翼を持ったケモノが飛んでゆく。国境を超えることはできない。 かなり曖昧な記憶や夢が
相互浸透して、
そこかしこに織り込まれた
翳りのある伏線こそが、
お前だ。
輪郭の定まらない
未来の「思い出」として語られる
ほら、例の
『共犯新聞』のゲストブックだよ。
その向こう側にイクための、コトバ。

★ Guest Book from your brain ★
◆ 脳味噌は、「コトバ」の溶鉱炉! ◆

全てが詩になるための、今日。 君は、 人めのゲストですよ♪
手ぶらで、おいでよ。 『共犯新聞』1面は、こ・ち・ら Let's go to our home !
Eメールだけじゃ、ダメだよ。ここに書くことが、「共犯」。 書き込みは、こ・ち・ら If you want to write the message , please click here !
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101
Reply この前、オーシャンズ12を見てきた。久保さんみた? akiller URL 2005/03/03 12:18


久保さんこんにちは。「汝、沈黙するなかれ、北の大地より。」のakillerです。
 超繁忙期にもかかわらず「よし、元気だそ。」と思って、会社から歩いて5分のシネコンに言って、オーシャンズ12を見てきました。オーシャンズ11は見ていないのに(笑)。
 その前に「銀座ライオン」(笑)で、中ジョッキ3杯飲んで、難しい映画はやだったんで、マ、文句なく楽しめたんだけど、オチが強引だったのが欠点の一つかな。
「シカゴ」見てからごぶさただった、キャサリン・ゼタ・ジョーンズの魅力を再発見したのはもうけもんだったけど。
 久保さんは、去年40数本の映画を映画館で見たって聞いたけど、どれが一番良かったか、久保さんの鋭い映画評、興味津々っつうことでランキング希望しております。





102
Reply DVDやスカパーもOKですか?だめですか? かえで URL 2005/03/04 02:55


久保さんこんばんは。
ここはいつも賑やかですね。
アクセスする度に発見や驚きがあって楽しいです。
共犯新聞一面を拝見して、いろんな写真や記事で「お!」と思ってたら、「おお〜〜〜!」ってなっちゃいました。「続・ペンギンの日々」に、皆と一緒に出演できて、とても嬉しいです!
月見猫さん、ありがとうございます。

それにしても凄いですね。
久保さんには頭が上がりません。
豆まきで歳の数だけ豆を食べるという事はしますよね?
しかも片手で口にポイでとても簡単です。
久保さんの場合は歳の数だけ映画を見たって言うじゃないですか!
簡単に出来る事ではないと思います。

『第2回★共犯映画祭』楽しみにしております。
じつは今年もやってくれるのではないかと期待しておりました!
一番の映画ですか?う〜ん。一番を選ぶとなると難しいですね〜。
ラジー賞なら迷わずってのがありますが。笑
やっぱりスクリーンで観た映画限定でしょうか?
「レディ・キラーズ」とか「キル・ビル vol.2」とか2004年公開映画もいくつか見ましたが、観に行く映画館が名画座なので新旧織り交ぜての上演なんですよね。。。
どれがいつの映画なのかよく分りません。。。汗
あ、でも「下妻物語」は茨城県出身の私としても、お奨め映画からは外せないです。
あれほど親近感がある映画は初めてでした。
「天国の本屋」も観て欲しい映画です。
お話がとても素敵だし、和菓子屋のおとうさん役のあがたさんが、
とても自然な演技をされてるのが良かったです。
(あがたファンのお友達が気付かないくらい自然な演技で、
その世界に溶け込んでたんですよね。)

何でも有りで良ければ、
「アドルフの画集」で若き日のヒットラー役を演じたノア・テイラー(トゥームレイダー)の熱演には主演男優賞を差し上げたいなって思います。でもこの映画の主演はジョン・キューザックなんですけどね。

ティム・バートン監督の「ビッグ・フィッシュ」はとても好きです。
とってもメルヘンで、楽しい映画だと思います。
そして心が温まるような幸福感が素敵でした。

「純愛中毒」では、裏切られたようで、とっても悔しい思いをさせられました!
感想を一言で言うと「ボロボロに泣きました!それがとっても悔しい!」って感じです。
これはおすぎ風に読んで下さいね。笑

過去一年間で観た全ての映画から一番を選ぶとしたら、
「ラブ・ストーリー」です。
悲しくて切なくて、最後はハッピーエンドなんです。
エンディングの歌詞が字幕出てて、それを目で追ってたら、また泣いてしまいました。
でも、幸せ感いっぱいなんです。
この映画は、エンターテイメント大好き!な人には、とても退屈に思うのかもしれませんが、私はこういう映画が「とても観たかった!」って心が求めてたんだと思います。
音楽の使い方もとっても素敵でした。
テーマ?の「カノン」が劇中で流れると幸せな気持ちにさせてくれるんです。
しばらくマイブームが続きました。
DVD発売してすぐに買っちゃいましたから。

そうそう!「デイ・アフター・トゥモロー」を忘れてました。
観終わった後に「ごめんなさい」って気持ちになってました。
ちゃんとしなきゃって!
寒い夜、星が綺麗で澄んだ夜空を見上げると、
恐いなって思ってしまうようにもなりました。
影響力はNo1の映画でした。

「ヤーヤーシスターズの聖なる秘密」も面白いですよ。
この映画も大好きです。

う〜。やっぱり悩みますね〜。





103
Reply 42歳の、映画42本 久保AB-ST元宏 URL 2005/03/04 17:26


Some are bound to fail♪ Mr.akiller will win too soon, ahhh♪
>会社から歩いて5分のシネコンに言って、

■「会社から歩いて5分」っーのがイイねぇ〜。私は車で2時間でシネコン(がくっ)。歩いたら、約20時間らしい(←毎年、12月31日に札幌〜沼田間を歩いているやつがいるのだよ!)。
でも、私は「会社から車で5分」でスキー場やゴルフ場、無料プール、温泉、春は山菜&秋はキノコが採り放題♪どっちがイイか、森高千里にきいてみよう。

>オーシャンズ12を見てきました。オーシャンズ11は見ていないのに(笑)。

■私もakillerさんと同じく「オーシャンズ12を見てきました。オーシャンズ11は見ていないのに」(がくっ)。
で もまぁ、『オーシャンズ11』は先日、テレビ放送された時にソレで私は観ました。粋なオトナのおとぎ話(?)って感じで『12』も楽しみに観ました。ブ ラ・ピやジョー・クル(←って言うの?)らメイン・キャストたちが来日して軽いノリのインタビューを沢山こなしていたので、『12』もインタビュー同様に 「軽いノリ」だと思って観たラブホ3時間前のカップルにはコンフュージョン・ウィル・ビー・ピローズ・エピタフであったでしょう(笑)。製作者は、 『11』の成功で、懲りすぎた・っー印象だね。しかも、その懲り方は、古典的な映画手法のモンタージュ手法が演出するギミックなもんで、それが整理されて 見えてきた全体像が安易な「軽いノリ」では、ちょっと、がくっ・だけどね(笑)。
■『オーシャンズ11』は観たヤン・エグ(?)でも、『オーシャンと11人の仲間』(原題;OCEAN'S 11、1960年、監督 ルイス マイルストン)は観ていないでしょうね。
こちらは、オーシャンの役をフランク・シナトラがやって、子分を当時の人気スターかつシナトラ一家(笑)のディーン・マーティンやサミー・デイヴィスJr が演じたっー、まるでお正月『忠臣蔵』映画みたいな豪華エンターティメントだったよーです。「よーです」っーぐらいだから、私も観ていないよーでがす。で も、映画『北の零年』主演俳優の若林博士は封切り当時、映画館で観たよーでがす。当時のディキシー・ジャズが好きな世代のヤン・エグ(?)のハートは、 がっちりとマイ・ウェイされたそーでがす。面白そうだよね、観たいなぁ、それも。
■今、気がついたんだけど、かつて1960年代にやっていたNHKテレビ夕方15分間の人形劇『ひょっこりひょうたん島』の後釜番組『ネコじゃら市の11人』って、映画『オーシャンと11人の仲間』のパロディだな、井上ひさし大先生!

>「シカゴ」見てからごぶさただった、キャサリン・ゼタ・ジョーンズの魅力を再発見したのはもうけもんだったけど。

■んだね。ゼタ(←こんな呼び方してて、本人が『共犯新聞』を見ていたらどうしよう?)嬢、最近の彼女の傾向だった過剰ゴテゴテ・バービー人形的美人から一転して、今回はわりとナチュラルなメイク&ファッション&役造りで、成功してたと私も想いましたよ。
これから、ここの下記にズラ〜ッと並べる昨年の映画を見ても、なんだかゼタVSキッドマンって感じの、まるでゼットンVSウルトラマンみたいな昨今のハリウッドですもんね。
■んで、私が去年観た全部の映画の回想をしていたら、42作品中38位に甘んじている映画『Intolerable cruelty/ディボースショウ』も、ジョージ・クルーニーとゼタの共演で、まるで『オーシャンズ12』の予行練習(笑)みたいなんだよ〜ん。
それと、『オーシャンズ12』の中でもフケ顔をギャグに使われていたクルーニーおじさまだけれど、私と同級生の42歳(=1961年5月生れ)なのよね(がくっ)!
んで、こんな感じでゼタ寄りクルーニーのイメージだけれど、実は彼の主演映画第1作『ピースメーカー』(1996年)ではニコール・キッドマンと共演して んのよね!これも私は封切時に江別のシネコンで観ているんだけれど、先日、テレビ放送されてんのを観て、その点に今さらながらに気がついたわけです。
キッドマンは今よりも『ピースメーカー』(1996年)の時のほうが女としての魅力は上だけれど、ゼタは『12』がピークかもね。女性の魅力はライブ・ドア株の曲線以上に意外性を持って、我々の前に登場してくるっーワケだね。
クルーニーに関しては、明らかに『ピースメーカー』(1996年)当時は印象が薄い役者であったけれど、今はフェロモンがビン&ビンだから、良い歳のとりかたをしたんじゃぁーないっすか、元気出せよ、クルーニーぃ。・・・・・・何?お前も、がんばれ?・・・がくっ。
■さて、そんな&こんなで「軽いノリ」のフェロモン42歳とゆー他人とは思えない(?)ジョージ・クルーニーだが、実はなんと、昨年の『第1回★共犯新聞音楽祭』で 彼は監督賞を受賞しているのだ!しかも、その作品『コンフェッション』は『戦場のピアニスト』と『ボーリング・フォー・コロンバン』を押さえて全体の3位 にも入賞しているのですよん。この映画は鬼才スティーブン・ソダバーグが総指揮をしているということから考えても、なかなかの男だね、ジョー・クル。ちな みに、『コンフェッション』にはジュリア・ロバーツも出演してんだから、こりゃもー『オーシャンズ11』はかつてのシナトラ一家のように、練りに寝られた (?)人工的なクルーニー一家の壮大な「お遊び」なのかもしれないね!

>久保さんの鋭い映画評、興味津々っつうことでランキング希望しております。

■『コンフェッション』の昨年の『第1回★共犯新聞音楽祭』での感想文はリンク先で読んでいただければ、けっこー興味深いかも。
ところで私が去年発見した最高の女優はランキング26位『out of time / タイムリミット』のエヴァ・メンデスでした。ちょいアゴがシャクレだけれど、惚れました(笑)。
では、今年の隠れ特徴であるゼタVSキッドマンをめぐるかのような、『第2回★共犯映画賞』を、熱烈なるサクラの声にお応えいたしまして、ここに堂々と発表させていただきます!





































































独占報告! やっぱ、映画館で観たい♪第2回共犯映画賞 下位ランキング23〜42位
23位

05/28札幌
シネマ11

映画『The Passion of the Christパッション』
製作・監督・主演;メル・ギブソン

●最優秀 視覚効果賞
▲まずこの映画を語る時はキリスト教を語るのか、この映画そのものを語るのかを意識
的に区別する必要がある。ストーリーは万人が知っているキリスト受難の物語なのだが、
聖書や絵本では物理的に目に映らないリアルな映像(=つまり、とっても残酷)を繰り
返し見せ付けられる。この映画を観た後では聖なる磔刑像もSMプレイのイメージと重なっ
てしまうのではないだろうか?この映像化の作業に何の意味があると言うのだろうか?既
に映画界はパゾリーニという優れた天才が、この面での仕事を終えているのに。しかも、
この映画がアメリカでは記録的な大ヒットであるというのだから、日本人とは違う感性が
この映画を取り巻いているとしか思えない。私は「キリスト教は結局、憎しみの元凶では
ないのか?」という再発見をさせられただけ。
24位

03/13札幌
シネマ11

映画『レジェンドオブ・メキシコ デスペラード
ONCE UPON A TIME IN MEXICO』 \0
監督:ロバート・ロドリゲス
出演:エヴァ・メンデス、サルマ・ハエック、
アントニオ・バンデラス、ジョニー・デップ

●最優秀 ユーモア賞
▲笑える。マルクス兄弟の21世紀版かよ?フリークス役者デップも、過剰に本領発揮。
タランティーノの匂いがすると思うと、やはり、スペシャル・サンクスの筆頭に彼の名(笑)。
25位

04/10札幌
シネマ11

映画『イン・ザ・カット』
監督&脚本;ジェーン・カンピオン
出演;メグ・ライアン、マーク・ラファロ

●最優秀 がっかり賞
▲私は期待していたんだよ〜。でも、がくっ。清純派ラブ・コメの女王がハードなセックス・
シーンと乳頭を見せたダケの映画だよコレ。挿入されるスケートのシーンも見掛け倒し。
26位

04/16札幌
シネマ11

映画『out of time / タイムリミット』
監督;カール・フランクリン『青いドレスの女』
出演;デンゼル・ワシントン、エヴァ・メンデス
サナ・レイサン

●最優秀 助演女優賞
▲地味な映画だが、大人の優れた娯楽作になっている。原題はローリング・ストーンズの
曲をカリプソ風にアレンジしたカバーから。よく考えれば大空想映画だが、騙されたフリ
をして楽しめば豪華B級映画。エヴァもいい。
27位

05/09札幌
シアターキノ

映画『ぼくは怖くない』 早朝割引き\1200
(2003年/イタリア/109分)
監督;ガブリエーレ・サルヴァトーレス
出演;ジュゼッペ・クリスティアーノ

●最優秀 勘違い賞
▲21世紀版イタリア・ネオリアリズムのつもりだろーか?物語の必然性が希薄な失敗作。
28位

05/15札幌
シアターキノ

映画『Goodbye Lenin!/グッバイ、レーニン!』
\1200 (2003年/ドイツ/121分/ビスタ)
監督;ヴォルフガング・ベッカー
出演;ダニエル・ブリュール、カトリーン・サ-ス

●最優秀 文部省推薦賞
▲アイディアはいいのだが、予告編を観たら全てを観たことになる内容。母への愛も過度!
29位

05/15札幌
Sapporo
Cinema
Frontier

映画『真珠の耳飾りの少女』\1800
監督;ピーター・ウェーバー
出演;スカーレット・ヨハンセン

●最優秀 くちびる賞
▲映像の美しさはフェルメールの絵の再生を成し遂げている。ヨハンセンの魅力も充分。
しかし物語性ゼロ。肉屋との情事も無意味。
30位

07/19札幌
シネマ11

映画『Spider-man 2 / スパイダーマン2』
監督;サム・ライミ
出演;トビー・マグワイア、
キルステン・ダンスト、アルフレッド・モリーナ

●最優秀 フェミニスト賞
▲観客との「痛み」の共有が娯楽の方法論。
31位

03/25沼田
沼田町民会館

映画『半落ち』 沼田町芸術文化鑑賞\500
監督;佐々部清 原作;横山秀夫
撮影;長沼六男(『たそがれ清近衛』『学校』)
出演;寺尾聡、柴田恭兵、伊原剛志

●最優秀 テレビ向け賞
▲群集劇をスムーズに見せた、監督の芸。
32位

12/18札幌
シアターキノ

映画『世界でいちばん不幸で幸せな私』
(2003年 フランス作品、94分)
監督,脚本;ヤン・サミュエル
出演;ギヨーム・カネ、マリオン・コテヤール
チボー・ヴェルアーゲ、
ジョゼフィーヌ・ルバ=ジョリー

●最優秀 映画青年賞
▲かつての明石屋さんま、大竹しのぶ共演の『男女7人夏物語』(1986年 TBS)みたい
なラブストーリーをジョン・アーヴィング語法で演出したよーな映画。つまり、監督が思う
ほどには新しい手法ではない。むしろこの作品の魅力は、情報の多い映画的語法で
あろう。圧巻は後半の素晴らしいものを例えるナレーション。「アビーロードのB面」まで
ある。ここで羅列された多くの事項がすでにある世代以降には世界共通の文化データ・
ベースであることがこの映画に特権的個性を獲得させている。父親との確執はそんな
映画自体が持っている世代意識からのものである。つまり構造が物語を準備したのだ。
33位

12/10札幌
シネマ11

映画『ポーラー・エクスプレス』深夜割\1200
監督;ロバート・ゼメキス
原作;クリス・ヴァン・オールズバーグ
出演;トム・ハンクス、エディ・ディーゼン
アンドリュー・エイブルソン、
デビー・リー・キャリングトン

●最優秀 冒険賞
▲こーゆーのをアトラクション映画というのだろうか?ジェット・コースターに乗る楽しみに
近い感覚。映画のテーマは「信じる」だが、重要なのは「何を信じるか」であると思うが?
34位

02/11旭川
ディノスシネマズ
旭川

映画『シービスケット』モーニング割引\1200
監督&脚色;ゲイリー・ロス
主演&製作総指揮;トビー・マグワイア(騎手)

●最優秀 音響賞
▲競馬映画。レースのシーンの映像と音が、素晴らしい。カーチェイスに慣れた観客も、
まるで自分も一緒に馬に乗っているかの様な臨場感。しかし、それ以外は凡庸な物語。
35位

08/07札幌
シネマ11

映画『キング・アーサー』
製作;ジェリー・ブラッカイマー
監督;アントワン・フークア
出演;クライヴ・オーエン、キーラ・ナイトレイ

●最優秀 CG賞
▲『ロード・オブ・リング』+『ラストサムライ』?
36位

06/13札幌
シネマ11
映画『ディ・アフター・トゥモロー』
●最優秀 予報賞
▲進化したパニック映画。ただし、ストーリーは『日本沈没』と『走れメロス』を足しただけ。
37位

06/27札幌
Sapporo
Cinema
Frontier

映画『ハリーポッター アズカバンの囚人』
監督;アルフォンソ・キュアロン
出演;ダニエル・ラドクリフ、ルパート・グリント

●最優秀 職人賞
▲だいたい、映画自体が「魔法」なのよね。
38位

04/10札幌
シネマ11

映画『Intolerable cruelty/ディボースショウ』
監督;ジョエル・コーエン『ファーゴ』
出演;ジョージ・クルーニー
キャサリン・ゼタ=ジョーンズ

●最優秀 予行練習賞
▲1年に映画を1本しか観ない人には楽しめるだろーが、こちとら映画観客のプロ(?)。
この程度のドンデン返しじゃあ眠くもなるわ。
39位

01/25札幌
Sapporo
Cinema
Frontier
映画『タイム・ライン』\1800
●最優秀 レクイエム賞
▲最初の数分を観ただけで後の全てのストーリーが読めちゃう”お子ちゃま”映画。
かなり予算を使った映画なんだろーけど、私的にはB級映画ですねぇ。
40位

12/18札幌
Sapporo
Cinema
Frontier

映画『The Incredibles /
Mr.インクレディブル』(2004,米,115分)
監督;Brad Bird / ブラッド・バード
製作;John Walker / ジョン・ウォーカー
製作総指揮;ジョン・ラセター
脚本;Brad Bird / ブラッド・バード
音楽;マイケル・ジアッキノ
声の出演(日本語吹替版);三浦友和、
黒木瞳、海鋒拓也、渡辺美佐、後藤哲夫
綾瀬はるか、斉藤志郎、宮迫博之

●最優秀 アクション賞
▲日本マーケットを無視した発音しにくいタイトルに、ディズニーの自信が透けて見
える。オリジナルを初見で楽しませるのだから。単純なストーリーと、表現力の工夫
を見せ場にするのがジェット・コースター。
41位

12/18札幌
Sapporo
Cinema
Frontier

映画『ゴジラ -ファイナルウォーズ- /
GODZILLA: FINAL WARS』
監督;北村龍平
製作;富山省吾
音楽;キース・エマーソン
出演;松岡昌宏、菊川怜、宝田明、
ケイン・コスギ、水野真紀、北村一輝、
ドン・フライ、佐原健二、泉谷しげる、
中尾彬、佐野史郎、篠原ともえ、
伊武雅刀、國村隼、船木誠勝、長澤まさみ

●最優秀 パロディ賞
▲これを豪華なトリビュート映画とみるか、安易なパロディ映画と失笑するかは映画を
見る側の踏み絵となるだろう。北村監督のはしゃぎぶりは分らないでもない。彼のよう
な楽天家を日本映画界は大切にする必要もあるだろう。しかし私には必要の無い映画
であった。例えばこーゆー映画はリアリティの距離感を一定に保つ必要があるのだが
監督のはしゃぎぶりがたびたびそれをブチ壊しにしている。最も映像的に魅力があっ
たのは、東南アジアの都市をアンギラスが破壊するシーンだ。他はアメリカ版ゴジラも
ヘドラも、まるで歌舞伎座のお正月顔見世興行以下。おまけに、宝田明から中尾彬に
渡る出演者の豪華ながらも無駄な再登場。誇張してマンガ化する演技が良しとされて
きた日本映画の演出歴史のマヌケな暴露でもある。轟天号やX星人のご登場にいた
っては、この映画がキーワードの組み合わせに熱中していることが証明される。しかし
北村監督はタランティーノになれなかったのであり、その分析が唯一の日本映画への
貢献となるであろう。もはや予算がイイワケにはならないラインまで来てしまったのだ。
艦長のドン・フライのバカバカしい吹き替えと、映画『マトリックス』のパロディのバイク・
バトルを延々と見せるくだりで見ていながらどんどんシラケてゆく自分に気が付いた私
であった。同じ子供向けでも、『Mr.インクレディブル』には負けてしまっているのだ。
音楽がキース・エマーソンであるというのも、ここまできたら何だか悪趣味なパロディにし
か思えない。オマケを貰ったのは嬉しいが。
42位

12/12札幌
シネマ11

映画『レディ・ジョーカー』
監督;平山秀幸
原作;高村薫
脚本;鄭義信
出演;渡哲也、徳重聡、吉川晃司、國村隼
長塚京三、大杉漣、吹越満、加藤晴彦
菅野美穂、岸部一徳、斉藤千晃(レディ)

●最優秀 反面教師賞
▲驚いた。何がって、未だに1980年代以前の日本映画のダメな部分が生きていた
ことにだ。私よりも若い映画監督がガン&ガン出てきて彼らもそれなりの仕事をクリア
したりしてもはや日本映画は「再生」したと思っていたのだ。そーじゃなかった。原作
が素晴らしいのだから、これはもう監督の読解力の不足が失敗の最大の原因。加え
て渡哲也の、複雑さのまったくない演技。長塚京三はあの程度の役者だろーが、
テレビのドラマですら魅力を発揮している國村隼や大杉漣のような素晴らしい俳優
ですら、この映画では陳腐で薄っぺらな存在感しか演じ切れていない。きっと監督
のバカさ加減が現場で分ったので役作りに工夫する意欲を失い、紋切り型演技に終始
したのだろうな。その点、岸部一徳はサスガだ。彼がこの映画で最も素晴らしい。さらに
嬉しい発見は吉川晃司の成長である。筋肉バカにしか思えなかったコイツが、これほど
良い演技をしたのだから、この映画で徳をしたのは彼が一番だろう。きっと、これから
良い仕事がいくつか来ると思う。又、社長室のセットに代表される大道具の予算の
ケチり方も脱力しちゃうぜ。CGのビルが、あんなに大きいのに、なんで社長室や応接
間があんなセコイの(笑)。まず言えるのはこの映画に、映画的魔法がかかっている
場面はまったく無い。映画館で観てもテレビで観ても同じだ。もうこんな映画を作るのは
やめて欲しい。だって韓国の成長がスゴイのは、サッカーだけでないんだから。映画
観客の目は映画会社が思っている以上にハイレベルで肥えている。また気になるのは
原作者の高村薫が日本経済新聞に連載していた小説「新リア王」が日経とトラブルを
起こし連載中断を余儀なくされていたこと。これとこの映画の中途半端さに関係があれ
ばコトは政治問題になる。つまり「新リア王」は現役の自民党政治家が実名で多数登場
するなど骨太社会派作家らしい高村の実験的な作品であった。しかも連載現場が日本
経済界のトップが読む新聞であった、というリアルタイムさもある筋には不快感を与えた
であろう。この小説が打ち切りになった後には「失楽園」の大ヒットの二番煎じを狙う渡辺
淳一のエロ小説が始まった。映画も、小説もこうして日本では殺されてゆくのか。




104
Reply 独占報告! 第2回★共犯映画賞 久保AB-ST元宏 URL 2005/03/04 17:52


Makes Ms.かえで sad and ill♪ That's when I want♪ Some weird sin
>「続・ペンギンの日々」に、皆と一緒に出演できて、とても嬉しいです!月見猫さん、ありがとうございます。

■あ、あの飲み会のシーンって、月見猫の子供のPTAか町内会の席か生協会議かと思ったら、S-tripsのグルーピー懇談会だったの?
ってーコトは、マンガの3コマ目のメガネ・ペンギンを挟んだペン・グリーンかペン・ピンクが、かえでさん?

>エンターテイメント大好き!な人には、とても退屈に思うのかもしれませんが、私はこういう映画が「とても観たかった!」って心が求めてたんだ

■歳の数だけ映画を観た私ですが、かえでさんの観た映画とダブってんのは『ディ・アフター・トモロー』だけでした(笑)。
それだけ、映画の数も多いっーコトでしょうねぇ。そんな中、国内歴代興行成績のベスト3位を独占した宮崎駿って、やっぱ超特急&大吟醸的にスゲーんですね!
■ 私は去年は42本観ましたが、20歳前後の頃は年間100本(!)とか観ていました。当時は渋谷パルコでの「ヴィスコンティ全集」とか、京橋フィルム・セ ンターでの「1920年代ドイツ無声映画特集」とか、高田馬場の座敷に座ってみる上映会とか、京王線調布駅前の公民館での「名画上映会」とか、なんだ&か んだで。
とにかく、その頃はDVDもスカパーも無かったから、『ぴあ』かなんかで観たい映画が上映されそーになると、「これが最後のチャンスか!?」と、千葉県でもどこでも出かけたモンです。
■それから時代は映画観客には便利になったけれど、やっぱ、映画館の魅力に私は弱いのですねぇ〜。
それではまず、ランキング上位からの発表です!

















































































独占報告! やっぱ、映画館で観たい♪第2回共犯映画賞 上位ランキング1〜22位

うまうま、くまくま♪この賞は2004年に久保AB−ST元宏が映画館で観た全作品、42本がノミネートの対象となる。したがって、審査員は久保AB−ST元宏、一人だけ。
もし、映画制作関係者で「なぜ私の作品がノミネートされていないのだ!」と不満に思ったら、共犯新聞社まで映画の招待券を贈ってくださいませ♪
それにしても、映画館も無いイナカ町に住む42歳の中年男が一年間に42本の映画を映画館で観るのって、多いんだろ〜か、少ないんだろ〜か?
ランク
観た日&映画館
作品
賞&講評
1位

07/18札幌
蠍座

映画『花とアリス』(2004年/ビスタサイズ)
監督・脚本・音楽;岩井俊二
出演;鈴木杏、蒼井優、郭智博、相田翔子

●最優秀 作品賞
▲脚本が上手い。おとぎ話のような神話?
2位

12/11札幌
札幌劇場

映画『オールド・ボーイ』(2004/韓国)
監督;パク・チャヌク
原作;土屋ガロン、嶺岸信明
出演;チェ・ミンシク、ユ・ジテ、カン・ヘジョン

●最優秀 監督賞
▲映画的快楽の大傑作。かつて手塚治虫は欧米の映画にインスパイアされてマンガの
可能性を広げたが、ついにマンガが映画に「恩返し(?)」する時代が来たということか?
3位

05/09札幌
シアターキノ

映画『幸せになるためのイタリア語講座』
割引き\1200(2000年/デンマーク/112分)
監督・脚本;ロネ・シェルフィグ
出演;アンダース・W・ベアルテルセン

●最優秀 脚本賞
▲初歩的な技術しかないカメラなのに新鮮。まるでゴダール。レベルが高いのは演技と、
脚本。中年なのに、役者陣の魅力はスゴイ。
4位

08/15札幌
スガイ
シネプレックス

映画『茶の味』 モーニング料金\1200
原作・監督・脚本・編集;石井克人
出演;坂野真弥、佐藤貴広、浅野忠信

●最優秀 編集賞
▲「お涙頂戴」までも含めたゴッタ煮の真実。
5位

05/15札幌
Sapporo
Cinema
Frontier

映画『キャシャーン』 レイトショー割引\1200
監督・脚本;紀里谷和明
出演;伊勢谷友介、麻生久美子、寺尾聡

●最優秀 可能性賞
▲最後までテンションを保ったのは、スゴイ。この手の映画は(とくに日本映画は)後半、
ダレルものが多いから。戦いのカタルシスを期待した観客を裏切る、強烈なメッセージ。
6位

12/11札幌
シアターキノ

映画『Depuis Qu'otar est Parti / 優しい嘘』
(上映時間:102分/2003年/フランス映画)
監督;ジュリー・ベルトゥチェリ
出演;エステール・ゴランタン、
ニノ・ホマスリゼ、デイナーラ・ ドルカーロワ

●最優秀 民俗賞
▲グルジアが舞台の映画では『ピロスマニ』(1969年)を思い出すが、それから34年過ぎ
ソ連が消滅しても、テーマは暗い。しかし、そのテーマを表現する手法にはユーモアと
複雑なシニカルさが、自然に使われている。
7位

03/31札幌
Sapporo
Cinema
Frontier

映画『ドッグヴィル』
監督・脚本;ラース・フォン・トリアー
終曲;デヴィッド・ボウイ「ヤング・アメリカン」
出演;ニコール・キッドマン,ポール・ベタニー

●最優秀 撮影賞
▲監督の準備したテーマはアメリカだろう。劇中で唯一の意味を持つ「独立記念日」と、
観客に解放感を与えるエンディングで分る。しかし、準備されたテーマと受ける意味は、
違う。いつまでも語られるであろうカルト映画の誕生に立ち会えたコトを幸運と思うべきか?
キャサリン・ゼタジョーンズが「ニコールにだけ良い仕事を回す」と怒って移籍したぐらい。
8位

05/09札幌
Sapporo
Cinema
Frontier

映画『スパニッシュ・アパートメント』 \1800
(2003年/フランス)
監督・脚本;セドリック・クラピッシュ
出演;ロマン・デュリス、オドレイ・トトゥ

●最優秀 図式賞
▲ちょいとやり過ぎの映像お遊びも『地下鉄のザジ』からの伝統かな?図式が見えるし、
結論は楽天過ぎるがそれであっても面白い。
9位

05/09札幌
蠍座

映画『ジョゼと虎と魚たち』 \800
(2003年/日本/116分)
監督;犬童一心
出演;妻夫木聡、池脇千鶴、新井浩文

●最優秀 乳首賞
▲「帰れと言われて帰るようなやつは帰れ!」とか言うメンドクサイ女との恋愛なのだが、男
は一生の間に一度はこーゆー女に惚れるのか?ある意味、類型的な女にしか過ぎない
のだが『イン・ザ・カット』のメグ・ライアン同様に乳首露出映画としては池脇の方が遊んで
いそーだが、映画偏差値としては勝ったか。
10位

03/14札幌
シアターキノ

映画『美しい夏キリシマ』 ポイントカード\0
(2002/日本)監督;黒木和雄
出演;柄本佑/原田芳雄/小田エリカ

●最優秀 功労賞
▲戦闘や原爆のシーンを挿入せず観客の想像力をかきたてる。逆の『スパイ・ゾルゲ』。
11位

05/02札幌
シネマ11

映画『The School of rock /
スクール・オブ・ロック』 \1500
監督;リチャード・リンクレイター
出演;ジャック・ブラック
ジョーン・キューザック、マイク・ホワイト

●最優秀 主演男優賞
▲後半、目頭が熱くなってしまった(笑)。
12位

03/01札幌
シアターキノ

映画『ヴァイブレータ』 映画の日割引\1000
監督;廣木隆一 原作;赤坂真理

●最優秀 ハラキリ・ショー
▲主演の寺島の良さを長回しで引き出した。
13位

11/06札幌
シネマ11

映画『モーターサイクル・ダイアリーズ』
監督; ウォルター・サレス
原作;エルネスト・チェ・ゲバラ
出演;ガエル・ガルシア・ベルナル

●最優秀 音楽賞
▲ハリウッド映画的な前半、岩波映画的(?)後半。それぞれの既知感が、私をシラケさせ
る。しかし、原住民の顔が素晴らしい。彼らの魅力を伝えたことと、主人公の成長談が無理
なく必然的に重なったことが映画成功理由。
14位

01/25札幌
Sapporo
Cinema
Frontier

映画『ミスティック・リバー』\1800
監督,音楽; クリント・イーストウッド

●最優秀 緊張感賞
▲多くの脇役の個性が素晴らしかった。なにより、監督がクリント・イーストウッド!
しかも、映画音楽の作曲も担当している!ちょいデビッド・リンチのセンスを連想させる
雰囲気はあるが。真犯人の動機の叙述が、おざなりな点には不満がある。ただし傑作。
15位

01/04旭川
旭川国劇

映画『Prozac nation /
私は「うつ依存症」の女』(2001,米) \1800
監督;エーリク・ショルビャルグ
原作;エリザベス・ワーツェル
出演;クリスティーナ・リッチ、
ジェイソン・ビックス、アン・ヘッシュ、
ジェシカ・ラング、ルー・リード

●最優秀 主演女優賞
▲買い物のついでに時間が余ったので、たまたま観た映画。それにしても、邦題が
ダサイ。これじゃあ観たくなくなるよね。主人公のエッチな体のせいか、ポルノ映画と
同じフロアで上映されていた。…おいおい。映画自体は、アート系の知的な作品。
ルー・リードが本人役で出てくるのもかなり、ブッ飛び。「スィート・ジェーン」を崩して歌う
シーンなどは良いときのボブ・ディラン級。会話中に精神病の主人公の本音が、
モノローグで平行して聞えるアイディアが良い。ちなみに観客は私だけだった(笑)。
16位

07/03札幌
Sapporo
Cinema
Frontier

映画『THE HUMAN STAIN/白いカラス』
(2003年、米国)
監督:ロバート・ベントン
出演:ニコール・キッドマン、エド・ハリス、
アンソニー・ホプキンス、ゲイリー・シニーズ
原作:「ヒューマン・ステイン」フィリップ・ロス

●最優秀 破綻賞
▲またしてもニコール・キッドマン!美味しい役をとり過ぎ!キャサリン・ゼタ=ジョーンズも
怒るわなぁ。でも、この役すらキャサリンには無理。しかしせっかくのロスの原作が薄味に
なってしまったのはもしかしたらキッドマンの過密なるスケジュールと貪欲な脚本消化欲
が原因であるかもしれない。もしそうであったとしたら手遅れになる前にキッドマンは仕事
をセーブするべきではないのか?密度の濃い仕事を連続してきた彼女であるからこその
苦言(?)ですが。又、この映画が期待以下になってしまった他の理由は、映画の宣伝と
告知の段階からユダヤ人教授が実は黒人であるという物語最大のドンデンガエシを公言
してしまっているから。最初から物語が分っているのであれば古典落語のように俳優「芸」
を味わう方向に興味は行くのであるが確かに主な4人の「芸」は素晴らしい。しかしそれを
生かしきった脚本と演出であったかと言うと、疑問だ。例えば後半の作家の役割の部分の
ボリュームをもっと多くとって、謎解きの興味を引っ張るという方法もあったかもしれない。もし
それが、キッドマンの出演場面が減るという理由でカットされたのなら映画の神も嘆く。
17位

07/11札幌
シネマ11

映画『69 sixty nine』
監督;李相日(リ・サンイル、1974年生れ)
脚本;宮藤官九郎(1970年生れ)
原作;村上龍(1952年生れ)
出演;妻夫木聡、安藤政信、太田莉菜、
嶋田久作、柴田恭兵、岸部一徳

●最優秀 エンターテイメント賞
▲『ウォーターボーイズ』のように、テレビでの連続モノになったらいいなぁ〜。日本映画も
旬の動きができる環境になってきた予感。
18位

08/14札幌
シネマ11
映画『誰も知らない』 深夜料金\1200
●最優秀 実験賞
▲羽仁進などの古い手法を新しいセンスで。
19位

03/13札幌
シネマ11

映画『ホテルビーナス 』 深夜割引\1200
監督:タカハタ秀太 脚本:麻生哲朗
出演:
0号室チョナン:草剛
1号室ワイフ:中谷美紀
2号室ガイ:パク・ジョンウ
2号室サイ:コ・ドヒ
3号室ソーダ:チョ・ウンジ
4号室ボウイ:イ・ジュンギ
1号室ドクター:香川照之
オーナー・ビーナス:市村正親

●最優秀 映像賞
▲丁寧な編集が凡庸な物語を高揚させた。
20位

01/02札幌
シアター
キノ

映画『我的兄弟姐妹/Roots and branches/
再見 ツァイツェン また逢う日まで』 \1800
(2001,中国,カラー,1:1.85,ドルビー,95分)
監督・脚本;ユイ・チョン
出演;ジジ・リョン、ツイ・ジェン、シア・ユイ

●最優秀 助演男優賞
▲クライマックスが違えば名作になったかも。
21位

02/14札幌
シネマ11

映画『ニューオーリンズ・トライアル』割\1500
監督;ゲイリー・フレダー
原作;ジョン・グリシャム(『陪審評決』)
出演;ジョン・キューザック、
ジーン・ハックマン、ダスティン・ホフマン

●最優秀 原作賞
▲複雑な知的ゲームを見事に面白く構築。
22位

12/11札幌
Sapporo
Cinema
Frontier

映画『僕の彼女を紹介します』(2004/韓国)
監督; クァク・ジェヨン
出演 : チョン・ジヒョン、チャン・ヒョク

●最優秀 アイドル賞
▲途中で必要以上にセンチメンタルになる点以外は、極上のエンターテイメント作品。
ランキングの後半「23位〜42位」は、下記のakillerさんへのレスにあるよ〜ん。
花もありんす。




105
Reply 輝け第682回共犯映画グランプリに花向けの言葉を・・・ 鴻池すもん
2005/03/05 00:03


さ ざめく283回同伴映画しらんぷり大将開催、真におめでとうございます。毎年、私もハラハラドキドキして大賞の行方を楽しみにしています・ってなんで p@・・いや、いつ男優賞に選ばれるのかなーと思って楽しみにしとんやけど、、、ところで、副賞のナンセンス漫画部門では月見猫嬢が入選ですか。いや、さ すが、でも他にいないもんねー仕方ないか。ここで、私の41年の映画人生の中での代表作をゲストとして発表させて頂きます。って、もう、授賞式おわって るってかー。
私の場合ですと、最近、深夜放送でもやってたけど、アルタードステーツがいいね。これ、クボ君ならずとも、ほとんどの方、知らないと思うけれど、きのこで トリップする話なのよねー。トリップの描写と、人の根源に触れる描写がたまらないのよねー。ほとんど意味ないけど、あたし好き。カルト系なのよねー@私も 日にち変われば42歳れす。これからも映画を見ていきたいですね、芸術作品を。ところで、せんだみつお系と言われた濃い顔の私でも何かの映画に起用してく ださい。メランコリックなオヤジの役なら抜擢かもよ、って、そのものじゃねーかよ・とほほ。所で。今月の共犯新聞の表紙の写真、びっくりしました。なん でって、長髪の岸辺一徳さんが出ているじゃありませんか・・・ものほん・すかp0−^





106
Reply ケン・ラッセル監督よりも、ラッセル車が似合う北海道沼田町(がくっ)。 久保AB-ST元宏 URL 2005/03/05 14:07


Mr.鴻池すもん says "Don't hurry, baby Somebody up there (somebody) likes me"♪
アルタードステーツがいいね。これ、クボ君ならずとも、ほとんどの方、知らないと思うけれど、きのこでトリップする話なのよねー。

■キノコでトリップなんざ、ブライアン・ジョーンズの世界でごんすね、爆発五郎様。
監督はケン・ラッセルですもんね。私も大好きです。ケン・ラッセルは、先日のガンゼン・ローゼスのネタ振りをしてくれた名古屋の美人陶芸家=カオリーヌ嬢も大好きなので、おそらく彼女もチェケ済みでしょう。ケン・ラッセルの映画はロック・ファンの間ではザ・フーの『Tommy・トミー』が最も有名でしょうね。この映画は、ギロ男爵が 娘と毎晩観ているよーで、まぁ、ある意味、とっても『共犯新聞』的監督かもね(笑)。同じくザ・フーのロジャー・ダルトリーが作曲家フランツ・リストを演 じた『リスト・マニア』(←ケン・ラッセルが監督だと、「リスト・カット」マニアかと思っちゃうよな)もあるけど、私はやっぱリアル・タイムで観た『マー ラー』が印象的ですね。いい映画じゃ。水辺の作曲小屋のシーンが美しい!
それにしても、『 チャタレイ婦人の恋人』から『超能力者ユリ・ゲラー』(笑)までをも映画にしちゃうケン・ラッセルって、志村けん市民ケーンと並ぶ世界3大ケンでしょう。

>長髪の岸辺一徳さんが出ているじゃありませんか・・・ものほん・すかp0−^

■ところで、今年の春、バンクーバー競馬場からサカタ家族が来日するよーです。東京での宿泊先を考えあぐねていらっしゃるようですよ。君の家の牛舎は空いてはいないのかい?

To: "Kubo Motohiro" <moto_kubo@hotmail.com>
Subject: Re: 『共犯新聞』ゲストブックの長文書き込み希望。
Date: Thu, 03 Mar 2005 09:53

  ■□ サカタともです

>// "Kubo Motohiro"-san wrote (on 03/03) //
> ああ。困ったときの、サカタくんメールで、申し訳なかりけり。日本の久保元宏です。
> 『共犯新聞』ゲストブックへ、書き込み番号101のakillerさんへのレス「独占報告!第2回★共犯映画賞」を書き込んだら、長すぎてはじかれました。

 設定を見てみたけど、文字数制限の設定はないし、FAQにも長文については書いてないねー。
昔この掲示板をテストしてるときにクボが超長文を書いたらはじかれて、でもまあこんな非現実的に長い文を書き込む人はいないから良しとしといたじゃん。
半分に分割して書くしかないようですよ。

 今年は春に日本に久々に帰れそう。いろいろ楽しみです。
東京にも行きたいんだけど、親子三人で泊めてもらえる場所に住んでる人っていないのよねえ。悲しき日本の住宅事情。んではまた。




107
Reply そう、ペン・ピンクがかえでさん 月見猫
2005/03/07 21:54


あんなに簡略化しきった絵でも、キャラに似合った色や目の大きさなど、
一応描き分けているのさ。のわっはっはっは〜。

しかし、映画大賞楽しみに読もうとしたら、
表が挿入されているからか、いつになく画面の横幅が固定されてる。

うちのPCのモニター、14インチなんすよ。
久保くんの超長文を横スクロールで読むのはつれえ〜〜っ!!

ところで坂田くんが親子で一時帰国するそうですね。
うちがもうちょっと広かったら泊まってもらうのに。





108
Reply オールド・あんど・マニアッキー 爆発二郎
2005/03/07 21:57


こ、これ古いんでなーい・爆発五郎。こんなネタはクボからしか聞けないだろう。いやーずっこけたよ。爆発五郎の作者は一体だれぞや。ハリスの風・は千葉鉄也かなあ。
歌メロやサビの歌詞まで覚えている私は、どんな免罪をしたらよかんすか。
確か、五郎は新聞部じゃなかったっけ。まさかクボは、それに憧れて新聞部に入った
んじゃなかろうや。いやー懐疑す。全く。二重目蓋の五郎の顔が頭から離れなくなってしまった。
そのうち無意識に描いちゃったりして、あー恐ろしい。でも昔、あんな髪型を真似てた青春輩も
いたように思う。基本的に分け方は9:1です。あとは、いかに髪を浮かせるか。
今の人じゃー、五郎と言ったって、野口五郎すら出ないでしょう。せめて稲垣五郎でしょう。
青春カルト・アニメ万歳・・爆発だーい@





109
Reply カックラキン大五郎、「ちゃん!」 久保AB-ST元宏 URL 2005/03/08 02:15


Song For Bob Dylan and Mr.爆発二郎♪
>五郎は新聞部じゃなかったっけ。まさかクボは、それに憧れて新聞部に入ったんじゃなかろうや。

■さもありなん(って、何でだよ・笑)。
■今やネット検索でも、同姓同名のクソゲーしか引っかからない、忘れ去られたC級アニメ『爆発五郎』。
私 がこの名を忘れないのは、今から20数年前、”80年代のロッケン・トキワ荘”と呼ばれた(←ウソ)、東京都調布市の第3福葉荘にて、ファン・レターへの 返事をセッセと全員で寄せ書き(?)していた時、某ラガーマンが、ヘタクソ系(←系って何だよ・笑)のマンガ主人公を描いて、その絵が人差し指で読んでい る者を指し、「爆発五郎って知ってる?」とフキダシを利用した表現方法によって熱きメッセージを放っていたのが今も忘れられないからであ〜〜〜る。
■そんな爆発五郎と私が再会したのは、今回、他の全メディアをさしおいて『共犯新聞』のみで発表された「独占報告!第2回★共犯映画賞」の輝く第1位に選ばれた、映画『花とアリス』の中においてであった。
だいたい、この映画は出だしからいきなり、水木駅、藤子駅、石の森学園、手塚高校〜っー固有名詞が連発される。あるブログで、「漫画へのオマージュ?でも何故本作で??」と書かれていたが、まったく同感である。その意味不明さが、岩井俊二監督のディーモニッシュなとこなんだろーけどね。
で、さらに。主人公の女子高校生「花」は落語研究会に入るんだけど、その落研のメンバーの落語家名が、スゲエ。
こーだよ(笑)→モーレツ亭ア太郎爆発屋五郎花屋ピュンピュン丸
これに対して、先に紹介したブログは、こうツッコンでいる→「いずれも40代の人が子供の頃のアニメ。今の高校生がピュンピュン丸や爆発五郎を知るわけがない!! (『ピュンピュン丸 コンプリートDVD』というのが発売予定とかで、ビックリ。誰が買うんだ!?)」
だよな。だいたい、知るわきゃぁーないアニメのタイトルを、現代高校生が自分の芸名にしちゃうわきゃぁーないっす。しかも、説明なしじゃぁ、この芸名のギャグも映画の観客には届かないし。届かなくてもイイと思い込んでいる、岩井俊二監督のディーモニッシュなとこに気が付き、映画館の暗闇でちょっぴりゾッとする快感、とか?
んで、しかも問題の爆発屋五郎は、主人公が惚れる重要な相手役。花が宮本(爆発屋五郎)を記憶喪失とだますエピソードを考えた岩井監督、天才だよ、あんた。

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Danced with Ms.月見猫 too long♪ And there's something in the air
>映画大賞楽しみに読もうとしたら、表が挿入されているからか、いつになく画面の横幅が固定されてる。

■悪りィ、悪りぃ。きっと、私が添付した映画『アルタードステーツ』の画像の幅が広すぎたっーワケだわよ。(だよな?サカタ。)
こーなりゃ、どん&どん『共犯新聞』ゲストブックに書き込みして、25個以上の書き込みになったら、その画像のとこが「過去ログ」倉庫に行っちゃうので、元の読みやすい14インチに優しいアンチ「横スクロール」表示に戻ることでしょう。しばし、待たれよ。

>ところで坂田くんが親子で一時帰国するそうですね。うちがもうちょっと広かったら泊まってもらうのに。

■もうこーなりゃ、昔、バンドの練習をした福生の米軍キャンプに忍び込んで寝泊りするしかないんじゃーないの?子連れワイルド・ホーセスには安息の地かも。




110
Reply 順延だったのね 井内正樹
2005/03/23 21:11


 久保さん、こんばんは。最近は、少し疲れ気味な私ですが、選抜が始まれば、
息を吹き返しますって。でも、今日は順延でしたね。林君の宣誓はそれはそれは
立派でなものでしたが。今回の選抜も球場からリポートしますんでヨロシク。
 その我らが駒大は、こちらでも評判はすこぶる高いようです。今日、仕事を少し
さぼって、会社の近くの喫茶店でスポーツ新聞に載ってあった、出場校の評価を見て
みました。「投」「攻」「守」をABC評価してあったのですが、なんと駒大はオールA!
他にオールAをもらった高校は、柳ケ浦高校と愛工大名電しかないんですからビックリ
です。なんだか一気に全国レベルの強豪校の仲間入りですね。いいんでしょうか?
 井内予想の今回の優勝候補は、^工大名電 ⊃逝竺惘燹´0蕷僉´ざ霏臚兢牧
ヌケ浦 ε賈 Ю朕校嚇帖´┸生郵餾歛臧蹇,任后0工大は、ほらっ例の
伝家の宝刀のバント作戦というやつで。2アウトからでもバントするという腐った作戦も
高校野球では時々は有効なわけで。それに加えて、足が速くて打力もあるから、
全然応援していないけど勝ってしまうかも。柳ケ浦が止められるかがポイント。
 駒大は夏同様、どの戦いも大変でしょうが、2回戦の神戸国際大附が大きな関門。あとは、
ベスト4で当たる愛工大か柳ケ浦。それを越えると、ヒョッとして・・・、ナアンテネ。
いやいやまだまだ甘いって!
 ところで、北海道のマスコミの予想はどんな感じなんですか?





