さっちゃんも、プールに行きました。I'll follow you wherever you may go!
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あらまぁ、あのお方も!LucKy in the sky with diamonds共犯のほとり
児童文学という告白。
神沢利子(かんざわ・としこ)、あべ弘士(あべ・ひろし)、そして、児童文学の一本道から。みどりちゃんとの一日。
book days ! drink nights !

うぇ〜ん!久保AB-ST元宏 (更新日;2009年10月1日 木曜日 4:53Am)
本は、人間と時間との共犯。
相手が生きてるなら、話したいことがあるなら言った方がいいなと思ったので。
うぇ〜ん!ときどき、絵本などの児童文学の本を送ってきてくれる古い友人がいる。
彼女は児童文学を中心にした出版社で、単行本の編集をしている。つまり、送られてくる本は、彼女が担当して出版した本だ。
9月22日に届いたのは、川島えつこの最新刊のパラパラ・・・『わたしのプリン』。少女期の終わりに、それがノスタルジイになることに気がつかない夢の時間の物語だ。

私と彼女は、25年前、東京で1年間だけ一緒に勉強をした。
それは東京都内の大学生が在学中に受験して入学するマスコミ就職のための夜間の専門学校のようなものだった。
そこは、『早稲田マスコミ塾』と言って、講師が毎回、有名ジャーナリストなどの日替わりで、そこに引かれて有名大学の学生がおおぜい受験していたが、
なぜか5流大学生の私も合格しちゃったのだ(笑)。
私たちはその最初の塾生、一期生だったからか、塾側もかなり気合の入った講師陣をそろえてくれていた。
東大、早稲田、慶応、一ツ橋、津田塾などの学生がリクルート・スーツ系ファッションで通う中、私はバンドの練習やライブ・ハウスからギターを持って直行していた。
彼女、みどりちゃんは、当時から「児童文学を担当したい。」と「夢」を語っていて、それをちゃぁ〜んと実現し、夢を続けている。

その私たちが通っていたマスコミ就職のための専門学校は、振り返れば、すげーレベルの高い学校だったようで、
私たち一期生、数十人の少ない同期生のほとんどは、今や国内外の新聞、雑誌、通信社、テレビ局などで大活躍している。
もっとも驚いたのは、衆議院議員になった同期生までいて、今や当選4期の副大臣(!)だ。

そんな中、ヤミ米屋は私ぐらいなもの(えっへん・・・・・・?)。
2009年9月26日(土)
うぇ〜ん!みどりちゃんが担当の作家をエスコートして、東京から旭川市に来る、とゆーので、旭川市から1時間弱の沼田町に住んでいる私は逢うことにした。
なにしろ、25年ぶりである。
10Amに旭川で待ち合わせをしたんだけど、なんと私は40分も遅刻してしまった・・・。
でも&まぁ、25年も逢わなかったんだから、40分ぐらい許してくれるんじゃないかな(がくっ。)、ってイイワケして。
で、とりあえず、
旭川市の住宅街に、ぽつん、とある
パン屋さん『ベッカライ麦麦堂』へ。

ここ、
パン屋さんなんだけど、
本も売ってる。

で、パンも、本も、
手作りなのだー!

そこで、パンも、本も(笑)大好きな、
みどりちゃんを連れて行った。
彼女は、ここの存在を知らなかったようで、
パンにも、本にも、興味津々。

本はパンに隠れて、控えめに並べてあった。
知らない人は、
これがパン屋さんが書いた本とは
気がつかないだろーなぁ。

店内は数十種類のパンの、いい香り♪
「あーん。いい匂いー♪」
と、言いつつ、
かわいらしいパン屋さんに
みどりちゃんの素性(?)を告げると、
客の切れ目に、
彼女が手作りで製本までしている本を
見せていただき、
ポスト・カードと合わせて、
いただいちゃった。
麦の香りを抱きしめながら立ち上げる言葉のイースト菌。
パン屋さんの花房葉子さんは、イラストレーターでもあり、みどりちゃんと本談義♪

おいしいコーヒーが呑みたいな。
お店の正面には、日差しの当たるテラス。
私がこのパン屋さんを知ったのは、ローラにスケートを!ミカキチ@ろーら嬢の紹介♪

ローラに次回を!一日外出で疲れたのだけれど
一日、会った人たちみなに愛されてるのをものすごく感じて
ハタオくんにも会ったし
ジャックでも、ユウコちゃん=岡田くんの相棒
旭川のオカリナ奏者の季里さん他に会った)
一日中、「優れた仕事(当人の人生とか生き方とか生活そのもの)」の人たちに会うことで 回復させてもらったのもあって これが読めて(触れられて)良かったな。
添付は季里さんがくれた、イラストレーターの花房葉子さんの本。
旭川のパン屋、『ベッカライ麦麦堂』の人。
とても美しい本で、本そのものがプレゼントとして嬉しかったけれど
これを見て、美香ちゃんきっと好きだと思った。
と私にと求めてくれた季里さんの気持ちが嬉しかったのです。

