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東山彰良パラパラ・・・『流(りゅう)
出版日;2015年5月12日、講談社
東山 彰良
ひがしやま・あきら
本名;王 震緒(ワン・ジェンシュ)

1968年9月11日、中国人の両親のもと台湾の台北市で生まれた。
父が日本に留学していたため、9歳まで祖父母に育てられた後、福岡へ移住。
祖父は、中国山東省出身の抗日戦士。
ペンネームも、「山東省」から。
父親の王孝廉は1949年に台湾に移り教師となり、1973年に日本に移り住む。

父親は詩を書いていたが、彰良は文学よりもバイクやギターが趣味だった。
ヘビメタ・バンドを組んで、44マグナム、アースシェイカーなどをコピーしていた。

東京で航空会社のサラリーマンを1年で辞めた後、
大学院に戻るが博士論文は何度も却下された。
2000年、32歳の冬、妻子を持ち、生活のために書いた小説でデビュー。
2015年7月16日、第153回直木賞に『流』が選ばれた。
現在は福岡県小郡市に住み、
西南学院大学などの大学で中国語の非常勤講師をしている。

うぇ〜ん!いつもの私の読書は、
古本屋で時代遅れの書物を、出会いがしらの事故のように買って&読む、周回 遅れの遅刻犯?ポンコツなんだけど、
今回だけは、なんとただ今、絶賛ベストセラー中の話題の東山彰良『流』を読み終えた。

実は、高校3年生の長女が買ってきて、1日で全てを読み終えた『流』を借りて読んだのだ。

ふだんの長女は、スマホ以外の文字は読まないのに(?)、受験対策なのか、急に読書量が増えていいる。
今は私の書斎から持ち出した大江健三郎のデビュー作の短編集を読んでいる。

まぁ、こうして読む本をスワッピングしたり、共有したり、読後感の違いを比べられるのも読書の魅力的な領域なんだな。久しぶりだけど。

我が家の長女が1日で読んだだけあって、
物語の密度が濃く、スピード感のある文体。
スマホという秒単位に興味をずらしていく装置の
ヘビー・ユーザーである現代人の集中力を保つ力がある。
これが現在の日本語か。と思ったら作者は台湾人。

つまり、日本語は次の段階に入ったのだろう。
スニーカーでラオスまで。村上春樹がデビュー作をまず英語で書いてから翻訳した、
とゆー伝説のような事実があるが、
言語の訓練はコミュニケーション不全のストレスによって加速するので、
他者のほうが真摯に道具化に取り組むのだろう。

そこには実は、47歳というすでに若くはない経験年齢も考慮される。
なんせ、そこから、それから、それでも。夏目漱石ならば、あと2年で死んじゃう年齢だ。

だから、
経験と肉体の充実の均整の取れた今だからこそ書けた代表作。
では、彼だからこそ書けた理由は何だろう?
あのトンネルが夕日だったら、またね。2015 年11月6日(金)8: 25Pm
ぐるっと回って、深い井戸の底へ。
さて、読み始めたんでした〜。
その皿を記憶せよ。
私は台湾へ、2012年2013年に行った。こんな原色の国だ。
私は饒舌な文体に、パラパラ・・・戸梶圭太を 連想しながら読んでいたが、
なんと、戸梶も同じ1968年生まれだ。
戸梶は学習院大学を卒業後、東山より先に作家デビューしているが、
その特徴はウィキペディアによれば、こうだ。

「これまで他の作家が手をつけなかった
下流(下層)社会、知能の低い大人、行き詰まった地方、
場当たり犯罪、コミュニティーの崩壊など、
病んだ日本を象徴するような題材を
独特のユーモアセンスで書き続ける。」

うっ。こ、これって、東山が描いた1970年代の台湾じゃんか?