111
Reply 感情3要素 春雨情夫
2005/03/23 21:51


月 見猫先生が、これでもかと言わんばかりに、心の3要素なるものに触れたので、始めはフムフム程度に感じていたのが、2度目はズコンと私の気管支に花粉のご とき命中した。よく、我々80年代初頭の青春貴族のグルーパー達の間では、根暗とか、いう言葉が勝手に流行っていて、少しでも空気を違えると、暗ーい・と か、ほざく青春迷族が多く居たものだ。その頃から一定のスタイルが団体力として世間を彩っていた。それこそ虚しさが感じられた・私にとっては・・・。皆、 同じレベルの笑顔で常識的な話題で友達を装う。心底の、人としての自然な淋しさ、虚しさ、悲しさ、を封じ込めるがごとき、皆、同じことをして、同じことを 好きになり、そうだよねー、とアイズチを打つ。要は自然な心の有り方を偽る技巧に長けている世界である。今、考えると、詩人クボは、悲しさ、虚しさ、淋し さ、を見事に詩・曲、に表した人である。若いのに偉いねー、これが今の私の素直な感想である。形から入るものには、形しか残らないが、感情から入る創作に は、不変の変化が、いつの時代にも続くのだ。生き物と同じなのだから。。しかし、、やっと井内さんが書きこみを行ったので、このページを開ける度に飛び出 てきた、カックラキン・という虚しい響きが奥に押しやられて、安堵しているところであった・苦笑・・・@p





112
Reply 宣誓っ!それは、宣誓〜♪ 久保AB-ST元宏 URL 2005/03/25 02:23


Mr.春雨情夫's out there playing your high class games of sorrow
>月見猫先生が、これでもかと言わんばかりに、心の3要素なるものに触れた

「虚しい、悲しい、寂しいという三つの気持ちは、楽しいとかうれしいとかいう以上にこころにとって大切なものなんだよ」っーヤツね。
カンケー無いけど、松村雄策が雑誌『ロッキング・オン』1978年7月号でザ・ドアーズについて書いていたエッセイの絞めの言葉を暗記している私です。
こんなの⇒「ジム・モリスンは、LSDとは、Love, Sex, Death だと言った。僕にとっては、Lost, Sigh, Dream だった。」

>皆、同じことをして、同じことを好きになり、そうだよねー、とアイズチを打つ。

■もちろん私は天才詩人だったわけですが(笑)、世間のモノサシではただ単に「性格が悪い」だけなんですよ(がくっ)。
月見猫先生のお言葉を使えば、「久保くんの残酷なところ」っーことですね。
かつて私がフリーペーパー『elan』に書いたように、「違和感を感じた時がチャンスだ。」と、今は言っておきましょう(笑)。

>やっと井内さんが書きこみを行ったので、このページを開ける度に飛び出てきた、カックラキン・という虚しい響きが奥に押しやられて、安堵している

■1980年前後の新御三家時代末期のあだ花『カックラキン大放送』は、毎週、私が住んでいた京王線調布駅南口の「調布グリーンホール」で公開録画されていたのであ〜る。
ちなみに、『オーケストラがやってきた!』も、そーだったな。実際、『8時だヨ!全員集合!』の成功により、当時は公開録画という手法が魅力的な時代であったようだ。
ん で、私は水曜日だったか木曜日だったかは忘れたが、毎週、野口五郎@刑事ゴロンボ→郷ひろみ→トシちゃんというメインの変遷&それにからむ研ナオコ@ナオ コおばあちゃんの縁側日記、堺正章、井上順、関根勤といった豪華(?)スタアを一目見ようと、調布グリーンホール入り口に、むらがるアジアの田舎者たちを かきわけて、重たいギタアをかついでその前を通過していたのである。それをスライダーズが「すれちがい」という曲にしている(←うそ)。
そこには痛烈な時代への違和感があったわけで。私にとって、LSDとは、ロック、詩、読書、だったワケで(←おいっ、スペルがちゃうやんけ!)。

--------------------------------------------------------------------------------

Sons of the silent age♪ Listen to tracks by Mr.井内正樹♪
>なんだか一気に全国レベルの強豪校の仲間入りですね。いいんでしょうか?

■ですよね。
井内さんもご存知のように、北海道勢の甲子園球児への期待って、「今度こそ1回戦、突破だぜ!」だったんですよね。
んで、「おお!2回戦も勝ったか!スゲー!」と、ここまでですよね、テレビ観戦への感心も。
これがさらに勝っちゃうと、「ええーっ!?3回戦も勝ったのぉ〜っ?いやはや、地元の人も寄付集めが大変だわ、こりゃ。」となるわけでして。
これ以上の回戦は未知の世界(がくっ)でしたもんね。
それが前回の駒大高校優勝で一気に変わったんですが、コンサドーレで鍛えられている(?)道産子のニヒリズムは簡単にはノレない(=反イージー・ライダー)といゆー重い病があるんですよね。しかも、プロと違って、高校野球って少なくとも3年で選手の総入れ替えが原則ですしね。期待の持続に懐疑になる方が楽チンであるってのが、北海道人の弱いとこなんですがね。
■それにしても、「2−1」で初戦突破、いいじゃあーないですか!この点差のリアリティが彼らと道産子テレビ観戦団への緊張感の持続に役立つことだと私は思います。
■それと、選手宣誓をした林キャプテンの母親。テレビで「ありがとうございます。」と何度も頭を下げて泣いていましたが、彼女、私より若そう〜。ゲゲッ。そーゆー時代なのねぇ(やっぱし、がくっ)。




113
Reply あたしにとってLSDとは 月見猫
2005/03/25 22:13


Live,Silent,どきどき‥うわあ、教養なさそう。
自分で言ってがっくり来ちゃった。

でもさ、宗教的って見方もできるよね。(んな訳ないって!)

天才詩人久保君の夜と薔薇の中の「ひとりにならなきゃ おまえを愛せない」という
いっせつが





114
Reply こら、勝手に送信するな 月見猫
2005/03/25 22:20


とても好きでした。

大江健三郎の初期の作品「芽むしり仔打ち」とか「奢れる死体」とか読んでて
主人公の姿に久保君を重ねていたりしたこと、今白状します。

言うまでもないと思うけど、あたしは性格悪いとか批判してるのではなく
そのサディスティックなところにゾクゾクするんだ。





115
Reply SM談義 春風p子
2005/03/25 23:59


月 見さん御本人は、恐らくMっ気の方だと勝手に解釈させていただきますが失礼遊ばせ。某編集長は、一言では言い表せないわねっきっと。私の生物学的仮定によ れば、ですが、彼の場合は両方を見せられる相手でないと、気を許す部分が極端に少なく、やもすれば、演技でしか相手にしない、ということも往々にしてあり うる・ということだと思うわ。要するに両方あり・の、両性具有よ。なんて、勝手な解釈でご免なさいねーおほほ。そうねー、裏と表を一緒に出すことに命賭け てるんじゃないかしらー、そうよ、これは表現者たる感情の出し方ですわ。表現者たる由縁かしらん。複雑な回路なのヨン、きっと。アーラ、勝手な意見でご免 遊ばせ。あら、あら、あら・もーう、こまっちんぐ。
一方向の感情で生きてる往々の人達は、簡単にイメージずけられるし、要するにバカは解りやすいってことよ。そういう人達って、人の渦でしか生きようとしな いし抜ける気も無いのよねん。考え方も目に見えて解っちゃうし。でもね、ウルトラセブンが画面で一匹の怪獣を退治したって全世界は平和にならないわよ ねー、私、ガキの頃、よく、そういう空想に耽ったわ、まるで、科学と空想帯・よねー・笑。あら、残念うふふ。
ちなみに、あたし、まっ聞かれてないけどー、あたしは相手によってSとM使い分けるわねー、魅力のあるMにはSになり、魅力のあるSにはMになるの。Sで もMでも私にとって魅力ない人にはだめねー。何にも出してあげなーい。なんか、ギロさんに講釈していただきたいわねー。こういう話題は・・・ところで沼田 町のロンゲの消防隊のオッサン、あれ、なめてるわよねー、自分のロンゲに火がついて火事を倍増したらどうするのかしらーもう、心配してるわヨン・笑 @@@ppp





116
Reply 燃える男 久保AB-ST元宏 URL 2005/03/26 14:19


Well my eyes are pinned and Mr.春風p子's money's spent♪ I'm sorry
>演技でしか相手にしない

■3月10日に不覚にもインフルエンザBが私の肉体を通過していった時、ノドがはれて声が出なかったのよ。
この日も早朝に起きていつものように社員が出勤する前にリフトで除雪をガー&ガーやっていて、終了後にリフトから降りると、ふ〜ら&ふ〜ら。
体温39.5度。で、やむなくベッドで横になっていても、電話がガン&ガンかかってきて、特にヤミ米の売り&買いの電話が、こんな時に限って全国からかかってきたのよ。
で、午前9時にはいつもの美声だったのが、だんだんガラガラ声になり、しまいには出なくなり、声を出すと一緒にノドが裂けて血が噴出しそうになるぐらい激痛に。
この間、同日に数回電話をくれた人は、同じ人物が毎回、声が変わってゆく不思議さを堪能できたことでしょう。
で、最後には私はいつもとは違うところから声を出す方法を身に付けたのでした。
これはとっても不思議な体験だったのですが、体温40度で、ノド激痛で、脳味噌LSDで、声だけが他人のような声色でちゃんとノドの別の回路から出ていたのです。
それで、「2004年産はくちょうもち400俵、24トン、価格は・・・・・・。」なぁ〜んて話を電話でしていたのさ。いひひのひー。
電話の向こうの商社マンは私がインフルエンザBとは気が付かなかっただろーねぇ。まぁ、もっとも電話ではインフルエンザBはうつらないけどね。

>裏と表を一緒に出すことに命賭けてるんじゃないかしらー

■「私は裏表の無い人間になりたい」と、ソレは似て非なるメビウスの輪ね(笑)。

>沼田町のロンゲの消防隊のオッサン、あれ、なめてるわよねー、自分のロンゲに火がついて火事を倍増したらどうするのかしらーもう、心配してるわヨン

■ もう今から10年ほど前だけど、我が社のプロパン・ガスの客から「ガスが出ない」と呼ばれて、行ってみた時、ガス・コンロからはガスが出ている「シュー・ シュー♪」とゆー音が聞こえてくるのに、火が着かない。「ああ、これはガス切れじゃあーなくって、コンロの着火装置が故障しているんですね。」と言うと、 「ええ?本当ですか?」「だって、ほら、スイッチをひねるとコンロからシュー&シューって、聞えるでしょ?これはガスが出ている音ですよ。」「ええ?そん な音、聞えますか?」って、客に言われ、「だから、ほら。」と、私が耳をコンロに近づけると、いきなりそのコンロから火がボッ!と出火して、耳を近づけて いた私の片側のロンゲの髪の毛に火が着いて、レイナード・スキナード状態で、私の髪の毛が燃え上がったのよ(がくっ)。
いつもは12ヶ月ごとにしか床屋に行かない私ですが、その時はまだ11ヶ月なのに、すぐに床屋に行きました。

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Soul love - the priest that tastes Ms.月見猫♪
>主人公の姿に久保君を重ねていたりしたこと、今白状します。

■去年の今ごろ、佐藤潤子画伯から「読んだら久保クンを思い出した」とメールが来たので、小池真理子『蜜月』初版(1998.9.20新潮社、装画;杉内俊哉「WAVE」、定価\1400→古本\500)を、古本屋で買って読んだ。
しかし、どこをどー読んだら私なのか?その意味も含めての「心理サスペンス」小説なの(笑)?
主人公は女にモテ&モテの超美形のプレイボーイ(=死語?)画家。これが私のわけないか、と思っていたら、小説の後半に「久保」という名前の秘書が出てきて、そいつと画家が同性愛を繰り広げるってゆー展開だった。がくっ。
まぁ、それでも60-70年代が楽しめる小説なので、興味深く読めると思うよ。




117
Reply お誕生日おめでとう! 月見猫
2005/03/31 12:08


>こんなんなったよ

って、変わってないじゃんか!

このタローちゃんとケーキの前でおどけてる写真はあたしも覚えてます。
例の「ゴミの入ったプレゼント」を交換したクリスマスパーティーじゃなかったっけ?

今日息子が連れ合いとおばあちゃんのうちに泊まりに行ったので
レンタル店で借りた「SCHOOL OF ROCK」と「私はうつ依存症の女」
(共犯新聞の情報を得てルー・リード見たさに)、やっとゆっくり観られそー。

お誕生日と関係ないけど、紙上に「教育」のコンテンツが出来たじゃない。
「リービ秀雄の翻訳物のほうが意味が立ってくる日本の古典」なんて話もあって、
面白いなーと。

知人(英語塾の先生・日本人)と話した時
「いやー勉強できない子って英語教えるどころか、『名詞』ってなに?
ってところから始まるからね。
だから名詞ってのは物の名前だよって言ったら
『でも愛とか平和って物じゃないじゃん?』って言われてさ」

あたしその子が単純に勉強できないというより
微妙な差異に気づいてるんじゃないかと思うのよ。

たとえばお釈迦様が「空(くう)」と言ったらそれを「The sky」とは訳さないでしょ?
「empty」ってのも、もともと入れ物を想定してるから存在してる言葉って気がするし。
「無」なんてのも「nothing」とは言い換えられない。
英語って唯物的な言語だと感じるのは、あたしに学がないからか?

「瞑想」もしばしば「concentration」と訳されるらしいけど、
あれは集中してるんでなく、完全に覚醒していて、
且つ全てに気がまわせてる状態なのよ。

どなたか教えてください。





118
Reply 誕生日おめでとう 井内正樹
2005/03/31 19:30


こんばんは。
今日は当社の期末日で、今までバタバタとデスクワークに励んでいました。
ようやく一段落ついて、ここを開けて、誕生日だと気付きました。

普通は、この位の年になると、〕召螳媼韻覆過ぎる ▲爛轡躔な気分になる
の2パターンが大半の神経ですが、予想通り、嬉々として迎えたようで、
私までも嬉しい気持ちです。

さてさて、私は、明日も最近ハマッテいる岐阜の田舎のハイテク工場へ出張。
そして、土日は、季節限定の選抜甲子園です。そして、来週は、京都に花見だな。
沼田はまだ、ドッサリの雪のようですが、関西は、ボチボチ桜が咲き始めました。
春はいいねぇ。でも、もう少し仕事がヒマになればもっといいんだけど。







119
Reply 誕生日が幸せだって、ありがたいことですよねえ。 bokemi URL 2005/03/31 21:47


そうですかあ、おめでとうございます!!
たしかに、年をとることに変にわびしくなったりする人がいたりしますよね。本に囲まれて、自分の生きてきた年月を誇りに思えてる感じのする久保さんは、ありがたや。後光が差して見えますよ。かくありたいものです。
一 面の教育新設にあたっては、紹介頂きありがとうございます。しかし、よく考えたのですが、ブログの方はまだあまりおおっぴらに公開する許容量がないので、 どうぞ「桔梗bokemi」のような形にしてやってください。まあ、読んでいるとだいたいどこの誰だかわかってしまうんですが。やっと最近、人が読んでい ることになれてきたばかりで、絵を展示したときのように、冷や汗が出たりしますから・・・。
ところで、「寒昴展」の作品購入、いいですねえ。赤川の社長のつぎをになうのは久保さんか?





120
Reply BIRTHDAY その2 月見猫
2005/03/31 23:53


あ、自分で疑問を振り撒いときながら、なんなんですが
ちょっと解決の糸口が見えたのは

例のリービ英雄(さっき漢字間違ってるし)の本ね、
解説見てね、「うちいでてみれば ましろしぞ」
っていうところ、単にpure white で行くところを
その白さに感動してるからこそ「真白にぞ」なんだから
white,pure whiteって書いたんだって。

そうか。単語ひとつじゃなくてそういう攻め方が出来るよな
特に英語って26文字しか使ってないんだから。
なーんて、妙に納得したりして。

こりゃもう、単語じゃなくて、当事者の詩的センスを問う世界?
あたしが不勉強なのは申し訳ないけど
東洋の概念をうまく言い表してる英語
(単語じゃなくてセンテンス)をご存知の方いらしたら、ゼヒ、
という質問に変えてみようか。





121
Reply サバーバン・ナイト ぼっちきめんちょ
2005/04/01 23:27


産まれついてから変われないのか、180度変わってしまったのか、君にも僕にも解らない。
ただ自分に興味を持っているのには違いは無いのではないか。一生懸命、探求する人もいるのだが、
それは他人を鏡にした上でのことで、何だか私には解らぬことなのだ。
しかし今日は隣人のkが性懲りもないので続きは後日、書かせて頂く。今日はエイプリルフール・
純朴な僕には迷える日なのだ。





122
Reply ジョン・レノンの余生を3年、生きて。 久保AB-ST元宏 URL 2005/04/02 20:30


Speed Of Life Of Mr.ぼっちきめんちょ♪
>自分に興味を持っている

■そして最後には、興味を持つに値する自分であったかどーかが分る。がくっ。

>一生懸命、探求する人もいるのだが、それは他人を鏡にした上でのこと

■だから、より正確な鏡にするために、より複数の鏡を自分の周りに並べるんだよな。
実際、私の今いる書斎には360度、グルリと高さ180cmの本棚が四方を囲んでいて、まるで私の脳味噌を分解した鏡で造った万華鏡のようになっとるわい。
私は自分の脳味噌という森に迷い込んだ、かわいい7人の小人よ♪
■私の誕生日に、ギター・ウルフのベーシストが死んだようだね。
♪割れた鏡の中から 俺を探し出すんだ 雑音なしの 俺を

>しかし今日は隣人のkが性懲りもないので続きは後日、書かせて頂く。

■実は私も、今夜はこれから午後10時から、君もご存知の元ジルシゾ(ほらっ、例の千葉県鴨川でストリーキング海水浴をしたツアーのプロモーター)&現TKBの梶川朋樹希望さんと会うことになっています。東京から沼田町に来ているようです。
Eメールによると用件は、「『永遠/高田エージ』のプロモートの件でご相談したいです。」とのこと。・・・?なんだべ?

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Space Oddity♪ Ground Control to Major 月見猫♪
>単にpure white で行くところを、その白さに感動してるからこそ「真白にぞ」なんだからwhite,pure whiteって書いたんだって。

■ニューヨークのハーレムにある教会に私が書いてきた「失われたヒヤシンス」の詩を読んだベルギーのビオラ奏者からEメールが来たのをきっかけにして、サカタ@馬ンクーバーが訳してくれた部分をちょいと紹介しましょう。

憎み合うバランス覚え
You know we fell into the balance of hostility
信じる勇気を失って
while losing the courage to believe anything
冷たい壁にもたれながら
I lay on my back on the cold concrete wall
今君に出会った
Oh what can I say, I finally got to see you here (*2)

サカタ@馬ンクーバー自身が、上記の(*2)に「「今君に出会った」という感嘆を表すためにため息的フレーズを追加」と訳注を書いてくれていたよ。
実際、サカタ@馬ンクーバーの訳詩は良く出来ていて、英訳でもちゃんと歌えるようになっている。
しかも、意味もきちんと周到しようとしていて、成功していると思うよ。サスガじゃ。

>「リービ秀雄の翻訳物のほうが意味が立ってくる日本の古典」なんて話

■改めて言うと、『万葉集』は書き言葉を持っていなかった当時の日本人が中国語(=漢字)を利用して記録した書物です。
んで、結果的にこの気の遠くなる作業が、日本に書き文字を生む大きな動力となったんだよね。
だから、リービ英雄のユニークさとは、元々、外国語で書かれた日本人の気持ち(=美意識)を、もう一度、外国語に置き換えたとゆー、二重に翻訳された言葉であるということ・だね。
んで、重要なのは、この気の遠くなるような「伝言ゲーム」でも、気持ち(=美意識)が言葉と一緒に伝言されている(のかもしれない)とゆー、せつなさ・だね。人間は、こーゆーコトにエネルギーをかけたくなる動物であるうちは、私には希望を持てるよ。
そして、この行為にこんなコトの隠喩を見てしまわないかい?⇒社会、家族、教育、愛(がくっ)。

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South Horizon of Ms.bokemi♪
>たしかに、年をとることに変にわびしくなったりする人がいたりしますよね。

■時々、思う(=気が付く)んですが、私は自分の仕事でも趣味でも、何故か常に回りに自分より年長の人がいる環境で生活しているようです。
かつて、ロックとかをやっていた時は、明らかに回りは自分たちより年上の世界でしたし、サラリーマンをやっていた時は自分より10歳年上の課長に鍛えられました。
今、ロックなんて世界は私の人生の半分以下のガキどもばかりですし、サラリーマン当時の先輩課長は当時で32歳前後なので今の私より10歳若い!
今は美術評論の真似事なぞをしていると、回りは谷口一芳画伯八木伸子画伯らのように80歳を大きく超えても画業もギャラリー回りも積極的に日々行われている方を先頭に、多くが私よりも年長者です。んなもんだから、43歳でも、「お若いのに、立派ねぇ〜。」と、よく言われます(笑)。世間では間違いなく、ジジイなんですが。
本業のヤミ米屋業界も多くの社長が70歳前後ですんで、青年実業家(?)として日々、商談に励んでおります(笑)。
■こーゆーのって、いいのか悪いのか分りませんが、結果、「後輩の面倒を見る」的な体育会系的(?)親分肌になる訓練が抜けているのかもしれませんねぇ。
そーゆー意味では、沼田町商工会青年部の部長をして多くの若い荒くれどもを率いていた2年間が自分の人生で一番の異色の時期かも。

>ブログの方はまだあまりおおっぴらに公開する許容量がないので、どうぞ「桔梗bokemi」のような形にしてやってください。

■ちょいと修正してみました。いかが?
桔梗bokemiブログは、 「わすれてしまう業務日誌」との副題が付いていますが、これ、これですよねぇ〜、私も。かつては(今もですが)部屋中にちりばめた新聞広告の裏とか、本屋 で付けてもらった単行本のカバーとかに、思いついたことをメモしたりして、書き散らしていました。時には、映画を観た後に入ったイタ飯屋でワイン1本を一 人で飲みながらパスタを食っていると、脳味噌にフツフツと言葉が浮かんできて、テーブルにひいてあったランチョンマット代わりの紙に、小さな文字を書き出 し、ついにその紙の裏表びっちりに観たばかりの映画の感想と最近の新編雑記をゴチャマゼに書いたのでした。きっと、回りにいたオッシャレーなOLたちは、 このブキミな平日&昼間&アル中オヤジの光景に、思わず席を移動したのではないのかな?まぁ、こんなこともホーム・ページを始めるようになったら、整理し ていなくても、どん&どん、そこに書き込んでおけばいいんだから、まぁ、便利だし、精神衛生上にも良いわねぇ。
■それにしても今回、捏造した『共犯新聞』「教育コーナー」の教員リンク先が、ACE connection(The art called education)(札幌市の渋谷jimonoさん)、マジョモリ通信(滝川市江部乙町の桔梗さん)、美術と自然と教育と(千歳市の山崎正明さん)と、私は個別にバラバラに知り合ったのに、桔梗さんを中心に皆様、既にお知り合いだったとは!びっくり、つながりですねぇ。転がる「意志」は同じ谷間に集結する、ギャザー・ノー・モスバーガー、ってことですね。

>「寒昴展」の作品購入、いいですねえ。赤川の社長のつぎをになうのは久保さんか?

■去年の秋に、私と若林博士が深川市の「ミニ・ギャラリーうなかがめーゆ」に行ったら休みだったので、そんじゃウワサの赤川コレクションを観に行ってみましょう〜って、一度だけ、赤川社長の会社に併設してあるギャラリーに行って観てきました。
赤川社長はご存知のように東京出張などが多い多忙な方なので、後から考えるとご本人と会えたのもラッキーだったんですが、早朝のせいか、社内で会議をしていたようです。私たちが絵を観ていると、ニコニコと嬉しそうにメガネをはずしながら近づいてきました。
私が、絵を観ながら質問をしたり、意見や感想を言うたびに、赤川社長のアート・グルーブと言いましょうか、美術の悪魔とでも言いましょうか、そんな彼の一番大切な部分にスイッチが入ったらしく、どん&どん、絵や彫刻を出してきたり、資料を見せてくれて、会話のスピードと情報の密度が、口角のテンションと共に盛り上がってきました。
しかし私は残念ながら秋の繁忙期のために、「帰ります。」と、赤川社長の会話を中断してしまいました。
「そうですか、ではまた札幌から近くへ来た際には是非、寄ってください。」と言われました(笑)。私が札幌のギャラリー事情を少し知っていたから、そう勘 違いされたのでしょうね。んで、私たちは「ええ、是非、こちらの方へ来た際は寄りたいと思います。」と言って、沼田町に帰りました(笑)。
それにしても、赤川社長の膨大すぎるコレクションと、豊富な知識、美術業界にコミットしてきた貴重で長い経験年数、どれをとっても、スゴすぎですよね。こんなスゲーおやじが私の近所に住んでいるなんて、ビックリですよねぇ。しかも&きっと、こんな赤川社長の情熱を受け止めるだけの人物は深川市内にはいないでしょうね。たとえ、渡辺貞之画伯でも。これまた、ある意味、コレクターの孤独かもしれません。
■今度いつか、『赤川絵画塾』とかでも開いてもらって、絵の紹介をしてもらいたいですね。エルエテ@なべブルトンが「共犯新聞ゲストブック;発言No.92」で言っていた「自分が絵描きを目指すのに勉強に行くというのでは無くて、観に行くのです。日本の教育は「絵の勉強」と言うと『絵を描くのを習う』としています。」という言葉の重要性を思い出しました。
後で渡辺通子画伯に聞いたのですが、「赤川社長は共産党から深川市長選挙に立候補したことがあるんですよ。」とのこと。これまた、びっくりでしたが、ブルジョワの共産党員っーのも、なんだかカッコイーではないかな?
■ところで、今年の2月に北海道道庁の競争入札の資格審査が深川であったんですが、私も行って順番を待っていたら、私のひとつ前に、一生懸命に役人に説明している老人がいました。「あっ!」と思いきや、やはり赤川社長でした。
ヘビーなコレクターも、共犯新聞アナーキストも、普段はふつーの社会人なんですねぇ(笑)。

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And Mr.井内正樹 will sing, waiting for the gift of sound and vision
>普通は、この位の年になると、〕召螳媼韻覆過ぎる ▲爛轡躔な気分になる

■いやぁ〜メンボクない(笑)。なんだか、ゲストブックやEメールで多くの方からバースデー・メッセージを頂き、なんだか強制したようで恐縮です(笑)。
■私のバースディー・パーティはドクター中神からいただいた牛肉でスキヤキをして、函館「無添加ブルーベリー・ワイン」を飲みました。
このワイン、葡萄じゃぁーないから邪道っぽいけど、なかなかどーして。何しろ、色と香りが「シャトーすずめ」に似ているので他人とは思えません(笑)。
今度、函館の実家に行ったら飲んでみてください。確か980円ほでで買えますよ。
・・・あ、そうそう、今日の早朝、午前2時に我が社の社員が家族全員で函館から青函連絡船で弘前に向かっているんですよ。
今ごろはもう青森だね。長男が弘前大学に合格したんで、昨日の夕方、仕事を終えてから、家族全員5人で沼田町から車で出発したんですよ。
長男だけおいて月曜日には帰宅予定です。その長男は弁護士を目指しているようです。弘前って、どんなトコだろう?ケントーもつきません(笑)。
それにしても私も子どもが成人していてもおかしくない年齢になり、もしかしたら同級生でもう孫がいるヤツ、どっかにいるんだろーなぁ。ゾッ。




123
Reply 赤川の社長に捕まる時間。 bokemi URL 2005/04/03 13:40


一面書き換えありがとうございました。まあ、私もそろそろ腹をくくらないといけませんね。絵を見られるのと、文章を読まれるのと、どっちが恥ずかしいかといえば、本当は絵の方が脂汗なんだと思います。

赤川のしゃちょーはねえ、ほんと、職員室ではあれこれ忘れたり、(セカンドバック忘れていったこともある)ホント、いろいろあるんだけど、わたし もまたいろいろ無理を言ってきいてもらえるので、好きなんだなあ。春先に社長が持病のぜんそくが出てきてるの、ぱっと声聞いただけでわかって、驚かれたこ とがあります。
わたしは、職員室で時間があるときは、赤川さんに絵の話を振って、故意に捕まります。すると出てくる出てくる、北海道美術の生き字引?コレクター魂に火を つけて語らせたら、ほんと夜が更けてしまうんでしょうね。(「赤川絵画塾」賛同します!!)私はホントに作家さんに関しても赤川さんの口からこぼれる話の 半分もわからないのですが、あとで、ああ、この人。とか、新日曜美術館のアートシーンとか、美術系雑誌でみて驚くわけです。赤川さんのギャラリーでも、そ ういう話を聞かせてもらえるといいですよね。
わたしなんか、あんまり赤川さんの凡ミスを、いつまでもダメな人みたいにいう先生とか職員、沸々・むかむかしてたりしますからね。あんたに何がわかるんじゃ!
だから、わたしは時々職員室で赤川さんに捕まるんです。

沼田中学校、今度、美術の先生はいられますよね。
ご子息のつくった流木の椅子、幸田さんに見せてもらったことがあるんですよ。全道造形大会で。ちなみに、材料の流木は、中札内産なのですよ。ほほほ。中学校の美術の先生も、久保氏ご子息とは露知らず、でしょうね。だいたい、美術の教員はなかなかギャラリーにいませんか。





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Reply 絵を見られるのと、顔を見られるのと、どっちが恥ずかしいか 久保AB-ST元宏 URL 2005/04/04 01:25


Ms.bokemi could make a transformation as a rock & roll star
>絵を見られるのと、文章を読まれるのと、どっちが恥ずかしいか

■妊婦経験のある方が「腹をくく」ると、スゴイことになりそーですねぇ。
■個人的なEメールすらも、同時に多くの他人にバラまく(←いつも多くの方に迷惑かけて、すまぬ・が。)私のメディア欲(?)に対して、ギロ男爵にも見抜かれましたが、男爵は久保元宏評を「露出好きって感じですしね(笑)いや共犯新聞の第一印象が「いい意味で」そんな感じがして、個人サイトの使い方として感心したものでしたよホントの話。」と先日、書いていました(がくっ)。
だからまぁ、「見るまえに跳べ」ってゆーか、「恥かしがるまえに送信」ってゆーか。
そもそも、個人情報保護法っ てゆー天才的ザル法が施行されたこの4月、本名&住所(!)&職業をウェッブ上に公表して、しかもこの内容なんだから、いつモロトフ・カクテルがモトヒロ 書斎に投込まれてもおかしくは無いのよね。まぁ、だから&せめて危険防止(?)のために家族ネタぐらいは控えているんですよ、実は。まぁ、気休め以下にし かすぎませんがね、んなコトぐらいじゃ(笑)。
■いずれにせよ、私たちがゴッホやジャコメッテイの「手紙」に今も感動させられるのは、表現者の熱量のピークにある才能はジャンルを選ばないということでしょう。
ところで、ゴッホは明らかに天才ですが、もし油絵具が発明されていなかったら、彼の情熱の放射はどのようにされたのでしょうか?
今も毎日のように交互に登場してはマスコミを賑わしている「犯罪者」たちも、もしかしたら、未来に発明される予定の芸術ジャンルが間に合わなかったばっかりに、有り余る情熱の放射を閉じ込める術を持つチャンスを逸してしまったダケなのかもしれません・よね。
そしてまた同時に私が思うのは、マルセル・デュシャン以降の「芸術」はまずコンセプトが剥き出しになったところから始まるようになっちゃったので、赤瀬川源平が絵を描こうが小説を書こうが、その両者の視点(=コンセプト)は同じなんですよね。
つまり、ゴッホの「手紙」と、赤瀬川源平の「小説」は、画家による文章として書くことに向かう精神の構造が似ているように見えますが、私に言わせれば、 まったく違う。ゴッホは絵も文章も、無意識の発露として向かったのだろーし、赤瀬川源平は自身の持っている問題意識を一度、抽象化することによって同じ熱 量で、絵と文章それぞれにパラレルに向かうことができたのだ、と思います。そしてそれは赤瀬川源平のみの事例にすぎないのではなくて、デュシャン以降の全 ての作家(=もちろん、貴女も・笑)の方法論として染み付いているのですよん。
まぁ、今、書いた私の考えをもっと詳しく述べれば、かなり画期的な美術論の本が一冊でっちあげられるでしょう(笑)。

>あんたに何がわかるんじゃ!だから、わたしは時々職員室で赤川さんに捕まるんです。

■あー、赤川社長は今でもご本人で各学校に営業&配達に日参されているんですか!
おお、正直申しまして高齢ですし、どー見ても大きな会社であると私は思っているもんですから、社長室にドカッと座っていたり、東京出張中心の企業生活であると思っておりました。零細企業の社長(=私・笑)としては、大いに見習わなければなりません(がくっ)。
■結局、私は一度しか赤川社長に会ってはいませんが、本人にはもちろん、もう一度見てみたい赤川コレクションの中の絵が沢山、私の記憶の中で騒いでいますよ。

>ご子息のつくった流木の椅子、幸田さんに見せてもらったことがあるんですよ。全道造形大会で。ちなみに、材料の流木は、中札内産


■その大会って教師間の研究会ですか?ふ〜ん。なるほど、そーゆーのってあるんですねぇ!
ネット検索で調べたら、山崎さんが「2008年の開催が自分のエリアの石狩だ!」と今から張り切っている様子をキャッチしました。彼らしいですね(笑)。
■それと、あの流木のキリンの首みたいな椅子、渡辺通子画伯も知っていました、そー言えば。
そっか、そこで見たのかな?
あ、先日、若林博士と話していたんですが、今度、通子さんトコの「ミニ・ギャラリーうなかがめーゆ」の庭でワインを飲みたいなぁ〜っ、と。できれば、右奥 の天使の像のある空間に弦楽四重奏楽団がモーツアルトでも演奏してくれて、私はお気に入りの左奥の家屋に近い部分の梨の木の下のテーブルで「シャトーすず め」か冷やしたシャブリなんかを飲みたいですネェ。
去年もそこに長女(=空夢・そらん、1997年生れ。)と座っていたら通子さんが、モリモトのレモン・ゼリーとコーヒーを持ってきてくれました。なんだか、いつもタダでコーヒーをご馳走になり面目ない(笑)。
■んで、流木の椅子、沼田小学校から持って帰るのに苦労しましたよ、デカスギて(笑)。
丁度、若林博士が遊びに来ていたので、博士の車の背が高いので、それで運びました。
運んでいる最中、ふつーに小さな手造りの椅子をちょこんと持って帰宅している沢山の小学生とすれ違ったんだけど、そのたびに心の奥で「がくっ。」。
■ちなみに、中札内の役場には、「北の・みらい塾」で私と同期だった面白い男がいますよ。

>中学校の美術の先生も、久保氏ご子息とは露知らず、でしょうね。だいたい、美術の教員はなかなかギャラリーにいませんか。

■知ったところで、どーなる(笑)?
今日、妻の誕生日だったんで旭川で中華料理を喰っていたら、「二人とも髪の毛を切りなさい。」と妻に言われた(笑)。
考えてみれば私が中学生の時代(1970年代中盤)には、「頭髪検査」ってのがあって、
1.前髪は、マユゲにかからない。首を振って、かかるのもダメ。
2.モミアゲは、耳の半分まで。
3.横髪は、耳についてはいけない。
4.後髪は、学生服のカラーに付いてはダメ。
ってーのだったが、今の息子は全てダメ(笑)。今の私は、妻よりもロンゲ(がくっ)。
■ところで私の誕生日にはベース・ウルフが死んだんですが、妻の誕生日にはローマの方で死んだ人がいましたね。
んで、妻の誕生日の4月3日に共同通信社のHP「チャンネルK」に、そこの編集部の伊藤圭一さん(1958年生れ)が「西山明さん亡くなる」というエッセイを書いていました。
伊藤さんのエッセイによれば、「共 同通信社編集委員の西山明(にしやま・あきら)さんが亡くなった。55歳。1日の朝のこと。病状は芳しくないと伝え聞いてはいたのだが、一報はショック だった。教育や家族問題をテーマにした仕事が多かった。『アダルト・チルドレン』『少年漂流記』『家族漂流記』などの著書などの著書も多い。書くことに精 力的な人だった。」とのこと。
西山さん自身は私は知りませんでしたが、著書名はどれも知っていて、ああ、あの人か、っー感じです。
伊藤さんは共同通信社に入社する前は教育論の出版物で有名な太郎次郎社にいたので、彼自身も教育論にかかわってきていた人です。
この転職する間の1年間、彼は早稲田マスコミ塾とゆーのに通うのですが、実は私も彼とそこで同期生で、年下の私はよくかわいがってもらいました。お互いの作文の批評をしたり、酒を飲んだり、泊めてもらったり、羽仁五郎の追悼集会に行ったりしました。
そー言えば、この時の仲間に今は小学館の雑誌『教育技術』の副編集長をしている男もいます。
今、考えると、もう22年ほど前ですが、そのころ私も彼らに鍛えられながら教育論を考察していたんですね。忘れていました。




125
Reply 甲子園が終わりました 井内正樹
2005/04/04 22:05


こんばんわ。
やっぱり、愛工大名電は強かったですね。今年は、伝家の宝刀のバント大作戦は、
殆どせずに勝っちゃいましたね。今回に限れば、ダントツの実力でした。駒大は、
愛工大のレベルを目指して、もう一度立て直しですね。
それにしても、今回感じたのは、甲子園はやっぱり、夏に勝るものはない、という
こと。あのウダルような暑さが、数々のドラマを生み出す元を作るのでしょう。
それは、観客にも伝わっているようで、今回の選抜は、一度も満員にならなかった
のではないかと思いますから。


あと、吉川さんの息子さんって、優秀なんですね。僕は現役の時に受験して落ち
ました(ガクッ)。弘前は、青森県西部の中核都市で、綺麗なお城に、その回りに
咲く桜が有名な街です。バリバリの津軽弁を話す人が多く(かなり難解な方言です)、
確か、太宰の出身地もこの辺ではなかったかと。太宰といえば、「津軽」の他に
「人間失格」なんかがありますが、あの小説は読んだことありますか?僕は高校の時
に読みましたが、あまりにも内容が暗すぎて、しばらくニヒレズムに陥りました。






126
Reply 壁はコンクリートだったんですね! 月見猫
2005/04/05 09:27


おお英語バージョン「失われたヒヤシンス」こうなりゃ全文見たいなー
と、思った瞬間、魔法の扉を開けるようにちゃんとリンクが貼ってあって
スバラシイ。金星5つあげたい。

坂田くんもスバラシイ。ちゃんと英語でも元のメロディーに乗せて歌える
ってところに心を砕くなんて。

もともと日本語って桑田圭祐でもなけりゃ音符1個にひとつの音しか乗せらんないのに、
英語なら「shy」とか単語まるごと乗せられるもんね。
多弁になるのってそのせいもあるよね。

「分かんだろ?」なんて台詞も、そりゃyouに向かって言ってるに違いないが
往々にしてyouを明文化しないのが日本語だしねー。

感動しまくって読んだのだけど
君に出会った「今」を
Oh what can I say, I finally got

と詠んだのは、坂田くんの感性としての作品だね。

あたしとしては「ヒヤシンス」は希望の歌かも知れないが
その「希望」って
「とっくにあきらめたはずなのに まだ捨てられず持っている」
的ニュアンスを感じるのですよ。

>気持ち(=美意識)が言葉と一緒に伝言されている(のかもしれない)とゆー、せつなさ・だね。人間は、こーゆーコトにエネルギーをかけたくなる動物であるうちは、私には希望を持てるよ。
そして、この行為にこんなコトの隠喩を見てしまわないかい?⇒社会、家族、教育、愛(がくっ)。

↑人間以外の動物は物理的な遺伝子で過去から未来へ伝達していくけど、言葉や絵や音楽は遺伝子を超えて気持ちを伝えられる手段なんだね。
動物に芸術が必要ないのは、そういう手段で確認しあわなくてもいいくらい、あいつらが常に宇宙のリズムと呼応しているからかもしれない。








127
Reply 失われたボンボヤージュ 歌い手・Y
2005/04/05 22:47


た いそうなコメントの嵐で難しいのだが、大したものではある。私の様に単純なソナタにとっては、ロスト・ヒヤシンスでサカタが最後に弾いたビートルズの曲リ フや、イントロでのギターとドラムの絶妙な掛け合い、そして曲中のクボのスカビートとベースのせめギ会い、その割りに歌い手は結構歌い上げている。変なバ ランス。そのバンド・バランスこそが、この曲の詩にも通ずる全てではないのか。。その辺が当時、80年代ライブハウス・ギャルの癒しになったのだ。 私の歌は何を歌っても私でしかないのだが・・さすがにマリワナの後にこの曲やったら、客は,ホットするわなわなー・笑。
この、ロスト・ヒヤシンスであるが、現2005年にはオレンジレンジが、花・という曲で受け継いでいるではないか・・笑。歌い手は、かなり何にも考えていませんでしたからー・・久々の、残ねーん・かはは





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Reply Re:失われたボンボヤージュ 歌い手・Y
2005/04/05 22:49


> たいそうなコメントの嵐で難しいのだが、大したものではある。私の様に単純なソナタにとっては、ロスト・ヒヤシンスでサカタが最後に弾いたビートルズの曲 リフや、イントロでのギターとドラムの絶妙な掛け合い、そして曲中のクボのスカビートとベースのせめギ会い、その割りに歌い手は結構歌い上げている。変な バランス。そのバンド・バランスこそが、この曲の詩にも通ずる全てではないのか。。その辺が当時、80年代ライブハウス・ギャルの癒しになったの だ。私の歌は何を歌っても私でしかないのだが・・さすがにマリワナの後にこの曲やったら、客は,ホットするわなわなー・笑。
> この、ロスト・ヒヤシンスであるが、現2005年にはオレンジレンジが、花・という曲で受け継いでいるではないか・・笑。歌い手は、かなり何にも考えていませんでしたからー・・久々の、残ねーん・かはは





129
Reply 元祖ビジュアル系は、私ではなかった。やっぱし。がくっ。 久保AB-ST元宏 URL 2005/04/06 12:15


There is Mr.歌い手・Y, you drive like a demon from station to station
>ロスト・ヒヤシンスであるが、現2005年にはオレンジレンジが、花・という曲で受け継いでいるではないか

「失われたヒヤシンス」は歌詞に「♪血だらけで立ってる38度線」と歌われているように、対立の象徴としての朝鮮半島をイメージに置いているんだけれど、
さらに歌詞に「♪知らない谷間に咲いている」とか、
「♪米軍キャンプの金網を
登っていく女の子が見える
とても小さな女の子で
カーディガンが金網に絡む」とか出てくるので、作詞した当時は思わなかったけれど、
もしかしたら、現2005年には北朝鮮拉致問題が、「失われた横田めぐみ(1964年10月5日生)で受け継いでいるではないか?