2009年7月2日 木曜日


みどりちゃんがパン屋さんで作者の花房葉子さんからいただいた本は、
ミカキチが季里(きさと)さんからいただいた本でもあったわけだ〜。

この本は、森茉莉とフランスへのオマージュでもあり、
おふらんしゅ〜♪フレンチ好きな私もグッときちゃったな。

パン屋さんの日差しの当たるテラスで、25年目のデート(?)。

「みどりちゃんって、最初に出会った時から児童文学の編集者が希望だったよね。」
「うん。」
「それって、たぶんあのマスコミ塾の中でもっとも目的が具体的だったと思うよ。」
「そう?」
「だって、新聞社希望とか、テレビ局希望って言っても、
それは就職先の企業であって目的じゃないからね。」
「あー。でも私、高校生の時は新聞部だったのよ(笑)。」
「へぇー!それは意外〜。」
「でしょ(笑)。」
「高校は長崎県だったよね。」
「うん。佐世保。」
「あー。佐世保って言うと、村上龍も同じ出身地だよね。」
「あ、村上龍、同じ高校のセンパイで、新聞部だったのよ(笑)。」
「おもしろーい(笑)。小説パラパラ・・・『69』の舞台だね。」
「そう。」
「エンタープライズ入港反対!とかさ。」
「村上龍が書いていた時代の高校の新聞、すごく過激なのよ〜。」
「あはは。読みたいな、それ。」
「学校を封鎖せよ!とか、バリケード闘争!とか〜。」
「へぇ、村上龍の書名記事もあるの?」
「う〜ん、無記名だけど、彼が在籍中の記事だからね〜。」
村上龍という実験。

「彼は新聞部だった3年生の夏、高校の屋上をバリケード封鎖し、無期謹慎処分されたんだよね。」
「今、とゆーか、私たちの世代でも考えられないわよね。」
「村上龍は1952年2月19日生まれだから、1962年の早生まれの私たちよりも10歳上だもんね。」
「長崎と言えばあとは原爆だけど、私の親の世代はほとんど語らないのよ。」
「そうなんだー。回りが同じ体験をしているから、わざわざ同じことを伝える必要が無いのかな。」
「でも、それは私の親の世代で、私なんかはまったく知らないことばかりだし・・・。」
「親とかに聞いたら、ちゃんと話してくれるんでしょ?」
「うん。やっぱり、強烈な体験だったようで、かなり鮮明に憶えているのよ。」
「そうかー。私は今日、神沢利子さんに逢うから、彼女の自伝を3冊、読んできたんだ。」
「まじめ〜(笑)!」
「それらは子供時代に過ごした戦前の樺太の思い出が中心だよね。」
8月9日の白い夏。
パン屋さんの帽子のような
キノコ雲を長崎がかぶった、1945年8月9日。

うぇ〜ん!私が神沢利子に逢うために、amazonの古本で買って、
ほとんど一夜漬け(?)のよーに、一気に読んだ3冊。

書く爆弾。
神沢利子『流れのほとり』
(1976.11.20 初版、福音館書店)
定価\1200→古本\358+送料\340
1931年、樺太での少女時代の回想録。
神沢利子『いないいないばあや』
(1978.11 初版→1996.11.15文庫化、岩波書店)
定価\650→古本\267+送料\340
1928年前後の樺太での少女時代の回想録。
神沢利子『同じうたをうたい続けて』
(2006.6.15 初版、福音館書店)
定価\1995→古本\381+送料\340
バラエティにとんだ手法の小品エッセイ集。

私にとっての神沢利子は、
ご存知(?)、『くまの子ウーフ』や、パラパラ・・・『ゴリラのリラちゃん』などの
童話でしか知らなかったし、元々、私は児童文学関係の読書は薄いので、
今回のこの3冊は、児童文学者が書く自らの児童時代とゆーことで、
なかなか楽しくも興味深い読書ができました。ありがとうございます。

簡単に「感想」(?)を書けば、
絵にたとえると、
『ゴリラのリラちゃん』や、『くまの子ウーフ』などの童話は、「抽象画」で、
『流れのほとり』が「具象画」で、
『いないいないばあや』が抽象画と具象画の間のようなイメージですね。

今、東京では10時間もの長時間の
演劇立て、立つんだ場〜!ステージ、に。『コースト・オブ・ユートピア』が上演中で、
これは1848年革命当時のロシアの知識人たちが
たくさん登場して議論したり恋愛したりする群集劇なんだけど、
私が上記の神沢利子3部作(?)の次に読んだのが、
♪マックス・シュティルナー(Max Stirner, 1806年10月25日 - 1856年6月26日)
シュテルナーパラパラ・・・『唯一者とその所有』
(現代思潮社、訳;片岡啓治、
1967.7.31、原書;1845年)。
この本の末尾に有る解説は出だしがいきなり、
「1845年にあらわされた本書は、
一躍巷間の注目と論難の的となって、
3年後の1848年、
ドイツ革命とともに忘れ去られたといわれる。
そのわずか3年の浮沈には、
本書の一つの面が象徴的に示されている。」
と書いてあって、
書物は歴史の中で複雑な役割を果たす
のだな、と考えていたところです(?)。

まぁ、なによりも、本当はその10時間の演劇が見たいんですが(笑)、
北海道ではやはり見れないなーと、くやしいわけです(笑)。
でも、本はその点、公平な「文化」ですよねー。
児童書はとくにそうあっていただきたいな、と思ったところです。
「そうなの。」
「ほら、みどりちゃんからさぁ、
神沢利子先生は三鷹に長くお住まいで、
今も現役でご活躍中です。
ご自身の幼年期をベースにした
創作パラパラ・・・『いないいない ばあや』(岩波書店)や
少女時代のパラパラ・・・『流れのほとり』(福音館書店)、いずれも素晴らしく、
北海道にお住まいのかたには、特に興味深いかもしれません。
もし未読だったらおすすめです。