つまり、サブカルで得た打ち返しの引き出しで、辺境を描く
さらに、そこに近現代史をブチ込むことで、重厚 感を加えている。

東山の発言では、なんと、この小説は彼の家族の実話がベースだとか。
で、主人公のやんちゃな10代の男子のモデルは東山の父だとか。
主人公は1958年生まれだから、
1968年生まれの著者を10歳の時に生んだわけではないから、
少しづつフィクションを忍び込ませている。
ただし、著者が使うフィクションは事実を隠蔽するためではなくて、
エンターテイメントにするためだ。
主人公の年齢を実際の自分の父より若くしたのは、
青春小説にするためだ、と思う。

インターネットは便利なもので、
台湾語のホーム・ページを読むと、
どうやら著者の父親は、中国の神話 学者で、
著書も『春帆依舊在』、『船過水無痕』、『彼岸』、『神話與小說』、
『中國的神話世界』など多数あるようだ。
そして、1942年生まれのようだ。
なるほど、それならば1968年生まれの著者の父親の年齢だ。
ただし、これは私が中国語を読んで判断したので、やや怪しいが。

まぁ、それでも1975年から始まる冒険物語を、
小説通りに17歳の少年が対峙したのよりも、
1942年生まれの父なら33歳だったのだから、
ありえたかもしれない。
超ヤバ系、だが。

もちろん、ここで重要なのは、現実と小説の差異ではなくて、
著者の才能が現実をどのように利用し、作品にしたか、だ。
ようこそ、寒い国へ。2015 年11月11日(水)11:14Pm
手に入れたのは、何秒間だけなの。
長女は1日で、私は5日で読み終えた。
君は、ふぁんきー・もっちー・べいべー。
台湾には、バイクがあふれている。『流』で もバイクは重要な小道具。
で、エンターテイメントとしては、見事に成功した。
しかし、やはり、エンターテイメントでは当然必要なサービスが、
既視感のある陳腐な小さな物語を含ませているのも事実だ。
たとえば主人公の初恋の相手が実の姉弟だったかもしれない、など。
こーいったサービスは純文学派には、必用の無い芸にしかすぎない。

そーゆー意味では、
物語の舞台は、戒厳令下の台湾とゆー異形の辺境ながらも、
描かれている青春群像は、B級日活映画っぽくて、
確かに読みだしたら止まらないのだが、なんだか、肩透かし感あり。
それが、最後の20ページで一気に、
戦争とは「右も左もわからんガキが鉄砲玉持って撃ち合っとっただけだ」
とゆー歴史観に収斂されていく見事さには、私も舌を巻いた。
つまり、この思想の開示により、
だからこそ、
この物語は青春小説エンターテイメントの手法で描いたのだ、
とゆー大逆転にもなるからだ。

これは、青春小説エンターテイメントを格下に感じる批判者への
最大の攻撃だろう。
同時に、青春小説エンターテイメント論にもなっている。

ただし、この手法は1回しか使えないからね〜(笑)。
さて、直近に坂の下のパン屋襲撃。小 林多喜二伝』を読んだ私には、
アナログ手法で書かれた雑な『多喜二伝』と、
パソコン時代だからこそできた編集機能の総動員で
作り上げた細密工芸品のような『流』の文体の違いを感じる。
それは、タイプライターの発明がアメリカの小説を変えたのと同じだ。

また、19世紀の漱石が初期に持っていたが失った豊かな物語性を、
20世紀に29歳で虐殺された多喜二は持ち続けた理由と、
21世紀の47歳の「新人」作家の芳醇な物語志向を3つ並べた時に、
小説がパソコンとゆー人工筋肉でまた遠くに行く可能性を感じる。

漱石が死のカウントダウンに入り、体力が亡くなった時に書いた
新聞小説『門』は、それまでの連載の数回分の書き溜め型ではなく、
1日に1回分しか書かなかった。
そのためか、『門』は連載1回分ごとに主人公の1日が描かれた。

