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パラパラ・・・村上春樹2012年ノーベル賞ざんねん企画

今ごろ『184』を 読む。

参考資料=村上春樹のエルサレムでの授賞式スピーチ♪


村上春樹のデビュー作パラパラ・・・『風 の歌を聴け』が発表されたのが、
文芸誌『群像』1979年6月号で、
当時18歳の私は単行本化されてすぐ読んだ。

つまらなかった(と、当時は誰もが思っていた)1970年代が
ようやく終わり、ついに1980年代がやってくる、
と、根拠のない高揚感が時代の空気でもあり、
そんなムードに18歳はもっとも影響されやすい年頃である。

実際、1977年のセックス・ピストルズの登場が予言のように
あらゆる表現の分野はニュー・ウェーブの準備を開始し、
マンガも映画もファッションも1980年代へアクセルを踏み込んでいた。

北海道の田舎の高校生であった私は、
とにかくまずはロンドンかニューヨークかパリに行かねば、
少なくとも東京ぐらいには。
と、思い、札幌での浪人生活を挟んで東京での4年間が始まる。

今から振り返れば、過剰な「1980年代幻想」とは、
ゆがんだ1960年代コンプレックスであり、
そのムードは経済界にも期待値として根強く、
1980年代は後半に向けてバブルという
擬似1960年代高度経済成長をでっちあげてゆくことになる。

詩人と教祖が交差するマスター・キー。
2011年 6月3日、ずいぶんマヌケなタイミングで買っちゃった。
クイズを、お口の中に出して。
2012 年3月2日、忘れていたころに、よーやく第2巻の初版本を発見。
  疑問符をつけずに質問をするのが、
彼女の語法の特徴のひとつであるらしい。
『1Q84』Book1<4月ー6月> 86ページ



「しかしそう言われても、まだ禿げているってほどじゃない。
たしかに生え際あたりは少し・・・・・・」
『1Q84』Book1<4月ー6月> 116ページ



クラスにもきっと数人は、
自分の頭がまっとうに使える子供がいるはずだから
『1Q84』Book1<4月ー6月> 137ページ



その質問は彼女の意識の領域のどこにも着地しなかった。
『1Q84』Book1<4月ー6月> 141ページ



「かなりややこしい人間です」と天吾は言った。
「でも愚かではありません」
『1Q84』Book1<4月ー6月> 218ページ
可能性としての革命であり、
更にいえば比喩としての、仮説としての革命だった。
『1Q84』Book1<4月ー6月> 228ページ



その肉体部分が、男という生き物が抱えている
ーーあるいはぶら下げているーー最大の弱点なのだ。
『1Q84』Book1<4月ー6月> 232ページ



毛沢東も言ってます。
『1Q84』Book1<4月ー6月> 235ページ



ようやくクイーンが終わると、今度はアバの映像になった。
『1Q84』Book1<4月ー6月> 238ページ



おそらくは物語を語ることによって、エリの回復が始まったのだろう
『1Q84』Book1<4月ー6月> 263ページ



天井は人を面白がせるためにそこについているわけではない。
『1Q84』Book1<4月ー6月> 281ページ
同じ方向で見る夢。
2012 年3月4日、これで全3巻の初版本がそろった♪読み始めよう 〜。
違反の反対は何?
2012年4月16日、 ちょび、ちょび、読み始める。
「わたしはじゃまをしている」
『1Q84』Book1<4月ー6月> 453ページ



サハリン旅行はそのような文学的な垢を洗い流すための、
一種の巡礼的な行為だったのかもしれない。
『1Q84』Book1<4月ー6月> 462ページ



字義的ではない、より流動的な宗教的覚醒。
『1Q84』Book1<4月ー6月> 478ページ



しかしモラルという観点から考えてみれば、
男たちを殺害して金を受け取ることと、
男たちとセックスをして金を受け取ることを比べて、
いったいどちらがよりまともなのだろう。
『1Q84』Book1<4月ー6月> 514ページ



二人は夜遅くまで営業している飯倉の小さなイタリア料理店に入り、
そこでキャンティ・ワインを飲みながら軽い食事をした。
『1Q84』Book1<4月ー6月> 516ページ