って、メールもらっていたから、さっそく読んだんだ。」
「やっぱり、まじめ〜(笑)。」
「でも、お年寄りの話を聴くのって、面白いよね。」
「うん。」
私の義父も樺太生まれでさぁ。」
「そうなの〜。」
「まぁ、義父は神沢利子さんよりも10歳若いんだけどね。」
「でも、神沢先生と同じ風景を見てきたのね。」
「10歳の年の差って言ったら、私たちと村上龍と同じだね(笑)。」
「あはは。ほんとだー。」
「でも、義父は去年、亡くなっちゃってね。」
「ああ。そうだったわねぇ。」
「義父が生きているうちに神沢さんの自伝を読んでおきたかったな。」
「あ。」
「義父とは樺太の話はほとんどしたことがなかったんだよ。」
「私が親から長崎の原爆の話を聴いてこなかったのと同じね。」
「うん。義父の父、おじいちゃんとは少し話したんだけどね。」
がくっ。
「そう。おじいちゃんならば、神沢先生よりもさらに10歳は上ね。」
「お盆とかさ、遊びに行くと、おじいちゃんの相手をされて(笑)。」
「ありがち〜(笑)。」
「ふたりっきりでいてもしょうがないから、思い出話を聴かされた(笑)。」
「あはは。でも、貴重なお話〜。」
「だよね。おじいちゃんのほうが義父よりも先に亡くなっているし。」
「おじいちゃんの樺太の話だけでも聴いておいてよかったね。」
「川や海に鮭や毛ガニがうじゃうじゃいて、手で捕れたってさ(笑)。」
「う〜ん。よだれがでる〜(笑)。」
「毛ガニをリュックサックにいっぱい詰め込んで旭川の親戚に遊びに行った、とか(笑)。」
「そうよねぇ。神沢先生も辛い想い出ばかりではなくて、美しい想い出も書いているわ。」
「うん。沼田町に住んでいると、80歳以上の人がいると捕まえて話を聴いちゃうんだ。」
「いいわね。今、聴いておかないと・・・。とゆーのもあるわよねぇ。」
「今年、義父の一周忌があって親戚の方が樺太での話をしてくれて、とても良かった。」
「長崎の原爆もそうだし、そんな話をしてくれる人がだんだんいなくなるのよね。」
「うん。だから、みどりちゃんは本を作っているんじゃん。」

うぇ〜ん!「軽く昼食を」と言いつつ、「宮沢賢治かよっ!」と言われつつ、レストラン Oh ! うめぇ〜♪ジューシーな豚肉ソティ!『やまねこ軒』に行くが、激混み!で、「やめましょう〜。」。
と、ただ2人でドライブをして午前中を過ごしただけになっちゃった、が(笑)。

うぇ〜ん!私たちは25年ぶりに逢ったんだけど、『早稲田マスコミ塾』一期生は、東京では数年おきに同期会をやっているようだ。
実はこの日の2週間前、9月12日(日)にも神田の中華料理屋で同期会をして、当時の教師も来てくれたそうだ。
そんな話をドライブ中にしつつ、みどりちゃんが、「私の久保くんの一番の思い出はね、箱根にみんなで旅行に行ったときのこと。」と、言い出した。
「ん?」・・・・・・私は箱根旅行の記憶がまったく無く、「箱根なんか行ってないよー!」と言い張ったが、どーやら、25年前、行ったらしい。がくっ。
「そこでね、みんなで足こぎボートにペアで乗ることになって、私と久保くんがペアになったの。」
「ふ〜ん。白鳥の形のボートみたいなやつかな?」
「ところが、久保くんも私も非力で(笑)、いくら足でこいでもボートがほとんど前に進まなかったのよ(笑)〜。」
「・・・そ、それが一番の思い出かよっ!」
・・・・・・その時、私は思い出した。
実は私は公園などのボートを見ると、なぜか冷ややかな恐怖を感じていたのだ・・・。
それって、私が無意識に自分の記憶から消そうとしていた、箱根のボート事件(?)のトラウマなのかっ!
今年のゴールデン・ウィークに私は超☆久しぶりに公園のボートに乗ったんだけど、なんとか(?)、乗れた。
おい、これでいいんだっけ?
確かに25年前の私は、体重が50kg無くて、髪の毛だけが逆立った、マッチ棒のよーな肉体だったのだ〜。
それが今では、60kgのコメをかつぐことができるドクター!風邪が治らない〜って、普通そんなにすぐには治らないのかな?メタボあがりの、プチ・マッチョ(?)。
これって、進化!?
12:30Pm
うぇ〜ん!で、みどりちゃんの今回の北海道出張の
最大の目的、Artとは、ニューヨークのホイットニー美術館から、大阪の乙画廊まで、どこでもドアの奥で、今夜、パーティが2時から開かれる!旭川美術館の、
『あべ弘士 動物交響楽展
交差するいのちの詩(うた)』へ♪
根がゴリ。ぽじゴリ。
いきなり、入り口から、これ!思わず、みどりちゃんと、「うわ〜♪」と叫ぶ。

