あのブールで。その山の上で。I'll follow you wherever you may go!
top page⇒うぇ〜ん!『共犯新聞』♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To DieROCK★ロック パラパラ・・・偏愛書物★Book Oh ! うめぇ〜♪ジューシーな豚肉ソティ!好物★Gourmet やっぱ、映画館で観たい♪映画★Movie Artとは、ニューヨークのホイットニー美術館から、大阪の乙画廊まで、どこでもドアの奥で、今夜、パーティが2時から開かれる!美術★Art
moto_kubo@hotmail.com
おじさんの修学旅行 ★ 写真帳

100万トンのハンマー ジャン=ルネ・ユグナン
Jean Rene Huguenin
(1936-1962)

共犯の海辺。


「絶望することは、やはりどう考えても思い上がりだという気がするな」(幸福という名の不幸)
ジャン=ルネ・ユグナン
Jean-Rene Huguenin
『荒れた海辺』
訳;荒木 亨
(1965.12.20、初版、筑摩書房)
\450

原題;La cote sauvage (ラ・コート・ソヴァージュ)
原作出版社;Editions de Seuil (1960年)
遠くから、届けられる孤独。

失われつづけるもの、
うばいつづけるもの。
text by うぇ〜ん!久保AB-ST元宏 (更新日;2009年12月28日 月曜日 3:54Am)

「なくて七クセ」って言うけれど、どーやら思想にもクセがあるようだ。
どんどん考えていると、その先に大きく分けて、いくつかに分類できる思想が待ちかまえていることがある。
私の場合は、
モード
と、
「近代化」に伴うノイローゼの問題
と、
情報の非対象性が産む支配の構図への不快
(↑私の場合のこれは、「情報を握る権力への不快」もあるが、
「情報が少ないくせに、いばる者(←それが権力者の場合が多いんだけど。)への不快」のほうが多い。)
かな。
もっとあるかもしれないけれど(笑)。

その3つをながめてみると、どれもが「変化」にかかわることであると、気がついた。
それは私が「変化」に興味があることの証明というよりは、「変化」するときに慎重になる、とゆーことだと思う。

26歳で死んだジャン=ルネ・ユグナンが残した唯一の小説『荒れた海辺』は、
主人公である青年オリヴィエが親友ピエールと妹アンヌが婚約したことによる心のゆらぎを描いている。
当初は婚約を祝福したかのようだったオリヴィエが、しだいに、そうではない態度をとってゆく。
断定はされていないが、オリヴィエの妹への恋愛感情がそうさせ、またその愛の不毛性がゆらぎを増大させる。

妹の結婚を素直に祝福できないのは、そのように「愛」なのだが、
それだけでは明らかに優秀で感性豊かな青年であるオリヴィエの心理の説明の入り口に立っただけだと言えよう。
オリヴィエも私のように(?)、「変化」するときに慎重になるために、精神がゆらいだのだと思うのだ。
それも、「変化」を嫌うのではなく、「変化」のすべてにあまりにも敏感であるからこそ、激しくゆらいだのだ。

なんだか、そう書くと今年の象徴であるアメリカのオバマ登場や、日本の政権交代のアレゴリーのようにも読める。
抽象的な議論の段階での「変化」の必要性を疑うものは誰もいないが、具体的な「変化」にはだれもが敏感で慎重だ。

それが過剰になると、気難しい、ヘンクツ、傷つきやすいと思われ、社会との適合性を疑われることもあるだろう。
そのときに感じる疎外感を先回りして、
自分のゆがみを、関係のゆがみに摩り替える行為こそが、「いじわる」だと私は思う。
だから、いつも「いじわる」をするのは孤独なものであり、ゆがんだ孤独は文学のソースとして有効だ。
その私の考えを表した小説内の表現として、たとえば下記に引用したページの画像では、
右から4行目の「ぼくには自分の愛する人に憎しみを吹き込むという癖があるんだ。」とのオリヴィエのセリフも、だ。

それでは、「変化」に慎重になるのは、「変化」以前が幸福だったからか?
「変化」にともなう、失うものと、うばうものの、主従関係が物語の磁場を生むのだろうか?
話題をオリヴィエに戻せば、彼はアナクロな家庭像にしがみつく母と、オールド・ファッションな姉を避ける。
この設定はオリヴィエを「変化」を求めるステレオ・タイプの青年に仕立てることも可能だ。
しかし、オリヴィエが真に現代的であるのは、それらに対峙する理想郷である妹や親友との関係のバランスが、
妹と親友との結婚によって違うステージに移行することへの複雑さを理屈を超えた詩的な感情で受けたことだ。