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I'm going stateside with Ms.月見猫♪
>「ヒヤシンス」は希望の歌かも知れないが その「希望」って「とっくにあきらめたはずなのに まだ捨てられず持っている」的ニュアンス

■「失われたヒヤシンス」を作曲した当時は確かアレルギーとの交流が深まってゆく途中だったかな?
まぁ、当時はサディ・サッズとかマダム・エドワルダとかってゆー澁澤龍彦・勘違い路線の化粧バンドが流行していて、そんなヤツラに限って暗い曲を書いていたんだよな。
んで、もちろん、そんなのはキライな私(=相変わらず、性格悪ぅ〜♪・笑)は彼らと対極の曲調をイッパツ作曲してみたわけじゃよ。
私 はご存知のように音楽の知識が無いので、単純に「C」と「Cm」とゆーよーに、コードの2種類で、曲の種類も「メジャー(=明るい)」と「マイナー(=暗 い)」の2種類に分けられると、超・単純に感じていた(笑)ので、「マイナー(=暗い)」な曲=かっこいいという風潮に反して、「メジャー(=明るい)」 コードで作曲してみたのだわさ。
■ところで、ネット検索をしていたら、「日本では80年代にインディーズ・シーンでひとつのムーヴメントを形成したオート・モッド、マダム・エドワルダ、サディ・サッズ、G-シュミットなどが挙げられ、彼らのアプローチは80年代後半から派生した、いわゆる「ビジュアル系」が踏襲しているといえる。」との解説が堂々と掲載されていた。
つ、つまり、この説明では、サディ・サッズとかマダム・エドワルダの進化(?)系が、Xジャパンとか、ルナ・シーとか、グレイとかってーことか(大笑い)?
なーるへそ。私がサディ・サッズとかマダム・エドワルダがキライだった理由が、よーく分りました。ありがとう。
■ところで、アレルギーと一緒のツアーの静岡県のライブ・ハウスの打ち上げの時に、サディ・サッズのやつがいたな。なんでだろ?と、今ごろ思い出した。がくっ。

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There's a starman waiting in the sky♪ Mr.井内正樹'd like to come and meet us♪
>やっぱり、愛工大名電は強かったですね。

■超・グーゼンですが、今回、初めて私の優勝学校予想が当たりましたね(笑)。

>あのウダルような暑さが、数々のドラマを生み出す元を作るのでしょう。

■それはなかなかスルドイ読みですね。
それと今回は結果の点数だけを見るとワリと大味な試合が多かったと私は感じました。それは、井内さんの「甲子園現場実況Eメール」からも感じました。

>吉川さんの息子さんって、優秀なんですね。僕は現役の時に受験して落ちました(ガクッ)。

■私の母校でもある深川西高校で、学年2〜3位でしたよ。ちなみに、1位も沼田町の男子です。
確か彼は塾や家庭教師無しで、小学校の頃から超ストイックな勉強方法を毎日していたようです。
夕食後、家族でテレビを見て大笑いしていても、毎日決まった時間になると勉強を始め、どんなに勉強がノッていても午後11時にはピタッと止めて寝て、午前 6時起床を繰り返していたようです。恐るべき意志の力ですねぇ。しかも彼は陸上部の長距離の選手&部長だったと思います。井内さん的ですねぇ〜。

>弘前は、青森県西部の中核都市で、綺麗なお城に、その回りに咲く桜が有名な街です。

■昨夜、好川君の長男の合格祝いを、沼田大門でやりました。好川家からは、好川君だけの出席でしたが(←なんだよ、それじゃ、ただのオヤジの飲み会じゃんか・がくっ)。
■その前日に弘前に長男だけを置いて残りの家族4人で沼田町まで車で帰宅したのですが、青函連絡船で青森が見えなくなってから、かなりグッときたようです。
■それにしても、我が株式会社久保商店1933年の設立以来、初めての社員の子供が国立大学入学で、めでたい&めでたい。

>太宰といえば、「津軽」の他に「人間失格」なんかがありますが、あの小説は読んだことありますか?

■弘前は近所に棟方志功や寺山修司、三浦雅士の出身地もあるようです。
私のイメージ以上に文化の磁力のある土地なんでしょうね。
■「人間失格」は主人公がマンガ家だったので、マンガ少年だった中学生の時に読んで親近感(?)を持ちました。がくっ。




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Reply 唄ひ手 サバーバン・水海道
2005/04/06 23:17


20 年ぶりに、ロストヒヤシンスの生サウンドと唄が頭に出てきた。確かに、ぐじゃぐじゃ暗いエイティーズのライブハウスで、あの曲をやるのは、俺としても、 いきなり空気の違う曲だった。黒ずくめ80ズの客にとっても、一つの裏切りであり、スタイル無視のアブストならではの曲である。でも、あの曲は必ずと言っ ていいほど,ライブの中盤でやってたね。サウンドはメジャー超だが、内容は目茶重い曲だね。多分、あの後あたりに、パレスチナの憤り・ができたと記憶し てるが・どうだったかな。
ミスター・ロンリーなんて曲もあったね、アブストでは珍しいバラッド調のね。かなり身近な感じの詩だが、今思うとフムフムと頷ける。まあ、当時のクボ氏が モロに登場してるって感じがするな。今でも、その魂は調布・布田あたりでさまよっていそうな・・・・・アスファルトや新しいビルに覆われてはいても・・・






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Reply あぶらだこ harada URL 2005/04/07 06:37


僕のとこの掲示板に書き込み有り難うございます。(^^)

早速、書こう、書こうとしましたが、色んな事を発言しようと酔っぱらった頭で考えてるうちに、のびのびになってしまいました。(土下座)

え〜、ところで、あぶらだこの記事、読ませていただきました。

プ ログレうんぬんとありましたが、彼等といいますか、ボーカルのヒロトモ氏が当時目指していたバックの音は、デスヒートやセックスギャングチルドレンなんか の影響を、凄腕ドラマー吉田達也氏に「こんな感じで」と叩いてもらって実現したのだと思います。パクリ?ともおもわれるフレーズもありまし。

歌詞に関しては、個人的な物事を隠語で現わしてるんでしょうが、ファンの間でも意味不明らしく、まったく解けないみたいです(笑)。生で観れてない僕が述べるのもあれなんですが。。(苦笑)

次回は是非新作の記事お願いいたします。ではまた。





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Reply 缶ビールを片手に 彷徨い続ける 幽霊たち 久保AB-ST元宏 URL 2005/04/07 11:25


Mr.harada's in clover♪ For we're strangers when we meet
>ヒロトモ氏が当時目指していたバックの音は、デスヒートやセックスギャングチルドレンなんかの影響を、凄腕ドラマー吉田達也氏に「こんな感じで」

■月見猫画伯が、ここに「動物に芸術が必要ないのは、そういう手段で確認しあわなくてもいいくらい、あいつらが常に宇宙のリズムと呼応しているから」と書き込んでいたケド、ロックの原初の成立理由みたいなもんに、原始的な呪術の力のようなものを方法論にしようとした、近代の知性の組み替え運動みたいな大きな意志があったと私は思うのだよ。
パンクが登場した1977年ごろ、動脈硬化を起こしていた巨大産業ロックにも、同様の「近代の知性の組み替え運動」が緊急課題であったんだよね。
で、表層の方法論は「原始的な呪術の力」のようなものだったんだけれど、そこへ向かう意識はかなり高度な知的作業であったワケだ。
たとえば、「イギー・ポップはリッチー・ブラックモアより知的だ」、なんて今なら当然のように言えるけど、1970年の段階では逆だったんでないかい?
■そこで、あぶらだこ試論の続きだが、知的な(?)ユーザー側の不満が日本パンク市場にあったことに対する心地よい回答のひとつが、彼らだったんでないかい?
つまり、原始を求める方法論を意識的に選択した者の立場に立った音楽。
もちろん、原始は衝動で生れるもので、意識的に「演ずる」のは矛盾があるかもしれない。
しかし、そのひずみにこそ、ヒロトモがステージに立つ理由がある。んーで、ないかい?

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Stay - that's what Mr.サバーバン・水海道 meant to say or do something♪
>当時のクボ氏がモロに登場してるって感じがするな。今でも、その魂は調布・布田あたりでさまよっていそうな

■「ミスター・ロンリー」の最初のリスナーはM♂D♀KIの戸田だったね。
できたばかりの曲を、例によって真夜中にフラリと安アパートにやって来た戸田に、テレキャスを弾きながら聴かせてやったのだよ。
「久保の歌を聴いて、初めていいと思った。」と言われた(笑)が、残念ながら現在のカラオケには入っていない。がくっ。
■それにしても、「ミスター・ロンリー」っー曲名はダサイ(笑)。
その後、私も詩人としての修行(?)をして、「ミスター・ロンリー」をもっと別の言葉に昇華してみた。
それが、「空中ピラミッドの生活」。つまり、「空中ピラミッドの生活」=「ミスター・ロンリー」って意味だわな。




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Reply Re:缶ビールを片手に 彷徨い続ける 幽霊たち harada URL 2005/04/08 01:01


> ■そこで、あぶらだこ試論の続きだが、知的な(?)ユーザー側の不満が日本パンク市場にあったことに対する心地よい回答のひとつが、彼らだったんでないかい?


ブレイクした時期がちょうど、THE STALINが解散した頃で、パンクに知的なモノを求める方達にも上手くはまったんでしょうね。洒落っ毛あるユーモア含めて。


> もちろん、原始は衝動で生れるもので、意識的に「演ずる」のは矛盾があるかもしれない。
> しかし、そのひずみにこそ、ヒロトモがステージに立つ理由がある。んーで、ないかい?


特にサカンドアルバム以降からその傾向が強くなっているんでしょうね。

横隔膜節では「不安拾特税を納めた言葉は電解し水上置換 胸腔ちぎれる夕暮れに 我歌えば無情の凌乱」と歌っております。





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Reply 僕たちは仲間ー 土木・工事
2005/04/08 21:42


僕たちはー仲間ー・という唄を作って私に披露してくれた榎本君、君のことだから、今も相模湖の近くで友人と役場にでも勤めて楽しく暮らしていることだろう。と、まあ勝手に決めつけてはいるのだが・・・私は君の旧家に泊まり、古い柱時計の
重い雰意気に飲まれ中々,眠れなかったことを昨日のことの様に覚えているんだ。おまけに君の姐さんに人目ぼれし、はしたないこともした、あの春の夜。ひょっとしたら今、君を弟と呼んで、あの柱時計の部屋で歳を重ねていたかもしれないね。人生とは解らないものだよ。
昔、テラから、あぶらだこ・とショーケンの曲が録音されたテープをもらったっけ。あぶらだこ・は
北 極やら南極1号・笑、やらと唄っていて、おもしろかったなあ、パンクでなくちゃいけない、否定的でなくちゃいけない、という肩張った所が無いところが、確 かに当時のパンクの多くとは一線を画していたし、ノージャンルの凄みは隠れたハイセンスと多くの音楽を聴いてきた技の広さのあるバンドという印象があ る。後期は聴いていないので、どのような進化を、あぶらだこ・が遂げているのかは、残念ながら知らないのだが、このディープな世界と違うシーンで音楽に親 しんできた、華や勝にも聴いてもらいたいな。まして楓さんが聴いたら、どんな印象を持ってくれるのか実験してみたいものである。地上のピラミッドを構築す るがためだけに生きるのか、自分ならではの空中ピラミッドに浮くべく感性でいるのか、それは個々が決めることなのだろう。僕たちは仲間ーを,全然違う角度 から詩にしていけば、新たなる共存の可能性が開けるのかもしれないが・・その場面場面で、その人の口にする言葉は、その人の詩だと思う。多分,42歳に なって、榎本は、僕達は仲間・とは残念ながら歌わないと思うのだが、歌っていたら、それはそれで素晴らしいと思う・僕の青春の魂の気体が今でも、あの榎本 旧家の黒い柱時計の片隅に浮いているのではないか・・・一言、愛していた・と言わせて頂けますか・・・





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Reply ネスカッチ・セボンの独り言・ 昼夜・照る也
2005/04/08 22:31


自 分の現存在を卑下してみたり、環境や教育や自意識の成長によって、ある一定の形になってしまった自己を嘲笑するといった損な実験を試みる。それは、美的友 人を裏切ることになり、人前でケツの穴と局部を、くっつけて見せるような、現代社会的には恥の極致であり、人によっては、その後,生きていけまい。社会的 にも実生活的にも得なことは無い。マイナスである。構築という名の中においてはだ・・そういうことを義務教育の後でやることは、身内にとっても迷惑な話で ある。公,他者への反発から始まることは、算数的にも、仲間が生まれる計算になる。要するに公的な中での同士である。だが、自分の中への反発や、疑問符か らは仲間など永遠に作れない。あくまで内相的なことだから・・。仲間,友人はありえねー・なのである。他人との時間的同調はあっても・・・
例えば、一般的に、その場と空気で計算されうる・意外の事・イコール・公の為に作られた自分への内的反発なのである。その場で計算されうる幾重の行為をも 裏切った行為は,他人にとって何ら攻撃的なことでなく、むしろ自己への多大なる咽び泣きであり、真実への瞬間なのである。君は、他人の鏡になっている自己 意外の自己と出会い、魂の涙を流せたのだろうか・・・





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Reply われ唄う ゆえに われ在り 久保AB-ST元宏 URL 2005/04/09 13:21


Over Mr.昼夜・照る也's hill♪ Here comes success♪ Here comes Mr.土木・工事's car♪
>僕たちはー仲間ー

■ああ、フォーク・ギターを猫背でかまえて、ややとがらせたクチビルで、なぜかフラット気味にハスキー度ゼロで歌っていたなぁ。
しかも、歌の後にはビートたけしのモノマネをしてくれた。首をコキコキさせながら。
全てのものには表現の権利と可能性がアル、と、今日のところは日記には書いておこう。

>ノージャンルの凄み

■つねにジャンルから、「ずれ」て行かなければ、自分になれない・とゆー極北の勇気?
ノージャンルとは、新ジャンルになってしまう、お笑いロケンロー☆ライブハウス劇場、っーのもある・がよ。

>僕たちは仲間ーを,全然違う角度から詩にしていけば、新たなる共存の可能性が開けるのかもしれないが・

■そんな宇宙時間の「推敲」のために、無駄に長生き(=死ねない)幽霊1号。

>仲間,友人はありえねー・なのである。他人との時間的同調はあっても・

■それを、「セッション」と呼ぶのか?
「ハイブリッド=異種交配こそ創造の源泉だ」と、うそぶく芸術家。ああ、ご心配なく。だって、この世の中、それしかないんだもん。

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Mr.harada is Subterraneans
>ブレイクした時期がちょうど、THE STALINが解散した頃で、パンクに知的なモノを求める方達にも上手くはまったんでしょうね。

■羅列するまでもないケド、THE STALIN、町田町蔵、P-model(=当時はスターリンとジョイントをやったり、良質なハード・コアだと再評価されていた・笑)なんかは「知的」ユーザーのコンシュマーズ・サティスファイだったんでげしょーね。
ただし、リザードのモモヨとかも、「知的」だったんでしょーが(笑)、町蔵は嫌っていたりして、そこんとこのユーザーとクリエイターの「知的」解釈の格差と分断なんかを分析してみると面白いかもね。

>横隔膜節では「不安拾特税を納めた言葉は電解し水上置換 胸腔ちぎれる夕暮れに 我歌えば無情の凌乱」と歌っております。

■確かに、「正確な言葉」というのは成立不可能であって、そこで負担(=収得)させられる「不安」っーもんは、「税金」みたいなもんだよな。
しかし&それでも、私(たち)には言葉に向かわずにはいられない業(=デーモン)があるんですよね。
haradaさんが、あれほどイヤな思いをしたのにHPを再開せずにはいられなかったのも、同じ性からなんでしょう。
■世界中にたれ流され(=「♪無情の凌乱」)ているHP&ブログの中に、「個人の過去の栄光」を引きずっているものが、かなり多くあります。『共犯新聞』も・か(がくっ)?
つまり、「♪我歌えば」という風に表現活動をしてきたスタンスが、HP&ブログに置換されているのです。
もちろん、私も今はパソコンというキーボード・プレイヤーのパンクスかもしれませんが(笑)。
かつてジョン・レノンが、「ロックンロールはインスタント芸術活動だ。」と言ってましたが、HP&ブログはさらにインスタント度が高いしね。
で、こーゆーHP&ブログは一見、みじめ&悲哀あふれる「村長の思い出話」になりがちですが、高齢化社会の今日、表現活動の場の延長&戦場転換として機能してゆくのであれば、表現の女神は(再び)微笑む・かもね。
■たとえば詩を捨てたアルチュール・ランボーアデン・アラビアで奴隷商人をしながら濃いコーヒーを飲んでいた時代に、HP&ブログがあったとしたら。
きっと、ランボーは表現活動の場の延長&戦場転換をHP&ブログで行っていたでしょう。だって、あいつこそ「言葉に向かわずにはいられない業(=デーモン)がある」男なのだから。
そして&きっと&おそらく、ランボーは再び「♪言葉は電解し水上置換 胸腔ちぎれる」挫折を味わうことでしょう。
それでも、私(たち)はゾンビのように何度も「言葉」に抱きつくのでしょう。自分ででっち上げた「言葉」に裏切られながら、不安という税金を払いながら、ね。
だから、そろ&そろ、言葉の税金の還付をしてくれよー(笑)!




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Reply Re:われ唄う ゆえに われ在り harada URL 2005/04/14 05:04


> ただし、リザードのモモヨとかも、「知的」だったんでしょーが(笑)、町蔵は嫌っていたりして、そこんとこのユーザーとクリエイターの「知的」解釈の格差と分断なんかを分析してみると面白いかもね。

あくまでも僕の解釈ですが、パンクとは知性と肉体性の備わった音楽だと思うんですよね。
歌詞を聴きながら踊れる訳で、久保さんは当事者なので御存じかと思いますが、パンクのライブとか恐かったですもんね。個人的には、リザードのモモヨには肉体性が欠落してるのでパンクではないと。

> ■確かに、「正確な言葉」というのは成立不可能であって、そこで負担(=収得)させられる「不安」っーもんは、「税金」みたいなもんだよな。
> しかし&それでも、私(たち)には言葉に向かわずにはいられない業(=デーモン)があるんですよね。
> haradaさんが、あれほどイヤな思いをしたのにHPを再開せずにはいられなかったのも、同じ性からなんでしょう。

実は、言葉で表現するの、かなり苦手です(^^;)。なので、その言葉で上手く表現できない部分を絵を描いたり音楽を作ったりするんでしょう。
まあ、確かにイヤな思いもしてますが、現在活動出来ない分、ネットで発散しております(苦笑)。あと、人に自分の事を説明する時に、色んな事をしてましたので、「HP見てくれれば何やってきたかわかりますよ」と言ってますので、やはり便利なんですよね〜。

> かつてジョン・レノンが、「ロックンロールはインスタント芸術活動だ。」と言ってましたが、HP&ブログはさらにインスタント度が高いしね。
> で、こーゆーHP&ブログは一見、みじめ&悲哀あふれる「村長の思い出話」になりがちですが、高齢化社会の今日、表現活動の場の延長&戦場転換として機能してゆくのであれば、表現の女神は(再び)微笑む・かもね。

今は、HPなんかは簡単に作れますからねえ。登録するだけですぐ自分のページが作れるブログのレンタルなんかもありますし。
ただの日常だけを書いてるサイトが多いので自分も気をつけてるのですが、久保さんのように様々な話題を取り上げてサイトは見ていて面白いです。

トップページで、マンガ家の岡田史子さんの事にふれられておりますが、亡くなってしまったんですね〜。残念です。
僕は雑誌 「QUICK JAPAN」のVOL.17を読んではじめて知ったのですが、描かれていた時代より今の方がしっくりくるんじゃないかと思うんですよね。今の娘にウケそう な気がいたします。死ぬ直前まで、札幌にすんでたのでしょうか?もしかしたらどこかでお会いしてたかもと思うと。。。合掌。





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Reply 我恥を描く ゆえに われあり? bokemi
2005/04/14 11:41


ああああ、あまりにいろいろなことを思ってしまって止まっていました。ねかせてみました。
忘れてしまう業務日誌・・・というブログの副題は、わたしがbokemiという高校時代からの呼ばれかたに在る意味共通するものがあるかもしれません。bokeは無意識に近いと思うのです。認知症の老人は子どもに近いし。

>つまり、ゴッホの「手紙」と、赤瀬川源平の「小説」は、画家による文章として書くことに向かう精神の構造が似ているように見えますが、私に言わせれば、 まったく違う。ゴッホは絵も文章も、無意識の発露として向かったのだろーし、赤瀬川源平は自身の持っている問題意識を一度、抽象化することによって同じ熱 量で、絵と文章それぞれにパラレルに向かうことができたのだ、と思います。そしてそれは赤瀬川源平のみの事例にすぎないのではなくて、デュシャン以降の全 ての作家(=もちろん、貴女も・笑)の方法論として染み付いているのですよん。

わたしは、頭に思い浮かんだことや、日常をその辺の紙に言葉で書きつづっても、その辺のコップを描いても、よみがえってくるその場の空気は同じです。でも、それが人に伝わるか?・・・なかなか伝わらないから面白いんでしょうね。

子ども時代に関して言えば、戦後の、生活綴り方運動と、生活画を扱っていた時代は、社会が民衆のためのものであったということを大切にしていたと思うので す。最近の教育課程では、作文も、絵も、なんだか今は、レポート・説明文や、工作技術?絵は時間が削られて、さらにコンクールに入賞するための、他者を意 識しすぎたものになっているのが気になります。自分を掘り下げることをしない。自分の意見を持たせない。

> ■それと、あの流木のキリンの首みたいな椅子、渡辺通子画伯も知っていました、そー言えば。
そっか、そこで見たのかな?

あのキリンのような形の頭、素材を生かしていていいねえ、と言ったら、実は久保さんの・・・ということをこっそり教えてもらったわけです。「トントンギコ ギコ図工の時間」という映画を幸田さんが東京で見てきて、そのなかでもやっていた題材なのですね。何処に置いて座っていますか?

>■ちなみに、中札内の役場には、「北の・みらい塾」で私と同期だった面白い男がいますよ。

うわ、だれでしょう。わたしは、高校時代に村の体育館で演劇の公演をやったり、その後1年、野外劇したりサンタを広尾からそりで運んだりするイベントをし かけてたのです。だから、お世話になった人もいます。T桑さんとか?・・・わたしは、そのうち、村人じゃなくなったので、好きな気持ちは空回りしてしまい ましたが。あのときが現在の人生三大反省点の一つです。







139
Reply みんちょう・と読んでね。 すっぽこ明朝
2005/04/14 20:19


とりあえず今日の気分のベストペンネームができたので投稿しました。記憶の残骸の為に・・・
それでは又、明朝ーーーぷっ





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Reply われ在る ゆえに われ恥をかく 久保AB-ST元宏 URL 2005/04/15 17:55


I've got ears and eyes and nothing in my life♪ But I'll survive Mr.すっぽこ明朝's naked eyes♪
>とりあえず今日の気分のベストペンネームができたので投稿しました。記憶の残骸の為に・・・

■投稿の理由が、「ペンネームができたから」であっても、悪いわけがない。
「メッセージ」だけが、メッセージではない。
「タイトル」にメッセージが込められている場合もあるだろう。それが、その言葉ではなくて、その「サイズ」、または「背景色」の方にメッセージが強い場合もある。
もしかしたら、「E-MAIL」や「URL」が添付されていることにこそ、真のメッセージがある場合もある。
もちろん、私以外からはあまり使われていないが、せっかくサカタ&かえで嬢がセッティングしてくれた「画像」に何を貼り付けたかが一番強烈なメッセージとして読める場合もある。
だから、「ハンドル名」=「ペンネーム」だけの書き込みでも、それがわすれてしまう業務日誌としての、世界一短い詩であっても、私は驚かない。
しかし、最もスゴイ☆メッセージ&世界一短い詩が、「削除キー(数字4桁)」に込められていたとしたら、私はあの愛地球博のマンモスのように永遠に凍りつくだろう。

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Ms.bokemi's Sunday♪ Look for the cars or signs of life♪ Where the heat goes♪
>bokeは無意識

■なるほど。フロイト版『老人力』かも(?)。
っーてコトは、ボケ老人の徘徊とは、フロイトの言う「夢判断」か?
私の会社は老人ホーム数箇所に米を納品しているんだけど、boke専門の老人ホームもあって、私も時々、そこに配達に行きます。
今度、そこへ行くと、徘徊している大勢の老人ではなくて、さまよっている無数の無意識である・と、見えてしまいますなぁ〜っ。きっと。

>でも、それが人に伝わるか?・・・なかなか伝わらないから面白いんでしょうね。

■私たちは時に、無意識ってーやつに過剰な期待(=価値)を持ちますよね。
それはきっと、あきれるぐらいに具体的な日常をやりくりしている私たちが、その堆積された具体性の奥にひっそりと潜む、抽象的な広がりに魅力を感じているからなんでしょう・ね。
んで、その「抽象的な広がり」は時に「普遍」と誤読され、「伝わる」という希望を準備します。
■具体的なことは伝えやすいけれど、抽象的なことは「なかなか伝わらない」。
たとえ具象画を描いても、具体的な業務日誌を書いても、伝えたいことは抽象的なことであったりするし、ね。
そして、私たちが「表現」に向かおうとする時は、いつも初期衝動の中に、そんな欲望が染み込んでいる・んーだよね。

>戦後の、生活綴り方運動と、生活画を扱っていた時代は、社会が民衆のためのものであったということを大切にしていた

■目の前ですぐに崩れてしまいそうな時には、大切にします。
たとえば、恋愛3日目とか、コンピューターの横のワイン・グラスとか、米軍に守られている民主主義とか。

>コンクールに入賞するための、他者を意識しすぎたもの

■受験勉強の達人になると、問題用紙を見ると、まずは問題作成者の意図を読むことから始めるんでしょーね。たぶん。
それは&それで、きたえられたテクニックなんでしょうが、確かに相手の思考を先回りすることのみにたけた人間ばかりが作られますよね。
まぁ&でも、それは最近のことばかりではなくって、私なぞはよく「ヘリクツばかり言うな!」と言われましたもんね(笑)。
1945年以前のニッポンならば、もっと「自分を掘り下げることをしない。自分の意見を持たせない。」教育がされていたのかもしれないし。
ただし、その閉塞から近代的自我を作り出したのが、文学者やゲージュツ家たちの役目だったんでしょー。
大昔に読んだ橋本治と糸井重里の対談集『悔いあらためて』(1980年、北宋社)の出だしは今でも印象的。

橋本 子供のころ屁理屈ばっかり言うなって言われてた。
糸井 どうしてさあ、自分が屁理屈にいたったかっていうことは、思いあたる?
橋本 屁理屈だって思ってないもん。
糸井 ハア。今も?
橋本 思ってない。今はね、楽しんで「じゃ、屁理屈言ってあげようか」っていうとこあるけど。子供なんてサ、ある意味で真剣じゃない?いつも。だから、真剣になんか言うと、「そういう屁理屈を言っちゃいけない」と。で何でそれが屁理屈になるんだろうって考えるのね。でもそのこと言って怒られるのがこわいから自分の中に引込めちゃって、ジィーッと考えてる。そういうのがゴミの塊(かたまり)みたいな感じでいっぱい残ってて。
糸井 澱になってんのね。
橋本 そう!

>何処に置いて座っていますか?

■流木キリン椅子は、ただいま久保商店のショールームに飾られている花の台になっています(笑)。
■あ、ところで先日、渡辺通子さんの家に遊びに行って来ましたよ。「ギャラリーどらーる」掲示板に、ちょいと書きましたが、読みました?

>うわ、だれでしょう。わたしは、高校時代に村の体育館で演劇の公演をやったり、その後1年、野外劇したり

■中札内村の役場職員は、川尻年和くんと言いましたね。私よりも7歳年下でしたが、当時からオヤジ顔(失礼!)でした。
でもまぁ、彼は芸術に興味ってーよりも、無難&器用に仕事をこなして、最低でも助役になる男でしょう(笑)。
この時の「北の・みらい塾」の同期性には、鹿追町教育委員会の平山宏照くんもいて、私が雑誌『しゃりばり』に、神田一明画伯のことを書いた時 には、神田日勝未亡人のミサ子さんを紹介してもらったり、一明さんの死んだ旧友の追跡調査をしてもらったり、古い美術同人誌をFAXで送ってくれたり、多 くのデータを集めてくれてお世話になりました。いまから考えれば、それが私にとっての北海道画壇との関わりの最初だったんですねぇ。
「北の・みらい塾」の酒飲み会の時に、バカ騒ぎをしていた時に、冷静に「これは言ってる人が面白いのではなくて、言わせている久保さんの持って行き方が面白いんですよ。」と、真面目に分析していたのが、中札内村の川尻くんでした(がくっ)。

>好きな気持ちは空回りしてしまいましたが。あのときが現在の人生三大反省点の一つです。

■「現場を離れる」時には、「裏切り者」になるという方法も一つありますよね〜。
転勤族は、そんな危険を保有しつつも、現代のさまよえるジーザス・クライストとなって、文化&方法論の衝突の磁場を作ってほしいですね。
まぁ、それが転勤すらできないしがない自営業者からの願いですじゃ。メディアとしての転勤族。ってことかな?

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Mr.harada's back on Suffragette City♪ Oh don't lean on me man♪
>パンクとは知性と肉体性の備わった音楽

■つまり、パンクとはバレエだね。
そー言われれば、私のパンクスとしてのステージは正解だった(と、ひとりで納得)。

>言葉で表現するの、かなり苦手です(^^;)。なので、その言葉で上手く表現できない部分を絵を描いたり音楽を作ったりするんでしょう。

■うらやましいですねぇ。実は公然の秘密なんですが、私は超音痴なんですよ。ギターのチューニングすらできないぐらいに音の高低が分からない(笑)。
「われ唄う ゆえに われ在り」ってー格言(?)から言えば、私は存在できない(笑)。
だからまぁ、ステージでは跳んだり(=1980年代、世界で一番高く跳べるギタリスト自己申告認定保持者です・がくっ)、わめいたりしていたんですが。
haradaさんは、絵や音楽で「上手く表現でき」ていますか?




141
Reply Re:われ在る ゆえに われ恥をかく harada URL 2005/04/15 23:14


>「われ唄う ゆえに われ在り」ってー格言(?)から言えば、私は存在できない(笑)。
だからまぁ、ステージでは跳んだり(=1980年代、世界で一番高く跳べるギタリスト自己申告認定保持者です・がくっ)、わめいたりしていたんですが。
>haradaさんは、絵や音楽で「上手く表現でき」ていますか?

テクニックがあるからと云って、いい音楽が作れるわけじゃないですからなあ。その辺は、NW & NO WAVEの連中が証明してくれております。
今の僕は。。。上手く表現できてないです。大変申し訳ないのですが、久保さんが観覧された時の個展の作品は駄作でございます。。。(泣)





142
Reply 美しげ ポルノスキー・ペレトベレンイカ
2005/04/15 23:29


私 には、若き美しひ頃、年頃のおんな2人に、自分の、うんこぶらりを見られた美しき蒼きドナウのごとし青い体験がある。しめくくりは、かなり綺麗であるが、 かなり悲惨な話である。当時の御二人は、とても嬉しそうな顔をしていた。もしくは取り繕うのに精一杯だったかどっちかだ。かつ私は、なぜか怒られてしまっ た。危害は加えていないのだが・・・どちらかと言えば私は犠牲者ではないか。旧クボのアパートのボロトイレの鍵を締め忘れたのは私の責任であるが・・・」
クボはだいぶ恐縮しているようだが、彼はメロディー音痴だが、詩の吐き捨て・である。
声量としては、メロディーを無視すれば、バンドで一番であらう。不気味なでかい声だ。裏返りもする。
拍子外れなところが逆に印象深い。まあ、ほめれば・の話だが。そこに無限性があったのも事実だ。
ポップなのにアバンギャルド、その一言であらう。かくいう私も、とんだ失態を繰り返しながらも、
何にも懲りていない無謀なる首狩り族であらう。





143
Reply われ不在 されど 歌は残る 久保AB-ST元宏 URL 2005/04/16 10:40


Heavenly wine and roses, Seems to whisper to her when Mr.ポルノスキー・ペレトベレンイカ smiles♪ Sweet Jane !
>詩の吐き捨て

■まぁ、私はメイン・ボーカリストのポルノスキー・ペレトベレンイカ公爵への「合いの手」として、その行為をさせていただいていたわけでして。
それは、はるか&いにしえの、民謡「♪やっしょー&まかしょー、やっちゃん&外笑〜♪」的伝統芸能の保守本流の後継者であったわけとです。
それを聴いたニューヨークのイースト・ヴィレッジのビートニク詩人は、「Oh, これこそポエトリー・リーディングでやんす!」と狂喜し、
同じニューヨークのハーレムでは、私の歌唱を参考にして新しい音楽スタイルを構築していった。
それが、今に伝わる「ラップ」である(←もちろん、大うそ・がくっ)。

--------------------------------------------------------------------------------

So Mr.harada your sweet head♪ I'm just about the best you can hear♪ Gonna rock it in your head♪
>今の僕は。。。上手く表現できてないです。

■「テクニックがあるからと云って、いい音楽が作れるわけじゃない」のに、「上手く表現できてない」のであれば、表現者はいったい何をすればいいのですか?
そう考えれば、努力(=練習)すれば技術が身につく、ヤマハ・ピアノ教室的芸術活動っいて、あらかじめ「何をすればいいの」かが提示されているから、それだけで楽ですねぇー。




144
Reply お久しぶるとんです。 ブルトン
2005/04/22 18:10


久保様 1ヶ月ぶりでありんす。
大阪ってこんなにタコヤキヤ多かったっけ?と言う感じです。
百貨店で並んだの嘘みたいです。
先日静物画の赤穴宏先生が「中村つね賞」と言う、大変権威ある賞を受賞され、銀座でパーティーがありました。もちろん私も僭越ながら招待され出席したのですが〜
「最年少で受賞され〜」と言う有難い主賓の方のご挨拶から始まり〜
ん!ちょっと待てよ!先生っておいくつだったっけ?83?え!ゑ!江!?千葉工業大学名誉教授の先生も上がり気味で「どんどん新しいことにチャレンジします!」なんて言ってました。丁度半分の歳の私は隅のほうで携帯を弄ってイジイジしてました。
そういえば、こちらもお元気な門馬さん(確か85?)のギャラリーで、Lエテチャイルドの本田君がやってるけど久保さん言った?確かライブもやるらしい応援たのむで〜。ではまた。





145
Reply ぶるとん不在 されど Lエテチャイルドは残る 久保AB-ST元宏 URL 2005/04/22 22:42


Boys, boys, its a sweet thing, sweet thing♪ If you want it, Mr.ブルトン, get it here, thing♪
>大阪ってこんなにタコヤキヤ多かったっけ?と言う感じです。百貨店で並んだの嘘みたいです。

■ってことは、大阪の路上で立っていると、テレクラのポケット・ティッシュが配られるがごとくに、タコヤキが手渡されるのだろうか?
その時の手渡され方は、熱いタコヤキが、そのまま「ホイッ」と投げられるのか?それとも、ツマヨウジが使われるのだろうか?
素晴らしい街じゃぁーないか!阪神タイガースも好調だし。
エルエテぶるとん@ちゃんこ鍋ギャラリー2号店大阪本社がオープンしたら、『共犯新聞』大阪VIPの井内正樹さんも訪問するつもりで、待っているよーですよ。

>静物画の赤穴宏先生が「中村つね賞」と言う、大変権威ある賞を受賞

■無知な私に優しいGoogle検索で「中村つね賞」を調べても、出てこず、「おいおい、本当に”大変権威ある”んかよっ!」と思ったら、なんと、「中村彝」と書くんですね、御見それいたしました(がくっ)。
こんな難しい漢字、書けねぇーよな。コンピュータ画面上では、この名前自体がジョージ・スーラの点描画のよーでスーラ
■まぁまぁ、でもね、さすが北海道生まれ(←ほとんど生まれたダケだけど)のレッド・ホール・カモン!
北海道新聞に写真入りで、受賞後の1日個展が紹介されていましたよ。それも芸術欄ではなくて、社会面で。ふむふむ、いいことだわねぇ〜。
■それにしても私は赤穴画伯を君に紹介されてから、他の画家の静物画を見るだびに、赤穴スタイルとの差異の確認から入るクセがついてしまったとです!

門馬さん(確か85?)のギャラリーで、Lエテチャイルドの本田君がやってるけど久保さん言った?

■言った、言った。確かに言った。『共犯新聞』1面でも、言った。でもまだ行ってない。ライブは29日(ヒロヒト記念日)だよね。本田君の紹介記事も、北海道新聞に写真入でちゃーんと載っていたよ!
北海道新聞もエルエテぶる男爵がお留守でも☆ちゃ〜んと、赤穴大先生@勲章保持者から、ビギナー本田画伯までカバーしていて、偉いねぇ〜。
■今年の春は、私にとっての絵の先生=エルエテの父が大阪にUタコヤキ就職し、ギャラリーどらーる掲示板も 無理して偽装春眠されていて、実は私の中で美術への興味が終わろうとしかけていたので、この機会に門間ギャラリーのベランダでキリリと冷えた安物ワインで も飲みながら、自分の中の美術ソウルと、エゾリスの労働運動について考察してみようかなぁ、などと伸ばした髪に指を入れております。
■ところで、札幌市南1条西24丁目リードビル2Fの空き店舗スペースは、再開したのかい?




146
Reply うつろう季節 マッシキ・レビュウ
2005/04/27 22:11


今回の,ペンギンの日々。海の色きれい。初夏の前の未だ肌寒いけれど、たまに吹く風が心地よい
みたいな感じ。でも沼田町のように、町角に柵越しに温泉があって、好きなときに混浴できる所が
うらやましい。きっと紺色の地味な浴衣を着た若女将かなんかが、人の背中を流したりしてるんだろうなあ。うらやましい。こないだ夢の中で幽体離脱して、そこの風景を見たよ。空を飛んで行くよ。





147
Reply 若女将・不在 されど 幽体離脱 久保AB-ST元宏 URL 2005/04/28 13:56


Sweet Thing (reprise)♪ Is it nice in Mr.マッシキ・レビュウ's snow storm, freezing your brain?
>今回の,ペンギンの日々。海の色きれい。

■さすが、いいところに気がついたねぇ。マンガはやはり、複合メディアだな。
私が最近お気に入りの「青」は、下に添付した佐藤武画伯が描いたもの。
彼の個展の感想を私は「2005年に買ったモノ」にも書いたけれど、ギャラリーどらーる掲示板「2005/04/27(Wed) 09:58 No.2807 個展『佐藤 武 展』 〜〜 閉じた窓の熱 開いた窓の風 〜〜 」のほうが読みやすい・かも。
■それにしても、1980年代のアナログ版『共犯新聞』はB4片面白黒コピーだったので、月見猫画伯の色のセンスは共犯できなかったのよねんのねん(=清原・風)。




148
Reply 昨日は有り難うございました。 金星人(本田征爾)
2005/04/30 21:55


どうも。

昨日は遠方より来ていただいて感謝です。

挨拶もろくに出来ずに申し訳なかったです。

私はこの5月中頃〜11月頃までまたまぐろ延縄調査船に乗ってきます。

それから帰ってきて、
来年は2月に京都の立体ギャラリー射手座(昔、裸のラリーズがライブしたことあるそうですが…)にて個展を、4月のこの時期にまた門馬さんの所でどうように、船で描いてきた絵を展示する予定です。(F.H.C.さんにはその両方で演奏して頂くことにもなっています。)

という感じですが、
こんな不肖な私ですがこれからも宜しくお願いします。
それでは失礼します。





149
Reply F.H.C.は、坂本順子画伯の作品の前で演奏をした。 久保AB-ST元宏 URL 2005/05/02 23:34


Transition♪ Transmission♪ Oh Mr.金星人(本田征爾)'s TVC one five, oh oh, TVC one five♪
>昨日は遠方より来ていただいて感謝です。挨拶もろくに出来ずに申し訳なかったです。

■ってゆーか、謝らなければならないのは私の方です(ペコリ)。せっかくのF.H.C.のライブに、4歳児を連れ込んでしまい、会場内の全ての人に謝罪いたします。
■ライブは、素晴らしかった!もっとチープ&シックを連想していたんです。例えて言えば、アコースティックなプラスチックスみたいな感じかなぁ〜っと、思っていたのです。
んが、実際は、武満徹のテイストがあったり、なんだか1980年代の水牛楽団(高橋悠治、西沢幸彦、福山敦夫、福山伊都子、八巻美恵)を私は連想いたしました。
全曲、インストルメンタルなので水牛楽団のように直接的な政治的メッセージは分かりませんが、「自由」の匂いは感じ取れました。
さらに、ここのギャラリーは84歳の未亡人が経営しているんだけど、亡き夫が北海道大学の建築科の教授だったそーで、建物そのものがカックイー。
その脱構築的立体空間を利用しようと、ピアニカを吹きながら階段を昇ったりするパフォーマンスも、その効果が生むエコーと音の変化が、いい感じでした。
もーこうなると、かすかな音も含めて全ての音に集中して聴きたくなるもの。・・・・・・それなのに、野生児を連れ込んで、すまぬ。おわびの印に、頭を丸めます

>来年は2月に京都の立体ギャラリー射手座(昔、裸のラリーズがライブしたことあるそうですが…)にて個展

■本田くんの絵は、まだ発展途中であるとゆー魅力があるよね。それは完成形が嫉妬する感性系かも。
君の船が、また私を遠くへ連れて行ってくれることを、私はここで待っていることにしよう。
想い出の未来。




150
Reply 夜の青・・・ ペイノ不
2005/05/02 23:53


好きだね,佐藤画伯の,夜空に覗く青・やもすれば、除かれてしまいそうな・・・暗闇の中に
混在する暗い青だけに、あわく、せつなく、不確かの色ゆえに黙々と凛々と輝きを放っている。
正直,こんな夜空は、年に1,2回,見れれば、いいほうだ。あまり見れない。不確かさを見る
気持ちは不確かだから、記憶にも残りにくいのだ。だが、色としての印象だけは感覚に刻まれている。クボも絵を描いているか。
わたしは、ヘタウマ漫画さえも最近描いていない。きっと,夜空に覗く青のように、近距離的で冷たく、研ぎ澄まされた感覚を、すっかり殺されたような時間の歪に落ちてしまっているんだろうか・・・あの青を思い眠る,ことにしてみよう・・・せめて・・・





151
Reply 君は僕の絵を描く 僕は 別の僕に 変わる 久保AB-ST元宏 URL 2005/05/03 15:50


Before Mr.ペイノ不'll put you right up on the rack♪ With some others in mind♪ Take my tip- get on out♪
>クボも絵を描いているか。

■世は黄金週間である。私もスケッチ・ブックを抱えて、露天風呂に行きたくなる春の昼下がりである。
んが、零細企業の経営者、社員に休んでいただいて店番&配達をボチ&ボチしているのであーる。
っーても、ヒマなのよね、これが。配達でグルリと沼田町内を回ったら、フラリと若林博士ログハウスに寄って、フレンチ・コーヒーなんぞを、ゴクリ。
午後からは、今日から3日間で読破しようとしているホイジンガ『中世の秋』に取り組んでいる最中なのであった。
すると、我が母が「試飲しとくれ」と、抹茶を持ってきた。おお、もう午後3時か。うぎゃぁー、602ページ中、まだ22ページしか読んでないぞー!
■そもそも、この『中世の秋』は、私がかえでさんHP『Dylan』で知り合った2001年はじめごろ、PC知識ゼロの私がHP『共犯新聞』を立ち上げようとしていた時に、古本屋で見つけて買おうかなぁと、相談した本なのでした。
きっと、かえで嬢も忘れていることでしょう(笑)。私も迷っている内に、この本は古本屋から消え、しばらく私は巡り合えなかったのですが、先日、北海道大学の側の古本屋で「再会」したワケです。
私がこの本を読みたいと思ったきっかけは、岩波書店の『世界 臨時増刊号「ブックガイド 歴史と社会をよむ」』(1988年6月)の中で、1961年生まれの佐伯順子(同志社大学教授。大学院在学中、カブキ・ロックス前 身のバンドにて能管を吹きライブを展開。)がホイジンガ『ホモ・ルーデンス』を論じ、種村季弘が缶ビールを飲みつつ中世のボヘミアン歌曲「カルミナ・ブ ラーナ」を聴きながら『中世の秋』を読んで16世紀の放浪学生ファウスト博士や泥棒詩人フランソア・ヴィヨンなどの幻想を膨らませているとゆー書評を読ん でからなのであ〜る。
まぁ、それから17年が過ぎたし、種村季弘も死んじまったし。でもまぁ、こーして、ゆるい感じで古本屋なんかで忘れていた自分に再会して、(何かを)再開するのも、中年まで生き延びた特権だよな。
■『中世の秋』は、オランダ生れのホイジンガが1919年(大正8年)に47歳の時に出版した書物。
今、読むのであれば同じホイジンガの『ホモ・ルーデンス』(1938年)のほうが読みやすいかも。こっちは、「遊びは文化よりも古い。「ホモ・ファーベル」(作る人)よりも「ホモ・ルーデンス」(遊ぶ人)が先にある。」とゆー論旨で、なかなか興味深い。
このホイジンガって、マジンガーZみたいな名前のオッサン、けっこーシャレが効いていて、面白い。
学者になる前は、田舎教師をしていて、「生徒がたいくつする午後の授業には、黒板いっぱいに絵をかいて子供たちの関心を集中させ」ていたそーだよ。その時 の絵は、今で言うマンガのタッチで、のちに彼はマンガ・スケッチ集『祖国の歴史』なんて、今では超レア本まで出版してるのさ。
■私は、毎月、ここの近隣の町に配られる商工会の新聞に4コマ・マンガを連載しているよ。残念ながら私はスキャナーを持っていないので君に読んでもらうことはできないが(がくっ)。




152
Reply 免罪符 カツキ・メルブランコ
2005/05/05 00:10


私にとっての免罪符は、現在、少なからず関与される多くの方々に貼って頂くべく、
おろそかにできないものなのである。子どもの頃から一つ一つ罪を重ねてきた私は、
そろそろ免罪がために、浄化されなければならん、反省を持って。18.20歳の
頃にも私なりの、誤解と卑下という方法で浄化したのだが、もう20年も経っている。
今は別な方法で、隣人たちへ免罪符を貼ってもらうがために、ある種の苦悩が必要
である。つき峰子画伯との再会の頃、脈絡があるかどうかは別として、免罪・という
詩を生み出すに至った。最近よく酒に溺れ、みっともないビールっ腹になっている私だが

一つずつでも免罪をしていきたい。それに致しましてもだ、10年来つきあっている、この
水虫に、いつ免罪符が下されるのだろう。苦悩する日々・・・





153
Reply 免罪符を捨てよ、非社会へ逸脱しよう 久保AB-ST元宏 URL 2005/05/05 02:25


Take My Tip (alternate vocal)♪ You think you're gonna please Mr.カツキ・メルブランコ♪
>隣人たちへ免罪符を貼ってもらうがために

■つまり、免罪符とは社会的価値基準なのである。
てコトは、免罪符とは社会的存在の立場の者が、周囲の隣人たちとの距離を測ることによって相対的に捏造される、共犯幻想なのである。
社会的存在ですらない、「個」=「非社会」的存在は、免罪符すらも与えられず、罪を犯すことすら許されない
おぎなって言えば、犯罪者は「反社会」であるがゆえに、社会の一員であるということを再確認していただいた存在なのである。
そもそも「罪」とは、社会契約が交わされている狭い共同幻想内部だけで許される歪んだ「愛」のメッセージ(=甘え?)なのである。
「反社会」よりも極北の存在である、「非社会」的人物にとっては、免罪符という社会契約に頼る余裕すらないのである。
だから、権力が最も嫌がるのは、「罪」または「免罪符」を通じて交流できる「反社会」的存在ではなくて、「非社会」的存在なのである。

>隣人たちへ免罪符を貼ってもらうがために、ある種の苦悩が必要

■交換価値としての「苦痛」など、今ではスーパー・マーケットでも、ビニール・パックで安売りしている。
■相変わらず、ホイジンガ『中世の秋』(訳;堀越 孝一)を読み進めている私は、今日は宗教革命のことについて考えていた。
特に、ルターやカルヴァンと対立するフザケタ人文主義者としてのエラスムスについての興味が私の内部で盛り上がった。
松岡正剛が、ホイジンガ『ホモ・ルーデンス』を書評している中で、エラスムスのことを言ってはいないが、『中世の秋』の思索の発展である文章を下記に紹介しよう。

・ホイジンガは、遊びの中に神の遊びの残響を発見した最初の人でもあった。遊びは高貴ですらあったのだ。そこで、こうも考えたのである、「遊びは人間がさまざまの事象の中に認めて言いあらわすことのできる性質のうち、最も高貴な二つの性質によって充たされている。リズムハーモニーがそれである」。
・ホイジンガが「スポイルスポート」を本書の途中になって問題にしたのは、すばらしかった。スポイルスポートとは「遊び破り」の ことである。誰かが何かで遊んでいるとき、あるいは何人かがやっと遊びに熱中しているとき、これを何かの理由で破ろうとするものをスポイルスポートとい う。スペルブレーカーとも言われる。せっかくの「綴り」を壊してしまうという意味だ。・・・(中略)・・・ホイジンガはスポイルスポートの逆説的な役割を 通して、遊びの編集持続性のなかにひそんでいるメタルール性というものに気がついたのである。65歳にして猛烈なおじいちゃんの探求心というべきものだった。
・このような気づきのうえでホイジンガは、ついに「遊びの共同性」に言及し、そこで「遊び」と「クラブ性」とのあいだに何かの重要な関係がひそんでいるだろうことに向かっていった。
遊びには社会や学校のメタモデルがあり、遊びには哲学や市場のメタルールがあるということだ。

■長い引用で恐縮だったが、これ以上、興味を持ったら中央公論文庫で簡単に入手できるので、読んでみると良いだろう。
とにかく、「リズムハーモニー」の比喩と、「クラブ」をバンドに置き換えたら、私(たち)にとっては長年の疑問への回答となるヒントがいくつも準備されているのだ。
「書を捨てよ、町へ出よう」から、「免罪符を捨てよ、非社会へ逸脱しよう」ってか?