そう。そうなのだ。
みどりちゃん、って、あの
沼田中学校での『あべ弘士講演会』のきっかけになった、あべさんの紹介者だったのだー♪

で、ふたりで美術館の展示を見る。
いきなり、あべさんが書いてきた大量の本がすごいボリュームで展示してある。
さらに、デビューからはるか以前の油絵。・・・う〜む。すごい。あべ弘士は、最初っから、あべ弘士だったのだ。
そして、天井にまでとどく大きな縦長の和紙に一気に描かれた動物の絵が森のように林立している。
そのストロークの自由さ。それでいて、まるで科学者のような正確な骨格のをイメージさせるライン。
目だけではなく、触覚の画家、あべ弘士のダイナミズムとデリケートさを全身に浴びながら、あべジャングルを抜けると、
そこは見慣れた名作絵本の原画市場!
おお。これ、知ってる。あれも。

そこで着物を着た麗人が、みどりちゃんに話しかけている。
あべ弘士さんの奥さんだ。
その気さくさ、笑顔の明るさ、それでいて都会的な品が隠せない。
う〜む。私はほんの少しの会話で、あべさんの奥さんのファンになってしまったー。

さらに、暗いドームを抜けると、そこには、暗闇に浮かぶ、あべさんによる巨大な『ねぶた絵』。
私の町の『夜高あんどん』の絵を描いてもらいたいと、あべさんに語った私は、それが実現されていないことを、やや重く感じながら会場を出た。
声の本。それが、児童書。
左から、
神沢利子さんの長女で翻訳家の山田ルイさん、神沢利子さん、みどりちゃん、あべ弘士さん。
2Pm
美術館のロビーで、
あべ弘士さんと、神沢利子さんの対談が始まった。
この企画は急に決まり、告知も3日ほど前だったのに、
100人を超える観客が、熱心に聞き入っていた。

パラパラ・・・あべ弘士 (あべ・ひろし、1948年6月19日生まれ)
絵本作家。北海道旭川市出身。現在も旭川市に在住。

1972年から25年間、旭川市旭山動物園飼育係として勤務。
現在は退職し、絵本を中心に作品を創っている。

『あらしのよるに』(講談社)で講談社出版文化賞絵本賞、
産経児童出版文化賞JR賞を受賞。
パラパラ・・・神沢利子 (かんざわ・としこ、1924年1月29日生まれ)
児童文学作家。福岡県生まれ。
日本を代表する児童文学界の長老。
子供時代を北海道、樺太で過ごす。10歳代後半から東京に在住。

代表作は『いたずらラッコのロッコ』、『くまの子ウーフ』、
『銀のほのおの国』、『そりになったブナの木』など多数。
2006年、エッセイ集『同じうたをうたい続けて』を発表。


「対談」と言いつつも、
大半の時間はおふたりの著作を朗読する楽しい時間♪
中でもふたりの共作『ゴリラのリラ』ちゃんでは、
写真のように、みどりちゃんや神沢さんの娘さんも加わり、
にぎやかな演劇空間になった〜♪

続いて、ギターと歌♪
演奏するのは、あべさんの
1989年のメジャー・デビュー作
ほら、手をこうして〜。後ろから・・・
パラパラ・・・『おっとせいおんど』
最後のページに
楽譜が収録されている曲、
「おっとせいおんど」♪
なんと、作曲担当は矢野顕子!

それにしても、
メジャー・デビュー作がいきなり
大御所、神沢利子さんとのコラボ、
っーのも、すごいなぁ〜。

さらに歌&演奏は、
「くじらのあかちゃんおおくきなあれ」も♪

私は「おっとせいおんど」の
ギターのイントロのアレンジに
関心した。
まるで武満徹だ〜。
ギターも歌う。歌は、ふわり。
ギタリストは、あべさんの友人♪ふだんは大正琴の先生だそうです〜。

ひととおりイベント(?)が終わって、
いよ&いよ、ふたりの対談♪
あべさんは、なんと前夜11時に5回目のシベリア旅行から戻ったばかり!

一方、神沢さんはこの夏にアラスカ旅行に行く予定だったが、
体調を崩され、あきらめたところ。
でも、彼女もシベリア旅行はしているし、なによりも樺太に住んでいた。
そんなわけで話題は北方圏の自然と文化について〜。

まずは、おっとせいが海で踊っている姿を実際に見た話から♪

記憶も歌う。言葉は、ふわり。
神沢さんは大きな身振りで、絵本『おっとせいおんど』を実演(?)♪

特に私は神沢さんが語った、
樺太のオタスという集落の話に興味を持った。
オタスは神沢さんが少女時代を過ごした、
樺太の北にある炭鉱町「内川(ないかわ)」の近くにあった。
そこは、日本人でもロシア人でもなく、原住民が住んでいた地域だ。
もしかしたら日本人とロシア人から追い立てられた原住民が
隔離されていたのかもしれない。
なにしろオタスは、昭和初期に先住民指定居住地となっているから。

神沢さんは対談で、「オタスは私の原点です。」と断言した。
そこには、オロッコギリヤークの二つの原住民が住んでいた。
神沢さんは作家になりたてのころ編集者から
アルセーニコフパラパラ・・・『デルス・ウザーラ』(東洋文庫)を
薦められて読み、大きなショックを受けたそうだ。
このシベリアの奥地に住む原住民を書いた旅行記は、
神沢さんの幸福でもあった少女時代の
知らなかった隣人の話でもあるからだ。