作者のユグナンは1960年創刊の文芸誌『テル・ケル』の創刊スタッフでありながら、創刊直後に追い出されている。
フランス文学にも無知な私の愚かな想像だが、もしその原因が文学論争ならば、
それは、「シュールレアリスムとサンボリスム(象徴主義)の対立」からだったのではないのか、と思う。
つまり、当時の風潮として、「知的整合性がサンボリスムの極致であり、
それに対するアンチテーゼとして、知的束縛を打ち破るのがシュールリアリスム」と、とらえられていたから、
シュールレアリスムを擁護するサルトル、ロブ=グリエ、バタイユ、モーリアックらから、
ユグナンは旧来型のサンボリスム作家と否定されたのではないだろうか?・・・・・・って私の想像にしかすぎないが。

しかし、ユグナンが残した唯一の小説であるこの『荒れた海辺』は、「変化」への異常な敏感性を重ねて書くことで、
サンボリスムの重層性を獲得し、それが小説全体にシュールレアリスムのムードを成立させている。
これこそが、詩ではたどり着けない、小説にしかできない表現なのだと私は思うのだ。
つまり、「変化」における失われつづけるものとはサンボリスムが差し出す象徴であり、
うばうものとは、それらを喰いつぶしながら
読者の脳味噌内で得体の知れない巨大なドラゴンとなるシュールレアリスムなのだ。
そのとき、書名の「荒れた海辺」とは、永遠にフラクタル状態をつづける、ゆらぎのことを指し、我らの眼前に広がる。
歌うために。Jealous Guy
さかのぼり嫉妬

作詞&作曲&唄;Is war over?John Lennon
(1971年)
共犯意訳;うぇ〜ん!久保AB-ST元宏
(2009年12月28日)

I was dreaming of the past.
むかし。
And my heart was beating fast,
犯し。
I began to lose control,
もう、だめだ。
I began to lose control,
ぐだぐだなんだ。

I didn't mean to hurt you,
そんなわけじゃなかった。
I'm sorry that I made you cry,
泣かせたね。
I didn't want to hurt you,
ちがうんだよ。
I'm just a jealous guy,
ただの、やきもちさ。

I was feeling insecure,
君の気が変わったのかと想うだけで
You might not love me any more,
ぼくはもう、だらしなくなる。
I was shivering inside,
内側から、崩れてゆく。
I was shivering inside,
こてんぱん。

I didn't mean to hurt you,
でも、ぼくは何に嫉妬してるんだろ。
I'm sorry that I made you cry,
今の君に?
I didn't want to hurt you,
ちがうんだよ。
I'm just a jealous guy,
過去の夢に。

I was trying to catch your eyes,
「世界を変えよう」と言いながら、
Thought that you were trying to hide,
君が変わることに耐えられなかった。
I was swallowing my pain,
ぼくを苦しめたのは君ではなくて、その矛盾。
I was swallowing my pain.
その、だらしなさにこそ、真実がある。


小説でなければ表現できないこと。
訳者の荒木亨は、「自分の「光」を持っていなければ、読者の必要としている無償の自由を回復する力がない」と解説している。

亡くなる3年前。藤沢市のロータリー・クラブでの講演。
荒木亨
荒木亨は、1931年、札幌生まれ。東京大学、同大学院、ソルボンヌ大学を卒業。
フランス国立東洋語学講師の1965年、34歳でユグナンの小説と日記を翻訳、出版。
その翌年の1966年講師としてICU 国際基督教大学に着任。
助教授、準教授を経て、1978年教授に就任。1992年〜1995年まで大学院比較文化研究科長。
今年、うぇ〜ん!私の誕生日から5ヵ月後の2009年8月31日、亡くなった。78歳。
通夜・告別式は親族のみにて執り行われた。


ユグナンは、1936年3月1日、パリ生まれ。
1960年、フィリップ・ソレルスらと革新文芸雑誌的な『テル・ケル(あるがまま)』を創刊。
しかし、創刊した直後、『テル・ケル』グループから追い出される。
ちなみに、『テル・ケル』は1982年まで続き、ロラン・バルトらの重要な論文が掲載された。
ユグナンは、うぇ〜ん!私が生まれた年、1962年の9月22日に、自分の運転で交通事故死。26歳
生前に発表されたのは、1960年のたったひとつの小説『荒れた海辺』のみ。
死後2年後の1964年に『日記』が出版。1965年6月に評論集パラパラ・・・『もうひとつの青春』が出版。
稲妻の蒼白さ。・・・・・・ジョージ・ハリスンに似てるー。
ジャン=ルネ・ユグナン

うぇ〜ん!ああ、1960年!
それは、ボリス・ヴィアンが自作が原作の映画『墓にツバをかけろ』の試写中に心臓発作になり、39歳で死んだ1959年6月23日の翌年。
アルベール・カミュがルールマランからパリへの帰途、乗っていた車が道路ぎわのプラタナスに激突し、46歳で即死した1月4日の年。
ボリス・ヴィアンとカミュは、『荒れた海辺』に間に合わなかった。
セルジュ・ゲンスブールが、アラン・ゴラゲールとの共作の映画音楽『唇によだれ』のテーマ曲を、32歳でヒットさせた年。
ゲンスブールは、読んだんだろうな。