154
Reply ヨ^ロッパ中世と日本近代 いささか・ますお
2005/05/06 22:01


そうか、なんだかよくは解らんが、僕は、いささか勇気が出て来たようだ。正確には、中世の
免罪符のありかたを、ちと勉強しなおさないと見えてこないだろうが。例えば,日本の政治家
が汚職などをしても割りと簡単に復帰できるようなものも一種の免罪符なのかいな。
精神異常者が殺人しても、死刑にならず、カウンセラーが長い事、金に困らないように仕事
がもらえて、本人も軽い刑になるっつーのも,現代流の免罪符かねー。要するに、金でカタが
つくっていうイメージなのかなあ。社会生活の中の一種の特権ちゅーかなんちゅーか許せんちゅーか、この時期,冷やし中華・だよなす・ズルッ。しかし、私のような世間一般の免罪など、かわいー
ちゅう気がしてきたわい。あくまで自己の精神形成における変化過程においての、自問的免罪なので・・すぽぽp・・・n





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Reply 世界で最初に「遊び」の可能性を評価した男=ホイジンガ 久保AB-ST元宏 URL 2005/05/07 02:33


Scream out aloud as they shoot Mr.いささか・ますお down♪ No no, I'm not a piece of teenage wildlife<
>日本の政治家が汚職などをしても割りと簡単に復帰できるようなものも一種の免罪符なのかいな。

■「免罪符」でインターネット検索をしてみると、こんな感じ。

“ビートルズ風味”が免罪符のようなブリットポップに対して僕は不信感を抱く。

宗教という免罪符。 神主の男性に無罪判決 「触ったのは宗教行為」。判決によると、坂本被告は2002年10月、同県薩摩川内市(当時川内市)の神道系教会の施設内で、当時 15歳だった女子中学生の健康状態や学習態度などに問題があったことから、体をさすって邪気を追い払う「お済度」を施した。その際、乳房などに触ったが、 冨田裁判官は「被告のお済度は東洋医学の技法を加味したもの」と認定。「性的意図は認められない」として無罪とした。

女にとって、結婚は立派な「免罪符」である。 とりあえず、女として果たすべき責務は果たしたとみなされる。

■よーするに、「免罪符」って、チョー便利な言葉だよね。
なぜ便利か?ってゆーと、『共犯新聞』的に説明すれば、具体的と抽象的(=形而上学的)の両方に同時に転ぶことができる(=誤解を演出したまま、その誤解を利用できる)言葉であるから便利なのだよ。
■とにかく、多くの意味を、たった一つの単語を持ち出してくることによって「説明」したよーな気分になる(=させられる)言葉には用心しろ!

>本人も軽い刑になるっつーのも,現代流の免罪符かねー。要するに、金でカタがつくっていうイメージなのかなあ。

マルティン・ルター(Luther, Martin 1483〜1546)は、ローマ教皇が十字軍の資金源のためなどに乱発していた「免罪符」を批判することによって、当時の宗教改革のスーパースターになりえたワケなんだけれど、エラスムスは、さらにルターの教条主義の中心に安住しているインチキ性に気が付き、激しく対立するわけなんだよ。
この二人の宗教論争は、「恩寵の絶対性に帰依するルターと、理想主義的ヒューマニズムに賭けるエラスムス。」と図式化されて歴史に記録されてきたけれど、それを「まじめ」なルターがおちいる硬直性を見抜いた「遊び」センスのあるエラスムスと分析したのが、私が読書中のホイジンガ『中世の秋』(訳;堀越 孝一)であるのだよ。この本の冒頭で堀米庸三(1913〜1975)が解説「ホイジンガの人と作品」を書いていて、無知な私には役に立つんだけど、そこで「ふつうにはルネサンス以上にまじめという観念に結びつけられがちな人文主義は、にもかかわらず遊びの精神に満ちていたのだ。それゆえにこそ、神聖な問題について語るときのエラスムスの態度を、ルターやカルヴァンは我慢することができなかった」と書いてあり、思わず私は大笑いしてしまい、一気にエラスムスが大好きになっちゃったのだよ。
■ホイジンガが『中世の秋』を出版したのは1919年なんだけれど、この時期は20世紀が始まったばかり。つまり、ようやく19世紀を客観的に「歴史」として把握しようとしていたタイミングであったワケ。
堀米庸三は、ホイジンガが19世紀の総括の時期に「中世」を研究しようとした理由をこう分析しているんだよ。→「ホイジンガは、次いで、技術とビジネスの世紀である19世紀が、技術の発展をそのまま文化の向上であると誤認し、ビジネスとそのイデオロギーの冷徹さが遊びの精神を殺したとして、ここにまじめが一方的に遊びにうちかち、けっきょく、真の文化を枯死させてゆく過程の開始をみようとする。」
■ホイジンガ『中世の秋』が日本に翻訳されたのは1971年のこと。この時期と言うのは単なる偶然なんだけれど、日本にとっては重要な意味を持ってしまったよーだよ。
それはつまり、イデオロギーの時代の終焉とゆータイミングだね。
堀米庸三は、「免罪符」を批判することによって絶対的正義を得たかのような「まじめ」なルターの考えるキリスト教にかわって、19世紀に登場してその役割をはたしたのが「イデオロギー」であると見なして、ホイジンガーの現代性を評価した。
こんな感じにだ。→「イ デオロギーもまた寛容の敵であり、狂熱の友である。イデオロギーはそれじたいひとつの虚構であるにもかかわらず、その信奉者には、みずからが遊戯しつつあ るという意識をいれうる余地はなく、したがってまた、距離をおいてものをみる余裕もない。イデオロギーは文化に癒着(ゆちゃく)し、イデオロギーは文化と 誤認される。イデオロギー間の対立がいかに和解の余地を残さないか、同一イデオロギーの分裂がどんな非寛容な敵意と憎悪をひきおこすか、今日それを知らぬ人はいない。ここには文化の育つ余地はないのである。」」
今、紹介した堀米の文章の後半は、いささか彼の個人的な意見がますお
これは当時の全共闘運動がおちいった無益な内ゲバ闘争などをイメージして書かれたのは、間違いないだろーね。
その理由は、彼の遍歴を知れば分かるのさ。
堀米は、『正統と異端』などで中世文化の新しい理解の方向を提唱し、文明批評にも独自の境地を開いた。
戦後、文学部の新設に貢献した北大、その後の東大時代をとおして、その門下からわが国の西洋史研究に多くの後継者を送り出した。
1968年(昭和43年)に端を発した東大紛争では、文学部長として第一線に立って解決への途を探り、教え子たちとの「堀米スキー教室」も有名。
この東大紛争時の彼の経験が、前記の文章を書かせたと想像するのは私だけ〜?では、ナイでしょう。
そもそも堀米は、マルクス主義者の犯した誤りは、「史的唯物論の世界觀と學問の方法とを混同した事」、「史的唯物論の原則と個々の事物におけるパターンとを、相互に論理的必然の關係を以つて結び附けた事」の二つである、と早い時期から指摘しているんだけど。
■まぁ、そんな早稲田大学闘争などを通過した松岡正剛が、ホイジンガ『ホモ・ルーデンス』の中で書かれた「まじめ」よりも可能性を持っている「遊び」という考え方に感銘を受けて、雑誌『遊』を創刊させたんだから、ホイジンガの意思は堀米の結論すらも「まじめ」であると蹴飛ばしたかのよーだよね。
ちなみに雑誌『遊』の創刊は、ホイジンガ『中世の秋』の翻訳と同じ1971年のことだったのよねぇ〜。
■それにしても、ホイジンガを今どき語っているのって『共犯新聞』ぐらいだろーなぁ(笑)、と、思っていたら先日の朝日新聞(2005年4月27日)にこんなことが書いてあった。

評論家の西部膂氏主幹のオピニオン誌『発言者』が3月発売の3・4月号で廃刊
私のやったことはホイジンガの言った『真剣な遊び』

■ご存知のように、テレビ朝日『朝まで生テレビ』で右翼を演じるヒゲのオジサン、今や「真正保守」を自認する西部邁は、かつては1958年12月に結成された共産主義者同盟(ブント、書記長・島成郎)に結成直後に加盟してたんだよね。以後、60年安保を代表するアジテーターとなったそーだよ。ちなみに彼も北海道出身(笑)。
この時の彼の立場は、東大経済学部在学中、東大自治会委員長・都学連副委員長・全学連中央執行委員。
すれ違ったとは言え、堀米庸三とは、教授と学生運動家とゆー逆の立場で東大闘争で対峙していたということ。
その両者が自己の立場を説明する時に、ホイジンガを出したっーことは興味深いねぇ〜。




156
Reply 共犯新聞の情報につられて 月見猫
2005/05/09 11:00


ついマリファナ・マーチ@井の頭公園なんぞに出掛けてしまったよ。
あたしなんかがぼやいているよりずっと具体性があって、趣旨には大賛成で会員登録してきたけれど、合法化への道は遠そうだなー。

もともとコイツが必要ない多くの人にとっては、関係ない問題でしょう?

法に傷つけられても傷つけられてもコイツを手放せないで、人生のけっこうな時間をふいにしちゃってる山口フジオなんか、実に気の毒、そのくらいの自由があったっていいじゃん?
特に心療内科系の現代病に苦しんでいる多くの「上手く自分を弛緩させられない人たち」にとっても有効だと思うぜー。

なんて、あたしは考えるのだけど、ひとつ気づいていることは、じゃあ、マリファナ吸えたら自由になれるの?ってことである。

真に自由な人間というのは、あらゆる依存関係・それが合法であろうと非合法であろうと、酒からもタバコからも恋愛からもテレビからもファッションからも、解き放たれている人だろう、ということなんだよね。

道は遠いぜー。Still I'm on the way. Keep & carry on.





157
Reply 突然ですがいつも長文の ギロでございます〜
2005/05/09 12:29


こんちは。突然ですがいつも長文のギロでございます〜まだアタマが連休モードなので ウエブ上を遊び歩いておりますが、世間では連休あけました。久保さんほか皆様はいかがお過ごしだったでしょう。わたしは結局ドコにも行かず近所をぶらぶ ら。娘と下北沢をデート。古着屋めぐり。店のいちいちに「シモキタ度80点」とか、採点してました。彼女によれば「こきたない」「いかがわしい」「ヘン」 な店はポイント二倍だそうで・・■そいやなかでもGRATEFUL DEADファンとおぼしき店に、やたらクマちゃんが。店主に聞いたらこのクマちゃん、デッドのキャラなんだそうで、あららワタシとしたことが知らなかっ た・・ガイコツ君ならお馴染みだったのに。久保さんはご存じでしたか?■下の坊主はサッカー大会。みどりの日。一応初戦突破したからには嗚呼、またわたし の貴重な土日が潰れちゃう・・まあ大半は女房が対応してるんですがね■下にホイジンガ。わたしも彼の「中世の秋」大好きです。学生時代の愛読書。ブルゴー ニュ公国っつーまるでトールキンワールドを思わせるなんともファンタジックな舞台が大のお気に入りでした。ワインとかカラシとか鶏料理とかまでブルゴー ニュ大好き!「秋」のなかでも白眉と言える死を扱った章には痺れましたですね〜なんというかわたしのメランコリックな性格に共鳴すること中国の銅鑼のごと し、ドシャ〜ン(てけてけてんてん てんてんてん♪・・)今日は躁病気味ですが■ホイジンガって、大声でその名を叫ぶと気合いが入るからまたたまらねぇ や、ほら皆さんご一緒に、せーのっホイジンガーっ!!■←ちなみにマジンガーZの歌で合わせても可■わたしは堀米さんには間に合わず、木村尚三郎さんには まあまあ間に合ったんで、ヨーロッパ中世といえばおフランス〜だったです。堀越さん木村さん堀米さんあたりが「革新の12世紀」というお題目で、いわゆる ルネサンス以前の暗黒時代と言われていた中世が実はそんなに暗黒ではなかったのだとゆーお話をテレビでやってくれてました。木村教授はその後もNHKには 頻繁にご登場。確かクイズ番組とかにも?相撲中継は庄之助か・・今ではなぜかアニメ「ポワロとマープル」の時代考証もご担当■西部某は遅れてきたニューア カの一人、っぽくて大嫌いだ〜というか、彼、専門はナニ? ニューアカ以降、世に言うヒョ〜ロン家の文章は一切読んでいないのでわたしには永遠の謎。いや 謎ではない。彼らは単なるヒョ〜ロン家、でわたしには十分■なぜ「秋」の死に関する章が好きかというと、同時代の我が国はまさに鎌倉仏教はじまりはじまり 〜のいわゆる末法思想、往生伝書きまくりの状況があったわけで、かたやペスト禍だったけど世界の東西で死というものに対する人間の態度が響き合う、つまり 親しいモノとしての死。ダンスマカーブルに象徴される踊るガイコツの一方でハタ迷惑なヤツながらそのユーモラスな迷惑ぶりについつい笑ってしまう餓鬼たち の描写との二重露出。これはPhアリエスにもっと長生きして研究してもらいたかったテーマ■アリエスの「死と歴史」、感銘をうけた本の筆頭近くに所在。彼 が日曜歴史家だったという事実にも感銘。日曜日だけでも人間、いろんなことが出来る・・下北沢巡りとサッカー大会も大事だが、しかし、とあらためて自戒■ 久保さんがいつかどっかに書いてませんでしたっけ、自分は若死にするのではないかと思っていた、と。違ったかな・・実はわたしもそんな気がしていたのが当 時、二十歳そこそこのメンタリティ。まあ今だって死ねばまだ辛うじて若死に間に合うか・・しかしいたって健康、よかったよかった!■辛うじて若死に間に合 い天才らしく死ねた、と揶揄されてしまったのは寺山でしたっけ。長生きした天才もいるのに、ぐっすん。40過ぎたら夭折とは言えないよ〜わたしはゲーテを 目指す■ゲーテはルターについてナニか言ってるのだろうか?すくなくともエラスムスについてはナニか言ってたと記憶してるんですがナニをかは失念。たいて いのことについてナニか言ってる人にはこれで済まされてしまう傾向あり。立花隆と久保さんはご用心(笑)■エラスムスとルターに関する堀米さんの「我慢で きなかった」というのは大笑い(爆)エラスムス、長い「愚神礼賛」が有名ですが「対話編」は短くて小気味よくてお勧め。こういう一節があってうっとり・・ 青年パンフィルスが美少女マリアを口説きながら二人でこんな会話をしてます。パンフィルス「さて、いとも尊敬すべき学者たちによって断言され、幾世代にも わたって認められているところの事実、すなわち、【人間の魂はおのれが生を与えている場所にはあらず、おのれが愛する場所にこそ存在する】、 という事実。君はこれも認めるだろう?」マリア「もっと簡単に説明してよ。どういう意味かよくわからないもの♪」■←【人間の魂は〜】はわたしの人生観の メインテーマです〜「愛は惜しみなく奪ふ」に似てはいるが「こっちから奪われる」のと「そっちに存在する」と断言しちゃうのとは大違い。基本的にわたしは 器用貧乏の八方美人なのでわたしの魂はいつも分散、ヤマタノオロチと化している・・3Pの時はキングギドラか?■というかオンナのコにこんなかたちで恋の 告白をしてしまうパン君も素敵なら「もっと簡単に言ってよ♪」と答えるマリアちゃんも可愛すぎ。二人はきっと春うららな校庭の隅っこの、新緑まばゆい桜の 木の下で話してる。ボタン全開のガクランに純白セーラー服。交わす目線に春のそよ風・・そこに銅鑼ならぬチャイムが。遠くで陸上部が走り込みの練習中だ。 ふぁいとーふぁいとー!ああ目映い。こういう、一歩間違えると都立高校的RC的なセンスはルッターにゃねぇぜ!■おなじ校庭の片隅とはいえルッターの場合 は神聖ローマ校庭の片隅にいた・・こっちの皇帝はマルチン思想を反カトリック=反教皇イデオロギーとしてうまく利用。やられたね枢機卿諸君。もっともボル ジアの連中だってひどかったが・・バチカン内はおろかイタリア全土で権謀策術酒池肉林。そこに憧れる。わたしはローマ掠奪直前までの枢機卿職に憧れる・・ さぁさ免罪符うりまくり〜一枚といわず二枚三枚いかがです?今日はポイント五倍の日■しかし今、わたしのメンザイフはメンが取れてしまい、ただのサイフと 化している。免が無くなってしまって、ただの罪符だけが頼りである・・とはナンと心許ない事態であるか。連休中、家族をどこにも連れて行ってやれなかった 罪滅ぼしに外食数回、サイフもペッタンコ・・・






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Reply ザ・グレイトフル・デッドストック 久保AB-ST元宏 URL 2005/05/10 03:49


Mr.ギロでございます〜's got to go and I won't, I won't♪ That's a promise
>店のいちいちに「シモキタ度80点」とか、採点

■ギロ男爵はオッシャーレーな(または、「こきたない」「いかがわしい」「ヘン」な)下北沢文化人なんですねぇー。
いつだったか、ギロ男爵の「日本脳炎」と言う名の農園に、 我が社の米ヌカを進呈しようとしたら、「国家権力に盗られた」とかおっしゃっていましたが、それを若林博士に言うと、「そりゃぁー、チミィ、相続税じゃん かよ?」とおっしゃっていましたが、そんな理由で下北半島デァスポラをされたのでしょうか?寺山修司は「下北半島は、斧のかたちをしている。」と言いまし たが、下北沢はどんなかたちをしていらっしゃるのでしょうか。
■1980年代初頭に調布市小島町に住んでいた私にとって下北沢は演劇の街でしたなぁー。下北沢ザ・スズナリで劇団「転位21」なんかを観たもんです。一番印象に残っている舞台は転位21の『第8回公演 勝手にしやがれ −克美茂トルコ嬢殺人事件−』(1983年6月7日〜26日)ですねぇ。舞台となっていた旅客機が飛び立った時の衝撃は忘れられません。
演劇をよく観ていた時期に、同じステージ芸術(?)としてのロックの立場から観るたびに劣等感を感じては帰路をトボトボと歩いた記憶があります。
それもまぁ、昨日&今日、ライブ・ハウスに立った(=しかも演奏もマトモにできないくせに・笑)ガキと、1960年代から連夜きたえられてきた集団とでは質量ともに差があってアタリマエなんでしょーが、当時の私は、まともにその落差にショックを感じたものです。
特に、アングラ演劇の得意技の、複数の役者が客席に向かって、交互に感覚的なセリフを連発することによって生まれる言葉のグルーブには、音楽の立場からも大きな嫉妬を感じました。それでまぁ、私も「マリワナ」とゆーセリフ形式(?)の曲を作ってみたりもしました・が。
■それから月日は経ち、ヤギヤスオ『るつぼな下北沢日記』(2001年8月20日発行)なぁーんて本を読むと、私も命根性が汚くなるっーもんです。

>GRATEFUL DEADファンとおぼしき店に、やたらクマちゃんが。

■そりゃまー私も知っていましたよん。でも、けっこー高いんだよね(笑)。

>ブルゴーニュ公国っつーまるでトールキンワールドを思わせるなんともファンタジックな舞台が大のお気に入り

■そーなのよねぇ。ワインは盲目ボルドー主義者の私ですが、ちょいとブルゴーニューもいいんじゃぁ〜ない〜と、お気軽に転向計画中です。
そもそも、ホイジンガーZ男爵は フランス人じゃぁーなくって、ネーデルランド(=オランダ、ベルギー、ルクセンブルク)の学校教師だったもんすっからー、ブルゴーニューっーたってー、ロ レーヌやアルザスも語られるし、南部のシャンパーニュもクリュニー会の話題の成り行き上ふれられる。おおぅ、なんだか歴史の本じゃぁーなくってワインの本 のようじゃぁ!
と、自然な流れの話のオーバーラン(=「脱線」と言う言葉を自主規制させていただきました)上、さすがの歴史学者ギロ男爵でも、この本はご存知かな?→グレート・ホイジンガ『中 世の秋』の翻訳者でもあられる堀越孝一の著書『日記のなかのパリ パンと葡萄酒の中世』(1985年12月15日初版、サントリー博物館文庫)。わっはっ はー、なんと、堀越教授、ワインの本を書いて小金を稼いでいたんじゃー!なんとも心温まるエラスムス的エピソードじゃぁーないかぁ。
私はこの本を『共犯新聞』「好物★My favorite foods」コーナーでおなじみの田中千博氏からいただいたのだよ。
ちなみに、田中千博氏の著作『フランス食肉事典』(1991年4月20日初版、三嶺書房)の冒頭で序文を書いているのが東京大学名誉教授の木村尚三郎氏なんだよ〜ん。
木村氏はこの序文で「フランスがヨーロッパないし世界のコミュニケーション・センターである」と言い切っている(笑)。すごいよいね〜。でも、木村氏に言われたら、「ハハァ〜ッ、おっしゃる通りでゲス。」と思ってしまうよな。
ネーデルランドの田舎教師ホイジンガも、上記の木村氏的な発送も根底にあったのかもしれないね。
ちなみに、堀米庸三(1913〜1975)の解説「ホイジンガの人と作品」で、「14、15世紀のブルゴーニュ候たちの行った大ブルゴーニュ建設の仕事を、オランダ国民性の形成に決定的意味をもつ」のが「究極の理由」であると言い切っているよ。
私がこれに付け加えるとすれば、ホイジンガは先人の同傾向の名著として当時も今も君臨している、ヤコブ・ブルクハルト『イタリア・ルネサンスの文化』(1860年)に対しての別機軸を示したかったから・だとも思うのですが、そこんところはイタリア・エロ&グロ・ルネッサンス実践者のギロ男爵の居残り講義を地下室で個人教授していただきたいものであーる。

>ユーモラスな迷惑ぶり

■「トリックスター」ってキーワードを連想させらされるねぇ。ホイジンガの方法論の魅力的なところは、文化人類学的なアプローチだよね。
私の持っている『中世の秋』1971年版の後半の出版案内には、山口昌男『本の神話学』なんかもあって、まさに同時代的翻訳タイミングだったわけだよな。
そのアプローチの中に、ヤン・ファン・アイクなどの画家の分析があるけれど、この手法はのちのミッシェル・フーコー『言葉と物』などに大きな影響があるよねぇー!
■絵と言えば、今日になって気が付いたんだけれど、ギロ男爵のHPの掲示板にエルエテ@なべブルトン男爵が書き込み(2005年2月19日)していたねぇ。
ギロ−エルエテのコラボ展覧会の招待状が届く日を楽しみにしておりまちゅ。

>【人間の魂はおのれが生を与えている場所にはあらず、おのれが愛する場所にこそ存在する】

■まーこりゃぁー岩波文庫悪訳紹介の典型ですな。
こーゆーコトでしょ?→【魂は私の肉体にあるではなくて、愛する肉体にある】→早川義夫【キレイと思う心が、キレイなのさ】(がくっ)

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I'm Ms.月見猫's future, I'm tomorrow, I'm the end♪ Telling lies♪ Ooh, ah, ooh♪
>ついマリファナ・マーチ@井の頭公園なんぞに出掛けてしまったよ。

■おおぅ。行ったかね、ぐふふふ。生協運動をしているマダムが行ってもいいのか(笑)?
私も行ったよ(笑)、前日の札幌集会へ。前日に1年ぶりに髪の毛を切ったばっかりの超☆短髪&背広にネクタイの私が遠くから見ていたら、私服刑事と思われたのか(笑)主催者がジーーッと遠くからビデオで私を撮影していましたな(笑)。
それでも、雨の中(=その時、沼田町は大雪だった!数時間後にそれを知った私は、ミーのカーが夏タイヤだったもんで、サマー・タイヤ・ブルースになったよ)、しぶとくオレンジ色の傘をさしてステージを見ていたら、若い(と、思う・笑)女性が「マリファナ・マーチ2005大阪・札幌・東京宣言」なるチラシをくれたよ。月見猫も、もらったんだろ?
で、さらにボーッと立っていると、別のやや若い(と、思う・笑)女性が暖かいハーブ・ティーを持ってきてくれたよ。「寒いですから〜」って。コミューン感覚やねぇ、ってか?
んで、ありがたいホット・ティーをハグ&ハグしてたら、客の中に、先日の個展をした金星人(本田征爾)を発見。なぜか夏目漱石の立ち話を、ちょいとした。
「いつからマグロ漁船に乗るの?」「私は5月14日〜11月(!)頃まで船の仕事で日本を留守にします。」とのこと。船上で絵を書き溜めるとのこと。なんだか、うらやましい。

>人生のけっこうな時間をふいにしちゃってる山口フジオ

■ちなみに、マリワナ・マーチ@札幌の日の私は下記のような「けっこうな時間」を過ごしていました。

8:00Am 久保商店に出勤。
8:30Am 沼田町を自動車で出発。
10:34Am ススキノの駐車場「ジャンボ1000」(南4条西6丁目)に駐車。1日券=900円(笑)。以下、徒歩。
10:50Am 古本屋「美術古書 亞本屋」(南3条西2丁目)。立ち読みだけ〜。
11:30Am〜2:30Pm 「スガイ映画館」(南3条西1丁目)で、テオ・アンゲロプロス監督の『エレニの旅』。こりゃ、名作だわ。
2:40Pm〜3:10Pm 中古レコード店「レコーズ・レコーズ」(南2条西5丁目)。買わず(笑)。先日のカップスの映画のとき、ここの店長も来ていたなぁ。
3:15Pm〜3:35Pm マリファナ・マーチ@札幌2005(大通公園6丁目)で、アコースティック・プログレ・バンド「 F.H.C.」のライブ。金星人(本田征爾)と会う。
4:00Pm〜5:00Pm KKRホテル(北4条西5丁目)にて、「北海道穀類組合」の総会(笑)。
5:00Pm〜6:30Pm KKRホテル(北4条西5丁目)にて、「北海道産業貢献賞」の受賞祝賀会。もちろん私が受賞したわけではありません(がくっ)。今日初めての食事(笑)。
6:40Pm〜7:00Pm 「ギャラリー大通り美術館」(大通西5丁目)にて、個展「第8回 藤田博子 展」。人物画は良いのだが、抽象趣味が入ると弱い。
7:05Pm〜8:15Pm 「Book Off札幌南1条店」(南1条西6丁目)にて、下記を買う。
      ・古本 柴田 元幸『猿を探しに』 定価\1680→\105 翻訳する思考が知りたくて(笑)。
      ・古本 穂村 弘、沢田 康彦、東 直子『短歌があるじゃないか。 一億人の短歌入門』 定価\1365→\105 穂村の発言は、いつも気になる。
      ・CD 高石友也『フォーク・アルバム 坊や大きくならないで』 定価\1800→\1000 早川義夫の親分の彼は、沼田町の近隣の雨竜町出身なのだよ。
      ・CD オールマン・ブラザーズ『ブラザー&シスターズ』 定価\2060→\1350 「テラのROCK100」に出てたから(笑)。
      ・CD 萩原健一『Donjuan』 定価\1000→\1350 これも、「テラのROCK100」に出てたから(笑)。定価より高いって、どーゆーコト?
      ・CD ローザ・ルクセンブルグ『ぷりぷり』 定価\2800→\1350 ヤギヤスオ『るつぼな下北沢日記』を読んだら、聴きたくなるわなぁ。
8:40Pm〜10:33Pm 映画館「シアター・キノ」(南5条西3丁目)にて、ラモーンズの映画『END OF THE CENTURY』。痛いが観たい。
10:40Pm ススキノの駐車場「ジャンボ1000」(南4条西6丁目)から車を出す。以下、車で移動。
11:30Pm〜1:29Am 映画館「ユナイテッド・シネマ札幌」(北1条東4丁目)にて、映画『レモニー・スニケットの世にも不幸せな物語』。映像は美しい。計算されてる。
1:40Am ラーメン屋「味の時計台 駅前通り店」(北1条西3丁目)にて、塩ラーメン。 \682 こんなもんかな。S-trips札幌ライブの時も、ここで食べたそうだ。
3:30Am 沼田町に帰宅。

>マリファナ吸えたら自由になれるの?

■どーなんでしょ(笑)?でも、自由になったらマリワナ吸える・かも。




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Reply まだ連休気分がヌケない・・ ギロでございます〜
2005/05/10 12:22


ああ、まだ連休気分がヌケない・・タマシイがヌケる。というより毎日が連休といって いいほど仕事がスティックしてる。ので自然、GWの有難味が分からないカラダになってるんですな■わが「日本脳炎」、確かに国家権力に盗られたらしく、そ れも若林博士の仰るとおり「そりゃぁー、チミィ、相続税じゃんかよ?」。しかしわたしは単なる小作人、農奴のひとりに過ぎなかったという厳粛なる事実。そ れまで区に貴重な地面をお貸し下さっていた地主様が相続税対策のため不動産屋に売り払ってしまい今ではわが「旧日本農園」の半分に戸建て住宅がぼこぼこ 建ってます。狭い都内じゃ三階建ての建て売り密集地(一戸20坪×5戸)なんて当たり前。建て込んで採光がとれず結果して窓だらけ、穴だらけ。そこいら じゅうがガウディ建築。ログハウスなんて夢のまた夢・・そいや最近、井内正木博士はご無沙汰のご様子で■某温泉番組製作立ち会いを最後に下北半島デァスポ ラも最近はトンとご無沙汰で。下北沢は単に×(←バツ)のかたちをしてますよ、って電車の線路のせいですが■わたしの80年代も下北沢は演劇の街でした。 本多劇場こけら落としで唐十郎「秘密の花園」、感動しましたよ〜最前列の席じゃ舞台からじゃぶじゃぶ溢れてくる水を被って・・と思い出していたら最近確か 紀伊国屋からDVD発売、これは歴史的名演・・っていつかも書いたかな?■そうそうスズナリ!狭かったけど。映画もたまに上映。今では普通にDVDで見ら れるパゾリーニの傑作映画すらほそぼそと自主上映してくれました。当時から(今も?)アングラ少年だったわたしは前衛アングラ舞台芸術にも関与してたので 実は久保さんとすれ違っていたのかも?今じゃ井の頭公園で月見猫さんとすれ違っているのか?■先日もパゾリーニ絡みの舞台を見る機会があって、こーいうカ タチでパゾ君がまだ日本で生き続けているとゆー厳粛なる事実に感動。パゾにしてはハダカがないやと思っていたら後半ハダカでチョコまみれになる若い女性が 登場。メッシーファンのツボをくすぐってくれました■ブルゴーニュといえばワイン、フルボディ、熟女の味わい(笑)、しかし最近めっきりワインには弱く なってしまったのはなんでだろ?飲み過ぎるとアタマが痛くなる・・ってそんなに飲み過ぎてるはずはないのに。ビールは極端にハラに溜まるようになっちゃっ たし、飲めるのは日本酒ばかりなりという右傾化が進んでます■『日記のなかのパリ パンと葡萄酒の中世』わっはっはー、知りませんでした、というかその種 の本て一時期たーくさん出たような。のんびり読むには好きなんですが。ドイツものなら阿部謹也さんとか・・しかし今は「日記のなかの東京 パンとサーカス の現代」とゆー本も読みたい、かな?■サーカスと呼んでしまったらご遺族の方々に誠に申し訳ないのでこれは悪趣味な比喩にすぎませんが、連日のJR西日本 事故報道、というかワイドショー。ちいと加熱気味?な〜んで事故犠牲者の生前の人となりとか遺族の辛い哀しみとかをあ〜んなに大量電波で垂れ流すの?おか げで吹っ飛んじゃったのが郵政民営化とか北朝鮮問題、さらに韓国中国の反日問題・・民衆の気を反らせるサーカスは曲芸運転以外にないのか?■特にアジアは 今、重大局面を迎えている・・キナくさい。開戦前夜?アメリカの陰謀説?しかし奴らはイラクの兵力を割けまいて。しかしまさか半島に自衛隊派遣というわけ にもいくまいて(笑)ところがホントはそれを期待してる勢力もあるんでは?ほーら自衛隊は軍隊ではないのですよ〜あくまでも「自衛」です、と知らしめるに はもう一度テポドンの一個くらい日本近海に落っこちなきゃ。けど事前にロシアのオッケイハラショもとっとかなきゃ、ってんで小泉とプーチンが昨日モスクワ でそんな話をしてないと誰が断言できるのか?■そうなったらおフランスどころの話ではない・・けど木村尚三郎さんの講演を実は下北は下北でも半島の某都市 で拝聴したことがありまして、確か主催者側も木村、来賓も木村、講演者も木村ってんでさすがの教授も「なぜ今日は木村ばかりなのか?」という枕から入って ました(笑)青森県に木村が多いのは事実。前の知事も木村だし。その息子の代議士も木村だし(←こりゃ当たり前か)今の知事は三村でちょい、惜しい(爆) ■オランダ国民性の形成に決定的意味をもつ大ブルゴーニュ建設って確かに・・ブルゴーニュ公国はディジョン周辺だけではなかった飛び地公国。ル・ボン善良 公なんかベルギー方面でずっぱりの生活だったような、ちがったかな?彼はまたジャンヌ・ダルクを捕まえたことでも有名。しかしわたしは同時代ならジル・ ド・レー元帥に憧れるのが「究極の理由」であると言い切ってよし?バタイユに傑作評伝ありまして■(笑)地下室の個人教授・・拷問室兼用ワインセラーで? 久保さん耳が痛くなりますよ〜で、わたしの方はアタマが痛くなる(笑)■ブルクハルトとは別機軸というのは非常に同感、彼の本はイタリアルネサンスを過大 評価、とはよく言われる批判。おかげで今日に至るまでイタリア研究にも偏重傾向ありまして例えばルネサンス前夜1300年代末のローマがどういう状況に なっていたのか誰もつまびらかにしようと思わない。のは困る。教皇があっちにもこっちにもいたり(←奇しくも我が国の南北朝時代とダブる/って違う?・ 笑)教皇と皇帝、コロンナ家とオルシーニ家の因縁対立なんざローマ版応仁の乱、って違うか。要するにブルクハルトのせいでいきなりフィレンツェに花が咲い たかのようなメディチ&コムーネ偏重ルネサンス観のウラにはローマで権謀策術あだ花狂い咲きの闇のロマン、そっちに惹かれてしまうわたしには不満■一方、 そんならもっと中世を見直そう!とばかりにデバってきたのがアナール学派←どうでもいいけど恥ずかしくないのかね、こんな名前つけちゃって(笑)英語圏の ことを考慮しないのがフランス人の中華思想、木村教授の仰る通り。はともかく、またしても中世ローマは黙殺される憂き目に■・・また、長いな■エルエテ@ なべブルトン男爵はそろそろ大阪でご活躍なんでしょうか?コラボ展覧会、やってみたいですね〜この夏また先日の画廊にノルウェーの作家をご紹介する予定な んですが、今度は残虐エロ拷問嗜好ではない。シュールなボンデージ路線である・・て、ナンだ(笑)またエロか。だからといってわたしはシモネタザワの住民 ではない■【魂は私の肉体にあるではなくて、愛する肉体にある】→【愛してしまうとタマシイがヌケる】(笑)もはやケムリしか出ない?





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Reply これは目ヤニ。鼻汁、どれ? 久保AB-ST元宏 URL 2005/05/10 18:20


Then Mr.ギロでございます〜 learn to fall in love with yourself♪ That's motivation
>タマシイがヌケる。

■午後の昼下がり、仕事の手を休めて『共犯新聞』ゲストブックをのぞいてみれば、「あれ?昨日、レスしたはずなんだけどなぁー?・・・・・・むむむ、げっ。ギロさま、連日の、お昼休みウキ&ウキ長文♪」なのね。
■それにしても、前世紀末に雨後のツチノコのように、うじゃ&うぢゃと出現したクソHPの多くも戦線離脱し、今やブログ全盛の、お気軽時代。
我われ、時代遅れのホーム・ページリアン(←造語です・笑)が、ほい&ほいと、ホイジンガーの話題でセコイ熱を上げているうちに、世間ではブロガーが「ここ1年ほどで増殖し、国内で2百万人を超えたそうだ」(「日本経済新聞」2005年4月30日、1面コラム「春秋」)。
確かに私の知人のホーム・ページもたまに訪問してみりゃぁー、ブログに変わっていたりするのよねん。そーでなくても、かつての人気HPですら掲示板が閑古鳥のウキ&ウキ♪バード・ウォッチング環境に優れていらっしゃる。
そんな中、なぜか『共犯新聞』ゲストブックは今日も元気だ、頭が痛い(がくっ)。みなさん、ありがと・ね。
■ところで、先にあげた「日本経済新聞」のコラムでは、ブロガーと宗教を結びつけて展開していて面白かったので、抜粋してみますっか。

有名になりたいのか自分に酔っているのか。書き込みに精を出す40代の男性に聞くと答えは意外だった。「誰も読んでくれなくていい」。何者かが自分を見ているという状態をつくり出す。そこで体験や思いを言葉にすれば自らを律することができ、仕事や生活に励みも生まれるという。▼同じ構図をエルサレムの「嘆きの壁」で見たことがある。ユダヤ教徒は体を揺すりながら壁の「向こう側」に延々と語りかけていた。宗教の違いはあっても、自己と、自己を見守る超越者を言葉でつなぐ行為が「祈り」だろう。情報化時代の神はネットの闇にも宿る。人を煽るのではなく、声を聞くだけの神であってほしい。

■どや?
まぁ、最後のシメは、なんつーか、いかにも大新聞記者的予定調和な終わり方だけれど、ブロガーと「嘆きの壁」を抽象化したレベルで結びつけることと、異論はあるケド、「祈り」の考察などは、ブル新記者にしておくのはもったいない展開だと私は思うのだが・ね。
んでも、やっぱし、大メディアの記者たちにとっては、活字による表現&バラマキは自分たちの特権であると、まだ&まだ無意識にでも思っている(=勘違いしてる)だろーから、HPやブログに対するささやかな嫉妬もあるとは思う・よね。
つまり、大新聞こそ、「嘆きの壁」に向かって延々とつぶやき岸部シローなんではないかい(笑)?

>当時から(今も?)アングラ少年だったわたしは前衛アングラ舞台芸術にも関与してた

■んでは、寺山亡き後の劇団「人力飛行機舎」にいた俳優、清原昭彦をごぞんじか(笑)?

>連日のJR西日本事故報道、というかワイドショー。ちいと加熱気味?

■こーゆー構造的な事故(=事件)の場合、最も安住してコメントしているヤツが、もっとも悪人でしょう。
今現在で言えば、「社全体の問題だととらえていただき、見直しをしてもらいたい」と大上段に立って8の字マユゲでコメントする国土交通省のヤツラって、どうよ?
akiller@ブロガーは、 「気になることがあります。国土交通省の責任は本当にないのかということです。この点、民営会社といえども路線設定・改良、ダイヤ改正には国の許認可なり 指導なり、あるはずですから、この点マスコミの追求は足りないと思います。」と私にレスしていたが、これ、もっとも!
こーゆー正確な指摘を取りこぼして、ブロガーたちに「有名になりたいのか自分に酔っているのか」と、言える資格がブル新の記者どもにございましょーか?資格をとるなら、あ・ビバ、ノン&ノン。
■ちなみに、akiller@ブロガーは、村上龍『半島』もさっそく読破されて、書評を書いています。えらいっ!だって古本&文庫本じゃぁーなくて、ちゃんと新刊&単行本で買ったんだもん(がくっ)。

>同時代ならジル・ド・レー元帥に憧れるのが「究極の理由」であると言い切ってよし?バタイユに傑作評伝あり

■私にとっての、ジル・ド・レ初級教則本(?)は、雑誌『ユリイカ』1973年4月号「バタイユ」特集号(←私はこの古雑誌を古本屋で100円で買いまし た・笑。しかもこの本の表紙、山藤章二によるバタイユの似顔絵なんだよなぁ!)の中に入っているドゥニ・オリエ「”残酷劇”におけるジル・ドゥ・レの悲 劇」(訳;佐藤東洋麿)でした。
とにかくこの小論文は、バタイユ『悲劇の母体』の中の「演劇は睡眠と同じく、肉体の内部にある恐怖と血でいっぱいの深みに、生命をふきこんでくれる」と ゆー言葉でしめくくられているのだから、ギロ男爵の書き込みが演劇を迂回してから、ジル・ド・レをチラリとスカートの下から見せ付けた知能犯振りがよーく 分かったもんてすきゅー。
■私はバタイユの「傑作評伝」は読んでいないのですが、バタイユがドゥニ・オリエに乗り移ったかのような、この『ユリイカ』の小論文を読むと、なるほど、ギロ男爵好みだわい・と、思ってしまいまちゅ。
たとえば、こんな感じ。

悪とは常に悪くなり続けるものであって、だからこそ恐ろしい、だからこそ悪を考えることは自己の思念を恐怖にゆだねることになるのだ。
犯罪は、いつでも可能であるものとして規定されると同時に、決して考えることのできないもの、考え得ないものの可能性、として規定されるのである。
真の犯罪は、いかなる理由をも持たないというまさにその点において、正義の網の目からもれるのだ。

■こんな文章を立て続けに読まされると、大昔の教科書的&紋きり語=「暗黒の中世」という言い回しが、名づけた者の意図から大きく逸脱して、もっと根源的=可能性の広場としてのアニミズム的意味として、「暗黒」というキャッチフレーズは正しかった・と私は感じちゃいます。

>地下室の個人教授・・拷問室兼用ワインセラー

■ちょいと脳味噌に仮想ワインが培養され始めた夕暮れ時になってきたので、ついでに、決めのフレーズを一発、引用。

・彼の共犯者たちは、彼が目的をはたすために使ったにすぎぬと思われる端役(はやく)の連中ではなく、その犯罪の目撃者たちなのだ。もし目撃者の存在がなかったとしたら、彼は自分の犯罪を犯罪として体験しなかったであろう。「ジル・ドゥ・レの生涯を通じて、彼の露出趣味は、少数の目撃者すなわち共犯者によって満足させられていた」(バタイユ『ジル・ドゥ・レの訴訟』14ページより)。彼の犯罪の秘密は、その表示の試みを逃げるどころか、ぜひともそれを必要としていたのである。

■この引用の「露出趣味は〜」の部分などは、まるでギロ男爵が『共犯新聞』に対していただいた、歪んだおほめの言葉とまるで同じじゃんか!
そして例によって、論理展開は100円ショップのクラインのド壺になるんだけれど、この引用は、まるで昨今のブログ流行をスケッチしているよーではないか!「日本経済新聞」からの引用と、ほぼ同じ情況分析だぜ!びっくしー。

■「引用」に蛇足もナイもんだが(笑)、ついでにこのドゥニ・オリエの小論文の原注からも引用。

・(母親への欲望と)尊属殺人は、だから、文学と犯罪の起源にあたり、その二つを組み合わせることを可能にする。

■こーなると、「日本経済新聞」がいみじくも&イチジクも、ブロガーに犯罪の匂いを感じたのは、実はなんと失礼どころか、大正解だったってゆーことかいな!