さらに話題は、シャーマンへ。
神沢さんは、「私、シャーマンが好きなのよ。」。

あべさんは、「北方民族を研究したいのであれば、
網走の北方民族博物館がすばらしいよ。」と、教えてくれた。

また、神沢さんは10代のとき、樺太から札幌に引き上げてきたんだけど、
札幌での最大の想い出が、毎年2月11日に開かれていた
中島公園の凍った池での「氷上カーニバル」だそうだ。
私が今年、ボートをこいだ池だ(がくっ。)。
そこでは仮装した市民が踊ったり、熊がスケートをしたり、
「夢のよう」だったそうだ。
「今ではもう誰も知らないお祭り。」と、神沢さんは淋しそうに語っていた。
さっそく、あべさんは
「それ、絵本にしましょう!いいなぁ〜♪」、だって(笑)。
うぇ〜ん!神沢さんから樺太の原住民の話を聞いた翌日の
北海道新聞の1面トップ記事がこれだった!
またしても、すげーグーゼンだぁ。

新聞は全てを、「今」にする。
オロッコはテントに住みエゾジカを飼い、
ギリヤークは木の家に住み犬を飼っていた、
と、神沢さんは語っていた。
シカと犬は仲が悪いので、自然とそうなってもいたそうだ。
そんな前日に聞いたばかりの話が、当時の絵画に記録されていた!

うぇ〜ん!企画もりだくさんでとっても楽しかった『ロビー・トーク』も終わり、その後の「大サイン会」も終わり、
(私はびんじょーして、持ち込んだ『流れのほとりに』に、ちゃっかり神沢さんのサインをいただいた♪)
関係者が美術館の館長室で歓談♪
みどりちゃんが、「久保さんも、どうぞ〜♪」って、私、関係者かよっ!?
少女の目。少年の声。
白髪の神沢利子さんの右でカメラを持っているのが、神沢さんの次女の安江リエさんで、その横が長女の山田ルイさん。
早速、ありがとうございます!
差出人: みどり
送信日時: 2009年10月3日(土) 5:36Pm
宛先: うぇ〜ん!久保AB-ST元宏

久保元宏様

木村捷司 (きむら・しょうじ、1905年〜1991年)画伯の記事も、神沢先生にお知らせします。
函館に、美術館Artとは、ニューヨークのホイットニー美術館から、大阪の乙画廊まで、どこでもドアの奥で、今夜、パーティが2時から開かれる!『木村捷司記念室』があるようなので、
次に北海道にいらっしゃる際に、ご覧になれるといいのですが。

ところで、神沢先生の長女の山田ルイさんは、翻訳家ではなく、
長年教員として勤め、その後は、ボランティア活動を熱心になさって、
今は、先生のマネジメント的なことをなさっています。
次女のパラパラ・・・安江リエさんは、絵本や童話を書いていらっしゃいます。
あべさんの挿絵でも楽しい童話を書いていらっしゃいます。

→「月のチーズ」っていい名前。フレッシュチーズの工房だなんて! ルイさんのお子さん、
月村未央さんご夫妻が、
2007年から
北海道のオホーツク海側の滝上町で
「月のチーズ」という名前で
チーズ作りをなさっています。
フレッシュなクリームチーズが
数種類だけですが、
とても美味しいので、
久保君のワインのおともに是非!

旭川、札幌で密度濃く、ゆったりと過ごした時間と真逆の、
慌しく雑事に忙殺される1週間を経て、
先週末はもう夢のようです。
こんなふうにして、あっというまに何年も過ぎていくのですね。
生きていることを実感できる、充実した時間を増やさねば!
と思います。

久保君が東京にいらっしゃることがあったら、どうぞお知らせください。
それを機に同窓会を!
それでは、またお目にかかる日を楽しみにしています。


松永緑
うぇ〜ん!9月26日に児童文学者、パラパラ・・・神沢利子(85歳)さんと交流した私。
それは25年ぶりに再会した、みどりちゃんからの紹介だったんだけど。
で、さっそく2009109日(金)、
札幌の大丸デパートで売っていたのを見つけた〜♪
個人で経営&製造しているのに、ちゃぁ〜んと流通に乗っかって、えらいねぇー♪
うほっ。朝食だから、ワインはないけどねぇー。
私が買ったのは、「プレーン」タイプ♪だから、合わせやすい〜♪
ほんのりした酸味と、アイスクリームのような食感♪おいしーい!
ど〜れ、どれ♪ぱくりんちょ♪
はちみつとも、相性ばっちり♪あとは、ワインとの相性を調べなくちゃ(笑)。

みんなで作る美術館♪
左から、
彫刻家の藤井忠行さん(1943年生まれ)、今回の展覧会の展示の造形は彼の作品。もちろん、入り口の巨大な鉄9mm板のゴリラも!
みどりちゃんに優しく笑いかけているのが、旭川の児童文学を黎明期からささえてきた女性。
みどりちゃんの後姿をはさんで、
あべさん33歳の1981年のインディース(?)デビュー作パラパラ・・・『旭山動物園日誌』(名作!)を出版した、出版工房ミルの代表。
みんな旭川の地元で、文化を育ててきた人ばかりだ。
この溶鉱炉から登場したのが、あべ弘士、なんだね〜。