それはね、私自身がその怪物なのかもしれないということなの。
『1Q84』Book1<4月ー6月> 548ページ
そうすれば二人は仲の良い友だちになれたかもしれない。
『1Q84』Book2<7月ー9月> 88ページ



そしてそのかわりに、
彼女の心か身体の一部を、彼の中に残していった。 
『1Q84』Book2<7月ー9月> 94ページ



もう泣くのはやめよう。もう一度態勢を立て直さなくてはならない。
ルールを自分より優先させる、それが大事だ。
『1Q84』Book2<7月ー9月> 105ページ



「説明しなくてはそれがわからんというのは、
つまり、どれだけ説明してもわからんということだ」
『1Q84』Book2<7月ー9月> 181ページ



「ソニーとシェール」と天吾は言った。「最強の男女デュオ」
『1Q84』Book2<7月ー9月> 209ページ
自分の脳味噌を、ほじくる。
2012 年6月4日、共犯書斎という森の住人。
腹へったー。
2012年6月20日、前日に『はみだしっ 子』全巻読破、次はこっちも♪
そしてほとんどの人間は
痛みを伴った真実なんぞ
求めてはいない。
『1Q84』Book2<7月ー9月> 234ページ



「かたくなってもかまわない」
『1Q84』Book2<7月ー9月> 297ページ



きっといつか、もっとあとになって、
自分はこの出来事の意味や目的を理解できるようになるのだろう、
と天吾は思った。
『1Q84』Book2<7月ー9月> 307ページ



「努力し続けるんだ。
素早く行動し、時間を自分の味方につけるんだ。
あんたは注意深く、我慢強い人間だ。
いつものようにやればいい」
『1Q84』Book2<7月ー9月> 328ページ
私が初めて村上春樹を知ったのは、
1980年、
パルコが出していた読者投稿のパロディ雑誌『ビックリハウス』に
掲載されていた、小さなコラム。
浪人下宿で東北福祉大学へ進学した男の部屋にあった雑誌なので、
私の手元には無いので確認できないが、
たぶん文芸時評のようなコラムではなく、雑誌の性格から、
時代の空気を先読みする、みたいなコラムだったと思う。

そこに新人の小説家3人が短く紹介され(他の2人は誰だか忘れた)、
比較の結果、コラム子は村上春樹のセンスを選択していた。
その選択は、文学的でも芸術的でもなく、時代の空気として。

結果的にそのコラム子の選択と、私のセンサーは正しかった(笑)。

その短いコラムで憶えた名前を、
たしか国鉄・札幌駅の地下の本屋で買った。
そして、それから、パラパラ・・・ずーーーっ と買い&読み続けている
ヤミ米テトリス中。
2012 年10月11日、私と同じ1962年生まれの山中教授がノーベル賞。
文字を、さする。
2012 年10月11日、共犯式読書術。
さて、『1Q84』だが、たまたま私が一緒に買った
翻訳という冒険。『モンキー・ビジネス』に、
古川日出男による(!)村上春樹のインタビューが掲載されていた。
しかもインタビューのタイミングが『1Q84』の発売直前なので、
遠回りながらもキーワードが語られている。
たとえば、

『ねじまき鳥クロニクル』までずっと書いてきたモ チーフとしての「井戸」が
リアリティを失っていった時勢に、
村上春樹の中で今度は「地下」がリアルに立ち上がってくる。

外国に長期間滞在した作家は愛国的か、「非グロー バル」になって
帰国するが、村上春樹はまったくそうならずに、
「マイ・ネーション」じゃなくて
「マイ・ピープル」という概念が自分の中に生まれた。

などは、『1Q84』を読み終えた者には興味深い発言だ。
また『1Q84』は、
BOOK1: 2009年5月30日
BOOK2: 2009年5月30日
BOOK3: 2010年4月16日
が初版だが、1995年にピークを迎えたオウム真理教事件の記憶が
最も薄い時期だ。