>【魂は私の肉体にあるではなくて、愛する肉体にある】→【愛してしまうとタマシイがヌケる】

■さすが、ウマイねぇ〜(笑)。
犯罪ばかりで議論を終えるのも、ものたりないので、ツチノコの蛇足を1本。
我らがホイジンガは、されども我らがエラスムスを中世の究極の理想人としていたわけではなくて、クリュニー修道院長の尊者ピエール、そして、ジョン・オブ・ソールズベリを理想としていたよーだが。
そこんとこの個人教授の続きは、今度は地下室からにゅるりと抜け出して、屋根裏部屋で没価値男のベッドの上で優しく教えてちょーだい、ギロロロロロ男爵閣下。




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Reply 夜になっちゃった(爆) ギロでございます〜
2005/05/10 20:21


午後の昼下がり、連日睡魔に襲われて恍惚となるわたしはウキウキできるよーなネタさ がしに邁進。しかしエロサイトも秋田市ね、もうちょい北の方まで足を伸ばすかといったところでして(笑)そしたら夜になっちゃった(爆)■前世紀末に雨後 のツチノコのように、うじゃ&うぢゃと出現したクソHPのひとつが我がサイトで確かに最近は戦線離脱(汗)しかし元々映画サイトのつもりで始めた当初、わ たしの自戒は「ツタヤシネマハンドブック(←でしたっけ?)にはしない」という単純なものでした。映画見て二、三行の感想書くだけじゃつまらないし。とい うかそういうサイトがあまりにも多かったんですな〜今もそうだけど■今やブログ全盛←開設7年目サイトの管理人としてはブログと掲示板との違いがいまだ分 からず、これまた(汗)。グーテンベルグの印刷術が人類を文盲とそうでない人に二分したように、ネットは筆まめな人とROMするだけの人に分けた、とゆー のがわたしの持論。そうであればブログが出てきてこんにちは!した人たちは、な〜んだ単にHTMLタグがイヤ&苦手だっただけなのか?■そうではなく現代 人にとってコトバなるものがますます重要になってきたのだ、というのが「日本経済新聞」のコラムでは?カネもないしヒトも信用ならないし、かといって自分 にカイショもなくホリエモンにはなれないし、といったこの長引く不景気&人間不信時代に唯一ある種の自由を持って行使できる存在証明と錯覚しちゃうのは自 分のコトバ、ザレゴトのみ、しかもコトバは発しなくては存在しない、沈黙=孤独〜不在ないし非存在と同義とみなされかねない高度情報化社会においてオレも ワタシもナニか言わねばナニか発言しなければ、という自己表現への枯渇と焦燥。自分の輪郭をせめてコトバで切り出すこと、例え二、三行の感想にすぎないと しても。書くだけなら日記に書いて机の奥にしまっておけばいいものを、見られるために書く、とは他者とのコミュニケーションの可能性を残しつつ自閉を気 取って傷つかないようにしているだけですな、というか他人から見られなくては自分の輪郭を切り出せないという、これは自己愛〜自己防衛本能と自己表現との 相克■劇団「人力飛行機」なーんてなつかし〜けど清原昭彦氏は存じ上げませんで面目ない・・というかわたしは寺山クラスのメジャーなアングラ(←形容矛 盾)でなくもっともっとアングラな、多分誰も知らない「究境頂」とかいった劇団のファンでして彼らはアカテントならぬ銀色テントで野外公演。確か浜田山で やった「大ガラス」が懐かしい〜■連日のJR西日本事故報道、「国土交通省の責任は本当にないのか」ってそりゃ監督官庁の責任は常にある。しかし同じ許認 可を通してJR東日本は今のところ曲芸運転していない・・となればこれは「西日本の社全体の問題」に限定しないと訴訟に勝てないとゆー厳粛な事実。ありゃ りゃまだ訴訟になってなかったっけ、とゆー一方の事実(笑)。マスコミは畢竟マスとして個人を匿名状態に陥れるからこそブロガーたちは自分のコトバを綴ら なくては個人が切り出せない。にしては「有名になりたいのか」とは的はずれ。「自分に酔っているのか」は、やや正鵠。しかし「ホカに酔えるものがないの か?」と、そこまで聞いて欲しかった(笑)「カラオケとオンナジじゃんかよ」とまで追い打ちかけるのは残酷■残酷趣味ならバタイユ、ってんでどうにもバタ イユの似顔絵には見えませんでした雑誌『ユリイカ』。悪とは〜犯罪は〜真の犯罪は〜の下りは、まったくもってサドの登場人物の台詞みたいですねぇ。「いか なる理由をも持たないというまさにその点において、正義の網の目からもれる」とはいろんなパラフレーズが可能。「真の個人とは、いかなるコトバをも持たな いというまさにその点において、雨後のタケノコウエブからもれる」■「もし読者の存在がなかったとしたら、ブロガーは自分の存在を存在として体験しなかっ たであろう」・・なるほど、いくらでも出来るなこりゃ(笑)■ネットの可能性は、だからわたしはウィキペディアみたいなものに託しているんですよ、個人が 持ちうる専門的な情報を集約してチリも積もればヤマとなる方式で人知を結集する・・しかしその限界は「用語解説」にあるということか。いやそもそも紙文化 が廃れてきた今日、せっかく結集された人知が停電一発でパーになってしまうということなのか?■そうではなく、バブル時代にはヒョーロン家にのみ許されて いた書きっぱなしの文化がいよいよシロート君たちにいたるまで正当化されてきた今日、ますますコトバは信用ならないものとなってきて、若者はよりリアルな 現実を欲しがっている、コトバにとってタブーなものが欲しい、言語にとって俺とはなにか?それは肉体感覚の復権、もっと言えば「現実の死」なのだが、とい うことか?自分の死でも他人の死でも彼にとってはどちらにしても同じこと・・あるいは「戦場」であっても同じこと、らしいがそれはちいと違う■観客〜目撃 者を必要としたレー元帥、というククリからすれば彼はアングラ劇団の座長として殺戮と拷問に満ちたおのが残酷演劇を全うできたわけですが、それが自分のオ ナニーを他人に見て貰って得る快感というククリでないとすればレー元帥の残虐非道は日記に書いて机の奥にしまっておいても良かったはず。それで誰にも読ま れず歴史にも残らなかったとすれば彼の現実はこの世に存在しなかったということか?そうではあるまい■バタイユも大新聞もブロガーもみなコトバを過信、書 かれたモノすなわち現実と錯誤、あるいは過大評価、しかし世の中にはもっとセンシティヴな人もいて例えば発話しようとするたびに自分の現実に立ち止まらざ るを得ない激しい吃音者が感じるコトバの無力さとは? 音楽において休符もまた大事な構成要素であるように、わたしたちの現実感覚は沈黙を復権すべきでは ないのか?■と書いてるわりにまた長文・・嗚呼!しかし思考がコトバを司りコトバが思考を促すとは限らぬ。だって音楽、彫刻、建築とゆージャンルだってあ るではないか。名も無き職人たちが日夜積み上げたロマネスク、ゴシック芸術。歴史が知られているからこそ無名が際だつのは休符のリアリティ。





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Reply 依存・解放・好奇心 サスペック・コンディション
2005/05/10 23:13


20年以上前に、某少年が曲の途中で嘆くように叫んでいたのを思い出した。テレビとファッション
に は永久中毒・・・よく傍らで、唾を浴びながら聞いていたものだ。たまに蹴られもした。某少年は、あたかも曲に割り込むように、長々と、詩を吐き出してい た。どこでサビに入るかなどは約束無しで、テンションを冷静に読んでいるテラが決めることだった。今日は何を言うのかな・と、幼い私はビクビクしていたも のだが・・・毎回,違っているのだ。又,マリワナやってんだろー、と問いかけられ、当時は、えせらせら・していたものだが、一時期,草を経験させていただ いたこともあった。今では、恋愛やってんだろー、と、おどし問いかけられた方が、はるかに恐いと思う。恋に恋してるわけでもなし、自分でも事情は解らない のだが・・・テレビとファッションには永久中毒・とは、よく言ったものだ。
薄っぺらい文化の象徴の世が、はびこっている。画面の転調により、人間の感情も簡単に転調していく。サアサ,乗り遅れたらダーメヨー,損,損ーーー@買いましょ、やりましょ、変身しましょ、真似しましょう
これ正しい、これダメ、ブラウン棺の奥から、恐怖支配されましょうー皆さん@釘ズけよーんQ





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Reply ホイジンガーZ VS グレート・ブロガー 天国注射のピル 久保AB-ST元宏 URL 2005/05/12 02:40


And it was Stalking time for Mr.サスペック・コンディション♪ The Bewlay Brothers
>テレビとファッションには永久中毒

■当時はいちいち説明はしなかったけど、ここで言う「ファッション」とは洋服のそれだけではなく、広義の「流行=モード」のこと。
中毒性のあるものが罪であるとするのならば、資本主義が準備した「テレビとファッション(=流行)」にも、罪の味がするから、美味い。
だから、マリワナから抜けられないフジオちゃんたちを逮捕するのなら、「テレビとファッション(=流行)」から抜けられない私も逮捕して、あのキャピタリズムから遠く隔離してちょんまげりーた。

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Up where Mr.ギロでございます〜 is shining so bright♪ That's where my heart is tonight
>グーテンベルグの印刷術が人類を文盲とそうでない人に二分したように、ネットは筆まめな人とROMするだけの人に分けた

■なぁ〜るへそ。
私の持論。

1960年代;一家に一台づつ、テレビが与えられる。=マスから大衆への水流の完成による、大量生産&大量消費の構築。
1970年代;一人に一台づつ、ラジカセが与えられる。=カセット・テープ編集による、個のメディア再構築の夜明け。
1980年代;一人に一台づつ、テレビが与えられる。=情報選択が個別化することによる、「大衆」の終焉。
1990年代;一人に一台づつ、携帯電話が与えられる。=個と個の結びつきの強化による、リゾームのインフラ。
2000年代;一人に一つづつ、ブログが与えられる。=個からマスへ、テレビ時代とは逆の水流の構築。

>唯一ある種の自由を持って行使できる存在証明と錯覚しちゃうのは自分のコトバ、ザレゴトのみ

■この世に許された最後の「自由」の地が、コトバなのか or なのね。

>見られるために書く、とは他者とのコミュニケーションの可能性を残しつつ自閉を気取って傷つかないようにしているだけ

■そんな今宵、おりしも「TBS部長、コラムで17件を盗用」っーマス相互のマス書き合わせ鏡現象が、また&またバレちゃいましたよねぇ〜。

TBS は11日夜、公式ホームページのコラムで毎日、読売、朝日の各新聞からの盗用が16件判明したと発表した。同局は10日にも同様の盗用1件を明らかにして おり、計17件となった。10日の1件は外部ライターの執筆としていたが、17件すべてを編成制作本部スポーツ局担当部長(47)が書き、虚偽の説明をし ていたという。(HP『デイリースポーツonline』からの盗用・笑)

■これはもう、シロートHP&ブログの爆発的増殖に対する、自称マスコミ(←もはや、マスコミなんて自称でなければ存在できない・かもね。)側の滑稽で悲しい自意識過剰対抗策が生んだ、みじめなアバラヤとオレ。
言葉のインフレは、言葉の価値の大暴落には結びつかずに、また新しい未来を準備するよーな予感。
そして、言葉のインフレは、意味のインフレを準備するんだろーか?

>他人から見られなくては自分の輪郭を切り出せないという、これは自己愛〜自己防衛本能と自己表現との相克

■そんなデッド・ヒートの末路は、自己愛と表現欲が長生きのモチベーションを増大させたことにより、今世紀末に世界中の特別養護老人ホームにおかれたベッドで、スパゲッティ状に全身いたるところから栄養剤を注入されつつ、寝たきり老人となった老ブロガー戦士脳味噌に組み込まれた自動ブログUP装置が放つ、世にも美しい無意識が生む万華鏡としてのブログ。

メジャーなアングラ(←形容矛盾)でなくもっともっとアングラな、多分誰も知らない「究境頂」

■1986年に解散した銀色テントを張って全国で公演していた劇団「究境頂(くきょうちょう)」鳳九(おおとりくう)という名前で活躍した鈴木久美嬢とか、富橋信孝とか。
ギロ男爵がブログ志向を分析&定義された「他人から見られなくては自分の輪郭を切り出せない・・・・・・」説から見てみると、アングラがブログが用意した?または、ブログ熱はアングラ熱と同じウィルスを持っている?
んであれば、かつての文学の才能が今ではマンガやゲーム業界にさらわれたよーに、アングラの才能はブログ畑でこじんまりと、家庭菜園(=日本脳炎?)されているのか。そこで作られた完璧な美しさを持った美人野菜を、誰が食う?

>「カラオケとオンナジじゃんかよ」

インターネット・カフェの数が、カラオケ・ボックスの数を上回った時に、何か大きな地殻変動(=知覚変動?)が起こりますだか、お代官様?

>ってんでどうにもバタイユの似顔絵には見えませんでした雑誌『ユリイカ』。

■がくっ(笑)。あれじゃぁ、パブロ・ピカソだよね(笑)。
昭和の天才絵師、山藤章二もマスコミではなくて、ミニコミ雑誌『ユリイカ』では手を抜いた or 実験をした?
そうか&なるほど、「シロートHP&ブログの爆発的増殖」は、つまり「発表の場の爆発的増殖」なんだから、「質の低下」と同時に行われる「実験の現場の拡大」にこそ、可能性がある・のか・いな?

>悪とは〜犯罪は〜真の犯罪は〜の下りは、まったくもってサドの登場人物の台詞みたい

■ご存知のように、バタイユはジル・ドゥ・レとサドの比較を下記のように書いているよね。

・自分の主義といったものを認めなかったジル・ドゥ・レから、主義を認めながらそれを行動に移さなかったマルキ・ドゥ・サドにいたって、われわれは暴力の衰退を見る。(『エロスの涙』166ページ)
・マルキ・ドゥ・サド以前、ジル・ドゥ・レは悪徳にこり固まった自由思想家の主義を明言した。(『ジル・ドゥ・レの訴訟』57ページ)

■この矛盾について、ドゥニ・オリエは「バタイユの書くものにはかなりたくさん見られるこのような明白な矛盾は、実際のところ、現実としては少しも支障をきたすものではない。」と、愛のある(?)コメントを原注でしておりました。

>コトバにとってタブーなものが欲しい、言語にとって俺とはなにか?それは肉体感覚の復権

■事務屋ほど、ジムに通っている・とゆー凝ったギャグを捻出している都市文化。
言葉におぼれかけた大先輩、サドやバタイユやボードレール(ついでに三島由紀夫も・笑)が、つかんだワラこそが、肉体であったなんて、とっても分かりやすいわん、うふっ。
■でも、「肉体感覚の復権」が権利としての「死」であるっーのも、論理のバンジー・ジャンプではあるけど、最近は少年ジャンプ、ヤング・ジャンプ、ビジネス・ジャンプだけではなくて、ウルトラ・ジャンプっーのもあるそうですね。

>発話しようとするたびに自分の現実に立ち止まらざるを得ない激しい吃音者が感じるコトバの無力さとは?

■敗退した政治活動家の多くが、失語症に陥るっーパターンも、古代ローマ帝国から東アジア反日武装戦線「狼」まで共通している言葉を持った野生=ニンゲンの特徴でケムンパス。

>歴史が知られているからこそ無名が際だつのは休符のリアリティ。

■「言葉」以外を休符と名付けるのであれば、デジカメの普及は、休符の普及か。
実際、「今日の画像」ってーだけっぽいブログも多い。むしろその方が、見る側もラクチン。
シロートの「言葉」ぐらいならば、デジカメ画像のほうが情報量は多いとゆーもの。インターナショナルだし?
このグルーブが生む未来は、進化した言葉&リンガフランカとしての、翻訳マシーンとしての、デジカメ付き携帯ブログUPマシーンか?・・・まさか。




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Reply 連休リハビリ ギロでございます〜
2005/05/13 15:16



やれやれ!ちいと忙しくなってきちゃった昨日今日。今週は連休リハビリに努 めようと思っていたのに〜■カセット・テープ編集・・わあ懐かしいっす。自分専用のベスト盤とか曲順並べ替え盤とか、よくやりましたよ〜録音可能時間に収 まらないんで強制ファイドアウトとかも(笑)ってワイプ攻撃か、これ■情報選択が個別化することによる「大衆」の終焉っていうのはよく分からないけど我が 家には一人一台テレビがなかった・・欲しいとも思わなかった・・つーか一人一台テレビがあっても見てる番組はみんな一緒だったりして(笑)更に言えば民放 番組はどれもこれも同じに思われてなりません。最近ディスカバリーチャンネルとゆー歴史・ドキュメンタリー専門番組放送局に入り浸り。ヒトラーの生涯とか を一日中やってまして(笑)■90年代、故意にパソコン普及を無視しちゃったのはなぜでしょ?携帯電話は個と個の結びつきを強化したのか? 結びつき=依 存症≠絆、て感じ? 会って話せばいいのに会わずに話す。別れ話もしやすくなったもの・・あるいはネカマで19歳少女をおびき寄せて監禁。「会ってみたら 別人格」(←今朝のアカイアカイアサヒ)出会いも容易になったもの■この世に許された最後の「自由」の地が、コトバなのか or なのね。どっちだろ〜?ある時には牢獄に思えるし。言葉のインフレは、言葉の価値の大暴落には結びつかずに、また新しい未来を準備するよーな予感、とはわ たしにはちょっと過信、糸井重里に期待しましたか?ともあれ今ほど言葉の価値が大暴落してる時代はこれまでちょっとなかった・・かつて言葉は権力に近い筋 合いのものがあり言葉の行使は一種の権威の裏打ちでもありまたそれゆえ闘争の道具ともなり得ていた、とすれば現在、知ったかぶり君やシロート君たちが聞き かじり話法で構築する言いっぱなし文化はありとあらゆる言葉の価値を暴落せしめている〜ところがそもそも言葉の価値は生命の側が裏打ちしてやらなければな らんのに互いに持ちつ持たれつだからこっちの側も暴落中ないし低成長期■言葉のインフレは、意味のカリスマ美容師化■スパゲッティ状に全身いたるところか ら栄養剤を注入されつつ、寝たきり老人となった老ブロガー戦士の脳味噌に組み込まれた自動ブログUP装置が放つ、世にも美しい無意識が生む万華鏡←これ、 わお。これってアングラ少年時代に撮ったエセSF拷問スプラッター映画の一場面そっくりでオドロキ。もっともギロ監督が拷問演出する以上、相手は寝たきり 老人ではなく当然に19歳美少女(笑)〜というか、設定はロボトミーと人間との戦いとゆーほとんど「ブレードランナー」的な「懐かしい近未来世界」におい て、感情を持たないロボトミーたちは生身の人間が迸らせる感情をヘッドフォンみたいなヤツで「感じて」快感を得てトリップるとゆーもの。それが麻薬みたい に大流行してる。で、恐るべき人間狩りから逃げのびようとした美少女ヒロインもあえなく最後は捕まってしまい、ついに奴らの餌食に・・美少女の脳には髪の 毛と見まがうばかりの光ファイバーケーブルが埋め込まれたうえ拷問、彼女は絶命直前のパノラマ視現象のなかで短すぎる美しい自分の過去を回想、その情景に ロボトミーたちはうっとり、いやうっかり感動、涙してしまうとゆー根底は真にヒューマンな残酷映画。うつくちいでしょ?シナリオだけならまだどっかにとっ てあるはずだな■なので今でも蛍光ヘアウィグつけたクラブ女子に出くわすと一目惚れ。ロボトミー役の俳優たちは普段着のままちょっと目をウツロにすれば良 いとゆーアングラ低予算映画(笑)主演女優はもはや帰らぬ人(涙)■多分誰も知らない「究境頂」は、って自己レスだな・・なんか久保さんのココはうっかり した過去or若気の至りを思い出すにはもってこいの場でそれは久保さんのソクラテス的産婆術のせい?(笑)はさておき、劇作家、山川三太氏中心の劇団。こ の劇団との出会いは不思議なものでして、とゆーのもある日突然わたし宛にダイレクトメールでチケットが届いたんですよ、今でも不思議。アングラ出入り激し かった当時、どっかで知り合った誰かが挑戦的に送りつけてきたのかな?それなら行ってやろーじゃん、というわけで肩で風切る学生のジャズが音頭とる神田カ ンダカーンーダ・・いや実際は杉並だったですが(笑)鳳九、わおなつかちい・・元気なのかヨカッタよかった。山川氏がドブネズミに扮して都会の下水溝を探 検するヤツ、あれなんて芝居だったかな〜女囚同士のキャットファイトつきのやつ■ギロ男爵がブログ志向を分析&定義された「他人から見られなくては自分の 輪郭を切り出せない」説は、しかしわたしの分析&定義というよりは「日本経済新聞」コラムからのパラフレーズ。諸悪の基盤(←根源ではなく)はきっと単な る神経症的強迫観念。この高度情報化社会、ナニか言わねば自分が滅失しかねない、とゆー強迫観念が、きっと誰かが読んでくれるだろーとブログに人を向かわ せる・・とすればその有様を「嘆きの壁」にも見た記者君はまこと正しく、なぜならユダヤの神こそ民族自決、結束強化、アイデンティティ確立のための脅迫観 念的な神。この神に祈るとは畢竟「あんたがおらんかったら、うちらはおまへんのや」、ゆえに「あんた」の名前まで忘れちゃったユダヤ人同様ブロガーたちは 神の名を知らずただ単に「読者」とか「訪問者」とか呼ぶだけだ■#ならオレは神だったのか。しかしキミも神だよね?困ったね。いや誰も困らない。問題はわ れわれ神々が自分の輪郭を切り出せないでいるということだ。なぜならお互いブログ書きに忙しい神だから(笑)。肉体に向かう?そんなら神同士でキャット ファイトしよか?・・■アングラの才能とはつまるところスキマの才能。アート、風俗、映像、紙メディア、音楽その他なんでもいいけど一応は確立された「業 界」のどれにも根ざすことなくただそれらのスキマでふうらりふうらりする才能。従って当事者たちはプロではないしアマチュアでもない存在、これを呼ぶのに わたしの翻訳者は「プチュア」と命名(笑)なんか可愛い■カラオケとオンナジなのは誰も聞いてないけどボクは歌う。けどきっと誰かは聞いてるのかな、一人 でカラオケやったってボクだけはちゃんと聞いてるしね〜ほどの意味でして、カフェ数はまだとしてもパソコン台数ならすでにカラオケ・ボックスの数を上回っ てる・・だから「発表の場の爆発的増殖」=「質の低下」と同時に行われる「実験の現場の拡大」、には可能性がある?その場合、しかし他人様の歌を出来合い の伴奏に乗せて歌詞のテロップ見ながらブログに書いてるだけだったら実験とは到底呼べない■「バタイユの書くものには〜現実としては少しも支障をきたすも のではない」これには確かに皮肉な愛を感じる。「バタイユ」のところに入れてやりたい人名図鑑の厚さはきっと膨大なものだ■しかし愛で済ませられない支障 をきたす奴らの場合はどうしたらいいのだ?■つかんだワラこそが、肉体。「すべての書は読まれたり。肉はかなし」であったなんて、とっても分かりやすいわ ん、うふっ。失語症に陥った敗退政治活動家と多弁症候群の退廃空理空論家ともに言葉を持った野生=ニンゲンの末路。しかし歴史はゲネラルパウゼでは動かな い。






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Reply しゃべるのを止めるな!死ぬぞ! 久保AB-ST元宏 URL 2005/05/14 15:55


So Mr.ギロでございます〜 goes♪ Just a searcher♪ Lonely soul♪ The last of the dreamers
>一人一台テレビがあっても見てる番組はみんな一緒だったりして(笑)

■私には2歳年下の弟がいまして、幼少の頃は、それぞれの勉強部屋(←いったい、何をベンキョーしていたのやら)で、同じレコード(=レッド・ツェッペリン『4』とか・笑)を別々に1枚づつ買って、個別に聴いていました。
私には6歳年下の妹がいまして、そんな兄たちを笑い話にしていました(笑)。嗚呼、イソップ物語のよーな、久保家。
■「自由」の権利として選ばれた固有の端末で、使用されている内容が、同じ消費財であるという喜劇空間は、明らかに優れた20世紀の比喩ですね。
つまり、我われは「自由」を得たつもりが、その別々の入り口から入ってみても、同じ待合室で、同じ風俗嬢を選んでいる・というメジャーなアングラ演劇。
そうであってみれば、「一人一台テレビ」は権力者が用意した自由の幻想に過ぎず、問題は先回りされたチャンネル数であり、もっと先回りされて脳味噌に植えつけられた消費者の嗜好・か。

>90年代、故意にパソコン普及を無視しちゃったのはなぜでしょ?

■イノヴェーションの速度は、進化のフラクタル図形を無限に細密化してゆき、もう「一人に一つづつ、ブログが与えられる。」と言ってしまえば、パソコン普及なぞ、鉛筆の発明に等しいぐらい瑣末なもの(?)。
■ 計算の速度(=情報の処理速度)を手に入れたというこうは、むしろ、「何を計算するか(=どんな情報を、どう加工・理解するか)」が試されることであり、 手書きの原稿を秘書にワープロで清書してもらうことと、ブログが同じレベルであると断罪(?)することは、ギロ理論「他人様の歌を出来合いの伴奏に乗せて 歌詞のテロップ見ながらブログに書いてるだけ」のコトバによって立件される。
しかし&それでも、魅力的なインスタント・マシーンとしてのブログに罪はなく、今はとりあえず&とにかく、ガン&ガンと皆が情報を発信し、相対的にマスコミの地位を下げることに、このブログ市街戦のゲリラ戦法に意味=価値がある・のか・な。

>結びつき=依存症≠絆、て感じ?

■5分おきにメールをチェックしないと自分の存在が消えてしまいそうな不安に陥るヒトって、けっこーいるんでしょうーねぇ。
もしも、1日、だぁ〜れからもメールが(迷惑メールも含めて)1本もこなかったとしたら、「もしかしたら私はすでに死んでいるのかもしれない」と思って自殺しちゃう・とか。
■そう言えば1985年の夏、全てを切り離して生活していた私は、自分のアパートにある電話機の受話器の握るところにホコリが、いっぱ〜い・たまっている のに気が付いたことがありました。それまで、受話器にホコリがたまるなんて思いつきもしなかったもんですから(笑)。まぁ、そのことで電話が象徴する〔結 びつき=依存症≠絆〕の社会的立場(?)が確認できたような気がしました。
■そして「絆」を定義づけすることの難しさを感じますよね〜。例えて言えば、それは「祈り」を定義づけすることの困難さにも似ているような・・・。
日本経済新聞コラムが書くように「自己と、自己を見守る超越者を言葉でつなぐ行為が「祈り」」であるならば、「自己と、他者を肉体でつなぐ行為が「絆」」なのか?

>ネカマで19歳少女をおびき寄せて監禁。「会ってみたら別人格」(←今朝のアカイアカイアサヒ)出会いも容易になったもの

■いやぁ〜、私、あのニュースが流布される前に長髪を断髪しておいて良かったっすー。
田舎町では長髪の男+インターネットとくれば、「ああ、久保さんとこの王子様(がくっ・んなワケないがな!)」と、なっていたかも?
■「出会いも容易」とは重要なポイントかも。もしかしたら、現代は(すでに&再び)ロマン主義の時代になっているのかも。新ロマン主義でも、革命的ロマン主義でもなく、超ロマン主義か?青ひげロマン主義か?

>言葉は権力に近い筋合いのものがあり言葉の行使は一種の権威の裏打ちでもありまたそれゆえ闘争の道具ともなり得ていた

■コトバと権力の話題は、『共犯新聞』ゲストイブック「40 新宿2丁目のインスタント・カマ 久保AB-ST元宏 2004/12/08 23:36」で 話題にした、 「嵯峨天皇って、宗教的興味から空海に接近したのではなくて、文学的興味からであった」理由としての「国家が文字を持つということは、歴史を持つというこ とですよね!歴史を支配するために、全ての王は文字に興味を持つ」であり、「嵯峨天皇は、それと同時に、純粋に文学としての「文字」にも興味を持ってい た。ですから空海のブラック・マジック以上に、嵯峨天皇の「日本文字」は万世一系のブラック・マジックの種だった。・・・と言うのが私の説」なのよ。
■「闘争」が「歴史」を前進させる燃料であるとアナクロに論理を展開すれば、言葉はハイオク・ガソリンか。

>「あんた」の名前まで忘れちゃったユダヤ人同様ブロガーたちは神の名を知らずただ単に「読者」とか「訪問者」とか呼ぶだけだ

■さまよえる言葉の民(?)=ブロガーが、現代のユダヤであるとすれば、現代のヒトラーはプロバイダー?「ハイル、プロバイダー!」「入る?OCN!」(がくっ)。
もし、ITテロか何かでインターネットが機能不全となり、ブログへの書き込みができなくなったとしたら、ブロガーのディアスポラが始まる。
さまよえるブロガーたちの「約束された土地」とはどこか!?ハリウッド超大作映画『ブロガーの惑星』、近日後悔!

>他人様の歌を出来合いの伴奏に乗せて歌詞のテロップ見ながらブログに書いてるだけだったら実験とは到底呼べない

■国家警察の記者会見発表だけを調子に乗って調査報道無しに記事に書いているだけのマスコミだったらジャーナリズムとは到底呼べない。

>つかんだワラこそが、肉体。「すべての書は読まれたり。肉はかなし」であったなんて、とっても分かりやすいわん、うふっ。

■しからば、全身に経文を書いて、書と肉の合一を謀ろーか?
もしくは、耳に経文が無かった「耳なし芳一」のネガのよーに、陰茎のみに経文を書き、残った陰茎のみで生きてゆこうか?

>失語症に陥った敗退政治活動家と多弁症候群の退廃空理空論家ともに言葉を持った野生=ニンゲンの末路。

■どうも最近は、夜な夜な居酒屋で、「多弁症候群の退廃空理空論家」となっている自分にフト気が付きます(恥)。
しゃべりすぎた翌日は、なんで意味もなく巨大な罪悪感を持って過ごさなければいけないんだろーか(笑)?
それは、コミュニケーションというフラットな地平(=「絆」?)をもとめて、「つ・な・が・り・た・い」と言葉を利用したあげく、過剰なる言葉は「権力」&「権威」&「闘争の道具」として自己増殖してゆき、翌朝、その悪魔の死体とベッドで再会するからか?

>しかし歴史はゲネラルパウゼでは動かない。

■人工的に休符を作ることによって、その休符の谷間に「多弁症候群の退廃空理空論家」をつまづかせ、転んだそいつの背中を踏みつけて、次の食卓に向かう。ってのは?




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Reply メッセージ・イン・ア・ボトルとマッサージ・イン・個室 ギロでございます〜
2005/05/16 15:07


天 気は良い@東京んですがなぜか気が晴れない。体調も不良。そろそろ入院かな・・ってまた?旧型肺炎で白衣の天使ちゃんたちに囲まれたあのパラダイスライフ からはや2年。またぞろ恋しくなって来ちゃった(笑)◆2歳年下の弟さんてコトブキヒカルさんていうんですか。6歳年下の妹さんのほうは・・?別々に1枚 づつ買って、個別に聴いてるツェッペリンて(笑)時々同じレコードを貸し借りしたりして(爆)すり切れ具合が違う!と兄弟喧嘩のスキンシップ〜それが出来 るのも「絆」があるがゆえ◆高度経済成長を経て結局は同工異曲の大量消費財をいかにヨソより多く売るか、そこで他との差異化を図らねばならなくなってきた ところに高度先進資本主義=高度消費社会の世紀末的課題があったわけで、そこにコピー文化とブランド文化の根っこがあったんでしょうね〜この両文化は80 年代以降の「若者文化」の流行基盤になってるらしいから今の若者には価値あるモノも価値ないモノも、すべてがファッションの基盤であり同類項としてしか体 感できない。久保さんなら価値なきコピーやブランドはファッショと体感してるはず、つまり同じ待合室で、同じ風俗嬢を選んでいる・・という我々にとってメ ジャーなアングラ演劇は資本家が労働者に用意してくれた「喜び組との共演芝居」とも言いうるみたいで◆パソコン普及なぞ、鉛筆の発明に等しいぐらい瑣末な もの(?)←なるほど〜言われてみればその通りですね。しかしこの新型鉛筆は改良されるにつれてどんどんお手軽になってきて今では人間の思考回路や表現パ ターンに非常に親しい鉛筆、要するにマルチメディア型の鉛筆。表現するのは容易になったけれどコンテンツが空疎になるのも極めて容易、しかも一見有意味に 装うことも数あるテンプレート活用によってこれまたいかにも容易。フィクションならともかく身銭切って書いてるリアル記事はいったいどれだけあるんで しょ?これは大新聞にこそ言えるハナシだけど。したがってわたしは魅力的なインスタント・マシーンとしてのブログには懐疑的・・相対的にマスコミの地位を 下げることには何故か賛成ですが、それはマスコミが民意の代弁はおろか大便にすらなりえていないことへの苛立ちのゆえ。というより民意とマスコミとはそれ ぞれ異次元に存在している・・一方、ブログ市街戦のゲリラ戦法は発信者個人の資質と良識と自負心任せ。に思われて仕方ない。2ちゃんと似たようなものみた いで。それぞれ自分の経文をブログという名のチンコに書いて社会の窓からこんにちは?それとも読み手の側に選択の自由がある?読まなきゃいいじゃん、との 開き直りはチンコ見なきゃいいじゃん!と街なかで叫ぶ露出症の末期症状◆受話器にホコリ(笑)とはさすが以心伝心テレパシスト◆「絆」の定義づけは仰る通 り難しいですね〜・・というかそもそも血縁それも親子関係でなければ「絆」と呼びうるような愛より深い人間関係は出来ないのではないかと考えつつある今日 この頃です〜カートヴォネガットJR西日本の小説「スラップスティック」ではアメリカ合衆国最後の大統領が国民全員にミドルネームを無作為配給。たまたま 同じミドルネームになった者同士はみんな親戚になるんだから仲良くしなさい、と(笑)これは秀逸な疑似的肉親関係の創造、このくらいの大英断的スラップス ティックがなければ現代人にとって「絆」なんてものは認識できないのかも◆「出会いも容易」なネット時代、しかし子供だけはコウノトリプロバイダーがメー ルで送ってくるわけにはいかず◆とは重要なポイントかも◆国家が文字を持つということは、歴史を持つということですよね!←北朝鮮テレビを見る限り国家は 「喋り方」も持っていると思えてならない(笑)いやどこの国でもそうなんでしょうけど。しかし連中の「古事記」はたかだか100年前くらいから始まってい る?のかな?北朝鮮はともかく韓国、中国で使われている歴史教科書にはギャグ満載でお勧め・・彼らにしてみれば日本の教科書にもギャグマンセーということ になるのかな?いやギャグで済めばまだマシか◆「闘争」が「歴史」を前進させる燃料であるとアナクロに論理を展開すれば、言葉はハイオク・ガソリン。引火 しやすいけど気化もしやすい。燃えても炭酸ガス出して温室効果。階級闘争史観にはもひとつ「肉体的激突」っていうファクターもあったはずでした(笑)がコ レを商売にする傭兵部隊は日本にはいないし。ITテロか何かでインターネットが機能不全となり、ブログへの書き込みができなくなったとしたら、ブロガーた ちはそれぞれ,靴个蕕日々の仕事に精を出す▲錙璽廛軋任舛領彁新聞をコピー機増刷して配るいつになったら直るんだョ?と不平不満を大新聞に投書する◆ 全身に経文を書いて、書と肉の合一を謀るというのは肉体改造フェチのムード満点。外国人には多いですね、彼らにしてみればトライブも漢字も似たような模様 なんでしょう、ってこれはタトゥの話。ピアスより霊験あらたかでエロティック〜「耳なし芳一」はもはやピアスはできまい?◆しゃべりすぎた翌日の巨大な罪 悪感・・うーん。久保さん、ひょっとして孤独なのでは? どこかと共闘戦線を張ったらどうでしょう〜多分それには懐疑的かもしれませんけれど。地域に根ざ した発信者という「強みの孤独」なのかも知れないから、わたしには分からないのですが。そいやこの夏、ギロ一族は避暑のためついに北海道へ?わお、初めて 行くぜホッカイドー!しかし明日の打合せで沖縄志向のスポンサーに翻意してもらわねばなりません〜






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Reply わお ギロでございます〜
2005/05/16 15:10


↓内容にふさわしくカゲの薄い書き込みになってしまいました・・(汗)





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Reply マスメディアは、個室マッサージである。 久保AB-ST元宏 URL 2005/05/17 01:40


Mr.ギロでございます〜 and The Drowned Girl (Vom Ertrunken Madchen)
>同じレコードを貸し借りしたりして(爆)

■その次にすることと言えば、同じレコードが鳴っている別々の個室に入っている兄と弟を交換することぐらい・か(がくっ)。

>マスコミが民意の代弁はおろか大便にすらなりえていないことへの苛立ちのゆえ。というより民意とマスコミとはそれぞれ異次元に存在している

■ではなぜ、マスコミはマスコミと呼ばれているのか?
市民が自分の大便を見たくないから・か?
■ザ・スターリン遠藤みちろうファースト・エッセイ『嫌ダッと言っても愛してやるさ!』(1982 年12月25日初版、K.K.ダイナミックセラーズ)なぁーんて本が今でも私の書斎に転がっているけど、この本の最後を飾るのはホイジンガ『中世の秋』の 中の「第11章 死のイメージ」の冒頭で使われた「死を想え(メメント・モリ)」をそのまんま書名にしてベストセラーを勝ち取った写真家・藤原新也と遠藤 みちろうの対談。
その対談には、「豚の臓物を、客席に向かってなげる・・・あれは多分、人権宣言だな!」という藤原の発言がタイトルに使われているのよね。
それにインスパイアされて換言すれば、「自分の大便を、ブログに向かってなげる・・・あれは多分、人権宣言だな!」。
もしくは、「もう大便はいらない。」・・・じゃぁーナクって、「もう代弁はいらない。」ってことなんだろーね。
これって、直接民主主義の真の夜明け?
それとも、雨後のツチノコが、烏合のシュークリームになっただけ?ツチノコよりもシュークリームの方が、幻想ではないしお手軽に横丁で買えるから、「善」?
■ここでワザと起こしている(笑)混乱は、マスコミとプロフェッショナルの未整理。

>それぞれ自分の経文をブログという名のチンコに書いて社会の窓からこんにちは?

■神の名を知らずただ単に「読者」とか「訪問者」とか呼ばれているモノたちが見たいのは、経文なのか?それとも、チンコなのか?
それは私には分からない。ただ言えることは、チンコであったとしても、ウンコではないという肉体の復権の予感である(って、何、書いてんのかわけわかんねぇー・がくっ)。

>北朝鮮テレビを見る限り国家は「喋り方」も持っていると思えてならない(笑)

■つまり、「喋り方」も「文字」のうち。ならば、とーぜん「休符」も「文字」のうち。
それらをひっくるめて、「音楽」と名付けるのは、ちとロマンッチックすぎる?
■ぐるりと論理を回転させりゃぁー、権力は「音楽」に嫉妬する?

>言葉はハイオク・ガソリン。引火しやすいけど気化もしやすい。燃えても炭酸ガス出して温室効果。

■なぁ〜んだ、ブログで無駄に(←失礼!)燃えている大量の言葉が、地球温暖化の原因だったのか!
京都議定書に反対したブッシュ大統領は、言葉を燃やしたかったのか!こりゃまた、レイ・ブラッドベリ『華氏451度 ブログの惑星編』。

>階級闘争史観にはもひとつ「肉体的激突」っていうファクターもあったはずでした(笑)がコレを商売にする傭兵部隊は日本にはいないし。

■小説家の村上龍@『半島を出でよ』は今日のメルマガ『JMM』で、
「民間軍事会社勤務の斉藤昭彦さんがイラクで銃撃を受けた事件では、政府はほとんど現地で情報を得ていない ように見受けられます。以前外務省職員が銃撃を受け殺害された際には、現場の映像が繰り返し映し出されました。あのときは事件後に襲撃の現場をカメラがと らえていました。今回の事件は、斉藤氏が元傭兵で民間軍事会社の社員だったという側面が強調され、現場の映像はほとんど入ってきません。
 これは「推測」ですが、斉藤氏が襲撃された現場は、日本のメディアはもちろんのこと、現地の警察も、ひょっとしたらアメリカ軍でさえも、「立ち入るのに多大なリスクを伴う危険区域」なのではないでしょうか。アメリカ軍が嫌がる危険区域だから、民間の軍事会社にオペレーションの依頼があったのだろうという見方もできます。」
と、書いていたね。
そも&そも、犯行声明を出したアンサール・スンナ軍の方も、多くの貧乏な中東人が高給目当てに参加している・とゆー説もありらん&ありらん。
つーコトは、ナウい戦争(?)とは、CNN(=マスコミ・笑)の前で国家同士が演じるメジャーなアングラ喜劇と、CNNの目が届かないところで繰り広げられている「雇われ兵士」VS「雇われ兵士」の死の快楽オフ・オフ・ブロード(キャスティング)ウェイ。
その二重構造がバレちまった時にやぁ、憲法を現実に合わせるがごとく、メジャーなアングラ喜劇の客(=CNN)は激減し、全ての戦争は「雇われ兵士」VS「雇われ兵士」だけになる。
そして、2020年、世界長者番付第1位に、名も知らぬ傭兵が躍り出る。世界中のマスコミ&ブログは競って大騒ぎ、あーだ&こーだ&あーの&こーの、その傭兵はなんと日本人で、元・自民党代議士の大物ハト派議員の孫であった。名前は、河野傭兵(がくっ)。
ついでにHP『軍事板常見問題』では、
「劣化坊やの場合は,イラクに行く義務も責任も無い、まして現地で何かの役に立つわけでもないのに(これを人は物見遊山と呼ぶ)、ノコノコと危ない場所に出かけて行って捕まって,日本政府を右往左往させたわけだ。
 これを同列に扱うのはどうかと思う。
 むしろ比較すべきは橋田記者とだろう.
 かたや傭兵のプロ、かたやジャーナリストの鬼。」
なぁ〜んて説明(笑)していたねぇ。
この最後の言葉は、はからずも、世界の果て(=最前線)には「マスコミのプロ」は立っていない・ちゅーコトを逆光の中で浮き彫りにさせてくれた・のか・も。
もちろん、世界の果て(=最前線)に立っているからエライ(または、エラくない)とゆー基準は重要ではありません。ただ、マスコミには肉体が無いことが確認できた・とゆーコトです。

>ITテロか何かでインターネットが機能不全となり、ブログへの書き込みができなくなったとしたら、ブロガーたちはそれぞれ,靴个蕕日々の仕事に精を出す

■そうなれば、世界総生産量は一気に上昇するのか?
確かに、一時的に各国のGDPは上昇するだろう。しかし、ある日、世界的にGDPの暴落が同時多発する。あわてた各国の権力者どもは、その理由を探ろうと右往左往
そしてその原因が分かった。ブログが無いからであった。つまり、ブログは自分から情報を発するという手段によって唯一、この情報過多の社会において、個が「休符」を手にすることができる方法であったのだ。
「休符」こそが歴史を動かしていたのである。

>▲錙璽廛軋任舛領彁新聞をコピー機増刷して配る

■しかし、進化は戻ることができるのか?
■「めんどくさい」と言うことは、「手続き」と言うことであり、それは「複数の他者の介在」を意味する。あっ!そーなりゃー、ブログの「匿名性」が薄くなる。
ヘルメットと、口に巻いていたタオルをはずされたアジテーターは、声を小さくしてしまうのか?

>いつになったら直るんだョ?と不平不満を大新聞に投書する

■やっぱ、マスコミって頼りになるなぁー。ってか!?

>「耳なし芳一」はもはやピアスはできまい?

「ど根性ガエル」は、もはやヘソ・ピアスはできまい?

>しゃべりすぎた翌日の巨大な罪悪感・・うーん。久保さん、ひょっとして孤独なのでは? どこかと共闘戦線を張ったらどうでしょう〜

♪共闘〜大恥三千舌、行為に敗れたブログがひとり〜、ってか?
まぁ、孤独ならば、携帯電話を買いますよ、私も(笑)。おそらく、全国の株式会社の40歳代以下の取締役社長で携帯電話を持っていないのは私ぐらいでしょう(笑)。
■まぁ、本当は「孤独」でもいいわけで、私が持つ「巨大な罪悪感」とは、言葉の量と伝達の質は比例していると、言葉に過信な自分が犯した再犯に対して・かなぁ?
■そう&そう、ここしばらくずっと、夜ごとに、「通夜」と「飲み会」が交互にやってきている私のナイト・ライフなんですよ。ちなみに今夜は、親戚のおじさんの通夜。
それって、「失語症に陥った敗退政治活動家」と「多弁症候群の退廃空理空論家」の連夜の繰り返し・じゃんか。このベロのシャッフルは、「他人の死」という「休符」に救われているの?