あべさんの『旭山動物園日誌』の次の作品が、1989年の神沢利子さんの文による『おっとせいおんど』なのだ。

みどりちゃんは、みんなの話を聞いてから、
「1981年は特別な年なんだ・・・。」と、つぶやいた。
私が東京へ出た年でもあるんだけどね(笑)。

あべさんが昨夜11時に帰ってきたばかりの
シベリアの話をしていると、
神沢さんが、アラスカに行けなかったことを残念がる(笑)。
すると、神沢さんの次女の安井リエさんが、
「母も姉も行けなかったので、私が代表で行ってきました(笑)。」
と、アラスカ旅行の美しい写真を見せてくれた。

うかがうと、神沢一家のアラスカ旅行は、
交流のあった写真家・星野道夫の追悼でもあったそうだ。
アラスカが俺の書斎。
アラスカで読書をする星野道夫。

星野道夫(ほしの・みちお)
1952年千葉県市川市生まれ。カメラマン。
1976年慶応義塾大学経済学部卒業後、
動物写真家・田中光常氏の助手を経て、
アラスカ大学野生動物管理学部に留学。
1996年8月8日、取材先のカムチャッカ半島
クリル湖畔にてテントで就寝中、ヒグマに襲われ急逝。
享年44歳。著書、多数。

見せていただいた写真の中に、
星野道夫を供養するトーテム・ポールがあった→
トーテム・ポールの一番下にカメラのレンズを持った人間がいる。
そして、上のほうにあるクジラの黒い背中の、
潮を吹く穴に星野道夫の顔が彫られている。
このデザインは、沼田町と姉妹都市であるカナダの
ポート・ハーディに住む原住民クゥワキトゥルの作風に似てるなぁ〜。
ろくろっ首じゃないよ〜ん♪
トーテム・ポールは、星野が帰りたかった日本に向けられて立っている。

アラスカの写真をみんなで一通り回し見した後、
みどりちゃんが、
「神沢先生、さっきのスケッチ、もう一度見せていただけませんか?」

神沢さんのバッグから、ごそ&ごそと出てきたのは、
5〜60枚のB5サイズぐらいの茶色い紙のたば。

「なにそれ?」
「すごいのよ、これ。」

それは神沢さんの叔父が、
ずいぶん前、東京の上野から北海道の稚内まで旅行したときに
書いたスケッチのたばだった!
う〜む。まるで、『東海道五十三次』!

次女の山田ルイさんの推理によると、
「スケッチの中に、進駐軍が出てくるのと、日食の場面があるのよ。
進駐軍が日本にいる間で山羊も大好き、おはぎ♪日食があったのは1953年だけだから、
その年ね。」とのこと。な〜るほど♪

それにしても、おみごと。
修正すらなく、完璧な絵だ。
神沢さんに聞くと、プロの画家ではなく、シロウトだったそうだ。

描かれているのも、アイヌ人や路傍の市井の人々。
神沢さんは、
「旭川も数枚、描かれているから、みんなに見てもらいたかったの。」
とおっしゃるが、こりゃ、民俗学の資料としてもすげー価値だと思う〜。
目の旅。
上品な色もまた魅力。
少女の記憶。記憶の少女。
さらに、神沢さんの叔父が残したスケッチには、
少女時代の神沢さん(左)と、母(右)も。
神沢さん、利発そうな美少女だったんですね〜♪
ざわめき。予感は少年と少女の宝物。
私たちが興奮していたら、あべさんも身を乗り出してきた〜♪
未来の表現へ「運ぶ」人。
あべさんは数枚を選んでカラー・コピーを指示♪

美女に囲まれて〜♪
じゃ、次はどこへ行きましょ?

うぇ〜ん!次は、旭川市の児童文学の中心的存在、
パラパラ・・・『こども富貴堂』へ♪
ヘイル、ヘイル、パンク・ペンギン♪
あべ弘士さんもデビュー前から、ここの仲間だった♪
『こども富貴堂』は、かねてから絵本が専門の本屋さんを作りたかった
旭川市の泉光江さんが、仕入れ&取次店のノウハウを身につけるために
旭川冨貴堂で働き、児童書を担当し、
ついに1981年に独立したのがはじまり。

・・・あ。1981年。
さっきの、みどりちゃんの「1981年は特別な年なんだ・・・。」
とゆーつぶやきは、これ・も、だったんだぁ〜。

その後、1987年、泉さんの夫が群馬県に転勤することになり、
悩んだ末に、あべさんや、現在の福田店長に引き継ぐことにしたのだ。
当時はまだ、あべさんも動物園の飼育係で、作家が専業になるなど想像以前の頃。
もしかしたら、絵本って、おとなの裏口♪
さて、暗くなってきました〜♪ならば・・・?

