載の最後の一か月だけなので、
むしろ加筆や削りが行われたのは
小説の前半が多いと考えるのが普通だろう。

それでも、私が新聞連載当時にちゃんと読んでいなくても
ストーリーが記憶されていたように、
ほとんど加筆無しに単行本化されちゃうのも、
これは「才能」である。

流行作家とは、そーゆーもんなんだな。
勉強になります(?)。
愛という、どこでもドア。
元旦号ではIT バブルを持ち 上げたのに、連載中にこんなことが。
ねぇムーミンが、むいたもの。
新聞連載時 (下)から単行本 (上)になると、「ねぇ」が1回減る。
text by
うぇ~ん!久保AB-ST元宏
(2012年4月17日 火曜日 2:27Am)
ラブ・ブックス。
書物の交尾。

2013 年1月12日 土曜日 午前2時29分どこまでも。 気温-7.9℃←■今月の日経の「私の履歴書」は、パラパラ・・・渡 辺淳一。今朝の朝刊は、札幌南高時代の恋人Artとは、ニューヨークのホイットニー美術館から、大阪の乙画廊まで、どこでもドアの奥で、今夜、パーティが2時から開かれる!加 清純子の自殺、かな