ブライアンの猫と観たプールの上の大きな裸の月。I'll follow you wherever you may go!
top page⇒うぇ〜ん!『共犯新聞』♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To DieROCK★ロック パラパラ・・・偏 愛書物★Book Oh ! うめぇ〜♪ジューシーな豚肉ソティ!好物 ★Gourmet やっぱ、映画館で観たい♪映画★Movie Artとは、ニューヨークのホイットニー美術館から、大阪の乙画廊まで、どこでもドアの奥で、今夜、パーティが2時から開かれる!美術★Art
moto_kubo@hotmail.com

刹那は運動である。
〜 パラパラ・・・天野祐吉試論 〜

text by. うぇ〜ん!久保AB−ST 元宏
(更新日;2013年11月11日 月曜日 2:32Am)

共犯書斎を訪れた方ならば、
その狭い空間にあふれるモノに驚くだろう。
「よくもまぁ、こんなに持っているものだ。」と、アキレるだろうが、
正しく言えば、「持っている」のではなく「捨てない」だけだ(笑)。

実は私はいまだに小学生の時に買った本などを持っている。
もちろん、その多くは私が実家を離れていた10年間に燃やされたが、
ぐーぜん、燃やされなかった本は、いまだに共犯書斎の本棚にある。

では、なぜ私は「捨てない」のか?
多くの理由はケチだから、だが、さらに理由を加えることを許されれば、
私は「買う」時に真剣だからだ。
特に、本やレコード&CDは、
表現者との真剣勝負のよ うに、
「買う」。もしくは、「買わない」。


つまり、私が「買う」とゆーコトは、表現者に「負けた」(?)ってコト
だけど、これほど幸福な敗北は、ない(笑)。
で、あるから小学生の時に買った手塚治虫のマンガ本も、
中学生の時に買ったビートルズのレコードも、
高校生の時に買った雑誌『ロッキング・オン』も、
ぜんぶ「捨てない」で「持っている」し、いまだに読む&聴く。
てゆーことは、私が「買う」行為が正しかったとゆー未来からの証明。
だれもいない海。
天野祐吉(あまの・ゆうきち、1933年4月27日〜2013年 10月20 日)

で、一度「買う」と「捨てない」私にとって、雑誌は、まぶしすぎる存在だ。
さすがに新 聞は、切り抜きを言葉の束。情報のマンション。トイレのあるマンション。すれば、あとは捨てるが(笑)、
雑誌は能動的に選ぶ=「買う」とゆー行為が介在されるから、私には、つらい。
実際、書店の雑誌売り場は、私にとっては、すけべすぎる。エロすぎる。もー読みたい&欲しい雑誌ばかりだからだ。
もちろん、真剣勝負の結果、数年に1冊は雑誌でも、買う(笑)。
たとえば、『建築文化』の特集「ベンヤミンと建築文化」とか、『藝術新潮』の特集「バルチュスと少女」とか〜。

そんな私を、私はアホだと思う。
もっと気軽に雑誌を買って、気軽に捨てれば☆いいのだ。もし気に入ったものがあれば、選んで保存すればいいだけなのに。
それをしないばかりに、興味深い記事や論文や写真を体験できないままに通り過ぎてしまっているのではないのか。
だって、雑誌なんか、たかが数百円だ。
永遠に体験できない欠落と比較すれば、すげー費用対効果だ。

でも、実際に「買う」と「捨てない」自分がいることを知っているので、やはり、雑誌は、なか&なか買えない(がくっ。)。
実際、共犯書斎には、1978年の『ポパイ』や、1980年の『週刊朝日』や、1985年の『暮しの手帖』などが書棚にあるのだ・・・。
もちろん、それらは時折、私には必要で資料などとして開いて読むのだから、またしても、雑誌を買うことに慎重になってしまう。

それって、すげー雑誌だと思う。
まぁ、そんなに愛してるのなら、買えよ!と、雑誌は思ってるだろーが。

で、こんな私の愛に対する性癖(?)をフロイト的に分析すれば、
情報恐怖
だと、思う。
今、私が思いついたコトバだけど(笑)。

「情報」のベクトルは大きく分けて2種類あって、<新しい:古い>と、<多 い:少ない>だ。
もちろん、<新しい>「情報」が<多い>ほうが、すばらしい。
だから、私にとっての書店の雑誌売り場は、<新しい>「情報」が<多い>ので、すけべすぎる。エロすぎる。
そう。「情報」とは、エロスなのだ。

そこに淫することが、私のような不器用な人間には辛いのだ。
最新流行のファッションができず、いまだにグループ・サウンズみたいなかっこをしているし。

もう少し、掘り下げて考えてみよう。
なぜ私は、<新しい>に恐怖を感じ るのか?
それは、私が情報を「買う」と「捨てない」=「情報」とは普遍で ある、との概念が体に染みついているからだ。
しかし、一方で、「情報」とは使い捨てであるからこそ、価値&魅 力がある、とゆー概念の存在も認める。
ここに、モード(=流行)とゆー概念がある。

つまり、私は流行にのれないダサイおやじなのだ。
だから、普遍を信じるフリをしつつ、使い捨ての勇気が持てないまま、恐怖におびえて書店の雑誌売り場に目をふさいで通り過 ぎるのだ。

しかし、私に近い感性を持っていながら、
恐怖を抑えて勇気を持って、「情報」の使い捨ての部分をのみをあえて批評し、そこから普遍をつまみ上げようと戦った男がいた。
天野祐吉だ。

「広告」とは、まさに、それだ。
使い捨てられる=消費される(&する=させる)ためにこそ、ある。
使い捨てであるからこそ、価値&魅力」 とは具体的に何なのか?までを考え切っていなかった私に
天野祐吉は実践で教えてくれた。