>そいやこの夏、ギロ一族は避暑のためついに北海道へ?わお、初めて行くぜホッカイドー!しかし明日の打合せで沖縄志向のスポンサーに翻意してもらわねばなりません〜

■そーゆーギロ男爵が、子育て上手とは月見猫嬢もビックリの事実であるのだわな。そもそも、アーサー・ランサムの少年文学『ツバメ号とアマゾン号』が大好きなギロ男爵、北海道は未体験なら、見たいけん(がくっ)?
是非、毎朝、ヒグマと相撲をとってから学校に通っていた私の少年時代の土地を体験していただきたいものであーる。




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Reply 今日はデフォルトで ギロでございます〜
2005/05/17 14:10


「豚の臓物を、客席に向かってなげ る・・・あれは多分、人権宣言だな!」という藤原の発言←これっていったいどういう意味でしょ?(爆)自分の大便を、ブログに向かってなげるのは人間宣 言?しかしもとより人間だということは分かっているのだし、今さら・・変態スカイベントならいざしらず(笑)お持ち帰りのみでも規定料金なんですよ。「当 会場にシャワーはついてません」とか親切な但し書きもある■直接民主主義ってどう思います?歓迎すべき?それとも衆愚政治?間接民主主義は結局のところ多 数決である以上マイノリティの意見を反映しない構造的な欠陥があるとはよく言われることですが・・参加型の政策決定論も小規模な政策なら効果的なのかも知 れませんがここらは70年代によく言われた市民自治の論理。最近はトンと聞かないですね〜状況が加速しすぎてるのかな?■「読者」とか「訪問者」とか呼ば れているモノたちが見たいのは、経文なのか?チンコなのか?←両方ではないでしょうか。見たいというよりは、見てしまった、という感じかな。タマタマの例 ですが日本では未だによく知られていないパゾリーニ君について憶測だけで書かれてしまっている文章なんかをウエブで見かけると、それはキミの恥部であり限 界でありそして自己陶酔のための呪文だねぇ〜といった感想を持つこともありますねぇ(笑)そして、そいつを鵜呑みにしちゃう読者がいるとしたらそいつがさ れたのはイラマチオ(←今日も下品でいけないや/爆)■とーぜん「休符」も「文字」のうち。←おお、その通りじゃないですか〜「音楽」といったのは比喩だ けれどもわたしとしては休符はコトバに匹敵するだけの重みを持つからこそ価値を問われると思いますね〜権力は「音楽」に嫉妬する?かどうか・・しかし多弁 な空理空論より沈黙を前にして不安になるのも権力なはず。というかヨリ正確に言えば権力は街なかの喧噪を歓迎する。そいつがサーカス。ブッシュ大統領がイ ラクでやってることは彼と目的をひとつにする者たちにとってサーカス以外のナニモノでもないでしょう。別のサーカスが有効と判断された時には別のサーカ ス。そしてあちこちからメラメラ燃え上がる言葉たち。脳内温暖化。コトバは消費されてしまう。すり替えられていく。では沈黙にとって生産性はあるのか?親 の背中を見て育つ、と言われる程度?ここらは難しい問題ですね〜■「雇われ兵士」VS「雇われ兵士」の戦争は中世ヨーロッパの王侯貴族たちが得意でした。 のどかといえばのどかな時代。正規軍を投入できないほど危険な戦闘ではなく「職業としての戦争」で稼ぐ連中・・ああまたレー元帥の面影が(笑)■マスコミ に肉体は、おそらくないですね〜ただ彼らは勉強家ではある。少なくともわたしが対応する経済部や社会部の記者はそう。記者レクやるときちんと理解してくれ るし投げ込みだけでもちゃんと目を通してる。でもぶらさがりの反則質問、あれはなんとかしてくれよ〜というよりあれが彼らのレゾンデートルか(笑)と個人 的な愚痴はともかく彼らの最大の使命は所与の情報にいかに付加価値を付けるかということ、だとすれば付加価値を付けるプロと言えなくもない。その点を十分 理解したうえで新聞を読む。するとなんだ、やっぱりオレが書いたモンが透けてくる(笑)・・ありゃ〜オレもたいしたこと書いてないな、と(爆)ととと個人 的な愚痴はともかく、ではなぜ、マスコミはマスコミと呼ばれているのか?マスが読む・見るからではないでしょうか〜?ならばマスカキとはマスが書くからだ なって嗚呼!また下品。どこに書くのかはあえて不問■わたしとしては▲錙璽廛軋任舛領彁新聞をコピー機増刷して配るのに、やや期待。ヘリコプターで撒い ても可。そいや昨日のerでロケット・ロマノ先生がまたしてもヘリコプターにやられて今度は絶命、嗚呼。彼、好きだったのに(涙)長いつきあいだったの に・・それはともかく言葉は本来「めんどくさい」はずのものではないでしょうか?それは「複数の他者の介在」を通して積み上がってきたものであるからだ し、その伝達においても「複数の他者の介在」する(してきた)がゆえに敬意を払うべきと同時に慎重に取り扱うべきもの。いざバラ撒くかとった瀬戸際でヘリ コプターのパイロットがビラに誤謬を発見したら、パイロットはその旨とともにいつになったら直るんだョ?と不平不満を大新聞に投書するべき?いいや彼は 自分のブログに書くべきなのかな?ところがそのブログが壊れている・・だからまたパイロットが自分でコピー増刷。とはいえ‘々の仕事に精を出すためプロ ペラ回して離陸するパイロットも責められないけど■我々はコトバの発生者責任をどのようにまっとうするのか?■「ど根性ガエル」(笑)最近復活の兆しがあ りますね。なんかのcmで見かけたような気がします。教師生活25年!とかジュンコせんせーぇぇぇいっ!とかあったりめぇよ〜っとかいうキメ台詞が子供に 持った影響力はたいしたものでした■ならば「孤独」でもいいわけですね。いやわたしがちょっと心配したのは、なんというかいわゆる「中年の危機」みたいな 文脈でして・・というか小言爺(笑)になってしまう久保さんは見たくないよ〜という意味でして■というのも中年て、だいたいのことは分かってしまうらしい ので(笑)しかし実際に経験しなかったことはワカランだろう?という若いくせに経験主義論者の反論をくらうと、わたしはこういう再反論を試みる「自分が経 験しなかったことでもわたしにとってはゼロではない〜なるほど自分はソレをしたことはないが、そういうことに夢中になっている人が確実にいて、その人の熱 意はわたしも別のカタチで経験したことはあるから、だからわたしにとってゼロではない、シンパシーはゼロとは言えない」しかしこの気持ちはたいてい理解さ れない(笑)■それはともかく■そーゆーギロ男爵が、子育て上手とは月見猫嬢もビックリの事実であるのだわな←いつビックリ?(笑)上手じゃないですよ〜 ま、そこそこ、多分人並みに、というだけの話。ランサムを読んで北海道を連想しなかったほどわたしは北海道処女。北海までならランサムにも出てきますが。






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Reply 都にヘリコプターから言葉の降るごとく わが漢字にもルビふる。 久保AB-ST元宏 URL 2005/05/18 02:56


The Gospel according to Tony Day♪ If I find a girl Mr.ギロでございます〜'll take her away♪ Rotten Tony !
(これまでのあらすじ) ゴールデン・ウィークにホイジンガ『中世の秋』を読んだ久保は、 「免罪符」の概念を疑う。そこに「わたしのメンザイフはメンが取れてしまい、ただのサイフと化している。サイフもペッタンコ・・・」と嘆くギロ男爵が、青 ひげジル・ド・レー元帥の中世の位置を説きに訪問。しからば中世を、既成概念の無法地帯として考察するのであれば、現代のブログ・ブームは正に中世ではないか?それは、失語症に陥った敗退政治活動家と、多弁症候群の退廃空理空論家ともに言葉を持った野生=ニンゲンの末路なのか?と、ギロんは進み、では歴史主義ではなくてフォルマリスト的 な見方をすれば、ブログ@中世に対してマスコミはどのような存在なのか?「マスコミには肉体は無い」と、うそぶいてはみたものの、二人の無駄口はついにヘ リコプターからばらまかれる運命に!しかし、危機一髪のその瞬間、パイロットが無駄口の中に誤字脱字を発見した。もはや、万事休符

■運悪く(笑)今日から『共犯新聞』を愛読するハメとなった、万国の新入生&新入社員の皆様のために、上記に経過報告(がくっ)をさせていただきました。
■ついでに、「頼むから久保さんから、ギロ男爵に、せめて改行してくれってお願いしてくれ〜!」と嘆く全国から寄せられた老若男女&異口同音の4通(=主催者発表)のEメール送信者のためにも(苦笑)。

>「豚の臓物を、客席に向かってなげる・・・あれは多分、人権宣言だな!」という藤原の発言←これっていったいどういう意味でしょ?

■ギロ男爵は私より2歳年下だけど、ザ・スターリンのライブには行ってない?
当時はバクチク、豚の頭は当たり前、楽屋でバケツに入れておいた小便を客席にばらまくとか。・・・・・・あれは何だったんでしょう(笑)?
藤原新也(1944年3月4日九州生れ。東京芸大・油絵科中退。学生運動は不参加。)の言ってることは、かなり分かりやすくて、「今の子供は、皆、漂白されちゃって真っ白なんだ。白さと香りのニュービーズなんだな。親が子供の体中を全部洗浄しちゃってネ。ママレモンとか、いろいろあるじゃない、アレなんだ。普通に生きてる人間ってのは、毛穴の中に汚れがつまってるもんだよ。」とゆー、10年早い”無菌批判”だね。分かりやすくて、つまらん。もっと「中世」的な意味での「人権宣言」・・・・・・。えっ?「人間中心主義」?ルネサンスかよ。
そー言えば、首輪王子=小林泰剛(やすよし)容疑者(24歳)は「母親が1999年12月に事故死した後から、人生が狂い始めた」という物語を披露したけれど、その直前までは母親に風呂で体を洗ってもらっていたらしい。・・・・・・あっ、いかん&いかん、『共犯ワイドショー新聞』になってしもうた。
■それよりも、藤原新也のHPで、彼は映画『火々』は田中裕子の演技だけを見に行く映画である。」と断罪(?)し、「愛する者の死に比して陶器(芸術)が一体なんぼのもんじゃい。 ただの土くれじゃないか。 芸術というものを過大視してはいけない。 そう思うのである。」と、 声を抑えつつも叫んでいましたよ。だいたいにして、高橋判明(1949年奈良県生れ。早稲田大学文学部に入学するが、早大闘争に参加し除籍となる。)監督 の熱さ(?)と、なかなかシンクロしない私だけど、熱さを熱さで、しかも「言葉」で断罪(←う〜ん、ちょっとニュアンスちゃう・けど)したのには、さす が、東京漂流 「人間は犬に食われるほど自由だ」フジワラ。
これって、プロだから・なのか?
実際、この藤原のよーに、私が思っている以上に、「プロ」のブログは多い。新聞記者や評論家が、マスコミという「手段」につながっていつつも、ブログを持つ。これは、自由の回路?

>「当会場にシャワーはついてません」

■「当惑星にブログはついてません」

>70年代によく言われた市民自治の論理。最近はトンと聞かないですね〜状況が加速しすぎてるのかな?

■先日、『共犯新聞』1面でも紹介した「元・毎日新聞記者、西山太吉が日本国に対して訴訟」をめぐる追跡記事が5月15日の『朝日新聞』に掲載されていたけれど、西山逮捕にもつながった横路衆議院議員のズサンな機密文書の扱いについて、この記事は遠まわしながら読者が読み取れるように書いていたね。

「(横路議員)は弁護士だから、機密を取り扱う重大さはわかっているはずという安心感があった」
しかし、横路議員の示した電信文のコピーの決済印が官房長官までしか押されていないことから、漏洩元が割れる。

コレが、「日米の密約は、男女のスキャンダルにすり替えられた」きっかけだと私(&ふつーの読者)は思うのだが、同記事が取材した横路議員の発言はあまりにも、ノーテンキおじさん・なのであ〜る。

「あのときの反省がその後、ロッキード事件での田中金脈追及につながったのです。」

将来、『新明解国語辞典』を改訂する時に、是非、「笑止千万」の事例に使ってほしいものであ〜る。
■つまり、「市民自治」が「議会政治」に飲み込まれた時に、「すり替えられ」るブログ的自由と、マスコミ的組織力と、プロ的熱の行方こそが、情況の加速以上にヤバイのでは?

>鵜呑みにしちゃう読者がいるとしたらそいつがされたのはイラマチオ

■階級的イラマチオ闘争に立ち上がったブログ戦士が築き(=気づき)上げた「69」王国。
しかし、この永遠の平等の遠国に想えた「約束の地」であっても、両者の快楽曲線が違っていたため、美しき輪は、はかなく・ちぎれた。
■それでは、全ての人民の「快楽曲線」を同じものにすることこそが「革命」であると、起きたのがブログ文化大革命。
しかしそれも、たった一人のファッショナブルな中国女の登場によって、準備された先回りの個室マッサージとしての「一人に一台づつ、テレビ」へと収束させられていった。
■「それならば、やはり各自固有の快楽曲線の自由度を認めよ!」と提唱されたのがブログ・アナーキズムではあったが、アナーキーの角度が分裂する度に、全ての運動体はキャピタリズムに飲み込まれていった。

>権力は街なかの喧噪を歓迎する。そいつがサーカス。

■私にとって2005年のキーワードは、「イベントと混乱」なのだが、それってサーカス?
既成概念の組み換えを準備する「イベントと混乱」を権力は嫌うと思っていたのだが、嫌っているのは最高権力ではなくて、現場権力なのいか・も。
現場監督のヒゲちょびが、臭い息を吐きながら「イベントと混乱」を管理統制しようとしているそのさらに上部構造では、ヒゲちょびを含めての遺伝子組み換えサーカスが準備されている。お楽しみはこれからだ!
■最高権力って、神?

>コトバは消費されてしまう。すり替えられていく。

■『共犯新聞』ゲストブックのカキコミ「No.155 2005/05/07 02:33」→■よーするに、「免罪符」って、チョー便利な言葉だよね。なぜ便利か?ってゆーと、『共犯新聞』的に説明すれば、具体的と抽象的(=形而上 学的)の両方に同時に転ぶことができる(=誤解を演出したまま、その誤解を利用できる)言葉であるから便利なのだよ。

>では沈黙にとって生産性はあるのか?

■「沈黙は禁」と生理的に感じちゃう私の多弁症症候群。
もし、「沈黙は金」であるとするならば、「非・沈黙」との相対的位置においての使用価値だけ・か?

>「雇われ兵士」VS「雇われ兵士」の戦争は中世ヨーロッパの王侯貴族たちが得意でした。

■すでに私たちの「中世」は始まっているのか。
・・・・・・中世の春

>マスコミに肉体は、おそらくないですね〜ただ彼らは勉強家ではある。少なくともわたしが対応する経済部や社会部の記者はそう。

■肉体を持たない勉強家の「勉強」は、どこに蓄積されるのだろう?
「蓄積」を願う勉強家は、あらかじめ失われていた肉体を求めて、脱サラして、「ヒョーロンカ」や「フリー・ライター」や「ショーセツカ」や「ダイガク・キョージュ」になるのだろうか?
その準備として、彼らはHPやブログを持って、準備運動をしているのだろうか?それとも、それは肉体を求めて彷徨う幽霊?

言葉は本来「めんどくさい」はずのものではないでしょうか?それは「複数の他者の介在」を通して積み上がってきたものであるからだし、その伝達においても「複数の他者の介在」する(してきた)がゆえに敬意を払うべきと同時に慎重に取り扱うべきもの。

■崩れる直前のバベルの塔の一番高いところに書かれていた言葉は何だろう。
すべてのニンゲンは、翻訳家である。

>我々はコトバの発生者責任をどのようにまっとうするのか?

■それって、罪?
その罪をつぐなうのも、コトバなり。
「♪傷口を傷口でふさぐ」と歌ったのは、吉野大作&プロスティテュートだったか。

>小言爺(笑)

■あー、酒を呑みながら私が饒舌な小言を連射して、翌朝、「やべー。また若いモンに、言わんでもイイことを言っちまったぜ。げっぷっ。」っーのをギロ男爵は想像していたってーこと?
わはは。そりゃ、残念。
私のマシンガン・トーキング・ライブ、だれかが飲み屋で録音していたら・どーしよ?ゾッ(寒)。

>熱意はわたしも別のカタチで経験

■別に「バーチャル」なぁ〜んてダセー言葉を持ち出さなくても、「別のカタチで経験」しているのが高度情報化社会。そしてそれはまた、高度マスコミ勉強家社会でもあったりもするんだべな。
大江健三郎『「自分の木」の下で』の冒頭で書かれている「もしあなたが死んでも、私がもう一度、産んであげるから大丈夫。」という大江の母の言葉。それは、「勉強」がつなぐバトン・リレー?

>ランサムを読んで北海道を連想しなかったほどわたしは北海道処女。北海までならランサムにも出てきますが。

■う〜ん、ランサム




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Reply そろそろ月に帰らねばなりませぬ、とは、かぐや姫・・ ギロでございます〜
2005/05/18 14:00




The silhouette and Mr.久保さん〜 're
watching revolution ♪no more〜♪ free steps to the heaven!!〜♪






上記に経過報告←おお、わたし自身も非常に助かりまっする〜(がくっ)このたびの長文悪文駄文投稿はどうやら全部で六部作からなり、現在はおそらく第三部のエピソード2、間奏曲と第十七章とのスキマあたりにあたるらしいという位置づけが薄ぼんやりと見えて参りました■「せめて改行してくれって」←ええぇ〜マジ?初めてお邪魔した時からこのスタイルなのにぃ〜これ久保さんが間違いなく忌み嫌うであろー「天声人語」 スタイルであったということに全国の老若男女はお気づきかしらん?(汗)・・つーかこちらの読者様たちは「天声人語」なんかお読みにならないとゆー厳粛な る事実を失念していたわたしであった、のか、も(苦笑)■ならばブラを入れますか・・ちなみにブラってこれ→<BR>。しかしただでさえ長い駄文が占める 投稿面積がさらに数倍に膨れあがってしまうのはまさに世は中世封建社会の土地本位制バーチャル領土拡張時代ならびに今はなき我が「日本農園」で誰からも教 わることなく散歩農法を開発しちゃったわたしの本性を暴露しちゃう危険性あり
やなしや?

面積が問題でなければ文字サイズの問題か?



>ギロ男爵は私より2歳年下だけど、ザ・スターリンのライブには行ってない?



■いやいやスターリンには行ってますよ〜確か屋根裏だったかなと思うけれど場所は忘れちゃった・・今とは違う場所であったことは確か。

■確か中尊寺ゆつこのライヴにも行ったな〜・・なんかフリフリのヘンなコスだった(笑)ついでに今はなき&当時キレキレ女性軍として印象深かったのは鈴木いづみ女史。ゴールデン街でたまたま飲んでしまった夜、まだ無垢なる前途無謀な美少年だったギロはなんとここで書いてるのと似たようなギロんをしてしまったとゆー胸キュンな記憶。



>片隅当時はバクチク、豚の頭は当たり前、楽屋でバケツに入れておいた小便を客席にばらまくとか。・・・・・・あれは何だったんでしょう(笑)?



■おそらくその伝統は現在エロフェチイベントに引き継がれてますよーん・・

■ちなみにこの夏、日本最大のアングライベント「サディスティックサーカス」挙行〜!



■しかし糞尿を期待するのはちょいと場違い、かも。内蔵ぶちまけは前回もあり〜

わたしはガスマスクで正装してましたので奇跡の生還(笑)



>「今の子供は、皆、漂白されちゃって真っ白なんだ。(中略)普通に生きてる人間ってのは、毛穴の中に汚れがつまってるもんだよ。」とゆー、10年早い"無菌批判"



■それで臓物撒けば人権宣言かあ・・いやだな〜こういう短絡的思考って(笑)分かりやすすぎる。対談の全貌は分からねど久保さん引用部分において藤原氏は 写真家としてスターリンの臓物ぶちまき写真を撮ったうえキャプションに「人権宣言」とつけた、というだけみたい・・というより写真とキャプション〜キャッ チコピーは元々仲良し。

そ・れ・が



>「人間は犬に食われるほど自由だ」フジワラ。



>新聞記者や評論家が、マスコミという「手段」につながっていつつも、ブログを持つ。これは、自由の回路



■回路=抜け道と考えればまさにソレ!リンクではない・・


■とゆーより先に、写真家が自分の写真について長々と解説して作品の真意を説き聞かせているとすればそれは抜け道。その文章書くヒマがあったら次の写真を 撮って下さい〜あんた写真のプロなんでしょ?あ、エッセイストですか?猿岩石は冒険家だったし。プロの隙間をふうらりすることがアングラの才能、とはエピ ソード1の第十二章で書いた・んだ・っけ。

ついでに文章のプロならちゃんと800字で中身のあることを書けよ〜→とこれは「天声人語」さん=文章のプロ?らしき人へ←ただし改行ナシでもわたしはいいからね(笑)



>70年代によく言われた市民自治の論理最近はトンと聞かないですね〜状況が加速しすぎてるのかな?



■加速というのは(おや〜また自己レスかえ?←字数制限がないせいだヨ・がくっ)直接民主主義=住民投票とゆ〜歓迎風潮。なんだ結局多数決か・・と虚無に陥るマイノリティはサイレント魔女に対しノイジー米海苔茶を標榜しつつブログ書きにいそしむ・・もちろん体制側のプロだってせっせこいそしんでいる・・書かれた語彙はどっちにしても似たり寄ったり、であるとするならば旗色鮮明にすべくせめて文字だけは玉虫色にするか・・

■ブログ的自由と、マスコミ的組織力と、プロ的熱の行方はつまり、数限られた語彙、しかも大抵は身銭を切ってない「本職とはまた別のなが〜い解説」もしく は「本職の志向性が図らずも馬脚を出したキャッチコピー」もしくは「やっぱりシロート君のチンコの経文」からなるコトバの群れを駆使していることこそが、 住民投票の加速以上にヤバイ・・?

■これらのコトバは発言の自由乱立であるかに見えて実は大きなイデオロギーコンクリートミキサー車のなかをぐるんぐるんと回っているだけでその攪拌スイッチはおしなべてコトバに頼らざるを得ないらしいと自虐的に自己認識している者すべての強迫観念によって押され続けている・・ごろんごろん



>既成概念の組み換えを準備する「イベントと混乱」を権力は嫌うと思っていたのだが、



■北朝鮮ならびに中国の権力者な・ら・ば



■わがニッポン酷の場合な・ら・ば



>さらに上部構造では、ヒゲちょびを含めての遺伝子組み換えサーカスが準備されている。



■国家はガッチリした不動不変のコンクリート一枚岩ではなく、「恒常性」とゆ〜ある程度許容された「幅」のなかでゴロンゴロンと振幅していた方がヨリ長期的に安定する・・とはまさに自民党党内政治生活50年の賜物。その拡大版として全国民参加型による直接「幅のなかでの振幅イベント」を歓迎するのが最高権力。

■匿名投稿による長文駄文はもとよりキャッチコピー化された人糞人権だの国家だのニッポン酷だのといったコトバが撒き散らされるウエブはまさに元手の掛からぬガス抜きの場〜これは権力にとって実にありがたい話。ウエブはガラス張り・・印刷機を隠し持ってると国家反逆罪に問われたのははるかに昔、ロシア革命期。

■ならばさぁさノイジー米海苔茶たちよ、もっともっと書くが良い!それによって社会は一見、「世の中には色々な意見があるわけですな」「うんうん。わが国民は自由にモノが言えてますね」「しかし決定するのはコトバではなく数だしね、うふふ」「カネという説もありますな」「コトバが増えると質が低下する・・のはカネとオンナジじゃよ」「そんなこと三十年前にどっかのブログで読みましたが」・・社会は輝かしい次代に向かって進むかに見えて実はヨリ一層根深く安定していく・・しかし今や立場変わってサイレント米海苔茶とノイジー魔女の次代?いいよっ魔女ちゃんたち、ほざけっ!わめけっ!臓物人糞、撒き散らせ〜!←ただし牛糞と鶏糞は「日本農園」にお・ね・が・い・・・がくっ



■ならば権力にとってノリの悪いサイレント米海苔茶ってどうなのよ?



>「沈黙は禁」と生理的に感じちゃう私の多弁症症候群。



迫害は魔女に。白米は食卓に(がくっ)



>肉体を持たない勉強家の「勉強」は、どこに蓄積されるのだろう?



■コンクリートミキサー車についてる巨大メリーゴーランドのなか・なの・か?

■それとも「読者」「訪問者」が勝手に利息をつけてくれる「勉強銀行」「コトバ信金」の金庫のなか?ならばブログでネットバンキング〜?

■「脱サラ」というコトバはあるのに「脱エッセイスト」というコトバがないらしいのはエッセイストにとってどうなのよ?うれちい・のかな?



>言葉は本来「めんどくさい」はずのものではないでしょうか?

>我々はコトバの発生者責任をどのようにまっとうするのか?



■ また自己レスかよ・がくっ(汗)しかしまだまだ今日はエピソード2。

■ある瞬間、コトバの発生者責任なんて、もうナイのかも。と思う、のは、なぜというにコトバなんてもんは浜の真砂のごとく無数にあってそれぞれ寄せては返す波のまにまに渦巻きながら広大なビーチをかこつくりビキニギャルもアロハ野郎もキャピキャピ楽しんでるじゃん・・

■ならばどれほど堅牢に構築されているかに思われる論理も主張も砂の楼閣。だからねぇアンタ、そんなもんにかかわずらうなんて、もうおヨシなさいよぉ〜そだね、キミさえいれば僕には十分さ。こうして二人は手に手を取って船出。それって、罪?

その罪をつぐなうのは、コトバとは思・え・な・い。



>「やべー。また若いモンに、言わんでもイイことを言っちまったぜ。げっぷっ。」



■その罪をつぐなうのも、コトバとは思・え・な・い。ま、明日はオレのおごりで飲めや〜



>ランサムを読んで北海道を連想しなかったほどわたしは北海道処女。北海までならランサムにも出てきますが。



■んふふ、北海道処女もいよいよこの夏にオ・ト・ナの味を楽しむわよ・・楽しみにしてます!








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Reply 超★最新型コンクリートミキサー付き自己レス・マシーン猛レース 久保AB-ST元宏でございます〜 URL 2005/05/18 23:56


今 宵は知人が死ななかったため、通夜イヴェントは雨天延期になり、私は焼肉『沼田大門』で臓物の自己レスを、生ビールの大ジョッキ相手に人間宣言しておりま した。この店はとっても美味くて有名なんだけれど、お持ち帰りのみでも規定料金なんですよ。「当店に個室マッサージはついてません」とか親切な但し書きも ある(わきゃぁーないっす)が■さて、第三部のエピソード3「華族・私有財産及び国家の機嫌」プリモ・ピアット篇を語りだしましょーか。■そースか、チャ バレー・ロンドン上でミチロウのリサイタルを体験されていらっしゃいましたか!思うに当時のギロ美少年(←主催者発表・がくっ)は、薄汚いグリーンのモッ ズコートをザクッと着てベスパにまたがって、横浜からやってくる山の手モッズ族であられたのでしょう。■鈴木いづみ女史との逢瀬とは!しかも舞台がゴール デン街だなんて、マイト・ガイの私でさえ、あるまいと。その逢瀬って、阿部薫ちゃん(1949〜1978、享年29歳)の死後なんでしょーねぇ。町蔵が、 阿部の死後、ジャズの練習スタジオにふらりと人探しに入って出た後に、その一部始終を唖然と見ていたジャズ・マンたちが、異口同音に「なんだ!今のは?薫 そっくりじゃーないか!」と大騒ぎになったってゆーファンタズマが昭和の時代にはあったんだよねぇ〜。■それにしても、中尊寺ゆつこのライヴにも行ったな んて、ギロ男爵、もしやタンゴ・ヨーロッパをご存知か?■ブログ=「自由の回路」=「抜け道」とは、永井荷風センセー書きマスところの、玉の井ラビリンス 「この道抜けられます」。やはり、ここにもブログのもつ「独身者マシーン」の匂いが後をつけて来ている。■「独身者」なんて、私も突然、懐かしくも&いや らしいキーワードを思い出したものだ(がくっ)。ギロ男爵の青春最後の年、1984年に出版された浅田彰+伊藤俊治+四方田犬彦の責任編集による雑誌 『GS』2号「特集;複数の性」には、「独身者の発明」とか「独身者の技術」「独身者の個室」などに混じって、「独身者と商業」という興味深いタイトルが あったっけ。そのキャプション〜キャッチコピーが私の脳味噌に醗酵させるのは、世界最初の職業が「売春」であるとするのならば、世界最初の消費者とは「独 身者」なのではないか・という私の持論の屹立である。さらに言えば、独身者とは「不完全」であるからこそ、欠落部分を埋めようとする。その時に「不完全」 なるがゆえに、ゆがんだ「蓄積」を繰り返し、そこで欠いたバランスの彼岸に出現する「交換(=交歓?)」という概念。ツチノコの蛇足を言えば、「夫婦(= 華族・家族)」は完璧な「日本農園」としての完成(=補完)された原始共産主義のモデルである。ただし、蛇足の補足をマッド再演ティストすれば、実はそれ さえも、瞬間的な「両者の快楽曲線がシンクロ」しているとゆー瞬間のバランス綱渡りサーカスでしかないという明日なき下北半島。・・・いや、暴走。■再 び、歴史主義から遠く離れて、フォルマリスト的にキメれば、ブログ・ブームが暴き出した構図は、全人類総独身者現象とゆーコトではないだろーかぁーッ。ど う?■つまり、妻帯者も新妻も団地妻もイヌもネコも、ついでに独身者さえもが、独身者であるという人類が初めて体験する段階に突入した・とゆーコトだな。 それは進化した「一人に一台づつ、テレビ」なのかもしれない。その進化の尻を押したのは、高度情報化の情況の加速であろう。では、高度情報化って何?そい つはじゃなぁ、「字数制限が無くなる」とゆーコトじゃよ!うぎゃ&うぎゃ&ぎゃん。その悪魔もゴールド・カード会員になれるという極楽天国「69」王国に おいては、「字数制限」の彼岸としてのコトバのビッグ・バンが、無間地獄としての永遠の自己レスという独身者の「肉体」となり、日常サーカスとして、ブロ グ村で朝一番に起きるパン屋で売られる。そのパン屋がヒゲちょびなのか・どーかは、今の私には(まだ)分からない。しかし、自己レスはプロレスとは違う。 八百長はしない(はずだ)。■以上の駄文の中の「独身者」を「電車男」に変えて、もう一度読みたまえ。■全国民参加型による直接「幅のなかでの振幅イベン ト」を歓迎するのが最高権力。←嗚呼、そこでは、永遠の自己レス独身者が美しい「肉体」をさらけ出す人糞&人権&人民オリンピックショーが、なによりもふ さわしい!■印刷機を隠し持ってると国家反逆罪に問われたのははるかに昔、ロシア革命期。←ロックのレコードを隠し持ってると国家反逆罪に問われたのはは るかに未来を描いた、大友克洋のマンガ「HAIR」(1979年発表)のハ・ナ・シ。このマンガの冒頭でヘアーと呼ばれる長髪の反社会コジキ集団の集会で のセリフ、「レッドツェッペリンの現存レコードというのは、今は博物館に3枚だけだという話だ・・・」とゆーセリフは何度読んでもゾクッとする(笑)。ち なみに、この集会でロックを聴いている再生機は、モロ、iPod。すげーセンスだよな、大友@ハウンド・ドッグじゃぁーナクって。■社会は輝かしい次代に 向かって進むかに見えて実はヨリ一層根深く安定していく←ガス抜きとしてのサーカスから、「わたしはガスマスクで正装してましたので奇跡の生還(笑)」。 ■権力にとってノリの悪いサイレント米海苔茶ってどうなのよ?
←ガスマスクを肉体化した「休符」の逆転勝利か?それとも、技術としての「休符」を身につけた多弁症症候群が繰り広げる脱サーカス=「シンコペーション」 を密かに研究するアングラちょびヒゲ博士が世界を救う?■その罪をつぐなうのは、コトバとは思・え・な・い。←それならば、やはり究極のコトバとは、 「絆」なのか(笑)?嗚呼、今宵も全身に経文が書かれたチンコが、1本、また1本と、1本づつ、海に入ってゆく。チンコが目指すのは北海道か?それとも、 アルゼンチンコか?そんなチンコが光っているのは、海水か?それとも、涙か?それとも・・・?




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Reply 発射69時間前のカウントダウンはマシンガンで・・ ギロでございます〜
2005/05/19 18:14


I said, hey, Mr.久保さん〜♪, take a walk
on the wildside〜♪ all right!




■ほ〜んとそろそろ月に帰らなくちゃなんないんだけど焼き肉にも未練があるっし〜また夏にはムフフだかキロロだかエロロだかルスツだかウツウツだかエテコだかニセコだかゆーところに不時着するかもしんないし〜ヌバタマの沼田町には近寄りがたいけど『沼田大門』なら話の分かる大ジョッキが24時間人間宣言トーキングライヴin個室をサラリと「なかったことにして」聞き流してくれる・・とゆ〜のがホントなら、是非いつかお邪魔したいです〜



>そースか、チャバレー・ロンドン上でミチロウのリサイタルを体験されていらっしゃいましたか!



久保さんより二歳も若いわたくしはもちろん80年代当時においても久保さんより二歳も若い美少年だったわけで、そこらはビミョウなお年の差。実際わたしがお付き合いさせていただいた方々は二歳どころかもっと年上の方々ばかりでしたね〜

■なので大人に胸を借りるっつー殊勝な心がけ&せめてオチョクリで恩返しっつー若さに似合わぬ義理堅さは当時の経験のせめてものたまもの・がくっ



>薄汚いグリーンのモッズコートをザクッと着て



■ドキーッ!!なしてソレをご存じぃ?@@!85年春に超豪華アエロフロートで行く欧州ゴージャス遊覧45日歴訪の旅に出で立つ出で立ちはまっさにソレ。いきなりギロは成田の警官から職務質問。警官、帽子を取りまして手でこねくり回してる・・あれって帽子の内側に指名手配写真が貼ってあるんですって〜(笑)手配犯にこ〜んな美少年、いるわけねーだろ〜二歳も若いのに!(笑)つーことは目下、本厄・がくっ

それともコートに合わせたグリーンのベレーがまずかったのかしらん?



>その逢瀬って、阿部薫ちゃん(1949〜1978、享年29歳)の死後なんでしょーねぇ。



■ あいにく死語でしたぁ・・歴史主義的回想に走れば70年代後半は60年代左翼文明崩壊後、西ゴート族は演劇へ、東ゴート族はエロ雑誌へ、ロンバルド族は音 楽・アートへ〜といった民族移動時代にまだまだアングラはアングラとしてヌメヌメ息づきカウンターカルチャーという円形劇場に火噴き芸を見せては日銭を稼 ごうと帽子を回し、その帽子にはサクラの伊藤博文千円札が落っこちないようにノリヅケされていたとゆー懐かしい事実。。

■いつかも書いたかしらん、マンガ雑誌ぱふ(←今のとはビミョ〜に違う、内紛悲劇に没落しちゃったフランク族たちの砦、ちうか火の見櫓)を片目にカスメつつ本望としては白夜書房ウィークエンドスーパー(← わお、こっちこそ恐るべきフン族たちの牙城にして今ではパチスロ競馬王国への橋頭堡)なんかにビミョ〜に出入り。。って今とたいしてかわらん(がくっ)と いうことは当時隆盛を極めた初代オタクたちのオタクたちによるオタクたちのためのバーチャルダッチワイフたちにはいささかもピクリともせず、あくまで生 身・人体のフシギに内臓感覚への刺激を欲していた美少年?

■従ってどちらかとゆ〜と音楽方面のロンバルド族=血飛沫&臓物大好きにして今では日夜焼き肉と生ビールにより明日なき暴走活力を静脈注射するバルバロイ たちも片目にカスメつつ、もっと人体へもっと生身へと志向しそれは要するにエログロスプラッター映画ではないのかとやはり焼き肉屋でカネなき暴走活劇を動 脈硬化する企画会議に惚け暮れたのがギロ美少年時代の賢明な身の振り方ではあった・の・か〜



>それにしても、中尊寺ゆつこのライヴにも行ったなんて、ギロ男爵、もしやタンゴ・ヨーロッパをご存知か?



■ガールズバンドで記憶&印象に残ってるのは・・う〜ん。思い出せない。板坂剛氏のフラメンコ・ヨーロッパなら見に行ったことがあるんですが(汗)ああ、なんてこと。鳥肌実ライヴを見に行ったと告白するのと同じ羞恥・・

■しかしわたしは真っ黒スーツに真っ黒Yシャツに真っ黒ネクタイであわやご会葬御礼を頂戴するにふさわしい出で立ちながらアタマに真っ白包帯ぐるぐる巻い て片目は眼帯、口にはマスクとゆー正装をもって鳥肌氏のご高説を拝聴し善良なるその他大勢の下北半島族たちを脅かしてしまったのは懐かしい〜



>「この道抜けられます」。



■ここには滝田ゆうのシミつき&匂いつき独身者が後を付けている?

■80年代末期〜90年代初頭、依然として今日まで続いているわが美青年時代におけるジュリアナ東京と芝浦ゴールド通いとは無関係にバブル勃興〜隆盛&衰退と反比例曲線を辿るアングラのパッケージ商品化時代に見切りを付け「独身者マシーン」から「将来の年金負担者製造マシーン」にマイナーチェンジしたギロは確か99年、浅田彰+和田忠彦+四方田犬彦の
href="http://www005.upp.so-net.ne.jp/guillo/pppstudy/ppp/cinefes.htm" target="_blank">パゾリーニ映画祭シンポ
拝 聴後、おお〜!パゾ伝道師としてのわたしの短くも太い一部の使命はすでに幕、雑誌『GQ』75号「特集イタリア伝説」表紙を部屋に飾ることにして以後、 「ギロの発明」とか「ギロの技術」「ギロの個室」などに混じって「ギロと商業」という興味深いタイトルのもとにあらためておのが人生の再構築を図るとゆ〜 なぜかパープルプロジェクトと名付けた新プロジェクトを始動。

■それが一方では「日本農園」であり一方ではアルチンボルド展であり未だ実現せぬエルエテギャラリー殿とのこらっ!ボケっ!ーション・・その他アレもコレも



>世界最初の職業が「売春」であるとするのならば、世界最初の消費者とは「独身者」なのではないか・



■妻帯者こそ「売春」に高濃度ファンタジーを期待・・あわわ(爆)

■妻帯者こそ「不完全」を毎日自覚させられる・・ぎゃぁぁあ(泣)



>独身者とは「不完全」であるからこそ、欠落部分を埋めようとする。



■しっかしオノコはともかく30代独身オンナを「負け犬」と呼ぶ風潮はこの欠落部分に対して「負け」と言い含めているのだとすれば「勝ち犬」が日夜自覚させられる「不完全」=欠落部分はナニによって言い含められねばならぬのか?ただのボヤキ?(がくっ)

しかるに再び歴史主義的回想のご会葬に立ち会うとすれば、ブログ・ブームが暴き出した構図は、しめやかに執り行われつつある妻帯者のボヤキ現象であるとも言えるとゆーコトではないだろーかぁーッ。



>つまり、妻帯者も新妻も団地妻もイヌもネコも、ついでに独身者さえもが、独身者であるという人類が初めて体験する段階に突入した・とゆーコトだな。



■その段階ではもはや「負け犬」と呼んでは貰えぬ真の妻帯者はすなわち真の敗退者にして真の退廃者に通じるとゆー厳粛なる事実。それがゆえに例えおのがボヤキに過ぎぬコトバや糞であるにせよ、独身者に比してヨリ多くの責任と限界感を常に自覚せずにはいられないっつー殊勝な心がけ&せめてお持ち帰りしたいのに家には隠す場所がないとゆー糞カキコでツルの恩返しっつー若さに似合わぬ義理堅さ・・

■それは進化した「一人に一人づつ、ダッチワイフ」なのかもしれない。

■そのワイフの尻を垂らしたのは、ただの歳月だけにあらず、次代に向けて日夜うぎゃ&うぎゃ&ぎゃんと泣いては育つ二本足のツチノコ族たち。なればどっちがリアルか?どっちワイフの方なのか?



>「レッドツェッペリンの現存レコードというのは、今は博物館に3枚だけだという話だ・・・」



■そのうち二枚は旧石器時代の洞窟式住居である久保商店最上階、兄弟ルーム跡から発掘されたのだがそこにヒトの住んでいた形跡はなかった。ただ呪術的祭事のようなものが行われていた部屋らしく、壁のクボミには何か文字らしきものがのたうちまわっていた。よく見るとこう読める・・



>嗚呼、今宵も全身に経文が書かれたチンコが、1本、また1本と、1本づつ、海に入ってゆく。チンコが目指すのは北海道か?それとも、アルゼンチンコか?そんなチンコが光っているのは、海水か?それとも、涙か?それとも・・・?



>とゆーセリフは何度読んでもゾクッとする(笑)。

■それとも?大ジョッキになみなみと注がれたビールではなかったか?







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Reply 無残なる教育 さ煩ヌ・ろパン
2005/05/20 00:25


点数主義が彼に与えた指令は、1秒でも遅れるな。
そして彼は小さなミスから、自分を庇いたいという
子どもの頃からしみついた点数主義を、みごとに貫いた。
結果は多くの犠牲と共に・・生からの脱却であった。
いったい何よ・・・@犠牲者の方々に御冥福を・・






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Reply 彼女の独身者たちによって裸にされたバーチャルダッチワイフ、さえも(大部屋) 久保AB-ST元宏でございます〜 URL 2005/05/20 02:15


The Hearts filthy lesson♪ There's always the Diamond friendly Mr.さ煩ヌ・ろパン♪
>しみついた点数主義を、みごとに貫いた。

■しからば彼こそが、真のエリートか?
校庭に、ペシャンコになった電車を背負って『時刻表』を読む彼の銅像が建つ日はくるのだろうか?

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1981年9月、セブンティーンのギロ美少年(←大本営発表)も下着に拳銃を隠して、横浜からノコ&ノコ&ツチノコ&レベッカ・ノッコ&W3ノッ コと、池袋は西武あたりにお出かけになられたのであられよーか?そこで繰り広げられた人寄せサーカス団『マルセル・デュシャン展』の不在の座長は、片足& 大ジョッキ酔いどれ&コミュニストで、墓碑銘には「されど、死ぬのはいつも他人」と記されていた、手書きのヒゲちょびチェス男。■されど、私はしがない バック・ギャモンの男。今も手元に残る展覧会図録に岩佐鉄男がデュシャンの作品「なりたての未亡人」(Fresh Widow、1920年ニューヨーク)を解説してやがる。あれから、何度、このページを読んだことだろう。いつ読んでも、岩佐鉄男が解説を書いていやがる のだ。たとえばこんな風に→「デュシャンの説明にあるとおり、題名の Fresh Widow は French Window との語呂合わせである。」っー感じ。「フランス語の未亡人 veuve が俗語でギロチンを意味し」ているのであれば、ギロ男爵のチンコとは、ギロチンを意味しているのだろうか?さらに、鉄男は、「シュヴァルツのように、この ギロチンにデュシャンの去勢願望を見てとる可能性」を紹介する。その説の根拠として「この作品はデュシャンがローズ・セラヴィという女性名で署名した最初 の作品である」からだそーだ。しからば、ギロ男爵のチンコがギロチンの餌食になって、1本、また1本と、1本づつ、海に入ってゆくのか?そも&そも、ギロ チンコは何本あるのか?切られたギロチンコと、去勢願望を叶えたギロ@ノーチン男爵のどちらが、本物のギロ男爵なもか?チンコは踊る、されどギロんは進ま ず。■白夜書房ウィークエンドスーパー←なるほどっ!インタビュアー鈴木いづみ嬢とは、ここつながりか?それにしても、我が『共犯新聞』ゲストブック書き 込みフォームにショー・ザ・フラッグされている「ハートに火をつけて ★ Light My Fire !・ゲストブックに火をつけて ★ Write My Guest Book !」にもう一言加えるならば、「だれがデリートで消す」だな。■老舗の酒蔵に彷徨う酒母や麹菌のよーに、プラスティックな独身者としてのオタクの個室に住 み付くバーチャルダッチワイフ。オタクが死滅した第二次青ひげ戦争後、リンカーン・チンコネンタル大統領の提唱による「バーチャルダッチワイフ解放宣言」 のおかげで、つながれていた脳味噌から切り離され、「世界」と言う名の大部屋に解き放たれる。しかし、バーチャルダッチワイフ自身が人間宣言をするまで に、さらに歴史は数百年を必要としたという。■鳥肌実の顔を初めて印刷物を通して見た時、その行儀の良い姿勢に私は、奥崎謙三@映画『ゆきゆきてパ・チン コ神軍』を思い出したのだが、先日、夢の個室としての映画館にて、ことりちゃんの最新主演映画『タナカヒロシのすべて』(監督&脚本;田中誠)の予告編を 見たら、なんだか、最近、断髪したばかりの私の顔にも似ていたり(がくっ)。やはり2歳年下の美中年に、敗北宣言。■ちなみに、その予告編を見せ付けられ た札幌の映画館シアター・キノこそが、私が日参した『パゾリーニ映画祭』in北海道の会場でもあったなぁ。「ささやかながら、今回のパゾリーニ旋風の生き 証人たるべく(笑)みなさんにチラシの数々をお目に掛けておきましょう。東京で行われたやつだけですけど・・・」と、中空に浮かぶバーチャルダッチワイフ をキース・ムーン仕様のロンドン傘でつついて割れば、パラリと出てきた遮断されたブログこと、前世紀末のユーロスペースのチラシ。嗚呼、この表紙こそ私の 個室にもあるパゾ祭のチラシ北海道版と同じ。なんだよ、配給がおなじってだけだが(がくりんこ)。ただ、当時の北海道新聞・夕刊2000年4月10日に は、札幌大学文化部講師のファビオ・ランベッリの中篇エッセイ「パゾリーニ映画祭によせて」が掲載されたことは、さすがのパゾっこんLOVEギロ男爵でも 知るめぇ?この新聞記事の切抜きを私は、四方田犬彦『NHK人間大学・映画はついに100歳になった』(1995年10〜12月期)の46ページ「11月 2日放送・第5回・誰がパゾリーニを恐れるか?」のトコに挟めている。この四方田の文章は「今日、11月2日はピエル・パオロ・パゾリーノが亡くなって 20年目の命日に当たります。」というコトバから始められているんだよねぇ〜。これだけで、明らかにこの時のテレビ企画の意図が四方田の内部では、この 「第5回」に一番の重きを置いていたことが想像できちゃいまふ。ひるがえって、北海道新聞に寄稿したランベッリは、おそらく当時、札幌大学の学長を山口昌 男がやっていたことによる布石であると私は蛇の目で邪推するめ。ランベッリのこの記事にメを姦通していないギロ男爵のために(?)ちょいと抜粋してみよっ か?→「パゾリーニは明らかに、そして意識的に、自己矛盾したところも多かった。過去を愛惜する革新派。神聖に魅せられた無宗教派。しかし、この矛盾こ そ、われわれの生きている世界の複雑性を反映しているのである。」■妻帯者こそ「売春」に高濃度ファンタジーを期待←この現象がいみじくも宣言してしまっ たのは、もっとも独身者から遠い存在こそが独身者願望を持っているとゆー思想の隣の芝生はグリーン・ベレー。■「勝ち犬」が日夜&白夜、自覚させられる 「不完全」=欠落部分←おそらく、上野千鶴子も含めて「負け犬」ちゅー言い方を楽しんでいる・と、私は思うのだが。それは、成熟したオ・ト・ナのウーマ ン・リブ運動か?そこで意味する「成熟」とは、もちろん過去の恥ずかしいオモイデとしてのピンク・ヘルメット「革命」パフォーマンスは私じゃぁぁあ〜ぁー ないわよっ・うふふ、いやね、パパったらぁ〜ん的カモフラージュかも。それとも、女が女を右傾「辛口」(笑)で反語的に言うことによって生ずる『文迎春 儒』&『習慣☆慎重』的オヤジくすぐり磁場マーケットで、本(&コトバ)を売るシタタカサからかよ?■ナニによって言い含められねばならぬのか?ただのボ ヤキ?(がくっ)←渋谷陽一がオルガナイズした別冊SIGHT『日本一怖い!ブック・オブ・ザ・イヤー2005』で、小説家の高橋源一郎はこの酒井順子 『負け犬の遠吠え』と、小倉千加子『結婚の条件』を比較して、こう語っていたよ。→「負け犬・勝ち犬っていう社会的な定義、存在ではあるけども、そういう 人たちが背負っている物語の話がない。細部しかないのね。小倉さんは物語を抽出してるわけ。この差は決定的だと思いますよ。物語を抽出するってことは本質 を提示するってことで、その分ややっこしくなる。だからベストセラーにならない(笑)」■真の妻帯者とは、物語を肉体とした真の退廃者であ〜る。■「一人 に一人づつ、ダッチワイフ」←進化した免罪符としての、面ワイフ。もしくは、便座畏怖。■どっちワイフの方なのか?←バーチャルどっちワイフとは、スワッ ピングのことなのか?スワッピング・メイトの略こそがSMなのか?Sは商売になるのに、Mに商品価値が低いのはなぜ?監禁が流行っているのならば、「監禁 クラブ」はベンチャー・ビジネスのヒントとなるでしょう。■「レッドツェッペリンの現存レコードというのは、今は博物館に3枚だけだという話だ・・・」← 忘れかけていた、私も自己レスをしないと、この壮大なるコンクリートミキサー「愛の集会」の輪がブチ切れちまうではないか。そもそも、私が大友克洋を知っ たのも、高校時代の70年代『ぱふ』でありました。しかし、時々思うのだが、島課長だか島部長を描いている人の奥さんにおさまっちゃったってのも、なんだ か尻垂らし人生でもある。もちろん、どーでもいいですよ〜おぉ♪ではあるが。■そのうち二枚は旧石器時代の洞窟式住居である久保商店最上階、兄弟ルーム跡 から発掘された←そして、残りの1枚の行方は!?いよいよ佳境に入ったエピソード3第69章「ソドムの1」、火砲は寝て撃て!