うぇ〜ん!さすがに85歳の神沢さんは少しお疲れになったようで、私のマークXでホテルまで送る。
みどりちゃんは昼間のデート(?)のときに「私は神沢利子先生の作品で児童文学への道を決めた。」んだって言ってたけど、
たしかに、神沢さん、かなり魅力的な人だった♪
私のジョークに、一番最初に反応して声を出して何度も笑っていたし(笑)。
うぇ〜ん!一方、あべ弘士さんは、
いつもの居酒屋『独酌・三四郎』で待っていた(笑)。
1、2の三四郎〜!だべさ。
まずは、クジラの刺身♪
最初っから、最後まで日本酒「風のささやき」を冷で〜♪
これ、ここの女将が命名した、おすすめ。
かなーり呑んだぞ!
あべさんに私がグーゼン(?)ながら初めて会ったのも、ここだし。
「なつかしーなー!」と、思わず私が言うと、
あべさんも、「そーだよなー。久保クンたち、ここで呑んでたもんな(笑)。」
「わいわい、がやがやと、みんなで『あべ弘士講演会』を企んでいたら、
なんと、すぐ後ろにご本人が座っていたんだから!」
「がっはっは〜♪」
ゆらゆら絵本帝国♪
私の横にやってきたのは、あべさんの奥さん。
とっても魅力的な方♪

盛り上がってきたところで、
あべさんが自ら、新作パラパラ・・・『3びきのくま』を朗読!
旨い料理をつまみ、美味い酒を呑みながら、あべさんの朗読を聴く。
わー!わー!すげー、ぜーたくだ〜。
まるで、銭湯の湯船で北島三郎ご本人の「函館の女」を聴くよーなもんだ(?)。
ささやき〜♪
手前左が、『3びきのくま』で文を書いた、
工藤 有為子 (くどう・ういこ)さん。
ルイはもとを呼ぶ♪
あべ弘士さんの登場が、北海道の文化をどれだけ豊かにしたことか。

次から次へとやってくる文学者たち。
「ところで、あなたは?」
ホロピリより、愛を米て♪北海道米、食ってるかー?ヤミ米屋です。」
がくっ。
あは♪
あべさん「おーい、みどりちゃん。ういこちゃんを紹介するよ♪」
あは♪
あべさん「ういこちゃんは、すごい作家になるよ。」
あは♪
まだ女学生みたいだけどね♪

さんまは、まだか!?
おしゃれな目黒さんの、おしゃれでクールでブラック(?)なトークも魅力♪
続いてやってきたのは、
九州から飛行機で千歳に来て、
レンタ・カーで帯広回りで
今、旭川に到着した、とゆー、
目黒 実 (めぐろ・みのる)さん。
1946年2月11日生まれの、九州大学の教授だ。

福島、兵庫、沖縄と、全国の
「チルドレンズ・ミュージアム」のプロデュースを手懸けたり、
行動する児童文学者だ。

さてさて、このあと、ど〜なったことやら。
みどりちゃんと次に逢うのは、また25年かな(笑)。
Artとは、ニューヨークのホイットニー美術館から、大阪の乙画廊まで、どこでもドアの奥で、今夜、パーティが2時から開かれる!旭川美術館 『あべ弘士 動物交響楽展 交差するいのちの詩(うた)』は、
2009年10月4日(日)まで♪
「まだ」、の方も、「もう一回」の方も、ぜひ♪

最終日には、あべ弘士さんも参加するフィナ〜レイベントも企画されているよ〜♪


画像です。
差出人: みどり
送信日時: 2009年10月3日(土) 8:53Am
宛先: うぇ〜ん!久保AB-ST元宏

久保元宏様

おはようございます。

26日の記事(?)満載の『共犯新聞』を拝見しました。
あらためて、盛りだくさんの1日だったのですね!

読む「闘い」。
ところで、
神沢利子先生の自伝的小説
パラパラ・・・『流れのほとり』
紹介されているのは、
池澤夏樹パラパラ・・・『読書癖1』でした。

分析も解釈もやめて、すばらしいと
ため息をつくしかないような本、
論じようという姿勢を捨てて
ファンになるしかない本、
そういう本もあるのだと
力をこめて言ってしまうと、
それ以上言うことはない。

という結びの文章に、深く頷いたものでした。

26日の画像を、いくつかお送りします。
くじらの話を聴いて〜。
うぇ〜ん!ロビー・トークは、おふたりの共作パラパラ・・・『くじらのあかちゃんおおきくなあれ』
まず神沢さんが朗読することからはじまったんだけど、
この日の夜は、一番最初に、クジラを食べたんだよね(がくっ。)。

ぐふふ。・・・あべ弘士さん、笑いをこらえています〜。
うぇ〜ん!なんだか、幼稚園の先生と、いたずらっ子みたい(笑)♪

トーク、トーク、エレファント・トーク♪
うぇ〜ん!「絵本」って、絵と言葉。レノン=マッカートニーみたいなものだね。

美術館を出た階段のところで、館員の方に撮っていただいたものは、
私のデジカメにデータが残っていませんでした!(なぜ?)
『共犯新聞』にUPされているものを送っていただけないでしょうか?
神沢先生にプリントして差し上げたいので。

三四郎でのショットは暗くてぼんやりしていて、すみません。
呑むぞ〜!
うぇ〜ん!またしても、「特別」を体験した、私。

久保君を送ったあと、まもなくお開きとなり、
楽しい時間は終わりました。

神沢先生は、1人でゆっくりお休みになって、翌朝は元気一杯。
そして、温泉で疲れをすっかり落とされたそうです。

あらためて、いろいろありがとうございました!