が、私が『1Q84』を読み始めていた2012年5月26日(土)、
NHKスペシャル『未解決事 件file.02 オウム真理教』が放送された。
リアル・タイムではNHKも警察の発表のみを報道していたのだろうが、
この番組では調査報道を試み、ドラマ化もしていた。
その質は問わないまでも(がくっ。)、
私は山 梨県側の富士山の周囲に旅行したばかりだったので、
同じ風景である上九一色村がたっぷり出る画像につられ、全部観た。
この放送の影響か、長年、潜伏していた菊地直子容疑者が同年6月3日、
高橋克也容疑者が同15日に逮捕されている。

この一連があり、私はオウム真理教事件当時のモードで
『1Q84』を読むことができた。
それは村上が事件の第一次資料として地下鉄サリン事件の
被害者62人にインタビューをした『アンダーグラウンド』(1997年3月)の
延長としての『1Q84』を味わう環境になりえた偶然でもあった。

オウム真理教事件のフィルターを通せば、
「地下」「マイ・ピープル」という概念、
さらにそこから村上が創造した「リトル・ピープル」と いう形而上が
すんなり吸収できちゃう。
まぁ、その「すんなり」加減が『1Q84』の限界でもあると思う・の・だ・が。
道化師たちがパントマイムで。
2012 年10月11日、マスコミはカウント・ダウンに入った、が。
言葉を考える言葉。言葉を伝える言葉。
2012 年10月12日、自然体で納得している私がいる。
さて、村上を押さえて(?)受賞したのが、莫言(ばく・げ ん)だ。
中国の政府&マスコミは超★盛り上がっている、らしい。
ノーベル平和賞で1989年のダライ・ラマ14世と、
2010年の民主活動家、劉暁波(国家政権転覆扇動罪で服役中)、
文学賞で2000年にフランスに亡命した高行健が受賞した時に
怒ったり無視したのとは大違いだ。

確かに莫言は、中国政府公認の中国作家協会の副主席という
自由な文学創作を「検閲」する側の
「中国の主流を歩んでいる」「体制側の作家」 だ。
中国では「莫言の受賞は反体制派ではなくても西欧で評価される証明。」
とゆー、私なら失笑してしまう自慢までマスコミで流れている。

莫言は、中国の作家に付き物(?)の発禁もされているが、
『豊乳肥臀』(←日本語に訳せば、『でっちりボイン』か?)の
発禁理由は「エロすぎ」であり、反体制のそれでは、ない。

また、実は莫言は私が住む沼田町とも関係が深い
第二次世界大戦中、日本は中国や朝鮮から大量の労働力を連行した。
1944年9月、32歳の貧しい農民、劉連仁(リュ ウ・リェン・レン)は
中国の山東省高密県から沼田町の炭鉱に連行さ れた。その後、
脱走し山中で13年間を過ごした劉は、同郷の莫言と交流している。
劉の人生と当時の日本の国策は悲しいが、
ここで意味を見出そうとする莫言の「社会派活動」は、
中国にとっては主流派(≒反日派?)を喜ばすことになる。

実際、日本の「反体制派」作家、大江健三郎、津島祐子、藤井省三は
莫言を支持しているが、日本の「反体制派」の言動が
中国の「反体制派」よりも「体制派」を喜ばせる場合もある。

この、ねじれが不幸だ。
莫言というペンネームの意味は、「書いて表現するだけで、言わない。」。
「ばく・げん」は日本語読み。中国語読みは、「モー・イエン」=もう言えん?
莫言が影響を受けたのはパラパラ・・・フォークナーや ガルシア=マルケスだ。
受賞が、イデオロギーを超えた表現の質を問う機会になってほしい。

うぇ〜ん!久保AB-ST 元宏 (更新日;2012年10月12日 金曜日 5:26Pm)

2012年10月4日 木曜日 午後4時47分上品な太陽、下品な光線。 気温18.4℃←■今年のノーベル文学賞候補は第1位が村上春樹で、第3位がボブ・ディラン。今年も『共犯新聞』はノミネートされなかった。がくっ
2012年10月11日 木曜日 午後9時51分上品な太陽、下品な光線。 気温10.0℃←■ムラカミも、ディランもダメだったにゃん。てか、莫言って57歳なんだ。ふけすぎー。