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Reply プログ談義盛り上がって(?)いますねぇ。 akiller URL 2005/05/20 03:41


横レスで恐縮です。
ヒッキーやニートの一部にとってパソコンは実は、一番金のかからない娯楽だね。
かつてテレビがそうだったように。もう携帯とパソコンはコモディティ化しているっつーこと。
携帯は青少年から可処分所得の大半をうばって例えばCDの売り上げが減っているけどね。
ここまでブログ普及していると書いてても外とつながってるなんてことは意識しない人も増えてくる。
日記を書くツール以上でも以下でもないと。
本人が気づくか気づかないかにかかわらずGOOGLEに引っかかることのないホームページが星の数ほどある。
ウェブサイトのページビューはベキ乗の法則「2割が8割のページビューを占有する」に従うと言うことが証明されている。

僕もおもうよ。ここでブログ書いている間に大事なことをわすれちゃうかもしれない。
だからといって世の中は、パソコンを捨てよ街へ出ようとは絶対なんない。
(景気悪いし、街へ出るようになるのは、意外にリフレが鍵だったりしてね。)
ブログで書かれていることはみんな誰かが知っていること。
本当に大事な情報は生身のコミュニケーションがないと伝わらない世の中。これ電話が発明されてからの真実。
ますますそうなっている。

密室政治やら膨大な紙の情報をもっている官僚など権力サイドにとっては願ってもないことだ。
みんながマスコミ批判やってる最中に個人情報保護法案がいとも簡単に通ったというのがいい例なんじゃないかな。

権力の暴走を防ぐ案は山形浩生の唱えている選挙権の売買、
もしくは永井俊哉が唱えているインターネット投票。
投票してもどう自分の生活にかかわるかいっそうわかりにくくなっているし、大衆にとって便益にたいして機会費用がかかりすぎる。
ならばいっそのこと信任投票やるかタダにしてしまえという論理。

パソコンは自明的じゃない権力装置になりはてている?








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Reply 屁いづる処の端子、書を屁ぶっする処の端子に送る・・ ギロでございます〜
2005/05/20 14:11


つつがなきや〜(ぷうっ)■池袋西武は 82年秋には毎週のよーに通ってましたね〜東武西武東武西武・・とは吾妻しでお画伯ネタでしたっけ(笑)名前は忘れちゃいましたけどなんとかいうマニアッ ク本屋が西武デパートのうえあたりにあったでしょ?そこと文芸座とあとはナイショ〜んふ。ナイショのとこの入り浸りに一番時間を所用した・・その界隈、今 ではわたしの秘書が夜な夜な跳梁跋扈、すっかり記憶の抜け落ちているわたしの手を握って案内してもらったらナンだ、「抜けられません」ばっかりの地下監禁 ルームへ直行じゃんかよ〜よい覚悟じゃ■一方ローズ・セラヴィはひさうちみちお画伯ネタ■白夜書房は去年だったか我が「日本農園」にも取材に来たんだけど ナンの雑誌にいつ掲載したのか不明・・だいたい家庭菜園を取材するのに11月頃来たってナ〜ンの実りもありまへんて(笑)ということはすなわち、ナンだ、 ただワタクシを取材するために来ただけということなのか?(笑)ならばナ〜ンの実りもありまへんて(爆)■『タナカヒロシのすべて』←毀誉褒貶?つーか話 題にすらなってない?■最近、断髪したばかりの私の顔←毀誉褒貶?(がくっ)。つーか話題になってます?■ユーロスペースのチラシは映画<アラビアンナイ ト>撮影中のスナップ。なかなかカッチョ良い〜ってんでdvd監修した際もコレ使いましょ、とスタッフ意見、全員一致。しかしもっとカッチョ良かったのが 「三部作」のパッケージ、キャメラ覗いてるやつ。<ソドム>撮影中のスナップでウンコ覗いてるやつもあったけど、それはさすがにギロルーム所蔵のみ(笑) ■四方田さんはパゾリーニについてナンかまとまったものを書いてくれる予定はあるのかな〜?ちうか伝記パゾレクイエムby星影のシュワルツさんの早期日本 語版出来を切望〜しかしハードカバーで厚さ7センチくらいのバカでかい本やねん。とても電車のなかor寝っ転がって読むなんて無理、とゆーか不敬。正座し たうえ膝のうえに乗せて瞑想に耽るなどうえうえしく扱うべしの本←マニア限定、おもちろすぎ■「今日、11月2日はピエル・パオロ・パゾリーノが亡くなっ て20年目の命日に当たります。」実は本邦初公開ネタながらイタリアではまたしても(何回目だョ?・がくっ)パゾリーニ裁判の再再再審が進められていると ゆー最最最新ニュースあり〜!ちいと詳しい情報を現地翻訳者様に入手依頼中〜ひょっとしたらこれは「なんと三島由紀夫の最後は切腹ではなく割腹だった!」 とゆーくらいオドロキの新事実が臓物と一緒に飛び出す3D映像で楽しめる・かも←マニア限定、しかしどーでも良いこと■北海道新聞に寄稿したランベッリ← 東京の暇人君と同じことを書くなよ〜■妻帯者こそ「売春」に高濃度ファンタジーを期待←この現象がいみじくも宣言してしまったのは、もっとも独身者から遠 い存在こそが独身者願望を持っているとゆー思想←それはイチヂクも当然では?むしろ妻帯者は独身者以上に独身者であると言い切ってみるべきでは・ない・仮 死・ランベッリ?なぜなら独身者であることの経験を経てからの妻帯者、であるとするならばバーチャルでもなんでもない「別のカタチ」によって妻帯者を経験 済みの独身者=やもめちゃんないしバツ1・2・3・・∞ちゃんたちこそ歴史主義かつ経験主義的な語法において独身者の本質を体現。の可能性はあらゆる妻帯 者に向かってこんにちは。そこに自由洗濯の余地ある限り高濃度ファンタジーは常にリアル■オタマジャクシはやがてカエルにもなれようが両手両足切断のうえ シッポピアスを施された肉体改造ガエルはいっくらド根性を出してもオタマジャクシには戻れぬし、戻る必要はない。肉体改造ガエルとして余命を長らえていく だけの彼は記憶の縁にオタマジャクシ時代の自分とカエル時代の自分とを携えながら、せめて余が哺乳類であったなら断髪&去勢の比喩はローズセラヴィの署名 と等価、などと嘯きながらも去勢前のオタマタマタマジャクシたちに彼らのいまだ知らぬ地上の王国について語る権利と必要に応じての義務とを有し、その逆に あらず■さすれば上野千鶴子も含めて「負け犬」ちゅー言い方を楽しんでいる楽しみ方は所詮、黄身のついた楽しみ方・と、私は思うのだが、それは林真理子? ■真の妻帯者とは、物語を肉体とした真の退廃者であ〜る←その場合の物語とはしかしコトバによらず「生きられた物語」、という意味において当然に「その分 ややっこしくなる。だからベストセラーにならない」■Sは商売になるのに、Mに商品価値が低い←あっ、あああ〜!これはギロに向けられた呼び水&差し水& 石清水でっし〜?罠にかかってわなわなワナ。こっちのミーズはあ〜まいぞ?甘言にはご用心、君子あやウキウキに近寄るとすればMこそMであるがゆえの本質 において「ナニされたい」→「ナニしたい」願望変換作業の二人羽織的一人芝居が可能であるがゆえでは?と申しておきましょう〜その逆にあらず・かな?つま り、もっとぶって!と哀願する愛玩動物の「別のカタチ」に対して等価たりうるご主人様の署名とはいかなる署名か?■「監禁クラブ」はベンチャー・ビジネス のヒント←カンキン塗って、また塗って♪■そもそも、私が大友克洋を知ったのも、高校時代の70年代『ぱふ』でありました←確か大友特集号があったはずで したね。真崎守とかCOM特集とか。そいや、もっちゃん元気?この場を借りてご芳名だけ記帳させていただきまっする〜しかし、時々思うのだが、夜中にコ ソっと親に隠れてベッドのなかで大学ノートにマンガを書いてそのままベッドランプつけっぱなしで眠ってしまう娘は「さようなら女達」を既に読んでいる・の だ・という厳粛なる事実(笑)は生きられたマンガと呼ぶべきなのか?■そのうち二枚は旧石器時代の洞窟式住居である久保商店最上階、兄弟ルーム跡から発掘 された←二枚とは「ツェッペリン機廚函屮侫ジカルグラフィティ」。そして、残りの1枚は!?よく見ると「レッド」としか書かれていない←だがこれはクリ ムゾン(笑)・・というわけでいよいよ佳境に入ったエピソード3第69章「ソドムの1」、火砲は寝て待てど暮らせど・・じっと手を見る。そんなもの。個室 は大部屋になっても個室であったが大ガラス張りなら外から丸見え?しかし風通しとは別問題。痛風にはご用心・・■さぁさいよいよakiller殿ご出陣な されたからにはそろそろ潮時、わが男爵領にて男色監督の顔色なからしむる残虐エロ映画でも晩酌ついでに楽しむ生活再開発と致します〜〜つつがなきや〜(ぷ うっ)





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Reply 虚構の心理 浪犯
2005/05/21 00:47


で もねーあれだよねー。どっからどこまでが加害者で、どっからどこまでが被害者か解りずらいって言えば解りずらいねー、とどのつまりが・・・。スピード・イ コール・礼儀・サービス精神たる、この近代帝国においては、御客様の立場になって失礼の無いように、なんてのを基本にさせてるから、待たせられない。御客 さんをイライラさせられない。御客は、すぐイライラする。
とろいことやると、すぐクレームになる。だから必死にノルマや時刻を守るようにさせられてる。
この風潮は、大きな権力の追い風ではないのかねー。庶民は、操り人形のように動かされるからねー。時代感覚というやつに。いらいらする人が多いってのは自 分も含めてだけど、いわば社会常識のルーツを、いいように解釈しなおした形での支配下だから、と言うしかなくなってくる。
宗教も価値観も、ものは言い様で、個がマスを上手く利用するために、いくらでも改良することができるから便利この上ない。この作られた神話は、多くの人の絶望への道導なのか・・
音楽でも・ため・というのがあるが、ため・を気にしないピーヒャラドンドンの一方的な音楽が、庶民にとってのイージーリスニングであり彼女と彼氏のドライブ恋愛歌である。その歌詞のマニュアル
と間違ったことが起これば、二人の仲は終わり、たまには殺し合う。時には子供が犠牲になる。
せめて・・共犯者くらいは自分が選ぶぐらいの自由は・あり・だと思うよ。
あらっ、あたし、ずいぶん長文・書いちゃったわヨン@






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Reply 「市民ラジオ」としての『共犯新聞』 久保AB-ST元宏でございます〜 URL 2005/05/21 03:06


The Last Thing You Should DoSave the last dance for Mr.浪犯
>大きな権力

■それは「神」から数千歩手前の「法則」っーヤツかも。
あの社長も、なんとか長官も、「法則」の「原因」に気が付いていなかった? or 気が付かないフリをしていた?
気が付いても、たかが社長&長官ごときに、「法則」を修正できたのだろーか?
では、誰が「法則」を修正する?やはり、立法府なんだろーか?

>彼女と彼氏のドライブ恋愛歌

■エリック・クラプトン『MTVアンプラグド』が発売された翌年、そのCDが某音楽雑誌に、「昨年のヤレるカーステCD第一位」(がくっ)と、紹介されていた。あ〜、アート・ロックの「神」が・だよ。

>せめて・・共犯者くらいは自分が選ぶぐらいの自由は・あり・だと思うよ。

■今夜、5月21日(土曜日)7:30Pm、札幌のライブハウス「コロニー」で、PANTAと中川五郎と女性アイドルグループ制服向上委員会のユニットのライブがある。
憲法9条をテーマにした曲「理想と現実」の発売記念ライブ、らしい。
私は、行くよ(笑)。
これが終わったら、東京から社員旅行で札幌に来ているテラダヤ@ROCK100とススキノで呑む・かも。
テラダヤが電話で、「中川五郎とAB−STって、渋谷ラ・ママで一緒にライブをやったんだよな。」と言ってた。どーやら、私が抜けた後らしいが、ビックリ。その組み合わせのライブであれば、私も是非、観たいものだ(笑)。
ラ・ママの大森さん、元気かなぁ?

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Ain't Mr.ギロでございます〜 fucking curious some other cunts♪Are trying to ditch The King Of Stamford Hill
>名前は忘れちゃいましたけどなんとかいうマニアック本屋が西武デパートのうえあたりにあったでしょ?

「アール・ヴィヴィアン」でしたっけ?今ではメジャーなエリック・サティすらも、ここでひっそりと輸入レコードが売られていたような。
当時のスタッフが今は表参道にある「ナディッフ」を経営しているそーだけど、ご存知?
■まぁ、池袋っーと、当時の私が重たいギター・ケースを背負って一番通ったのは池袋YAMAHAであったというキロロ・リゾートな脳内再演なんだけどね(がくっ)。
だから1981年の私のコースと言えば、山手線・池袋駅からエレヴェーターで「アール・ヴィヴァン」に行き、間章がプッシュしていたデレク・ベイリーの レコード・ジャケットを触ってみたり、1970年代の黒い背表紙の本(=澁澤や埴谷雄高なんか)が、少しずつ1980年代の白い背表紙(=柄谷行人など) に侵食されてゆく本棚をチェックした後で、池袋YAMAHAへ行ってスタジオでレコーディングしたり、店頭のステージでストラトキャスターをかき鳴らした りして、帰り道に、右手の中古レコード屋でオノ・ヨーコ『空間の感触』を買ったりしたもんだな。そこの通りには、1970年代を引きずった長髪のバンド・ マンが喫茶店から出てきたりしていたけれど、私は若きパンクスであったわけで、彼らから見るとアンファン・テリブルであったわけなんだな、これが。そー言えばあの商店街(?)の入り口付近にあった「ドラム」って店、グループ・サウンズ時代の有名なジャズ喫茶だったんだろうなぁ。当時は興味とお金が無かったけれど、一度入っておくべきだった・かも。
しょんべん臭い文芸座にも何度か行ったけれど、何を観たんだっけ?『泥の河』と『ブリキの太鼓』の2本立て、とかだったかなぁ?ここの入り口にも映画本な んかを売っている小さなコーナーがあったっけ?うーむ、忘れてる(笑)。1996年にパリに行った時に、小さな映画館や映画ポスター屋に行ったら、なぜか 文芸座の雰囲気に似ていて、「おおーっ。」と、思ったもんじゃよ。ゴホゴホ・・・。
■話題は違うけど、新宿「えとせとらレコード」っ て、まだ同じ場所にあるんだねぇ!びっくし。ここの店員が鈴木聖一(←あはは。知らねぇーだろうな。)ブルース・バンドのメンバーで、村八分『ライブ』と か頭脳警察『ファーストのないセカンド・アルバム』とかを無料でカセット・テープに録音してもらったな。エルエテ@ブルトン子爵がよく、「輸入レコード屋 のパイン臭い匂い。」と言っていたけれど、中古レコード屋の匂いってのも独特だったよねぇ〜。今でも私はその匂いをスグにでも思い出すことができるよ。ジ ジイだなぁ。とほほ。

>四方田さんはパゾリーニについてナンかまとまったものを書いてくれる予定はあるのかな〜?

■ドギー君は、今はヒロヒト戦争期のアジア映画を盗掘することに心を盗掘されているようですね。
とにかく彼には白土三平も書いていただいたし、まだ&まだ書いてほしいネタは沢山ありますねぇ。

>伝記パゾレクイエムby星影のシュワルツさんの早期日本語版出来を切望〜しかしハードカバーで厚さ7センチ

■その翻訳こそは、ギロリーニ男爵のライフ・ワークにすべきでは?
ちなみに、ホイジンガ『中世の秋』日本版は、厚さ4センチ(負けた&がくっ)。

>パゾリーニ裁判の再再再審が進められているとゆー最最最新ニュース

■イタリアでは今も、中世の夏が続いているようでがす。

>妻帯者は独身者以上に独身者である

■この事実が、つまみ出してくれるのは、「妻帯者の肉体は独身者以上に独身者である」という身体性の新体制。
これを「肉体」ではなく、「バーチャル」であると誤読したところに、小林秀雄の敗因がある。

>MこそMであるがゆえの本質において「ナニされたい」→「ナニしたい」願望変換作業の二人羽織的一人芝居が可能

■つまり、Mとは、独身者という物語を肉体化した妻帯者、そのものではないか!

>生きられたマンガ

■(別に無理やりブログ談義の寝技に持ち込むワケではないんスが、)それこそがブログの別名かもしれない。
■つまり、こーんな感じ。→夜中にコソっと絆(←親)に隠れて個室(←ベッド)のなかでブログ(←大学ノート)にチンコ(←マンガ)を書いてそのまま休符 (←ベッドランプ)つけっぱなしで眠ってしまう肉体(←娘)は「バナナブレッドのプディング」(←「さようなら女達」)を既に読んでいる・のだ・という厳 粛なる事実(笑)は生きられたマンガと呼ぶべきなのか?
■akiller殿下がおっしゃるように「ブログで書かれていることはみんな誰かが知っていること」とは私は断言するまでの情報力を持ち合わせてはいないけれど、マスコミのカリカチュアとしてブログが滑稽にも真摯に闘争している姿を想像するのは容易ドン。
しからば、この情況がもしも加速を止めないのであれば、マスコミもブログもプロフェッショナルも、どんどん水平になってゆき、そこで繰り広げられるのは、まさにコンクリート・ミキサー車状態になった自己レスの無間地獄=夢幻極楽。と、ダンテい・しよう。
■黄金週間に私はakiller電化の出身大学の敷地に沿って屹立している古本屋「南陽堂書店」にて、ホイジンガ『中世の秋』初版本を購入したのであるが、一緒にそこで買ったのが、柄谷 行人+岡崎 乾二郎+島田 雅彦+渡部 直己+浅田 彰+奥泉 光+スガ秀実『必読書150』(2002年、太田出版)。
この本の「序文」で柄谷は下記のように説明し、現実に立ち向かうために「教養」がいるのだ。カントもマルクスもフロイトも読んでいないで、何ができるというのか。わかりきった話である。」と、アジるのよね。

「なぜ教養主義が強く残ったのだろうか。それは、「現実の生活から遊離した抽象的な観念」をもつ階層が存在したからである。具体的にいえば、旧制の高校や大学が存在した間 は、教養主義はつねに否定されていたにもかかわらず、壊れなかったのである。もし60年代に教養主義が終わったとしたら、それはけっして批評の力によって ではない。資本制経済の力によってである。(中略)つまり、すでに知識人と大衆という区別そのものが空疎な状態になっていたのである。」

私は単純に上記の知識人をマスコミに、大衆をブログに、と、読み替えようとしているのではないよ〜ん。
もちろん、この情況を語っている柄谷自身が、どーしょーもナイぐらいにプロフェッショナルなのんだから、この店頭での口上には、「変換作業の二人羽織的一 人芝居」が重層的に内包されているのだよね。まぁ、それを丁寧に薄皮を剥くよーに、ビラ&ビラしてみる価値はあると思わせるのが、柄谷の魅力でもある・の だが。

>二枚とは「ツェッペリン機廚函屮侫ジカルグラフィティ」。

■ついにギロ男爵も、ミスを初犯したね(笑)。
「旧石器時代の洞窟式住居である久保商店最上階、兄弟ルーム」で聴かれていたのは同じレコードであるわけだから、同じ『ツェッペリン検戮2枚、帯付き(←兄のほう)&帯無し(←弟のほう)で、「今は博物館に」あると言われている。
そして、残りのもう1枚とは、2枚組み『フィジカルグラフィティ』の「ダウン・バイ・ザ・シーザイド」の入っているほうのCD面だけ。失われたAB面を超未来の考古学者が発見するには、さらに歴史は数百年を必要としたという。

>個室は大部屋になっても個室であったが大ガラス張りなら外から丸見え?

■さすがギロ男爵には見抜かれてしまった。
そう。大部屋でも、個室は個室。大ガラスのレイヴンが、大ガラスを割って、渡りガラスとなって文字を持たないアイヌとネイティヴ・カナディアンを結びつけることによって、丸見えになる言葉を持った野生=ニンゲン。

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The Jean Genie lives on akiller's back♪
ヒッキーやニートの一部にとってパソコンは実は、一番金のかからない娯楽

■これも前世紀末の記憶なので恐縮なのだが、北海道が主催していた地方人掘り起し回路「北の・みらい塾」の休憩時間のこと。
40歳代女「ねーねー聞いて!私、ウッキーのデビュー・アルバム、買ったの!」
50歳代男「へぇ〜っ。ウッキーって藤恵子の娘なんだってねぇ〜。」
40歳代女「そーなのよっ。ウッキーの歌唱力って天才かもよん。」
20歳代男「・・・・・・。盛り上がっている最中、申し訳ございませんが、それって、ヒッキーちゃいまんねん?」

>携帯とパソコンはコモディティ

情報技術は、工学とブンガクのサイボーグであるから面白い・ねっ。
あと何年経てば、ビッグ・カメラの家電売り場にドラえもんが売られることになるんだろーか。
または、パソコンが家電売り場に移行した時、IT売り場で売られている商品って、なんだろう?

>携帯は青少年から可処分所得の大半をうばって

■その結果、1970年代以前に多く見られた「貧乏学生」の群れが再現されるのだろうか?
つまり、情報が裕福であり、モノが不足している状態。
これは、1年中、ドテラを着て、図書館から借りてきた本を読んでフランスを夢見た時代の日本再演か?
■ってゆーか、ドテラで北大生を思い出す札幌予備学院出身の私ですが(笑)、北大祭に酒が禁止って、どーよ(笑)?北大の”夜中歩いて登山”前夜祭を経験している私には、どーも納得いかねぇ。まぁ、現役の彼らが無言であれば、どーでもイイですよぉー・だが。

>パソコンを捨てよ街へ出ようとは絶対なんない。

■もちろん、そんな必要は無い。
むしろ、パソコン持って街へ出よう・に近いんだろーし、ブログやってる多くの人は、「ネタ(=情報)」を意識的&自転車操業的&恒常的に採取する必要=強迫観念が無意識に脳味噌に組み込まれていると、私は思います。
だから、ブロガーはノン・ブロガー(←造語です・笑)と比べても、相対的に街へ出ていると、、私は思います。
これは、日記文学で夜が明けた日本ブンガクの、正統なる末裔なのかもしれないね。
調査は難しいだろーケド、ブロガーとノン・ブロガーとでは「文化(=CD、本、映画、ライブ、飲食など)」に対する投資の差が圧倒的にアルと思うよ。もちろん、ブロガーの方が多い・だろーね。
ってコトになるてーと、ブログはIT&カルチャーに「可処分所得の大半をうばって」、しかも「景気悪いし」、いよいよ、ドテラーと呼ばれる日も近い?
いやいや、ブロガー性善説(?)としてみれば、もしやこれは、新しいカタチの「ストイック」や「イノセンス」の初期段階なのかもしれない。
しかし&もちろん、そんな歴史の段階では、それらを「ストーカー」や「監禁」と読み間違える寄り道も起こることでしょう。

>ブログで書かれていることはみんな誰かが知っていること。

■そっかぁー?たとえそーであったとしても、「誰か」が「私」である確率を計算するよりも、信用(=好きな)できるブログをいくつか知っている「幸福」にも可能性が準備されている・っちゅー風に思うロマンチックな私。

>本当に大事な情報は生身のコミュニケーションがないと伝わらない

■いや、それは違う(キッパリ)。
くっだらねー例だけど、私はジョン・レノンに会ったことはありません。

>みんながマスコミ批判やってる最中に個人情報保護法案がいとも簡単に通ったというのがいい例

■私が『elan』(vol.13、2003年3月号)に、「生産的な違和感の彼岸」という駄文を書いた時のしめくくりの行は、こんなんだったなぁ。

「さて、「情報」を「理解するために」「整理」されている「情報」が、とってもコンビニエンスなので、そこに違和感が全身ごと委ねられた状態で「メディア規制法」「住民基本台帳」が整備されている国家が地球のどこかに存在していることを皆様はご存知であろうか?」

■つまり、これは2003年初頭のコトなんだけれど、サーカスの最中に国家が重要法案を通す手法は、権力の歴史と同じぐらい古い。
私が高校生の時、日本共産党党員の教師(笑)が、今までいかに日本の重要法案が、国家的娯楽イヴェントや、芸能人ニュースの影に隠れて、ひっそりと、しかし、したたかに「いとも簡単に通った」かと言うことを細かく講義してくれて、とても面白かったなぁ。
■そして&もちろん、このヤバイ時にマスコミはカナリヤの役目をするか?と、言えば、マスである所以、サーカスのピエロを演じる場合が多いんだよな、これが。
もちろん、こーゆーのは、デリケートかつ答えを見抜くには「勇気」がいるので、慎重にならざるをえない・っーのも、分からんではないんだけども、「慎重=休符」としてしまうのが、キャピタリズムでもコミュニズムでも、どんな体制であれ、商業ジャーナリズムなのだわな。
■こーゆー例は無限にあるんだけれど、『共犯新聞』1面でも最近、話題にした「元・毎日新聞記者、西山太吉が日本国に対して訴訟」をめぐる5月15日の『朝日新聞』追跡記事の中に、ひっそりと・こんなコメントが書かれていた。

「密約は2000年と2002年の公文書で裏付けられた。外務省の国会答弁や法廷証言の信憑性(しんぴょうせい)は崩れているのに、政府がウソをつき続けるのは、この協定がはらむ最大の爆弾が発覚する導火線になることを恐れているからではないでしょうか。爆弾とは「核の再持ち込み」の密約です。」(2000年の米公文書を発見した琉球大学の我部政明教授)

これって、どーよ?さらりと「紹介」だけで済ますことかよ?

>投票してもどう自分の生活にかかわるかいっそうわかりにくくなっているし

■誰もが「おかしい」と思っていながら、そのままやっている。「代案」ができるまで、これでゆくしかないとゆーニヒリズムと、その情況に乗って笑う政治屋家業。
「選挙」という商行為が、諸悪の根源か?

>パソコンは自明的じゃない権力装置になりはてている?

■パソコンは、それでも&やっぱし、どこまで行っても「演算マシン」でしょう。
キツネ目の男@突破者=宮崎学が国政選挙に立候補して、惨敗した時、かれのHPの敗北宣言は「インターネット民主主義を過信していました」的な内容であったと私は記憶しているのよ。
それは、宮崎が「早すぎた」から・ではないだろう。
答えは、大衆の中にある「保留」という名の「休符」の中にある、と・思う。
では、その「休符」をシンコペーションにするためには?




180
Reply 憲法9条につき・・・ 浪犯
2005/05/22 20:38


そうかライブ行ったかい。実は私、たまたま埼玉の地方ミニコミの中
に、パンタの小さい記事が載っていて、ギャルと写真が写っていて、
憲法9条なんたら・・と書いてあって、なんじゃこりゃ・と思って
いたのだ。街ん中の共産党のポスターで憲法9条について書いて
あったので、なるほどとは思っていた。そこにギャルを使うとは、
こりゃ、モームス終焉に向け、つんく紛いのギャル戦法をパンタは
憲法をテーマとして実践したのか・・それにしても私はラ・ママで
競演したらしいのだが、中川五郎という方を知らない。
野口五郎の親戚か、中津川フォークジャンボリーの残党でしょうか・・
どういう方か教えて下さい。





181
Reply ジジイにはなっちまったけれど、死ぬ前に気が付いて良かった、2、3のこと。 久保AB-ST元宏でございます〜 URL 2005/05/24 01:20


Ha ha ha, hee hee hee♪ "Mr.浪犯's The laughing Gnome and you can't catch me"♪
>モームス終焉に向け、つんく紛いのギャル戦法をパンタは憲法をテーマとして実践したのか

■そも&そも、私がパンタの「つんく紛いのギャル戦法」を知ったのは、君から教えてもらった『パンタとレイニンの反戦放浪記』(2003年9月30日初版、彩流社)からだったんだよ。君はソレは読んでいなかったんだっけ?

>私はラ・ママで競演したらしいのだが、中川五郎という方を知らない。

テラダヤが言うには、「1960年代のフォーク・シンガーにしては、都会的で洗練されていた。」らしい。
実際、1970年代の彼は雑誌『ポパイ』や『アン・アン』にライター&記者として参加し、言わば、今の若者消費文化を準備した男の一人でもある。
その一方で、これまた伝説のギタリスト=中川イサトと一緒に、「ヴァギナ・ファック」とゆー言うのも恥ずかしいバンドを作ったり、エロ小説「ふたりのラブ・ジュース」で、わいせつ文書販売同所持事件の被告人となったり。まぁ、とにかく面白い男なのだ。
■私は彼のデビュー・アルバム 『中川五郎/六文銭』(1969年、URC エイベックス・イオIOCD-40016)を持っているが、もろ、ストレートなプロテスト・ソング。
歌詞の中に、「共犯」とか「機動隊」とかが入っているので、ラ・ママの大森さんあたりがブッキングしたのかもしれない。

>野口五郎の親戚か、中津川フォークジャンボリーの残党でしょうか・・どういう方か教えて下さい。

■実は私はズーーーッと中川五郎が気になっていたのだよ。
それと言うのも、私が自然体で生活していると、時々、先回りして、そこに居る人・っーイメージだったからだべさ。
たとえば、マーク・ボランの詩集『ボラン・ブギー 電気ノ武者伝説』(シ ンコー・ミュージック, 1986)、『マーク・ボラン詩集』(シンコー・ミュージック, 1988.6.)、『モリッシー詩集』(シンコー・ミュージック, 1992.4.)、『U2詩集』(シンコー・ミュージック, 1988.5., 1992.11.)翻訳者が彼だったり、スティングやU2のアルバムでライナー・ノーツを書いていたり。あまりにも、ありふれた名前なので当初は私も、同 姓同名の他人でもっと若い音楽評論家かと思っていたぐらい。
1990年代に入り、私もギターを触らなくなり(←って、元々か・笑)、読書三昧の日々、酔いどれ小説家チャールズ・ブコウスキーの 突然のブーム起こり、飛行機の中の全てのワインを飲み尽くしたという伝説に引かれて私も、一番有名な短編小説集『町でいちばんの美女』を読んでみた。う〜 む。確かにいいのだが、どーも、ブコウスキーの狂気のグルーブが、いまいち伝わってこない。そこで、小説『詩人と女たち』や『くそったれ!少年時代』、 エッセイ集『ブコウスキーの酔いどれ紀行』を読んだら、私もブッ跳んだ!
スグに理由が分かった。短編小説集『町でいちばんの美女』の翻訳家は青野總であり、私がブッ跳んだのは、中川五郎が翻訳していたのだ!
■1990年代初頭、君の結婚式だったか、私は東京に行った。雨の中、渋谷クアトロで、ドノバンのライブを観た。ライブの中盤、オール・スタンディングの 後方から、「ヘーイ!ドノバン、エクスキューズ・ミー、メイ・アイ・リクエスト・・・・」と、ステージへ叫ぶ声。ステージ上のドノバンは、「OK」と笑っ て、ステージ上にアグラをかいて、その曲をフォーク・ギターで弾き語りした。
なんて、自由なんだ!と、単純な私は驚き&感動した。
その客席から声をかけた男は、ライブの途中から入ってきた金髪の男だった。ずっと微笑みながらドノバンの曲を聴いていて、終わるとニヤッと私にウィンクをした。
それも、中川五郎だった。
■こう書いていると、けっこー若い人っぽいイメージだが、1949年大阪生まれ。日本初ののプロテスタント・フォークのヒット曲、1968年の「受験生のブルース」を作ったのは彼なんだから、実は日本一古いフォーク・シンガーと名付けてもいいぐらいだ。
『中川五郎/六文銭』直後の、アルバム『終わり はじまる』の収録曲「殺し屋のブルース」ではバックをジャックスが担当していて、早川義夫=ジャックスの大きな影響下にある私にとっては無視できるわけがない人である。
■もうここまで書いたら、勢いで、何でも書こう(笑)。
実は私は今月、中古CDで高石友也(←ここのリンク先はすごい!曲も聴けるぜ。ここ「高石友也+ジャックスの明日なき世界」で は、ジャックスとの共演も聴ける!ほら、この曲はRCサクセションが『カバーズ』で歌った曲だぜ!すごい演奏のグルーブだ。)のアルバム『フォーク・アル バム第3集・坊や大きくならないで』を買ったんだが、これ&また、発売後、36年も経ってから私は、このすごさに気が付いている。ああ〜、いつでも☆遅れ てきた青年(がくっ)。
全共闘世代のベストセラー『二十歳の原点』の自殺した高野悦子も、1969年4月に高石友也の歌う「坊や大きくならないで」のレコードを買った。そして、ステレオで聴きながら、「ベトナムであの歌をうたっている数多くの女達がいるということを、一体どう考えたらよいのか(1969.4.15)」と日記に書く。
私が高校生の時に、1級上のフォーク好きな先輩がギャグで「坊や大きくならないで」と言っていたのを記憶しているが、当時の長髪ハード・ロック少年の私には興味の外だったしー。
そもそも、高石友也は関西フォークの大親分であって、中川五郎を右腕に、ジャックス、フォーク・クルセダースを後輩にノシノシとやっていた、という印象だった。
ところが、1985年に私がサラリーマンになった時、社内にいた私より10歳年上の元セミプロ・フォーク・シンガーが、「久保クンは私の尊敬する高石友也 の生まれた雨竜町のそばの雨竜郡沼田町の出身です。私と同じく音楽が好きなので、後輩というよりは弟みたいな感じです。」と、人前で私を紹介したことが あった。さすがに、照れた(笑)。
そりゃもー、当時のまだ&まだニュー・ウェーブの汗が残っていた私には、「ケッ、そんなジジイと比べるなよ!」とゆー気分ではあったが、いやー今聴く、アルバム『坊や大きくならないで』は、すげーカッコイイ!
■高石友也は、1969年の夏になってから、ライブのたびに、観客から論争を振り掛けられて、歌を歌うどころではなくなったらしい。当時、特に彼と岡林信康は議論をふっかけられる標的にされていた。
フォーク・ゲリラ問題定期の要旨は次の二つだ(←私が高校生の時に買った、伊藤仁康・編『爆発するロック』1972年より)。

1.プロテスト・ソングを歌う歌い手自身の、うた以前の姿勢をより問題にしたい。
2.マスコミ・ステージで歌うより、街頭で歌うことこそがフォークの本質であり、機動隊の弾圧の前でも歌い続けるという姿勢が大切である。

ライブのたびに、客席からこんな議論をふっかけられて、歌えなくなるようでは、高石友也もツラカッタだろーねぇ。
で、彼はアメリカに逃げ、フォーク・ムーブメントの第一線から消える。
■高石友也は若林博士と、学年では同級生なんだねぇ。1941年に北海道雨竜町で生れ、滝川高校に行っている。〔雨竜町生れ→滝川高校〕だったら、私と英 会話教室「すずめの学校」で一緒の23歳のOLと同じ履歴だ(笑)。なんだか、ちょーローカルに身近なオジサンだなぁ(笑)。
そもそも、私はサラリーマン時代の元セミプロ・フォーク・シンガーの先輩から、もっと1960年代〜70年代のフォーク・シーンの話を聴いておけばよかったと、ちょいと(今頃)反省〜。




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Reply ども はし
2005/05/25 00:07


はしだっす。
宮澤賢治のイモのことかいてある日記って、ちょうど今ごろの話だったのね。
そ の昔花巻で、宮澤賢治の弟さんの血を引くヒトのやってる喫茶店に行ったことがありました。宮澤さんと言えば花巻の実力者なんで、地元の人間はワタシら旅行 者のように気軽に話しかけられないヒトだ、という話が印象に残っとりまっす。その方は物腰も柔らかくとてもいいヒトでしたが。





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Reply 共犯のトランク 久保AB-ST元宏 URL 2005/05/25 02:13


You've got what you wanted but you're on your own♪ With the London boys♪ Now you've met Mr.はし♪
宮澤賢治のイモのことかいてある日記って、ちょうど今ごろの話だったのね。

■そうそう、1925年(大正14年)5月20日、賢治が29歳のコト。
こーゆー細かいコジツケに関しては、『共犯新聞』に抜かりはございません(笑)。
■はしクンの農場の田植えは終わったかい?今年のように、寒い日が続き、田植えが遅れると、先日の5月20日のようなサニーな日が貴重に感じちゃうよね。
そんな農業にとっても貴重な5月の下旬に、農業をせずに、いそいそと小樽まで「勉強」に行っていた賢治が、カッコイイ(?)。ふつーなら、農閑期の冬にでも行くんだろーケド、どーなんでしょ?
まぁ、当時の賢治は郡立稗貫農学校の教諭であり、農民ではなかった・にせよ。
■ちなみに1925年とは、国際的にも「1月3日★ムッソリーニが独裁宣言」、「1月23日★チリでクーデター」、「1月26日★革命ソ連で、トロツキーが最高人民委員を解任」など、思想と政治と経済が真っ裸になって三つ巴で、ぐるん&ぐるんと、試行錯誤をしつつも、かなり荒っぽい実践を繰り返していた日々だよね。
この年に、雪印乳業(1950年に創業)の前身である北海道製酪販売組合が賢治が来道していた5月に設立されたというのも、偶然以上の意味がありそーだよね!
雪印は、ここしばらく色んなコトがあったけれど、こーゆー設立理念を読むと、時代も日本農業も「青春」期であったまぶしさがあるよね〜。

「北海道産の練乳はだぶついて、練乳会社が買い付けを停止したり、買い叩くようになった。売れない牛乳は川に流すほかなかった。
酪農三羽烏はこの状況に憤激し、「農民のことは農民でやる、デンマークに習って組合をつくろう」といって、札幌、石狩、小樽、空知の酪農家629人に出資を募り、大正14年に仙太郎を会長として「北海道製酪販売組合」を組織した。翌年連合会組織に改められ、略称「酪連」となる。 」
ちなみに、今回の「宮澤賢治のイモのこと」の宿題をくれた田中千博さんも、元・雪印の社員です。
■はしクンからの賢治イモの件でレスをいただき、5月20日に合わせて(笑)、『共犯新聞』1面にUPした直後に、私が田中さんとEメールでやりとりした内容は下記のような感じです。





田中様
北海道の久保です。

 お忙しいのにHPへ掲載して戴きありがとうございます。
あなたがUPする間に反応があって、わたしのHPのトップに「添付」のように、付け足して掲載しました。ご指摘のあった「復命書」も入れてあります。
標本の数が違いますが、橋向さんの指摘は1種類だけですね。
「ポテト・チップス」は誰にも分かることですが、(標本が150でも30であっても)そのほかの食品を想像できないので、あれこれ探しております。
 また反応があればお知らせ下さい。 田中千博


■「標本」とは、「分類表」とは違った民俗資料ですので、たとえば、「ポテトチップスが150種類」ということも含めて考察できるかと思います。
小樽が商業の交流地であったこと、「小樽高等商業」学校という場所の目的などを考えると、「商品」である可能性も大きいですよね。
であれば、当時の小樽に入港していた商業船の国籍&航路などをリストアップする作業は田中さんのほうでは、もうされたでしょうか?

豆やイモが、近代において普及したのは、穀物と同様に「乾物」として流通できるからです。
そして、穀物よりもやせた土地での栽培が容易であるという大きな利点ですね。

「干しイモ」のバリエーションを羅列して、賢治の日記を裏側から照らし出すのも方法としては魅力的であると思います。

その時の私の興味は、「干しイモ」と「発酵食品」の掛け合いがどこまでされていたかという工夫に対してあります。

■それにしても、1925年の賢治というのも、1922年に「春と修羅」を手がけるなど、詩作活動が旺盛となった矢先に、「♪あめゆじゅ、とてちてけんじゃ」の妹トシが11月27日に死亡して、不幸と文学才能の開花がパレレルで進行していた時期。
1925年に賢治は、オルガンとセロを独習するんだけれど、これは男(=女も?)が20歳代に永訣(?)する直前に自分の残された可能性を試そうとする動きであったのかもしれない。
そ の心情と、農繁期に小樽まで行って農業の研究を深めるというのも、賢治の持つ「現代人」性が現れている・と、私には思えるのだよ。どう、現代の農業青年? 君も農繁期のド真ん中の5月27日に、旭川までチック・コリアのライブに行くじゃん(笑&超うらやましー!)?それと同じだよー!