小説は技術や体力や環境などによって、作風が変わる。
そして小説における作風とは、思想のことなのだ。

ところで、直木賞の現在の選考委員会は、史上最も体育会系かも。
その代表の2人が、『流』の帯で大絶賛してい る。→
彼らは血や性などのアナログを、文学に取り戻したいと考えている。
そこにデジタルの武器と、サブカルのセンスを抱えて
『流』が登場したのだから、
選考委員たちは自身の作風が生き延びる未来を感じて
飛び付いたのだろう。

1990年代以降、文学に限らず、消費者は滑らかなものを求めだした。
瞬発力や刺激よりも、全体の調和やアンサンブルを重視したのだ。
鋭角であるべきダンス・ミュージックですら、シームレスに快楽を求めた。
特に2001年の9・11と、2011年の3・11のたびに、
時代は同調を、絆を、優しさを求めた。
選考委員たちには、そこが不満だったのだろう。
その不満の解消のビートがパンクやグランジであれば、純文学になり、
東山のテイストはヘビメタだったからエンターテイメントになったのだ。
なぜならばヘビメタは破綻ではなく、予定調和だ から。
すっぱい想い出の国。2015 年11月11日(水)11:20Pm
漂流書斎。
『小林多喜二伝』の 次に『流』を読むと、戦後70年がつながる。
言葉のところで裏返し。
私が2013年の台湾旅行に持って行った本 は、『上海一九三〇年』。
最後に、歴史にも触れておこう。
『流』は、交換したいのは?蒋 介石の死から始まり、戒厳令の解除で終わる。
つまり、1975年から1987年。
17歳の少年が30歳代の中年期を迎えるまで。
そこに、
1943年の中国本土での共産党と国民党の闘いを見え隠れさせる。
そして、そこに、常にふつーの生活者がたくましく生きている。

そして、この小説は、物語の最中に、
ふと何気なく、未来の出来事を少し書く。
たとえば、エンディングは一見、ハッピー・エンドだが、
そうでは無いことを、小説の中盤で先にさらっと書いている。
このように歴史の線上がボレロのように
ステップを前後に踏んでいるうちに物語は終わりを迎えるのだが、
その先をすでに知っている読者には、余韻が残る。
この種のまき方の手法も、上手い。

それは魅力的なキャラクターを大量生産しておきながら、
惜しげもなく舞台から消すクールな語り方にも通じる。

それらぜんぶは、まるで歴史だ。
この小説の最大の成功は、歴史論を物語で論じたことだろう。

And freedom, oh freedom well, that’s just some people talkin’

text by
うぇ〜ん!久 保AB-ST元宏 (足元に転がる地球をけとばし、ひとりになって考えてみな。2015年11月13日 金曜日 1:55Am)



おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお

o




そうだよね。

フリージャズとしての言葉の彼岸。I'd love toバランスを崩すことで、偉くなろうとする人よ。‏‏‏get you
On a slow boat to
移動する国家。China
All to
うぇ〜ん!myself alone




o

やっぱ、映画館で観たい♪ 映画 ★ Movie 誘拐の掟』(更 新日;2015年7月4日)




























青木昌彦氏の21世紀!続けられる越境ゲーム。青木昌彦
さんが新書を出したことに驚いた。
しかし、「越境」がキーワードの彼は、
時代フレンドリーであり続けて来た。

そして、なんと!
amazon 書評欄での批判に対して、
青木さん本人が反論
したのだ!
その議論は、やり取りが続いた。
かつて青木さんが『共犯新聞』を読んで
私にメールをくれたことを想い出した。

自由を得た知性は、
なによりも魅力的だ。


政治を取り戻すために。 政治 ★ Politics 選挙2015当選 メール (更新日;2015年5月6日)




 おおお! 「低徊」とは、疑問は、論理の親だす。物思いにふけりながらてく&てく歩いた、他人の宇宙☆ブラブラ、手法は、たま&たま、同じ・かも。


田中千博の世界