いわく、
「広告とは、世の中を見るための一つの 窓だ。」
「世の中の何を反映しているのか。」
「それがどういう風に世の中と接点を持つのか。」


そして、それを実践するため、天野祐吉は1979年に雑誌『広告批評』を創刊。ほとんど自費を投入しての 個人雑誌としてのスタートだった。
まもなく、糸井重里などのコピー・ライターのブームが起こり、部数をのばし、クリエイター仲間で「『広告批評』に出てたよ」がステイタスになるほどに。
しかし、2009年、休刊。
そして、2013年10月20日の死。享年80歳。

テレビのコマーシャルや、宣伝ポスターや、雑誌や新聞の広告。
これらを批評する、とゆー文化は、天野祐吉とともに生まれ、天野祐吉とともに死んだ、のか。
少なくとも、
天野祐吉の前には、使い捨ての「広告」なんぞを批評しよーとしたモノなどおらず、彼が死んだら、また無くなった。

まるで雑誌『広告批評』が存在した30年間あった「広告批評」とゆージャンルだったのではなく、天野祐吉とゆージャンルだった・ようにすら見える。

それは、どーしてか?
私が思うのは、「広告」と「批評」とは、まったく違う文化圏だったから、ではないのか。
つまり、「広告」はモテ系ヤンキーのアイテムであり、「批評」はダサ系をたくのツールだった。

我々は世の中と対峙する時に、学者の脳味噌と、狩人の第六感が必要であり、それが融合したのが♪おにぎり、むしゃ&むしゃ。やっぱ、具は明太子〜!ヤミ米商人か(がくっ。)?
もしくは、こうも言えるかもしれない。

ヤンキー
新しい
捨てる
少ない
速い
をたく
古い
ためる
多い
遅い

この両者の棲み分けは、実は社会を息苦しくする。
たとえば天野祐吉が雑誌『広告批評』でやりたかったこととは、この両者の融合だったのではないだろうか。

使い捨て」であるからこそ、そこ に瞬間=今の「世の中」が見える。

だから、広告の批評を行うには、「使い捨て」の雑誌でなければならなかったのだ。

この「使い捨て」とゆーコトバは、あまりにも刹那的かもしれない。
しかし、この刹那という瞬間の芸こそが、運動にもっとも効果があるのではないだろうか。

そ・こ・で、私が10月13日の第4回威張らず否定せず聞き上手聞かせ上手『前夜塾』でぼんやり考えていた、
「行 政の言語と、民間の言語を融合化する
ト リックスターとしての「政治家」のエンターティメント化という肉体性」

に結び付く。

上記の私のコトバを下記のように置き換えてみてほしい。
「行政」 → 「企業=商品」
「民間」 → 「消費者」
「政治家」 → 「広告」

イナカの市町村の行政が行う「政策」は、ともすれば、国や都道府県の優秀な官僚が準備した「政策」メニューのつまみ食いになりやすい。
借り物メニューから予算化された政策は、はたして、「住 民のニーズを正確にとら えた制度設計」として生き生きとしているか?
が、今回の『前夜塾』で、私が考えていたテーマだ。
具体的に言えば、そこで意見交換された「移住・定住」の政策メニューの
「今 日の”話題提供”のことは、わが沼田町でもほとんどやっている!!」
だ。
つ まり、メ ニュー提示の政策の時代は終焉したの だ。
の先を、どのように生き延びるか、だ。

天野祐吉は雑誌『広告批評』最終号の巻末「広告批評の30年」で、こんなことを書いたり、引用したりしている。

「書き言葉より話し言葉で」
人 びとを動かす「ことば」の移り変わりを見ていきたい」
CM はタレントを点検する」
「批評とは、放っておいたら宙に浮いたままの対象を、日常のなかに編み込む行為」
「官僚はなぜ威張っているのか?」
「いつも控え目で、図々しいところが微塵もなくそれなのに目立っていました。なによりもが よかった。」
「メディアが変われば語り口が変わる、語り口が変われば消費者と広告の出会いの質も変わるかもしれない」

雑誌『広告批評』は死んだが、これらの言葉は、まだ&まだ、有効だ。
今、私は政治&「政策」にこそ、これらの指摘が必要だと強く想う。



確かめたくて。
共犯書斎の、アド・コーナー(笑)。たった、これだけ。また、こ の並べ方にも意味がある(笑)。
ファブ・フォーの冒険譚。
『広告批評』全336冊中、久保AB-ST元宏に選ばれた4冊。
さて、冒頭の「私はなぜ雑誌を買わないか。」に戻ろう。

私が買った雑誌『広告批評』は、左に並べた、たった4冊だ。
しかも、買ったからには、捨てないで、ずーっと持っている。
私は書店で『広告批評』を見かけた時は、必ず立ち読みした(笑)。
その真剣勝負の結果、「買わなかった」。
そんな私の勇気の無さが、
『広告批評』を廃刊に追い込んだのかもしれない。

それでも、こうして買った4冊を見てみると、
真剣勝負の結果、選ばれた4冊だなーと、あらためて感じる。


1983年10月号 ビートたけしや筑紫哲也に よる広告集会の全記録

1984年8月号 赤瀬川源平による宮武外骨の雑誌『ハート』付き

1993年9月 「政治が変わる」 細川首相インタビュー 政治家50人

2009年4月号 最終号 クリエイティブ・シンポジウム


おそらく、私はこれからも、この4冊をずーっと捨てないだろう。
そして、時々、読み返すことだろう。
その時、刹那は永遠を手にする。
「政治」≒「政策」に欠けているものとは、それではないだろうか。







前夜塾03   すべてのさっちゃんも、ブライアンのプールに行きました。共犯者は、前夜を生きている。