>その昔花巻で、宮澤賢治の弟さんの血を引くヒトのやってる喫茶店に行ったことがありました。

■賢治の弟、宮沢清六(2001年没、享年96歳)の『兄のトランク』(1987年、筑摩書房)は名著ですよね!その書名だけでも、グッときます。

>宮澤さんと言えば花巻の実力者なんで、地元の人間はワタシら旅行者のように気軽に話しかけられないヒト

■なんだか、太宰治の実家みたいなハナシだなぁ〜(笑)。
でも、「旅行者(=他者&外様モノ)」だからこそ、いきなり核心に土足で入り込めるズーズーCパワーっーのも、アリですわな。
もちろん、その手法が無駄に被害者を作ってはバカですが、既成概念が研究&調査を凍らせている場所においては、現地の人もソレを求めている場合もありますよ。

>その方は物腰も柔らかくとてもいいヒトでしたが。

■物腰の柔らかさと、知能指数の高さは比例する場合が多い(笑)というのが、私の持論です。
もちろん、そーゆーヒトが一番、怖い場合も多いんですが(がくっ)。




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Reply paipukaltutu なしか健一
2005/05/26 03:14


2度カキコしたが入れません・・・なんじゃこりゃー





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Reply 真夜中の読書 & 白昼の感想文 久保AB-ST元宏 URL 2005/05/26 15:24


Mr.なしか健一 is The Loneliest Guy
>2度カキコしたが入れません・・・

■無残にも、電気の露と消えた君のコトバたちに合掌&礼拝。

>なんじゃこりゃー

■と、君が苦しんでいる頃(?)、私は某高校教師から「これ、『共犯新聞』のネタにいいよ。」と、借りた本を読んでいたんだよ。
それは、三浦 展(1958年生れ)『ファスト風土化する日本―郊外化とその病理』(新書y、\798)っー新書本。
この本を要約すると、「日 本社会に多大なる悪影響を及ぼした「郊外化」を怒り、「郊外化」をもたらした原因である公共事業を怒り、公共事業にジャブジャブと金を使うよう要求したア メリカの横暴さを怒り、それを受入れた日本の政治家を怒り、さらに「郊外化」を後押しした大手スーパーを怒る・・・。」ってこと。
具体的には、ジャスコ=イオンに代表される郊外型大型店が生む、田舎社会の崩壊、ってコトかな?
まぁ、ご存知のようにイオンは、民主党の岡田代表のご実家(笑)であるので、自民党系スーパー(=西友、ダイエー?)からの「悔し涙」か(笑)?
ちなみに著者はパルコの情報誌『アクロス』の元・編集長。これって、1980年代バブルDCブランド時代で大もうけしたヤツラの歪んだ形の敗北宣言かも(笑)。
■そもそも私は、ここ数年の新書の傾向に、ある種の「あざとさ」を感じている・のだよ。
つまり、『捨てる!技術』とか『バカの壁』とか、まぁそのぉー『ほめるな!』とか、本と言うより、プラカードのような感じがする。
換言すれば、キャッチフレーズ。
それは&それで、本の生きる道だし、新書本とゆー軽やかなスタイルだからこそできる「戦略」なのかもしれない。
しかし、同時にキャッチフレーズを思いついたことダケで充足してしまい、多くの読者が感じるように「視点は興味深いが、因果関係の検証はやや甘く、強引な印象あり。筆者の意見はまっとうではあるが、全般に現象面の個人的な感想に終始しているのはやや物足りなさものこる。」とゆー印象に落ち着いてしまう。
まぁ、「これ以上の深い考察は、ハード・カバーの単行本の仕事だ!」と言われれば、「あら〜、失礼しやしたぁ〜っ。」とはなるのだが、最近の新書のプラ カード化(?)は、それが新書だということに甘えて、とりあえず思いついた刺激的なキャッチフレーズを店頭にバラまこう・という雰囲気を感じちゃうのだ。
確かに、かつての新左翼のアジ・ビラや、PANTAが歌う政治の歌なども、その範囲のコトにすぎないのかもしれない・のだ・が。
■んで、この本、『ファスト風土化する日本―郊外化とその病理』は、イオンが地方文化を消滅し、ファースト・フードのような「ファスト風土」(←オヤジ・ギャグやんけ!)を全国一律に作るという検証を一生懸命にしている。
確かに、私の住む人口4100人のド田舎でも、車で40分の田園のド真ん中に「イオン旭川店」ができたことによって、今まで無かったスタバやギャップ、ヴィレッジ・バンガード、タワーレコードなどがいっぺんにできた。
こりゃ、便利だわい。
でも&まぁ、これが全国一律にできると、地方色が無くなる・と、著者は言う。
では、著者にとって魅力的な街とは?→はい、それは吉祥寺です。・・・・・・がくっ。
こ、これって、ギャグ?う〜む。
著者が言う、「古い名曲喫茶に行けば戦前の文化人の雰囲気がある。古本屋に入ると1960年代の左翼学生の名残がある。雑貨店には70年代のヒッピーの流れがある。ライブハウスには80年代のパンク魂がいまも息づいている。」とゆー吉祥寺の描写は、私にとっても分かりやすいんだけれど、私が思うに、それらをいったん抽象化して、さらに本質を整理してシステム展開したのが、「スタバやギャップ、ヴィレッジ・バンガード、タワーレコード」などではないのか?と、思うのである。
とにかく、田舎のガキどもには、それらに触れるチャンスすらなかったのだから、浪人して東京の三流大学に行ってからそれらを知るよりは、「一般教養」(笑)として、イオンを散歩して知っておくのも悪くはない・と、思うのだよ。
名曲喫茶にもバカな文化人気取りはいたし、60年代左翼学生にもノータリン付和雷同もいたし、70年代ヒッピーに低脳ガキは多かったし、80年代のパンク魂なんてクソだった。私は、それらを全て知っているから、そー思うのだよ。




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Reply 孤絶 まがり国男
2005/05/27 19:21


さあて三度目の正直である。私の言葉は、その日の気分によって多少ニュアンスが異なるが、ここ数日での思いを書き記せれば幸いだ。なんせ2度もフェイドアウトされたのだから・・・。
20 数年前、げてもの好きな私は原孝という人物と酒を共にしたりした。1度、彼の家に行き、昼間から日本酒を飲みながら、岡林信康の2枚組ライブ盤を聴いて いた。反戦的なものだった。ライブ会場の連帯的なムードも漂っていた。ある意味、種族を増やすアットホーム的な感慨ではなかろうか。
原孝は、そういうムードに酔っていた、又、餓えていた。当時、回りに、そんな感覚の若者は姿を消していたからだ。ある日、私の下宿で一緒に酒を飲み、泥酔 した原孝は、深夜いきなり、バイクで帰ると息巻いた。私は止めるでもなく勝手にさせた。数日経って、原孝は私にこう言った。何で、あの時、無理にでも引き 止めてくれなかったんだよ・・と。きっと心配されたかったのだろう。必死に訴えていた。
それ以来、私達の関係は断絶した。私はこう思っていた。自由を、さんざ口にする奴に、飲んでもバイクで帰るという純粋な自由を与えたまでだ。。と・・・
ところで、コンサートで客と口論になったりというのは、厄介な気がする。個人の考えというものを
真面目に唄にしたとき、その唄に対する大きな責任というやつが生まれるのだろう。
でも、そういうのは別に音楽で表現しなくてもいいのではないだろうか・・・





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Reply 思想としての音痴 久保AB-ST元宏 URL 2005/05/28 02:35


We never lost control♪ Mr.まがり国男 face to face♪ With the Man who Sold the World
>原孝は、そういうムードに酔っていた、又、餓えていた。当時、回りに、そんな感覚の若者は姿を消していたからだ。

■もう、とっくの間に君なら気がついているだろーが、私は「なかよし&こよし」が苦手である。
私が1975年に、初めてギターを買おうと思った時には、フォーク・ギターではなくて、エレキ・ギターでなければならなかった。
当時は圧倒的にフォーク・ギターの時代であった。
2つ年下の私の弟はフォーク・ギターで始まった。彼は、かぐや姫のレコードを買い集め、私はビートルズのレコードを買い集めた。
数年前の親戚の冠婚葬祭で、イトコが集まったときに、「いっつも、本家の久保商店に行くと、もとちゃん(=私・笑)の部屋からはビートルズが流れていて、とっちゃん(=弟)の部屋からは、かぐや姫が流れていたねぇ。」と彼らが語っていた。
まぁ、これから2年後には、先日のギロ男爵へのレスのように、両方の部屋から『レッド・ツェッペリン検戮筺悒ング・クリムゾンの宮殿』が流れてくるようになるんだけど(笑)。
■1975年当時、フォークは「歌声運動」みたいなイメージがまだ残っていた。
たとえば、山本コータローなんかが、「♪みっさき〜、めぇえっぐりーのぉぉおおおーんー」と、歌う合間に「バスは走るー」と早口で次の歌詞を言い、それを手助けに観客とステージが「なかよし&こよし」に、「♪ばぁぁすんはぁつつつー、はぁあーしぃるぅぅぅん〜」と、楽しく歌い上げるのだ。
音痴の私は、これが二つの理由で、チョー苦手だった。
こんな恥ずかしいことをするぐらいだったら、ケイレンしながら、一人で「うぅぎゃぎゃああががぐがーーー!!」と、音楽にならない叫びをしている方を、私の若き肉体は求めていた(笑)。
そう。つまり、私の音痴は、「思想としての音痴」であったワケだ(がくっ)。
■『共犯新聞』1面最下段のの人気コーナー(?)「久保元宏の2005年に買ったモノ」に、今年のゴールデン・ウィークに買ったフォークの歴史が書かれた本の感想文を書いたので、ここにも転記しておこう。
私とフォークの微妙な距離感が分かる・かも(←分かって・どーする?笑)





2005年
4月30日
札幌

北大正門
の横の
古本屋
ケルン書房
で買った。

なぎら健壱『日本フォーク私的大全』
(1995.9.25初版 筑摩書房)
登場;高石ともや、岡林信康、五つの赤い風船、高田渡、遠藤賢司、加川良、
三上寛、斎藤哲夫、吉田拓郎、武蔵野たんぽぽ団、RCサクセッション、
泉谷しげる、もんたよしのり、友川かずき、井上陽水、なぎら健壱
定価\1900→古本\1000
私が著者とすれ違ったのは1984年の新宿ルイードでの、尾崎豊のデビュー・
ライブでだった。高校卒業直前に退学をした彼の同級生などで満員の会場の中
私は招待席すらも立ち見状態で見ていた。そこを通過したのが、なぎら健壱だ
った。最初、私にぶつかり「じゃまだ!」と慇懃に通り過ぎ、戻って来た時には、
打って変わって「先ほどはスミマセン」と超低調。その両面が彼なのだろう。そも
そも私は、フォークのやつらの馴れ馴れしさが嫌いだ。毛糸の帽子をかぶったり
するオシャレさも苦手だ。オーバーオールを好むなどの半歩下がった幼児性も
むずがゆい。なぎら健壱は1952年生れだから、ビミョーに遅れてきたフォーク・
シンガーである。芸能界であれば、それは「若い」という商品価値になるのだろう
が、幸か不幸か彼はブ男だった。しかも顔に似合わず(?)の美声。せめて枯れ
たブルース声であったら、なんとか個性も立ったであろうが、中途半端であった。
私が(実は)いまだに彼を好きになれない理由は、それら全てにある。だから、
この本を古本屋で見つけた時には躊躇した。登場する顔ぶれには興味がある。
しかし、それをなぎらの文章と思い出でたどるのって、どうよ?という印象である。
しかし、高田渡が4月16日に死んでまだ間もない時期である。この本と巡り合っ
たのも必然があるのかもしれない。しかもこの本も出版されてからもう早、10年が
過ぎているのである。たとえば、高田渡のことであっても10年前の記憶と記録で
ある。買おう。そして、買った。その直後に私は中古CD屋で高石友也の1969年
のアルバムを、これまた偶然に見つけて買い、そのカッコヨサにブッ跳ぶ。確か
に、なぎらの文章や物語の運び方には予定調和の準備が見えていて、私には
居心地が悪い。しかし、彼が押しかけのアルバイトで初めて、1969年12月6日に
高石音楽事務所に行った時に、事務所に早川義夫と『愚』の金延に会ったという
ことが本の冒頭にいきなり書いてあって、それだけで私はなぎらにひざまずいて
しまい、この本の価値を認めてしまった。
今度は他の人の視点でこの豊潤な時代を記録した書物を読んでみたいと思う。

>岡林信康の2枚組ライブ盤を聴いていた。反戦的なものだった。ライブ会場の連帯的なムードも漂っていた。ある意味、種族を増やすアットホーム的な感慨ではなかろうか。

■もちろん、山本コウタローとウィークエンド「岬めぐり」などは、原孝が求めていた岡林信康的フォークとは違うだろーケド、あの新宿フォーク・ゲリラ(←中川五郎は、まさしくこれの首謀者!)に代表されるように、歌詞カードを手に「♪友よ 夜明け前の 闇の中で〜♪友よ 戦いの 焔を燃やせ」と、歌うのだから、スタイルの継承はある。
最近の「ロック」コンサートは、ステージと客席で大合唱になる「感動的」なモノらしーが。
■ただし、岡林信康のスゴイ(=久保くん的に残酷な・by.月見猫)ところは、こんな「連帯」の歌の最後に下記のような歌詞を、「大衆」に大合唱させるところだ。

「♪私たちの望むものは 決して 私たちではなく
私たちの望むものは 私であり続けることなのだ」

この歌詞と、おそらく君と原孝が青春の昼間酒で聴いたであろうアルバム『1973年 12月 31日』のことが書かれたエッセイを、次のHPで読むことができる。
これを書いたのは、中川一郎だ。・・・中川五郎ではないよ(笑)。お間違いなく〜。
とにかく、必読、この下記のリンク先を読んでごらん。

「これが、ロックという音楽なのだ。何て、激しいのだ。何て、素敵なのだ。」

>コンサートで客と口論になったりというのは、厄介な気がする。

■確かにそうだ。
しかも、あの程度のレベルの議論に貴重な演奏時間を奪われては、たまったもんじゃぁーない。
もっと、身のある議論なら、私はむしろ面白がるかも・しれないけれど。
■ちなみに、口論の対象(=標的)となった岡林信康は1969年9月4日の労音のコンサート後に「もう歌えない」と蒸発したし、高石友也はその直後のフォーク雑誌『guts』1969年11月号に「岡林ぼくもやめるよ」という手紙を掲載してアメリカに旅立つ。
まぁ、この後の1969年12月7日の高石の渡米『さよならコンサート』に、蒸発をしていた岡林が突然飛び入りをして、観客を驚かせたとゆーエピソードが私は好きなんだけど(笑)。

>個人の考えというものを真面目に唄にしたとき、その唄に対する大きな責任というやつが生まれるのだろう。

■岡林は蒸発からの復帰後の1971年7月28日の日比谷野音での『岡林信康自作自演コンサート 狂い咲き』で、かつての大合唱曲「友よ」を歌う前に、「ここで誰か”ナ〜ンセンス!”と言わなアカン」と言ったそーだ。
■全ての言葉が誤解のリスクを前提に語られているように、「唄」もしかりだね。
で、大事なのは、それでも私たちは誤解(=災い?)の種になりうる言葉で誤解を解こうとするように、「唄」うこともある(=あった?)のだな、これが。

>でも、そういうのは別に音楽で表現しなくてもいいのではないだろうか・・・

■音楽は、「音が楽しい」からか(笑)?
まさか。
■そー言えば、私たちのあのバンドが名古屋のライブ・ハウス「エレクトリック・レディ・ランド」に1984年に出演した時に、ある女の客が我われの演奏の最中に本を読んでいて、君がステージから怒ったことがあったね。
でも、その後に「空中ピラミッドの生活」か「マリワナ」かなんかを演奏したら、もう客は完璧にこっちに関心を向けていたよな。おそらくは、それまでは対バンのアレルギーのファンのブスどもには、私たちの高尚さが理解できなかったんでしょーなぁ(笑)。
まぁ、カッコイー曲が、そいつらを読書から音楽に向けさせるんだぜ。
■カール・マルクスの『資本論』っー大河小説(?)は、私が持っている大月書店版でも全5巻もある。こんなに言葉をつらねても、誤解は生まれる。
『聖書』しかり、吉本隆明『共同幻想論』しかり、黒柳徹子『窓ぎわのトットちゃん』しかり・である。
そんな時、なぜジム・モリソンがマイク・スタンドを両手で握り締めたまま、ステージで崩れてゆきながらでも、「ジ・エンド」を歌い続けたのかを想像してみるとよい。




188
Reply 君達はオレンジレンジでギターを弾きたいのか・・・ 左門講一
2005/05/29 01:49


ねっとりした60年代のフレーズを上手くコピー取り入れして、本来ある人としての
吐き気的湿度をかもし出し、ラップ唄と合体して今なりの若者像を表明している。計算的オレンジ・
そこまでしてギターの音を必要とするのでしょうか。
加えて、あくまで唄中では表面的男女像をかもしだそうとする。嬉しすぎて顎が外れそうである。
かつてクボ元氏は効果音としかギターを考えていない。いや、言葉が失礼すぎて自ら泣いてしまいそうなので言いかえるが、リズムとしてしか入り浸っていない。無の境地かもしれないが、はた迷惑
なギターマンもいる。音程・弦数、無視。ここの、はったりだ。
表 現には、呼吸器や顔や指先だけでなく、心臓も肛門も必要だ。呼吸器や表情や指先だけなら、ある意味ヒトラーだね。肛門から、うんち出そうな状況で、望むも のを歌うのと、呼吸器だけで他人に聞かせようとするのは違う。口論する前に肛門を見せろ。@pあまり考える方ではないので、この辺に
しておく。





189
Reply さも言うかりしは、、、 モレン・ちび太
2005/05/29 02:04


先回のクボのレス中、最後に登場していたキティー娘は、
ある意味、自分的部分において私の嗜好の一つであり、大変、
私の好みでもあるので御登場を容赦頂きたい。
ただでさえ、首が疲れるほどの見知らぬ長身男を
後ろから刺してやりたい湿度にかられているものですから・・・p御了承





190
Reply 君達は電子レンジでイモを焼きたいのか・・・ 久保AB-ST元宏 URL 2005/05/30 00:19


The mirror will watch over Mr.左門講一 and Mr.モレン・ちび太♪
>自分的部分において私の嗜好の一つ

■「キティー娘」は、HP『探偵ファイル』「探偵女学院」の人気コスプレ社員(?)えりす嬢でございます。

>はた迷惑なギターマンもいる。音程・弦数、無視。ここの、はったりだ。

■はい、私がその「はた迷惑蔵」、またの名を「忍者はったり君」でござる。ニンニン。
お土産は、君の笑顔?




191
Reply 人生相談 jimono
2005/05/31 00:08


お久しぶりです。5月はお忙しかったことでしょうね。もう6月ですね。当方の5月は キキョウガハクのところにお出かけや運動会などsight seeing & alchohol & Rockn'Rollなひとつきでした。詩の才能などたいしてないのにまたぼちぼち唄をつくったりしているのですが、昨年図書館で何気なく手に取ったピン ○レディーの歌詞カードを何気なく読んでしまって、それ以来その引力にひかれることが多くあります。まったくいかんともしがたいことです。何気なく口ずさ んだり頭で演奏してたりするんです。以前鳥○ガク氏の文章で、ボ○ディラン氏の楽屋を訪れたら新曲らしきものをギターをひいて聞いたことの無い唄を気難し そうにうなっているので近寄ってよく聴いてみると、『カーマカメレオン』だったという話が紹介されていました。「うそをいってはこまります。現れないのが 透明人間です。消えますよ。」だめです。頭にこびりついてこそげ落とせません。どうしたらいいのでしょうか。





192
Reply はったり・という言葉が悪かった・・失礼 サンデ・モニオ
2005/05/31 21:41


あくまで摸倣のギター音が多い。それもこれも、テクニック重視なんだよねー悲しいことに。
とある会社の軽音楽部のバンドを去年、見たけれど、そこで俺が難しいことを講釈しても迷惑
がられるから、いやーよかったよかった、と言って、その場を治めたけれど・笑。ちーとも
よくなんか無いんだよねー。だって、やってること全てがコピーなんだもん。音質から弾き方
から、もちろん曲もコピーしかできないし。ブルースのリードだって、やたら早弾きしやがって、
てめえなんか消えうせろって言いたかったよ、菊池殿。あーだから、クラブで楽しみにバンドやってるやつ大嫌い。自分の音を出すってことは、もっと切実なことでしょ。
それと、他のパートのことも、よくよく意識できねえような、禿げオヤジ共もバンドをやるな。
それはバンドじゃなく、おめーのマスターベイションなんだからさあ。
この辺のヤボ話は、この位にして。本題に戻るが、アブストのクボやサカタのギターを真似できる
奴は、いない。他人のテクニックを真似るとは愚の骨頂。弾き手の間合い、世界、感情などを出す
べくギター音が好きである。





193
Reply イメージの「ストローク」は、消えない。 久保AB-ST元宏 URL 2005/06/01 00:12


The Mysteries of Mr.サンデ・モニオ♪
>おめーのマスターベイション

■以前も書いたかもしれないケド、私が初めてプロの画家とじっくり会話した相手が、神田一明画伯だ。
まったくアポもとらずに、ズー&ズーしく自宅に訪問し、さらにズー&ズーしくもアトリエに上がりこんで、コーヒーをご馳走になり、じっくりと話し込んだ。1999年のことだ。
(そのズー&ズーしさって、今から考えれば雑誌『アリーナ37℃』にアポ無し訪問、そのまま連載決定の、あの頃と同じ・か・笑。)
■その時に一番、印象に残っていた画伯の言葉が、「ストロークの快楽」
うわっ。それって、ギターと同じじゃんか!
画伯は、「描く」というよりも、キャンバスに筆を走らせる「ストロークの快楽」に初期衝動を感じ、いまだにそれが絵を描く時のきっかけになっていると言ったのさ。
■私は、単純だからか、それで一気に「絵画の秘密」全てが解き明かされたような気になった・のさ(笑)。
今では、時々、インチキ美術評論家みたいなコトをしている私だけれど、その時の画家のコトバが、私のつたない「音楽生活(?)」での経験から、そのままズバッと同じ文法で、美術の批評を可能にさせている・と、思うのだよ。
■「ストロークの快楽」と言われて、ピート・タウンゼントを思い出すように、「アブストのクボ」を思い出される方もいらっしゃるだろう(笑)。
また、そこにパンクの匂いを感じたって、オッケー。
んで、それって、「おめーのマスターベイション」じゃん、と、言うことも可能か?
ここで論理を整理してみれば、さらに私たちは遠くにイケる。
個人の「快楽」がマスターベイションという狭い箱で終わらない・ということは、たとえば、そのストロークを見た&聴いたオーディエンスが、そのストロークを演奏者=画家と同時に&リアル・タイムに体験&追体験することで生れる、相互の「快楽」なのかも。
それを「メッセージ」と安っぽく言い切るほど私のセンスはダサくはないが、たとえば、ストロークが「意味」する「イラダチ」や「アグレッシヴ」さ・が、観客や同じバンドのメンバーが「撃たれる」場合は、間違いなく・ある。
ザ・ストリート・スライダーズ村越さんは、全身がストロークだった・と、言い切ってしまうのは、ちょいと恥ずかしい・か(笑)?
■そう言えば、デモ隊が機動隊に石を投げるのも、「ストローク」だ。
投げられた石は、中空で「意思」に変わるか?

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The Motel♪ For Mr.jimono's living in a safety zone♪ There is no hell♪
>当方の5月はキキョウガハクのところにお出かけや運動会などsight seeing & alchohol & Rockn'Rollなひとつきでした。

■私の5月は、Alchohol & Book & CD& Deep na Oyaji の「ABCD包囲網」でしたね。って、いつもじゃんか。
■まぁ、ちょいと一風変わったコトと言えば、この4月から某中学校のPTA役員になったってーコトですね。
幸 か不幸か、学校が嫌ったのか(←きっと、コレでしょう・笑)、ずーーっとPTA関係の役職から逃げ惑っていたのですが、いよ&いよ商工会青年部も定年間近 (=45歳定年。でも、45歳って、青年・笑?)だし、どー見てもヒマなオヤジに見えたのか、なっちゃいました(がくっ)。
「小学校→中学校」の大きな河を渡ると、「しつけ」が「教育」に変わる・程度のイメージはつかんでいたのですが、いやぁ〜、なかなか「言葉」と「態度」を慎重に選ぶ組織ですねぇ〜。
って、言っても、そこは私。最初の会議から、飲み会は午前2時まで。第2回も、午前2時まで。さすがに、先週末の土曜日は午後11時30分にご帰宅でしたが、まぁ、酒を呑み始めたのが午後3時からだったからねぇ〜。がくっ。
で、気が付いたのは、毎度、最後まで私に付き合って呑んでいる教師が変わっているって、コト。
これって、もしや、PTA会議の前に職員室で、「今度は、お前が久保に付き合え!」と、クジ引きで負けた教師が、イヤイヤ、私と延々続くアルコール地獄に付き合っているのか?

>詩の才能などたいしてないのにまたぼちぼち唄をつくったりしている

■今日の『共犯新聞』1面トップ記事の早川義夫が、「作れなければ、作れないのが正しいのだ」なぁ〜んて、彼らしいことを書いていたけれど、そーゆー意味からは「つくってしまっちゃう自動律、これ正解」なのだろう。
埴谷雄高の「自動律の不快」も真理ならば、ギターのストロークの快楽から逃げ惑うことすらできない「自動律の愉快」もまた、”心理”なり。
■そもそも、唄をつくるのであれば、「作曲の才能など〜」と言うところを、jimonoさんは「詩の才能など〜」と思わず言ってしまうところに、自動律のお里が見え隠れしているよね。
それに、まず私が引用した上記のjimonoさんの言葉には、すでに音楽があるよ。そのまま歌詞になるね。

>気難しそうにうなっているので近寄ってよく聴いてみると、『カーマカメレオン』だった

■これはボブ・ディランのファンであれば誰でも知っているコトなんだけれど、下記に北中正和「フォークを次の段階へ導いたディランの登場」(『レコード・コレクターズ増刊 アメリカン・ロックVol.2』1995年)から引用してみましょー。

中学時代にはクラスメイトとゴールデン・コーズというロックンロール・バンドを組んで、リトル・リチャードの「トゥッティ・フルッティ」「ジェニ・ジェニ」などをピアノを弾きながらうたった。
リトル・リチャードの派手な演奏をまねてピアノを弾く彼は、保守的なヒビングの町ではかなり変わり者と見られていた。週末には州都のミネアポリスまで出かけて、R&Bのレコードを探し、黒人のジャズ・ミュージシャンとつきあっていたらしい。

ディランの1965年前半のイギリス・ツアーを収めたドキュメンタリー映画『ドント・ルック・バック』などの初期の彼のパフォーマンスは、アコギをかかえ て、両足をそろえ、かわいく弾き語りフォークを歌う少年のイメージなんだけど、本当は不良のロケンローラー(?)だったんだね、元々。
だから、同年7月のニューポート・フォーク・フェスティヴァルにポール・バターフィールド・ブルース・バンド(←おお、このバンドこそ、今年観た今のトコNo.1の映画『ザ・ゴールデン・カップス・ワンモア・タイム』のキーワードだ!)を従えて、「フォークの神様」のライブを期待した客に騒々しいロケンローをブチかましたことなんぞは、ディランにとっては中学生の頃から予定済みだったのではないかいな?
■まぁ、ハナシはいっつものよーに回りくどいけれど、実はボブ・ディランって、「詩の才能など〜」という角度からのヒトではなくって、「作曲の才能など〜」から「ぼちぼち唄をつくったりしている」ヒトだと、私は思うんですよ。
「ミスター・タンブリン・マン」や「ジャスト・ライク・ア・ウーマン」みたいに派手な曲でなくても、「マイ・バック・ページ」や「ラブ・マイナス・ゼロ」 みたいに、地味に演奏していても、メロディーはスゲー☆キャッチーだよね。本当は彼は、これらの唄を、誰もいないニューヨークのチェルシー・ホテルあたり で、リトル・リチャードのモノマネをして暴れながら作曲したんではないだろーか(笑)?
■まぁ、それと&ついでに、デブ・オカマとして村上春樹からも嫌われているボーイ・ジョージ@『カーマカメレオン』なんだけれど、忘れちゃならない「♪戦争反対〜(←しかも、日本語!)」のヒトでもあったんだしね。私の同級生だし(がくっ)。
ちなみに、当時、ヒット・チャート常連のボーイ・ジョージ君ひきいるカルチャー・クラブの「♪戦争反対〜」は、どう聴いても「♪戦争変態〜」にしか聴こえ なかった。しかし、「戦争は反対」と言うよりも「戦争は変態」とあざける方が過激だよな。本人は過激よりも、歌劇だったケド。

>「うそをいってはこまります。現れないのが透明人間です。消えますよ。」

■ボーイ・ジョージの「仮装ポップ(?)」のマーケットを日本で準備したのが、1970年代後半のピンク・レディーであったと言える・かもね。
当時の”ピンクVSジュリーVS百恵”の三つ巴のTBS『ザ・ベストテン』戦争は、明らかに曲ごとにキャラクターを変えるという戦略にあったと思う。
「曲ごとにキャラクターを変える」というのは、『仮面ライダー』や『ひみつのアッコちゃん』できたえられ済みの若年層のレコード購買意欲を喚起したことであろうね。
そして、それ以上に、「曲ごとにキャラクターを変える」というのは、1曲の中にそのキャラクターの「物語」を閉じ込めるということでもあったと、私は思うのよん。
つまり、当時のヒット曲は、1曲ごとが、小さな「映画」であったのではないだろーか?
それは海外の映画産業が『燃えよドラゴン』、『エクソシスト』、『ジョーズ』、『スター・ウォーズ』、『ロッキー』と、キャラクター作戦で大ヒットを連発していたことと、見事に対峙する・と、思うんだけど、どう?
■そして、「透明人間」である。
透明人間というのは、キャラクターを空集合にすることによって、価値が生れる。つまり、「非存在」という「存在」価値である。
そのことで読める時代の深層心理とは、「ここではないもの」を求めつつも、同時に「いない」ことに気が付いてほしいという、複雑な「恋愛」感情のようなもの・である。
そこに、オトナになることによる故郷喪失をめぐる重層的な心理を見ることも可能かもしれないね。

>頭にこびりついてこそげ落とせません。どうしたらいいのでしょうか。

■私は今でも、沢田研二のシングル曲「ロンリー・ウルフ」の作詞家が喜多条忠であった理由を知りたい。
この曲の作曲は、大野克夫だが、当時は大野と作詞が阿久悠のコンビで、「時の過ぎゆくままに」「勝手にしやがれ」「憎みきれないろくでなし」「サムライ」「ダーリング」と、立て続けにメガ・ヒットを連発していた時期だ。
それが、年末の賞レース(←ああ、これも死語だねぇ・笑)に向けての一番大切な曲に、阿久悠を選ばなかった。
喜多条忠と言えば、南こうせつとかぐや姫の「神田川」の作詞家だ(笑)。
当時、台頭してきたニューミュージックのシンガー・ソングライターが歌謡曲の作詞&作曲をするという方法を、沢田研二はあえて躊躇し、ニューミュージック寄りでありながら、歌謡曲もこなす「職人」という位置である喜多条忠を選んだんじゃぁーナイのかな、と私は思うのよ。
なぜに、そんなめんどークサイことを沢田研二はしたのかというと、それは、グループ・サウンズ上がりとは言え、ロックの沢田に新進のシンガー・ソングライターは、ちゃんちゃらおかしーかったのでは・ないのかな?
実際、私だってさ、南こうせつや、さだまさし、谷村新司の曲を歌う沢田研二なんぞ、観たくも&聴きたくも・ない。
でも、この年末の重要曲で常勝作詞家=阿久悠をあえて選ばなかったジュリーの「戦略」の彼岸に、賞レースの翌日、1980年1月1日発売のシングル曲「TOKIO」の成功が準備されていたんだろーねぇ。
この「非・阿久悠」路線「TOKIO」の成功は、1980年代の第二次ジュリー「キャラクター・ソング」黄金期の幕開けであったんだね。=糸井重里+加瀬 邦彦「恋のバッド・チューニング」、三浦徳子+加瀬邦彦「おまえがパラダイス」、三浦徳子+沢田研二「 ス・ト・リ・ッ・パー」・・・・・・。
■jimonoさんの頭にこびりつく理由は、当時の1970年代後半の”ピンクVSジュリーVS百恵”の三つ巴時代の「キャラクター・ソング」って、とどのつまりが、「童謡」だったから・でしょう。きっと。
つまり、阿久悠は優れた童謡作家であった。阿久悠+小林亜星「ピンポンパン体操」の成功は偶然じゃぁーナイんだろーね。
もちろん、先輩の(?)童謡作家=北原白秋が人妻との姦通罪で監獄ロックになっちゃった例もあるんで、童謡が動揺を隠せないのは歴史が証明しているのも事実だけどね。
■さて、1980年代の沢田研二はロンドン”ほとんど病気”ニューウェーブ路線に行くが、1970年代の阿久悠「童謡」路線って、何だったんだろうか?
それは、マーク・ボラン&Tレックスである!
あの頃のジュリーも、ピンク・レディーも、ギラ&ギラのラメの「童謡」を歌うマーク・ボランだったのだ!
童謡が「頭にこびりついてこそげ落とせません」のは、当たり前。それは、幼児性という存在の底に触れる音楽であるからだ。
そして&それはきっと、jimonoさんの脳味噌が「ぼちぼち唄をつく」りたくなってきた時に、「童謡」を求めているってーコトでしょう。

★人生相談の結論=マーク・ボラン&Tレックスばりの、ブギーを一発、作曲せよ!
それを1曲、仕上げれば、君はピンク・レディーの「透明人間」から解き放たれるであろう。
人間が「表現」をするということは、過去を清算するということでもある・のだよ。




194
Reply ご無沙汰しています。 かえで URL 2005/06/03 12:33


こんにちは。
若林博士のログハウス写真、絵になりますね。
こんなところで、暮らしたいと思いました。
犬を一匹、猫は2匹、そばにいてくれたら嬉しいかな。
あ、あと、もちろん家族もですよ。

あがた森魚さんのライブが芦別のディランさんでいよいよ開演かと思い、
久保さんの「共犯新聞」をスクロールしてたら、
すでに写真付で掲載されてましたね。
しかも、高田エージさんの記事まで掲載されてて、
関心あることがピンポイントで網羅されてるんですもの。
「共犯新聞」の幅の広さと深さに改めて感心しています。

では、私はこれからランチです。
久保さんはこれから、タール状のコーヒータイムでしょうか?
(お返事で書いて頂いた「タール状」というのが、強烈な印象で残っています。)

では、良い週末を!





195
Reply 壁でザビエルも ベッドで千代紙も 久保AB-ST元宏 URL 2005/06/03 17:54


Stars made for us tonight♪ O the passenger♪ How how Ms.かえで rides♪
>若林博士のログハウス写真、絵になりますね。こんなところで、暮らしたいと思いました。

■いや、まったく。
博士の住居はログハウスはもちろんですが、起伏のある広い雑木林もあり、多くの野鳥がやってきたり、山菜が庭にふつーに生えていたり、すごいっす。
今日の北海道新聞夕刊に「団塊の世代は早めに退職して田舎暮らしをしよう!」という提案のエッセイが掲載されていました。
博士は団塊の世代よりも少し前の世代(=1942年生れ)ですが、すでにソレを実行している感じです。
今 や、不況&就職難なんだから、50歳で仕事を辞めて、みんな田舎でワインの色を見つめる生活を楽しめばいいのにね。行政も、雇用の回転率を上げるために、 そんな政策をしてはいかがでしょう?・・・・・・って、ところで元・ミス郵政省の、かえでさん、今国会の「郵政民営化法案」論議、どのように見ています か?
実は英会話教室「すずめの学校」のパーティ会場にもなっていて、次回はメリッサ先生(23歳)の提案により、博士の雑木林で浴衣を着ながら毛ガニを食べるという計画があります(笑)。
かえでさんも、たまには参加してくださいね。

>あがた森魚さんのライブが芦別のディランさんでいよいよ開演

■「すでに写真付で掲載されて」いる部分をクリックすると、ホーム・ページ「spanish castle magic」にリンクされるようになっています。
さすがの森魚フリークの、かえでさんも、ここのHPはご存知ないのでは?
ここの「赤色エレジー」のページ、すっごいですよ〜。
どうやら最近できたHPらしいのですが、アニメーターの方が作ったページなのかなぁ。そうすれば、モロ、「赤色エレジー」の主人公と同じですよね!
ここに掲載されているデビュー直後の、あがた森魚さん、フェロモン出てますよねぇー。いい男です。
当時の資料に、故・高田渡が、あがたさんのことを書いているエッセイも掲載されていて、「早川義夫がベタボレするのもよくわかる」と書いてあるのが印象的です。
デビュー直前の、あがたさんって、早川義夫や林静一のところへ押しかけていって、ギターを引きながら自作の唄を聴かせたらしいんだけど、彼の過剰な若さがイイ感じですよね。
■あ、それと、高田エージの宣伝がメインのフリー雑誌『M-REVO PRESS』の「芦別DYLAN」の紹介記事、私が書いています。東京でも配られると思うので、チェックしてね。

>高田エージさんの記事まで掲載されてて

■とりあえず、高田エージ北海道デビュー・ライブ、6月9日の計画を梶川朋希さんと計画中です。
梶川さんと細かくEメールで打ち合わせを進めているのですが、こんなメールも、もらいました。

>また、6/9@ブリッジに関しては、『共犯新聞』読者&関係者は無料招待します!
>キーワードは「M-REVO&永遠」受付で告げて頂ければ何人でも無料入場させます。

■たしか、かえでさんも「『共犯新聞』読者&関係者」ですから(笑)、「無料招待します!」よ!是非、来て下さい(笑)!
東京からなので仕事終了後に間に合わなければ、当日はライブ終了後、akillerさんたちも加わって、梶川さん&高田エージらで飲み会に突入の予定です(笑)。

>久保さんはこれから、タール状のコーヒータイムでしょうか?

■あはは。
もちろん、コールタールのような熱い濃いコーヒーをガブ呑みしていますが、最近、瀬戸物屋さんでミモザ柄のティー・ポットに一目ぼれして購入いたしました。
書斎の隅に、数年前にもらっていた紅茶のリーフ・ティがいくつかあり、夕食後は、その香りを楽しんでいます。
おすすめのリーフ・ティーがあれば教えてくださいね。あ、そう&そう、アスクルにもある「トワイニング・レディグレイ」って、「アールグレイにオレンジとレモンの果皮、矢車菊の花をプラス」らしーんだけど、なんだか良い香りがしそうだな。飲んだことありますか?




196
Reply 50歳定年制・・・ サタデ・内藤
2005/06/03 22:18


これは、ある意味あたりだよね。人間、50を過ぎて、後10難年、指折り就業するってまあ何だよねえ。それが美学でもあるんだろうが。50を過ぎて、よく身体にガタがくる人たくさん見てきてる。
日に日に、しわが増えてくのは仕方ないと思うけど、50ともなれば、人生経験を通した上での新たな創造を生める年齢ではないのかなあ。ある程度の時間の余裕も必要だしね。共犯者も必要になるわ。俺の今の状況では、50で
ピタッと職業を引退するのは、まあ不可能だけれど・笑。
た だの、うつろう大人と、子供連中から思われて、心の中身など決して見せないサディスティック・クール・ソサエティーは、子供の心を、大人という生き物を知 りたいという渇望の中で蝕むのではないか。80歳を越えても、マイペースで自分をさらけだしている水木しげる先生が好きである。水木しげる曰く、・人間、 好きな事しかやっちゃだめですよ・。他人のために嫌なことも進んでやり、社会に奉仕し、なんて御題目は表面的でルールの為の綺麗事で、生というものが沸か ないから、何で人を殺しちゃいけないの・と若者は脳下酔の沼から覚醒せれぬままだ・・・。50歳は就業を退き、広い視野での新たな創造と行使を実践した い。働きかけて@






197
Reply 生きてるふりをしたくないために 久保AB-ST元宏 URL 2005/06/04 02:03


Mr.サタデ・内藤 and I will rise up all the way♪ All because of what you are♪ The Prettiest Star
>50を過ぎて、よく身体にガタがくる人たくさん見てきてる。

■今年になってから、「私、癌です。さようなら。」という電話を、某お二人から、立て続けにいただいた。
まったく同じことを、まったく別の人から連続して「告白」されると、デジャブどころか、ジャブ&ジャブな気持ちになっちゃう。
それぞれに、「50を過ぎて、」魅力的な仕事のエンジン全開(でも、ひとり)な、ごきげんダンサーであれれるので、なぜに&いきなりロカビリー天国!?と、電話口で多弁にならざるを得なかった私ではアル・が。
とにかく、有意義に創作活動をされている二人なので、やりたいことはまだ多くあられるでしょうが、やってきたことへの自信と満足があるからこそ、平常心で私みたいなクソ・ガキ(=でも43歳・がくっ)に親戚より先に「告白」できるのだろう。
もちろん、その声だけでは分からない重いものが彼らを囲んでいるのも事実であろうし、それは私の貧しい想像力を超えている。ただ、まだ二人とも生きているし、生きているうちは、死んでいないということだ。死んだら生き返れないが、生きている時は死ぬことすらできるのだし。
その内のお一人が、「それでも、交通事故でいきなり死ぬよりは、残りの時間を教えていただいたので、癌はとても親切だと、ボクは思うのよね。」などと、いつものエレクトリック・ヴォイスでフラットに言い切った。
ジョン・レノンは、「♪人生はスロー・ナイフ」と歌っていた。スロー・ライフとゆーダセー言葉が流行する30年前のハナシだ。
ナイフがゆっくり刺さってゆくようなもの、と言った意味だろう。そう言う意味では、全ての動植物は生れた時から「死ぬことを約束されている」のだから、たとえ癌の真っ最中であっても、生きているうちは、死者よりもラッキーと優越感を味わおう

>50ともなれば、人生経験を通した上での新たな創造を生める年齢

■1943年7月26日、ロンドン生まれのミック・ジャガーが3枚目のソロ・アルバム『ワンダリング・スピリット』をリリースしたのが50歳の時。このレニー・クラビッツとのデュエットも入っているアルバムは、彼のソロ全作の中でも最もロックを演じているよね。
この1993年には、ビル・ワイマンがザ・ローリング・ストーンズからの脱退を表明している。当時はビルが抜けるのを私も淋しく思ったものだが、今から考えると、それはビル側の事情もあっただろーが、ミックが50歳にして「仕切り直し」をしたかったからのような気がする。実際、ベーシストが代わってからのストーンズは、より黒っぽいタイトでファンキーな音を実現していると、私は感じるのよ。
■その1993年と言えばっ!ああー、フランク・ザッパ(1940年12月21日アメリカ生まれ。)が12月4日、癌で52歳で死んだ年だよ、おいおい。
60枚以上もアルバムを出しているザッパの最後のアルバム『イエロー・シャーク』の老いたジャケ写のイメージが強いけど、52歳っーたら、私もあと10年を切ってるじゃんかっ!

サディスティック・クール・ソサエティーは、子供の心を、大人という生き物を知りたいという渇望の中で蝕むのではないか。

Sadistic cool society、とりあえず、それをSCSと便宜的に省略させていただこう。(←意味は無いが・笑。)
早川義夫はジャックス時代に超名曲「ラブ・ゼネレーション」で、下記のように歌って(=叫んで)いたよな。

♪『ラヴ・ゼネレーション』  作詞&作曲;早川 義夫
 僕らは何かをしはじめようと
 生きてるふりをしたくないために
 時には死んだふりをしてみせる

 時には死んだふりをしてみせるのだ

 しようと思えば空だって飛べる
 そう思える時 うれしさのあまり
 泣きながら飲めない酒をかわす

 泣きながら飲めない酒をかわすのだ

 信じたいために 親や恋人をも
 すべてあらゆる大きなものを疑うのだ

 大人っていうのはもっとステキなんだ・・・
 子供の中に 大人は生きてるんだ・・・

 実は一人になりたいために
 バカみたいにたくさんの人と話すのだ

 僕らの言葉の奥には愛が・・・
 僕等の言葉の奥には愛が・・・
 いっぱいある

>水木しげる曰く、・人間、好きな事しかやっちゃだめですよ・。

■1ヶ月ほど前に、私も『大水木しげる展』を旭川美術館で観てきた。
彼が少年時代に作った、美しい色彩の童話の本も何冊か展示してあった。それは手作りの絵本だから、もちろん世界に1冊しかないんだけれど、子供にしては天才的に上手な絵と、誤字の混じる手書きの文字とのアンバランスがリアル。
そこで描かれているのは、戦争で片腕を失ってからの画風とはまったく違い、お姫様であったり、かわいい動植物であったりと、かなりイノセンスな世界。
■時系列で展示してあったので、そんな少年時代の絵本が最初の方にあり、出口付近に展示してあったのが、彼が最近に訪問したカナダのネィティヴ・カナディアンとの交流の写真であった。
私も2000年に、坂田知久とも会ったカナダ旅行の時、ネィティヴ・カナディアンと交流してきたのでよく分かるのだが、水木しげるが交流した種族は、クワキトゥルというグループだ。
ネィティヴ・カナディアンには無数の種族があり、それぞれにトーテム・ポールの作風もまったく違うし、生活形態も様々だ。そんな中、クワキトゥルのトーテム・ポールが一番美しいと言われている。私もそう思う。
私は、ポート・ハーディというクワキトゥル族の聖地である小さな街で彼らと、つたない英語で交流し、トーテム・ポールの製作アトリエや、彼らの集会場「ポトラッチ」に招待され、ドラム演奏などを一緒にしたのだよ。
だから、水木しげるが80歳になってクワキトゥルのトーテム・ポールに、ある意味、全人生の「結論」のような意味を見出したことの理由が少しは私にも分かるのだよん。
水木しげるは、「トーテム・ポールには、鳥も獣も、万物が合体してある。私が妖怪を描くのは、究極の差別反対なのだから、トーテム・ポールはその思想を視覚化している」と、語っていた。
水木しげるが、2001年に言った「もう私は半分以上水木さんではないのです」という発言は、すごいですねぇ〜。
その頃、彼が雑誌に書いていたエッセイも、ついでに下記に引用しておこう。

 「私はあと三、四ヵ月で八十歳になると思うと、『怪』の“あとがき”同様、なんだかピンとこない。こないだ、カナダのトーテムポールを観に行ったが、どんな田舎でもチャント建ててあり、しかもみな上手に作ってあるので二度びっくりした。
 そんなことを、糞をしながら考えていたわけだが、それでもどうもハッキリしないところをみると(昔はもっ とハッキリしていた)、やはりボケたせいだろうか、なんとなく一日が、ゆかいになってきたのだ。というのは、〆切とか仕事の事が、どういうわけか、脳みそ にしみこまないわけです。
 (中略)
 ボケを利用して生きるというわけではないが、神様がそうするのだろう。〆切でもなんでも平気だ。即ち、仕事をやろうとしないわけだ。
 ボケというものは、結局人を長生きに導き、幸福にするものだと私は思う(ボケこそ老人の救いである)。
 つい話がボケになってしまったが、“怪”はボケどころかますますハッキリしてきている。
 なにがハッキリしたのか分らないが、とにかく“面白い”方向にむかっているというわけだ。
 めでたし めでたし」

>50歳は就業を退き、広い視野での新たな創造と行使を実践したい。働きかけて@

■今日、私の同級生の中で一番最初にギターを弾きだした男から初めてメールがきた。
ちなみにそいつの名前は今、話題の(?)野口五郎&中川五郎と同じ、五郎だ。
この度、北海道から横浜に引越ししたようだ。ここ13年、まったく会っていない。
そいつは、確か小学校5年生ぐらいの時に、すでに(=というか、それしか当時は無かったからか・笑?)岡林信康の「ガイコツの唄」とか「くそくらえ節」といったプロテスト・ソングをフォーク・ギターを弾きながら歌っていた。
そいつのメールを全文、下記に紹介し、バーレーンで燃えている(笑)彼らへの挽歌としよう。

『テルコーと、アインシュタインは同一人物ですか?』 作詞(?);五郎
へぇへぇへぇへぇ〜
若林くん、沼田町字浅野に行ったの?
彼は、前フィリピンでゲリラの人質になった人でしょ?
その後、三井物産札幌支店勤務してたよね。
それに、久米明のニュース23ステーションショーにも出ていなかったっけ?
シャバダバダバダバダバ、ウーっとかっつって・・・。
この前、お父さん亡くなったよねぇ・・・。弟と兄弟で横綱になるなんてえらいよな。
そうそう、フィリピンと言えば、この前家作ったんだ。(これは本当の話です。)
部屋が9つもあるんだぜ。でも、鉛筆で書いたから、いつの間にか消えていないけど、
お金が足りなくなったから、屋根がないんだ。今度遊びに来ないかい?
バナナとマンゴは、食べ放題だぜ!その代わり、屋根買ってくれ。
岡林信康の件だけど、もう解散してからずんぶん経つからなぁ。確か、プロ野球選手と
結婚して、離婚したんだよね。わたしま〜つ〜わ〜って?
橋田ファミリーの一員でもあったよね。
あ〜、もう何の話か分からなくなってきた。インドの主食(?)だったかな。
会社の奴が、今度インドに出張だそうだ。これも本当の話だ。
宗田村の村長さんがソーダ飲んで死んだそうだ。
イミグレイションでは、頭を傾けずに、頭部を左右に水平移動を繰り返さねばならない
という厳しい審査があるそうだ。
その際、両の掌を胸の前で合わせる体位をとると、すこぶる印象が良いと見た。
因みに、ワッキーは超得意だぜ。 チャダに会えるかな?
ところで、今度の同窓会(サードインサート)は、何時かな?小泉総理の実家も近いことだし
横浜みなとみらい21辺りでやらないかい?
この前、マッスルミュージカルバイキング食べ放題を見てきたよ。ビールは別料金だ。
じゃあ、俺は今から、斜里張りの連載を書かなきゃならないから、失禁、いや失敬します。
脱糞だ!!
修学旅行の思い出(十和田湖周辺)の写真を添付します。題目「見えない風船」
鵜沼君も写ってます。




198
Reply ラバウル放浪紀 放蕩親父
2005/06/06 22:36


そうかい、水木展に行ったのだな。去年、上野の博物館で楓女史らとフィレンツェ展に行った折、
水木展の御知らせがあり、是非、行きたいとは思っていたのだが・・・いけずじまいだった。
きっと単行本なども数多く売られていたことだろうて。水木の作品には、ゲゲゲの鬼太郎などの
有 名になった作品以外に、これ真面目に描いてないなーと思うような作品が五万とある。私は、その辺の作品が特に好きである。よく作者の生活を題材にしたもの も取り入れられている。糞ずまりの糞太郎・だとか、いい加減な事も描かれている。子供の頃から、どちらかと言えば回りの迷惑となってきた作者の大胆な人間 像が描かれている。ところで今回のハテナ五郎さんの詩・・・・・・・・・・・・クボさんの知り合いの方は、なんと言いましょうか・・・・・・・
不思議とヤバサで一杯ではないでしょうか@ちょっと引きました・笑@





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Reply 添付写真は、私のベッド・ルームで「目玉オヤジ」とのツーショット♪ 久保AB-ST元宏 URL 2005/06/07 01:47


Don't hold Mr.放蕩親父's breath but the pretty things are going to hell
>きっと単行本なども数多く売られていたことだろうて。水木の作品には

■もちろん、古本屋では超☆高値なんだろーなぁー的貸本時代の単行本などもズラーッとキッチュな表紙で展示してあったが、私が水木しげる作品で興味を持ったのは、彼の一連の自伝マンガだね。
去年だったか、日本経済新聞の人気コーナー「私の履歴書」に、水木サンが1ヶ月、自伝を連載していて、それが、チョー面白れーのって、アンタ。
まぁ、それも単行本になっているんだケド、やっぱ文章よりも表現者であるのだから、マンガでやって欲しいよね。
で、水木サンの場合は、その自伝マンガだけでも、膨大な数が書かれているよね。おそらく、こんなマンガ家もギネスもんだろーなぁ。
■ところで、ミュージシャンが自身の持つ表現方法で自伝を書くのならば、The 虎舞竜,の「ロード 〜第二章〜第X章」みたいになるのか(がくっ)?

>クボさんの知り合いの方は、なんと言いましょうか・・・・・・・不思議とヤバサで一杯

■あんたも、その中のお一人ですが(笑)。
■それにしても、こんなヤツラばかりと日常会話をして育ったのだから、私はマトモになれなかったのか(笑)?
それとも、私がヤツラの脳味噌を発酵させちまったのか(笑)?
ゲゲゲの赤い目玉オヤジ。




200
Reply 北に勝ったぜ! 井内正樹
2005/06/08 22:11


こんばんわ、井内です。
日本が北に勝ちましたね。良かった、良かった。終わってみると負けるはずが
ない相手でも、1点を取るのが究極に難しいのがサッカーなので、何が起こるか
分かりませんでしたよね。
今日は日本のFWは良くやった。ガラスのエース柳沢もスルスルと抜けたし、
貪欲な大黒は冷静に枠を狙いました。
とにかく良かった良かった。母国の出ないワールドカップを考えると肌寒いもの
がありますので。
良かった良かった。

ここのゲストは時流などというものは全く無視している方が大半ですけど、
たまにはベタに今を書いてもいいですよね?





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