松永 緑

うぇ〜ん!神沢利子さんの初心者(?)には、5冊セットの編集という「表現」。『神沢利子コレクション』が、便利♪
これも、もちろん、みどりちゃんが編集したんでした〜♪


2009年9月26日 土曜日 午前0時34分山羊も大好き、おはぎ♪気温12.2℃←■あべ弘士がロシアから、神沢利子が東京から、そして久保元宏が沼田町から(がくっ。)、旭川に集まる。
2009年9月17日 木曜日 午後4時47分私よりずっと深く気温19.8℃←■「竹内敏晴は1925年の生まれ、吉本隆明や谷川雁、石牟礼道子と同世代」。ならば、1924年生まれの、神沢利子も、だ。

2010年 新春
うぇ〜ん!年男&ポプラ社からなんだ。年女放談♪

ポプラ社からなんだ。届きました! お米がどーんと!!
「ばあさまや、これで正月がむかえられるべ。ありがたいのう」
と、日本昔話みたいに感激しました。

うぇ〜ん!職業別心理テストみたいですね(笑)。

ポプラ社からなんだ。年末のお忙しいなか、お心遣いありがとうございます。
なんだか心苦しいのですが、うれしかったです。
お正月に楽しみにいただきますね。

うぇ〜ん!是非どうぞ。
小袋は、恒例の「マルキ・ド・佐渡」米です(笑)。
マゾ顔も喰うサド米♪
ポプラ社からなんだ。扇谷トールさんのライブ、私も聴いてみたいです。

うぇ〜ん!12月23日(天皇誕生日)に、レコードをB面にひっくり返す作業中に、
なにげなくテレビを入れましたら、
扇柳(おうぎやなぎ)トールさん+ゆきちゃんのロケット姉妹が出ていました!
現代のコマネチ、扇柳トール師匠。
なんだー。
と、思ったら、NHK北海道製作の、北海道作家による短い童話を数編、
ロケット姉妹の生BGMに合わせて、
NHK北海道放送局のアナウンサーが朗読する、とゆー番組でした。
すげー地味(笑)。
でも、途中から見たのですが、最後まで見てしまいました。
声と、文学と音楽と、わずかな照明だけで、
集中力の高い時間が演出できるのですねぇ〜。
私は最後に朗読された加藤多一『馬を洗う』しか知りませんでしたが、
この作品もまた新鮮に楽しめました。
サカタ、元気?2009年もサーバー・メンテ、ありがっちゅ〜。

ポプラ社からなんだ。久保君の周りは、いいものがいっぱい!
というか、いいものを積極的に見つけて、
どんどん自分のもとに引き寄せているんでしょうね。
とても豊かで楽しそうで、うらやましいです。

うぇ〜ん!「自分のもとに引き寄せて」って、ずーずーしーんでしょうね。
こんなに小心者の私なのですが、時に自分の積極的な姿に驚きます(笑)。
パラパラ・・・ちゃん→パラパラ・・・あべ弘士さん→パラパラ・・・神沢利子さん・・・と、
わらしべ長者のようです(笑)。

ポプラ社からなんだ。今日までお仕事ですよね。
どうぞお元気で、良い年末年始をおすごしください。

うぇ〜ん!ありがとうございます。
来年の緑ちゃんのお仕事も楽しみです♪

ポプラ社からなんだ。私は風邪がひどくなって、とうとう声が出なくなってしまいました。
ものすごいハスキーボイス、魔女みたいで面白いです。

うぇ〜ん!さすが天才編集者。自分の肉体まで編集してる(笑)。

ポプラ社からなんだ。どうぞお元気で良いお年をお迎えください!
来年は、お互い年男女ですね。
いい年になりますように……。

寒い国の生活は、つづく〜♪
2010年
7月9日(金)

俺はギターを鏡に投げ込んだ♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Dieロケット姉妹のライブ当日、
本を作るという物語を「運ぶ」ひと。みどりちゃんから、
彼女が編集した新しい本が届いた♪
神沢利子・作、あべ弘士・絵
による
パラパラ・・・『ゴリラのりらちゃん』の続編、
パラパラ・・・『ゴリラのごるちゃん』
去年、作者のおふたりに逢った時に、
「続編を作りたいね♪」と
言ってたのは冗談じゃなくて、
予告だったんだ(笑)!
物語は、どこからでも生まれる。
2009年9月26日(土)、両巨匠との一日。

ごるぁ!
裏表紙の、この大きなゴリラの背中!まさに、あべワールド!いいなぁ〜♪

声で見る絵本♪
う〜。消防団の演習で行けない!残念っ!
うぇ〜ん!「りら」ちゃん、「ごる」ちゃん。我が家の娘の名前に似ている・・・。
うぇ〜ん!あべ先生の省略のセンスと、神沢先生の擬音の楽しさ♪
うぇ〜ん!「ぼっぼ ぼぼんと」笑う声が聞こえてくる〜♪

2010年1215日 水曜日 一年前は、深川のバーに、エバーグリーンの二人がいた! 8Amの気温;−6.4℃
町外の業者が町内の町議会議員を使ったり、仕事に入ってきたり。
→100日雛で1050円かな。あとは日割りで一日単位で値段が上がっていく。2010年体系という冒険。メディアそのものが、ニュースになる、ということ。←12月15日(水)に、もらった♪

俳句は、パンク。今日の一句

花車炭労 炬燵やぐらも スクラム組む
ハロー、アイ・ラブ・ユー。
(久保元宏 2002年12月8日)


★日付をクリックすると、♪好きな時代に行けるわっ♪あん♪アン♪歴史から飛び出せ!
たとえば→8月21日の歴史
Happy Birthday
to
Mr.
パラパラ・・・Christopher Robin Milne !